4.神話に秘められし真実-2
「王の異色が、
この場で〈
「
ルイフォンは、喰らいつくように言い放つ。だから、色が違う、と。
しかし、彼の耳に、鋭く息を呑む音が飛び込んできた。
振り返れば、発生源は少し離れたところに座るミンウェイだった。彼女は切れ長の目を大きく見開き、同じく大きく開かれた口元を両手で覆っている。医者である彼女には、思い当たる節があるのだ。
ルイフォンの直感を肯定するかのように、〈
「まぁ、多くの人間がそう思い込んでいるのは知っていましたがね」
底意地の悪い顔で、皆の様子を窺っていた〈
「
「――!」
「付け加えて言うのなら、王の一族の顔立ちは、どう見ても、この国の人間のものです。先祖に、白金の髪と青灰色の瞳の異国人がいて、時たま先祖返りが起こる――というのでは、説明がつかないでしょう?」
「じゃあ、本当に……、
ルイフォンは愕然と呟く。
彼は勿論、天空神フェイレンの存在など信じていなかったし、王が神の代理人を名乗るのは、単に国を統治するのに都合がよいからだと考えていた。つまり、王に神聖など、まったく感じていなかった。
それでも。
名前のつけられる症状が、王の異色の正体とは、思ってもいなかったのだ……。
ルイフォンに限らず、誰もが呆気にとられていた。〈悪魔〉の〈
――否。同じく〈悪魔〉である〈
「そうですね、容姿に関してだけなら、単なる
「どういうことだ?」
「では、この国の王の起源をお話しいたしましょう」
そうして〈
王家と、王家を影で支える〈七つの大罪〉の〈悪魔〉たちのみが知る口伝。
創世神話の裏側に秘められた、もうひとつの――真の創世神話を。
この国の片隅に、
あるとき、地方の視察に来た官吏が、この里の存在に気づいた。
黒髪黒目の人間しか見たことのなかった彼は、輝く白金の髪と澄んだ青灰色の瞳を持つ人々の美しさに目を奪われた。人とは思えぬ、神秘的な姿に魅せられた彼は、これは神の使いに違いないと、ひとりの娘を連れ帰り、王に献上した。
王もまた、異色の美しさにすっかり魅了された。
更に――。
そして、王は考えた。
神秘の力を他の者に渡してはならぬ。王である我こそが、すべてを手に入れるにふさわしい。
「異色の者をすべて捕らえよ」
王は里を攻め滅ぼした。
黒髪黒目の者は殺され、異色の者は神殿に閉じ込められた。
「このとき捕らえられた
〈
顔色が悪かった。体の中を『呪い』が駆け巡っているのだろう。しかし、きちんと伝えねばという意志の力なのか、揺るぎのない発音の、よく通る声だった。
「
吐息と共に、ルイフォンはそう漏らす。
「ええ。随分と非道な目に遭ったようですよ」
「非道?
ルイフォンの言葉の途中で、〈
「
「……っ」
人倫にもとる残虐な行為に、吐き気がこみ上げた。
顔をしかめたルイフォンに、〈
「別に、
「……ともかく。虐げられた彼らが
不快な話題を切り上げようと、ルイフォンは
それに、〈
だが、当の〈
「結論からいえば、そうですけどね」
気の早い子供をたしなめるかのような〈
「含みのある言い方だな」
「あなたの理解が早いのは、非常に結構。私としても有難いです。――ですが、今の場合は、どうして
「!」
『秘密』のひとことに、ルイフォンの顔色が変わる。現金なものだと、〈
「
〈
「ひとつは『肌が弱いこと』。これは皮膚で紫外線を遮断できないためで、色白の人がうまく日焼けできないのと同じ理屈です。そして、もうひとつは――」
〈
これから話すことこそが重要なのだという、暗黙の前置きだ。
「『視力が弱いこと』。
そのとき、〈
胸を押さえ、身を震わせながら、うつむく。白髪混じりの髪が落ちてきて、苦痛に歪む顔を隠すことで、彼の矜持を保とうとした。
そして彼は、うめくような声で告げる。
「男子は……必ず、……盲目となります」
それまでの明瞭な発声が嘘のように、荒い呼吸に呑み込まれていた。それでも〈
「お父様!」
ミンウェイが駆け寄る。
涙を浮かべる彼女に、〈
「まだ、……大丈夫だよ。……だから、私の
こめかみに浮き立った血管が、青白く脈打つ。ルイフォンは、〈
王が盲目だという情報は、確かに驚きである。だが、それは〈
――答えは否、だ。
ならば、どういうことだろう?
そう考えたとき、はっと閃いた。
「『弱者』である
ルイフォンがそう言った瞬間、〈
その顔を見れば、正解と決まったも同然。ルイフォンは勢いづいて言葉を重ねる。
「〈
「あなたは……理解が早く……、助かります……」
〈
そして彼は、懸命に伝承を唱え、『神話』を紐解いていく――。
一方、捕らえられた異色の者たちは、神殿に閉じ込められたまま世代を重ねた。
そんな、あるとき。
恐怖に震えながら『供物』となる日を待つしかない、ひとりの異色の少年は願った。
「せめて、この目が見えれば……!」
本懐は遂げられなくとも、不倶戴天の敵に一矢報いたい。
武器など手にしたこともない身の上だ。何ができるわけでもないだろう。
だからせめて、『供物』となるそのときに、憎き相手の首に食らいつきたい。同胞を食らったその肉体を、今度は自分が食らってやるのだ。――たとえ皮膚の一片しか、食いちぎることができなかったとしても。
けれど、目の見えない彼には、闇の世界の
「我が身の周りは、どんな世界なのだ?」
彼は、『情報』を求めた。
盲目の身では、自らの力で『情報』を得ることは叶わない。
ならば、欲しい『情報』は他者から奪えばよい――。
「生物の体は不思議なものです。先天的でも後天的でも、何か足りない部位があれば、他の部位で必死に補おうとします。例えば、足が不自由なら、代わりに腕の力が鍛わったり、義足をうまく使いこなすために、本来ではない筋肉を発達させたり、とかですね」
しばらく荒い呼吸を繰り返していた〈
「盲目の者は、一般の人よりも感覚が鋭敏になるといわれています。けれど、
〈
「自分の脳を発達させて、他者の『視覚情報』を奪うことにしたんですよ」
「『視覚情報』を奪う!?」
突拍子もない〈
すると、〈
「クラッカー〈
〈
「はぁっ!? いや、まったく違うだろ!?」
ルイフォンは全力で反論するが、〈
それどころか、期待通りの反応に、こみ上げてくる笑いが止まらないといった素振りで小刻みに肩を揺らし始めた。先ほどまでは苦痛で体を震わせていたため、不安がよぎって心臓に悪い。
「人間の脳は、常に微弱な電気信号を発し続けています。つまり、その信号を感知できれば――要するに傍受できれば、相手が知覚した
「そんな馬鹿な! そんなことが人間にできるわけが……」
叫びかけたルイフォンを遮るように、〈
「発端は、他者の『視覚情報』を感知できるようにと、脳を進化させたことでした。けれど、他人の脳の電気信号を読み解けるということは、他者の『知覚情報』全般を、ひいては『記憶情報』までもを知ることができるようになった――ということです」
「!?」
ぞわりと。本能的な嫌悪を感じた。
戦慄にも近い感覚に困惑し、だからルイフォンは、〈
「こうして、
「――!」
ルイフォンは息を呑み、そして――。
「〈天使〉……!」
かすれた声で呟いた。
その言葉を引き出せたことに、〈
「ええ、そうです……。〈天使〉は……、近代になってから、王の脳の神経細胞をもとに……、王の能力を人工的に再現……、改良されたもの……。王は……手も触れずに、情報……得られますが……、〈天使〉は羽で接続……その代わり、使い勝手が……よい。
「…………」
「〈天使〉を知るあなたなら……、王の能力が真実だと……、信じられましたね……?」
「……ああ」
「これが…………
皮肉げにそう告げると、〈
支えようとしたミンウェイの手よりも早く、前のめりに体がふたつに折れる。
「〈
「ルイフォン……。あなたにとって、〈天使〉は……特別。気になる……でしょう。……ですが、〈天使〉については、……あとで、セレイエの記憶を持つメイシアに……。ここまで私……話せば……大丈夫。それより……、私の口からは……、
全身を痙攣させながら、〈
「お父様……!」
ミンウェイは床に膝を付き、下から〈
〈
「横になってください!」
悲鳴を上げるミンウェイに〈
「!?」
皆が困惑する中、彼は長袖の腕をまくろうとし……、急に、何かを閃いたかのように口の端を上げて、白衣を脱ぎ捨てた。
勢いよく放り投げられた白衣は、煌々としたシャンデリアの光を遮り、黒い影となる。
それはまるで、彼が悪魔の黒い翼を捨て去ったかのよう――。
〈
「お父様、何を!?」
「鎮痛剤……だよ。……麻薬……ともいうけど……ね」
だらだらと額から汗を流しながらも、〈
「幸い、この『私』の体は、……オリジナルと違って、毒も薬もよく効く……。まさか、そんなことを有難いと……思う日が来るとは……」
顔色は戻らぬものの、痛みが収まってきたのか、〈
「鷹刀についてだけは、どうしても私の口から話しておきたいのですよ」
そして彼は、一点に向かって深く
彼が認めた次代の一族の担い手、リュイセンへと――。
「私は、鷹刀の者であるのだから」
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