4.神話に秘められし真実-1
『これから私は、〈悪魔〉の〈
『これが私の『最高の
〈
「……それは……つまり……」
彼の明晰な頭脳は、〈
だから、問いかけの言葉は、かすれたまま途中で絶ち切れた。誇らしげに微笑む〈
そこに、リュイセンが「おい、待ってくれ」と口を挟んだ。
「
勢い込んで声を上げたにも関わらず、リュイセンの語尾は自信なさげに揺れていた。日頃、思慮が足りぬと叱責されることが多いためにか、自分の解釈が正しいのか不安であるらしい。
「何故、そんなことを言い出すんだ? 俺は、お前に死を宣告はしたが、苦しむようなことは望んでいない……」
ためらうような静かな声で、彼はそう付け加える。
リュイセンは、ルイフォンに代わって会話を続けようとしたわけではなく、純粋に疑問を口にしただけだろう。けれど、ルイフォンとしては助かった。いつもの会議のように、兄貴分が都合のよい質問を投げかけてくれたことで、本来の調子が戻ってくる。
「リュイセン。さっき〈
「そういえば、そんなことも言っていたような……? ――それって、どういう意味だ?」
リュイセンがばつが悪そうに尋ねると、それまで自分の発言に対する周りの反応を、愉悦の顔で見守っていた〈
「やれやれ、リュイセンは、私の
「すまん……」
大柄な体を縮こめ、リュイセンは素直に謝る。
「すぐさま、
〈
「メイシアが、鷹刀セレイエの記憶を受け取ったことは、ご存知ですか?」
〈
「あ、ああ。
「ええ、そうです。脳の中の普段、使われていない部分にセレイエの記憶が書き込まれているため、メイシアは〈影〉にはなりません。けれど、セレイエの――すなわち、『〈悪魔〉の〈
「ええ……と」
理解が追いつかず、戸惑うリュイセンに、〈
「今のメイシアは、メイシアでありながら、『〈悪魔〉の〈
「そんな……、嘘だろ……」
リュイセンがそう呟いたのは、単に反射的なものであろう。しかし、〈
「ルイフォンとの電話の途中で『契約』に抵触してしまい、苦しんだことがあります」
「おやおや、もう既に、あの激痛を味わっていたのですか」
揶揄するような口調であったが、〈
そのやり取りに、リュイセンが短く息を吸い、「分かった!」と顔を輝かせた。
「今のメイシアは『秘密』を口にすると『呪い』にやられちまう。――けど、〈悪魔〉の『契約』は、
そうだろう? と、得意げなリュイセンに〈
〈
ルイフォンたちは、メイシアの周りの人々に――必要と思われるすべての人々に、その『秘密』を伝える。
そのことによって、メイシアは、この先、何を言おうとも、『呪い』に苦しむこともなければ、『呪い』に命を奪われることもない。
彼女の中から、完全に『契約』が消えるわけではない。けれど、事実上の『契約』からの解放となる――。
「――〈
リュイセンとの話が終わるのを待っていたルイフォンは、今まで溜めていた思いを吐き出すかのように叫んだ。
「お前の申し出は、本当にありがたい……! 感謝する」
〈
彼とは、何度も、こうして対峙してきた。
敵として、いがみ合い、刃を交え、殺し合うために向き合ってきた。
けれど、今は――。
ルイフォンが立ち上がると、メイシアがすっと、あとに続いた。
そして、ふたり
ルイフォンの編まれた髪が背中から流れ落ち、『彼』と絆を結ぶかのように、毛先を飾る金の鈴が何度も彼我を行き来した。
「何を、そんな改まって……」
頭上から聞こえた〈
「ただの恩返しですよ」
〈
さっさと顔を上げて、もとの場所に座れ、話しにくいだろう――と、言外に言っていた。
「メイシアにとって、私は親の仇です。なのに彼女は、作られた『私』という存在を憂い、救いをと願ってくれました」
促されてソファーに戻ったルイフォンとメイシアに、〈
「『
メイシアに向かって、彼は微笑む。
「借りた恩は、きちんと返す。それがケジメです」
断言する、低い声。
〈
そうでなければ、自ら『呪い』に立ち向かうような選択などしないのだ。
「それに、私は、物ごとは合理的であるべきだと考えます」
言いながら、彼は、すっとリュイセンへと視線を移した。
「私は、リュイセンに下りました。――一騎打ちを挑まれ、どちらかが滅びるのだと言われたとき、過去の遺物でしかない私が、彼の作る未来に道を譲るのが筋であると考えたためです。何しろ、私の求めるものは、この世に存在しないのですからね」
遠い目をする〈
〈
「ですが、ふと、メイシアが〈悪魔〉になっていることを思い出しましてね。ならば、この身は、無為に首を
〈
「そのほうが、リュイセンの作る『誇り高き鷹刀』の人間らしいでしょう?」
唱えるように。
「最高に〈悪魔〉らしく、最高に『鷹刀』らしく。そして、最高に『私』らしい……」
〈
「私の息の根を止めるのは〈悪魔〉に掛けられた『呪い』です。私は自ら命を絶つわけではないので、
そのとき、不意に〈
「……っ」
ルイフォンは息を呑んだ。顔色が変わりそうになるのを必死に抑える。
〈
〈
――このままでは、ミンウェイとリュイセンの間に、しこりが残る。
だから〈
勿論、メイシアへの贖罪の気持ちは本物だろう。けれど、自分の死に、メイシアを救うという大義ができること、それを隠れ蓑に、ミンウェイの
「……最高の
思わず、言葉が口を
憎々しい敵であったけれど、今だって許したわけではないけれど、それでも敬意と称賛を込めて、ルイフォンは口の端を上げ、晴れやかに笑う。
その顔を〈
「それでは――」
〈
「できる限り、この私の口からお話ししたいのですが、ほんのひとこと、ふたこと話しただけで、すぐに私の心臓は止まってしまうかもしれません。今も、『秘密』を漏らす意思を持っただけで、私の内部で『呪い』がもたげたのを感じていますからね」
〈
「ですから、これを……」
言いながら〈
「私が途中で、こと切れた場合の保険です。――ここに、
額にうっすらと冷や汗を浮かべた〈
「〈
ルイフォンの隣で、メイシアが悲鳴のような細い声を上げる。
「なんて顔をしているんですか。〈悪魔〉がここまですれば、当然の帰結。あなたも〈悪魔〉の記憶があるのなら、ご存知でしょう?」
「〈
「けれど、
小馬鹿にしたような口調は相変わらずで、なのに、どこか優しい。
〈
「確かに、受け取った」
〈
そして、彼は席に戻り、朗々たる声を響かせる。
「まずは、王の持つ、異色の外見について、お話ししましょう」
天空の間に、沈黙が落ちた。
誰もが固唾を呑み、身じろぎひとつしない。
「輝く白金の髪と、澄んだ青灰色の瞳を有する、この国の王。黒髪黒目の国民の中で、何故、王は異色をまとっているのか。――創世神話では、天空神の姿を写しただのと
皮肉げな口調で尋ねる〈
「何かの偶然か、異国の血が混じっているのか、ともかく『あの外見』の者が生まれる一族があった。そいつらが国を取る野心を
「ほぅ、鋭いですね」
〈
「だいたい合っていますよ」
「だいたい?」
「ええ。王の持つ異色は、きちんと医学的に証明できるものです。おそらく、あなただってご存知のことでしょう」
「え……? 俺も、知っている……?」
首をかしげたルイフォンに、〈
「あなたに限らず、ある程度の知識階級の者なら知っています。なのに、宗教国家として、王を神の代理人として崇めるこの国では、民は無意識の内に『その可能性』に目をつぶってしまっているのですよ」
不意に、〈
「王の異色――あれは、
告げた瞬間、彼は体をふたつに折り曲げた。脂汗がだらだらと流れ、顔色が蒼白になる。
「〈
「まだまだ、話はこれからです。――創世神話の真実を、これから、きっちり
禍々しくも美しく、〈神〉に反旗を翻した〈悪魔〉が傲然と言い放つ。
額に張りつく前髪を鬱陶しげに払いのけ、〈
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