4.囚われの姫君-2

「取り乱したりして、失礼いたしました」

 メイシアは、〈ムスカ〉に頭を下げた。

 黒絹の髪の先が、自分の膝をさらりと撫でる。体を動かすと、投げ飛ばされたときに打った背中が悲鳴を上げたが、その痛みは矜持でもって表には出さなかった。

「おやおや、急に従順になりましたね」

 揶揄するような〈ムスカ〉の言葉を、彼女はじっと聞き流す。彼を怒らせるのは得策ではない。たった今、文字通りに『痛いほど』理解した。

 そんな彼女の屈辱など、お見通しなのだろう。〈ムスカ〉が愉悦の笑みを浮かべる。

「心を入れ替えたあなたに、敬意を表して良いことを教えて差し上げましょう」

ムスカ〉の言うことなどろくなことではない。

 身構えると、自然と肩に力が入る。その様子に、〈ムスカ〉がまた嬉しそうに目を細めた。

「『契約』に抵触するため、詳しい理屈は説明できませんが、リュイセンに教えたことの半分は嘘ですよ」

「え……?」

「あなたは『鷹刀セレイエの〈影〉』であり、『今はあなた本人だけど、いずれあなたでなくなる』という話――本当は、少し違うのです」

「!?」

 メイシアは不審と不安、それから、ほんの少しの期待で体を震わせた。無意識に自分の体を抱きしめれば、手枷の鎖が油断は禁物だとばかりに、じゃらりと音を立てる。

「あなたにとっては朗報ですよ」

 優しげにすら見える眼差しで、彼女を囚えている〈悪魔〉は告げる。

「あなたは、あなたのまま、別人になることはありません。あなたは、ただ『鷹刀セレイエ』の記憶『も』、持っているだけ――……っ!」

 突然、〈ムスカ〉は、白衣の胸をぐしゃりと握りしめた。ぱりっとした布地を皺だらけにして、彼は苦痛に顔を歪める。

「〈ムスカ〉!?」

「な、に……!? ……この……程度で……、駄目、なのか……! 糞……っ」

「大丈夫ですか!?」

 メイシアは血相を変えた。たとえ彼が敵であっても、いきなり目の前で苦しみ出したら、さすがに落ち着いてなどいられない。思わず、ベッドから飛び降りる。

「だから……『契約』……言った……しょう……!」

 脂汗を浮かべながら、憤怒の顔で〈ムスカ〉は言い放った。駆け寄ろうとしたメイシアをぎろりと睨みつけ、追い返すように鋭く手を払う。

「しばらく……、収まり……す」

ムスカ〉の荒い呼吸が、空間を占めた。

 辛そうに肩を上下させる〈ムスカ〉を瞳に映し、メイシアは茫然と、倒れ込むようにしてベッドに戻る。

「『契約』……、王族フェイラの『秘密』に抵触したから……」

 今、起きたことを確認するかのように、彼女は、ぽつりと言葉を落とした。

「私は、私のままでありながら、セレイエさんの記憶も持つことができる。それは、私が王族フェイラの血を引いているから……?」

ムスカ〉は憎々しげに眉を寄せたものの、ふいと目をそらした。聞こえなかったふりをしたのだ。

 当然だろう。迂闊に肯定などしようものなら、死が訪れる。

 しかし、その彼の態度が、彼女の言葉の正しさを示していた。

 それは、すなわち。

 メイシアのきおくは、奪われることはない――。

「あぁ……」

 心の底から、安堵が広がる。

 歓喜がこみ上げてきた。こんな状況にも関わらず、薄紅の唇に微笑みが浮かぶ。

 ルイフォン、と心の中で呼びかけた。

 必ず、あなたのもとに帰るから……。

「安心しましたか?」

 憮然とした声が、彼女を現実に引き戻した。

ムスカ〉を見やれば、彼は乱れた髪を整え、白衣の襟元を正していた。具合いが良くなったのか、声にはまだ、かすれたところがあるものの、言葉はしっかりとしている。

「あなたが、あなたの中の『鷹刀セレイエ』をあれほど激しく拒絶してしまっては、『彼女』が目覚めるのは難しいかと思いましてね。あなたを落ち着けて差し上げようとしたのですよ。……無茶をしました」

「……」

 随分と恩着せがましい物言いだった。〈ムスカ〉が無茶をしたのは自分の利益のためであり、メイシアを喜ばせるためではない。

 だから、当然のことながら、〈ムスカ〉に対して感謝の気持ちなど、微塵にもいだく気にならない。

 ただ――。

 いまだ〈ムスカ〉の額に張り付いている、白髪混じりの前髪を見つめながら、メイシアは思う。

 彼は決して、狂人などではなく、『セレイエを見つける』という目的のためになら、手段を問わないほどに必死なだけだ。

 だからこそ、手強い。

 そして、リュイセンも……。

ムスカ〉が、リュイセンに『今はメイシア本人だけど、いずれメイシアでなくなる』と嘘をついたのは、『契約』への抵触を避けると同時に、彼の裏切りを後押しするためだ。

 リュイセンが裏切らなくても、やがてメイシアは消えてしまう。そう説明されれば、リュイセンも決断しやすくなる。

 何故、リュイセンが〈ムスカ〉の言いなりになってしまったのかは、まったくの謎だけれど、彼もまた、『何か』に必死なのは確かだ……。

「計画では、時が来れば、あなたの中の『鷹刀セレイエ』は自然に目覚めるはずだったそうですよ」

『契約』の警告が収まったからか、前より少し軽い口調で、〈ムスカ〉が世間話のように告げる。

 メイシアは、問わずにはいられなかった。

「……あなたがセレイエさんを探しているのは、彼女に復讐するため、ですか?」

ムスカ〉がメイシアの中の『セレイエ』を目覚めさせようと躍起になっているのは、行方不明のセレイエの居場所を訊くためだ。

 では、セレイエに会ったなら――?

 メイシアの黒曜石の瞳が陰りを帯びる。

「〈ムスカ〉……、あなたは『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』のために、セレイエさんに作られたと聞きました。『駒』にされるために生をけたなら、セレイエさんに対するあなたの恨みは、もっともなことだと思います」

 けど――と、続けようとしたところで、〈ムスカ〉が口を挟んだ。

「ほう? いったい何を言い出すかと思えば……」

 彼は、わざとらしく驚いたように眉を上げ、鼻で笑う。

「同情を装った、ご機嫌取りですか」

「い、いえ!」

 メイシアは、反射的に否定した。

 しかし、否定してから気づく。

 囚われの身の彼女にとって、〈ムスカ〉の機嫌を取ることは必要なことだ。彼に寄り添うような姿勢を見せることで、彼の口を滑らかにし、少しでも役に立ちそうな情報を引き出す。

 良いことではない。けれど、やるべきことだ。これは、彼女の戦いなのだから。

 メイシアは、手枷の鎖を鳴らし、胸に手を当てた。

 それは、高鳴る鼓動を鎮めるためでもあり、同時に、自分の行為は、決して卑屈な腰巾着のそれではないと、胸を張るためでもあった。

「私……、あなたのお姉様に――ユイラン様にお会いしました」

「姉さん……!?」

ムスカ〉はあからさまに顔色を変えた。

 メイシアは、やはり、と内心で思う。

 目的のためには手段を選ばないような〈ムスカ〉であるが、彼の心にも弱い部分がある。

 ――『鷹刀一族への思い』だ。

 もはや関係の修復は不可能と諦めながらも、彼は今でも一族を大切に思っている。それは、これまでのやり取りから明らかで、だからメイシアは、卑劣と思いながらも『偽りの『和解』で彼を騙す』という策まで考えた。

 ユイランの名前を出したのは、生前のヘイシャオにとって身近であろう人物で、かつ現在、正面から敵対しているイーレオやエルファンを避けた結果だ。

「ユイラン様は、『弟の死は、事実上の自殺だった。だから、彼が自分の意思で生き返ることはあり得ない。〈ムスカ〉は、弟の最期の思いを無視して、第三者に利用されてしまった悲しい存在だ』と、やるせなさそうで……。だから、あなたがセレイエさんを恨む気持ちは当然のものだと、私は――」

「はっ!」

 突然、〈ムスカ〉が不快感もあらわに吐き捨てた。言葉の途中で遮られ、メイシアはびくりと肩を上げる。

「それはつまり、私は『不本意に『生』をけたから』、鷹刀セレイエを恨んでいる。――そういうことですか!?」

 その通りだ。

 意に反しての蘇りを強いられた上に、『駒』にされたのだ。さぞや恨み骨髄だろうと、メイシアは話を持っていくつもりだった。

 しかし、〈ムスカ〉の放つ殺気が、彼女から声を奪う。触れてはいけない話題だったのだろうか。彼の態度の理由がまるで分からない。

「あなたも――姉さんも、『ヘイシャオ』は自殺したと言うのですね!」

ムスカ〉の剣幕に、メイシアはたじろいだ。

「ええ、分かっていますとも! それが真実なのでしょう! 死の間際のホンシュアも、同じことを言っていましたから!」

 彼は、悪鬼の形相で吠えた。

 わなわなと曲げられた指で、白髪混じりの自分の頭を掻きむしる。まるで、その中にある記憶をほじくり返し、あばこうとでもするかのように。

「けれど、『私』は知りません……! 『私』は、『鷹刀ヘイシャオ』が死んだことすら知りません!」

「え……? ……あっ!」

 メイシアは一瞬、混乱し、しかし聡明な彼女は、すぐに〈ムスカ〉の悲痛な叫びの意味を察する。息を呑んだ彼女に、畳み掛けるようにして吐き出された彼の次の台詞が、彼女の推測の正しさを証明した。

「当然でしょう! 『私』が持つ記憶は、『ヘイシャオが生きている間』に保存されたもの。『私』が、彼の死を知るはずがありません!」

「……っ」

 叩きつけられた鋭い声に、メイシアは肩を縮こませる。

「私は――いえ、オリジナルの『鷹刀ヘイシャオ』は、ミンウェイと約束を交わしました。『生をけた以上、生をまっとうする』――これは、『ヘイシャオ』にとって絶対の誓約です」

 くらい美貌に、矜持に似た何かが浮かぶ。

「鷹刀ヘイシャオが、自殺などするはずがないのです。彼が自ら『死』を望むなど、あり得ない!」

「きゃっ」

 だんっ、と強く足を踏み鳴らした〈ムスカ〉に、メイシアは思わず悲鳴を上げた。

 激しい憤りの表情を見せながら、しかし、彼の心は明らかに追い詰められていた。それは、彼が鷹刀ヘイシャオ本人ではなく、作られた『もの』であるが故の苦しみであり、憐れであり、不幸だった。

「ええ、私も馬鹿ではありません。分かっていますよ。――私の持つ記憶が保存された時点から、オリジナルの鷹刀ヘイシャオが死ぬまでの間に、『彼が心変わりするような事件があった』ということでしょう」

 ぞっとするほどに深く、怨嗟に満ちた笑みで、〈ムスカ〉は自嘲する。

「しかし、たとえ何があったとしても、『死』はミンウェイへの裏切り行為です。私はヘイシャオを許しません」

『ミンウェイ』と口にしたときだけ、〈ムスカ〉の声色が変わる。

 切なげで愛しげで、辛そうでもあるのに、そのときだけ険が和らぐ……。

 彼の言う『ミンウェイ』は、メイシアのよく知るミンウェイではなく、彼女の母であり、〈ムスカ〉の妻であったひとを指すことは一目瞭然だった。

「小娘。あなたは、私が鷹刀セレイエを探す理由を訊きましたね。――お答えしましょう。『私が、生き残るため』ですよ」

「……!?」

 唐突な発言だった。

 メイシアは理解が追いつかず、黒曜石の瞳をただただ大きく見開く。そんな彼女に、〈ムスカ〉が口の端を上げた。

「まず初めに確認ですが、鷹刀の子猫や、あなたの異母弟がこの館で見聞きしたことは、あなたにも伝わっていると考えて問題ありませんね?」

「――はい」

 恐る恐る、答えた。

 何か、とんでもない話が始まる予感がして、メイシアの体は、否が応でも緊張で固まっていく。

「ならば、私が〈神の御子〉を――『ライシェン』を作ったことはご存知でしょう?」

「はい……」

「『ライシェン』は、王家のトップシークレットです。摂政カイウォルは、完成した『ライシェン』を受け取ったあかつきには、秘密を知る私を殺そうとするでしょう」

 メイシアは、そのまま頷こうとして、はたと疑問に思った。戸惑いの呼吸に、気配にさとい〈ムスカ〉が、ぎろりと目玉を動かす。

 この状況で何も言わないのは得策ではないだろう。彼女は遠慮がちに「すみません」と断り、慎重に言葉を選びながら、おずおずと尋ねる。

「王家に〈神の御子〉が必要になったとき、〈悪魔〉たちが〈神の御子〉を作ることは、慣例となっているはずです。なのに、役目を果たした〈悪魔〉が殺されるなんて、おかしいと思います」

 彼女の弁に、〈ムスカ〉は面倒臭そうに鼻を鳴らした。

「『ライシェン』には、特別な事情があるのですよ」

 気になる答えだった。

 しかし、〈ムスカ〉は、それ以上のことを言うつもりはないらしく、「さておき」と続ける。これでは、メイシアは押し黙るしかない。

「そして、鷹刀セレイエもまた、摂政に命を狙われています。摂政にとって、彼女は私以上に目障りな人間なのですよ。彼女がすべてを〈影〉に任せて雲隠れしているのも、おそらく摂政から身を守るためでしょう」

 メイシアは瞳を瞬かせた。

 セレイエもまた、〈ムスカ〉と同じく、王族フェイラにとって大事な〈悪魔〉であるはずだ。なのに、この扱いはどういうことだろう。

 首をかしげたメイシアの耳に、驚くべき〈ムスカ〉の発言が流れてくる。

「ですから、私は、摂政に対抗するために、鷹刀セレイエと手を組みたいのです」

「……!?」

 思わず、目を見開いた。

ムスカ〉は、セレイエを恨んでいるのではなかったか……?

 その疑問は、そのまま顔に出ていたのだろう。彼は忌々いまいましげに口元を歪め、神経質な眉間に皺を寄せた。

「あなたの言いたいことは分かります。私は、自分を『駒』にしたセレイエを憎んでいるはずだ、手を組むなど、あり得ない。――そうでしょう?」

 声高な〈ムスカ〉に圧倒され、メイシアの喉が張り付いた。故に、彼女はただ、ゆっくりと首肯する。

「……憎んでいますよ。こうしている今だって、はらわたが煮えくり返っています。――しかし、『生きて』と言った、ミンウェイとの最後の約束を守るためには、そうするしかないのです」

ムスカ〉にとって、死んだ妻の言葉は何よりも重いらしい。

 彼女と交わした約束は、絶対の誓約。

 純粋すぎる思いが、痛々しいほどの哀愁を漂わせる。

 けれど同時に、そんな彼を冷ややかな目で見つめる自分がいることに、メイシアは気づいた。

 彼の言葉を、ほんの少し離れて聞いてみれば、それはただの生への執着だ。

 この男は、他人の犠牲をいとわない。メイシアの父は、彼に殺されたも同然だ。そんな人間の語る生など、耳を傾ける価値はない。――そう思う。

「鷹刀セレイエへの復讐は、私の身の安全が保証されてからです。場合によっては、表に引きずり出した彼女を摂政に売って、保身を図ってもよいわけです。交渉次第ですよ」

 そう言って〈ムスカ〉は、ねとつく視線をメイシアに向ける。

「何しろ私の手元には、鷹刀セレイエが最大の頼みにしている『最強の〈天使〉の器』がありますからね。彼女は私を無下にはできないはずです」

「!?」

 捕食者の目だった。

 本能的に身の危険を感じ、メイシアの背筋が凍る。

『最強の〈天使〉の器』――あの会議のときに、リュイセンが、メイシアに対して口にした言葉だ。そして、イーレオが『契約』に苦しみ、エルファンがこう叫んだのだ――。

「――王族フェイラの血を引く者が〈天使〉になれば、強い力を持つ……」

 知らず、声に出した彼女に、〈ムスカ〉が驚きの表情を見せる。

「どうしてそれを?」

 失言だったのか――?

 焦るメイシアに〈ムスカ〉が無言の圧力を掛ける。故に、彼女は選択の余地もなく答えた。

「……エルファン様が、ルイフォンのお母様から――〈天使〉だったキリファさんから聞いたそうです」

「なるほど。『契約』に触れかねない話でしたから、あなたがご存知で助かりました」

ムスカ〉は、ほっとしたように息を吐いた。

「そうです。あなたこそ、『最強の〈天使〉の器』です。……ひとつ付け加えるならば、あなたが最強といえる理由は、王族フェイラの血を引くことに加えて、あなたの中に『鷹刀セレイエ』の記憶があるからですよ」

「え?」

「〈天使〉の力の使い方を熟知した『鷹刀セレイエ』の知識があるからこそ、最強たり得るのです。ただ王族フェイラの血を引いているだけでは、力は強くとも、制御しきれずに熱暴走を起こすだろうと、ホンシュアが言っていました」

 メイシアは、無意識に自分の体を抱きしめた。

 血の気の引いた白蝋のような顔で、じっと〈ムスカ〉の言葉を噛みしめる。室温は変わっていないはずなのに、寒くてたまらない。

「あなたは切り札です。あなたの身柄が、私を優位に立たせてくれる。――あなたは、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』を生き抜くための、最大の鍵なのです」

「『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』……」

 結局は、これなのだ。

 がたがたと、体が震える。

 その動きに合わせ、手首から伸びた鎖が、囚われの音色を響かせる。

「……『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』とは、いったい、なんなのですか?」

 仕組まれた運命からの解放を祈るように、メイシアの口から細い声が漏れた。

「私も全貌を把握しているわけではありません。それより、あなたの中の『鷹刀セレイエ』が目覚めれば、あなたは自然にすべてを知ることができるはずなのですが……」

ムスカ〉は、ほんの少し思案の顔を見せ、そして続けた。

「わざわざ説明するのは面倒臭いと思っておりましたが、まぁ、よいでしょう。あなたの中の『鷹刀セレイエ』への刺激になるかもしれませんし、あなたが驚く顔を見るのも面白い余興でしょう」

 閉ざされた地下の研究室に、魅惑の薄笑いが広がる。

 白衣の〈悪魔〉は、まるで呪文を描くかのように、虚空に向かって指を滑らせた。

「『デヴァイン・シンフォニア』は、『di;vine+sin;fonia』と綴るのだそうですよ」


『di』は、『ふたつ』を意味する接頭辞。『vine』は、『つる』。

 つまり、『ふたつのつる』。

 ――転じて、『二重螺旋』『DNAの立体構造』――『命』の暗喩。

『sin』は『罪』。『fonia』は語呂合わせ。

 これらの意味を繋ぎ合わせて、『命に対する冒涜』。


「鷹刀セレイエは、自分の『願い』が冒涜であると理解していながら、それでもなお、望まずにはいられなかったんですよ」

「セレイエさんの『願い』……?」

 メイシアが問うと、〈ムスカ〉の喉の奥から低い嗤いが返ってきた。

「彼女は私と同類です。――死んだ人間を諦めきれず、それが『命に対する冒涜』と知りながらも、蘇らせようとこいねがう……」

「セレイエさんは、どなたか大切な方を亡くした。……そういうことですか?」

 顔色を変えたメイシアに、〈ムスカ〉は大仰なほどに深々と頷いた。

「ええ。鷹刀セレイエは子供を亡くしました。……殺されたんですよ」

「!?」

 メイシアは息を呑んだ。

 ルイフォンが言っていた。――異父姉のセレイエは貴族シャトーアと駆け落ちをしたと。

 そして、子供が生まれていたのだ。

「どうして……、殺されるなんて……」

 メイシアのその言葉を待っていたのだろう。〈ムスカ〉がにやりと嗤う。

「生まれた子供が、『白金の髪、青灰色の瞳の男子』――すなわち、〈神の御子〉の男子だったからですよ」

「――!」

 それがもし本当ならば、その子供は現女王を退け、王位に就く資格を持つ。

 しかし、王族フェイラにしてみれば、どこの馬の骨とも知れぬ女が産んだ子供を王と認めるだろうか。

 ――否だ。

 だから、殺されたのだ。

「もう、お分かりでしょう? 〈神の御子〉の『ライシェン』。――彼は、鷹刀セレイエの子供のクローンです」

「……!」

 悲鳴が、漏れそうになった。

 声を押さえようと口元に手を当てると、それに連なる手枷の鎖が、代わりの音を高く響かせる。

〈悪魔〉はとろけるような微笑を浮かべ、甘やかさすら漂う優しい低音で、そっと囁いた。


「鷹刀セレイエは、殺された息子を『次代の王』として誕生させようとしているのですよ」



 それが――。

『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』。

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