4.銀の鎖と欠けた月

 春の夜は、やや肌寒かった。

 ハオリュウは、くしゅん、と小さなくしゃみを漏した。部屋にスーツの上着を置いてきたことを、少しだけ後悔する。

 通された客間には、ミンウェイが用意してくれた部屋着が置いてあったが、袖を通していなかった。それは、凶賊ダリジィンからの借り着を良しとしなかったからではなく、鷹刀一族の人々が藤咲家の依頼に命を賭しているときに、くつろぐ気分になれなかったからだ。

 実のところ、作戦に入ってしまえば貴族シャトーアの彼にできることはない。ミンウェイも、今まで斑目一族に監禁されていたハオリュウを気遣い、横になるよう勧めてくれた。

 しかし、彼は丁重に断った。休んでなど、いられるわけがなかった。

 かといって、後方で指揮をとるのであろう総帥イーレオや、捕虜の自白を任されたミンウェイのそばにいても邪魔になるだけである。

 そんなわけで、彼は部屋でおとなしくしていたのだが、ふと思い立って異母姉メイシアの部屋に向かうことにした。

 屋敷中がざわめきに包まれているものの、夜は深く更けている。姉弟といえども、女性の部屋を訪れるのは非常識な時間だろう。

 だが、今晩に限っては、異母姉は夜を夜とも思わずに、じっと空でも見上げているに違いない。あの男――鷹刀ルイフォンを想って。

 ハオリュウは不快げに鼻に皺を寄せ、それから感情をストレートに顔に出した自分を恥じ、咳払いをした。作戦遂行のため、凶賊ダリジィンたちは、ほぼ出払っていて廊下には人気ひとけがない。誰にも見られなかった幸運に、ハオリュウは、ほっと胸を撫で下ろした。

 ――異母姉は、鷹刀ルイフォンのどこを気に入ったというのだろう。

 完璧な美貌と、比類なき刀技を有する、直系の鷹刀リュイセンなら分かる。暴走した警察隊員から異母姉を救ったときのリュイセンには、心の底から感服した。彼が凶賊ダリジィンであることが、残念でならない。

 それに対し、ルイフォンは手が早くて、口達者で、抜け目がなくて、策を巡らせるのが上手くて……。

『メイシアの親父さんを助けるために、他の誰かが犠牲になったら、メイシアが悔やむだろ?』

 ルイフォンは、そう言った。そして、全部ひとりでやると豪語した。結局は、一族全体で動くことになったわけだが、作戦の概要を立てたのはルイフォンだ。

 そもそも、父の救出を急ぐことになったのは、ハオリュウが後先考えずに行動して、結果として斑目一族の意向に逆らったからだ。なのにルイフォンは、責めるどころか、必死な思いを「いいと思うぜ」と言って受け止めてくれた。

「糞……っ」

 ハオリュウは、ぎりりと奥歯を噛んだ。



 ひときわ立派な客間の扉にたどり着いた。

 ハオリュウが遠慮がちにノックすると、メイシアはすぐに出てきた。部屋の照明は落とされていたが、彼女はずっと起きてテラスにいたのだろう。その証拠にテラス窓は開け放たれたままで、夜風が桜の花びらを運び込んでいる。

「ハオリュウ、どうしたの?」

 欠けた月と庭の外灯の薄明るい光が、メイシアを神秘的に照らし出した。もともと美の化身のようだった彼女だが、今は更につやめいて見える。

「姉様が心配だったから」

 当然のように彼を部屋に招き入れる無警戒なメイシアに、ハオリュウは複雑な気分になった。

 勿論、追い返されても困るのだが、そんな無防備な行動が相手にどんな感情をいだかせるかなんて、異母姉はちっとも考えていないのだろう。そして、彼女が扉を開いた相手は異母弟の自分だけではないことを、彼は知っていた。

 そんな異母弟の思いも露知らず、メイシアは優しく微笑む。

「私なら大丈夫よ」

 彼の気遣いを純粋に喜んでいることが伝わってくる。我ながら単純なものだと思いつつ、ハオリュウは目元を緩ませた。

「大丈夫なもんか。姉様が、ずっとあいつのことを心配していることくらい、分かっているよ。ひとりで不安がっていることも……。だから僕と話していれば、少しは気が紛れるかと思ってね」

「ありがとう、嬉しい。……でも、ごめんね、心配だけはさせてほしいの。私にできるのは、それくらいだから」

 沈んだメイシアの様子に、ハオリュウは言葉を詰まらせた。鷹刀ルイフォンは、気に入らない。憎いわけではないが……気に食わない。

 あの男は本来、前線に出る役回りではないらしい。それなのに、無理は承知で敵地に乗り込んでいった――異母姉のために。

「あいつ……格好つけやがって。無茶なことを……」

 かすれたハスキーボイスで唇を噛む。その言葉に不安を覚えたのか、メイシアがむきになるように強い口調を放った。

「大丈夫よ! ルイフォンは、きっと、お父様を救い出してくれる。心配ないわ……!」

「……姉様、言っていることが矛盾しているよ」

 ハオリュウが溜め息混じりに少しだけ笑うと、メイシアは「あ……」と小さく声を漏らし、恥ずかしげに口元に手をやった。

「『神速の双刀使い』が一緒なら、大丈夫だよ」

 異母姉を安心させるように、ハオリュウは、先ほど聞いたばかりのリュイセンの二つ名を口にする。

「そ、そうよね」

 メイシアは、そろそろと手をおろし、胸元のペンダントを握りしめた。祈るような仕草に、首元の細い鎖が薄明かりをきらきらと弾く。

 ハオリュウは切り出しあぐねていた話の足掛かりを見つけ、小さく息を吐いた。

「そのペンダントは、あいつからの贈り物なの?」

「え?」

 メイシアが驚いたように聞き返した。

「午後に、僕が姉様と話したときには付けていなかった。けど夕食のとき、姉様はあいつと一緒に食堂に来て、そのときは付けていた。そして、父様を救出しに出掛けるあいつを見送るとき、姉様はそのペンダントを大事そうに握っていた。――今みたいに」

「何を言っているの、ハオリュウ? これは私がいつも身に付けている、お守りのペンダントでしょう?」

 メイシアが焦ったように言い返す。

 なんとも下手な嘘である。いつも身に付けていたのなら、一緒に暮らしているハオリュウが知らないわけがないではないか。

「誤魔化さなくていいよ、姉様」

「誤魔化してなんか……」

 おとなしい異母姉が食い下がる。そのことが、ハオリュウを苛立たせた。彼は感情的に言い返しそうになるのをぐっとこらえ、瞳に冷ややかな光を宿した。

「姉様に嘘までつかせるとはね……。――姉様。あいつと何があった?」

「え――――」

 メイシアが小さく口を開いたまま、動きを止めた。

 彼女の肩に、桜の花びらがふわりと舞い降り、薄明かりを白くはね返す。夜風が揺らす長い髪のそよぎだけが、彼女が作る時の流れだった。

「僕が気づかないわけないでしょ?」

 ハオリュウの、決して低くはならないハスキーボイスが迫力を帯びる。

 庭でメイシアがルイフォンに口づけたとき、ふたりはそういう関係ではなかった。そんなことは、ハオリュウなら見れば分かった。

 無論、箱入り娘の異母姉が暴挙に出たくらいだから、心憎からず思っていたことは確かだったろう。けれど、それは彼女の心の内のみの話だったはずだ。

 ルイフォンのほうだって、……否、あの男のほうこそ、異母姉に惚れ込んでいた。ハオリュウの最愛の、そして最高の異母姉に魅了されない男などいるわけないのだから。それでも、まだ、秘めた想いだったはずだ。――あのときは。

「姉様は貴族シャトーアで、あいつは凶賊ダリジィンだ。一緒にいられる相手じゃない。じきに父様も帰ってくる。僕たちは明日、家に帰るんだ」

 もうすぐ、別れのときが来る。

 めまぐるしくはあったけれど、ほんの二日間の出来ごとなのだ。一時いっときの想いは、永遠とは異なる。運命の相手なんて物語の中だけだ。

「ハオリュウ」

 メイシアが彼の名を呼んだ。

 切なげに潤ませた瞳が、淡い光を反射した。

「ルイフォンは鷹刀を出るって――」

「なっ……?」

「そして私に、全部振り切ってそばにいてほしい、って言ってくれたの」

「……っ!?」

 ――絶句……。

 やがて脳がその告白の意味を理解すると共に、ハオリュウは全身の血が逆流するのを感じた。握りしめた拳がわなわなと震える。

 そんな彼の激昂に、メイシアの瞳には、こぼれそうなほどの涙の光がたたえられた。けれど彼女は、それを流さぬようにぐっとこらえ、ハオリュウの姿を凛と捕らえた。

「私も、ルイフォンのそばにいたい……!」

 この我儘は、涙などで通してはならない。そんな甘えは許さぬという、強さ――。

「姉様……」

 ――ルイフォンの良さなんて、とっくに分かっていた。

 けれど、貴族シャトーアとして育ってきた異母姉が、凶賊ダリジィンとして生活するなんて無茶なのだ。身分違いの恋が幸せにならないことなんて、ハオリュウの両親が証明している。

 傷の浅いうちに諦めさせるのが、彼女の幸せのためだ。――そう思って、異母姉を諭すつもりだった。

 それが、家を出るだと?

 奴の今までの生活のすべてよりも、異母姉ひとりに価値があると――?

「――畜生……!」

 ハオリュウは、部屋の照明が落とされたままであることに感謝した。明るくする機を逃したまま、話し込んでしまっただけのことなのだが、醜い嫉妬に歪んだ、惨めな顔を異母姉に晒さずにすんだ。

 ルイフォンが凶賊ダリジィンでなくなったとしても、彼が平民バイスアであることには変わりはない。身分の差は歴然としている。

 だから、ふたりの恋路には反対だ。

「…………っ」

 反対すべきだ。

 ――けれど、それは本当に異母姉のため……なのか……?

「……糞野郎が……」

 ハオリュウの心を慰めるように、静かな風が流れ、音もなく桜が舞った。薄闇の光はしっとりと優しく、彼を包み込む。

 彼は異母姉に悟られぬよう、ゆっくりと息を吐いた。

 胸の中の空気をすっかり出し終えると、妙にすっきりした。落ち着きを取り戻した彼の頭が、明晰に動き出す。

「……姉様」

「は、はい」

 改まったハスキーボイスに、メイシアが緊張の声で答えた。

「駆け落ちなんて、僕は許さないよ」

「えっ!? は、ハオリュウ!? 私はそんな、駆け落ちだなんて……」

 心底驚いたようにメイシアは体をびくつかせ、よろめきながら一歩下がる。大げさなほどの反応であるが、この異母姉のことだから本当に駆け落ちだと思っていなかったのだろう。

「姉様、常識がなさすぎだよ」

「そ、そういうことなの……?」

「それ以外のなんだっていうの?」

 メイシアが押し黙り、うつむく。薄明かりでは判然としないが、その顔は真っ赤になっているのだろう。

 ハオリュウは深く息をつく。

 異母姉には、しっかりと現実を見つめてもらう必要があった。

「あいつが家を出るのはいい。でも、姉様があいつのところに行くのは駄目だ」

 厳しい声がメイシアの耳朶を打つ。

 彼女は赤面から一転、愕然とした面持ちで顔を上げた。普段、柔らかな語調の異母弟が、「駄目だ」と言い切ることの重さに気づいたのだ。

「で、でも、私……」

 自分の思いをどう告げたらよいのか分からず、メイシアは言いよどむ。そして、そうやって言い返そうとする行為こそが、彼女の意志の固さの証明であることをハオリュウは知っていた。

 彼は、これから起こる異母姉の表情の変化を見逃すまいと、じっと彼女を見据えた。

「駆け落ちっていうのはね、周りからの反対にあって、どうしようもなくなったときにするものだよ。……僕は、姉様が幸せになるなら、祝福して送り出したい。ただし! ちゃんと準備してからね」

 メイシアは、その言葉の意味をすぐには理解できず、「……え?」と呟いたまま、声と表情が止まっていた。その反応に、ハオリュウは真顔のまま、心の中だけでほくそ笑む。

「姉様も、あいつも、舞い上がりすぎだよ。周りが見えなくなっている。――満足に家事もできない姉様が、いきなり平民バイスアの生活なんて、できるわけないでしょ? 頭を冷やしてよね」

 彼は、にっこりと微笑んだ。

「ハオリュウ……」

 メイシアの口から、絞り出したような声が漏れる。緊張のためか、自然と上がっていた肩がゆっくりと落ちていった。

 これで異母姉は、実家で花嫁修業でも始めるだろう。ルイフォンの人となりを認めはしたが、すんなり渡してやるほど、ハオリュウの心は広くはないのだ。

 ――せめてもの悪あがきに、正攻法で邪魔をしてやる。

 もしも、一時いっときの想いなら、じきに冷める。……けれど、ふたりの想いはきっと変わらない。

 遠くない将来に、彼女を送り出すことになるだろう。ならば、今は嫌がらせに少しだけ先延ばしをさせてもらう。そのくらいはしても、ばちは当たるまい……。

 ハオリュウは、ふっと窓の外に目をやった。

 紺碧の夜闇に、星がまたたいていた。ルイフォンに繋がる空をハオリュウはじっと見つめ、らしくないなと思いながら、祈りを捧げた。

「ありがとう」

 メイシアの少し震えた声が響いた。ハオリュウが視線を移すと、彼女の両の目からは、涙の雫が煌めいている。――それは異母弟の彼が見ても、どきりとするほど美しく、幸せに満たされた女性の顔だった。

 ハオリュウは柔らかに顔をほころばせると、意地悪く言った。

「姉様は、これからが大変なんだよ? 分かっている?」

「わ、分かっているわよ」

「どうかなぁ?」

「う……」

 言葉に詰まったメイシアは、気まずそうにうつむた。いじけたように胸元のペンダントを握りしめ、もてあそぶ。

 その仕草に、ハオリュウは胸騒ぎを覚えた。

 ペンダントはルイフォンが贈ったとして、慌ただしい中、いつ用意したというのだろう。よく考えれば、何故ペンダントなのだ? この状況なら、指輪を渡すのではないだろうか。

 では、異母姉がずっと身に付けていたと言うのは本当なのだろうか。

 ――けれど、そのペンダントのことを、ハオリュウはまるで知らない。

 そんな異母弟の心中を知らず、メイシアは「大丈夫よ、頑張るもの……」と、うそぶいていた。そのうち、ここにはいない大切な人を思い出したのか、優しく呟く。

「少し前までは、こんなことになるなんて、想像もしていなかったわ……」

 その言葉は、しっとりと甘い。

 夢見心地のメイシアを見て、やはりペンダントの送り主はルイフォンなのだと、ハオリュウは思った。無駄な思考をやめ、異母姉に同意の相槌を打つ。

「本当に。なんか、信じられないね」

「うん。ハオリュウが身代金目的で誘拐されたのだと思ったら、それは厳月の陰謀で、そして……」

 メイシアは途中で言葉を止めた。

 薄明かりの中でも、はっきりと分かるほど、彼女は蒼白な顔をしていた。

「姉様?」

 ハオリュウが、異母姉の顔を覗き込む。その瞳は、夢から覚めたように大きく見開かれていた。

「私、事件のことは、ルイフォンやイーレオ様の言うことを信じていればよいと思っていた。私が余計なことを言って、邪魔をしてはいけない、って。けど……」

「けど――?」

 急に様子の変わった異母姉に戸惑いながら、ハオリュウは問い返す。

貴族シャトーアの私だからこそ、気づくことがあるのかもしれない……」

「なんのこと?」

「厳月の……、違和感」

 澄んだ美しい声であるにも関わらず、その言葉は冷たく空気を切り裂いた。

 彼女は、ハオリュウをじっと見つめた。そして、ややためらいがちに尋ねる。

「ねぇ、ハオリュウ。ルイフォンは、斑目が厳月を裏切り、縁を切ったと言っていた。でも……、そんな一方的なやりように、厳月が黙っていると思う……?」

「確かに、あの厳月が凶賊ダリジィンに利用されただけ――なんて許すはずがないね」

 凶賊ダリジィンの身分は、平民バイスア貴族シャトーアからすれば、被支配階級だ。貴族シャトーアの感覚でいけば、凶賊ダリジィンなど金と権力を餌に飼い馴らせる、便利な家畜といった程度に過ぎない。

「うん……。でも、凶賊ダリジィンのルイフォンたちは、貴族シャトーアの気位の高さを計算しきれていないと思うの……」

 メイシアの言葉に、ハオリュウはしばし考え込んだ。口元に手を当て、目線を下げる。

 普段の彼なら、もっと早くに異母姉の言う違和感に気づいただろう。だが彼は、つい半日前まで何も知らされることなく、斑目一族に監禁されていた。解放されてから一気に情報を詰め込まれたのでは、聡明な頭脳が本来の機能を発揮できなくても仕方あるまい。

「……なら、厳月は斑目一族に、なんらかの報復をしようと動いている? いや、もう報復は秘密裏に行われた可能性も……」

 厳月家と斑目一族――この二者だけの問題になっているのなら、ハオリュウとしては、どんなことが起ころうと、どうでもよいことだ。だが、藤咲家に飛び火しようものなら許さない。全力で火の粉を振り払う。

 険しい顔になったハオリュウに、メイシアが気後れしたような視線を向けた。

「ハオリュウ、私が考えたことは、少し違うの」

「え?」

 深窓の令嬢として育ったメイシアは、人を疑うことを知らない。だから、その瞳は疑惑に曇ることなく、冷静に事実だけを見極める。

「一度手を組んだ貴族シャトーア凶賊ダリジィンが、そう簡単に縁を切るかしら? 縁を切ったところで互いに利益がないのに。……なら、仲たがいしたというのは、実は私たちの勘違いなんじゃないか――そう思ったの」

「でも、斑目一族は厳月の意向に逆らって、父様を囚えたんでしょ?」

 それを許す厳月家ではあるまい。ハオリュウは異母姉に疑問をぶつける。

「そのことなんだけど……。斑目と厳月は手を組んでいたのよね? なら、斑目と厳月が共謀してお父様を囚えた――という可能性もあるんじゃないかしら?」

「それって、厳月にはなんのメリットもないよ?」

「でもね、そう考えたほうが自然なの……」

 春風が舞い込み、薄明かりが不吉に揺らめく。月影に絡め取られるような錯覚を覚え、ハオリュウは思わず身を震わせる。

「つまり厳月は、まだ舞台から下りてはいない――と」

 彼は、噛みしめるように呟いた。

 異母姉の考えすぎであってほしいと思う。――だが、こういうときの彼女の勘は、外れることがないのだ。

 知らずに握りしめていた拳の中で、当主の指輪が自己主張をした。その痛みに、ハオリュウは、硬い顔で自分を見つめる異母姉に気づいた。

「姉様、大丈夫だよ。僕がいるよ」

 最愛の異母姉には、不安な顔は似合わない。ハオリュウは内心を押し隠し、根拠なき言葉で笑う。

 不意に強い風が吹き込み、テラス窓が大きく開かれた。メイシアの小さな悲鳴が上がり、長い髪が乱され、桜の花びらが散らされる。

 美しい花の嵐の中に、災厄のひとひらが紛れ込んでいる――。

 ハオリュウは欠けた月に挑むような目を向け、テラス窓をぴしゃりと閉めた。

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