第五話 「初めての雪道」
家族団らん。子供四人、大人一人、機械人形一人の食卓はなんとも――忙しなかった。
「ははらひんはにほ、ひゅーいふふよふひっほはなきゃ」
もぐもぐと出来立てのシチューを掻き込みながら、リリーは目だけは真剣に語る。しかし、何を言っているのか全くわからない。
「リリー、食べながら喋るなよ……」
呆れた目でニクスが注意すると「ニクスって時々お母さんみたいよね」などと呟いて、
「だからみんなにも、注意するよう言っとかなきゃ、ね」
先程の文言をもう一度言い直した。
リリーに釣られて何故か双子までシチューを掻き込んでいた。
急ぐ必要もないのに無駄に緊迫した姉と妹と弟。似ていないはずの双子もそっくりに見えた。
一方状況がわからないのか、全てを悟った上なのか、落ち着いて食事をとるリリーの母。食事もせず、ただニクスの隣に座るシュタール。そして誰より状況がわかった上で落ち着き呆れるニクス。
丁度半分の温度差が、ここの空気のバランスを保っているようにも思えた。
「ニクス兄ちゃん、じゃあやっぱり空き巣って」
「ニクスの敵よね!そしてあたしの敵でもある!捕まえるしかないってことね!!」
今にも捕まえに飛び出していきそうな熱い瞳がニクスに迫る。
トリエはニクスが空き巣と呼んだ理由を聞けて納得がいったようだった。
しかし、たぶん違うのだ。
シュタールがいったい何のためにここへきたか。それは一旦置いておくとしよう。
あいつ――空き巣の本来の目的は何だったのか。
まず第一に、素人の作りかけの時計など盗んで何の得になる?金にはならないし、高級な部品など一切使っていないただの時計など、何の価値もない。
ニクスは自分で言ったものの、思っていた。他人から見れば自分の時計などただのゴミだと。
盗む意味がないなら。それが本来の目的でないなら。
――シュタールを置いていく。こちらが本来の目的だ。
それに夕方、謎の部品を落としていったのがわざとだとするのなら、それも目的に入る。
時計を盗むのがついでだったなら?不愉快極まりない。迷惑だ。周りから見ればただのゴミでも、ニクスにとっては大事なものだ。
確かにやっていることは空き巣と変わりない。ニクスだって今すぐ捕まえてやりたかった。
しかしそこから、空き巣と確定してしまうのは違う気がするのだ。
まだ捕まっていない空き巣がこの街をうろついているなどと広めても、きっと奴は何も盗まない。
時計さえ盗まれなければやっていることはまさにサンタクロースだ。まあ盗まれているのでいい人とは思えなかったが。
何故、シュタールはここへ来たのか。それだけがいくら考えてもわからないままだった。
それを直接聞き出すためにも、空き巣でなくても捕まえなければいけないことに変わりはない。シュタールが何のために来たのかという問いは自分の中だけに留めて、三人の話に耳を傾けた。
「まず、そいつが消えたっていうのがよくわからないわ。この雪道で足跡が残らないわけないし」
リリーの言う通り、ニクスもそれはわからなかった。実際に足跡が唐突に消えるのをこの目で見ている。
「空でも飛んだんじゃない?」
「もしそんな機械があるならそれも有り得るかもね、でもアーシェ、どんな風に空を飛んだと思ってるの?」
「なによ!こんな機械の街なら空飛ぶ小さい機械があってもおかしくないでしょ!」
「小さいんじゃ人なんて飛べないし、大きかったらニクス兄ちゃんは気付くはずだろ」
また双子の言い合いが始まる。急に浮いたなら足跡は残らないが、それこそ怪奇現象だ。
「ニクス、その人を見たのよね?特徴とかないの?」
「暗かったからな……よく見えなかったんだよ。そうだ、シュタールは?何か覚えてる?」
運ばれていた本人。シュタールも運ばれているのはわかっていたようだ。だったら一番の目撃者ではないか。
「……痩せた男、でした。それ以外は何も……」
「うーん、さすがにそれだけじゃ特定はできないわね。でもちょっと絞れたわ」
シュタールでさえ、はっきりとは覚えていないようだった。
「そういえば、壊れていたのはそいつのせいなのか?」
「……あまり記憶がないのです」
「そっか……」
壊れていたからだろうか。無理矢理連れてこられたのなら何もできず運ばれるのも無理はないかもしれない。むしろ運ぶために壊された可能性の方が高い。
「とりあえず、明日から店に来る人には注意と、怪しい人を見なかったか聞いてみるわ。ニクスはシュタールのこと気にかけてあげてね」
「うん。今日は早めに家に帰るよ。小母さん、アーシェ、シチュー美味しかったです。ご馳走様でした」
外はまだ少しだけ明るさが残っていた。また遅くまで家を空けておくのも良くない。
食器を片付け帰る準備をすると、アーシェが不安そうに寄ってきた。
「ニクス、またお泊りはなし……?」
「ごめんアーシェ。今度シュタールとまた来るから。その時に、ね?」
「……わかった!聞き込み調査頑張るから!!犯人捕まえたら、ご褒美ちょうだいね?」
「ああもちろん。ただし無理はしちゃだめだぞ?それからトリエと仲良くな」
軽く頭を撫でてやると、顔を赤くし嬉しそうに笑った。こういう時の女の子らしさが普段ももう少し出せていたら、とニクスは思った。
アーシェも、そしてトリエも、ニクスが帰ろうとすると不安そうな顔をする。それが本来ここにいるはずの人物に関わっていることは、ニクスも知っていた。だからこそここに住んでしまいたいと度々思う。住めない代わりに毎日のように通っている。
シュタールが来たことで、何かが変わっていくような予感がした。
シュタールが来た理由がわかれば、自分のわからなかった何かさえ、わかるような気がした。
アーシェやトリエに笑顔で見送ってもらえる日だって、きっと来るはずだ。
そう思うと、一層奴を捕まえる決意は固くなった。
「あーちょっと待って、シュタール」
店の入り口まで来たところでリリーに呼び止められる。ただし名前を呼ばれたのはシュタールだ。
「これも一応、つけていって」
そう言うとリリーは、手にもっていたものをシュタールの首に巻きつける。
「これは……?」
「マフラーよ。機械でも体は冷やしちゃいけないわ!あと、ニクスとお揃いだしね!」
巻きつけられたのは、赤いマフラー。後ろでりぼんの形に結んでから、リリーは満足そうに微笑む。
「うん!可愛いじゃない!」
そう言われたシュタールの顔が赤く見えたのは気のせいではないだろう。
「……ありがとう、ございます」
「いいってことよ!それじゃあ気を付けてね!」
リリーに見送られ、ニクスとシュタールは店を後にした。
店を出てしばらく歩くと、シュタールの足が止まった。
「どうしたの?」
「いえ、不思議な感覚、だと思いまして」
足踏みをして下を見ながら、少し嬉しそうに言う。
「……もしかして、雪道歩くの初めて?」
「はい。もこもことしていて気持ちが良いです」
雪を見て興奮した子供のように笑う。
「シュタール。君の知らないことがまだまだこの街にはいっぱいあるよ。それをこれから全部観に行こう。一緒にさ」
誰がどんな意図で連れてきたとしても、シュタールはシュタールだ。
ずっと一緒にいてくれるか、という問いに"はい"と答えてくれた彼女。
これから彼女と過ごす日々を思い、ニクスは心が躍った。
「はい、楽しみです」
人間らしい笑顔が、雪に反射して輝いた。
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