第三話 「双子の姉弟」

 凄腕の修理師がいるからといって、店は大繁盛というわけではなかった。

 カウンターに肘をついて暇そうにしているのが、一人、二人、三人。

「ねえニクスニクス、今日はあたしが夕食作るの手伝う予定なの!味わって食べてよね!」

「あーうん。後でいただくよ」

 訂正。一人は自己アピールに忙しかった。

 アーシェ。短髪赤髪の元気な女の子。お客がいる時は一生懸命に働き、ニクスがいる時は一生懸命にアピールをする。言うまでもないがニクスのことが大好きだ。将来お嫁さんになるまで付きまとってきそうなその勢いには、正直負けそうで怖い。

 そのニクスに対する恋する乙女感情とは裏腹に、普段は男勝りな性格だったりする。

 スカートは絶対に穿かないし、ファッションには興味なし。ニクス以外の男性に興味なし。力技でなんでも乗り越えようとする。おしとやかとは正反対の性格だ。

 面と向かって言えるわけもないが、ニクスはこんな頼りになりすぎる存在をお嫁に迎える気はない。むしろ自分の方がお嫁になった感覚さえ覚えそうだ。


 そしてニクス以上にこの性格に被害を受けている者がいた。

 トリエ。アーシェとは何もかも反対の少年。肩まである青みがかった黒髪を一つに括っている、大人しい男の子。一生懸命に働くのは一緒でも、トリエは基本表には出ない。接客業はアーシェやリリーに任せて自分は裏で働く。トリエのことを知らないお客も少なくない。

 共通点があるとすれば、トリエも同じくニクスのことが好きだということだ。もちろんそっちの意味ではない。ニクスのことをと呼ぶのはその通り兄のように慕っているからだ。

 ニクスも本物の弟ができたようで悪い気はしない。もちろん、そういう意味ではアーシェも良い妹的存在だ。


 そんな似てない二人だが、これでも双子なのだ。リリーの妹弟で、アーシェの方が姉。トリエは末っ子だ。

 リリーもニクスも二人に慕ってもらえているのは嬉しい限りだが、肝心の二人が仲良くしてくれないのにはほとほと困っている。

 まだ幼いので仕方がないのかもしれないが、仕事に支障を来すようでは改善しなければならない。

「てかなんでトリエこっちにいるのよ。何ならお姉ちゃん手伝ってきたら?表は嫌でしょ」

「ニクス兄ちゃんがいるから。リリー姉ちゃんは一人で作業するって籠っちゃったから、僕にできることないだろうし」

「あんた空気読みなさいよね?」

 思った傍からこれだ。ニクスを挟んで睨み合う。

「あたしはニクスと二人っきりでデートしたいの!!あんたはお邪魔なのよ!」

「僕は店番してるだけだ。ここはデートする場所じゃない」

「いつにも増して生意気ね……いいわ、勝負よ!!どっちが先にこれ組み立てられるか!!」

「……わかった」

 アーシェが取り出したのは、組み立て式の時計キット。ニクスが作っていたものと比べたら大きなパーツを組み立てるだけで簡単だが、なんとも高度な勝負をする双子だ。

「よーい……スタートッ!!」

 組み立てを始めると先程とは打って変わって静かになる。いつもこうだと楽なのだが。


  ――……。


「……できた」

「なっ!!」

 先に声を上げたのはトリエだった。

「アーシェは不器用なんだからもう少し勝負を選びなよ」

「ぐっぬぬ……っ!!」

 そう。力技で切り抜けるアーシェは細かいことはできない。修理もできない。だからいつも接客に回っているのだ。

 一方トリエは修理組み立てなら得意だ。裏で修理を任せても、ある程度の物なら一人でも直せる。

「――っ!!このぉおおっ!!」

「っと、そこまでそこまで」

 ニクスは藪から棒にトリエに殴りかかろうとするアーシェを片手で止める。

 こういう力技に走る悪い癖も直さなければ。

「に、にくすっ!やだあたしったら……」

 手を握られたアーシェは途端に態度を変えた。恋する乙女モードだ。

「もうちょっと仲良くできないかな……?三人で店番しよう?」

「は、はい……っ!!」

 まるで告白されたかのような反応。あからさまな態度の変わり様にトリエはジト目を送った。


  ***


 日も暮れてきた頃。全く反応がないリリーのことがさすがに心配になってきた。夢中になったリリーは食事も忘れかねない。朝から何も食べていないのであれば差し入れの一つも持っていかねば。ニクスが頼んだことだ。任せると任せっきりは違う。

「ちょっとリリーの様子見に行ってくるから、二人とも店番よろしく頼むな?」

「わかった!」

「……りょうかい」


 二階へ上がると、リビングのテーブルにはラップのかかったサンドイッチが置いてあった。一緒に置いてあったメモに目をやると。

『リリーに持っていってあげてね。母さんより』

 一言で簡潔にまとめられていて、そして全てを見透かしたような言葉が並んでいた。

 リリーがリビングまで出てこないのと、ニクスが様子を見に来ることを知っていたかのようだった。いつの間に用意されていたのか。親というものは本当に、敵わない。

 リビングからさらに奥。それぞれの部屋のドアが並ぶ暗い廊下がある。リリーがいつも修理する時に籠るのは一番奥の部屋だ。うっすらと明かりが漏れる部屋の前まで行き、静かにドアを叩く。

「リリー、開けてもいいか?」

 返事はない。心配になって、ほんの少しドアを開いた。

 集中しきっていて周りの音にも気付かないらしい、リリーの後ろ姿が見えた。この分だと、朝楽しそうに部屋へ消えていってからはここを動いてないだろう。集中を切らすのも悪いとは思ったが、声を掛けた。

「リリー、小母さんがサンドイッチ用意しておいてくれてたぞ。少し休憩したらどうだ?」

「――あ、ごめん気付かなかった」

 かけていたゴーグルを外し、金髪を翻しこちらを振り返った。

「調子はどうだ?」

「順調よ!夜までには終わりそうかな。あ、サンドイッチいただくわ」

 ニクスの持っていた皿からサンドイッチを一つ取り、再び作業用の椅子に腰かけて話し出す。

「配線はぐちゃぐちゃだし、見たことない部品まで出てきてそれはもう大変だったんだけど。でもこんなやりがいのある修理初めて!もう作業が楽しくて楽しくて!」

 きらきらと瞳を輝かせて、本当に楽しそうに語る。その瞳をニクスは先程も見た。

 アーシェが自分に向ける瞳とそっくりなのだ。双子は似ていなくてもやはり姉には似ているところがある。双子の仲を良くする何かを見つけた気がした。

「あとは手足を取り付けて完成かな」

「声はどうしたんだ?」

「この子元々音声機能が付いてるの。ちょっと狂ってただけだから最初に直しちゃったわ」

「じゃあ――」

 声だけでも聞かせてと言う前に、皿の上にあるもう一つのサンドイッチで口を塞がれた。

「だーめ。完成するまではニクスには会ってほしくないから。心配しなくてもこの子の目が覚めたら一番に会わせてあげるし大丈夫よ。それと……」

 リリーは不敵な笑みを浮かべてからかうように言う。

「この子今裸なのよ~。まさか布を捲って様子見ようとなんてしてないわよね?きゃーへんたーい!」

 途端、顔が熱くなるのを感じた。

 作業机には布が被さっていて機械人形のあの子の姿は見えない。

 棒読みでからかわれているのは明白だが、その布の下を一瞬想像してしまい、目を背けずにはいられなかった。

 いくら機械とはいえ、女の子なのだ。異性を意識して誰が責められよう。

「わ、わかったよ。また後でな。……あまり根詰め過ぎるなよ」

「ご心配どーも。夕食までにはなんとかするわ」

 無理矢理入れられたサンドイッチを食べ終え、ニクスは部屋を出た。


 扉に隔たれて聞こえなかったのか、部屋を出た途端に騒がしい声が響いてきた。

 声は下の階からだ。その声から想像はつくも、それなら尚更放っておくわけにはいかない。急いで階段を駆け下りた。

「あんたのせいでしょ!?なんで追いかけないのよ!」

「先に駆け出したのはそっちじゃないか。店を空けておくわけにもいかないだろ」

 案の定、声の主はアーシェとトリエだった。だがそこにいたのは二人だけではなく、近所の人々も何人か集まって二人を止めていた。

「おいおい、二人とも仲良くしろって言ってるだろ?お客さんに迷惑かけるなとも」

 近所の人々を寄せ付ける程。いつものただの喧嘩ではないことを悟るも、客に迷惑をかけてはいけないと、とりあえず帰ってもらう。

 店に残るのは、悔しそうに、泣きそうになりながら叫ぶ姉と、冷静に言葉を発する弟。

 まだ言い合いを続けていた。

「……はあ。何があったか説明してもらえるか?」

「万引きよ!!でも、捕まえられなかった……」

「だから何も盗られてないってば。怪しかったのは確かだけど、アーシェが声掛けなきゃ逃げなかったよ」

「っ!!何か盗ってなきゃあんな動揺して逃げたりしないじゃない!!」

 言い分まで正反対。困ったものだ。

「んーと、最初から詳しく話してくれ」

 アーシェは怒りを抑えて話し出す。

「明らかに怪しい奴がお店に来たの。挙動不審で、何かを探してるみたいだった。それで声を掛けたら急に、ごめんなさいって走って逃げたのよ!追いかけたけど見失っちゃって……どうしよう、お姉ちゃんに怒られる……」

「ほらね、ニクス兄ちゃん。盗んだのは見てないんだ」

「だから!!悪いことしてなきゃごめんなさいなんて言わないでしょって言ってんでしょ!!」

「まあまあ落ち着けって」

 声を発するたび言い争いになる二人を黙らせて、考える。

 確かにものすごく怪しい。後ろめたいことがないのに謝って逃げたりなんかしない。

 この店にはネジなどの細かい商品もあるから、一つや二つ盗まれても確かめようがない。

 ただの思い込みなら問題ないのだが。


 ――何気なく店を歩き回っていると、何かが足に当たり転がった。

「なんだ?」

 足の先、転がる物を見つけ、しゃがむ。

「どうしたの?ニクス」

 そこには、部品が転がっていた。見たこともない、複雑な部品。オンオフの切り替えができる装置も組み込まれていた。

 直感でわかった。これは機械人形の彼女のものだ。こんな複雑な部品で組み立てられる物が他にあるとも思えない。

「アーシェ、その人本当に何も盗ってないかもしれないぞ」

「え?」

 突然顔色が変わったニクスに、びくりと肩を震わせるアーシェ。

「そいつは空き巣だ」

 続いた言葉に双子は言葉を失った。

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