第二話 「凄腕の修理師」
「――どうやって運べばいいんだ……」
朝。いつもより早起きして、さあ出掛けよう、とはりきったところで気付いた。いくらなんでもロボットの少女一人抱えて店まで歩くわけにはいかない。
できないこともないのだが、人の目もあるしどうにもやり辛いのだ。少女を抱えて歩く時点で既に問題があるが、明らかに壊れたロボットを抱えているのも目立って怪しまれる。
それと、今まで見てきたロボットと比べて、ニクスでもわかることがあった。
彼女は高性能すぎる。その本物の人間のような見た目もそうだが、飛び出ていた配線や部品の数、細かさが今まで見てきたものと明らかに異なるのだ。こんなもの直せる気がしない。ロボットはあまり詳しくないが、これはロボットと呼んでいいものなのかさえ疑わしかった。
今まで見たこともない高性能ロボットとなると、もちろん珍しいものなので余計に目立つ。静かな夜と違い今の街は賑わっている。彼女をこのまま店まで運ぶのは困難に感じた。
「ちょっと居心地悪いかもしれないんだけど、我慢してくれるかな……?」
抱えて運ぶ以外の方法となれば。ニクスは部屋の奥のクローゼットを漁り出した。
「あ、あった」
取り出したのは折りたたんだ台車。そして布と段ボールだった。
「この中に入ってもらってもいい?」
ベッドに座りニクスをじっと見つめていたロボットの少女は、夜と同じように頷いた。
段ボールに少女を入れ台車に乗せ、念のためにカモフラージュの布を被せる。これなら抱えず運べる。少女を荷物のように運んでしまうのは気が引けたが、他に方法が思いつかなかった。
「すぐ着くから。ごめん」
そう言って段ボールのふたをそっと閉めた。
――……。
「あらニクスくん、今日は大きな荷物持ってるのね。何か壊したの?」
「ニクスくん、その台車なに?」
「俺も乗りたいー!!」
確かに運べたが、目立っていた。
「あ、いやこれは……い、急いでるのでまた後でっ!」
ニクスは近所の人々に声を掛けまくられていた。どうしてこんなに知られているのかといえば、まあここはご近所付き合いが結構行われているのだ。夕食を分けてもらったり、何気ない世間話をしたり。ほとんどの家は何かしら店を開いているので、買い物もよくする。
そんな毎日のようにお世話になっている人の波を『急いでいるから』で切り抜ける。話しかけてもらえるのは嬉しいのだが、今は困る。こういう時こそ誰もいない方が助かるなと思うのだった。
台車を押すスピードを上げすぎないように、速足だが段ボールの中は気遣って進んだ。
「リリー!いるか?」
昨夜も来た修理屋の前で止まり、店の中に呼びかける。
「はーい、ちょっと待ってー」
奥からリリーの声がするも、最初に飛び出してきたのは幼い少女の方だった。
「ニクス!!来てくれたのねあたしのために!!」
大げさに手を広げ目をきらきらと輝かせてニクスに飛びつく。
「……こんにちは、ニクス兄ちゃん」
続いて出てきたのは、やはりリリーではなく、幼い少年だった。少女とは正反対の大人し目な挨拶で出迎える。
「やあ二人とも。ごめん、今日はちょっとお姉ちゃんに用があってきたんだ」
「お待たせー。アーシェ、トリエ、店番よろしくね。……今日は早かったのね。夜来るんじゃなかったの?」
ニクスを出迎えた二人を店に戻し、リリーが不思議そうに問う。
「それなに?」
「今日はこれをリリーに見てもらいたくて来たんだよ」
「へぇ、もしかして昨日言ってた時計とか?一人で作るんじゃなかったの?」
「いや、時計じゃないんだ。そのことはまた後で話す。とりあえずこれ、見てくれ」
そう言って布を取り、段ボール箱を開けて見せた。
「……ヒィッ!?」
それを覗き込んだリリーから変な声が上がる。そしてニクスと段ボールの中身を交互に見てから、素早く後ろへ下がった。
「な、なに考えてるの……私医者じゃないのよ連れてくる場所間違えてない……?というか、ゆう、かい……?」
「違うとんでもない勘違いしないでくれ!!僕だってこうやって運んでくるの嫌だったんだよ……。右半分をよく見てくれ」
言われて、恐る恐るもう一度覗き込む。
無数の配線。機械の部品。足りない手足。
「こ、これ……っ!?まさか
聞きなれない言葉が飛び出す。やはり違う名称があったのかと密かに納得しながら問う。
「マシーナ、ってなんだ?ロボットとは違うのか?」
「全然違うわよ!!私こんな機械人形初めて見た……なんであんたこんな子持ってるのよ」
「……説明し辛いんだけど、家に帰ったら置いてあったんだ」
「どういうこと?」
「だから僕もよくわかってないから説明できないんだって。とにかく、この子直せるか?」
リリーは少し考え込み、それからすっと顔を上げてニクスを真っ直ぐ見つめて言った。
「できるかわからない。こんなの見たことないもの。でも、やってみるわ。直してあげられるのは私くらいだと思うから。ニクスも私の腕を信じてるからここに来てくれたんでしょ?」
「もちろん。リリーにしかできない頼みだ。……信じてるぞ」
「任せなさい!!」
凄腕の修理師、リリー。それはこのあたりでもよく知られている名だ。今までリリーに修理を任せて直せなかった物などないという。
自らが作り出す作品も他の物より群を抜いているものばかり。
そんなリリーさえ驚く機械人形という存在。だが同時に、そんなリリーが任せろと言ってのけたものでもある。
それだけで信じるには十分だった。彼女ならできると確信が持てた。
「でもさすがに時間かかるかな……。ニクスはやることあるならここで待ってなくても大丈夫よ?たぶん夜までかかると思うから」
「一日でできるのか!?」
時間がかかると言っておきながらさらりと夜までと宣言したリリーに驚く。見ているだけで頭がどうにかなりそうなあの配線を、部品を、一日で直すと言ったのだ。それに手や足まで付けないといけない。自分にはどんな風に直すのか想像もつかない。
「あと、この子声も出なくて。それも含めて一日でできたりするのか……?」
「機械人形なのに声出せないの!?それは大問題だわすぐ直す!!必ず今日中にね!」
ああ、やはり彼女にはとても手が届かない。改めてリリーの凄さを実感した。
「待つよ。ここで待つ。きっと他のことやってたって集中できないと思うしさ」
「そりゃそうよねこんな機械人形……。私もちゃんと直って声が聞けるの、楽しみで仕方ないわ。わかった。じゃあお店にいて。奥にいてもいいけど……」
「アーシェとトリエと店番でもしてるよ」
「悪いわね」
そう言うとリリーは、楽しそうに台車ごと奥の扉へ消えていった。
リリーも他の家と同じ、店を開いている家だ。扉の奥は階段になっていて、二階へ上がると普通の家と変わらないリビングがある。
ニクスも昨日はそこで夕食をご馳走になった。
一人暮らしのニクスにとってここは、第二の我が家といってもいい場所だ。修理屋の一家は自分の家族のようなものだった。だから暇な日などは店を手伝うこともある。
いっそのことここに住んでしまいたいと思ったことは何度かあるが、今回の件でその思いは余計に強まるのだった。
抑えきれない感情を胸に、ニクスも店に入った。
***
――
ロボットと大きく異なるのは、自我意識の有無だ。機械人形は機械でありながら人間とほぼ同じように考え、感じ、生きている。物理的痛みこそ感じないが、精神的に傷つき悲しむことはあるし、喜ぶこともできる。
ロボットを傷つけるのと機械人形を傷つけるのでは、罪の重さも変わってくる。
人間と同じように自我意識がある機械人形を傷つければ、人間を傷つけたこととほぼ変わらないことになる。そこには『物を壊す』と『人を殺す』程の差があるのだ。
今まで架空の存在とまで言われてきたそれは、実際に存在していた。
その事実に一人の少女は感激した。
そして傷ついた機械人形をそのまま運び出すことをしなかった一人の青年は、心底安心した。
右半身がない機械人形を抱えているということは、右半身が血塗れの人間の女の子を抱えていることと大差ないと知ったから――
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