十月桜編〈エピローグ〉
――その後、涼香と二人、もろもろのわだかまりをお湯と一緒に洗い流し、風呂から上がってからは、夜遅くまで子供の時のように喋ったりふざけあった。
「――何してるの?」
涼香が寝入り、薄暗い部屋でパソコンに向かって、つらつらと画面をスクロールしていたら一葉が聞いてきた。
「
「ええ。もちろん」
「さっきの和歌の返しを探してた」
「そう」
「…………一葉」
振り返らずに呼びかける。
「なあに?」
「明日の朝、俺が起きる前にこの和歌を涼香に伝えてくれ」
「いいわ、どれを?」
体をよけて一葉に見せる。
「ふうん、幽仙法師の歌ね……
“別れをば 山の桜に任せてむ 留めむ留めじは 花のまにまに”
――散り時は花次第、見る者の帰り時もまた花次第……と言う意味ね」
「そうだ」
「裕貴的には“本当はこのまま引き止めたいけど、それはできないから涼香の自由にしなさい”って解釈でいいかしら?」
「うん」
「後悔が残るなら、どうして今涼香を抱かないの?」
イスからゆっくり立ち上がって、幸せそうに寝入る涼香の頬に触れる。
「……その答えは涼香と同じだ。涼香が作ろうとしてる居場所は俺の居場所でもある。二人だけで生きられないなら、仲間との幸せを考えた方が、涼香も俺も幸せになれる」
「分かったわ。喜んで協力する」
「ありがとう」
「お礼なんていいのよ。それどころか、とても貴重な事を教えてもらったわ」
「一葉……」
――翌日、日曜日の朝、文化祭最終日。
顔を何かさらりとしたものが触れ、唇がしっとりと潤うのを感じて目が覚める。
「あー、起きちゃったー」
起きてみたら、赤くなった涼香が残念そうに俺を見ていた。
「……なにしてたんだ?」
唇に残る余韻でなんとなく想像がついたがあえて聞く。
「味見……じゃない。イタズラしたい誘惑に抗ってたの」
股間を指差して誤魔化すように言う。
「――っ!! はしたないぞ涼香、さくらやフローラに影響されてんじゃない!」
「むー……」
「いいからほら。ハグしてやるから忘れろ」
「うん♪」
笑って飛び込んでくると、押し倒すように胸に顔を擦り付けてくる。
「……妹でよかった、ゴロゴロ」
その後、際限なく甘えて来る涼香を何とか引きはがし、さくら達と連絡を取ると、朝食ができてるから一緒に食べようと言われた。
涼香が一度着替えに帰り、さくらの家に行く途中、一葉が口を開いた。
「昨夜のことは変に誤解しないよう、みんなに伝えてあるから心配いらないわよ」
「ありがと。一葉」
「俺達から言うとなんか誤解されそうだからな、助かったよ」
「どういたしまして」
そしてさくら達と朝食を食べ、学校へ着くとクラスや班の出し物の元へそれぞれ散る。
さくらはバンドの為クラスの出し物に関わっていなかったので、今日は校内を回ってみると言い、フローラは情報技術科のヘルプに呼ばれ、圭一と涼香はDOLL服研究班に行き、俺は雨糸と共にバトルDOLL研究班に向かった。
行ってまずは班長の
「私的な事で手伝えなくてすいませんでした」
「いいって。事情は
と、恩を売れたことに嬉々としていた。
「まあ、雛菊や黒姫を巻き込まずに済んだのは良かったわね」
雨糸がこっそりと耳打ちをする。
「そうだな」
「そういえば水上、こいつを知ってるか?」
「何です?」
パソコンの前に座っていた、副班長の
「昨日のお前の活躍が校内ネットにUPされててな。大分コメントがついてるぞ」
「ええっ!?」
画面をのぞくと、そこにはさくらを庇い、九頭流さんに蹴りを入れてた時の動画が映し出されていた。
「へえー、話には聞いてたけどこんな状況だったんだー」
隣りで見ていた雨糸が喜ぶ。
「なかなかの活躍っぷりだったみたいだな」
「う……ちょっと待って。雛菊……じゃない、雨糸、来てくれ」
「なあに?」
みんなから離れた所へ連れて行く。
「雛菊、アレはどういうことだ? 校内ネットを監視とかしなかったのか?」
小声で聞く。
「してたアルが、アレは一葉が裕貴の評判を上げるために流した動画アル」
「なっ!!」
「いいじゃない裕貴。あたしは賛成よ」
「くろひめもいいと思う」
「お前達……」
「おーーい。どうした? まだ続きがあるぞ」
「ええっ!?」
戻ると、画面の終りにテロップが付けられていて、こう書かれていた。
「あっ!! あたしちょっと用事を思い出しちゃった! 雛菊、行くわよ!」
仰々しい動作で雨糸が慌てて班室から出て行く。
「どうしたんだ? ……まあいいや、何です?」
「これだ」
『今年度のお騒がせ男No1の《機械科一年 水上裕貴君!》 彼に“何かしら”報いたいと思ってる人は、後夜祭開始時にDOLL服研究班にお越しください!! By電気科一年
「……何だこりゃ?」
一つ上、二年の
「「………………」」
黒姫と二人黙り込む。
……そして夕方。
「ごめんねゆーきお兄ちゃん……」
黒姫がすまなそうに謝る。
「フローラ。説明してくれ」
目の前にはさくらと雨糸、涼香がフローラの隣に並び、さくらが嬉しそうに俺を見ていて、雨糸は赤くなりながら目を逸らし、涼香が心配そうな顔をしていた。
当初フローラの告知を見て、怪しげなイベント臭が満々だったので、校内を逃げ隠れしていたが、さくら達のDOLLの索敵から逃れる事が出来ず、ついに圭一に見つかってしまって、後ろ手を縛られて連行された。
そうして連れて来られ、説明を求めるフローラの後ろには、男女生徒がおよそ三十人ほどいて、各々が竹刀やらハリセンやらジュースを満たしたコップ、ロープにカラフルなマジックのセットや、一体何に使うつもりなのか、ハンディマッサージャーまで持っている教師まで居た。
「なあに。昨日までの騒ぎでみんなが色んな意味で裕貴に注目していてな、ここらでガス抜きをしてあげようと思ったんだ」
「何をするつもりだ?」
「ルールは簡単。まずは五人くらい一組になって裕貴に握手と自己紹介をする。その後パーテーションの裏で裕貴は目隠しして、改めて五人と握手する」
そこまで説明されるともう分かる。つまりは――
「要はAVの鞘当てゲーム――うぎゃ!!」
「アウトです」
後ろで見張っていた圭一が中将姫の
「ちっ、一人武闘派が減っちまったじゃねえか」
竹刀を持った生徒が舌打ちする。
中将姫グッジョブ!!
「……まあそんな感じで目隠しして当てられたらご褒美。外れたらお仕置きと言うルールだ」
「ご褒美とは?」
オシオキは一目瞭然だが、見知らぬ女子や男子、教師のご褒美がとてつもなく不安を覚えた。
「各自が考えたもので、自己紹介の時に裕貴にいくつか候補を耳打ちする。その中から裕貴には選ばせるが、お仕置きは逆に選択権はナシだ」
「ひでえ……」
「大丈夫。男子は食券とか、やろうとしてたお仕置きを受けて、女子は裕貴が喜ぶ事を候補に入れさせてあるから」
雨糸が恥ずかしそうにフォローする。
「女子は具体的になんだ?」
「………………」
雨糸が無言で唇や胸、ヒップを触る。
「「「「おおお~~~…………」」」」
その仕草に男子陣がどよめき、ついでに俺をにらむ。
……まだ当ててねーし。
「そうそう。そうすると執行人もリスクを負う事になるし、ゆーきも喜べるもんね~~」
「さくら……」
気を使ったつもりだろうけど、俺の認識と噛みあってねーし! つかそもそもこんなイベントがいらねーよ!! と、叫びたいのをぐっとこらえる。
「お兄ちゃん、私達も参加するからね!」
涼香がさくら達を示して決意表明する。
「それじゃあ第一ラウンドを始めようか。まずは男性五人」
「うっしゃーーーーーー!!!!」
竹刀を打ち鳴らした上級生を先頭に、ムッキーな男子生徒達が前に進み出る。
「う、おぉぉ……」
――その後、地図には載っていない石の積まれた殺風景な河原と、極彩色の美しいお花畑を見る事になった。
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