十月桜編〈文化祭・告白〉

 ――文化祭前日の夜。DOLL服研究班室。


 涼香と共にDOLL服研究班の、班員たちの連日の再制作作業を手伝っていた。

 さらにその忙しさのせいで、静香からは事情を聞けないままになっていたが、今更感があって聞く気が失せてしまっていた。

 再制作を手伝っている最中は、さくら、雨糸、フローラは自分たちの何かの練習が終わると、軽食や飲み物を差し入れてくれたり、終わりまで居て片づけを手伝ったりしてくれた。


「そうそう。テストの結果だけど、あたしの教え方が良かったんだから感謝してよね。それとこのお礼はまた考えておくから」

 雨糸が赤点を回避できた恩を堂々と売ってくる。

「いやいや、俺の意思を無視して決めるなよ。つか普通お礼は贈る側が考える事だじゃないか?」

「問答無用よ、それじゃあまた明日ね?」パチッ。

 と、ウインクで黙らされ、そのまま雨糸の背中を見送る。


 そしてそんな忙しい中でも涼香は家に帰り、片腕のまま店に出ている静香の為に家事をこなし、夕飯や朝食を用意してから眠りについていると一葉が言っていた。

 それを見かねた姫香が、せめて掃除や洗濯は――、と言って夕飯前に涼香の家に手伝いに行き、ママはその事を喜んで、姫香にやり方を教えているようだった。


「お疲れ様。おかげでなんとか全員のDOLL服を再現できたわ」

 最後の作業が終わり、涼香と共に班室を出る時に、湖上舞こがみまい先輩がお礼を言った。

「そんな、お礼を言われるような事じゃないです。それどころか謝らなくちゃいけないのに……」


「いいえ、余分な材料を用意してくれたり、いい素材に替えていてくれたりしたから、以前の作品に不満のあった班員は完成度が上がって喜んでいるくらいよ。それに技術動画には、“とあるスタイリストさん”のアドバイスも添えてあって、みんなの技術は確実に上がったし、これから入る班員の指導動画まで作れたからかえって大助かりよ!」


「そっ……それは、さくらに言ってくれると喜ぶと思います」

 材料の変更とアドバイスは、恐らくDOLL達の判断だろうから、そういう事にして照れながら誤魔化しておく。


 そして班室を後にして駐車場に行くと、さくらがフローラと共に車の中で待っていた。

「二人ともおつかれ様~~、何とか終わってよかったね~~」

「そうだな。一葉がさっきのやり取りを送信してくれていたが、感謝されてたようで良かったじゃないか。まさに『災い転じて福と成す』だな」

「そうだね。でも二度とは経験したくない事態だね」


「ごっ……ごめん、ね……」

 それを聞いた涼香が小さくなる。

「ふっ、……バカだな。今さら俺に何を遠慮するんだよ、“俺が涼香の為に動くのは当然”だろ?」


「そうだぞ涼香。こんな男、自分の為に尽くして当たり前くらいの気持ちじゃないと、これから一生傍に居られないぞ?」

「一生……なんか引っかかるけどフローラが言うとリアリティがあるな」

「そうよ~~、ゆーきはちょっとMな所があるから、困らせてた方がよろこぶんだよ~~?」


「……むう、二人とも今度ゆっくり話をしような」

「いいとも。今夜部屋のカギを開けておく。風呂に入って体を綺麗にして来るがいい」

「話しするのに風呂入る必要はないだろ!」

「うふふ~~、さくらはいつでもいいよ~~。なんならこのまま近くのホテルにみんなで直行する~~?」


「ホテルも必要ないだろ! つか四人でナニするんだよ!」

「yeah?(ああ?) 勉強会の続きだろ?」

 フローラがオソロシイ事を笑いながら言う。

「断固拒否します!」


「ママ、ここが今からでもチェックインできるよ~」

 さくらの言葉に青葉が即座に反応して、フロントガラスに近くのホテルが表示される。

「ふんふん……ホテル『ムーン・リバー』、ご休憩三千円だって。ジャグジーあるかなあ~~」

「いいな。お腹もすいたし着いたらルームサービスでも頼もう」

「いや! その名前ゼッタイいかがわしい所だよ!? つか、成人さくら未成年俺ら連れ込んだら淫行で捕まるし!」


「そんな事青葉たちが何とかするだろ?」

「任せて!」「……しょうがないわね」

「もう! 二人とも!」

 フローラの問いに青葉と一葉が応え、黒姫が怒るが二対一で分が悪そうだ。

「すいません!! 仰る通り私はMです。許してクダサイ!」

 なので、ついに肯定して白旗を上げる。


「ぷっ……うふふふ、ふっ……ふたり、とも……ふふふ……」

 ずっと緊張から青ざめていた涼香が久しぶりに笑った。

「涼香、やっと笑ったな」

「ほとにね~~。うふふ……」

「やられた……ふっ、しょうがねえなあ……」


 そんなやり取りがあったおかげで、間に合わせようと必死になっていた緊張感が消え、いくばくかの達成感だけが残って家に帰る事が出来た。

 そして眠りにつく前、涼香からメールがあった。


『明日、DOLL服研究班室に十時に来て、告白の返事をください』


「……黒姫」

「なあに? ゆーきお兄ちゃん」

「一葉に明日の十時に他の班員も居るのか聞いてくれ」

「わかった。………………うん。だいたいの人は来る予定みたい」


「ありがとう……てことは公衆の面前で答える事になる訳か。どういう事だ?」

「人前で答えるのはイヤ?」

「そんな事はない。つか涼香の方が気を遣うんじゃないかと思ってな」

「そうだねえ」


 涼香が返事をここまで引っ張ったからには、当然なにか理由があると思っていたが、涼香の思惑が見えず考えこむ。


 だが、多少悶々と悩んだけど答えは決まっているので、素直に涼香の思惑に乗る事に決めた。

 すると、連日のDOLL服の再制作のプレッシャーから解放された事もあってか、思いのほかぐっすり眠る事が出来た。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――翌、朝七時。


「おはようゆーきお兄ちゃん。さっき涼香お姉ちゃんから連絡があって、準備があるから今朝は圭一お兄ちゃんと先に学校へ行くって」

「おはよう黒姫、……そうか。でも涼香め、昨日あれだけ強く言ったのに気ぃ使いやがって」

 

 そしてリビングへ降りると、親父が私服でいそいそと動き回っていた。

「ママ。僕はもうみんなを迎えに行くから朝ご飯はいらないよ」

「ええ? それじゃあどこで食べるの?」

「みんなに合流したら、案内がてらどこかで食べるよ」

「そう、気を付けてね。皆さんによろしく」

「うん。行ってくるね!」

「行ってらっしゃい」


 そんなやり取りがあり、親父が上機嫌で出ていった。

「……誰か来るの?」

 朝食がテーブルに置かれた時に聞いてみる。

「今日明日と、さくらさんに文化祭に招待されたから、古い知り合いにも声をかけたのよ。それでそのお迎え」


「そっか、じゃあ昔のファン仲間かな?」

「そうみたい。何人かはママ達の結婚式にも来てくれた人がいるみたいだから、都合のついた人達にそう言う人が居たら、ママも行くかもしれないわ」


「ふうん。まあいいけど。でもさすがにこの年で学校で親に声をかけられるのは恥ずかしいから、できればスルーしてくれない?」

「……ふふ、裕貴もそう言う考えでいるうちはまだまだ子供ね。分かったわ」


「……むう、そうなのかな?」

「二十歳過ぎたら分かるわ。本当の意味で大人になったら親に声をかけられる事なんて気にならなくなるから」


「それは……まだ無理かも」

「うふふ、大っぴらに声をかけられないのは残念だけど、柱の陰から見守ってるわね」

「ストーカーみたいだ」


「草場の陰は?」


「縁起でもない」


「もう、困った子ね。じゃあどこからならいいのよ?」

「……やっぱ普通に声かけてくれていいよ」


「ありがと」

 ママが座った後ろから頭を抱きしめてきた。

「ママ、苦しい……ご飯食べられないよ」


 „~  ,~ „~„~  ,~



 ――同時刻。学校のDOLL服研究班室。


 涼香が班室に三列に並べられた机の上の、DOLL服研究班員の飾られた服をチェックしていた。


「ふわぁ……ホントに涼香は心配性だな」

 その様子を見ていた圭一が、大あくびをしながら涼香に話しかける。

「ごめんね。朝送ってくれて……早起きさせちゃって……」


「いいさ、どうせ俺ぁ班活は何もやってねーからヒマだし、飽きて眠くなったらどっかで昼寝でもしてるさ。……つか、さくらやフローラ、裕貴に早起きさせたくねーからオレに声をかけたんだろ? 俺ぁ今回関われなかったからこれでも足りねーくらいだゼェ」

「ありがと。圭ちゃん」


「てことで朝飯どーする? 売店やってる連中は仕込みでもう来てるやつも居るだろうし、フライングして買ってくるか?」

「ふふ、大丈夫。サンドイッチだけど作ってきたから一緒に食べよ?」


「ふっ……オメーは全くよぉ」

 圭一が嬉しそうに目を細めながら涼香に近づく。

「卵、ハムチーズ、ポテトサラダ。どれがいい?」

 涼香がバックを開いて、ナプキンでくるまれた包みを取り出す。


「……そうだな。俺は――」


「きゃ!」

 圭一が涼香の手を取り、かるく抱き寄せる。


「圭一!」

 一葉が圭一の肩に飛び乗り、首筋に手をかざす。


「一葉! 止めてください!」

 中将姫が一葉の手を掴む。


「……どういうつもり?」

「ワリーな一葉、何もしねーからちょっとだけ涼香と大事な話しをさせてくれや」

「……分かったわ」

 一葉はそう言うと、机の方へ飛び退る。


「ありがとう一葉」

 そして中将姫もお礼を言って圭一の肩から降り、一葉と反対の机に立つ。


「なあに? 圭ちゃん」

 圭一に覆いかぶさられるように抱かれながら、落ち着いた声で涼香が聞き返す。

「オメーの事だからもう察しがついてると思うけどな」

「……うん」


「涼香、好きだ。俺と付き合ってくれ」

 圭一が一字一句、力を込めて言う。


「……ありがとう圭ちゃん。とっても嬉しいわ。けどね?――」

「涼香の返事は分かってる。だがどうしても今伝えたかったんだ」

 涼香が少し困ったようにゆっくりと答えようとしたが圭一が遮る。


「……今?」

 涼香が真上にある圭一の顔を真っ直ぐに見返す。

「ああ。涼香がこれから裕貴の返事を聞く前に……な」


「返事を……裕ちゃんの答えを知ってるの?」

「分かるさ。涼香や雨糸ほどじゃねえが、俺だって裕貴とは長い付き合いなんだゼェ?」


「そう……だよね。でも“それでも言いたかった”の?」

「ああ」

「聞いていい?」

「涼香が裕貴を諦めねーからだ」


「!!」

 涼香が驚きの顔で圭一を見る。


「だから返事はいらねぇ。俺が涼香を隣で支えてやる」

「――クスッ、もしかしてストーカー宣言?」

「そうだ。一生付きまとってやる」


「……私の返事が分かっててどうして?」

「そうだな、少し長くなるが……」

「いいわ、聞きたい」


「初めて涼香に会った時、なんて鈍くせー女なんだと思ってた」

「そうね、それでよくからかわれたよね」

「ああ、それを裕貴が止めに入ってケンカした」

「うん」


「裕貴は相手が誰であれ、“負けるのを承知で挑んでくる”んだ」

「うん。裕ちゃんは小さい時からそうだった」

「俺ぁこんなガタイしてるし柔道もやっててそこそこ強い」

「そうね。圭ちゃんは頼もしいわ」


「だけどな。たった一つ裕貴に勝てねー事があるんだ」

「……知ってる」

「裕貴は涼香を守る為に“負ける事”ができるんだ」

「ええ」


「例えば裕貴は涼香と二人、山でクマに出会ったら、間違いなく自分を襲わせて涼香を逃がすだろうな」

「そうだよ」


「勝負事なんて強い奴と弱い奴を分けたら、最後はどっちも一人しか残らねぇ。そう考えれば人生負ける事もそれなりに多い。だからどう負けるかが最後に勝つ秘訣なんだ」


「圭一、あんた……」「圭一さん……」

 一葉と中将姫が嬉しそうに呟く。

「なんだか禅問答みたいね」


「俺は裕貴の本音を知って、そこまでして守りたい涼香が、どれほどの女なんだろうと興味が湧いた。そして裕貴に負けず劣らずの思いやりを見せる涼香が好きになった」

「圭ちゃん……」


「そして涼香はそれだけの存在なんだと知って俺も守りたいと思った。異議はあるか?」

「圭ちゃんは嫌いじゃない。むしろ好きよ。だけど一番にはならないわ。それでも?」


「承知の上だ。初めて会った時からお前は裕貴にぞっこんだった。いまさら気にしねえし、それに以前に嫌われてた俺でも、涼香がこうやってフツーに喋ってくれるようになったじゃねえか。変わる可能性を信じてみるから、とりあえず二番でもいいんだ」

「……バカ、圭ちゃんのお人好し」


「涼香ほどじゃねえさ、びんずる祭りで着てた浴衣の意味を言ってみようか?」

「ええっ! どっどうして……?」

「ナズナなんて珍しい柄だから、ナンカ意味あるんかと思って姫ちゃんに聞いたんだ。そしたら教えてくれた」

「もうっ! やめて!」


「花言葉が『私のすべてを捧げます』だってな」

「ううう……圭ちゃんったら変なとこ鋭いんだから!」

「ははは、しっかりキメてこいよ?」

 圭一が優しく、力強く抱きしめる。


「うん……ありがとう」

 涼香がやんわりと圭一を抱き返す。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――それから数時間後。

 約束の三十分前に裕貴はDOLL服研究班室の前に立つ。

 そしてノックして入ると、すでに半数位の班員と、班長の湖上舞乱華こがみまいらんか先輩と、マネージャーの熊谷灯吊くまがいひつり先輩が出迎え、そしてもう一人、意外な人物もそこに居た。


「静香!!」

 左手を包帯で巻いている静香の姿があった。

「来たのね裕貴君、待っていたわよ」

 静香が悪びれた様子もなく平然と俺の名を呼ぶ。


「よく来たわね王子様。それじゃあこないだの約束を果たしてもらおうかしら」

 湖上舞先輩が喜びながら、紙袋を手に持って近寄ってきた。


「いっ、いや先輩、どっどうしてここに静香が……DOLL服を台無しにした張本人が居るんですか?」

「ああそれか。実は君らに謝罪を受けた翌日、彼女から連絡をもらって、その時の事情を詳しく聞いたのよ」


「なっ何てです……か?」

 怒った様子のない言い方を不審に思いながら聞き返す。

「彼女はモデル兼、元デザイナーとして私達の作品を見てくれて、色々と拙い所を直すよう涼香君に忠告したけど、今さら言えないと怖気づいて答えたのに怒って、それならいっそやり直させようと処分した結果だというのよ」

「ええ?」


「そういう事。でも“うっかり”文化祭の日付をひと月間違えて覚えていて、まだ時間があると思い込んでいたのよ」

 勝ち誇ったように笑いながら静香が言う。

「そんな見え透いた嘘をっ!」

 怒りを隠さず睨み付ける。


「ウソじゃないわ。あの子がおどおどしてるから、“うまく聞き取れていなかった”のよ?」

「まあ、そんな事情だから仕方がなかったと思うし、君とも仲が良くないようだから、事情を聞かされた事を今まで黙っていたの」


「――そっそれにしても先輩、トラブらせた本人なんだから、もっとなんか言ってやってください!」

「……いやあ、それだけど、実は代替え素材のチョイスや、動画の技術指導のコメントは彼女のものだと聞かされてね、怒るどころか感謝したぐらいなのよ」


「そっ……」

 自分の知らない所で起こっていた真実に絶句する。


「まあ、王子様もそれぐらいにしてよ。それで今日は約束通りプラカードを持って宣伝してもらうから、これに着替えて頂戴」

 熊谷先輩が湖上舞先輩の持っていた紙袋を指差す。

「そうね。“相方”はもうそこのパーテーションの裏で着替え終わってるから、そのとなりの方で着替えて来て」


「……分かりました」

 一番の被害者がこんな調子ではもう怒る事は出来ないので、腑に落ちないまま頷いて、紙袋を受け取ってパーテーションの陰に入る。


「……はぁ、何だってんだ全く」

 ぼやきながら紙袋を開けると、そこには純白のタキシードが一式入っていた。

「これは……」


「それねえ、ウチは男子班員が居ないから君にお願いしたのよ」

 呟きを聞き取った湖上舞先輩が、パーテーションの向こう側から説明してくれる。

「そうなんですか」

 そうして慣れない正装を四苦八苦して着ようとしてると、静香が入ってきた。


「なっ、なんだよ……」

「うまく着られないようね。手伝ってあげるわ」

「――っ! いっいいよ何とか自分でやる」


「そう? でもこの蝶ネクタイなんてワンタッチ式じゃなくて、正式に結ばなきゃいけないタイプだけど裕貴は知ってるの?」

「そっ、それは……」


「それとも外の女子達に手伝ってもらう?」

 それはそれで恥ずかしい。いや、到底ムリだ。

「くっ! わっ分かったよ、はあぁ……よろしくお願いします」

「ふふふ、いい子ね。じゃあやってあげる」


 すると、弱った所を高飛車に出られるかと思ったら、意外に丁寧に、しかも心なしか嬉しそうにシャツの裾を伸ばしたり、スラックスの裾を弄ったりして着替えさせてくれた。

「……大きくなったものね」


 背中で上着のしわを伸ばし、肩の位置を確認しながら静香がポツリと言う。

「ならなきゃ困るだろ。涼香もな」

「……そうね」


 そうして最後に蝶ネクタイを結んでもらう為、正面に静香が来たらその眼には微かに涙が浮かんでいた。


 ……?


 その意味が分からず、かといって聞く事も出来ないまま蝶ネクタイを結んでもらい、鏡で確認する。

「……ありがとう。たすかっ……いや、助かりました」

「どういたしまして。さ、あの子が待ってるわ」


「あの子?」

 促されてパーテーションの陰から表に出る。


「きゃ~~! ゆーきカッコイイ~~」

「ふっ、なかなか似合うじゃないか。惚れ直しそうだ」

「裕貴、ホントの王子様みたいよ」


「みんな。どうして……」

 そこにはさくら、フローラ、雨糸が居て、その後ろにもう一人立っていた。


「涼香!」


 なんて事か、最初にDOLL服研究班に来た時、班員に強引に着せられた時のウェディングドレスを、再び着た涼香がブーケを持って立っていた。


「ゆっ……裕ちゃん」

 さくら達のうしろからゆっくりと近寄ってくる。

「涼香……」


「もっ、もう一度言います。“私を裕ちゃんのお嫁さんにしてください”」


「「「「「「きゃーーーーーーーーーーーー」」」」」」

 班員達が黄色い歓声を上げる。


「涼香ちゃんと水上君の態度を見てればバレバレよ! 最高のシチュエーションを用意したんだからちゃんと決めなさい!」

 熊谷先輩が種明かしてけしかける。


 ……そういう事か。


「涼香……」

 涼香の前に歩み出ると、みんなが道を開けてくれた。

「ゆっ、裕ちゃん……」


 深呼吸をして涼香の肩を掴む。


 ごくり。

 自分だけでなく、さくらやフローラ、雨糸、静香や班員達の喉の音も聞こえたようだった。



「俺は涼香を選ばない。だから涼香とは結婚できない」

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