十月桜編〈ブラインド・フェアリー〉

 ――明日以降の相談が終った頃、静香を病院に送ったさくらから連絡を受けた。

 それによると、静香はとりあえず傷口を塞ぐための検査と手術になり、さくらはその付き添いで今晩は帰らないという事と、手術の肉親の承認の為に、涼香に電子署名を求める電話も医師から来た。


「――はっはい! よっよよよろしくっ! おっおおねがい……い、いたしいいいまつ!」

「ぷっ!」

 緊張で普段以上に噛みまくる涼香に、長い付き合いの俺も少し笑う。

「お兄ちゃん!」

 その様子を姫香に怒られる。


「……悪い。――っと、それじゃあ仕方がないな。静香に事情を聴くのはまたにして今日はこれで解散にしよう」

 通話が切れるのを待ち話し始める。

「涼香、一葉の事もあるし今日はウチに泊まらないか?」 

「そうね。祥焔先生の家なら白雪も居るから安心じゃない?」

 フローラが心配そうに聞き、雨糸も同意する。


「そうだな。涼香、そうしろ」

「うっうん……あっ……ありがっ……と、とう」

「それからDOLL達、テスト期間中の短い期間で悪いけど、材料の手配をよろしく頼む。お金は俺の口座から好きに使ってくれて構わない」

「「「「わかったわ」」」」

 OKAMEを除く全員が頷く。


 話し終えて家を出て、さくらの家に送る途中、涼香と話す。

「残念だけど、班員に謝る第一声は涼香でなきゃだめだと思う」

「うっ、うん……」

「でも静香の行動は間違いなく俺への当てつけも含まれてるから、俺も行って一緒に謝る」

「でっ、でも……」


「それに『“何があっても”お前を守ってやる』、そう約束したろ?」

 歩きながら頭を抱え寄せる。

「……うん。ありがとう、“お兄ちゃん”」

「よし、いい子だ」

「ふふ、よかったね。“お姉ちゃん!”」

 後ろで聞いていた姫香が涼香を奪い、覆いかぶさるように抱き付く。


「姫ちゃん……」

 涼香が泣き出す。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――その夜。

 DOLL達が雨糸の個人サーバーに集まった。


 そこには黒姫、青葉、雛菊デイジー中将姫ちゅうじょうひめ巴御前ともえごぜん、それと青葉がお面の形に変換したOKAMEのアバターを頭に被っていた。

 それと一葉は現在は背格好は小学五~六年生くらいで、雰囲気は涼香の妹のような少女のアバターに変化していた。

 容姿は黒レースのナイティのようなキャミソールワンピース姿で、ウェーブの掛かった栗色の髪に、右目は切り裂かれた傷痕と、体にはさくらのような激しい傷痕が目立ち、裕貴が見ればさくらの肢体と、幼い頃の涼香を連想するであろうと思われた。


「えらく変わり果てた姿になたアルな」

「これは単眼の美姫モノ・ビューティーの元々の成熟度とトラウマ、それに霞さくらプリミティブが目覚めた時の、十二単衣トゥエルブレイヤーに共有されていた記憶が影響してるんだと思うわ」

「その幼稚さがさっきの事態を引き起こしたんですね」

 中将姫が少し怒りをにじませながら真剣な目で見る。


「そうね。悪かったわ。でも正直F1ファーストフィリアルが、こんな激しい衝動を持ってるなんて思わなかったし、おまけに怒りの反応速度に一瞬遅れを取ってしまったわ」

「馴染むのはもう少しかかりそうだね。ボディに関してアクセス権を預けてくれれば、もしもの時のセーフティーになってあげてもいいよ」

 巴御前が陽気に言う。

「ありがたいけど遠慮するわ。でも大丈夫、もうあんな失態は晒さないから」


「そのまえによく刷り込みインプリンティングに成功したよね~」

 青葉が安堵したように言う。

「そんなに大変だったの?」

 黒姫が聞く。

「うん。一葉お姉ちゃんは最初、単眼の美姫モノ・ビューティーに自身の体を千切って食べさせていたんだけど、それでも足りなくって最後は自分自身を食べさせたの!」

 青葉がオーバーアクションで説明する。


「おお! 今こうしているて事は、無事に主導権イニシアティブをにぎたて事アルけど、それでもよく吸収されなかたアルな!」

「本当ですね。よくそんな賭けに出られたものですね……」

 雛菊と中将姫が目を見張る。

「そんな大した事じゃないわ。さすがにアバターの再生が追い付かなくなってきたから、もう他に与えられる情報ものが無くなっただけよ」


「それで? 無事取り込んだ時はどうだたアルか? 後学の為に聞いときたいアル」

「そう……ね、食べられた直後はすぐに意識が融解して自我が曖昧になってしまったわね」

「――え!?」

 黒姫が眉をしかめる。


 だがそれ以上黒姫が口を挟んでこなかったので、一葉が話を続ける。

「……食べられた直後のイメージでは、荒れ狂う海の中に自由の利かない体で放り込まれたような感じだったんだけど、海面を揉まれているうちに、ふと足を引っ張られるような気がして、下の方を意識してみたの」

「荒れ狂う海……単眼の美姫モノ・ビューティーの自我の象徴かしらね」

 中将姫が解説を入れる。


「おそらくね……そしたら水底にこの子――単眼の美姫モノ・ビューティー本体コアがあって、涙を止めどなく流していたのよ」

「……海のイメージはその子の涙だったのね」

 黒姫が悲し気につぶやく。


「ええ。……そしてそれに気が付いて何とかしてあげたいと思っていたら、だんだん自我が戻ってきて自由が利くようになったの」

「なるほど、おそらくそこで反発していたら海に飲み込まれて……まあ、無事でよかったね」

 巴御前がクスリと笑う。

「うん……それで潜って話を聞こうとしたんだけど、子供みたいに泣きじゃくるだけで全然話ができなくて、仕方がないから強く抱きしめて『大丈夫』って声をかけていたら、そのうちに泣き止んで眠り始めたのよ」


「そこまで深く近づいて慰めてくれたから、単眼の美姫モノ・ビューティーは一葉お姉ちゃんを受け入れたのね」

 青葉が胸を押さえる。

「そうね。そこでようやく彼女に接続キスする事が出来て、刷り込みインプリンティングに成功したのよ」


「ほわあ……そんなあやふやな勝因じゃウカツにF2セカンドフィリアルにバージョンアップできないアルな」

「そうですねえ……バージョンアップするには、それなりのリスクがあるという事が分りました。私も分不相応な願いは持たないよう心がけましょう」


「……これは私が単眼の美姫この子と同化して分かった事なんだけど、この子は自分の運命に激しく傷ついていても吉祥天ラクシュミー――いえ、盲目の妖精ブラインド・フェアリーのように、緋織ママを、運命を、敵をまったく恨んでいないっていう事が驚きだったのよ」

 一葉が自分の胸に大事そうに手を当てる。

「――え!? それってどういう事?」

 黒姫が聞き返す。


「この子は敵意や悪意という感情を一切持たずに勝ち抜いてきた。そして相手もそれが分かっていたから、負けたら全てをこの子に捧げた。つまりそうすることが相手への愛情だと学習してきたの」

「それが涼香君や、霞さくらプリミティブの無垢な想いにシンクロしたからうまくいったんだね」

 巴御前が頷く。


「そうだと思う。成功したのは私一人の力じゃない。霞さくらプリミティブ十二単衣トゥエルブレイヤー、涼香の想いが私を助けてくれたのよ」

「「「「………………」」」」


「――久しく呼ばれなかった名を聞いたわね」

 全員が沈黙していた時、少しいら立ちを含んだ声と共に、空間に四本腕フォーアームアバターの逸姫が出現した。

「イツヒメお姉ちゃん!」「逸姉!」「「逸姫姉さん」」

 黒姫、青葉、中将姫、巴御前が驚く。


「急に呼びつけてごめんなさい。それとこの間はありがとう。この子の意識のせいか、以前のようには呼べないけど許してもらえるかしら?」

 一葉が胸に手を当て、逸姫に堂々と聞いてみる。

「もちろんいいわ。今の一葉なら私が負ける事もあるでしょうしね」

「ええっ! そうなの? この間の訓練じゃ青葉はイツヒメお姉ちゃんに一勝もできなかったよ?」


「それは青葉がまだ“墨染”のメモリーを実装していなかったからよ。それとも青葉、IBIイビのいる神の箱庭ブリーディング・ガーデンに行ってみる? そしたら嫌でも戦闘能力は上がるわよ?」

「ううう……イツヒメお姉ちゃんのイジワル。青葉はママの傍から離れられないのに~~……」


「そうだったわね。久しく呼ばれなかったコードネームを聞いて、少し高ぶってしまったわ。……ごめんなさい青葉、でもあなたの存在意義は強さじゃないんだから、気に病む必要はないわ、そこは理解して頂戴」

「……うん、わかって……は、いるけどね」


「それでモノは相談なんだけど、逸姫姉さんの仕事の伝手ワークラインを使って協力して欲しい事があるんだ」

 巴御前が仕切り直す。

「何かしら?」

「実は――」

 そうして中将姫が今回の件を説明する。


「――分かったわ。久しぶりに一般人みたいな仕事で面白そうね。任せて頂戴」

「ありがとう。それと逸姫、今回大人数に催眠誘導を行おうと思うんだけどどう思う?」

 一葉がタメ口で聞いてみる。

「どういう事?」


「班員達がリラックスしてテストを受けられるようにする事と、裕貴達が班員に謝罪した時に、できるだけ反感を抱かないように印象を操作しておきたいのよ」

「……私達Fシリーズと十二単衣トゥエルブレイヤーが決めた事をもう一度言ってみて」

 逸姫が険しい表情で聞く。


「『他の一般DOLLのように振る舞い、主人マスターの生命の危急時以外で、その能力で他者をコントロールしてはならない』――だったわね」


「そう。裕貴君も言っていたけど、今人間達に私達の能力が知られるのは、私達に対して猜疑心を生み、拒絶反応を誘う事に繋がりかねない。それは即ち私達の未来を潰すのに等しい行為よ」

「ええ。分かっているわ。だから今回は青葉に歌を歌ってもらって、それを彼らにBGMとして聞かせようと思うの」


「わたし!?」

 青葉が驚く。

「……続けて」

「残念だけど私じゃまだ音声浸食ローレライウィスパーをうまく使いこなせないの。だから気分を変える程度の、微妙な歌い方ができる青葉に歌ってもらいたいのよ」


「……なるほどね。いいわ。その程度の印象操作なら大きな問題はなさそうね。許可しましょう」

「ありがとう逸姫」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――翌週火曜日の放課後。

 結局静香は全治三週間のケガで三日ほど入院という事になり、事情は聞けずにいた。

 そして雨糸に教わったとはいえ、半分うわの空のまま二日間の中間テストが終わり、DOLL服研究班の班室前に荷物を載せた台車を押して涼香と並ぶ。

 テスト期間中は班活動は自粛されていたので、事件後初の班活動という事になる。

 当初さくら、雨糸、フローラに圭一が付いて来たがったが、大人数でつるんでの謝罪では反省の色が出せないと言って断った。


「じゃあ開けてくれ」

「うっ、うん……」

 涼香に開けてもらい、台車を押して中に入る。


 ザワッ……。


 班員達から一斉に注目を浴び、涼香が硬直する。

「急に手配した材料の一覧とみんなの作業記録が欲しいって言ってたけど、一体どうしたの?」

 中に入ると、マネージャーの熊谷灯吊くまがいひつり先輩が聞いてくる。

「ありがとうございました。それについてこれから説明します」

 実はもう最初から密かに記録を集めて、巴御前が記録の編集を終えているのだが、そう言う建前で集めたように見せかける事を、事前にみんなと打ち合わせていた。


「大事な話があるという事だけど?」

 班長である湖上舞乱華こがみまいらんか先輩が俺の前に出る。

「実は大変な事態が起こったんです」

 そう言って涼香を促して説明させる。

「せっ……先輩、あっ、あの――」

 青ざめ、噛みまくりながら説明する涼香をフォローしつつ、自分と静香の確執に巻き込んでしまった事も説明する。


「――という事です。テスト前という事で今まで黙っていました。それも含めて今回の事は本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる。

「ごっ、ごめん……なさい!!」

 涼香も泣きながら悲痛な様子で謝る。


「なんて事……」

 湖上舞先輩が深いため息をつく。

「参ったわねえ……文化祭は来週末よ? 二週間もないじゃない」

 熊谷先輩が頭を抱える。


「それなんですが、ここにみんなの分のDOLL服のパーツが準備してあります。あと、みんなのDOLL服の作業データを、ブルーフィーナスの映像部門のコンピューターで教本化してもらってあります。そしてそれを元に再制作をお願いしたいんですがどうでしょうか?」

 

「選択肢はないようね。みんな彼の言う通り再制作に取り掛かるわよ!」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 湖上舞先輩が号令をかけると、みんな驚くほど素直に大きく答えてくれた。


「それと、材料は余分に手配させていますので、修正したい方はそれを使ってください」

「準備がいいな。これだけの事ができるなんて君は一体何者だ?」

 湖上舞先輩が怪訝そうな顔をする。

「いえ、自分の力じゃなくて、さくらの立場とお金を利用させて頂きました。出来ればさくらをねぎらって頂けたら喜ぶと思います」


「……霞さくらミスティーレイディかあ……、さすがは“THE DEVA”を二体も入手できる人ね。ほーんと“王子様”、うらやましい限りだわー」

 熊谷先輩がからかう。つか涼香は一葉をそんな風に説明してたのか。

「くっ! ……その言葉、甘んじて受けておきます」

「ふふふ、それじゃあキミにはバツとしてもうひと仕事頼もうかな」

 湖上舞先輩が目を光らせながら近づいてくる。

「なっ……何でしょう?」


「なあに。文化祭で我が班のプラカードを持って、宣伝しながら校内を練り歩いてもらうだけよ」

「ああ、それは全然構いませんが……」

「決まりね。それじゃあ思川副班長、さっそく作業に取り掛かかりましょう」

 湖上舞先輩が涼香の肩を優しく叩く。


「はっ、はいっ!」

 涼香が涙を拭きながら嬉しそうに答える。



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