十月桜編〈嬉しい誤算〉

 ――翌日に中間考査を控え、雨糸にさくらと共に家で勉強を見てもらっていた日曜の夕方。

 一葉から緊急連絡を受け、涼香の家に行き、門をくぐる。

 すると、庭ではたき火が黒っぽい煙を上げていて、石油製品が燃える匂いをあたりに撒き散らし、傍らでは涼香が何かを抱え込んでうずくまり、静香が左手を庇うように右手で抑えていた。


「ダメ! 一葉、止めて!」

「ああっ! すっ、涼香……」

 地面に座り込んでいた涼香が叫び、一葉が苦しそうな声をあげていた。


「涼香!」

 声をかけて近づくと、一葉を抱えて涼香がボボロボロと泣いていた

「お兄ちゃん。一葉が……、まっママがケガを……」

 泣いた顔を上げて涼香が静香を見る。


 静香を見ると、左腕からぼたぼたと血を垂らしていた。

「なっ……!」

「裕……貴か」

 静香が苦悶の表情を浮かべている。

 傷は左腕の外側を斜めに真っ直ぐ走り、押さえているのに血がゆるゆると流れていて、かなり深い傷と知れた。

「ちっ!」


 舌打ちをしてヨレたTシャツを脱ぎ、裾の部分を噛みちぎって細く裂く。

「縛るから右手を離せ!」

「いいっっ……こっこれぐらい……」

「いいから黙ってろ! 黒姫、救急車を呼べ」

「はっはい!」

 指示を出しながら、裂いたヒモで腕を巻き、近くの庭木の枝を折って紐をねじり上げる。


「救急車は呼ぶな! 大げさにするんじゃない、傷害事件になる!」

 静香が怒鳴る。

「でっでも……」

 状況から静香の傷は一葉が負わせたものに見えるし、救急隊員が来たら状況を見られた上に、理由を説明しなければならない。

「ちっ……確かにな。分かった。黒姫、やっぱり呼ばなくていい」

 ケガを負っている静香当人の否定に、俺もハッとなり冷静さを取り戻す。

 

「はっ、はい」

「ゆーき!」「「裕貴!」」「なっ――!」

 その時、遅れてさくら、フローラ、雨糸が到着して、姫香は驚いた顔でみんなの後ろに立ち尽くしていた。


「しょうがない。さくら、悪いけどコイツを病院まで連れて行ってくれないか?」

 さくらの顔を見て、とっさに思いつく。

「……わかったわ。車を持ってくるね」

「頼む」

 あたりを一瞥して状況を見たさくらが、きびすをかえして庭から出て行く。


「フローラ。悪いが涼香を家の中に連れて行って、落ち着かせて事情を聴いてくれ。これ以上騒ぎに巻き込まれるのはまずい」

「わかった」

「雨糸、キッチンから綺麗なタオルとサランラップを持ってきてくれ」

「え!? そんなので? ……まあいいわ。わかった!」

「姫香、巴御前を呼び出してくれ」


「うっ、うん。トモエ!」

『大変な状況だね。裕貴君、何の用だい?』

「……周辺の監視カメラや覗いてる人達のDOLLから、この状況に関する記録を取り上げて、ついでに消去デリートしてきてくれ」

 声を潜ませて小声で言う。

 以前、ボディを持たない巴御前は、俺達のDOLLの中では純粋な演算処理能力は一番だという事を、フローラ達から聞いていた事を思い出す。


『承知したよ。……ふふ、確かにこの騒ぎを窓の隙間から伺ってる人は三人ほどいるからね』

「ああ! そうか、ヘタに拡散されちゃ困るものね」

「裕貴、持ってきたわよ!」

「ありがと」

 雨糸からタオルとサランラップを受け取る。


「……なぜサランラップなんだ?」

 痛みでずっと顔をしかめていた静香が不思議そうに聞き返す。

「黙って見てろ」

「ふん……」

 俺に悪態を突かれながらも、静香が素直に腕を差し出す。


 ケガをした腕を上にさせ、タオルで傷口をぬぐう。

「――んっ!!」

 静香が痛みで顔をゆがませる。

 縛り上げている傷口は、血管を押さえているので新たに血が出てこない。

 そして手早くラップを開いて傷口に少しきつめに巻き付ける。


「――よし」

 そうして縛った紐をほどくと、わずかに傷口に血がにじむが、それ以上血が出る事はなかった。

「驚いた。出血が止まってるわ」

「まあ、体の外に出てないだけだ。正確には内出血してるけど、戻る血液もあるはずだから大丈夫だろ? それにタオルとかで押さえて血流を止めたり、流れた血を吸わせちゃうよりはいいと思ってね」


「……確かにね。それに衛生的だわ」

「ふん、ずいぶん手際が良いわね。どこで覚えたの?」

 落ち着いたらしい静香がどこか嬉しそうに聞いてくる。

「……たく。事情は後でじっくり聞いてやるからな」

 取り戻した余裕で皮肉を言ってるように聞こえて睨み返す。


「……さて、反感を持った相手に説明して何になるというの?」

「ちっ、まあいい。この方法はフローラの手術痕に貼ってあった薄手のテープを見て、次に使えないかと考えていたんだけど、どうやら大丈夫そうだな」

「なるほどね。一応は感謝しとこうかしら?」

「別にいい。事情は大体察しがつくから、大事おおごとにしなかった事でチャラだ」

 消えかけたたき火を見て再び静香を睨む。

「わかったわ」


 その時、道路の方でさくらの車が停車して、クラクションが鳴らされた。

「来たな。とりあえずは病院に行けよ。話はその後だ」

「いいわ」


 静香を送り出し、車を見送って振り返る。

「裕貴……これ……」

 雨糸がたき火の燃えかすを拾い上げる。

「ああ。DOLL服だよな。涼香のか?」

「そうね。ハンドメイドのDOLL服だけど、デザインセンスからしてたぶん涼香のじゃないわ。それもほとんど全部……」

「なんだって?」


「これ……こんなに他人のDOLL服を大量にどうしたって言うんだ?」

「さあ……」

「裕貴!」

 フローラがベランダから顔を出して呼ぶ。

「とりあえず中に入ろう」

「そうね」

「涼姉……」


 中に入ってリビングに行くと、涼香はソファに座り、ハンカチで涙を拭いながらグズグズと泣いていて、一葉がテーブルの上で手をついて頭を下げていた。

「とりあえずみんな、面倒をかけてごめんなさい」

 一葉が口を開く。

「何があった?」

「静香が文化祭用の、班員のDOLL服を批評するからって、涼香に持ってこさせたの」


「ああ……なるほど。それで?」

 それだけでもう察しはついたが、詳細を聞きたくて先を促す。

「静香がイチイチそれに難癖付けて怒り出すから、危機感を感じてみんなを呼んだんだけど、その直後に庭に投げ捨てて油を撒いて火をつけたのよ」


「なっ!!」「OH……!」「なんですって?」「えええっ?」

 俺、フローラ、雨糸、姫香が声をあげる。


 ピンポーン。

 丁度その時、チャイムが鳴る。

 姫香が立ち上がって応答すると、圭一の慌てた声がした。

『おっ俺だ! ……ゼイゼイ、ひっ、一葉から聞いた。はっはっ……なっ、何があった?』

 雨糸と同じく、学校と反対方向でさらに遠い家の圭一が、肩で息をしながら心配そうに聞いてくる。


「圭ちゃん! よかった、今みんなも居るから上がって来て」

 姫香がそういって圭一を上げる

「……にっ、庭に……ハァハァ、ちっ血が垂れてた。……すっ涼香に何かあったのか?」

 ドアを開けた圭一は汗だくでもう一度聞いてくる。


「ケガをしたのは静香の方だ。涼香じゃない」

「……はぁぁ、そうか。涼香じゃないんだな? 焦ったゼェ……」

 圭一が部屋の入り口でへたり込む。

「遅ればせながら来ました。何か力になれますか?」

 中将姫が圭一のシャツの中からひょっこり顔を出す。


「いや、遠いから仕方がない。よく来てくれた。今ちょうど話を聞いていたところだ。涼香、みんなに飲み物出したいからキッチンを使わせてもらうな」

「うっうん……」グスッ。

 とはいえ、俺も内心穏やかでなかったので、お湯を沸かしてお茶の用意をしながらクールダウンする。


 すると、雨糸が隣りに来て茶器を戸棚から出してくれた。

「今、姫香ちゃんが裕貴の上着を取りに戻ってるわ」

 言われてみて、改めて自分がズボン一丁の半裸で動き回っていた事に気が付く。

「そう言えば……。すまん、俺も動揺してたようだ。つか、みんな何で黙ってた?」

「うふふ、あれだけテキパキ動いてる裕貴の勇姿を見て、そんなヤボな事言う訳ないじゃない」

「半裸が勇姿って言われても……」


 今さら照れながらお茶を用意して配る頃、姫香も戻って来て、持ってきたシャツを着る。

「……それじゃあ改めて話を聞こう。一葉、静香が燃やしたのは文化祭用のDOLL服なんだな?」

「ええ。それに火をつけるのを見て、“つい”静香を攻撃してしまったの」


「気持ちは判る……という言い方は正しいのか分からないけど、自分が軍用テクノロジーを持っている事を忘れないでくれ。悔しいけど静香がとっさにああ言わなかったら、下手すりゃ大事になって機密が漏れた上、全員の立場が危うくなっていたかもしれないんだ」

 厳しいようだが、はっきり言って他のDOLLにも再確認させるつもりで強く言う。

「ええ、……本当にね。ごめんなさい、みんな」

 一葉が素直に答え、再び深々と謝る。


「よし。謝るのはそれくらいでいいだろう。これからの問題は一葉の不具合の再発の可能性と、消失したDOLL服の事だな」

 フローラが難しい顔をして言う。

「不具合の方は大丈夫でしょう。刷り込みインプリンティングがまだ馴染みきっていなかったのが居なかったのが原因でしょうし、そこは十二単衣トゥエルブレイヤーや青葉が協力しながら修正していきます」

 中将姫がそう言ってテーブルの上に降りる。


「そういう事だから裕貴、ここはDOLL達の裁量に任せて見ない? うまくいけば、これから似た様なトラブルが起きた時、対処の仕方の流れができると思うの」

 俺はそんなに怖い顔をしていたのか? と思うほど、雨糸が伺うような視線と提案を語りながら俺を見た。

「……そうだな。雨糸の考えは正しいと思う。つか、俺には専門的な知識や、社会的な権限も力もないから、こうやって文句を言うしかないけど、黙って流される訳にもいかないと思う程度には真剣に考えてるぞ」


「そんな事ないアル! 裕貴が一言協力を止めると言えば、黒姉がそれを実行するアルし、それを止める手段は緋織ママや青葉にすらないアル。あまり自分を過小評価するなアル。少なくともウイとシンギュラリティーを超えた、世界最高の人間的ヒューマンライクAIをホレさせた自覚くらい持てアルよ!」

 雛菊がテーブルで俺を指差し、すまなそうにする雨糸を庇うように怒ってくる。

「ヒナギクちゃんたら……」

 黒姫がこんな時なのにかわいい仕草でモジモジする。


「……分かった。自信は持てそうにないが、自覚はするよう努力はする」

「さて。それじゃあ次の問題だが、消失したDOLL服の事だな」

 フローラが切り出すと、涼香がビクッと震えた。

「そうね。よりにもよって文化祭用の服を燃やされちゃうなんてね」

 雨糸が深いため息をつく。


「そうだな。ねえモンはしょうがねえが、涼香の学校での立場は確実に悪くなるゼェ?」

 圭一が怒りを含ませながら吐き捨てるように言う。

「……確かに。つか、静香はそれが狙いだったんだと思う」

 みんなの意見を聞く内に、それが正解だと気付いてしまう。


「まあ、それが正解だとして、肝心のDOLL服に関してどう班員に謝罪と説明をするのか? というのが最後の問題点だな」

 フローラが難しい顔をする。

「だな」「……ダゼェ」「そうねえ」「……」

 俺、圭一、雨糸が頷き、姫香が無言だ。


「「「「はぁ…………」」」」

 四人で盛大にため息をつく。

「ごっ! ゴメンねみんな……わっわたしがっ……まっママに……みっ見せたり……しし、しったから…………うっ!」

 涼香がふたたび泣き出す。


「……ねえ、作り直すってできないのかなあ」

 姫香が涼香を抱き寄せて庇いながらボソッという。

「無理ね。ウチの学校はそれなりにレベルが高いから、一朝一夕で作れるほどレベルの低いモノじゃないはずよ」

 雨糸が顔を曇らせる。


「そうだな。みんな好きで作ってきた連中だろうから、そう簡単にデザインや技術をコピーできないだろうな」

 フローラも同意する。

「……まあ、明日からはテストだから黙っているにしても、終わったら涼香と一緒に班の連中に土下座して謝ってやろうや」

 圭一が励ますように言う。


「テストかあ……。確かに動揺が大きいだろうし、結果次第じゃ三年生は受験にひびいちゃうだろうね」

 雨糸が恐ろしい可能性を口にする。

「本当にサイアクのタイミングでやられちゃったね。一葉がキレちゃったのも無理ないかも」

 姫香がフォローする。


「裕貴、どうする?」

 フローラが促してくる。

「そうだな……。コピーか……材料だけなら揃えられるかな? 一葉――いや、DOLL達、それぞれの班員のDOLLから情報を引き出して材料を揃える事は可能か?」


『ふっ、材料どころか、制作中の技術データだって動画で再現できるよ』

 巴御前が余裕の返事をする。

「そうですね。材料も加工業者に頼んで用意するくらいは可能です」

 中将姫が淡々と答える。

「問題は再制作とはいえ、本人たちの協力なしではできないという事かしら?」

 一葉がやんわりとクギを刺す。


「……そうか。それならテスト期間中にDOLL達に材料を用意してもらって、終わり次第に謝罪して再制作を頼んでみるのはどうだろう?

 そしてDOLL達の記録を元に本人達にレクチャーしながら作らせれば、二週間。――いや、実質十日だけどなんとかできるんじゃないか?」

「そうね。考えながら作れば時間はかかるけど、一度作ったものを動画と注釈付きで再現すれば時間はかなり縮まるはずよ」


「涼香、どうだ? 今フローラが言ったようにしたら、みんなは作る事は可能か?」

「うっうん……全員……じゃ、な、ないけど、ざっ材料がそ……そろって、てれば、……でっできる、……と、お思う」

「よし! まずはテストが終ったら全員に謝って再制作を依頼。それからDOLLが動画を見せながら全員に作り直してもらって、技術や時間の足りない人は涼香や俺達がフォローする。それでどうだ?」

「不可能ではないアルな。って言うか、最高ベストではないにしろ、それが一番最良ベターな方法アルな」

「ベストな方法がそもそもないけどね」

 一葉がツッコむ。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――青葉のナビとオートドライブで病院に向かうさくらの車中。


「なんであんな事をしたんですか~~?」

 助手席の静香にさくらが問いかける。

「あなたには関係ない事よ」


「それは違うみたい。今裕貴お兄ちゃん達の様子を、一葉お姉ちゃんが中継してくれてモニタリングしてるけど、みんなでこれからどうするか話し合ってるわ」

「ふふ、やっぱりね~~。そういう事だから関係なくはないみたい~~」

「……みんな? 裕貴だけじゃなくて?」


「そうよ~。裕貴お兄ちゃんとお姉ちゃん達がどうしようって話してる~」

「余計な事を……」

「みんな涼香ちゃんが大好きなんですよ~~?」

「ふん。あの子に必要なのは裕貴だけよ。他の人間の好意は必要ないわ」


「それは静香さんが涼香ちゃんの母親だからそう思うんですよ~~。さくら達は必要不要で考えて、人を好きになったりしないんですよ~~?」

「……あなたに何が分かるって言うの?」


「そうね~~。全部は分からないけど、静香さんが涼香ちゃんとゆーきを大切にしているって言うのは分かります~~」

「そっ! そんな訳ないじゃない! あっあの子達には人生を狂わされたんだから!」


「う~~ん……でもそれって“嬉しい誤算”だったんじゃないですか~~?」

「――っ!! もうほっといて頂戴!」

「さくらはいいけど……でも答えはもうゆーき達の中にあるみたいだから、さくらはそれを尊重するだけだよ~~」

「こっ、答えって…… もうっ! あんたには本当にイラつかされるわ!」


「あっ! ママ。トモエお姉ちゃんが、ママと大島護パパの肩書を使わせて欲しいって言ってるけどどうする~?」

「さくらの肩書? ……って、何だっけ?」

「ママったらも~う! ママは“ブルーフィーナスの会長”なんだよ?」

「何ですって!?」


「あーー、そうだったわね~~。うん。“いいよ~~”って伝えてくれる?」

「はーい!」

「ちょっと! あなたが会長ってどういう事?」


「なんかね~~、護ちゃんが“さくらを社会的にも守る事ができるから”って言っていたわ~~」


「そう、あの人の考えそうな事ね……」

 呟く静香の視線の先には、総合病院の救急口の看板が見えていた。


















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