十月桜編〈ウイ二号〉
――青葉が緋織さんと共にさくらの元に帰ってきた翌日。
学校が始まって以来、さくらのフォローという目的の為、フローラ、俺が同じ車に乗って登校する事になっていたが、家の近い涼香もついでに同乗するようになっていた。
そして今、登校するためにさくらの家に行き、玄関でチャイムを押して待つ。
「おはよう裕貴」
「ゆーき、おはよ~~」
「おはよう、ゆうきお兄ちゃん! 私の新しい
フローラとさくら、青葉が家から出てくると、青葉が褒めろ言うように聞いてきた。
「……おお、ライダースーツバージョンか。カッコイイな。それとなんかバストがサイズアップしてないか?」
「えっへへ~。ちょっと“色んな機能”を追加したから、その分容積を増やしたんだ~ エッヘン!」
ぴっちりとしたスーツで胸を張り、これ見よがしに見せつける。
「良かったな。それならもうバストサイズで悩む事もないな」
「そーだよ。そんで青葉もちょびっとオトナになったんだ~」
「へえ、どんなふうに?」
「エッチするって気持ちがいいんだって分かったの!」
「ぶふっ!」「えええっ!?」「What?」
俺、さくら、フローラが驚く。
「こら青葉! あなた何を言ってるの!」
後ろから逸姫の叫び声がする。
「おっ……おは……よう……」
「おはよう裕貴」
振り返ると涼香がアタッシュケースを下げ、肩に逸姫と
「おはよう涼香。一葉は
「ええ。ちょっと苦労したけどね」
ゴスロリ調の修道服なのに、どこか妖艶な笑い方で答える一葉は、なぜか右目を包帯のような眼帯で覆っていた。
「
「いいのよ黒姉、逸姫姉さんや青葉がフォローについてくれたし、問題はなかったわ」
「それならよかった~、青葉も明け方に先にママのトコへ戻ってきたからちょっと心配だったの~」
「いいのよ青葉。必要なデータはもらったし、逸姫姉さんのレクチャーが残ってるだけだったからね。それより心配していた子達は元気だった?」
「心配していた“子”?」
さくらが首を傾げる。
「うん――ほら」
ピチュピチュピチュ……チュチュチュ……
そう答えると青葉が何やら雀の泣き真似をした。
すると、どこからか雀が数羽、鳴きながら飛んで来て、傍のフェンスの上に舞い降りた。
「おお……」「わあぁ……」「ほう……」「すっ……すごい……」
だが、それも束の間。人がいるのを見てすぐに飛び立ち、屋根の上に移動してしまった。
「留守の間、
「へえ、鳥語も操れるのか。すごいなあ」
「そっか~~、朝のトレーニングの間に青葉も咲耶も居なかったのは、あの子達の世話をしてたのね~~」
「そうよ~、だけどもうあの子達も自立できたみたいだから、これからは私が色々言葉を教わる生徒になるわ」
「勉強熱心だな。良い事だ」
フローラが感心する。
「おはようみんな。一葉、無事に
玄関から緋織さんが出てきた。
「おはよう
そう答えると、逸姫が涼香の肩から降りて緋織の肩に飛び乗り、涼香もアタッシュケースを緋織さんに渡す。
「あっありがとう……ごございました……」
「どういたしまして。それと青葉、大人は気持ちいい事をあけっぴろげに自慢したりしないわ。もう少し人間の恥じらいも学習なさい」
「は~~い……」
「それじゃあみんないってらっしゃい。私もこれで東京に戻るわね」
「はい。昨夜はアドバイスありがとうございました」
「いいのよフローラ。またなんでも聞いて」
「お疲れ様~~、緋織さん。それじゃあまた文化祭に護ちゃんと来てくださいね~~」
「ええ。楽しみにしてるわ」
ふうん、二人を呼んだのか。
そしてみんながそれぞれ挨拶し、緋織さんが車庫の自分の車に乗り込むと、電動シャッターが開いて車が出てきた。
その車は以外にも超高級スポーツカーで、跳ね馬のマークがボンネットの前部で主張していた。
インテリ美女に跳ね馬の赤いスポーツカー。似合うなあと思いながら見送る。
「さ、私達もガッコ行こ~~」
「ああ」
聞きたい事はあったが、とりあえず後回しにして、みんなでさくらの車に乗り込む。
――その日の夕方。
フローラとさくらは何かの練習、涼香はDOLL服班活で、みんなが一緒に帰るまで、いつものように幽霊班員としての責務を果たしに班室に行くと、雨糸に図書館に行こうと誘われた。
「どうした? 雨糸もなんかの練習参加しないのか?」
図書館に向かう廊下を歩きながら聞いてみる。
「ちょっと裕貴と話したくってね」
「いいから黙って付き合えアル」
「……
「あの動画を消してくれたらデフォルトに戻してやるアル」
「エネミー判定かよ! つか、お前こそ静香に送った動画を何とかしろよ!」
「お断りアル。それにあの女の事だから、どうせオフラインに保存してるアルよ」
「ちっ、否定できねえ……」
「止めなさいデジー、怒るわよ! 裕貴、私もそう思うし、いずれ何とかするからもう少し待って」
「へ~~い……」「ああ……」
図書室に着き、扉を開けて中に入ると、立て札だけ置かれてセルフ貸し出しになっていて、図書室には誰も居なかった。
「付き合ってくれてありがと。なんか最近二人きりになれないから……」
あたりを見回してから、雨糸が安心したように話す。
「まあ、お互い教室と班室以外じゃすれ違いが多いからな」
話しながら風通しの良い窓際の席に向かって歩く。
「そうそう。雛菊達の事とか人に聞かれちゃまずい事も多いしね。……うふふ」
「はぁ……でもそこは嫌がってくれてたほうが、良心が痛まなくて気が楽なんだけどな」
「イヤよ! どうして裕貴との接点をそんな風に思わなきゃいけないの? そんな事言わないでよ、悲しくなるじゃない」
雨糸がプンプン起こりながら、大胆に腕を絡めてくる。
「わかった。すまない」
二人きりだと、さくらやフローラに負けず劣らずのアピールをする雨糸を久しぶりに見て、嬉しい反面ものすごく照れてしまう。
「まあ、そう言う訳だから、今日はさくらさんとフローラと涼香の用事が終るまであたしと話しましょ♪」
「ウイは花火大会以来、みんなに負けたよーな気分になてて寂しかたアルよ」
「デジー!!」
「そっ……そか、それは……なんか……ごめん」
「じゃあ裕貴お兄ちゃん。今くらいは雨糸お姉ちゃんと仲良くしなきゃね」
「ああ、そうだな」
「もう! 黒姫まで……」
だが、雨糸はまんざらでもない様な顔をした。
「そっ、そういえば雛菊に聞いたわ。一葉の
「それか。うん、なんかスムーズにはいかなかったみたいだけど、無事に終わったとか言ってたな」
「ふうん……でもチラッと見たら一葉が片目を塞いでたけど、あれはどうして? 両目じゃないと遠近感がつかめないでしょう?」
「それは、常時
「へえ、さすがは
「まあ、何かしら理由はあるんじゃないか? だけどそれがどうした?」
「ううん、教室や班室でこういうこと聞けないし、朝も一緒に登校できないし、班活も練習であまり出られないし……」
雨糸が拗ねた様に言う。
「確かにDOLLの事は詳しくは話せないけどな。でも登校は家が反対方向だからしょうがないじゃないか」
「……そうだけど」ぷくー。
「悪いな……」
そういって頭を撫でると、その手を取って自分の頬に当て、味わうように頬ずりをする。
「……うふふ」
「雨糸……」
その仕草に胸が痛くなる。
涼香の事。さくらの事。フローラの事。雨糸の事。いっそこのまま悪役になって全員を振れたら彼女たちの為になるんだろうかと考えてしまう。だが、軍事機密まで背負わせてしまった以上、どんなに嫌っても仲良くなっても、お互いに離れられないという揺るがない現実が目の前にある。
「……大丈夫。裕貴があたしを嫌っても、雛菊の事は自分で責任をもって役目を果たすから」
どうするか困っていたら、雨糸が心を読んだように話す。
「すまない。俺は……」
「いいの。でも時々……ううん、ほんのちょっとだけ元気をもらえたら頑張れるから……」
そう言って俺の手を頬に当てたまま、雨糸が目を閉じる。
「わかった」
それに応えるため、そっとキスをする。
「んっ……」
雨糸が涙を流し、重ねた頬から顎へ雫が伝わるのが分かる。
――涼香ごめん、今だけ許して。
自分でない思考がなぜか脳裏ををよぎる。
「「………………」」
ゆっくりと唇を離し、ボンヤリと見つめあう。
雨糸は瞳を潤ませ、泣き笑いの表情を浮かべていた。
「今のは……」
そう呟いたら、雨糸がハッとしたように我に帰った。
「あっ、ありがとう裕貴、大分元気になったわ。だからもう大丈夫。おかげで千年くらいこのポンコツDOLLの面倒を見られそうよ!」
雨糸が涙を拭いながら気丈に笑う。
「ポンコツってひどい事言うアルな!」
「千年の方じゃないのかよ! つか、ポンコツは事実なんだからそっちをツッコめよ」
「よかったね雨糸お姉ちゃん」
「ありがと黒姫!」
そう言い合ってひとしきり笑うと。普段の雨糸に戻ったように見えた。
「そういえば、フローラが博士号を取得できそうだって、朝に車の中で話してくれたな」
そして俺も明るい話題を振る。
「博士号!? 凄いじゃない。いつの間に論文なんて書いてたの?」
「なんか入院中時間があったから、先祖の残したデータと自分の調べたデータをまとめていたんだってさ」
「へええ、どんなテーマ?」
「ええと。確か日本語で……『日本のフォッサマグナ地域の、低地における高嶺桜の遺伝子の残留と、その表現様式の変化』とか言っていたな」
「……全然判んない」
「俺もだ」
「それで? フローラはどうして博士号を取ろうとしてるの?」
「桜に限らず、フィールドワークで植物の標本採集しようと思ったら、日本は地主やら関係機関やらの事前認可とか、色々うるさい制約があるけど、博士号を取っていれば、少なくとも盗掘や不法侵入でいきなり逮捕されるような事はないって事らしい」
「なるほどねえ。確かにそう言う準備は必要だわ」
「ああ。頭良くてほんとすごいや。赤点スレスレの俺とじゃ雲泥の差だよ」
「ふふ、そういえば再来週はもう中間考査だね。自信はある?」
「まさか」
「じゃああたしがさくらさんと一緒に勉強見てあげようか?」
「お、そりゃ嬉しいな。フローラも頭いいけど、学科が違うからな」
「決まり! それじゃあ来週ぐらいから裕貴ん家で勉強会しない?」
「どうして?さくらん家の方が広いし部屋も多いから自由利かないか?」
「もうっ! 裕貴のニブチン! “裕貴の部屋で”って言わなきゃ分からないの?」
「そっ、そうか。分かった。俺の部屋で……だな?」
「うん! ありがとう」
雨糸が顔を赤くして胸に飛び込んでくる。
「そんなにデレてて勉強になるのか?」
「二人っきりじゃなきゃ大丈夫よ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです。……あ! あと班長に聞いといてくれって言われてたけど、裕貴は班の出し物の方はどうするの? 黒姫ちゃんは
「……そうだな。まあ涼香が作ってくれたDOLL服があるから、それ着せてプラカードでも持たせて、イベント中のコンパニオン代わりにしてお茶を濁そうかと思ってる。つか雨糸の方こそどうすんだ? 雨糸の方は何かやるんじゃないか?」
「……そうねえ、あたしもどうしようか。雛菊はどう? 出る?」
「デジーは別にいいアルけど、このボディだと一方的過ぎて相手をボコボコにしちゃうアルな」
「それは相手する先輩達に恨まれるからやめておけ」
「……だよねえ、でも雛菊、予備の
「そうだな。最新ボディだしお客のウケはいいかもな」
「ウイ二号はデジー達の大事な
「何よそれ! “慰み者”って一体何に使っているの?」
「いやあ、逸姫姉に色んなデータもらてから、青葉や一葉、中将姫、巴御前が入れ代わり立ち代わりウイ二号に入って、あんな事やこんな事をしてニンゲンの感覚をベンキョーしてるアル」
「ぶふっ!」
一瞬ビニールの人形を被ったDOLL達が、怪しげなプレイをするのを思い浮かべて、思わず吹き出してしまう。
同時に朝、青葉が言っていたのはその事か。と納得する。
「あ、あ、あ、ああああ……あんた達、人に似せたDOLLを使って、バックグランドで一体何やっているのよっ!!」
雨糸が俺と似た様な想像をしたのか、真っ赤になってプルプル震えて怒り、雛菊を掴むとブンブンゆする。
「あひゃひゃーーーーーーーー!!」
うむむ、雨糸も大変だなあ……と、心の中で笑いながら合掌する。
„~ ,~ „~„~ ,~
――文化祭まであと二週間。
中間考査を明日に控えた裕貴の家。
「できた~~!!」
さくらがノートを高々と上げて喜ぶ。
「できました? どれどれ」
それを聞いた雨糸が、被っていた布団を持ち上げ、俺のベッドからはい出て来る。
「今度はさくらの番~~♪」
そう叫ぶと俺のベッドへ突撃した。
「んはぁ~~……すんすん……んふふ~~、ゆーきの匂い~~♪」
「その発言完全に変態だからな!」
「ええと、どれどれ、あーー、……さくらさん。問い三の『直流モーターと交流モーター、ステッピングモーター。これらの原理の違いを述べよ』これバツですよ」
「ええ~~? そんな~~」
「はい。じゃあそこから降りてください」
「む~~ん、イヤよ~~、もう一時間もガマンしたんだよう~~?」
「ダメです。正解するまで裕貴の部屋のアイテムには触らせないって約束ですよ?」
「いやその賞品オカシイ
あまりの恥辱についに立ち上がって抗議するが、ついでに方言が出てしまう。
「おかしくないわ。ここでやるならこれが一番のエサ――意欲になるんだから」
「今エサって言ったろ! 言ったろ!! つか教師のフリして何気に俺の部屋で物色してるのちゃんと見てるぞ!」
「そっ……そんな事、とっ当然じゃない」
「開き直るな! 俺の身にもなって見ろ、恥ずかしくて集中できねえじゃねえか!」
「いいじゃないゆーき。これがもしさくらの部屋で、好きにしていいよって言ったらどうする~~?」
「ぐっ……そそんな事、ななにもししないにき、決まってんだろ!」
「動揺してるアルな」
雛菊ゥゥ……ギリッ。
「動揺しているわね」
青葉ァァ……ギリギリッ。
「確定ね」
雨糸ォォ……ギリギリギリッ。
「ゆうきお兄ちゃん……」
黒姫チャン…………シクシク。
「も~~う。それなら今度はさくらの部屋へ招待したげるから、思いっきり冒険していいよ~~。……つ・い・で・に。――さ・く・ら・の。――か・ら・だ・も。――ね?」ぽっ……
ぐふっ!!!!
さくらが俺の耳元で嬉しそうに囁いた途端、腹を特大のハンマー殴られたような衝撃が走った。
そもそも、生まれる以前から胎教代わりに聞かされていたさくらの声で、そんな風に耳元でささやかれたら抗えるはずがない。
しかし――。
「あーーもう! だからって人のトランクス目の前で広げたり、アルバム開いてこれ見よがしにキャアキャア騒ぐの止めてくれよ! やましい事なくても誰だって恥ずかしいに決まってるだろっ!」
リアルで付き合った時間と成長した自制心でもって、なんとか踏みとどまって大声で懇願する。
「うるさいな裕貴。姫香の勉強の邪魔だ。もう少し静かにしろ!」
扉が開いてフローラが怒鳴り込んできた。
「助けてくれよフローラ。この変態共が俺の部屋を
「なに!? ……よし。その情報をOKAMEに送ったらこいつを黙らせてやろうじゃないか」
「even you, Brutus? (ブルータス、お前もか)」
諦めつつも、精いっぱいの虚勢を見せる。
「英語は大丈夫そうだな」
フローラが俺の両手を掴んでニヤリと笑う。
うああああああ…………。
――数分後。
女子達が姫香の持ってきた茶菓子を食べながらテーブルを囲んで談笑する。
その後ろで、伸びきったTシャツに骨盤とトランクスのフチが見えるまで、ズボンを下ろされて着衣を乱された俺が横たわっていた。
「はぁ……はぁ……もう……いっそ、殺して……」
女子達に抑え込まれ、くすぐられたり限界までトランクスを下ろされたりして、精魂尽き果てて虫の息になってしまっていた。
「いやあ、お兄ちゃんが泣きわめくの見るって結構快感なのね」
……姫香、お前はドSに目覚めたのか?
「男の子って体つきや骨格が全然違うのね」
……雨糸、それで満足か?
「ははは、オレの介助もまんざらでもなかったと判ったぞ」
……フローラ。俺は楽しんだ事は一度もないぞ?
「う~~ん、さくらはやっぱり触るんじゃなくて触って欲しいなあ……」
……さくら、別の
そんな風に脱力していたら、DOLL全員に通信が入った。
「どうした?」
まずはフローラがOKAMEに聞く。
「涼香さんから連絡、『緊急事態が発生したから、来れる人はすぐに家に来て欲しい』と、あります」
涼香がとっさにちゃんとした文章が送れる訳はないので、おそらくは一葉独自の送信だろう。
「どうやら静香さんがなにかやらかしたみたい。一葉お姉ちゃんの思考もちょっと乱れてて、通信があやふやなの」
青葉が説明する。
「――くっ!」
「裕貴っ!」
フローラが呼ぶが、答えずにそのまま部屋を飛び出す。
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