十月桜編〈ブラッディ・ペイン〉

 ――青葉が東京へ緋織と戻り、数日が経ったある日の東京某所。廃ビルの一角。

 所々家具などのインテリアが残る、マンションらしいビルの一室。

 厚く埃の被ったソファに逸姫。テーブルには青葉が立っていた。


「ボディの試運転ナラシの仕上がりはどう?」

 IBIイビと対峙した時と同じ、ブルーを基調としたパイロットスーツに似た服装の逸姫が聞く。

「順調に終わったわ。同じ仕様のボディなのに遠隔操作リモート・コントロールと比べて反応速度が段違いに良くなってて驚いちゃった~」

 そう言って向けた視線の先には、バラバラになったDOLLの部品がいくつも散乱していた。

 そして青葉の素体ボディは、胸の方が以前に比べて大き目に変わっていて、声はいくぶん落ち着いたトーンになっていた。


「そうでしょうね。あとスーツの方はどう? 一応私もデザインと設計に関わったんだけど」

 と、逸姫が青葉を上から下まで見つめる。

 青葉の服装は、さくらのステージ衣装“闇桜”を模したもので、和装ゴスロリチックでスカートに逆十字の飾り、背中に桜の形に結んだ大きな帯、頭は放射状にいくつもかんざしが刺さっていた。

 

「すごくいいわ。だけど普段ママと一緒にいるにはちょっと派手かもしれない~」

「そう、それはまた考えましょう。それとあと稼働時間はどれくらい残っているの?」


「ん~、さっきのレベルの全開駆動フル・ドライブなら、あと二時間はいけると思うよ~」

「それじゃダメね。こういった建物内や暗闇では最低限六時間は戦えるようにエネルギー配分をしないと、途中で電池切れパワー・ロストするわよ。それとも二時間以内に私に勝つ自信はあるの?」


「ええ~? たしかにその為の戦闘記録ノウハウはもらったけど、逸姫姉さん相手にそれは無理だよ~……」

「なら諦めて元の遠隔ボディに戻す? それなら種核コア・シード維持の為のエネルギーを回せるものね」


「それはイヤ~。だから何とか頑張ってみるわ」

「それなら私から受け取った記憶を必死に活用なさい。悪いけど私と同じ立場に立った以上容赦しないわよ」

「うう~……IBIちゃんみたいにされるのも痛そうでイヤだから、頑張って何とかするわ」


「なら、行くわよ」

 そう言うと逸姫は即座に青葉の懐へ飛び込んできた。

「あっ!」

 逸姫の手の平に金属製の針が光る。


 青葉が即座に後ろに飛び退すさるが、庇った右腕に針が貫通していた。

「遅いわ」

 逸姫が既に奥の壁に飛び、反動をつけて青葉の後ろから迫る。

「くっ!」

 だが、青葉はそこから動かず、かわりに手の平を後ろに向けて身構えた。


 バシッ!


 逸姫の手先から突き出ていた針がどう言う訳か瞬時に爆発した。

「あっ!」

 そしてその爆発で逸姫の勢いが相殺され、テーブルの下へ落ちる。


(電磁波で針を溶解させて針の中のガスで爆発を起こした! 防御と攻撃を同時に行って私の体勢を崩したのね。なら次は――)


「はあっ!」

「やっ!」

 振り返った青葉と、着地した逸姫の声が交差する。


 ミーーーーーーーン……

 プシュッ――バリバリバリッ!

 ワイングラスの縁をこすったような極高音と、射出音の後に紙を何枚も破ったような電撃音が同時に鳴り響く。


「あうっ!」「がっっ!!」

 二人が叫びながら後ろに飛び退り、膝を付く。


(射出した針を誘導体に青葉の腕に刺さった針へ電撃を繰り出したけど、同時に超音波で私の種核コア・シードそのものを振動させたのね。

 ……ふっ、私の旧式の素体ボディの弱点を的確に攻撃してくるなんて)

 逸姫が青葉の戦術を冷静に分析しながら心の中で笑う。


「さすが逸姫お姉ちゃん。右腕の音響発生人工筋肉サウンド・エラストマーがもう逝っちゃったよ~」

 青葉が黒く焦げた針を抜きながら苦笑いする。


「青葉こそ。私の種核コア・シードの共鳴振動数の波長をどうやって割り出したの? 旧式とはいえ未だに最高機密トップ・シークレットよ?」

 逸姫が胸を押さえながら笑う。


「うふふ、ナイショ♪」

「ふっ……」

 それだけ言い合うと、逸姫が青葉から離れて走り出した。


(……とりあえず何かプロテクターになるものを見つけないと、弱点を晒したままじゃ対処できない)

 そう考えながら周囲を見回して物色する。


 ピィィィィィィーーーーーーー!!

「はっ!」

 飛蚊音モスキート・ノイズが背後から聞こえ、とっさに左の部屋へ飛び退ると、青葉がスカートに下げられた逆十字のクロスに高周波とエアーを送り込んでいて、プラズマを発生させてそれを投げつけてきた。

 キュインッ!!

 直後、鋭い風切り音と共に、傍の木製ハンガーポールが斜めに切り裂かれ、ゆっくりと倒れる。


「逃がさないわ」

 青葉が十字架クロスを拾い、再び逸姫を追う。

 逸姫は部屋を通り過ぎ、廊下へ出ると壁を左右に蹴りながら空中を先へ進む。

「くっ、狙いが……」

 青葉が歯噛みしながら逸姫を追い、無事な左手を逸姫に向ける。

 ミーーーーーーーン……


「ううっ!」

 再び極短波の音響兵器が逸姫を襲い、うめき声を上げる。

「捉えた!」

 だが、逸姫は即座に隣の浴室に逃げ込む。

 その中で、あるものが逸姫の目に留まる。

「これだわ」

 そして浴室の入り口に振り向くと、扉のガラスに手を当て右手を激しく振動させる。


 ブーーーーン……パンッ!

 ガラスが振動波で爆発したように細かく砕け散る。

「ああっ!」

 そこへ飛び込んで来た青葉の頭上に、細かく砕けたガラスが大量に降り注ぐ。

 ザザザーーーッ!


 降り積もっていた埃を一緒に巻き上げ、周囲の視界を奪う。

「カメラ認識オフ。音響探査バット・アイに切り替えなきゃ」

 チィィィィィーーーーーーーー……

 そう呟いて青葉がカメラアイを閉じると、周囲の埃が微かに振動を始める。


「居た!」

 埃でホワイトアウトしている中、青葉が逸姫を見つけて左手を向ける。

 ミーーーーーーーン……。

「無駄よ!」


 逸姫はそう叫ぶと、真っ直ぐに青葉に突進してきて、左手の針を青葉の右足に突き刺す。

 パシュッ!

「あくっ!」――バキッッ!!

 刺されると同時に右手で逸姫を殴る。


 逸姫が吹っ飛び、浴槽の壁に叩きつけられる。

 そしてすぐに刺された左足に指を突き立てて穴を広げ、注入されたガスを抜く。

 シュッ!


「危なかった~。直後に電撃を受けてたら足が消えてたわ~」

 青葉が逸姫に向きなおる。

「青葉こそ、よくとっさに私を押し返せたわね。さすが種核コア・シードをインプラントした結果って所かしら?」


「そうね~、でも何でこんな早く共振波レゾナンス・ウェーブに対処できたの~?」

「うふふ」

 笑いながら逸姫が立ち上がって近寄って来る。


「そっそれは……」

 驚く青葉の音響探査バット・アイのモノクロ画像には、逸姫の胸に円状の金属リングが三本、胸と背中に穴をあけ、まるでピアスのように突き刺さっていた。

「洗濯バサミのバネで、私自身の種核コア・シードを挟んで共振波レゾナンス・ウェーブを分散させたのよ。共振波は対象の密度や質量に左右されやすいから、こうして不安定にすると共振波を乱せるのよ」


「無茶だわ。一歩間違えば種核コア・シードを傷つけかねないのに……」

「そうよ、これが私のやり方。“勝つ”ためじゃなくて、“生き残る”ための戦法なの」

「でも逸姫お姉ちゃん、ノコノコ私の前に現れてどういうつもり~? まだ模擬戦は終わってないわよ~?」


 ブゥゥゥゥゥゥゥンン……。

 青葉が十字架にプラズマを帯びさせる。

「いいえ、勝負はついてるわ。青葉の負けよ」

「どういう事?」

「青葉は今、音響探査バット・アイに切り替えてるでしょ? もう何もしないから、カメラアイに切り替えてごらんなさい」

「え?……うん…………ああっ!!」


 青葉が音響探査をオフにした途端、周囲の景色を見て驚いた。

「こっ、これは血の安息ブラッディ・ペイン!!」

 なんと、周囲はすでに強電撃で高温プラズマ化する人工筋肉油エラストマー・オイルの赤いガスで満ちていた。


「私は青葉と違ってこの中で視界は確保できないけど、青葉の放った共振波レゾナンス・ウェーブにさえ向かえば青葉を捉えられる。自分が有利だと油断したのが青葉の敗因よ」

「はぁぁ~……あと、足への攻撃はガスを充満させるための、時間稼ぎのフェイクだったのね……」


「はい♪ よくできました。……いい子ねえ。よしよし」

 逸姫が笑いながら青葉の頭を撫でる。

「ううう……仮想世界バーチャルで黒姉に負けて、現実リアルでは逸姫お姉ちゃんに負けて、しくしく……」


「泣くのは早いわ。模擬戦はまだ始まったばかりよ。あと一週間あるんだから、不眠不休で全力で向かってきなさい」


「は~~~~い……」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――二学期初日の昼休み。

 学食に俺、さくら、フローラ、雨糸、涼香、圭一が集まってそれぞれ食事をとる。


「ん~~!! やっとここのゴハンが食べられる~~!!」

 さくらがカレーと掛けそばを前に大はしゃぎする。

「そんなに楽しみだったのか?」

 ミックスサンドとシチューを食べながらフローラが聞く。


「DOLLの視点で見た時、みんなすごくおいしそうに食べてるんだもん」

「まあ、今どき校内調理で手作りだからな」

 圭一がカツ丼を食べながら答える。


「そうね。お母さん達の料理がけっこう美味しくて、私も時々食べたくなるわ。ねえ? 涼香」

 カレーうどんをすすりながら、キッチンのおばさん達を見て雨糸が笑う。

「うっ、うん」

 涼香も天ぷらそばを食べながら軽く笑う。


「裕貴は難しい顔してどうしたの?」

 カツカレーを前に、肘をついてる俺に一葉が聞いてくる。

「それは――」

「よう! “王子様”、大ファンのさくら姫を目覚めさせた感想はどうだ?」

 答えようとした時、後ろから声をかけられた。


「……見延みのべ先輩、からかうのは止めてください」

 三年情報技術科で、バトルDOLL研究班班長の見延駿先輩が嬉しそうにからかってきた。

「いやいや、夏休み後半、班の方に顔出さなかったから、うわさのさくら姫の事が聞けなくてずっと気になってたんだぞ?」

 と、同じくバトルDOLL班副班長で電気科三年、雲居竜基くもいりゅうき先輩が聞いてくる。


「それは……まあ、さくらと一緒に補習受けてたから、――つかどうして夏休みにもうさくらの事知ってたんですか?」

「そっ! ……それは、あああ、あたし……の、せい……」

 涼香がすまなそうに俯く。


「おう、実は乱華らんかに聞いたんだ」

 ――湖上舞乱華こがみまいらんか。DOLL服班班長で涼香の先輩であり、見延先輩の従妹いとこで工業デザイン科三年の女子だ。

「涼香が先輩達に問い詰められたのよ」

 一葉がフォローを入れる。


「なるほど。それで噂が広まってたのね」

 雨糸が納得する。

「そっか~~、さくらは色々聞かれなくて助かってるから、全然気にしなくていいよ~~」


「それはいいとして、“王子様”っていう尾ひれが付くのはいい気がしないんですよ」

「まあいいじゃないか。……て事で王子様、さくら先輩――いや、さくら姫をぜひともうちの班にお誘いしたのだが、協力してもらえないだろうか? そしたら新規班員が……」

 見延先輩が肩を組んで意味ありげにさくらを見る。

「……やっぱり」


「う~~、ゆーきと同じ班には入りたいけど、でも二人ともDOLLのさくらとゆーきにイジワル言ったでしょ?」

 さくらが睨むように二人を見つめる。

「おおお? ……裕貴君、僕たちの事を一体どんな風に話したのかなあ?」

「詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 二人が顔を寄せて来る。


「そっ、それは……」

 まさか脳波リンクの事を言う訳にもいかず、とっさに返答に困る。

「それは私がさくらさんに言いつけたのよ」

 雨糸が機転を利かせてフォローをしてくれる。


「西園寺君、君かぁ……」

「ちっ……しょうがないなあ」

「おお?」

 雨糸が女子であるにしても、やけにあっさり引き下がる。


「まあ、お詫びにまたパパにお願いしておきますから、イベントチケットが手に入ったらあげますよ」

「「よっしゃーー!!」」

 ……なるほど。


「だがまあ、文化祭まではオレとさくらは放課後に予定があるから、どこの班にも入らないからそのつもりでいてください」

 フローラが先輩達に言う。

「そうか。じゃあさくら姫、文化祭の後にまたお誘いします」

「その時にさくらの機嫌が直っていたらいいわよ~~」


「さてと、……フローラ、ところで“放課後の予定”って何の事?」

 二人が見えなくなると、さくらが困って聞き返す。

「これだ」

 フローラが箸を両手に持って、圭一のどんぶりをチンチン鳴らす。

「ああ! そう言えば」

「それ私も同じだわ」

 雨糸もさくらにならう。


「なんだ?」

「「「内緒だ」――よ♪」」

 三人してハモる。

「ははは、楽しみにしてるゼェ」

 圭一は知ってるようだ。むう……。


「涼香は……副班長の立場じゃダメか」

 雨糸がため息をつく。

「それもあるけど涼香には元々ムリよ」

 一葉が肩をすくめる。

「ごっ、ゴメンね……」

「そうね~~、残念だわ~~」


「……なんか、疎外感半端ないな」

 ここまで知らされないと、さすがに気分が悪くなる。

「女の子は秘密がたくさんあるのよ」

「うふふ~~、ゆーきへのサプライズだから言えないのよ」

「そっ……!」いう事ですか……なるほど。

 さくらがやんわりとリークしてくれたが、大事おおごとそうで照れる。


「ふふふ。オレの告白を受け入れてくれたら、全部教えてやるがな」

 ガタガタッ!

 ぶふぉーーーー!!!

 爆弾発言に食堂中が慌てふためき、みんなが盛大に食べ物や飲み物を吹き出す。


「なっ! ななななっ……フローラっ!!」

「はーっはははは! さくらに負けてられないからな」

「くっ! …………」


 ――そして、夕方までに新たに“猛獣使いライオン・テイマー”の異名が追加されたが、それをフローラの前で言う輩は現れなかった。

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