十月桜編〈二学期〉

 ――踊りが始まる直前、折り返し点わきの歩道。


 あちこちで発電機が回り、道路脇やちょっとした駐車場のスペースに、近所の店が独自の料理や飲み物を売る露店が開いていた。

 長野びんずるは、商店街のキャンペーンイベントも兼ねているので、普通の屋台と共にこうした一風変った屋台も名物の一つになっている。


 踊りは地元の企業や団体、学生、有志が登録して、それぞれが古風な踊りから創作モノまで幅広く踊りながら、善光寺~長野駅間の間を十字に練り歩くというもので、優秀者を競うコンテストも同時に行われる。

 とはいえ、中には騒ぎたいだけの団体も居て、適当な仮装やコスプレだったり、適当に体を動かして列について来るワゴンに積まれた、ジュースやアルコールを飲むだけの団体も居る。


「ふわああ……。踊りが始まったらガラッと雰囲気変わるのねえ」

 さくらが目を輝かせて感心する

「ああ、じっとして流れてくる色んな踊り眺めてるのも楽しいし、普段路地奥に引っ込んでるような店も、宣伝がてら限定料理を売ったりしてるから、そう言う店を食べ歩くだけでも面白いよ」


「それは楽しそうだな。じゃあ地元民のおすすめの楽しみ方を教えてくれ」

 フローラが背中からハグしながら耳元で聞いてくる。

「ちょっ、おはやしでうるさいからって、耳に息を吹きかけながら聞くの止めてよ!」

「ふっ、今さらこんな事がどうだって言うんだ?」


「うくく……」

「……リア充爆ぜろ」

 照れていると通行人から理不尽な呪詛が聞こえてくる。


「……まっまあ、とりあえずは踊ってる人達がヒートアップしてくるのにしばらくかかるから、先に個人の店の臨時屋台を回った方がいいかな」

「そうそう。人気店の出店は早くに売り切れちゃうから、先に回った方がいいわね」

 雨糸が付け加える。


「じゃあ、この間話したイタ飯屋が出してる屋台があるから、行って見ねえか? なあ涼香」

「うっ、うん……」

「けっ圭ちゃん……」

 涼香が頷き、姫香がなんだか嬉しそうに圭一を見つめる。


「じゃあそうしようか。店の場所はどこだ?」

「コッチだ」

 圭一の案内で歩き出す。


 そうしてまずはイタ飯屋の出店のイタリアン風トルティーヤを食べ、次に焼き肉屋の串焼き、青果店の生ジュース、和食屋の混ぜご飯おむすび、ラーメン屋の角煮サンドなどを食べ歩き、締めにケーキ屋の焼きプリンやフルーツポンチ、カップパフェを堪能した。

 みんなお腹がいっぱいになった所で、歩道脇の縁石にそれぞれ座り、ノンビリ飲み食いしながら踊りを眺めた。


「やっぱお祭りは良いわねえ~~、みんなで色んな物食べっこしながらお店回るのも楽しいわ~~」

「そうだな。一人だと食べられる量も数も知れてるからな」

 フローラも上機嫌だ。


「圭一が教えてくれた、最初のイタ飯屋のトルティーヤ美味しかったわね。普段の料理も期待できそうだから、今度会社のみんなと行って見ようかしら?」

「果物屋さんのミックス生ジュース……あれは驚きの美味しさだったわ。あのジュースのレシピ知りたいわ。ね、涼姉」

「……うん、そうね」


「おっ、もうじき流れてくる団体の踊り、えれえ気合入ってんな」

 圭一がいかにもなハッピに、和太鼓の拍子を従えた団体を指差す。

「あっちは……あはは、幼稚園かな~~? 小っちゃい子供がクルクル踊ってる~~、カワイイ~~♪」


「ああ、団体によって衣装や踊りが工夫されてて見てるだけで飽きないな」

「ちょっと水を差すようで悪いけど、大体一周一時間以上かかるから、反対側もよく見てたほうが効率的なんだ。そうすれば時間ができて他のイベントも見に行けるよ」

「なるほど。なかなか難儀な問題だな。踊り時間が三時間だから、かえってどちらかに絞った方が良さそうだな」

 フローラが考え込む。


「みなさん、ちょっといいですか?」

 墨染が遠慮がち声をあげる。

「ん~~、どうしたの~~?」

「さっきから複数の人間が、マスターに視線やカメラを向けているんですが、どうしますか?」


「さくらに? ……ってでもそれって“さくら”だからじゃないのか?」

 俺が驚いて聞き返す。

「それは不明ですが、踊りが始まってからずっとです」

「!!」

「それは複数の人物が尾行している――という事か?」

「はい」


「顔の映像を出せるか?」

「はい。そしてDOLLを携帯していない上に、“肖像権主張電波プライベートパッチ”を出していてこちらから撮影できません」

「「「「!!」」」」

 フローラ、雨糸、涼香、俺、圭一が驚く。


「なにそれ?」「ん~~?」

 姫香が聞いてきて、さくらが不思議そうな顔をする。

「……墨染、それは尾行している人物全員か?」

 質問には答えず声をひそめて聞いてくる。


「はい。さらに悟られないよう時々不規則に入れ替わっています」

「そうか。……墨染はそいつらをどう見る?」

「パッチそのものは私達で破れるレベルで、おそらくは素人以上プロ未満といった尾行スキルをもっている人物と推測できます」

「そうか……」


「ねえ、どういう事?」

 姫香が焦れる。

「ああ、すまん。えーと、まず肖像権主張電波プライベートパッチだけど、これは自分の姿を他人のDOLLの記録に残されたくない。っていう人達のためのシステムで、この信号を出してる人はDOLLの映像には姿が写らないように加工保存されるんだ」


「そんな人達がなんでさくらさんを?」

「理由はわからない。そう言う信号を出してる人間は多くはないが一定数いる。例えば芸能人とか、要人、軍人、刑事、あとは犯罪者とかのアウトローだな」

 フローラが説明する。

「ええっ!?」


「警察、軍人、要人の類ならあたし達に隠れる必要ないよね?」

「ですが、そういった通信の痕跡や通達はどこからもありません」

 雨糸が聞くと墨染が答えた。

「やべえじゃねえか」

「そうだな。残念だけどお開きにして帰ろうか」

 圭一が真剣な顔をして、フローラが提案する。


「ああ、それが良さそうだな」

 俺も同意する。

「ちょっと待って!」

 立ちあがりかけたみんなをさくらが呼び止める

「どうした?」


「よくわからないけど、その人たちって墨染でもナントカを破れるレベルのガードなんだよね?」

「ええ、そうです」

「じゃあ大丈夫だよ。さくらのファンって色んな人がいたし、さっきの人みたいにさくらの事覚えててくれてる人かもしれないし、もしそうだったら申し訳ないし……」

 楽観的すぎる。と思いつつそのやさしさはさくららしいと思う。だが、単純にイエスとは言えない。


「いや、……でも」

「それに何もしてこないとこみると、かえって人込みの中にいる方が安全だと思うんだ」

「む、そうかもしれない。でも情けない話だけど、アウトロー数人相手に男子高校生二人じゃほぼ何もできないよ」

「そうだゼェ。守りたいモンがいる男は特に痛がりなんだ」


「飛び道具が無ければ、デジーなら四~五人のヤー公くらい楽勝アルよ」

「同じく」「私もです」「ボクは周りのDOLLを強制操作クラッキングしてやるよ」

「飛び道具なんてそもそも出させません」


 DOLL達が請け合い、墨染がそう言うと俺のベルトに手をかざす。

 その途端。

 ブブブブーーと金具が激しく振動を始めた。

「おわっ!」

「金属であれば、超音波で共鳴振動させて持っていられなくできますし、電磁波も照射して発熱させる事もできます」

「おおっ! ……すごいな」

 ……つか恐ろしい。


「決まりね? それじゃあDOLL達みんな、悪いけどボディーガードをお願いできるかしら?」

「当たり前アル」「当然」「もちろんです」「承知しました」

「言われるまでもありません」


「じゃあ警戒しつつ、連中は帰りの人の少ない所で対処すると予想して、イザとなったらパッチを外して犯人を特定すればいいって事だな」

「それでマスター達がよろしければ」

「そうしてくれ。頼んだぞ」


「わ~~い。ありがと~~みんな、それじゃあ踊り見よ?」

 さくらが嬉しそうにはしゃぐ。


「ね、裕兄」

「なんだ?」

「写されるのが嫌なら、さくらさんこそ肖像権主張電波プライベートパッチを設定しておいた方がいいんじゃない?」

 姫香がそっと聞いてきた。


「うーん、まあそうなんだけど、それをすると何かあった時に自分の行動の証明も難しくなるんだよ」

「あー、そういう事か」

「そういう事だ。自分をオープンにする事はある意味、“自分には後ろ暗い事がありません”っていう意思表示でもあるんだよ」

「なるへそ」


 その後、連中は何度か入れ替わったようだが、踊りを見ている間も何も起こらず、帰るときには姿を消していた。


「は~~、楽しかった。それにしても何にもなくてよかったね~~」

 最後の花火のフィナーレを見て、雨糸の会社で着替え、車に乗り込む時にさくらが呟く。

「そうだね。良かったよ」

 とはいえ、後半は終始緊張してしまい、あまり集中できなかったのも確かで、改めて背負っている機密の重さを再確認した。


 帰りも会社に入ってから、DOLL達が再度ネットワークをくまなくスキャンして、それらしい通信がないか安全を確認してから外に出た。

 そして途中、車で雨糸と圭一の家を回って二人を下ろし、さくらの家に着くと、祥焔先生が一人で飲んでいたので、お土産の露店のトルティーヤとか串焼きを渡してあげると喜んだ。

 そして近いからと姫香と涼香を連れ、そこで別れて家に歩いて帰る。


「涼姉、今日はうちに泊まっていってよ」

 涼しい夜風に当たりながら姫香が聞く。

「そうだな、姫香も嬉しそうだしそうしてやってくれ」

「うっ……うん」


 家に着くと、親父は花火を見ながら飲んでいたそうで、早々に寝ていてママがぼんやりとテレビを見ていた。

「あ、裕兄、お風呂はあたしと涼姉で入るし、ママと話したい事あるから先にお風呂入っちゃって」

「そうか、分かった」


 そうして風呂に入ってベッドに横になると、大あくびが出た。

「ゆきお兄ちゃんお疲れさま、今日は大変だったね。ゆっくり休んでね」

 クレードル《ピット》に座りながら黒姫が労ってくれる。

「そうだな、何もなくて良かった。ありがとう黒姫、……お休み」


 ――電気を消してうつらうつらとし始めた頃。

 キィ……パタン。

 ドアの開閉する音がしたかと思うと、誰かが布団にするりと入ってきた。

 クスッと笑い、左腕を伸ばすと頭を乗せてくる。

「涼香か。どうした?」

「……心が決まったんだね?」


「ああ、聞きたいか?」

「ううん。約束通り、文化祭の時に聞かせて」

「理由はなん、……いや、理由があるんだな?」

「うん」


「分かった」

 そう答えるとギュッと強く抱き付いてきた。

「お兄ちゃん、大好き……」


「俺もだ、涼香」

 俺も強く抱き返す。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――八月下旬、二学期初日の学校の教室。

 始業式を前にホームルームが始まろうとしていた。


「おい、霞さくらが転校してきたって本当なのか?」

「らしいな。休み中ずっと補習で登校してたらしいぞ」

「死んだって言う情報はデマだったのか」

「年は40くらいで、いい加減ババアなんだろ? よく学校に来る気になったよな」

「いや、なんでも髪色とか変わったらしいんだけど、すげえ美人だったって話だぞ」


「……へえ、みんな結構正確に知ってるのね」

 クラスメイトの噂話を聞きながら、雨糸が向かいの席に座る。

「……そうだな」


「不安そうな顔してどうしたの?」

「いや、あのキャラだから、何かトンデモ発言するんじゃないかと気になって」

「ふふ、かもね。まあしっかりフォローしたげなさい。“保護者さん”!」

「うう、不安だ」


 チャイムが鳴り雨糸が自分の席に戻る。

 ガラッ。

 扉が開き祥焔先生が入って来る。

「よし、みんな無事に夏休みを終えたな? 夏バテ気味なのか死んだような目をしている奴がいるが、目を覚まさせてやろう――霞!」

 先生が廊下に向かって呼びかける。


 ざわっ。

 さくらが入って来て壇上に立ち、みんなに向かってお辞儀をする。


 今日のさくらは、髪はそのままストレートに垂らし、白の上下のノースリーブセーラー服は、縁が黒で赤い線が入り、タイは黒色だった。

 丈は短く屈めばウエストが全開になり、スカートは膝上で、白いニーソックスは疵が透けて見えるほど薄かった。


(これは……攻めすぎじゃないか?)

(これで良いの。これなら色々詮索される前に、見ただけで分かってもらえるから……)

 と、車に乗り込む前に聞いたら、俺や涼香、フローラの心配を笑って否定した。


「おい、シャレになんねーじゃねーか」

「異次元の美しさだ……」

「本当に四十代? ウソでしょう?」


 など、おおよその反応が沸き起こった。

「静かにしろ! じゃないと自己紹介が始められん!」

 シーン……。

「……霞さくらだ。今日からこのクラスに編入して一緒に勉学に励むことになった」

 祥焔先生がさくらを示す。


「霞さくらです。知っているかとは思いますが、私は二十五年前の事故で、当初は死んだと報道されましたが、実は治る見込みのない深いこん睡状態と、ご覧のような深い傷を負っていて、つい最近まで治療しながら人口冬眠で眠っていました」


 ざわざわ……。

 さくら、……よかった。

 淀みなく答えるさまが、今のさくらの心の安定を表しているようで嬉しくなる。


「そして、私を諦めなかった人たちの長い努力のおかげで、つい最近ようやく深い眠りから目覚める事が出来て、こうしてまた人生を歩み直す事ができるようになりました」


 ああ、さくら、君は……。

 うっすら涙を浮かべて語るさくらに、俺も嬉しくなる。


「ですが目覚めた時、本当は私は二十五年というギャップと、傷だらけの体に絶望して目覚めた事が嬉しくありませんでした。……いえ、絶望してました」


 ざわっ!

 おっおい、そこまで言うのか?


「だけど、ある人の言葉と行動が、私にもう一度、前へ踏み出す勇気と希望をくれたおかげで立ち直る事が出来て、こうして東京を離れて長野に、この学校にやってきました」


 ――どき。

 さっ、さくら……?


「それは誰ですか?」

 誰かが声をあげる。

 聞くな~~~~!!


「私の命の恩人であり一番大事で大好きな、かけがえのない人。――水上裕貴君です」

 さくらが真っ赤になり、頬に手を当てて思いっきり恥じらう。


「おおおおおーーーーー!!」

「きゃああ~~~!!」

 みんなの注目が一斉に集まる。


 やっぱり~~~~~~!!

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