十月桜編〈ぺんぺん草〉

 ――市内中心部、民放局前広場。

 圭一、雨糸、フローラ、さくら、涼香、姫香のグループ。

 六人がケヤキの植え込みの円状のベンチに並んで座っていた。


「あうう、長野って暑いのねえ、さくらずっと補習で学校にいたから知らなかったよ~~……」

「ははは。山が近いから午前中は山おろしが吹いて涼しいけど、午後になって風が止まれば一気に気温が上がるんだ」


「盆地気候というやつか? 確かに気温差が激しいな」

「それにしてもさくらさんもフローラも目立つわねえ、長野も外国人が多くなったとはいえ、二人はレベルが違うもんね。さっきから何人も足を止めて二人に見とれてるわよ」

 雨糸が感心しながら周りを見渡す。


「ホーント。でも、さくらさん。キャミにレースTにミニスカなんて薄着でいるけど大丈夫?  ……傷痕とか」ボソッ。

「心配してくれてありがと姫ちゃん、ゆーきが綺麗って褒めてくれたから、さくらぜんぜんへーきだよ!」

「あ~~、そう言えば。いいなあ…………。よしっ、あたしもせめて浴衣着た時に裕兄になんか言ってもらお」


「え!? アレやっぱ霞さくら?」

「んなわけあるかよ! 髪とか傷とか全然違うし年だって……」

「あの金髪ブロンディもすげーぜ」

「いや、俺はあの胸の薄いスレンダーな娘がいいな」

「太いカチューシャつけてる子の方が素朴でいいじゃん」

「一人でかい帽子被って俯いてる清楚そうな子はどうだ?」

「ちっ……あのでっけえのが居なけりゃ……」

 などと囁く声がひっきりなしに聞こえてくる。


「はっはは! いいなこういうの。ハーレムの王様みてえな気分だゼェ」

 圭一が自慢げにまわりを一瞥いつべつして高笑いする。

「ふっ、まあ体格のいい圭一のおかげで、妙な連中が寄ってこなくて助かるがな」

「任せとけ」

「あ! お兄ちゃん来たよー」


「……お待たせ」

「よかった~~、じゃあ早速どっか入って冷たいものでも食べよ~~」

 そうして裏路地にある、普段はサラリーマンで賑わいそうな古風な蕎麦屋を見つけ、少し低めの敷居を降りて店に入る。


「静香さんは何の用事だった?」

 一通り注文したらフローラが聞いてきた。


「ん……いや大した用事じゃない。例によって言う事聞かせてマウント取ってる気分になりたかっただけみたいだ」

 と、ここに来るまでに考えたウソを口にする。

 雨糸と雛菊に映像の事を聞くのは後にして、せっかくの祭りの前に気分の悪い話を聞かせられない。


「ふ~~ん……」

 さくらが伺うような顔をする。

「そっ、それでこれからどうする? カラオケ大会とか、ミニコンサートやショーなんかもあるみたいだけど」

 見透かされてる気がして話題を振る。


「面白そうね、じゃあ食べ終わったら近いとこから全部行こうよ!」

「姫香ちゃん元気良いわねえ」

「雨糸さんだって三つしか違わないじゃん」

「十代の三才差は大きいわよ」


「さくらはカラオケはちょっと。ショーは戦隊モノ? いいわね~~♪」

「ミニコンサートは? ……ほう。洋楽インディーズバンドも出る? 曲をリクエストできるのか」

 静かに聞いている涼香を除いて、女子三人がそれぞれDOLLに聞く。


「……おい。俺ら決定権なさそうだな」

 圭一が耳打ちする。

「はぁ……、圭一に一つ教えてやる」

「なんだ?」

「『ハーレムとは、男に隷属れいぞくを強いる詭弁である』by俺……」


「おお……!」

「ふふ、裕貴は分かってるじゃない」

 一葉が笑う。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――静香の店『バー・十月桜』

 裕貴が帰り、静香が床に散らばったグラスの破片を拾い集めていた。


(――え? お姉さん料理できないの? それで食費一万って少なくない? 実家から勘当された? ……しょうがないなあ、家が田舎で兼業農家なんだ。すこしだけど節約できる料理を僕が教えてあげるよ)

 出会った当時の昇平をわずかに超えた裕貴を見て、昔の昇平を思い出す。


 チャリッ……。

 チリ取りにグラスの破片が落ちる。


(ママ! ママは裕貴お兄ちゃんが嫌いなの? 涼香と血が繋がっているから?)

 涼香が骨折をした事で裕貴を責めた後、真実を知った涼香が泣きながら訴える。


 カチャ……。

 大き目の破片を拾う。


(大丈夫だよさくらちゃん。こんなのすぐ治るさ。……そうだ、今度のツアーは絶対最前列を取るから、その時は一瞬でいいからウィンクしてよ。そしたらまたバイト頑張れるからさ。だから……だから……死んじゃダメだ……諦めないでくれ……さくらちゃん!!)

 両手を血で染めた昇平が、霞さくらに応急処置を施しながら、必死に呼びかける。


 ポタッ……。

 破片を摘まもうとする指に雫が落ちる。


(わたし、昇平さんの抱えてる秘密が知りたいの。恋愛感情? いやだ先輩、そんなのないですよ)

 昇平の妻、大学の後輩時代の水上亜紀子があっけらかんと笑う。


 シャリッ……。

 細かい破片をまとめて落とす。


(静香さん……その……この間合コンに来た亜紀子ちゃんの事、詳しく教えて欲しいんですが……)

 大学生の昇平が照れながら聞いてくる。


 カチーン。

 カーブのついた大きな破片を落とすが、跳ねてチリ取りから落ちる。


(あんたなんか大っ嫌いだ。絶対涼香をあんたから守ってやる!)

 さっきの裕貴のセリフを思い出す。


 プツッ!

「痛っ!!」

 つまんだ破片に思わず力を入れてしまい、指先に破片が食い込んだ。


「……うふふ、まったく。一人前な事言えるようになったじゃない」

 したたる血を見ながら軽く微笑む。


 ガチャ。

 ふいにドアが開いて、誰かが店に入ってきた。


 カッカッカッ。

「はよーママ。今日は暑いねー。これ絶対ビール足りなくなるっスよ……およ? 座りこんでどうしっ――てママ!! ちっ、血ー出てんじゃん! 救急箱救急箱……」

 ヨーロピアンな店の雰囲気に似合わない、ギャル系の派手な娘が静香の姿を見て大騒ぎする。


「はい! 貼ったげるから手ぇー出して!」

「……ありがとアカネちゃん」

 静香が水仕事用の、透明な絆創膏を巻いてもらいながらお礼を言う。


「あーもう。泣きながらガラス片付けて血ー出してって、一体どうしたってゆーんスか? 誰か来てたんスね? ヤバイ奴っスか? そー言えばこの間も腕にグルグルした変な傷こさえてきたけど、ひょっとしてオトコのDVとか受けてます? そんならアタイのオトコ、近松の金バッチがダチだからイロイロ相談に乗るっスよ?」


 アカネと呼ばれた娘は何かが足りない言葉遣いながら、人の良さそうな心配を言葉の弾丸にして、マシンガンのように静香に繰り出す。

「心配してくれてありがとう、大丈夫。小生意気な息子と喧嘩したんだけど、一人前なセリフ言うからちょっと嬉しくなっただけよ」


「え? でっでも、確かママんとこってムスメじゃなかったっスか?」

「そうね、息子になる予定の子。――かな?」


「おおーー!! それってムスメのカレシ? いっちょ前なセリフ! どんなセリフだったんスか? ……いいなあ、言われてみたいっスねえ、きょーみあるから今度紹介してください! ――てかそれじゃあ何も心配ないっすね!」

「ええ、とっても頼もしい男の子だわ」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――三時間後

 あちこち回って堪能した後(主に女子)、雨糸の父親の会社に戻り、浴衣に着替える前に女子達がシャワーを借りていた。


「……もうすでにくたびれた、引っ張り回された挙句、荷物持ちで終わったな」

「ああ、どうして女子ってしょーもないグッズ欲しがるんだ? しかもかさ張るモンばっかり……」

 圭一と二人、テーブルに置いた荷物を前に、食堂のエアコンの風が当たるところに陣取って愚痴る。


「裕貴!」

 雨糸が入り口で呼ぶ。

「なんだ?」

「ちょっと来て!!」

「……ちょっと行ってくる」


 雨糸に手を取られて通路を進むと、社長室へ案内された。

「なんだ?」

「ゴメンッ!!」

 俺の前で腰を折って深々と頭を下げる。


「一体どうし……おおお?」

 聞こうとしたら雨糸の後ろで雛菊が奇妙な動きをしていた。

「ひーー、みっ、見るなアル~、ウイ~……とっ止めてくれアル~」


「ぷっ、くく、……こっ、これはもしかして“びんずる踊りか”?」

 それはどこかぎこちないうえに、元が集団で踊る踊りを単体で、しかもBGMがない状態で踊っいていたので、ものすごくコミカルに見えた。


「もうっ! やり方ってもんがあるでしょう!! しばらくそうしてなさい!」

 雨糸が雛菊を怒る。

「……くくく、って、これは一体どういう事だ?」

 笑いをこらえながら聞いてみる。


「う……静香さんの呼び出した理由……ていうか、静香さんの所へ行った後、雛菊の様子がおかしかったから問い詰めたの」

「それで?」


「裕貴にその……このあいだ班室でハグしてもらった事……なんだけど……」

 真っ赤になってモジモジする雨糸を見て察した。

「……ああ、なんだ。やっぱり雛菊の仕業だったか」


「うっ、うん……ほ、本当にごめん……」

「はぁ……まあいいさ。それよりどうしてあんな事をしたんだ?」


「ごめん。……それはまだ言えないの」

 それだけはっきり言うと頭を下げたまま泣きはじめた。

「“まだ”……か。そうか」

「うん。……ほん……本当にごめんなさい……ううっ」


「いや、そういう事ならいいんだ。そこまでするって事は、“また”俺の事なんだろ?」

「ゆっ! 裕貴」

「だから……もういいよ」

 笑いながらやれやれと肩をすくめる。

「……ありがとう、裕貴」

 すると雨糸が俺の胸に飛び込んできたので、優しく抱き返す。


「ひい~、いい感じのとこ悪いアルが、そろそろ止めてくれアル~~」

「デイジーお姉ちゃん、ゆうきお兄ちゃんがゆるしても、黒姫が許さないんだよ」


「しっ、仕方がなかったアルよ~~……あの時は黒姉が青葉とバトってて、メインコンピューターが使えなかったアルから……」

「あっ! そっそう言えば……」


「……だっだから、……もう、……ゆるして~~」

「……なんだかわからないけど、弱った雛菊なんて珍しいから動画だけ撮らせてもらおうかな」

「……裕貴、あんた意外と鬼畜ね」


「ひ~~~~~ん……」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――それから数分後、ビルの食堂。

 女性陣が汗を流し、涼香とさくらの協力の元、浴衣に着替えて集まった。

 さすがに今日は人出が半端ないので、みんなあまり凝った飾りのついていない浴衣を着こんでいた。


 さくらが白地に朝顔模様の浴衣に薄い紫の帯で、今回はそのまま銀紅色スカーレット・シルバーの髪を真っ直ぐ垂らしていたので、清楚で幻想的な主張が込められていた。

 ある意味顔の傷痕と相まって凄みのある美しさだが、幽鬼的で不思議な雰囲気が漂っていた。

「……お、なんか涼し気なオーラ半端なくて、綺麗だけど近寄り難い雰囲気だね」

「“幽霊みたいだ”って正直に言っていいよ~~」

「いっいや、そんな風には……」


「でもね? この幽霊さんはちゃんと足があるんだよ~~、――ちらっ♪」

 そう言うと浴衣の裾を思いっきりたくし上げて、白い足を惜しげもなくさらけ出した。

「ぶふっ! こっこらさくら!」

「うっふっふ~~、あとでいっぱい触らせてあげるからね?」

「触りません!!」


「裕貴、オッ、オレはどうだ?」

 そう言うとおずおずと前に進み出てきた。

 フローラの頭は、前で編んだ細くした二本の三つ編みを、後ろに回して荒くまとめた髪を支えるようにしていた。

 ……あれ、チョーカー型ツインはどうした? 

 と思ったら三つ編みの下にうまく隠してあった。


 浴衣の方は青い帯に限りなく薄い黄緑色で、紫の藤の花がいくつも下がった柄だった。

 浴衣の色がフローラの髪の浅黄色の髪プール・ブロンドの髪色と合わせてあって、和服では主張しすぎるフローラの肢体をすっきりと見せ、年齢以上の落ち着きを演出していた。


「……おお、なんか大人びてとても綺麗で、隣に並ぶのがおこがましい感じ」

「そっ、そうか……」

「でしょう? でもねえ、このコンセプトの一番の見どころは後姿なんだよ」

 さくらが割って入り、フローラの体を回す。

「おっ、おいさくら……」


 そうしてみせた後姿は、浴衣の襟を下品にならない所まで限界まで下げてあり、照れて赤くなったうなじと襟足えりあしを思いっきり晒していて、フローラを初心な少女のように見せていた。

「「おおお」」


 圭一と二人、驚きの声をあげる。

「いやあ、フローラみてえなガタイの女でも、ちゃんと年齢通りに見えるよ――ゲホッ!!」

 フローラの回し蹴りが圭一に炸裂した。

「……悪い。デカくて身動きするのが不自由なんだ」

「浴衣であの動き……すっかり元通りだね」


「もう……フローラったら浴衣が崩れちゃうでしょ?」

 ブツブツ言いながら今度は雨糸が前に来た。

 そうして俺を見るので、ふっと笑う。


 雨糸の頭は左で短いポニテにして、太いカチューシャ型ツインの代わりに、以前使っていた赤い玉状の髪留めに似せたツインで止めていた。

 浴衣は淡い茜色に紅い帯、先丸細身の花弁で、黄色い菊の立ち姿がいくつも描かれた模様だった。

 さくらやフローラのような派手な印象はないが、並んで歩くには一番落ち着けるような優しい雰囲気をかもし出していた。


「うん。綺麗だと思うよ。さくらやフローラみたいにドキドキする感じじゃないけど、すごくホッとするね」

「…………ありがと。充分よ」


「ねえねえ裕兄! あたしは? あたしは?」

 姫香は髪は普段通りのストレートボブに、星のヘアピンで右だけ髪を上げていた。

 浴衣の方は薄いブルーに白い帯、浴衣全体に睡蓮の葉や花がちらほら描かれている柄だった。

「おお、なんかやっと“可愛い”じゃなくて“綺麗”って言えるデザインが似合うようになったな」

「もう! そこはちゃんと素直に“綺麗”って褒めてよーー!」


「そうだな。綺麗だよ姫香」

 そう言って頭を撫でる。

「えっへへ~、ゴロゴロ」

「ふっ……」

 途端に子供に戻って苦笑する。


 そうして最後の一人を探す。

 涼香はすでに入り口の方に居て、出掛けるそぶりを見せていた。

「涼香、こっち来いよ」

「あっ!……う、でっでも」


「もう! ここまで来て恥かしがらないの。ほら、ちゃんと裕兄に見て褒めてもらわなきゃ」

「う、……あっあたしは……いい」

「だーめ。女の子にとって褒め言葉は花の栄養と同じなんだから、ちゃんともらわないと枯れちゃうんだよ?」


「ははは、そうだな姫香。その通りだ」

「姫ちゃんいい事ゆう~~」

「不思議、すごく胸に染みる理由だわ」


「う……くっ……」

 涼香が姫香に押されて俺の前に立つ。

 姫香の言う事が、男の俺でもすごく自然に納得できたので、目の前の涼香を上から下までじっくり見る。


 髪はいつもの肩上の淡い栗色ウェーブを普通に垂らし、白いマーガレットのヘアピンで額の両側を上げ、心なしか顔をはっきり見せるようにしていた。

 浴衣の方はお守りのようなアンティークな薄い紫色(江戸紫とか言うらしい)に、オレンジ色の帯。


 ほかの女子に遠慮したのか、浴衣の柄はナズナ、別名ぺんぺん草で野草というよりはほぼ雑草の花柄で、その花が帯から下に所狭しと描かれていた。

 ……マイナーすぎて初めて見る。てかよくこんな柄の浴衣見付けたなあ。

 と感心してしまう。


「ああ、とてもよく似合うし綺麗だよ。たぶんお前がお婆ちゃんになってもそう言えるような気がするよ」

「おにっ! 裕ちゃん!!」

 顔を覆って泣きはじめてしまう。


 涼香を抱き寄せて背中に手を回す。

「まったく……。涼香はいつまでたっても泣き虫だな。そんなんじゃずっとそばに置いとかなくちゃ不安になる」


 涼香の背中がビクンと震えた。

「ごっ……ごめ……ん……」

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