十月桜編〈自律アップデート〉

 ――翌朝。

「え? 何これ? って、アタマ痛い……」 

 さくらが二日酔いの頭を抱えて起きると、隣には浴衣の帯で縛られて、布団でくるまれている何かがあった。

 部屋の中を見回すとフローラが圭一の腹を枕に。姫香が涼香を抱えるように。雨糸が隅っこで布団にくるまって寝て、DOLL達は窓際のテーブルに並べられた充電クレードルピットで待機していた。

「う……」

 どこかからうめき声が聞こえる。

「おはようママ」

「おはようマスター」

 続いて青葉と咲耶姫さくやひめの声がして、クレードルから降りてさくらに近寄ってきた。

「おはよう……って、なんなのこの惨状は?」

 さくらが青葉と咲耶姫に聞く。

「さあ?」

 青葉がとぼける。

「……タスケテ……なんかあちこち痛い……つかトイレ行きたい……お願いだからここから出してええ……」

 呆然としていると巻かれた布団から弱々しい声がした。

「なんか赤いのが喋って……じゃないゆーき!!」

 さくらの声で気が付いたらしい布団にくるまれているそれは、す巻にされた裕貴だった。

「うーーん……さくらさんおはよー……」

 姫香が起きてさくらに挨拶をし、その会話でみんなも目を覚まし始めて、さくらにす巻をほどかれると、裕貴はすぐにトイレへ駆け込んだ。


「……あちこち痛てえ」

 裕貴は便座に座りながら記憶を反芻はんすうしてみるが、なぜ顔や体中が痛み、布団です巻にされていたのか理解できなかった。

 そして左手のツインで時間を見ようと視線を向けると、栗色でウェ-ブの掛かった髪が絡まっている事に気が付く。

「涼香の髪がどうして……」

 思い返しても涼香の頭に触れた記憶がなかったので不思議に感じた。

首をひねりながらトイレを出てふいに鏡を覗き込む。

「えええっ!?」

 そこには腫れ上がった自分の顔があって驚く。

「ああ、ひでえ顔、……一体何があったんだ?」

 赤いデコボコの顔をさすりつつ部屋に戻る。

「裕貴、とりあえずそこへ座れ」

 部屋ではみんなが起きていて、ただならぬ顔をして俺を見ていた。

「う……」

 そんな事情を聞く事も許されない様な雰囲気の中、妙に怖い顔をしたフローラに言われて真ん中に正座をするとみんなに囲まれた。

「……で、貴様はどこまで覚えている?」

「え?」

 座ったらフローラが腕を組んで裕貴の前に立って、威圧するように聞いてくるが、何の事か分からず一瞬呆ける。

「昨夜は‟どこから記憶がなくなっているのか?”と聞いている」

 奇妙な言い方をすると思うが、怒っているようなので黙って朦朧もうろうとする記憶をたどる。

「……えと、……その、女子風呂で‟涼香の体を見た後”、手を引いて上がろうとしてそれから……」

「それから?」

 周りのみんながさらに自分に注目してくる。

「うーん……覚えてません」

「そうか」

 フローラがそう言うと、なぜかみんなから安堵のため息が漏れた。

「それで? 他に何か覚えてる事ない?」

 雨糸が少し悲しそうに聞いてくる。

「いや、何も。……ところで何で俺コブだらけなの? どうして正座させられなきゃいけないの? つか何で記憶がないの知ってるの?」

 そう言うと、みんな険しい表情になって涼香が顔を伏せた。

「そうよ! 一体みんなどうしちゃったの? ゆーきに何があったって言うの? なんでこんなにボロボロなの?」

 そばで聞いていて、不思議そうに見ていたさくらも、半分怒りながら問いかける。

「……さっ、さくらさん、わっ私と一緒に、お、お風呂……行こ?」

「おっおい、涼香! かっ……体……」

 涼香が突然トンチンカンな事を言い出すが、その意図する事を察して声をあげる。

「…………」(ふるふる)

 だが涼香は首を振って俺を制した。

「どういう事?」

 さくらが聞き返す。

「わっわたしから、せっ説明……する、から……」

「そうだな。その方がいい」

 フローラがそう言うとみんなが頷く。

「なんだかわからないけど……」

 涼香が押入れからタオルセットを出して準備をして、さくらは判然としない様子のまま、一葉、青葉、咲耶姫と共に部屋を出て行く。

 そうして扉が閉まり、みんなの視線が再び俺に集まる。

「裕貴、お前がデコボコなのは風呂に乱入した時にオレにノされたからだ」

 二人の気配が扉の向こうで消えた頃、フローラがそう説明してくれた。

「……それだけ?」

 記憶をたどるように考え込むが、頭にもやがかかった様に納得しきれない感覚があって聞き返す。

「ああ。“それだけだ”」

 フローラがきっぱりと言い切る。

「その時に石鹸を踏んで転んで床に頭を打ち付けたのよ。記憶があやふやなのは“たぶん”そのせいね」

 考え込んでいると、雨糸が横から説明する。

「ぷっ! くく、せっ石鹸……」

 姫香が笑い出す。

「あーはっはっは。そりゃいいや、一人だけいい思いしたバチが当たったんだな!」

「ぷっ! くく……」

 圭一が声をあげて笑い出し、フローラもつられて口元を押さえ、顔を背けて肩を震わせる。

「石鹸踏んだ!? って、俺はどんなコメディアンなんだ? つか、圭一はともかく、フローラや姫香は今さら笑い直すのか? その時見てたんじゃないのか!?」

 その場にいたはずなのに、初めて知ったように笑う姫香とフローラにだんだん怒りながらツッコミを入れる。

「ははっ! ……そっ、そうだとも。思い出して笑っただけだ。気にするな。……くっ、くく……」

 妙にツボにハマったのかフローラが大笑いする。

「く~~~~~っっ、もういいよ。乱入してごめんなさい! みんなの裸を見てすいませんでした! ――これでいいですか?」

 いくらでも罰を受けるとタンカを切った事を思い出し、ついでに早々にこの状況を終わらせたくて土下座で謝る。

「……ん? みんなの裸を見た? 覚えているのか?」

 フローラが不思議そうに聞き返す。

「えっ、あ、ああ……」

「そうか。なら感想を聞かせてもらおうか」

「えっ!?」

「入院中まともに見ようとしなかった裕貴が、昨夜は一瞬だが凝視していたからな。罰として感想を聞かせてもらおうじゃないか」

 フローラが姿勢を正して正面にあぐらで座り込む。

「……そっそうね。私の方も聞きたいわ」

 雨糸がフローラの隣に座り、照れながら言う。

「わっ、私の事はいいからねっ!」

 姫香が胸を押さえてそっぽを向く。

「おお。オレも聞きてーな。微に入り細に入り聞かせてくれや」

 圭一が喜ぶ。

「羞恥プレイか? てかヒドイ罰だ」

「さあ、聞かせてもらおうか。オレ達の裸を見てどうだった?」

 伺うような、喜んでいるような、それでいて微妙な懐疑心をにじませて、フローラが前のめりに聞いてくる。

 その気迫に負けて記憶をたぐる。

「そっその……うっ雨糸は……、ふっくらしていたのがこの間急に痩せたと思っていたけど、痩せたのはウエストと足だけで、ばっバストは思ったよりぼ、ボリュームがあったように見えた。……よ」

 最初は雨糸の顔を見ながらだったが、喋りながら鮮明に思い出してきて恥ずかしくなり、最後は雨糸の顔を見られなくなってしまう。

「裕貴……」

 雨糸が照れながらも喜ぶ。

「オレは?」

「う……、ふっ、フローラは……そう、綺麗で見惚れて、一瞬何しに風呂場に行ったのか忘れたよ。……そう、どこもかしこもボリュームがあって、それでいて足もウエストも締まっていて、肌も白くて……うっ!」

 フローラの事も、まるで湯けむりが風で晴れていくように、鮮明に思い出してきた途端、自分の下半身が疼くのを感じた。

「白くて……どうした?」

 フローラが催促する。

「くっ……ちょっと、タンマ」

 素直に答えられない状況になり、正座をさらに内股にさせて前屈みになってしまう。

「たんま? とはなんだ?」

「いや……それは……」

 理性に反し、急激に反応する股間を鎮める為、必死に思考を反らそうとする。

「くくくく、裕貴もついに目覚めたか」

「どういう事だ?」

「ああ! そっか! お兄ちゃんフローラの裸思い出してエキサイトしちゃったんだね?」

「姫香!」

「ええ!?」

「何? 本当か?」

「間違いねーな」

「どれ! 見せて見ろ!」

 フローラが嬉々として肩を掴んで体を起こそうとする。

「……うそ。本当に? 私の胸を触っても反応しなかったのに?」

 雨糸があっさりばらした上に、さらにフローラに加わって起こそうとしてくる。

「あっあっ! やめて~~! つかDOLLおまえら見てないで助けてくれよっっ!!」

「まあ何というか……あれアルな」

「仕方がありません」

「ゴッゴメンね、おっおにい……じゃないゆーきお兄ちゃん」

「ちくしょー! 覚えてろー!」

 雛菊はともかく、中将姫や黒姫にまで無下にされてしまい、モブキャラみたいな捨てセリフが口を突いて出てくる。

「観念しろ裕貴」

 フローラがさらに力を込めてくる。

「いやあ~~!! やめて~~!!」

 さらに体を丸めて抵抗して女子のように叫ぶ。

「ウイ姉の胸を触った? どゆこと!? ねえ、お兄ちゃん!」

 姫香が追い打ちをかけるように聞いてくる。

「まあ、三人とも武士の情けだ。そいつぁー刀と同じでヌイたら収めなくちゃならねえモンだから、それ以上は止めてやってくれや、それともオメーらが自分の鞘に収めてやってくれんのか?」

 困り果てていたら、圭一がうまいことを言いながら助け舟を出してくれた。

「それはイヤね」

「言い方……」

「望むところだ!」

 姫香があっさり否定して、雨糸が顔をしかめて手を引っ込めるが、フローラが食い下がって短パンを掴んでくる。

「ひえええ!!」

 それを北風と太陽の童話の旅人みたいに、北風にはぎとられないよう必死に押さえて抗う。

「あ! そうだ、ねえ! フローラにウイ姉! お風呂行こうよ!」

 男として情けない攻防をしているとふいに姫香が叫ぶ。

「え? どうして?」

 雨糸が聞き返す。

「お姉ちゃんが今入っているんだよ!」

「「ああ!!」」

 フローラが手を引っ込め、雨糸と何かを悟ったように声を合わせる。

「はあはあ……? どっどうし…………」

 意味がわからず思わず聞きそうになる。

「そうだな。喜ぶ奴がいるから行ってやってくれや」

 圭一も意味不明な事を言う。

「ああ。そうするか」

「なんの事……いや、何でもいいからしばらくどっか行ってくれるとありがたい」

 聞き返して墓穴を掘るのを恐れて言い直す。

「ち、邪魔者扱いするか。……まあいい。これが最後のバツだ」

 フローラがそう言うと、後ろの圭一に見えないように、おもむろに浴衣の前をはだける。

「なっ! ノーブラ!」

 思わず叫ぶ。

「「え!?」」

 雨糸と姫香も驚く。

「やっぱりな」

 さすがの圭一が浴衣の上からでも判っていたように納得する。

「どうだ?」

 フローラが聞いてくる。

 手は股間を押さえているので、顔を背けるしかないが、なぜだか視線を外せなくなってしまう。

「ふっ、ふふフローラ……」

 フローラのその、大輪の白百合カサブランカを思わせる見事なバストを見ながら、思わず声が震えてしまう。

「……良かった。裕貴」

 フローラが涙ぐむ。

「なななっ、ななににが?――むふっ!!」

 うわずっていると、フローラが開いた胸を押し付け、浴衣の中に頭を包み込んできた。

「フローラ……」

 雨糸はフローラを責めるでも止めるでもなく、神妙な声でフローラを呼ぶ。

「「………………」」

 少し汗ばんだフローラの、何とも言えない甘い体臭に頭がくらくらしてくる。

 そしていつか機械科準備室でされたような強引なハグでなく、赤ん坊を抱くような、どこまでも優しい抱擁に別な意味で意識が遠のき始める。

 このままではまずいと頭を回すと、豊かな山の頂上にある、佐藤錦のようなサクランボの先端が口元に触れた。

「う……」

 その途端、フローラが軽く呻く。

「フッフッフロー……ラ」

 めまいを覚えそうなほど頭に血がのぼってろれつが回らなくなる。

 ――スッ。

 すると、ふいにフローラが離れる。

「良かったな」

 はだけた浴衣を直しながらそんな事を言う。

「え!? なっなに――んっ」

 何が? と聞こうとした途端、顔を引き寄せられてキスをしてくる。

「「あっ!」」

「ひゅうーー!」

「「…………」」

 手で股間を押さえていたので、フローラにされるがまま唇を重ねられてしまう。

「…………ん、……よし、続きは今度だな」

 しっかりと堪能したように笑う。

「まったくもう。フローラったら希望が見えたとたんに強気なんだから」

 雨糸が呆れる。

「お兄ちゃん、あんまり軽いとケーベツするよ?」

 姫香が睨んでくる。

 理不尽で意味不明で悲しくなるようなセリフを残して、女子三人とDOLL達が部屋を出て行く。

「さーってと、俺も朝ブロ入りつつ女子トークでも聞きに行くかな」

「懲りないヤツ、……ああいや、助けてくれてありがとう」

「ん? 何の事だ?」

「昨夜も聞き耳立てていたただろ?」

「「あっ!」」

 黒姫と中将姫が小さく叫ぶ。

「……っと、ああ! そうだったな」

 圭一が少し慌てたように肯定する。

「……? まあいいや。俺は静まるまでここに居るよ」

「わかった。風呂から上がったら朝メシにしようゼェ」

「ああ」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――大広間。

 風呂から上がって戻ってきたみんなと、昨夜と同じ配置でお膳の前に並んで朝食にする。

 涼香に体の事を聞いたのか、さくらの目は泣き腫らしたように赤くなり少し落ち込んだ様子で、涼香のほうも同じように目を赤くして俯き加減だった。

 フローラと雨糸と姫香はどこか嬉しそうに涼香を見つめ、祥焔かがり先生と緋織さんは淡々と食事をしていた。

 緋織さんの首にはフローラの手術痕で使われていたのと同じ、透明なテーピングが貼られ、下の皮膚が赤く滲んでいたのを見て、雨糸と姫香がひそひそ話をして黄色い声をあげていた。


「今日はこれからどうする予定だ?」

 そんな少し緊張感を漂わせた空気の中、祥焔先生が聞いてきた。

「俺は……緋織さんと少し話がありますけど……」

 緋織さんを見ながら遠慮がちに言う。

「そうね。昨夜はドタバタしていてできなかったからね」

 緋織さんが淡々と答える。

「なんのお話?」

 さくらが心配そうに聞いてくる。

「ああ、ちょっとこれからの事で相談があるんだ」

「さくらも聞いていい?」

「いや、その……プライベートな事だから……」

 そう言われるとは思わなかったので少し驚き、さらに隣に居るDEVA二体を見て、昨夜の集音&フィルタリング性能の事を思い出してさらに焦る。

「じゃあお前たちは近くの遊園地にでも行ってくればいい。大した施設じゃないが、中でバーベキューができるから昼飯はそこで食べようじゃないか。私達は後から行く」

「肉!! 行く!」

 察した祥焔先生がフォローしてくれ、その提案に姫香が食いつく。

「食材から機材まで全部そろってるから手ぶらでいいんだゼェ」

「そうそう、けっこういいお肉提供してくれるんだよね」

 行った事があるらしい圭一が説明して、雨糸が補足する。

「酒も飲めるしな」

 祥焔先生が嬉しそうに言う。

「へええ。お酒かあ、いいわねえ~~♪」

「ママ……懲りない」

 さくらが酒のサービスに反応するが、青葉が渋い顔をする。

「……昨夜は祭りで炭水化物が多かったからな。よし、行くか」

 俺の戸惑った様子をじっと見ていたフローラが納得するように言う。

「じゃあ皆さん、予約を入れておきますね」

 中将姫が気を利かせる。

「おう。頼むゼェ」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――そうしてみんなをタクシーで送り出した後、祥焔先生達の部屋へ行く。


 部屋に入ると、布団が上げられてちゃぶ台が置かれ、お茶セットとここらへんの銘菓『出陣餅』が添えられていた。

 ちゃぶ台の横に座ると祥焔先生が左、緋織さんが正面に座る。

 緋織さんがお茶を入れると、祥焔先生がそれを熱そうにすする。

「研究者なんぞやめて、大人しく私の伴侶になればなればいいものを」

 主婦のような手際でお茶を入れる緋織さんに、祥焔先生がからかう様に言う。

「婚姻届けならいくらでも書いてあげる。けど私は自分の行動を変えないわよ」

 俺の前にもお茶を差し出しながら、緋織さんが平然と言う。

「……ふん。面白みのない人生だ。ウン年後の世界の事なんて、どこかの偉い奴に任せておけばいいだろう?」

「……起きていたの?」

 緋織さんが眉を寄せて問い返す。

「惚れた女が同じしとねに居て、グースカ寝ていられる訳もなかろう」

 祥焔先生が一瞬俺の方に視線を向けて笑いながら言う。

「女子高時代のノリで話さないで。もうお互いそんな年じゃないでしょう?」

「そうだ。時間は転がる玉のように止められないし戻らない。だがその行く末はコントロールできるかもしれない――か?」

「――祥焔!!」

 緋織さんが急須を落としそうになって、息を呑むように祥焔先生を見返す。

「なんでもしてやると言っただろう?」

「……話が逸れるわ。裕貴君のリクエストに応えなきゃ」

「いいとも。水上みなかみ、もう口は挟まないから好きに話してくれ」

「……わかりました」

 祥焔先生はそう言うが、抽象的にせよ内容の壮大さの意味を考えれば、俺に対して『半端な気持ちで緋織さんの過去を聞くな』と言う警告に聞こえ、俺も姿勢を正した。

「……と、その前に黒姫」

 落ち着きを取り戻すように深呼吸してから緋織さんが黒姫を呼ぶ。

「これから話す事は今のあなたの精神年齢では刺激が強いわ。だから話が終るまで逸姫達の所で遊んでいて頂戴」

「いいけど……」

 黒姫が沈みがちに聞き返す。

「でもそうね。裕貴君が大丈夫と言ってくれる精神年齢になったら、ツインのログを閲覧していいわ」

「はい。ママ」

 緋織さんは傍にあったアタッシュケースの蓋を開けると、そこにはシャットダウンしてるらしい、白雪と逸姫が収められていた。

「あれ? 逸姫はどうしたんですか? 故障ですか?」

 片腕の上、ボロボロの逸姫を見て聞いてみる。

「故障……そうね、ボディは欠損してるけど通常機能の問題はないわ」

 そう話しながら空間投影画面エアビジョンを立ち上げて通信ビューワーを開き、接続した二体へ向けて文章を打ち込み、アタッシュケースからケーブルを伸ばして黒姫に渡す。

 そうしてるうちにピコンとシグナル音が鳴り二体から返信が入る。

「来てもいいそうよ。ついでに黒姫にもサンプルデータの一部を渡すから、一緒に試してみましょう……ですって」

「ホントに!? うれしいっ!」

「サンプルデータ?」

 聞き返してみる。

十二単衣トゥエルブレイヤー達が独自開発をした感覚変換プロトコルよ。今、逸姫と白雪がそれを検証しながら修正を加えている最中なの」

「はあ、なるほど……って、AIが独自開発?」

 その事実に驚く。

「そうよ。あの子達は自分を完成させるために、あらゆる手段を模索しているみたいね」

「……そうですか」

 納得しつつもその行動に恐ろしいものを感じる。

「じゃあゆーきお兄ちゃん、またあとでね」

「お、あっ……ああ」

 黒姫が接続を終え、アタッシュケースの中の逸姫のとなりに寝そべって、そのままカメラアイを閉じて動かなくなる。

「Alphaが……黒姫がこのまま進化を続けたらどうなりますか?」

 感じた不安をそのまま質問してみる。

「そうね。成長した大人の女性へと性格が変化するでしょうね」

「でもやっぱりAIでしょう? 人間以上の性能を発揮するようになるんじゃないですか?」

「ほう、どうした? 今まではそんな風にAIと人を区別した事はなかっただろう?」

 祥焔先生が逆に聞いてきた。

「えっ? ……いやプログラムを作って自律アップデートなんてちょっとびっくりしちゃって」

「そう感じるのはなぜかしら? 人間が自分を高めるために勉強したり、体を鍛えたりして精進するのと何ら変わりはないはずよ?」

 緋織さんも逆に聞いてくる。

「そう言われればどうしてだろう。AIさくらの時はそうは思わなかったなあ……うーん……」

「水上の認識もまた変化しているという事だ。そしてそういう点ではAlphaは人間の思考アルゴリズムを模して創られているから当然と言えば当然だ」

「Alphaなら大丈夫よ。裕貴君が人を好きになる事を教えてくれたから、それを忘れる事はないのよ。――それこそAIだからね」

「そっ、そうですね……」

 照れながら、なるほどの回答に納得する。

「……さて、本題に入ろうかしら? 私の過去を知りたいのでしょう?」

 緋織さんが真面目な表情で見つめてきた。

 それにハッとして座りなおし、真っ直ぐに視線を受け止める。

「はい。静香が言っていました。『緋織は実の父親を殺した殺人者だ』と。それは本当ですか? だとしたらこれから緋織さんの言う事が信じられなくなるかもしれません」

「当然ね。罪人つみびとを無条件で信じられるのは聖人君子くらいかしら?」

「教えてもらえますか? 真実を」

「その前に言っておくことがあるわ。この容姿だから薄々分かっていたかもしれないけど、私は霞さくらの父親違いの実の妹よ」


「――!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る