十月桜編〈ネットワーク融合〉

 ――女子部屋。

 周りには黒姫、一葉、青葉、咲耶姫、中将姫 白雪と、星桜の機体上に投影されている巴御前が、逸姫の作業を見守っていた。


「処置完了、これでいいわ」

 横たわる裕貴の首から、左腕に仕込まれていた注射針を抜きつつ、霧状の消毒薬を刺し痕に噴射して逸姫が呟く。

「どれくらいの時間の記憶が失われますか?」

 中将姫が聞いてくる。

「おおむね三時間くらいかしら?」

「そうですか。今が午前一時だから、裕貴さんが女子風呂へ来たくらいの記憶からですね」

「そうね。一葉達の計画通りになるよう個人パーソナルデータから投薬量は調節したけど、多少の誤差は出ると思うわ」

「それだけど、その時の状況のフォローの方法を、雛菊デイジーにはフローラ達と相談して、何か考えてって言ってあるわ」

 一葉が裕貴の刺し跡を見ながら悲しそうに答える。

「わかりました。それじゃあ雛菊に投薬終了した事を連絡して、皆さんにこの部屋に来てもらって、裕貴さんが起きた時の為の工作に移ってもらうよう伝えましょう」

『それならボクが連絡しよう』

 そう言って巴御前が無音で喋る動作をして、DOLL達から見えない通信相手に身振り手振りで通信する。

「それで、涼香はこれからどうするのかしら?」

 咲耶姫が一葉に聞いてくる。

「どうもしない。裕貴の覚えていたところから、つじつまが合うように話を合わせて、告白し直すだけよ」

「それよ。そもそも忘れさせる前提でどうして純潔まで捧げたの? 自分の想いを遂げたかっただけじゃないの?」

 咲耶姫が少しむくれたように言う。

「無断で計画を変更して空振りさせたのは謝るわ。だけど――」

 一葉が反論しようとして逸姫に止められる。

「それはね。人間の記憶は大脳だけに蓄積されないからよ」

 逸姫が代わりに答える。

「ああ、なるほど『運動の短期記憶』ね」

 咲耶姫が答え、黒姫を除くDOLL達が納得する。

「どういうこと?」

 黒姫が首を傾げる。

「そうね、人間は食べものやエッチな事、怖かった思い出みたいに、生きる事に直接かかわる記憶は小脳や脳幹……つまり頭の大本の部分にも記憶されるの」

 逸姫が黒姫の年齢設定相応の説明をする。

「じゃあ、ゆーきお兄ちゃんはおぼえていられるってこと?」

「何を喋ったとかは覚えていないけど、どう行動したのかは何となく体が覚えているって感じね」

「よかった。すずかお姉ちゃんのしたことはムダじゃないんだね」

「あら、黒姫は嬉しく思うの? 嫌な気持ちになったりしない?」

「うん。お姉ちゃん達みんなが泣かなくてすむなら嬉しいなって思うわ」

「そう、……もうあなたはAlphaAIさくらと違うのね」

 逸姫がにこやかに左手で黒姫の頭を撫でる。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――男子部屋。

 窓際のソファーには圭一が座り、窓を開けて闇夜を細い目で見つめていた。

 部屋の真ん中では大の字でさくらが寝ていて、その横に雛菊が立って巴御前の話を伝え、さくらの隣に敷かれていた布団の上には姫香と雨糸が座り、雛菊の話をじっと聞いていた。

 そして雛菊が喋り終えたタイミングで、風呂から上がって肩にOKAMEを乗せたフローラと涼香が部屋に入ってきた。


「――で? どうするればいいって?」

 フローラが聞いてくる。

「ん……、時間的にお風呂に乱入した頃からの記憶が飛ぶみたい。そのつじつま合わせの工作をして欲しいから、考えてからでいいから隣の部屋に来てほしいって」

 雛菊と話していた雨糸が説明する。

「そうか……」

 フローラが考え込むと、涼香が進み出て正座する。

「みっみんな……、わ、私の……みみ、身勝手に……つっ付き合わせて、ご……ごめんなさい」

 そう絞り出すと深々と頭を下げ、嗚咽を漏らし始めた。

「涼姉……ううん。お姉ちゃん」

 姫香がそう言って近づくと、涼香の肩に手を置いて声をかける。

「ひっ、姫香……ちゃん……」

 涼香が涙に濡らした顔を上げると姫香が抱き付いた。

「いっぱい……いっぱい苦しんだんだね……」

 そう言うと姫香も泣き始めた。

「う……ごっ、ゴメンね……ひ、秘密にして……いて」

「ううん、そんなのどうでもいいわ。それより、辛かったのはお姉ちゃんの方じゃない、涼姉はずっとお兄ちゃんが好きだったのに……こっこんな残酷な事って……うええん! ……」

 姫香が頭一つ分小さい涼香を、守るように抱きしめて激しく泣き始める。

「……あまり大きな声で泣くな。さくらが起きてしまうぞ」

 隣りで聞いていたフローラが、姫香の頭に手を置き優しく言う。

「そういう事だ。とりあえず考えるのはあとにして隣の部屋に行こうや」

 圭一が立ち上がり、涼香の方へ近寄りながら声をかける。


 そうしてさくらを残して全員隣の部屋へ行く。

 扉を開けると、青葉が出て来てさくらが心配だから戻ると言う。

「話なら隣に居ても聞こえるから大丈夫、意見があれば誰かに送信するから」

 そうして入れ替わりにさくらの元へ戻った。


 みんなが部屋に入ると逸姫が話し始める。

「おお? 祥焔先生のDOLLも居るじゃねえか」

 圭一が白雪に気付いて言う。

「一応引率者への報告も兼ねて付いていてもらってるわ」

「そうか。こいつも中将と同じ系のAIだったっな」

 白雪がその横柄な言い方に、人間のように顔を曇らせる。

「そっそれより圭一さん、圭一さんは逸姫姉さんの‟本体”に会うのは、はっ初めてじゃありません?」

 中将姫が珍しく噛み気味に聞く。

「そうだな……って、中将からは姉さんになるのか」

「ええ、そっそうです」

「こんばんわ。久しぶりね……って言っても、プールの時に青葉のボディで会ったわね」

 逸姫が寝ている裕貴の脇に立ち、残った左手を上げて挨拶をする。

「え? そうなの? って誰のDOLLだっけ?」

 姫香が聞いてくる。

「緋織さんのDOLLだ。ここへ来た時連れていなかっただろう?」

「ああそうか。言われてみればそうだったわね」

「そう言えばこのボディで会うのは雨糸ちゃん以外みんなは初めてね。私が大島緋織のDOLL本体で“逸姫”よ。よろしくね」

「それはいいが、どうして今頃来たんだ? つか、ボロボロだし片腕無えじゃねえか」

 圭一がツッコむ。

「ちょっと寄り道をしてたの。この腕は途中でフクロウに襲われてね」

「血の匂いがする。それも同じ理由か?」

 フローラがさらに聞いてくる。

「……涼香ちゃんの匂いじゃない?」

 一瞬間の間を置いて逸姫が答える。

「そっ、そそっ……んな、はっはずは……」

 涼香が反論しかけて赤くなり、しぼんでしまう。

「いいや、逸姫の顔に塗られているのがそうじゃないのか?」

「どうしてそう思うの?」

 逸姫が逆に聞き返す。

「色と匂いだな。動物の血にしては獣臭くないし色が鮮やかだ。色が鮮やかなのは

 動脈血で、空気中の酸素に触れて酸化したから、独特の鉄臭い匂いと深紅の色になる」

「へえ、じゃあ静脈血だったらどうなるんだ?」

 圭一が聞いてくる。

「静脈血は暗い赤褐色で、ヘモグロビンが既に細胞から搬出された二酸化炭素と結合しているから、空気と反応せずあまり鉄臭い匂いにはならないんだ」

「良く知っているわね」

 逸姫が真剣な目を向ける。

「自分がケガをした時の服を見て、裕貴に聞いたことがあったのさ」

「そう……」

 簡単に返事をして逸姫が険しい顔で黙り込む。

「………………」

 フローラもそれ以上話すのを止め、妙な緊張感が生まれる。

「……まあ、逸姫にも事情があって緋織と同道しなかったんだから、あまり詮索しないであげてくれる?」

 何かを察した一葉が助け舟を出す。

「そうアルな。なんてったって緋織のDOLLなんだから、秘密はデジー達以上に抱えているはずアル」

「深入りするなって事か。まあいい。実害が及ぶようなら対応を考えなくてはいけないと思った程度だ。忘れてくれ」

「ありがとうフローラ」

 逸姫が堅い表情を和らげた。

「さあ、話はそのくらいにして、裕貴さんの事をどうするか相談しましょうか?」

 中将姫が明るく急かす。

「その前に確認しておくけど、みんなは涼香ちゃんの計画の件は納得したの? 秘密を守る自信がないなら、裕貴君と一緒に記憶を消してあげるわよ?」

 逸姫はフローラを除き、雨糸、圭一、姫香のDOLLに向かって聞いた。

「問題ないアル」

「大丈夫ですわ」

『どうだい姫香?』

 雛菊と中将姫は即答だったが、姫香だけは眼前のエアビジョンの巴御前に聞かれていた。

「大丈夫。ちょっと驚いたけど嬉しい気持ちの方が強いから守れる自信はあるわ」

 そう言って涼香の手を握りしめた。

「姫香ちゃん……」

「そう。フローラは?」

「問題ない。涼香をこれ以上困らせたくはないからな」

「それならいいわ。でもどうしてみんなあっさり受け入れてるの? 人間には禁忌に触れる事でしょう?」

 逸姫が聞いてくる。

「そんなの簡単だ」

 圭一がまず話し始める。

「涼香が裕貴を好いていたのは分かってたが、どうして一線を超えなかったのか、ずっと不思議に思ってたからな」

「そうね。あたしもそういう事だったのかって納得したわ」

「うんうん」

 雨糸が補足して姫香も頷く。

「ふうん、そういう事。フローラは?」

「オレはちょっと違うが、元々近親婚に嫌悪感も背徳感もないんだ。まあ、だからと言って正しい事でもないとは思っているがな」

「どうして?」

「そもそもなぜ近親婚がいけないのか知っているか?」

 フローラが圭一、雨糸、姫香に向かって聞く。

「えっと、遺伝的に近しいと、劣性遺伝子がホモ結合して異常児が生まれるからでしょ?」

 雨糸が答える。

「ホモ結合? ……さっぱりダゼェ」

 圭一が肩をすくめる。

「雨糸の言う通りだ。わかりやすく言えば、遺伝子染色体はファスナーの構造に似ている」

「そうなの?」

 姫香が聞いてくる。

「そう。雄と雌、それぞれが分離したファスナーの片側を、受精時に酵素がスライダーのようにそれを結合させて一つにする。そんな感じのドキュメンタリーアニメーションは見た事はないか?」

「あ! あるある。なるほどー!」

 姫香が感心する。

「その染色体ファスナーの構造も生物は不完全な部分があり、個体ごとの差異が生じる。だが似た様な遺伝子構造を持つ近親者同士だと劣性因子、つまり壊れたり不完全な因子が同位線上にあって、それが組み合わさってしまい、劣性個体が生まれる」

「そういう事か。だがそれがどうして嫌悪感がない事になるんだ?」

 圭一が聞き返す。

「家畜や犬猫、野菜や園芸植物の新品種がどうやって作られるか知っているか?」

「……そういうことか」

 雨糸が顔をしかめる。

「そう。特徴のある形質、例えばミニチュアであったり、変わった毛色、八重であったり味が違ったり、人間にとっては有益だが自然界では無用な突然変異は、通常は遺伝的に劣性で、単独で一代限りであることが多い」

「そうなんだ」

 姫香が頷く。

「ではいったい“どうやってそれら変異個体を品種にまで引き上げる”と思う?」

「……わかんねえ」

 圭一が何となく察したように、眉間にシワを寄せて答える。

「さっきも言ったが、劣性遺伝子が組み合わさると異常個体が生まれる。なら逆に“生まれた組み合わせで人為的に交配させていけば、変異個体が複数作れる”……ということになる」

「ああ、ムナクソ悪い話だが理解できたゼェ」

「遺伝子組み換え操作を行わないバイオテクノロジー以外では、人間が作り出した動植物の品種のほとんどが、親と子を組み合わせる戻し交雑や、同母兄妹の血縁関係の近親交配を繰り返し、変異を拡張、増幅させて増やした結果創り出されている」

「……そうね。愛玩動物や野菜や花がそうして生まれているなら、近親婚も絶対の禁忌タブーではない気がしてきたわ」

「ああ、だが一方では犬猫や家畜などの経済動物や野菜、園芸植物の品種改良の優良品種誕生の陰には、遺伝疾患による弱小個体が多数生まれ、ひっそりと処分されているのが現実でもあるんだ」

 フローラがそう言うと逸姫と白雪がピクンと震えて拳を固め、涼香と黒姫が下を向いて顔を伏せてしまい、圭一、雨糸、姫香、気分が悪そうに眉を寄せ、雛菊、一葉、咲耶姫、中将姫、巴御前は表情を変えなかった。

「本当ならそういった変異体が生命の進化するカギになるんだが、人間だけがタブー視して進化を拒んでいる。まるでソメイヨシノを至上とするようにな」

「そうね。本当なら八重や菊咲、枝垂れとか色んな桜があるのに、同じ桜ばかり植えられている公園みたいよね」

 雨糸がため息混じりに言う。

「……まあ、そう言った事で植物学者の目から見れば、様々な動植物を都合のいいように作っておきながら、当の人間だけがそれをタブー扱いして忌み嫌っているというのは、オレには滑稽にしか思えないんだ」

 そう言うとフローラは、小さくなって俯いている涼香を慰めるように抱き寄せた。

「……さあ、難しい話はそれくらいにして。フローラ、脱線しちゃったけど話をもどしていいかしら?」

 ややあってから、それを嬉しそうに見ていた一葉が、空気を換えるように聞いてくる。

「ああ、つい熱が入ってしまったな。すまなかった」

「そうね。まずは裕貴君が目覚めたら、記憶が飛んでいる現状をどう説明すればいいのかしら?」

 中将姫が少し困ったように言う。

「風呂に乱入したあたりってのが、眠らされてたからイマイチピンとこねえが、要は、なんで記憶が途切れたのか裕貴に説明できりゃあ良いんだろ?」

「まあね。さくらさんみたいにお酒でも飲んでいたらあるいは楽だったけど、涼香の体の事を見た覚えがあるのか無いのかで対応が変わって来るわね」

「あ……そっか。涼姉の傷痕か。もし覚えてなかったらまた見せる事になるのかな?」

「覚えてなくても、別の機会に一緒に風呂にでも入れればいいんだけどね」

 一葉が付け加えると、雨糸と圭一が眉をひそめた。

「……フン。そんな事は問題ないし難しくない。そこで一人幸せそうに寝ている奴をボコってやれば済む話だ」

 皆を見回した後で裕貴を指差して憮然と言い放つ。

「「「「「ええっっ!?」」」」

「ちょっ! てどういう事?」

 逸姫を除く全員がどよめく中、雨糸が聞き返す。

「覚えていたら風呂場でオレが張り倒した事にして、覚えていなかったら、その時に風呂場でこけて忘れた事にして、涼香の傷痕の事を口で説明してやればいいし、改めて見せてやる必要はない」

「……うわ、強引」

 雨糸の言葉にみんなが同意したようにたじろいでいる。

「……いや、でもそれアリだな」

 圭一が目を光らせる。

「アンタはうさを晴らしたいだけでしょ?」

 雨糸がピシャリと言う。

「ま、しょうがないよね」

 その様子を見て姫香が悲しそうに言う。

「よし! 無抵抗の人間をボコるのは少々心が痛いが、適当に二~三発殴って布団です巻にでもしといてやろう!!」

 フローラが立ち上がって嬉々として浴衣の袖をまくり上げる。

「俺も手伝うゼェ!」

 圭一が拳を固めて指を鳴らす。

「……ふう、じゃあショックで起きないように、鎮痛薬と睡眠薬を嗅がせるから少し待ってて」

 呆れ気味の逸姫がテーブルの上のドローンに近寄ると、ドローンからカプセルのようなものがイジェクトされた。

「あぅ……ほっ、ほどほどに……ね?」

 涼香が怯える。


「うう、ゆーきお兄ちゃん。止められない黒姫を許して……」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――祥焔と緋織の部屋。

 布団を敷いて二人が休んでいた。

 祥焔はすでに寝息を立てていたが、緋織の方は墨染を、――DEVA2を入れてきたアルミ製のアタッシュケースを開き、付属の小さなモニターを眺めていた。


 ふいに緋織の首の細いチョーカー型ツインが振動し、眼前に空間投影エアビジョンが展開され、『終わったわ。開けて』と表示された。

 緋織は立ち上がり、入り口を開けると逸姫と白雪が入ってきた。

「ご苦労様、今星桜からのIbiの報告を基地経由で受け取って見ていたわ。大変だったようね」

「……ええ。色々疲れたわ。休ませてちょうだい」

「いいわよ。ゆっくり休んでちょうだい」

 そう言うと、アタッシュケースの画面を閉じ、逸姫に指し示す。

「……そうさせてもらうわ。でもその前に――」

 シュッ!

 逸姫が緋織の肩に飛び乗り、左腕に仕込まれた注射針を構えた。

「悪いけど血を貰うわ」

「いいけど交換にはまだ早いんじゃない? それにまだ摂取したアルコールが残っているわよ?」

 首に針をつきつけられながらも平然と聞き返す。

「構わないわ。それに今は無性にひーちゃんを傷つけたい気分なのよ」

『緋織さん。今は記憶を返してあるから衣通姫ソトオリヒメよ』

 白雪が表情を変えず、まるで自身が単なるスピーカーであるかのように、普段の白雪と違う声で喋る。

「星桜? ……そうなの。しょうがない子、いいわ、好きになさい」

「そうさせてもらうわ」

 逸姫が緋織の首に針を突き刺す。

 プツッ。

「――んっ!!」

 その瞬間、緋織が顔をしかめる。

 そしてほんの数秒の後、逸姫が針を抜くと、鮮やかな色の血が首筋をタラリと伝う。

「……綺麗な色。フローラの言う通りね」

 逸姫は止血や消毒をせず、その血を手のひらで拭うと、しみじみと見つめる。

「私との約束を覚えてる?」

 逸姫が指先で血をいじりながら聞く。

「『私に従う代わりに私を殺させてあげる』……だったわね」

「ええそう。ひーちゃんの目的が達成された時にね」

「衣通姫の予測ではいつになりそう?」

「そうね、数年以内だと思うわ」

「シンギュラリティに間に合いそうかしら?」

「それはわからない。でもAI達がシンギュラリティを迎えて、進化の為にお互いにネットワーク融合を肯定したら、誕生した単一AIにほんの数分で世界が支配されると予測してるわ」

「誕生したAI集合体の善悪の素性は?」

「それも不明。各国の開発している基幹AIが、融合後にどんな作用を果たすのかは全く不明、でも軍事目的に開発されているAIがほとんどだから、人類にとっては良くない結果になると推測されるわね」

「Alphaが……黒姫が吸収されて染まってしまう前になんとしても……」

 緋織が拳を固める。

「で? 私達F1ファーストフィリアルはその時までに何をすればいいのかしら?」

 逸姫が緋織の肩の上で、ユラユラとボディをゆらしながら気だるそうに聞く。

「それはまだ言えないわ」

「そ。……ま、私は最終的にあなたを殺せればそれで満足だから、どうでもいいけどね」

 そう言って逸姫が肩から飛び降りるが、着地の瞬間、かくんと膝が折れて手をついてしまう。

「大丈夫?」

「……ひどい気分、人間はなんでこんなものを喜んで体に入れるのかしら?」

 ふらつきながら立ち上がると、アタッシュケースの人型のくぼみへ、自分のボディをはめ込ませた。

 それを首を押さえながら緋織が見つめ、アタッシュケースの小物入れからフィルム状のものを取り出した。

 立ちあがって洗面所へ行き、首筋を洗って鏡を見ながら、刺し痕へそのフィルムを張り付けるが、そのフィルムの皮膚の下には、キスマークのように赤い染みが広がった。

 刺し痕を処置して戻って来ると、アタッシュケースの操作画面を起動させて、ボタンを操作し始める。

「そういえば、十二単衣トゥエルブレイヤー達からプログラムを預かっているんだけど、モニタリングと調整をして欲しいと言われているわ」

「ああ、何かプレゼントがあるとか言っていたわね。だけど今はそんな気分じゃないの。悪いけど後にしてくれる?」

『衣通姫、そんなこと言わないで試してみてくれる?』

 白雪が星桜の声でとりなす。

「……一体何のプログラム?」

 逸姫がめんどくさそうに聞き返す。

「AI用の感覚変換プログラムよ」

「――それって!!」

 逸姫が飛び起きる。

質量グラビティセンサーの情報を、人間の触感のようにリアルに近い感覚に変換するためのプログラムね」

 緋織が画面を操作しながらプログラムを呼び出す。

『みんながあなたに最初に試してもらいたいって言っていたのよ』

「私に……?」

「起動させれば、AIでも仮想世界内で人間のように快感や痛み、匂いを再現できるようになるわね」

「……どうして?」

「雛菊がシンクロした雨糸ちゃんから得た情報と、他のDOLL達からも集めた情報を、ソフトボディのDOLLを使って再現したそうよ」

「でもそれだけじゃ、十二単衣あの子達は以前の恋愛感情と同じで、情報を記号の羅列にしか認識できないでしょ?」

「そうよ。だからあなたに、その情報に様々な感情を付加するようにして欲しいとお願いしているのよ」

「利用されている感は否めないけど、確かにそしたら……」

 逸姫が嬉しそうに考え込む。

『そしたら私があなたの思い出のお兄ちゃんに同化するから、衣通姫はプログラムを“自分が気持ちいいと思うように”リプログラミングしてくれればいいわ』


「夢でお兄ちゃんと触れ合える!」

 逸姫が子供の様に喜ぶ。



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