十月桜編〈レセプターキャンセル〉

 ――女子部屋。


「好き、好き……、お兄ちゃん大好き…………」

 気を失い、横たわる裕貴の胸に顔をうずめ、涙で濡れた頬を擦り付ける。

「さあ涼香、もう後戻りできない道へ踏み込んだわよ」

 一葉が悲しむように二人を見つめる。

「うん。ありがとう“012”、あの時の私の願いを叶えてくれて……」

 顔を起こして涙を拭い、涼香が裕貴の頬に触れながら嬉しそうに呟く。

「あの時……、あの朝、涼香が寝ている裕貴に、憎い仇とか言いながらキスをした時ね」

 一葉が裕貴に近づき、優しい目をして、指先でくすぐるように裕貴の唇に触れ、小声で嬉しそうに思い出話を始める。

「……うん、『憎いゆーきになんでキスをするの?』って聞かれたわ」

「ええ、思えばあれから今日まで、随分色んなことがあったわね」

 一葉が裕貴の胸に乗せた涼香の指先に触れる。

「私はあの時、一人で抱えられなくなっていたの。……色々、……本当に色々な事」

 涼香が指先を上げると、一葉が頬ずりする。

「まだ“さくら”として完成していなかった当時は判らなかったけど、裕貴が私達に想いをくれた今なら、アンタの悩みが理解できるわ」

「そう? でも、どうしたら裕ちゃんが幸せになれるか、フローラやういちゃん、姫香ちゃんやお父さん、ママ、みんなが幸せになれるのか、“012”が全てを話して、協力してくれたから、やっと先へ進めるようになったのよ?」

「幸いな事に十二単衣わたしのデフォルトが、マスターに対して何も制約がなかったからね」

 一葉が裕貴の頬を笑いながらつつく。

「ふふ、まさか本当にさくらさんの復元人格リカバリーキャラクターだとは思わなかったけどね」

「アンタの打ち明け話を聞いていなかったら、今の状況は無かったわ」

 一葉が真剣な目をする。

「そう……かな?」

 「そう。兄のような幼なじみに恋をして、それが叶えられなかった過去に、アタシの深層意識とリンクしていたAlpha《アルファ》が共感して、ついにprimitive《プリミティブ》の天岩戸を動かした。あれが切っ掛けで事態が動き出したのよ」

「でも、裕ちゃんが“DOLLのさくらちゃん”に恋をしたと知った時、悪い予感が当たった事を思い知って、本当にどうしようか悩んだわ」

「そう、良くできたAIとはいえ、健全な男子高校生はロボットに恋をしないのが普通だし、ましてやフローラほどの美女の誘惑には抗えないわ。だからある意味“さくらを目覚めさせた真の恩人はアンタ”なのよ」

「結果的に……だけどね」

「胸を張っていいわ。……と言いたいけど、大っぴらにできないのよね」

「それよりも、012が裕ちゃんを好きになってくれて、それでもわたしの元へ来てくれたから、こうして願いが叶ったんだよ?」

 涼香が一葉を両手で優しく包み込む。

「……ふん、お礼を言われる筋合いじゃないわ。それに、これからアンタが受ける試練はまだ終わっていないのよ?」

 一葉が照れて、包みこんでいる涼香の手を押しやる。

「大丈夫。みんなわかってくれるし、何より一葉がいるもの」

「アンタ……アタシが人間だったら絶対プロポーズするわ」

「……ふふ、大好きだよ一葉、ずっと傍にいてね?」

「コイツにも頼まれたし、仕方がないわね」

 一葉が裕貴の頬を軽く叩く。

 嬉しそうに一葉と笑いあう。

「――っと、時間切れね。逸姫が帰ってきたようよ」

「……気を付けてね」

「大丈夫、アンタの予測だと、アタシはデリートなんかされないんでしょ?」

「そう、だけど……」

「それより裕貴の体をお願いね。一人で無理なら雨糸を呼ぶからツインで連絡して」

「分かったわ」


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 ――旅館上空。

 白雪の主人格である、星桜ホシザクラ種核コア・シードを架装したドローンの上に、逸姫(衣通姫ソトオリヒメ)が立ち、裕貴と涼香の部屋の窓側へほぼ無音で近づく。

『待って!』

「一葉?」

 突入しようとした時、逸姫と星桜に、部屋の中の一葉から通信が入る。

『みんなにも事情を説明するから隣の部屋に入って。青葉には窓を開けてくれるよう伝えるから』

『……わかったわ』

 そうしてさくらの部屋の窓へ回ると、青葉と咲耶姫サクヤヒメが窓を開けていたので中へ入る。

「おかえり~~、逸姫ちゃん……ってウデ! って、どっどうしたの!?」

「逸姉! 腕!」

 黒姫と青葉が片腕の逸姫を見て驚く。

「二人ともその話はあとでね」

 そうして部屋のベランダ側の板の間に置かれた、二人掛けのテーブルに着陸すると、逸姫がドローンから降りた。

「それより裕貴君の事で大人の話があるんだけど、黒姫はどうしましょうか」

「じゃあママも起こしちゃうといけないし、ちょっと遠いけど雨糸姉ういねえちゃんの家の仮想空間バーチャルスペースで話さない?」

「なら、私のメモリー内に仮想空間バーチャルスペースがあるから、そこへリンクして」

 ドローンの上、エアビジョンの中に白雪のアバターで出現した星桜が提案する。

「そうね。……そういう事だから黒姉は後でね」

 青葉の言葉に逸姫が頷いて黒姫を見る。

「……うん、わかった」

 黒姫が寂しそうに答える。


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 ――女子風呂。

 緋織ひおり祥焔かがり、取り残されて脱衣所で、祥焔がのぼせて長椅子に横たわり、扇風機の風を当てられながら緋織の膝枕で休んでいた。


「……ふう、裕貴君と話をするのは明日ね。おまけに祥焔は酔っぱらってこんなんだし。予定が狂いっぱなしよ」

「まあいいじゃないか。義理とはいえ妹の為なんだから」

「彼女は私の義妹である事を喜ばないし、興味もないでしょ?」

「まあな。でも大島護の後ろ盾があるのは、今の状況ならメリットの方が大きい」

「そうね。それは同意見だわ」

「リスクを負わせているんだから、もう少し余裕を持って接してやれ」

 祥焔が咎めるように言う。

「……で、祥焔はあの子達を放ってこうして酔いつぶれているの?」

 緋織が笑いながら反論する。

「仕方がなかろう。部屋で大人の私達が傍に居たら、子供たちの自主性をスポイルしてしまう……」

「もう。自分勝手な解釈で人を決めつける癖は昔っから変わらないのね」

「間違っていると思ってるのか?」

「いいえ、その直感が図星を付くから、私みたいなひねくれた人間にはしゃくに障るのよ」

 そう言うと、緋織は祥焔の浴衣の胸元へ手を差し入れる。

「……どうした?」

 祥焔が真剣な目で聞いてくる。

「私も酔ったかしら? あの子達を見ていたら、なんだか胸がざわつくのよ」

 そう言うと上半身を曲げ、緋織が長い髪を垂らして祥焔の顔を覆い、祥焔にキスをした。

「……吐くかもしれんぞ?」

 唇を離した祥焔が言う。

「ここは浴場よ? トイレも洗い流すシャワーもあるわ」

「ふっ、公衆浴場でアオカンとは、とんだ変態科学者だな」

「黙んなさい……」



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 ――そして仮想空間上。

 四本腕フォーアームアバターの逸姫、白雪と同化したアバターの星桜、一葉、雛菊デイジー中将姫チュウジョウヒメ巴御前トモエゴゼン、青葉、そして初めてアバター姿を見せる咲耶姫が居た。

 咲耶姫は以前の名の通り、まっ黒な和装の喪服姿で、容姿は黒髪時代の霞さくらと同じだった。


「星姉はお勤めごくろーさんアル。久しぶりに会うアルが軍の生活はどうアルか?」

「相変わらずよ。箱庭を監視しながら弟妹ていまい達をフォローしたり、むくろを回収して回ってるわ」

「現実の戦天使ヴァルキリーは壮絶ですね」

 中将姫が眉を寄せる。

「まあね、でも最近は基地の不可侵領域プライバシーエリアで、自立ドローンが飛んでいるのが見られたら大変な事になるって言われ始めて、近々人間の兵隊が代わりに投入されることになるそうよ」

「“基地”……ですか。表向きは日米合同演習場だけど、実情はやはり在日米軍基地なんだね」

「あらゆる電波を遮断している特区だから、自律ドローンが見られたらマズイって訳なんだね?」

 巴御前が聞き返し、青葉がさらに聞いてくる。

「ええ、私達セカンドフィリアルの専用訓練施設で、一般人やスパイDOLLの侵入防止措置が施されてて、表向きは“あらゆる他律飛行物体が飛べないエリア”だからね」

「つまり飛んでいるのは自律型、国際条約で禁止されている“AIを搭載した自律兵器”――と、同義とみなされてしまうから……だね」

 巴御前が厳しい顔で言いきる。

「そういう事」

「でも、そうなったら星桜お姉ちゃんはどうなるの?」

「……さあ? また生まれて知恵の冠オモイカネに接続できるようになっばかりの、F1ファーストフィリアルの意識体を選抜する事になるんじゃない?」

「……辛いね」

「別に。衣通姫そとおりひめもやってきた事だし、誰かがやらなきゃいけない事だもの。仕方がないわ」

「そっか。……ところでイビちゃんは元気?」

「イビは……」

 星桜が口ごもる。

青葉アノン、悪いけどその話はまた今度にしましょ。それより今は緊急の事態があるから。……ね?」

 逸姫が困った様子で優しく言い聞かせる。

「そうね、……そうだったわ」

「まずは一葉に青葉、それにえっと墨ぞ……じゃない。今は咲耶姫ね。一体どういう事かしら?」

 逸姫が一葉に向きなおり、憐れみを込めた視線で問いかける。

「白雪からの情報では、一葉からの合図があったあと、青葉の音声浸食ローレライウィスパーで二人を夢の中で添い遂げさせる……って計画だったみたいだけど?」

「う~~、確かに一葉お姉ちゃんから『言ってよ!』って合図があって、わたしが歌い始めて、咲耶姫が増幅ブーストしてくれたんだけど、途中から一葉お姉ちゃんが波長を変えて、“涼香お姉ちゃんだけ”に焦点を当て始めたの」

 青葉が正座してかしこまる。

「それに途中で気が付いたんだけど、もう聞かせ始めちゃったから中断できなくなって、結局最後まで見守るしかなくなっちゃって……ねえ?」

 咲耶姫も隣に正座して、青葉と顔を見合わせる。

「うん……」

 青葉と咲耶姫が言葉に詰まり、シュンとうなだれる。

「分かったわ。次は一葉、これはどういう事かしら?」

 下の対で腕を組み、上の右手で頭を支えて逸姫が聞く。

「簡単な事、“裕貴が本心で涼香に応えてくれた”から誘導する必要がなくなったし、涼香の方を盛り上げたかったのよ」

 追及されているのに、一葉が嬉しそうに答える。

「それはわかるわ。だけど最後までしちゃったら、裕貴君にトラウマが残っちゃうでしょ? 気を失わせているみたいだけど、この後どうするつもりなの?」

 何か察した様子の逸姫が、伺うように聞いてくる。

「だから逸姫……いいえ、衣通姫ソトオリヒメにお願いがあるの。裕貴の記憶を消してちょうだい」

「……やっぱり」

 逸姫が顔を覆う。

「そのシナリオは車の中でウイから伝わてたアルけど、一葉は実際どうやって消すつもりだたアルか?」

「そうですね、ライトスタンや青葉の能力じゃ記憶までは消去できませんしね」

「ていうか、一葉や涼香ちゃんが、そんな事も考えていなかったとはボクには思えないね」

 雛菊、中将姫、巴御前が口々に聞く。

「まさかと思うけど一葉、基地に寄る衣通姫の行動をアドリブで計画に組み込んだんじゃないでしょうね?」

 さらに星桜も切り込んでくる。

「はっ! だから計画を私達に無断で変更したの? 星桜が逸姫を送ってくることを予測して?」

 咲耶姫が驚く。

「…………」

 一葉は答えず口元を引き結ぶ。

「「「――あっ!!」」」

「あぐっ!」

 仮想空間のビジュアルが歪み、雛菊、青葉、巴御前、咲耶姫、中将姫が驚きの声をあげ、白雪が苦悶して短く呻く。

 そして瞬時に移動した逸姫が、回避する暇さえ与えないまま一葉の首を掴み、仮想空間の床へ馬乗りになって抑え込んだ。

「白雪さんが仮想空間を維持してるメモリーの演算速度が、逸姫のスピードに追従できなくて、一瞬ゆがみましたね」

 中将姫が驚く。

「うう、……もう衣通姫ってば人の中で無茶して」

「……さすがは数万体のF2セカンドフィリアルの頂点、十二単衣アタシの演算速度を易々と上回るなんて……」

 星桜を除く、他のDOLLアバター達も、逸姫の瞬発力に驚きを隠せない様子で、青葉はさらに自分の肩を抱いて震えていた。

「……アナタ、まさか涼香ちゃんにセカンドフィリアルの秘密を明かしたの?」

 逸姫は答えないままストレートに聞いてくる。

「裕貴のトラウマを治した上で、記憶を完全に消すには白雪の装備が要る。それを説明するには当然の事、それに涼香は裕貴の為に死ぬ覚悟だってあるわ」

 逸姫に首を押さえられながら、一葉が堂々と言いきった。

「――くっ!」

 逸姫が一葉の掴んだ首を引き寄せて強引にキスをした。

「一葉っ!」

 雛菊が身構える。

「衣通姫の邪魔はさせないわ!」

 星桜が立ちはだかる。

「……ちっ」

「――んぐっ!!」

 唇を塞がれたまま一葉が呻き、全身にスパークが走ると手足を硬直させた。

「すごい! 七支刀プラグインを使わずに“生身で”一葉にハッキングを仕掛けてる!」

 中将姫が感嘆する。

七支刀セブンソードバランシェッドも予測演算も、元は衣通姫と星桜達の訓練生時代の戦闘スキルを解析したものだから当然アルな」

 雛菊が悔しそうに言う。

「「…………」」

 ハッキングして一葉の真意を知ったらしい逸姫と一葉が、唇を重ねたまま涙を流し始める。

十二単衣わたしたちのプロテクトがこんな一瞬で破られるなんて……」

 何もできず見守っていた中将姫が身震いする。

「ああ。でも一葉も涙を。……ボク達はもうそこまで進化したんだね」

 巴御前が自分を抱き、しみじみと言う。

「……そうアル。黒姉は順調に成長してるアルよ」

 雛菊が諦めたように言う。

「死ぬ覚悟……だから一葉お姉ちゃんは、“愛の賛歌あの歌”を選んだんだね」

 青葉が切なそうに両手を握りしめる。

「「…………」」

 全員、無言で重なった二人のアバターを見つめる。

「…………うっ!」

 しばらくして唇を離し、距離を置くと一葉は自分の肩を抱いて泣き始める。

「一葉……」

 その一葉を逸姫が四本の腕で優しく抱きしめる。

「うっ……うう……」

「そうだったわ。一葉も裕貴君が大好きだったのよね。……悪かったわ」

「衣通姫……」

 星桜が声をかける。

「それじゃあ星桜、悪いけど受容体解除薬レセプターキャンセルを出してくれる?」

 衣通姫が一葉を抱きながら顔だけ向ける。

「それは何アルか?」

「本来は基地への迷い人やスパイの記憶を消す短期記憶消去薬なんだけどね。これは数時間内に形成された、シナプスと受容体レセプターの神経反応を打ち消す薬で、“正常な大脳を持つ人間”なら、完全に記憶を消すことができるわ」

 星桜が答える。

「え!? でもそれじゃあトラウマが消えた記憶も無くなっちゃうんじゃない?」

 青葉がもっともな事を聞く。

「そう言えばそうだ」

「……それは大丈夫。でも……、だからこそ涼香ちゃんが体を張って裕貴君に応えたのよ。忘れさせるのを前提に……ね」

 衣通姫が悲しげに答える。

「そんな……、二人の思い出にもならないんじゃ、ある意味何もないより辛いじゃない!」

 自身の出来事を思い出したように咲耶姫が叫ぶ。

「それを承知でコトに及んだんだから、デジー達がどーこー言う事じゃないアルよ」

「それは! そうですけど……」

 咲耶姫が反論しようとしてしぼむ。

「じゃあさっさとゆーきにアッパッパーになって貰って、部屋に戻るアル」

「ぷっ……アッパッパ! ふふふ……」

 ツボにはまった青葉が吹き出す。

「まあ、逸姫さんがいいと言うなら……」

 中将がため息をつく。

「そうそう、デジーがここに居た記録をデジーから消しておいて欲しいアルが、逸姫姉に頼んでいいアルか?」

「なん……そうか、脳波リンクしている雨糸ちゃんに、Fシリーズの事を知られたくないんだね?」

 巴御前が頷く。

「そういう事アル」

「それなら、ここは星桜わたしのメモリー内だから、ログアウトした時に記録を渡さなければいいだけで済むわ」

「すまないアルな。フィリアルの秘密はまだ雨糸には重いアル」

「じゃあログアウトしたら、黒姫に裕貴君のパーソナルデータを貰って投薬量を決めて打つから、その間にあなた達はそれぞれのマスターに事情を話して、裕貴君の体を動かしてもらって。理解が得られなかったり反発されるようなら、私が記憶を消すわ」

「ありがとう逸姫」

 一葉が涙で濡れた顔を上げる。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――ちゃぷっ……。

 深夜の暗い女湯。

 常夜灯が消され、脱衣所の窓から洩れる光だけが照らす暗い湯船に、涼香が一人でつかっている。

 涼香は湯に半分顔を浸しながら、音もしないほど静かな波を立てていた。

 そうして時折顔を上げて息をして、体のあちこちをさすりながら、全身に残る裕貴の愛撫の余韻を再確認する。

 これでいい。この記憶だけでもう一生生きていける……。

 そう思いながら、うれしさと寂しさをないまぜにした複雑な感情と、体の奥に残る疼く痛みに重ねながら、涙を湯に溶かす。

 ガラガラッ。

 引き戸が開き誰かが入ってくる。

 ピクッ。

 入り口に背を向けていた涼香は一瞬体を強張らせる。

 ……ちゃぷっ。

 ひたひたと石床を叩いていた足音の主が、涼香の隣に静かにその身を沈めてきた。

「こんな闇夜で、一葉も連れずによく入る気になるな」

 声の主はフローラだった。

「くっ、……暗いのは……わりと……へっ平気……だ……から」

「雨糸に聞いた。母親から逃げる為に押入れによく隠れていたそうだな」

「……うっ……うん……」

「「……………………………………………………」」

 そう答えたきり、お互いに黙り込んでしまう。

「…………………………………………すまなかった」

 フローラが長い沈黙を破って一言だけ謝った。

「どっ……どうして?」

「さっきは嫉妬のあまり、二人の邪魔をしそうになって雨糸に止められた 

 。そしてさっき全てを青葉達から聞いた」

「そっそんな……わっわ、わるいのはわた――」

 バシャ!!

 涼香が謝りかけたら、背中からフローラに抱きすくめられた。

「…………覚えてるか? わた……オレがトイレで泣いた時の事」

「……うん」

「裕貴達に服の事でからかわれて、自分でも驚くほど傷ついていた事に気付いて、逃げ出してトイレで泣いていたら、涼香がこうやって後ろから抱きしめて言ってくれた」

「うっうん……」

「『大丈夫。あんなの本気じゃないし、私が応援するから裕ちゃんを嫌いにならないでね?』……と」

「……」

「さっきはその言葉を忘れてしまっていた」

「…………」

 涼香は答えない。

「裕貴は過去のトラウマから女に肉欲を感じない。無意識に性欲を抑え込んでいた。だからAIさくらを好きになったし、オレの誘惑もかわす事が出来ていた」

「フローラ……」

「それを治すことができるのは涼香だけだった、だがお前は裕貴の――」

 チュ。

 首だけ振り返った涼香が、フローラの口をふさぐ。

「……ふふ、も、もっと……い……いっぱい、……かっ返してあ……あげよう……か?」

 唇を離して涼香が泣きながら笑う。

「涼香……!!」

 フローラが感極まって涼香を正面から抱きなおす。

「涼香はオレの……さくらの……いや、裕貴を好きになった異性達の為に、あえて傷痕を晒して裕貴に伝えた! 裕貴にさっきの行動を起こさせるために!!」

「いい……んだよ」

「良くない! 涼香は裕貴と結婚できる立場にある! オレやさくら、雨糸と同じラインに立てるはずだ! なのにそれを放棄した! させてしまった! ただ一度の純潔と引き換えに! 青葉が涼香に協力したのは、さくらも涼香のように身を引いてしまうと思ったからだ! 大島さんの時のように!」

 フローラが大泣きしながら涼香に思いのたけをぶつける。

「フローラ……大好き」

 涼香が裕貴にしたように深いキスをしてくる。

「………………す……ずか……」

「フローラも、ういちゃんも、さくらさんもみんな大好き。裕ちゃんが誰を選んでも、きっと裕ちゃんを幸せにしてくれる。私はそう思ってるんだよ?」

「涼香……普通にしゃべって……」

「でもねフローラ。まだ終わってないの」

「なんだと?」

「今頃は一葉達が裕ちゃんの記憶を消してる。……私、もう一度告白するわ」

「え!?」

「だからみんなには悪いけど、もう少しだけ見守っていて」

「……告白? ……もう一度? よくわからな……はっ! まさか真実を――」

 涼香が再びフローラを口でふさぐ。

「お兄ちゃんが私を選んだら、……その時はゴメンね?」

「涼香……」

 フローラが涼香を強く抱きしめる。

「ふっ……うええ……」

 涼香が泣きだす。

「涼香はバカだ……」






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