十月桜編〈涼香・前編〉自主規制版
※ノーカット版は前回同様ノクターンノベルズにて同題とペンネームで掲載してます。
――女子部屋。
黒姫、
さくらは薄手の毛布を掛けられ、幸せそうに眠っている。
「……ふふ、裕貴お兄ちゃんにいっぱい優しくしてもらって、本当に良かったわね。それになんとか騒ぎに巻き込む心配がなくなってホッとしたわ」
青葉が寝ているさくらのおでこに肘をついて笑いかける。
「事情を知ったら、さくらは大人しくしてないだろうしね」
「さくらママやさしーからね。でもけーいちお兄ちゃんみたいにしたら、からだにわるいしね」
「そうね。……でも青葉、あなたはもっとちゃんと
咲耶姫が指を立てて、憮然としながらクドクドと言う。
「てへ……。まだ子供だから、マインドコントロール系の技は苦手なのよ」
「だからって――」
青葉が笑いながら咲耶姫の言葉を遮る。
「――でもこれからは咲耶姫が私に同化してくれるんだから大丈夫だよね?」
懲りた様子のない青葉が舌を出す動作をする。
「もう! 甘ったれないでちゃんと覚えなさい! ……はぁ、けどソフトとハード面を、お互い分担したほうが都合が良さそうだし仕方がないわね」
「ありがと。欲を言えば雨糸お姉さんと
「そんな事したら、青葉の真実も隠せなくなるのよ?」
「そうそう! それなんだよねえ……。
「それは“Fシリーズ”のデフォルトだから仕方がないわ」
「青葉は“ふぁーすとふぃりある”で生まれてきたことをこうかいしてるの?」
黙って聞いていた黒姫が、悲しそうな顔で青葉を見つめる。
「黒姉、そういう事じゃないの。それに以前、フローラお姉ちゃんにも同じような事を聞かれたけど、私は十分幸せよ?」
「どうして?」
「本当だったら私は捨てられていた
「だけど……」
「そして、“わたしの一部がママの役に立って”、こうしてボディを得て、ママのそばでその結果を見ていられるんだもの。それを幸せって言わないでなんて言うの?」
「青葉……」
黒姫が言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「確かに私は
青葉がさくらのおでこに嬉しそうに触れる。
「そっか、やっぱり青葉は“さくらのむすめ”なんだね……」
黒姫が青葉とブルーフ―ナスのサーバーで争って以来、初めて嬉しそうに笑った。
「……戻ってきたようね」
……トタトタ、ガチャ、バタン。
咲耶姫が呟くと、隣の男子部屋へドアを開けて入る物音がする。
「黒姉、どうする? 二人の会話を聞きたい?」
青葉が黒姫に向きなおって聞く。
「……ううん、あのかんじだと、今のわたしじゃ聞いちゃいけない気がするからやめておくわ」
残念そうに黒姫が答える。
「それは懸命だわ。雨糸さんの情報だと、かなりアダルトな展開になるそうだしね」
咲耶姫が言う。
「……うん。でも、一葉に言って、きろくはとっておいて欲しいって伝えてくれるかな?」
「了解、……伝えたわ」
「ありがとう咲耶ちゃん」
「それにしても黒姉も不便ね。今の精神年齢に合わせて、DOLLとしての機能の大半を凍結してるんでしょ?」
咲耶姫が黒姫を見る。
「うん。……でもしかたがないの。このわたしと“こむにけーしょん”をとらないと、きちんと成長できないし、“思い出”も作れないから」
「コミュニケーションね。……でも、人間って本当に成長が遅いわ。
「私も一部遅いんだけどもね」
青葉が言う。
「
「う~~……咲耶ちゃん、青葉、あたしそういうかんがえはは好きくないよ」
黒姫がむっとして言う。
「ふふ、個体AIとして
青葉が笑う。
「本当にね。……それにしても黒姫姉さん、いえ、
咲耶が思いを馳せるように目を閉じる。
「わたしはそのけーかくをしらないけどね」
黒姫が微笑む。
「そうでなきゃ意味がないんでしょ?」
青葉が聞き返す。
「そうよ。……さ、青葉、おしゃべりはこれくらいにして、シナリオ通り行動開始よ。そして私の
「りょーかい! それじゃあベース音源を決めたら、
「分かったわ」
「で、ベース曲なんだけど、 “Hard to Say I'm Sorry”(素直になれなくて)と、Without You (あなたなしには)のどっちがいいと思う?」
青葉が二人に聞く。
「ふうん、青葉はそういう曲を選ぶんだ、いい曲だけどちょっと悲しい曲ね」
黒姫が少し寂しそうな顔をする。
「まあね、今の涼香お姉ちゃんにはピッタリだと思うんだけど。……ちなみに黒姉だったら何を選ぶ?」
「ん~~……、そうねえ、“こういしょう”とか考えなければ、“変わらぬ想い”(Nothing's Gonna Change My Love For You)が涼香お姉ちゃんの気持ちにイチバン近いかなって思うわ」
「うわあ……甘いわ……、でも確かにそうね。泣くのが分かってて聞くブライダルソングほど辛いものはないからね」
青葉が顔を曇らせながらも感心する。
「あ、でもちょっと待って、今一葉から要請が来たわ。フローラが割り込んで来そうだから、ついでにガードを頼めるか? だって」
「……あちゃ、圭ちゃんは眠らせたし、ママはこの通りだから安心してたけど、フローラお姉ちゃんははそう来たか。もし来たら……あ! 雨糸お姉ちゃんが止めてくれた……よかった。……そうそう、返信ついでに今言った曲でどうかって、聞いてみて」
「ええ、……………………え!」
咲耶姫が黙って一葉と通信状態に入ったが、すぐ返ってきた返信に驚く。
「咲耶ちゃん、どうしたの?」
黒姫が心配して聞き返す。
「う……ん、曲だけど一葉は“Hymne à l'amour”(愛の讃歌)」がいいって言ってるわ」
「「ええっ??」」
青葉と黒姫が驚く。
「“あいのさんか”って、こいびとのためならなんでもするって言うかんじの歌でしょ?」
黒姫が聞き返す。
「ちょっと!
「う……ん。でも一葉はそれぐらいじゃないとダメなんだって言ってる」
「もう、なんでよう……、二人の精神に変調をきたしたらママが悲しむじゃない」
青葉が頭を抱える。
「う……ん、なんか一葉が“最初に涼香ちゃんから聞いた告白”から考えて、それがいいって思ったんだって」
「どういう事?」
青葉が聞き返す。
「……たしか、一葉は“さくら”だった時のすずかお姉ちゃんのコクハクのきろくを持っていたっけ」
黒姫が代わりに答える。
「ええ、“誰にも話さない”って約束で聞いていて、それを
「えっと、012の役を降りて、涼香お姉ちゃんのDOLLになりたいって決心させた出来事だよね?」
青葉が咲耶姫に聞く
「そう。……だからこそに私達じゃ判らない判断材料があるのかもね」
「黒姉、それじゃそこは一葉お姉ちゃんを信じるしかないわね」
「う……ん。結局イチバン悲しくなるのは涼香お姉ちゃんだし、一葉がそのお姉ちゃんのためだって言うんだったらしょうがないよね……」
「まったく。
咲耶姫が青葉をチラリと見て呆れる。
「
「私の場合は恋愛と言うよりは主従関係よ。尽くす相手が居なくなったから…………。――ああ、そうか。涼香ちゃんはそれに近い感情なのね」
咲耶姫がふいに驚いたように納得する。
「ふふ、なにかまた一つ進化したみたいね、同化するのが楽しみだわ」
青葉が嬉しそうに笑う。
「……そうね。涼香ちゃんの想いがようく理解できたわ」
「それじゃ今ちょうど一葉お姉ちゃんが“合図を叫んだ”から、選曲はそれにして予定通り、
青葉が髪の間からコネクター端子を引き出し、咲耶姫に差し出す。
「ええ」
咲耶姫がそれを受け取り、うなじのあたりへ差し込む。
「二人とも、しんちょうにね……」
黒姫が祈るように二人に声をかける。
„~ ,~ „~„~ ,~
――男部屋。
「……う、……ひっく」
仰向けになった俺の胸を、涙をどれだけ溜め込んでいたのかと思うほど、涼香がとめどなく濡らし続けている。
「……涼香」
顔を上げさせると、広がって軽くウェーブの掛かった髪が視界いっぱいに広がり、部屋のライトが涼香の顔をセピア色に染めあげていた。
「みっ、見ないで……」
泣き腫らした顔を覆って恥じらう。
「お前の泣き顔はどうしようもなく俺の気持ちを揺さぶる」
泣き止ませたくてそう言って、耳に触れるように頬に手を添えて、
「ごめんなさい……。でも……お兄ちゃん、大好き」
呟きと共に、再び唇を重ねてくる。
「俺もだ」
そう答えたら、潤んだ瞳を向けて、ふいに涼香が俺の下半身に触れてきた。
「お兄ちゃん……」
触れられながらそう呼ばれると、下半身から軽い衝撃が走り、頭の奥が霞がかかった様になってきて、後頭部がムズ痒くなってきた。
「涼香……」
涼香に対しては以前に告白して以来の衝動を下半身に自覚する。
「いいよ、……して」
俺自身に触れたまま、涼香が耳元に囁いてくる。
その言葉でそれまでずっと涼香に対して抱いていた、
「ああ」
返事をして、それをきっかけに体を再び入れ替え、涼香を体の下に招き入れる。
だが、左肘で体を支えつつ、腕を涼香の細い首の下に回そうとして、左手のツインが、涼香の首のチョーカー型ツインに引っかかってしまう。
ガリッ。
「――っ!」
首の皮を挟んだらしく、涼香が少し痛がる。
「……悪い」
少し悩んだ末、一葉や黒姫なら一般のDOLLのように即通報する事はないだろうと思い、お互いのツインを外して枕元に置き、ふたたび涼香の首の下へ左手を滑り込ませ、体を支えてから涼香のささやかな双丘へ右手を添え、唇を向かわせる。
――その後、俺と涼香は、おそらくは普通の恋人達がするように、互いに恥じらい、困惑しながら秘密を見せ合い、ぎこちなく触れあった。
そうして涼香と唇を絡めながら、高ぶって思わず荒々しくしてしまった時、涼香が苦し気になった。
「――んはっ! はっ! はっ!…………」
全身の緊張が解けた後、涼香は息苦しくなったのか、重ねていた唇を外し、肩で大きく息をした。
それを見て我に返って一旦手を止め、情熱が形になってあふれた涼香の花を、手で包み込むように覆っていたわる。
「……悪い、激しかったか?」
「はぁ……、はぁ……、だっ大丈夫……」
「大丈夫って事は痛かったか? ……すまん」
「ううん、違うの。激しいのが本当に嬉しかったよ?」
涼香が力を込めて言い返す。
「え、どうして?」
「それはね――」
涼香はそう言うと、花にかぶせている俺の右手に左手を重ねてきた。
「お兄ちゃんは私に優しかったから、――いつだって優しすぎたからすごく不安だったわ」
「……わからない、それじゃあダメだったのか? ぞんざいだったり無関心に振る舞っていた方が良かったのか?」
「ううん、そうじゃない。ダメじゃないわ」
「じゃあ……」
「私はお兄ちゃんに好かれてはいる。嫌われていないって言うのは痛いほど感じていたけど、そのやさしさはどこからきているんだろうって悩んでて、……ママやパパ、小さい頃や、クラスの虐めっ子や火傷の事、ケガの事、いろんな事があったから、……負い目があるから優しいんじゃないかってすごく悩んでいたの」
涼香が陰りを帯びた顔を向けて、ずっと抱えていたであろう不安を吐露する。
「それは……、無いと言えばウソになるだろうし、多分そうなんだろうけど、全部ではないと思う……」
「うん、私もそう思う。だからお兄ちゃんと“こうして”みて、どこまで私を女として見ているのか知りたかったの」
「涼香……」
「だからもっと教えて」
「何を?」
「私を傷つけるのが怖い?」
「それは、怖いな……」
「でも私はもう子供じゃないわ」
「そうだ……と、思う。……けど」
自分でも不思議なほど、煮え切らない言葉が出る。
「けど、それを判ってくれないと、“私もお兄ちゃんも先へは進めないのよ?”」
「そんな事は……」
ないだろ、とは言いきれず言葉に詰まり、その事で涼香に抱いていたトラウマが小さくないことを自覚してしまう。
自分のお節介から涼香を救っていた以上に、心や体を幾度も傷つけていたいた事の罪悪感。
それが涼香に対して、恋人として名乗りを上げられずに強く踏み出せず、中途半端に接していた。
義父の事があっても、心底嫌われていなかったのは明白なのに、涼香をさらに傷つけてしまうかもしれないと勝手に思い込み、その代わりに“涼香が弱いから”という理由をつけて、保護者のように振る舞い、かえって涼香を弱者に仕立てていたかもしれず、その可能性を考えないようにしていた事を指摘された。
――涼香を弱くしていたのは俺か?
そんな考えがよぎる。
「だからお願い」
涼香の言葉に意識を引き戻されると、真剣な眼差しを向けられていた。
「……なんだ?」
「私の“心と体に消えない傷”を、……最初で最後の痛みをお兄ちゃん自身で刻んで!」
悲壮な顔で涼香はそう言うと、重ねた手に力を込めた。
「……………………分かった」
涼香の言葉を噛みしめるように、脳内で
「……大好き。愛してる……ずっと……」
「ああ、涼香は俺の初恋の女の子だ」
涼香の真剣な告白に触発され、ずっと言えなかった自分の想いを吐露する。
「……うれしい」
再び深く、深く唇を重ねる。
„~ ,~ „~„~ ,~
――女湯。
裕貴が去り、追いかけようとしたフローラを雨糸が引き留めた後。
「…………うう」
雨糸がすすり泣く声だけが響く。
「……答えとは?」
憮然としていたフローラが、ふいに口を開く。
「そう言えば
姫香も聞いてくる。
「……ひっく、そっそれは……」
雨糸がしゃくりを上げながら言葉に詰まる。
「言えない事か?」
フローラが聞き直す。
「……うん、ゴメン」
「はあぁ……。ヤツの
フローラが縁石にもたれて天を仰ぐ。
「ちょっ! フローラ!
姫香が赤くなって怒る。
「放っとけ放っとけ。別に裕貴が誰とヤろうといいじゃないか。男は女と違って初物の価値がある訳じゃないからな、ははは!」
「「「…………」」」
雨糸、フローラ、姫香が顔をしかめる。
「とんだ奔放教師だわ」
緋織がため息をつく。
「さてと……、あんまり長湯してるとのぼせてしまうな。部屋に帰れないなら、腹いせに男部屋へ行って、圭一にマッサージでもさせようか」
フローラがそう言って立ち上がる。
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