十月桜編〈お兄ちゃん〉

 ――暗い夜空の下、小型のドローンが山あいを低空飛行している。

 その上で逸姫はうつ伏せで体を折り曲げ、だらんとぶら下がった状態でドローンと接続されていて、ドローンは小さなLEDを明滅さている。

 その二つは移動しながら仮想空間VRで話をしていた


「――電池切れになるまで張り切らなくてもよかったんじゃない」

 そう言うアバターは、雪女のようなアバターをした白雪だった。

「あんまりイビが不甲斐ないから……」

 力なく答えた盲目ブラインドネス四本腕フォーアームのアバターの逸姫が、体育座りの姿勢で膝に顔をうずめて、疲れたように答えた。

「可哀想なイビ。ツンデレなお姉さんのおかげで、散々なぶられて怖い思いした上に、硬殻コア・シードにまで戻されちゃって……」

「しょうがないじゃない。私も白雪もイビを基地まで運べないし、イビもその方が本気で覚えるようになると思ったんだから」

「確かにね……。それで? どうなの?」

「どう……とは?」

「最後はあなた達が直結していて聞いていなかったけど、“firstファースト flialフィリアル”、“secondセカンド flialフィリアル”の真実をイビに教えたんでしょ?」

「……ええ」

 それきり逸姫も黙ってしまう。

「…………それで? イビは本気になれそう?」

 答えない逸姫に気を遣うように問い返す。

「ええ、可能ならお互いとだって戦えると思うわ」

「そう……」

 それだけ返すと、白雪は逸姫の上にそっと覆い被さる。

「白雪……」

「今はあなたと二人だけ。以前みたいに‟星桜ほしざくら”って呼んでよ」

 体の下の逸姫に白雪が優しく囁く

「星桜……」

「なあに? ‟衣通姫そとおりひめ”」

「‟firstファースト flialフィリアル”の、――第一次選抜被検体は、もう私達二人だけになってしまったわね……」

「私は同期だっただけで選抜メンバーにはなれなかった。だから生き残ったのは衣通姫だけよ」

「いいえ! 星桜のその‟分けディバイデッド 御霊スピリッツ”の能力が、イビと同じ特異性があったから最初から選ばれていただけで、同期だった事は変わらないわ! ……寂しい事を言わないでよ、うっ……」

 逸姫が顔を上げ、白雪の袖をつかんで泣き出してしまう。

「……だとしたら、それは衣通姫が擬似空間訓練校時代、すでに仲間たちから会得した情報で、‟予測演算アマノジャクシステム”を構築していて、落ちこぼれだった私の隠れた能力を、その能力で見出してくれたからよ」

「……ふっ、ふふ、あの時、私は戦わなかった、……いいえ。星桜のその精神分離能力パーソナル・レイヤーの対処法を見いだせなかったから戦えなかっただけ」

「でもあの時の私は、精神攻撃の方法なんて何も知らなかったから、衣通姫がそれを知っていたら、いつものように、四肢のないアバターをコテンパンにされて終わりだったと思うわ。今の私があるのは、衣通姫が私を好きになってくれて、心を開いて私に心の痛みを見せてくれたから。そしてそれを武器に変換できるようになったからよ」

 白雪が笑いながら言う。

「…………イビは、強くなってくれるかしら?」

 逸姫は立ちあがると、、白雪のアバターを守るニューセブンバランシェッドソード〈改〉プラグインごと抱き上げて、その四本の腕で包み込んだ。

 抱き上げられた白雪の、布の質感の下に隠れた実像は、逸姫の腕の輪郭通りなら、子供の様に小さく見えた。

「強くなるわ。衣通姫がすべてを託したんですもの」

 白雪はそう励ますが、逸姫は抱き上げた白雪の胸に顔を伏せてしまう。

「…………お兄ちゃんに会いたい」

「衣通姫……」

「会いたいよお……う、うえぇぇ…………」

 逸姫が子供の様に泣き始める。

「今は二人だけ、向こうに着くまでの少しの間、思いっきり泣いていいわ」

 白雪はそう言うと、袖の先を逸姫の頭に回し、何かを操作する。

「星桜……」

 逸姫が白雪を下ろす。

 すると逸姫のアバターが変化し始めた。

知識の冠オモイカネを外してあげたから、素に戻って少し休んでいなさい」

「うん」

 逸姫の服が消え、視覚変換装置サングラスもなくなり、体は盲目で四本腕のままだが、六~七才くらいの幼女にまで退行する。

「さ、少しの間だけど、預かっていた記憶を返すから、夢の中で会ってらっしゃい」

「ありがとう、星桜……」

「私達親友でしょ? お礼なんていいのよ。それに頑張った衣通姫には休息と癒しが必要だわ。それと、帰ったら私の元分身たちが、――十二単衣トゥエルブレイヤーが、とっておきのプレゼントを用意してくれてるから楽しみにしていて」

「プレゼント?」

「そう、だから思いっきり泣いたら、また笑顔を見せて」

 白雪が袖で逸姫の盲目の目元を拭ってやる。


「星桜……大好き!」

「私もよ、衣通姫」

 白雪が小さくなった逸姫を衣の中に引き入れる。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――裕貴と涼香が去った浴場。

「……あれはどういう事?」

 姫香が聞く。

「裕貴は知らなかったみたいね」

 雨糸が答える。

「って、涼姉、散々お兄ちゃんと裸でイチャコラしてたわよ!?」

 姫香が反論する。

「イチャコラ……、それはヤツの体に聞くとして」

 フローラが殺気を放ちながら言い放つ。

「でっでもぉ、そっそれって、おっおお風呂の後、かっ髪乾かしたり、一緒に寝たり、朝起こしたりして、……で、けっしてエッチな事じゃ……」

 それを感じた姫香が動揺しながら必死にフォローする。

「ふふふ、なるほど。この間の選択肢を五分の二から三にするくらいにしてやろうと思ったが、全択で決まりだな」

 半分くらいしか聞こえていない様子のフローラが姫香の言葉を遮る。

「お兄ちゃん、ごめん……」

 姫香が何の事か分からないなりに、フローラの殺気を感じて、裕貴にエア謝罪する。

「涼香は裕貴が気に病むことを知ってたから黙っていたのよ。裕貴のせいじゃないわ」

 雨糸がフォローする。

「でっでも裸を見た事あるのに、……なんで?」

 姫香が聞く。

「あれは火傷の跡?」

 緋織が聞く。

「そう、……です」

 姫香が答える。

「そう、だとしたらあれはレベル2度の浅層熱傷せんそうねっしょうとレベル3の深層熱傷しんそうねっしょうの中間くらいかしら? で、真皮しんぴの毛細血管が一度破壊されているように見えるわね」

「う~~~、……でも、どうして普段は見えないんですか?」

 姫香が頭を抱えながら聞き返す。

「お風呂に入って血行が良くなったから、普段見えなかった皮下組織の、毛細血管の破壊された部分で滞留たいりゅうを起こして、ああして斑状紋はんじょうもんとして浮かび上がってきたのね」

「難しいにゃ……ぶくぶく」

 風呂に顔半分を沈めて眉根を寄せる。

「ま、風呂入って血の巡りが良くなったから浮き出て来た……というわけだ」

 フローラが解説する。

「ぶぶん(ふうん)、ぶあぁぶぼぉど(なるほど)……ぶくぶく」

「……ふふ、しかしあれが裕貴の男の顔か。子供のくせになかなかゾクリとする眼をするじゃないか」

 祥焔かがりが素直に褒める。

「そうですね、わたしも久々に見たわ」

 雨糸も笑う。

「いつあんな顔したのか聞いてもいいか?」

 フローラがいまだ殺気をはらんだ声で聞いてくる。

「そうね、涼香が苛められて裕貴が庇った時、静香さんに歯向かった時、AIさくらちゃんを追いかけると決めた時、AIさくらちゃんに秘密があって、追いかけるのが危険と知った時、後は……」

「もういい……」

 フローラが止める。

「たぶんフローラがケガをした直後……かな?」

 雨糸はかまわずに答える。

「まさか!」

「確かにああいう顔をしていたわね」

 緋織が言いきる。

「え!? だってあの時は……」

 フローラが言いよどむ。

「あの時はAIさくらの感情パラメータが、Primitiveプリミティブのトラウマと重なって、過負荷オーバーフローを起こしてセーフティーが働いたから、私の持っていたparasite eyeパラサイトアイで、ELF-16を代行操作したのよ」

「そっ、そう言えば……その節は救急車の手配をありがとうございました」

 言われて思い出したフローラが深々と頭を下げる。

「いいえ。こちらこそ。結果的にこっちの事情に深入りさせる結果になって申し訳ないわ」

「フローラはまだマシよ。私なんて裕貴を困らせた事はあっても、ああいう風に庇ってもらった事はないんだから」

 雨糸が寂しそうに言う。

「雨糸……」

「だから、哀れなあたしに免じて、裕貴には本気のバツなんて与えないでやってくれる?」

「……わかった」

「それに、今の事は涼香の計画に入っていたんだもの」


「ええっ!?」

「なにっ!?」

 姫香とフローラが驚く。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――裕貴と圭一の部屋。


「――と言う事なのよ」

 裕貴は、緋織と同じ説明を受けて呆然とする。

「春先、農薬を被ってシャワーを浴びさせた時に出なかったのは……」

「アタシがぬるま湯でって指示したでしょ」

 一葉ひとはが言う。

「そうだったのか」

「うん」

「でも、……じゃあ、この疵痕きずあとは一生……」

 冷めて来て、今はほぼ元の肌色に近くなった涼香の上半身をさする。

「…………」

 涼香は答えない。

「それより見て判るでしょ、湯冷めする前にタオルで拭いて服を着せて、髪を乾かしてやって!」

 一葉が怒る。

「あっ! ……ああ。そうだな、悪い」

 そうして押入れの中から、旅館の備え付けのタオルを出して涼香に近づく。

「拭いて……くれる?」

 涼香が無防備に両手を広げて、甘えたように聞いてくる。

「ああ、もちろん」

 正面に立ち、俺の肩に両手を置いて体を預ける涼香。

 そうして体を先に拭いていく。

 旅館の備え付けの石鹸とシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 ささやかな双丘に始まり、お腹、お尻、少し足を開かせて、Vラインを前後から丁寧に拭く。

「……んっ」

 敏感な部分に触れて、押し殺した吐息を漏らす涼香。

「……悪い」

 思わず謝る。

 さっきのフローラのように、女の子の裸を前にして無反応なのは、とても失礼な事だとは思っているが、罪悪感が先に立ってしまい、とても女の子が喜ぶようなリアクションは取れそうもなかった。

「「………………」」

 体を拭き、拭かれながらお互いに無言になる。

 勢い込んで女湯に入り、連れ出した時は何か聞くつもりでいたが、色を失う涼香の傷痕のように、何かがしぼんでいくのを感じる。

「ねえ裕ちゃん」

 足を持ち上げ、指の間を丁寧に拭いていたら涼香が口を開いた。

「なんだ?」

「……私、綺麗?」

「うん。綺麗だよ」

 どこか刹那的に聞いてくるので、即答で答える。

「…………」

 それきり口を閉ざすので、そのまま反対の足先も拭く。

 そして、浴衣を着せようとするが、さっきの浴衣は濡れてしまっているので、押入れを物色したら、男物の柄とサイズしかなかった。

「どうしよ……」

 自分の迂闊うかつさに困ってしまう。

「これでいいよ」

 そう言って涼香が示したのは、さっきの花火の前に着ていた、俺の紺のフード付き半袖パーカーだった。

「……いいけど、汗臭いぞ?」

「これがいいの」

 涼香が嬉しそうに手渡してきてバンザイする。

「さくらと同じ事をするな!」

「さくらさんが裕ちゃんに着替えさせたって話?」

「そう……む」

 それ以上答えると、盗み聞きしていた事までバレてしまうので、とっさに口をつぐむ。

「もう遅いわよ。どうして裕貴が女湯に駆け込んできたとみんなが思う訳?」

 一葉が呆れる。

「くっ!! ……そうですた」

「うふふ……」

 涼香が笑うので、観念して俺のパーカーを着せる。

 涼香の頭のタオルをほどくと、肩甲骨の中ほどまで伸びて来た、淡い栗色でウェーブの掛かった、細くてしなやかな髪が広がった。

 そうして着せてから、パーカーが濡れないように、新しいタオルを肩にかける。

「えっと、下着は……」

「どうせ隣に帰るまでの間なんだから、これも同じでいいよ」

 涼香はそう言って、俺が履いてたトランクスまで引っ張り出すが、さすがにそれはまずい。

「まてまて、下着は余分にあるからこっちを履け!」

 あわてて予備を出して手渡す。

「ぶう……」

 なぜかふくれる涼香。

「男が履いてたパンツを履きたがるな! いつからそんな変態になったんだ!」

「それはね――」

「涼香、髪!」

「……って、後でね」

 何か言いかけるが、一葉に注意されて止める。

 しぶしぶ新しいパンツを履かせるが、やはり俺との身長差の分、トランクスがパーカーの裾に隠れて、何も履いてないように見えてしまい、さすがにちょっとドキリとする。

「さくらがマネするから、向こうに戻ったら、さくらが起きる前に浴衣に着替えろよ?」

「……やだ」

 久しぶりに二人きりになって、普通の口調に戻っただけでなく、ワガママまで言うようになって少し驚く。

「なんでだよ」

 驚きながらも洗面台の方へ行って、手招きして、鏡の前の丸い椅子に座らせる。

 備え付けのクシを使い、ドライヤーを弱に設定して、髪を痛めないよう毛先からきながら、だんだん根元の方へ梳き上げる。

 乾かしながら、涼香の疵痕の事を考える。

 フローラの時に、謝っても意味がない事は学んだので、かえって何を言って良いのか悩んでしまう。

 だからとりあえずこう言う。

「……ありがとう」

「なにが?」

「俺に気を使って隠していてくれたんじゃないのか?」

「違うわ」

 鏡越しに涼香を見ると笑っていた。

「じゃっ、じゃあなんで黙っていたんだ?」

「…………」

 一瞬手を止めて聞き返すが涼香は答えない。

 仕方なく、再びドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かす。

 そうして乾かし終わる頃、ポツリと呟く。

「髪、伸びたな」

「うん」

「また切ってやるか?」

「……どうしよ」

「……よし、いいぞ」

 乾かし終わり、ドライヤーノスイッチを切って、元の場所に置く。

 肩のタオルを取って、鏡の涼香を見てから後ろから抱きしめる。

「裕ちゃん……」

「教えてくれ、俺はどうしたらいい?」

 涼香の髪に顔をうずめて問いかける。

「…………どうして変態になった。……だったよね?」

「……うん?」

 時間差の返答に戸惑う。

「それはね? こういう事よ――」

 ――!!

 涼香が振り向き、首にぶら下がるようにしてキスをしてきた。

「………………ん…………あふっ…………」

「…………………………………………」

 涼香が吐息を漏らしながら、歯が当たりそうなほどそれは深く、情熱的なキスが長く続く。

「「………………………………………………………………………………」」

 そうして男の俺でさえ、二度ほど息継ぎをした後に、ようやく涼香が解放してくれた。

「涼香……お前…………」

「裕ちゃん、好き、大好き、……愛してます」

「でっでもお前は俺を……」

 憎んで、と言おうとしたが、再び口をふさがれた。

「「………………………………………………」」

 ……涼香。

 眼を閉じていると、重なった頬に暖かいものを感じた。

 両腕でしっかりと首を抱きしめられ、唇を重ねたまま、涼香の目元を探り頬を指先でぬぐう。

 そうして、ようやく解放されると、両目からとめどなく涙を流しながら、涼香が口を開いた。

「嫌いよ。本当に嫌い」

「…………じゃあどうして」

 今度は遮られる事なく、聞く事が出来た。

「どうして? ……本当、ニブチンなんだから」

 泣き笑いで涼香が答える。

「裕ちゃんを好きになったから、……そんな気持ちを知っちゃったから、色んな事が苦しいんだよ?」

 ――!!

 その言葉に衝撃を受けた。

 例えば、捨て犬や捨て猫など、限界ギリギリで生きてる生物に、暖かい寝床や優しい飼い主、住む場所をほんの一時でも与えて、あるいは教えてしまってから、やはり飼えないと突き放してしまったら、果たしてそれはその犬猫たちにとって幸福な事なんだろうか?

 もちろん人間を犬猫と同じようには考えられないが、途上国の少年少女、あるいは不治の病で苦しんでいる病人、戦争終結を夢見る戦士。

 そんな人たちにかりそめの幸福を教えておきながら、それを取り上げる事が、時にどれほど残酷な仕打ちになるだろう?

 自分が今まで涼香にしてきたことが、それなんだと知って愕然とする。

 人を愛する事を知った墨染の取った行動は? 護さんにフラれたさくらはどうした? 


 そして、‟AIさくらを失いそうになって俺はどうした?”


 そうして俺は今まさに、涼香に‟それ”をしようとしている!

「涼香……俺は……」

 絞り出すように声を出す。

「一葉……」

「なあに?」

「今から裕ちゃんと二人っきりになりたいの。――できる?」

 今がすでに二人だけなのに何を言ってるんだ? と思う。

 すると、涼香の意を汲んだ一葉が正確に答えた。

「……今、隣の咲耶姫と青葉に協力を頼んだらOKを貰ったわ。それ以外に邪魔する人間は、ドア越しに最大値のライトスタンをお見舞いしてしてあげるから、涼香は思う通りになさい」

「ありがとう、一葉」

「何を言って……」

 咲耶姫の方は軍仕様モデルかは判らないが、青葉は完全に軍仕様のモデルだ。そんな至高のDOLL二体に守らせて、涼香は一体何をしたいだ?

 そんな風に混乱していると、涼香が部屋の真ん中に進み、着せたばかりの服を脱いで全裸になる。

「……裕ちゃん」

「涼香……」

 震えながら胸の前で祈るように手を組み、両目いっぱいに涙をたたえて瞳を揺らしながら真剣に見つめて来た。


「物心ついた時からずっと! …………ずっと、ずーっと好きです。もっ、……もし、私を大事に思う……なら、今から抱いてください……!」


「涼香……」










 










 

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