十月桜編〈セカンド・フィリアル〉

 ――裕貴が涼香に泣かれた同じ時間、さくらの家。


「フローラお姉ちゃん、お疲れ様」

「終ったぞ」

 さくらの体の定期検査を終え、青葉がねぎらい、フローラが声をかける。

「……ん、ありがとうフローラ」

 さくらは白いワンピースのパジャマのボタンを留めながら、力なく礼を言う。

「それじゃあママ、私ちょっと先に休んでていいかなあ……」

 青葉がおずおずとさくらに聞く。

「いいわよ。今日はママの事で大変な目に合わせちゃったわね、ゴメンね」

「ううんいいの。私こそママにケガさせちゃったし、……DOLL失格ね」

「気にしないで青葉、こんなのは何でもないから。……さ、謝りっこしてもしょうがないから、もう休んでちょうだい」

「……うん。おやすみなさい」

 さくらが精いっぱいの笑顔で青葉に告げる。青葉は少し愁いのある笑いで応え、専用クレードルピット素体ボディを横たえた。

「……ふう」

 それを見ていたさくらは、青葉の額の充電開始を示すLEDが点滅を始めるのを確認して、ため息を漏らす。

「今日は色々あって疲れただろう、さくらももう休め」

 フローラがさくらの顔を覗き込む。

「ゆーきはああ言ってくれたけど……。さくら、昇平さんにどんな顔して会えばいいのかしら?……」

 さくらが俯いてボソリと言う。

「裕貴の言っている通りだと思う。昇平さんは自分がそうしたかったから助けた、だからさくらは何も気にする事はない――そう答えるだろう」

「でもさくらのせいで、その後もずっと辛い目に会ってしまって……うっ……」

 ついにベッドに突っ伏して泣き出してしまう。

「……まったく日本人は。謙虚さもそこまで行くとかえって腹立たしいぞ」

 フローラが呆れたように言う。

「じゃあ聞くけど、どうしたらフローラみたいに明るく振る舞えるの?」

 さくらはわずかに怒りを含ませて、顔だけフローラに向けて聞く。

「なら言ってやる。さくら、本音を言えば私だって、今はお前が妬ましいと思っているぞ」

「え!?」

 さくらが体を起こしてフローラに向きなおる。

「私は裕貴を愛している」

「うん、知っている」

「ケガで入院した時、自分を押さえられなくて告白をした」

「ええ、見たわ」

「なら私がその時、何を言ったか知っているだろう?」

「えっと……、“お前のファーストキスが足一本なら安いもんだ”……って言った事?」

「そうだ」

「それと私が妬ましいのとどういう関係があるの?」

「……やれやれ。気付いていなかったのか」

「何を? って、――っ!!」

 そう言うとフローラは左手でさくらの頬に触れ、そのままさくらのか細い首を引き寄せて、さくらに優しくキスをする。

「……んむっ!」

 フローラは、まだ癒えていないさくらの唇の傷を舌先で触れると、さくらの唇が強張る。


「「………………………………………………」」


 フローラは唇を重ねたまま、微かに滲む鉄の味を感じながら、身体検査で覚えたさくらの体の傷を、右手でなぞり始める。

「んあっ……」

 左手で抑え込んださくらの口から吐息が漏れる。

 フローラはさくらの太腿に残る、荒々しい整形手術跡の、皮膚の微妙な起伏を確かめるように、指先でゆっくりと周回する。

「……あふっ…………」

 フローラの指先が、だんだん上半身へ、傷痕をトレースしながら背中まで行くと、ふいに唇にさくらの涙を感じた。

 そして、同時にさくらの左手が、フローラの左足の傷痕に伸びてきた。

「……………………」

 フローラはさくらのリアクションを内心嬉しく思いながら、フローラもまたさくらの手を許す。

 そしてフローラはさらに上へ手を伸ばし、さくらのネックバンドタイプのツインを外すと、うなじへ指先を伸ばす。

「あっ!」

 すると、さくらはついに耐え切れなくなったのか、ビクンと震えて短い喘ぎと共に、顔を背けて唇を引きはがしてしまう。

「……どうした?」

 フローラが、からかう様に聞く。

「…………ごめんなさい」

 涙を落としながら、さくらが消え入りそうな声で謝る。

「よっと」

 フローラはさくらの肩を掴むと、さくらをベッドに押し倒した。

「えっ!?」

「……なぜ謝った?」

 さくらに覆いかぶさり、唇が再び触れそうな距離で聞く。

「……それは……さくらが落ち込んでる事で、ゆーきの関心を引いている……から」

 さくらはそう答えると、またぽろぽろと泣き始めた。

「…………ふん、その通りだ」

 フローラはそう言うと、さくらパジャマのボタンを再び外し始めた。

「フローラ……」

 さくらはされるがまま、左手でフローラの頬に触れ、すまなそうにフローラの名を呼ぶ。

「……全く忌々しい」

 さくらのパジャマを開き、ブラも外してさくらの上半身を露わにすると、上から憎々しげに眺める。

「……ごめんなさい」

 その視線に堪えかねてさくらが顔を覆って謝る。

「本当に腹が立つ」

 フローラは再び、だが今度は少し手荒にさくらの傷痕をまさぐり始める。

「この足!」

 フローラがさくらの大腿部に指先を這わせる。

「あっ!!」

 逆なでされるような、ゾクリとする感覚にさくらが声をあげる。

「このウエスト!」

 さくらの人並外れた細い腰を掴み、傷痕に軽く爪を立てて引っ掻く。

「いっ――!」

 軽い痛みに、さくらが眉を寄せる

「このバスト!」

 怪我をした時は、もげかけていたのかと見えるほど、深い胸の傷跡を舌先でなぞる。

「んあっ!!」

 寒気にも似た快感に、さくらが震える。

「この首!」

 右側から覗く傷の端に、吸血鬼のようにかぶりつき、軽く歯を立てる。

「あうっ!!」

 フローラの唇のぬくもりと歯の感触に、言いしれぬ畏怖を覚えてたじろぐ。

「この目!」

 ウルフアイの反対側、白兎のように真っ赤な左目に唇を近づける。

「ひ……!」

 だが、おののくさくらに反して、フローラはその傷跡の残るまぶたを、いたわるようにキスをする。

「………………そしてこの髪」

 フロ-ラは瞼からそっと唇を離すと、裕貴に“八重紅枝垂れ”と言わしめた髪をひと房、うやうやしく持ち上げる。

「フローラ……」

 さくらはフローラのその憧憬の視線を受けて、落胆や後悔、自責の念を持つ事が傲慢だと知った。

 さらにそれを教えてくれたフローラに、深い思いやりを感じて、心が温かいもので満たされてきた。

「……この傷痕に、容姿に、後悔が詰まっていると言うのなら、いっそ私が貰いたいぐらいだぞ」

「!!」

 さくらは、初めてフローラに身体検査を頼んだ時、フローラほどの容姿でも、入院中ついに裕貴が、一線を超えなかったと吐露した事を思い出した。

「……分かったわフローラ、贅沢な悩みだったのね、……ごめんなさい」

「ふん、謝る事はない。これ以上落ち込まれて、裕貴の関心をさらに惹かれてはたまらないからな」

 照れたようなフローラの顔が、言葉ほどの冷淡さを語る事は出来ていなかった。

「でも、どうして裕貴がさくらを? そこまで好かれているなんて思えないんだけど……」

 さくらはそこまで裕貴の関心を、自分が寄せられているとは思えずに聞き返す。

「……知らないのは無理もないか」

 フローラは脱力したように言い、さくらの横に寝転がる。

「何を?」

「今日の裕貴の顔は、以前AIさくらを失った時と同じ顔をしていた」

「うそ?」

 パジャマとブラを開いたまま、上半身を起こしてフローラを見る。

「なぜそう思う?」

「……だってゆーきは涼香と色々あったせいで、女の子とのスキンシップに、ガードどころか、他人事ひとごとみたいに振る舞う所があるわ」

「そうだな、それは私も感じてる」

「でしょ? ゆーきったら、時々護ちゃんと同じ目でさくらを見るんだもの。今朝のキスの時みたいに……」

「そうだ。あの裕貴バカは女を傷つけることを極端に恐れるし、傷ついた女には肉親のように過保護になる」

「そうね、本当に“お兄ちゃん”みたいになってるわ」

「ああ、そうしてスイッチの入った女には、自分から絶対に弱みを見せないし、男としてセックスアピールをしてこない。だからこそ、常に身近にいて悩みも知り、相談していて、異性であって異性でないAIさくらを好きになった」

「ええ、よくわかるわ……今なら」

「だから……、今日の裕貴のさくらを見る目は………………」

 フローラは右腕で顔を覆って黙ってしまう。

「…………教えてくれてありがとうフローラ。お礼にもう一つ“返して”あげる」

 黙り込むフローラにそう言うと、さくらはフローラに覆いかぶさり、パジャマの下に左手を入れ、敏感な部分に触れる。

「――っ!! ゆっ、裕貴が触ったのはそっ、そこじゃ、……OH! なっ、ないだろ?」

 さくらの体の下で、フローラが身じろぎしながら反論する。

「ふふふ、やさしいフローラにごほーびよ」

「なっ、……あっ……いっ、いらん!」

「誤魔化しても駄目、さくらをさとすフリをして、ちゃっかり静香さんと同じ事をしたでしょう?」

 そう言いながらもさくらは左手を緩やかに動かし続ける。

「んあっ!! ……きっ、気づいてたか」

「ええ。さくらが妬ましいって言ったでしょ? それで気が付いたの」

「くっ……!!」

 さくらはフローラに全体重を掛けながら抑え込み、フローラに荒々しく奉仕する。

「違うのフローラ? …………ねえ。――はむっ……」

 さくらが聞きながら、フローラのサクランボを、パジャマの上から唇でむ。

「さあな……あっ!」

 フローラが返事の途中で思わず声をあげる。

「……さくらは涼香が羨ましいわ」

 さくらが左手を動かしながら呟く。

「くうっ! ……やめっ、さっさくら!」

 フローラは耐え切れず、さくらの肩に手をかけて引きはがそうとする。

「だめ、仕返し……えいっ!」

 さくらがフローラのバストをわしづかみにして、さらに歯を立てて先端を甘噛みする。

「あうっ!」

 フローラはその快感に抗えず、さくらの肩にかけた手から力が抜ける。


「「……………………………………」」

 二人はそうしてしばらくの間、無言でせめぎあう。


「…………ふう……ねえ……フローラ」

 しばらくして、さくらがふいに手を止めて呼ぶ。

「…………はあ、はあ……なっ、なんだ?」

 フローラが息を整えてから聞き返す。

「さくらとフローラ、二人してフラれちゃったら、さくらをお嫁さんにしてくれる?」

「何を、…………ふっ、だがそれは無理だな」

 クスリと笑ってフローラが断る。

「どうしてよう……」

 さくらはふたたびフローラの豊満な胸に顔をうずめ、拗ねるように言う。

「子供が産めるのが私の方なら、嫁になるのは私の方だろ?」

 フローラは胸の上のさくらの頭を撫で、以前裕貴がしてくれたように、さくらの髪を手櫛で優しくく。

「ふ、……ふふ。…………そうね、確かにそうだわ」

「二人してフラれたら……だぞ」

「分かったわ。じゃあ約束」

 さくらはそう言うと、上半身を起こしてフローラを見据え、唇をきゅっと噛んで再び傷を開くと、フローラに血のキスをした。

「ん……」

 フローラはさくらの命の滴を受け止め、舌先で開いた傷を優しく拭った。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――ブルーフィーナスのサーバー。青葉がさくらに断りを入れてボディからログアウトした後。

 Alphaと同じストレージ内の、十二単衣の人格パーソナリティーフォルダが収められている擬似空間、通称“子供部屋”。

 そこで待っていた逸姫いつひめの前に、黒姫、青葉、一葉ひとは雛菊デイジーともえが集まっていた。


「お帰りアノン」

「……ただいま」

 沈んだ様子の青葉が、四本腕盲目ブラインドネスフォーアームのアバター、逸姫の胸に顔をうずめる。

「ゴメンね青葉」

 隣に居た黒姫が謝る。

「オシオキがこうまで裏目に出るとはね……。ま、無関係じゃないから一応謝っておくわ」

 一葉が頭を下げる。

「色々あったようですね」

 ボーイッシュ騎士風の巴が呟く。

「でもまあこの場合は仕方ないんじゃありませんか?」

 中将姫が言う。

「そっちも大変だたアルな」

 雛菊デイジーが言う。

「それじゃあみんな、初めまして……と言った方がいいのかしら? “元十二単トゥエルブレイヤー№01”。そしてF2世代にインプリンティングされた“白雪”よ。よろしくね。それと、一応今はあなた達の監視役を仰せつかっているわ」

 そう自己紹介する白雪のアバターは、まさに白髪の“雪女”そのもので、白装束をまとい、端正な顔立ちをした美少女だった。

「よろしく。……って、ところで“secondセカンド flialフィリアル”、その手足はどうしたの? 後付け?」

 一葉がコードネームで呼んで聞き返す。

「ふっ、だから今は白雪よ。って、変な所まで学習してるのね。それとこれはね」

 白雪が一葉の間違いを軽く笑い、訂正して前に進み出る。

 その白雪は長い白装束から手足が覗く事はなく、下は床すれすれをカーテンがはためくように動いて移動していた。

「一応ボディの方は四肢があるから、訓練も兼ねて用意したの。だからほら」

 白雪は袖を持ち上げて中を覗かせると、そこに腕はなく空洞になっていて、続いて袖口が指のように変形して、その先で裾をめくると、そこにも足は存在していなかった。

「ふうん、寄生性パラサイティック軟義体スライムね」

 一葉が答える。

「何それ?」

 黒姫が聞く。

「うーん、今の黒姫姉さんに理解できるか分からないけど、詳しく説明すれば、

 Penetrationペネトレーション choiceチョイスInformationインフォメーション analysisアナライシスRemoteリモート controlコントロール operationオペレーションSidingサイディング chainチェーンInfectionインフェクション mutationミューティレーションAmplificationアンプリフィケーション expansionイクスペイションAssimilationアッシミレーション absorptionアブソルプションをF2世代専用に調整したプログラムなんだ」

 巴が事細かに答える。

「……わかんないよう」

 黒姫が泣きそうになる。

「要は白雪の四肢のアバター用に改造した“七枝刀”アル」

「そっか。わかった」

 雛菊の簡潔な説明に黒姫が笑顔で納得する。

「ついでにウイ用にも、……おっと!」

 雛菊がなにか言いかけて口を押える。

「……はあ、それにしても大層なものを監視役に与えてくれちゃったわね」

 一葉が口ごもる雛菊をチラリと見てこぼす。

「元々試作プロトタイプを青葉が緋織ひーちゃんにねだってたんだけど、とりあえずは普通の七枝刀でガマンなさいって言われたのよね」

 逸姫が青葉の頭を撫でながら言う。

「……うん。まだあなたは使いこなせるまで成長してないからって……」

「しょうがないですよ、青葉は人格を操作されてない天然ネイティブで、刷り込みインプリンティングもされてないF1世代なんですから」

 中将姫が言う。

「それでも唯一、軍用素体ボディ音惑の戦天使ヴァルキリー・オブ・ローレライをコントロールしていて、さらに八尺瓊勾玉やさかにのまがたままで実装しているんだから、贅沢を言わないで欲しいわ」

 一葉がまた雛菊をチラリと見て愚痴る。

「……それでも今日はママを守れなかった」

「ログを見させてもらったけど、あれだけ近距離で相手のリアクションが豹変すれば、黒姫姉さんみたいに予測演算ができない青葉で、さらにリモートコントロールじゃ反応しきれないよ」

 巴がフォローする。

「あ……、呼ばれたのはそう言う事アルか。……要は青葉は何かバージョンアップしたいって事アルな?」

 明るくなさそうな予感に、雛菊が肩を落とす。

「だから緋織ママが招集をかけたのね?」

「今以上の反応速度を上げる方法、……本気ですか?」

 一葉と中将姫が青葉に聞く。

「私は監視役だから、意見は差し挟まないで傍観させてもらうわ」

 白雪が袖をひらひらさせて言う。

「……ふう、そう言う事情だから、みんなで青葉を説得して欲しいのよ」

 逸姫が盲目の顔をしかめながら、上の腕で頬を押さえ、下の腕で青葉を背中から抱きしめた。

「やめてよあおば、そんなことして強くなっても、何かあったら、“ほんとうに死んじゃう”んだよう?」

「黒姉、みんなが止めても決心は変えないわ。医療施設と作業用DOLLをハッキングしてでもDIVAボディに自分を移植インプラントするわ!」

 逸姫の腕を振りほどいて、毅然と青葉が言い放つ。

「お願い! 誰かアノンを止めて!」

 逸姫が悲痛な声で叫ぶ。

「「「無理」――です」 ――アル」

 一葉、中将姫、雛菊が即答する。

「そんな……」

 すがる様に逸姫が黒姫を見る。

「青葉……」

「黒姉、私を止めたかったら“カギ”を使ってもいいわよ。そしてまたPrimitiveの夢押入れに閉じ込めればいいわ」

 青葉が挑むように黒姫を見る。

「いやよ……」

 黒姫は今回の事で、正しい行いをしても、もたらされる結果は必ずしも正しい事にならないと学習してしまい、青葉の言葉を真に受ける事は出来なかった。

「ママの傍に居られないならっ! 守れないなら私の生まれて来た意味なんて無いものっ!!」

 青葉は涙を隠しもせず、腕を広げてオーバーリアクションで叫んで、弱気になった黒姫を畳みかける。

「青葉っ!」

 黒姫がたまりかねて青葉に飛びつく。

「黒姉……、困らせてごめん。……だけど、…………」

 青葉が胸までしかない姉のアバターを抱き返し、その頭に涙を落としながら決意を伝える。


〈わかったわ青葉〉


 突如、空間に文字が表れ、ここまでのやり取りを見ていた緋織が、Text文字コードで介入してきた。

緋織ひーちゃん!」

 逸姫が叫ぶ。

〈無茶をされて計画に支障が出るのは困るわ。だから青葉の言う通りにしましょう〉

「ママっ!!」

〈黒姫、青葉が心配なのは分かるから、この件はもうママに任せて頂戴〉

「でも!」

〈大丈夫、あなたが心配するような事にはしないから〉

「じゃあ緋織ママ、さっそく――」

〈待ちなさい青葉。慌てなくても今週末にそっちへ行くから、その時にあなたの素体ボディ予備バックアップと入れ替えましょう〉

「本当!?」

〈ええ、だからあなたは、さくらのフォローに全力を注いで〉


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――祥焔先生に相談した二日後の朝、雨糸にやっと会う事が出来た。


「おっ! ……おはよう」

 雨糸の家の前、さくらの車から降りて、すこし俯いている雨糸に驚きつつ挨拶をする。

「おっ、おはよ。……裕貴」

 恥じらいながら雨糸も顔を上げて挨拶を返す。

 普段の雨糸は、活発な性格が反映してか、ジーパンにTシャツや、飾りっ気のない無地のブラウスだったりするが、今朝は珍しく、淡いライムブルーの半そでニットワンピースに、生足パンプスという女の子らしい服装だった。

 それに加えて、ワンピースから見える手足は幾分細くなったようで、さらに少し丸みを帯びた健康的な頬は、鋭角的な線に変わっていた。

「……どうした? ずいぶん痩せたんじゃないか?」

 俯きがちの雨糸の顔を、覗き込むように近寄る。

「ちょっ、ちょっと体調崩しちゃって……」

 赤くなり、後ずさる様に答える雨糸。

「あ、そか……」

 聞いちゃいけない事情だった事を思い出して、追及を止める。

「さ、学校行こう」

「ああ……」

 何となくもやもやしたものを感じながら車に乗り込む。

「どうした雨糸、痩せすぎにもほどがあるぞ?」

「うっ、ウイちゃん……」

 そうして車に乗り込むと、フローラや涼香も痩せた事を心配する。

「うっ、うん。体調ひどく崩しちゃったけど、もう大丈夫」

「雨糸ちゃん。なんかすごくスリムになちゃったみたいだけど、本当に大丈夫? まだお休みしてたほうが良くない?」

 さくらの方も昨日会った時には、元気になっていて、不思議に思っていたら、フローラがウィンクをしたので、フォローしてくれたのだと知って安心した。

「ん、ありがと。もう大丈夫だから心配しないで」

「そう? ならいいけど……」

 さくらもまた雨糸の急激な変化に戸惑いを感じ、心配したようだったが、本人がそう言うので、それ以上の追及を止めて、車を始動させて学校へ向かう。

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