十月桜編〈マインドサルベージ〉
――学校に着くと、さくらが正門で俺達を下ろす。
「じゃあ、車を駐車場に置いて来るわね」
「……うん。俺は雨糸と班室の方に行くけど、何かあったら呼んで」
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
昨日の落ち込みようが嘘のように消え、一転明るい調子で応え、さくらが車を発進させる。
それを見送って、班室に向かう途中、フローラに聞いてみる。
「さくらはどうしたの? 急に元気になったみたいだけど、何かあったの?」
「……まあ、昨夜ちょっと慰めてやったのさ」
フローラが照れるように目を逸らして答える。
「そうか、ありがとう。……ところでどうやって慰めたの?」
「!!っ――。きっ聞くな! バカ!」
「バカって、……今後の参考にと思ったけど……まあいいや。じゃあまたお昼にね」
フローラの剣幕にスゴスゴと引き下がる。
「あっ……と、それだけど、今日お弁当作ってきたから、お昼はみんなで食べよう」
雨糸が手に持っていた大きなバスケットを持ち上げる。
「おお、DOLLじゃなかったんだ、つかコンビニ弁当もいい加減飽きたから、手弁当は嬉しいね」
「そうだな」
「よかった。久しぶりに早起きして頑張ったから、お昼は楽しみにしててね」
「じゃあさくらに連絡は……」
「デジーがしておくからいいアル」
「分かった、頼む」
そうしてフローラはまた図書館に行くと言い、途中で別れて雨糸と部室に向かう。
「……あれ?、先輩たちが居ない」
製図室を使った2L教室の班室に入ると、だだっ広い班室の余剰スペースに置いてあるバトルフィールドのまわりに、いつもは
「どっ……どうしたのかしら……ねえ?」
「あー……三人のDOLLのイチジョーホーによると、どーやらトーキョーのほーに行ってるよーアル」
「……雨糸? それに雛菊、なんか説明が棒読みだぞ」
挙動不審な二人に聞いてみる。
「……なっ、なんか、DOLLイベントがあるみたいで、ゆっ昨夜誘われたけど、こっ断った……から…………」
雨糸が伏し目がちに、しどろもどろになって答える。
「ああ、じゃあそっちに行ったんだな、――つか雨糸」
「はっ、はいっ!」
「さっきからなーんか、キョドってるけどどうした?」
目を合わせようとしない雨糸の正面に回り、肩を掴んで顔を覗き込む。
「べっ、別に……な、何も…………」
「そうか? 急に痩せた事といい、スカート履いてる事といい、そのキョドり具合といい、今日はなんか変だぞ?」
「……………………」
「悩みがあるのか? それともまだ体調がすぐれないか?」
黙り込む雨糸に優しく問いかける。
「…………………………じゃあ」
しばらく黙っていたが、ようやく口を開く。
「じゃあ?」
「抱いて」
「ええっ!?」
あまりの言葉に思わず、雨糸の肩から手を離す。
「おっ落ち着け雨糸! 俺は確かに
動転したせいか、事細かに説明する。
「ほほー。シテもいー場所ならゆーきはスルって事アルな?」
「デイジーは黙ってて! ――って、そっ、そうじゃなくて!」
雨糸がやっと正面を向いて、しかし赤くなって否定する。
「う……なっ、なら、なんなんだ?」
俺も心臓の回転数を下げようと胸を押さえる。
「えっと……じゃあ………………」
雨糸がもじもじしながら、椅子にすとんと座ると、自分の後ろを指差す。
「後ろ……から…………ぎゅっ…………して」
「?…………」
意味が解らず首を傾げる?
「あーもう! ゆーきのおバカ! 後ろからハグしろって事アルよっ!」
「おバカって、お前には言われたくないが……。まあそういう事なら」
近づくと雛菊が肩から降りて場所を空けるので、雨糸の後ろに回り、背中から抱きしめる。
「…………こうか?」
「…………」コクン。
抱きしめたはいいが、胸に手を当てることができず、やんわりとお腹の当たりを彷徨わせていると、雨糸がその手に触れてきた。
「どうしっ――!」
聞き返そうとしたら、雨糸は俺の手を自分の胸に押し当てて来た。
「おっ、おい……」
手を引き抜こうとするが、握られた手に力を感じ、それをさせまいとする。
「確かめたいの……」
「なっ何を……」
聞いた瞬間、腕に雫が滴るのを感じた。
「お願い……」
なにやら真剣な様子に、暗にせめぎ合っていた手から力を抜く。
「…………」
すると、雨糸は左手でワンピースのボタンを外し、俺の右手をその中へ入れた。
「…………!!」
まさぐる訳にもいかず、かといって拒絶もできない状況で、右手を脱力させていると、雨糸はさらにブラの隙間へ誘い込んだ。
「おい……」
「………………」
さすがに口に出すが、雨糸は黙ったまま俺の手を上から押さえつける。
仕方なく諦めて、脱力したまま手を止めて落ち着いてくると、雨糸は少し体温が低いのか、梅雨時の木綿のような少しひんやりとした柔肌と、早鐘を打つ鼓動だけを感じた。
「……………………」
黙っていると雨糸はさらに、ホックを外して俺の手を雨糸の二つの丘に触れさせてくる。
おおお……。マジか?
そして時折雨糸の強張った先端に触れると、後頭部を殴られたような衝撃が走る。
――くっ!! どうしたってんだ?
内心で心配しながらも、半分はこみ上げてくるものに必死に堪えていた。
「…………どう?」
雨糸がふいに口を開く。
「なっ、何が……だよ」
「私の……胸、……だよ」
「うっ……むっ、胸って言われても……」
強制的に胸を触らされて、感想を聞かれても何を言えばいいのか困り果てる。
「もうっっ!! じれったいアルな。ウイが聞きたいのはフローラや涼香に比べてって意味アル!」
バトルフィールドで地団駄踏んで雛菊が怒る。
「おっ! ……おっ、おふっ…………そっそっそれは……………………」
自分の手に汗が滲んでくるのがわかる。
「わっ私……の…………胸、きっ……気持ち……いい?」
がふっ!
一昨日、プールで面白半分に言ったセリフと違い、恥じらいながらも本気で聞いてくる雨糸に、思わず理性のタガが外れた。
「あ゛ーーーっもうっ!」
ぎゅっ。
そのまま力強く、しかしありったけの自制心を発揮して、雨糸の胸を上半身ごと抱きしめる。
「あっ……」
雨糸が震え、甘い喘ぎ声が漏れる。
「ああ! 気持ちいいよ! フローラのようなボリュームもないし、涼香みたいなつつましさもないけど、俺の手に収まるくらいのちょうどいい大きさで弾力だよ! はっきり言って、これくらいの大きさがどストライクだ! ……って、これでいいのかっ!?」
そう言いきって、雨糸の手を強引に振りほどいて、後ろから両肩に手を置くと、ゼイゼイと息を吐く。
「…………ありがと」
すると、雨糸は肩の手をまた取ると、今度は頬に当ててきて、指先に再び涙が伝う。
「雨糸……」
後ろから雨糸の右頬をなでる格好になり、さっきほどではないがまたフリーズしてしまう。
「……………………………………よかった」
雨糸がポツリと言う。
「何がだ?」
「裕貴を想う気持ちが、私のものだってわかった、……から」
「うん? ……どういうことだ?」
「…………ちょっとね、色々夢を見て自分が判らなくなってたの」
「夢? 自分が判らない?」
「……ふふ、あとは裕貴が私を女として感じてくれるのかな? って確認」
振り向いた雨糸は泣き笑いで、でもどこかすっきりしたように言う。
「う、……そりゃ、おっ、お前は……かっかわいい……と、思う……ぞ? ……でっ、でも……俺には……言ってる意味が…………さっぱり分からない……」
「まあ、今は聞かないでやって欲しーアル。訳は言えないアルが、今のウイにはそれだけの、五感を伴う強烈な
「……ますます分からない。聞くなと言うなら聞かない。……でも雨糸」
そう言って前に回ると、その泣き顔を真っ直ぐ見つめて名を呼ぶ。
「…………なあ……に?」
「俺は雨糸にとてつもない借りがある。だから辛い事があったら遠慮なく言ってくれ。俺にできる事は何でもするし、どんな手を使ってでも助けてやるから」
「裕貴っ!」
雨糸は叫ぶと、みるみる涙を溢れさせて抱き付いてきた。
「……おおっ! お前本当に痩せ……」
正面から抱き返すと、覚えていた以上に痩せている事が判ってびっくりする。
「うっ……うっ…………裕貴………………」
「なんだ?」
「私、……裕貴…………を、好き……ひっく……でいて……うっ…………いい……ひっ……かなあ……」
「その質問は俺には答えられない。けど」
「ひっ…………けっ、けど?…………」
「絶対雨糸を嫌いになる事はないだろうな」
「――裕貴っ!」
„~ ,~ „~„~ ,~
――ブルーフィーナス社長室。
「お父様」
緋織がデスク前に立ち、執務中の大島護を呼ぶ。
「なんだね?」
「やはりお母様は霞さくらに危害を加えたようです」
「……そうか」
「ですが、お父様の予想通り、友人にフォローされて持ち直したようですわ」
「それはフロ―ラ君だね?」
「……ご存知でしたか」
「いいや、静香がさくらを貶めるとしたら、当時の事だろうから、涼香や裕貴君は手が出せないだろうし、雨糸君はそれどころではないだろう。そう考えるとフローラ君しかできないと考えた」
「……恐れ入ります。ですが、青葉がその時の事を気に病んで、
ガタッ。
それまで冷静に執務を続けていた護が、椅子を鳴らして緋織を振り返る。
「……なんだと?」
「止めるには黒姫にやらせるしかないですが、二度目を躊躇しているので恐らくは無理でしょう。あとは青葉の
「…………なんてことだ」
「おそらく無断で
「むむう……」
「仕方なく許可を出しまして、今週末向こうへ行った折に、ボディを回収して代替機を置いてこようと考えてます」
「……致し方あるまい」
苦悶の表情を浮かべて護が疲れたように腰を下ろす。
「ありがとうございます」
「直情径行……そっくりだな」
「無慈悲なまでの機転と意志の強さ……もですわ」
「褒められている気がしないな」
「ええ。褒めていませんもの」
緋織が護の横に行き、屈んで護の膝に顔を乗せる。
「仕方のない娘だ。子供相手に妬きおって…………」
そう言うと護は緋織の頬を撫でる。
「だから最強の
緋織はそう言うと、とろけそうな顔で護の手にさらに頬ずりした。
„~ ,~ „~„~ ,~
――再びバトルDOLL研究班。
「ふう、……ありがとう裕貴、おかげで気持ちをリセットできたわ」
雨糸がいつもの笑顔に戻って答える。
「まあ、どういたしまして。というか、……その、よかったのか?」
「なにが?」
「その……触っても…………胸」
じっと手を見る。
「ああ……、なんだ。なんて言うか……そのう……今さらね」
雨糸は恥ずかしがっている訳でもなく、言葉を探すように答えた。
「今さら? つかそんな以前に触った事があったのか?」
「そうじゃなくて……」
雨糸が困ったように言う。
「だーかーらー! 聞くなって言ったアルよ!」
「関係あるのか……わかった」
「それよりウイ、ゆーきにして欲しーことがあるんじゃなかったか?」
「あ! そうそう」
「なんだ? まだなんか触るのか?」
「違いますっ!」
今度は真っ赤になって怒る。
「新しいDOLLの初期設定とバトル仕様への変更アル」
「おお、そうか」
「……もう。裕貴ったら。でも本当に触りたいなら、遠慮なくいいのよ?」
以前にも聞いたようなセリフだが、今度は全く照れた様子もなく言ってのけた。
「ご期待に添いたい所存ではありますが、今はご遠慮申し上げます」
「まあ、冗談はそれくらいで、やって欲しいのはこれなの」
冗談かよ! と突っ込みたくなるが、どうにも上手を取られているようで止めておく。
「そういえば、緋織さんにおねだりしたって聞いたけ、どんなだったんだ?」
「ちょっと待って……」
雨糸は弁当が入れてあるバスケットを探り、白い無地の箱を取り出した。
「ふふー。デジーがワガママ言って、デザインはとくちゅーしてもらたアル」
「……はあ、こんな子になるなんて……」
雛菊をチラリと見て雨糸がため息をつく。
そうして箱を開け、緩衝材の中から白い紙に包まれたDOLLを取り出し、包み紙を剥がす。
「ええっ!?」
驚く事にそのDOLLはなんと、雨糸を模したDOLLであった。
「ふふー。ど―アルか?」
雛菊は自慢げに聞いてくると、フィールドに置かれたDOLLにスリスリする。
「いやどうって言われても……」
「ハァ……」
雨糸が深いため息をつく。
「あれ? でも高校生が参加できるバトルはクラス
「そうなんだけど……」
「だいじょーぶアル。これはウイの希望通りゆーきと同じ、ウイング社製ELF16をベースにしていて、最新の
「
「そうなのよ。雛菊ったらまた高価なものを……」
「ついこの間発表されたばっかだけども、どんな用途で使われるのか分からなくて気になってたんだ」
そう言って、まだ黒のハイレグ風ワンピース型の
「おお、本当に柔らかい。つか、これなら攻撃の強度を上げるのは難しいけど、衝撃……そう、防御には強そうだな」
「このチョイスが分かったアルか? そうアル。ウイがコテンパンにされて壊されるのはガマンできなかったアル」
「デジーっ!!」
雨糸が怒る。
「じゃあお前が出ればっ……ていうのは愚問か。そもそもインストールされてるAIが規格外だし、たぶんお前はその
「分かってるアルな。そうアル。ゆーきや黒姉と同じアル」
雛菊が腕を組んで、ふふんと胸を張る。
「えへへ……」
黒姫も喜ぶが、どこか陰りがある笑いだった。
いけね。さっきのは刺激が強かったかな? それに今日は何か静かだな。……あとで聞いてみるか。
「あと、……なんか私の知らないところで何か目論んでるみたいなのよ」
「何もないアルよー、ふっふーんだ……」
いや何かあるだろお前。
バレバレのリアクションで雛菊がすっとぼける。
「……まあいいや。で、俺は何すりゃいいんだ?」
「一応通信用としての登録は済ませてあるから、後はバトルプログラムのインストールと、基本設定は雛菊がやってくれるって」
「そうか。そもそもクラスAだから、通信に使用されているって規約もあったっけな」
まあ、その方が勝てば
現在は一応一人一回線が義務付けられているが、複数機持っていても、平行使用ができない設定にしてあれば問題がないとされる規約で、自動車レースのようにゴーオンレース・ゴーホーム(その車でレースに行き、その車で家に帰る)という、イタリアの某高級自動車メーカーの古いスローガンに倣っての事らしい。
「そう、あとは……その、……ナラシと…………」
雨糸が黙り込んでしまう。
その態度で悟ってしまう。
「……バトル用仮想人格は後回しにして、電源はオフでお願いします」
「ちっ!」
雛菊が舌打ちする。
「デジーっ!!」
雨糸が再び咆哮する。
「なんでお前が舌打ちするんだ?」
「そりゃ……愛しのユーキにあんな事やこんな事をされるのを見る、ウイの感情データを集めモガモガ……」
「……黙れ」
雨糸が見た事の無い殺気を放ち、雛菊を両手で抱え込む。
「……俺どうすりゃいいの?」
「コホン……じゃあまずはナラシ用の低粘性オイルに交換して」
雨糸が仕切り直すように言う。
「分かった……」
「……つか、そもそも雨糸はオイル交換できないのか?」
「その……オイルに触れるとアレルギーが出るから……」
「なるほど。……アトピーって、手袋とかして蒸れて出る自分の汗でもなるんだっけ?」
「……うん。なんか今は体調良くないから、手袋でも間違いなく出ちゃうと思う」
「だから今日は蒸れないよーに服がスカーむぐむぐ……」
「なっ、なんでもないからっ!」
「本当、仲良いなお前ら……」
ひとしきり凸凹コンビのノリツッコミを満喫して素直に褒める。
「……えっと、じゃあまずはオイルか。
「そうね。それは高校生にはありがたいわ。以前の私だったら、……だけど」
雨糸は、もうそんな些細な事で悩まなくてもいいようになってしまった自分の立場を、遠くを見るように呟く。
「…………大丈夫。さくらも……、フローラも……、涼香も……、俺もずっと同じだ」
兵器の開発の一端を担ってしまっている事を思い出し、それに巻き込んでしまった事に対して陳腐な謝罪はせず、仲間である事を言い聞かせるように言う。
そしてその事は、俺らの恋愛感情や立場、性別、場所すら関係なく将来に渡って及ぼす悪夢ですらあり、文字通り一蓮托生なのだ。
だから、せめて負わせてしまった負担を軽くするためには、何と言われ、思われようと、彼女らには人として尽くさねばいけないと思う。
「…………裕貴ったらもう。そんな目で見られたら、涼香みたいに見られたら……私……」
ほんの一日会わなかっただけで、雨糸の子供っぽさが消え、かわりに異性としての強烈な愁いを帯びて、俺を見つめてくる。
同情や負い目と分かっていても、雨糸を結果として傷つけてしまうとしても、以前にキスをしたように、雨糸の健気さは強烈に俺の心を惹きつける。
「うい……」
「ストーーップ!!」
「「!!」」
危うく伸ばしかけた手を、雛菊の声で引っ込める。
……あぶねえ、あやうく流されるところだった。
バクバクする胸を押さえながら安堵する。
「あーもう! まだ先は長いアルからお楽しみは後にして、今は雨糸二号のセットアップを先にやれアル!」
「誰の二号よっ!!」
雨糸が怒る。
「もう好きにして……」
脱線続きでくたびれた心が弱音を吐いた。
だがしかし、以前とは別な
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