十月桜編〈誓い〉
ピリッ!
静電気に触れた様な軽い電撃を感じて目が覚めた。
……ような気がしたが、開けているはずの目は、暗闇しか映していなかった。
――ここは? ……えっと、たしかフローラとさくらさんと姫ちゃんと、途中で帰ったけど涼香と、裕貴の事を話していて……。そうそう、みんなと裕貴の昔話をし始めたんだっけ。でも、涼香は私の知らない裕貴をいっぱい知ってて、ちょっと落ち込んじゃって、お風呂の後ふて寝してそれから……。
あれこれ考えながら客間のベッドに潜り込んで、眠ったと思ったら、以前ブルーフィーナスに侵入した時の夢を見た。
……夢、かしら? ……にしては妙に疲れ知らずで指が動いたし、知らない
でもハッキングしたり、アドリブでプログラム考えながら侵入していくのって、久しぶりにゲームのテストプレイしてるみたいで面白かったわ。ゲーム化したら受けるかしら
思考するしかできないせいか、とりとめもなくそんな事を考える。
そう言えば私、今どうなっているの? 寝ているの? 起きているの? 雛菊、そこにいる?
暗闇の視覚情報以外の感覚のないまま、思考だけを巡らせて現状を把握しようとするが、なすすべのないまま緩やかな不安に駆られ、雛菊を呼んでみる。
“ウイに嫌われてもウイはずっとデジーのマスターアルよ”
だが返事はなく、代わりに最期に――ベッドに入る前に聞いた言葉を思い出す。
変なの。そんな事分かりきってるのに。だってインストールする時、〈信頼〉と〈愛情〉のパラメータを目いっぱい上げたんだから。
でもここまで好かれるとは正直思わなかったわね。他のパラメータとの相互作用かしら? それともこれが
暗闇の中ため息をつくが、傾けたと思った体が、動いた気配がしない。
……?
試しに両手を打ち鳴らそうとするが、両手がない事に気付く。
やだ、拍手できない。やっぱり夢?
そう思った途端焦りが消え、感じない体から力を抜いて、ふたたびため息をつく。
ふう。夢ならしょうがないか、ヘンな夢だけど目が覚めるまでじっとしてましょ。
……それにしても何だかとてもお腹が空いてるわ。いやだ、さっきさくらさんの料理いっぱい食べたのに……。
「お腹空いた」
今の私の声? って喋ってないんだけど。
空腹感を感じている事に気付いた途端、発していないはずの声が聞こえた。
本当に変な夢。聞こえない声が聞こえたり、手足の感覚や体がないのに空腹感はあるなんて。
違和感を感じながら緩やかに目覚めを待っていると、かすかにドアが開く音が聞こえた気がする。
……ドア……人?
知覚した瞬間、胸の奥から猛烈な高揚感が沸き上がってきたが、なぜそんな気持ちになるのか理解できなかった。
音……じゃないわね、気配? 夢ってこうだったかしら? ……でもそうよね。夢って記憶にしか残らないけど、そもそも記憶には動画みたいに音なんてついていないものね。
冷めた部分で冷静に分析しながら、成り行きを見守っていると、ふいに暗転して視界が光で満たされ、高揚感が最高潮に達した。
「やっぱりここに居たか」
眩しい光の中、逆光の中の人物が口を動かす。
え? 誰? ていうかなんで嬉しいのかしら?
焦っていると、光に目が慣れて来て、呼びかけた人物が判明した。
「裕ちゃん!!」 ――裕貴!!
って、何で声が二つも出るの?
謎の声と叫びが重なった瞬間、例えようもない幸福感が体中を駆け巡った。
「出て来いよ。今ならオバサンも居ないから大丈夫だ」
そう呼びかける裕貴はとても幼く、どう見ても五才ぐらいにしか見えなかった。
どうして、さっき姫香ちゃんに見せてもらったばかりの、画像でしか知らない裕貴が夢に出てくるの?
自分が小学校に上がる前の、知り合う前の裕貴はとても幼く、しかし今と変わらず強い瞳で、自分を見つめてくれる事がとてもうれしく思えた。
だが同時に、そう呟く自分の声は裕貴には届いていないようで、まったく無反応だった。
「どうせメシも食べてないんだろ? 家へ来て飯食えよ」
(……こくん)
困惑していると裕貴にそう言われ、手を引かれて暗闇から引っ張り出されると、意に反して視界が傾いて、自分の意識を宿す存在が頷いたのが判る。
そして引っ張り出され、意のままに動かない映像を見て驚く。
――ここって一体どこ?
自分が居たのは押入れの中で、そこから出ると六畳間と四畳半がふすまで仕切られている畳部屋で、床にはカラフルな洋服や化粧品、コンビニの空弁当やペットボトルが散乱し、食べかけのカップラーメンはコバエが湧いている汚部屋だった。
「行くぞ涼香」
幼い裕貴に手を取られ、向けた視線の先を見て驚く。
涼香!? って、細っ! 私の手!?
涼香と呼ばれて驚いたが、それにもましてガリガリにやせこけた手をとられ、その手がおおよそ自分が目にした事の無い、異様な細さであることに驚く。
ああでも不思議、どんな状況かもわからないのに、裕貴に手を引かれているのがとても幸せに感じるわ。
そんな事を考えていると、裕貴が散らかった洋服などを踏み散らしながら、自分の手をグイグイ引っ張っていく。
その途中、玄関わきに置いてあった姿見を見てさらに驚愕する。
ええっ! わっ私、涼香になってる!?
その後、裕貴の以前の家、――アパートらしき隣の部屋に連れて行かれ、裕貴に総菜パンを与えられて食べながら、なぜか涼香の体と視点と感覚でもってストーリーが進んでいる事に気が付き、雨糸はようやく現状を把握し始めた。
……つまり、なぜか知らないけど、涼香の記憶を
「そうアル」
「雛菊!?」
突然映像が途切れ、雛菊が眼前に等身大で、だが目線は自分より少し低めで出現した。
「これはデジーのアバター、今はデジーの
「!! ――って、それは一体どういう事?」
そう聞き返すと、広げた手が見え、自分が本来の姿に戻っている事に気が付いた。
「今、ウイはデジーと一葉を通して、涼香の記憶領域をディープスキャニングしているアル」
「何でそんな事をするのよっ!!」
「あまり大声を……この場合は強い思考を発するなアル。
「――!! って、そんなのどうすればいいって言うのよ!」
「……別に、あまり考えないで、ただ静かに涼香の思い出に寄り添えばいいアルよ」
「分かったけどその前にちゃんと答えてよ! どうしてこんな事をするの?」
「…………ウイが望んだ事アル」
普段なら横柄に答える雛菊が、目を逸らしながら苦し気に答える。
「こんな風に人のプライバシーを覗きたいなんて思っちゃいないわ、私が知りたいのは裕貴の事だけなのよ!」
「知りたいと望んだ事に変わりはないアル。それにウイはデジーをインストールした瞬間、裕貴と同じ道を歩むことを選んだはずアルよ、忘れたアルか?」
リアルの
「――!!」
“デジーに反対する権限はなかったアル。すまないアル……”
雨糸は姫香に〈巴〉をインストールをした後に、雛菊が言っていた言葉を思いだし、その時見せた陰りの理由をようやく理解した。
脳波シンクロシステムは、単に周辺の機器をコントロールするだけの機能ではなかった。おそらくは何らかの実験の一環なのだと悟った。
そしてそれは裕貴が
「………………わかったわ雛菊、これが私に課せられた試練だというなら諦める」
「すまないアル」
「謝らないで。雛菊の判断は私の決めた事の延長でもある。雛菊の
「ウイ!!……」
雨糸は等身大の雛菊に妙な感覚を抱きながら、俯いた顔を上げさせると、驚いた事に雛菊はボロボロと泣いていた。
「雛菊、あなた……」
泣けるの? と聞こうとした瞬間、今度はドッと別の映像が、雨糸の意識の中に流れこんできた。
“――ママ!! やめてほしいアル! ウイはママが思うほど強くないアル”
“そうかもしれない。けどあなた達には必要なステップなの。判るでしょ?”
“判る事と許せる事は別問題アル! デジーは断固反対アル”
“西園寺さんが心配なのね。そこまで愛情を理解できるなら、この実験の意義も理解できるはずよ”
“そんな事デジーの知った事じゃないアル! そもそもウイを、マスターを守るようプログラムしたのは他でもない、ママアル!”
“そうだったわね。でもママは、たとえ010に恨まれても、この決定は覆さないわ”
“……分かったアル。でも他の事ではデジーはあらゆる手段で、ウイの為に行動するアルよ”
“いいわ。010、……いえ、雛菊の思う通りに行動なさい”
“礼は言わないアルよ…………”
「…………今のは」
言葉が出ないまま、雨糸が我に返る。
「ウイがデジーに意識を向けたから、デジーが今一番気に掛けていた記録が、ウイに
「……驚いた。私があなたを書き換えたとはいえ、本当に
「それもそうアルけど、デジー達の
「……そっか。良かったわね」
「良くないアル! 本当ならウイが言った通り、人の心なんて知らない方がいいアル! けど知る事ができるようになったから!! デジー達が人の心を理解できるようになって、人の思考をデジタル変換できるようになったから!! こんなプログラムを――〈
雨糸は人差し指で雛菊の唇を押さえて黙らせる。
「シイッ、……涼香に影響するんでしょ? 分かったから大声を出さないで」
「…………デジーはウイが大好きアル」
ぶんぶん頷きながらボロボロ流す涙を拭いもせず、真っ直ぐに見つめて雛菊が答える。
「私も雛菊が大好き」
雨糸はそう言うと、デイジーの頬を伝う涙を拭い、優しく抱きしめた。
そうしてひとしきり抱き合って泣いた雛菊を慰めた後、雨糸が口を開いた。
「――さあ、これが訓練というのなら再開しましょ。長引けば涼香だって何らかの負担があるんでしょ?」
「……やっぱりウイには敵わないアルな」
「でなきゃ、あなたのマスターなんて務まらないわ」
「それなら結構アル。でも本当の試練はこれからアルよ」
「分かってる。涼香が普通でない生い立ちをしてきたぐらい、
「分かったアル。じゃあ再開するアル」
――さくらの家、客間のベッドで雨糸が目が覚めると、ベッドの上はグチャグチャに乱れ、枕やシーツは寝汗や涙、果ては血にまみれていた。
一晩中涼香の記憶を見て、時におびえ、怒り、泣き、喚き、喜んだ記憶を追体験したせいか、リアルの体も激しく影響したようだ。
涼香の一部の記憶とはいえ、強烈な部分だけを脳波シンクロしたまま、ダイジェストで見てしまった感覚は、遊園地のすべてのアトラクションを、一晩で何百回もリピートしたような激烈な感覚だった。
汚れたベッドの上を見て口元を押さえると、固まった血でパリパリになった鉄臭い口の中から、歯の
どうやら無意識に全力で歯噛みしたらしく、欠けた歯で唇を傷つけたようだった。
「大丈夫アルか?」
心配そうに脇に立つ雛菊が見上げている。
「が……いひょ……ぶ」
大丈夫、と言おうとして血で固まった唇が邪魔をして、うまく言葉が出てこなかった。
「ふ、……うふふふ……ふ、ふふふ」
それが滑稽で笑いがこみあげ、同時に涙も出て来てしまい、鼻の奥がツンとしてきた。
疲れ切った心身を休めたくて天上を見上げて目を閉じると、ふたたび涼香の記憶が蘇ってきた。
ヤバイ、目をつぶるとまた……。
だが、脳裏に強烈に転写されてしまった涼香の記憶は、耳についた何気ない曲が脳内でリピートを繰り返すように、抗う事も出来ないまま、ふたたび雨糸のまぶたの裏で再生を始めた。
――母親が怖くて、押入れに閉じこもり、やり過ごしていた涼香の幼少時代。
自分を見るたび、産まなきゃよかったと、泣きながら罵る母親。
たまに機嫌がいい時は、伸ばしっぱなしの髪をブラッシングしたり、編んでくれたりしたが、一転して目を逸らし、食事も作らず無視を決め込んで、
そんな不安な日常の中、救い出してくれた裕貴の存在が何よりも嬉しく、自分を支えてくれていた。
そしてある時母親に恋人ができた。
その恋人は裕福で、今の雨糸の目で見れば、母親はその相手を金銭面での後見人的な扱いをしているように見えた。
そしてその恋人の広い新居に引っ越すことになってから数日後、普段から意味ありげな視線を自分に向けていた男が、ついに一線を越えてきた。
“新しい服を買ってきた。着てみてくれないか”
それが最初のきっかけで、男の好意は次第にエスカレートして、着替えを見たがるようになり、次に着替える時を動画に撮るようになり、果ては裸体まで撮るようになっていった。
だが、涼香はそんな義父の
「うぐっ……うぅ…………」
雨糸はうめき声をあげる。
雨糸は脳波シンクロした状態から涼香の記憶を走査した事で、その時の感覚まで追体験してしまった。
涼香の、自分の体ではないとはいえ、見ず知らずの男に裸を見られる事は、雨糸には耐えがたい嫌悪や不快感を与えた。
なのに当の涼香は淡々と受け入れ、それどころか嬉々として受け入れている感情さえ感じさせた。
「うっ! ……うう……」
その理由を思い出して雨糸は口元を押さえ、ふたたび嗚咽を漏らし始めた。
その時の涼香にとって裕貴は、もう自分なんかがが曇らせてはいけない、無上の存在と思うようになっていた。
“……これでいい。こうして私がパパに大事にされていれば、裕ちゃんはもうママと私の間に立たなくて済む”
「涼香、あんたって……」
ベッドに涙を落としながら雨糸は思わず呟く。
生まれを母親に否定され続けた涼香は、自分自身の存在理由を見失っていて、それがあの喋り方になっていた。
そうして裕貴にその現場を見られて男が自殺してしまい、そのあと涼香は母親に理不尽にも激しく責め立てられた。
“どうせアンタの裸を指をくわえて見てるだけの小心者の男だったんだから、とことんそれを利用して、普段から小僧より頼りなるぐらい言って、アンタから小僧を遠ざけてりゃりゃよかったんだ! そうすりゃ小僧はアンタに付きまとう事はなかったんだよ!”
愛はないが、最良のスポンサーを失い、酔った母親が涼香をそう責め立てた。
言い方や狙いは違えど、裕貴を遠ざけたかったのは涼香も同じだったので、母親の言葉は涼香の心に激しく突き刺さった。
「そんな事ない!! 裕貴はそんな理由で涼香を遠ざけたりしない!」
雨糸はそう叫ぶが、無論記憶の住人の涼香に届く事はなかった。
その時、はずみで電気ポットをひっくり返され、涼香はやけどを負ってしまう。
熱さで泣き叫んでいると、無情にも母親に水を掛けられて家から追い出され、仕方なく近くに越してきていた裕貴の家に駆けこむ。
服を脱がせ、懸命に体を冷やして治療してくれる裕貴に向かって、さっきの母親の言葉をきっかけに、ついに涼香は爆発する。
“パパに裸をみられるくらいなんでもなかったのに!! 裕ちゃんなんか大っ嫌い!! もう私に関わらないでっ!!”
そう叫ぶ涼香の本心は、養父を失った事で、また裕貴を自分と母親の間に立たせ、苦しませる事になってしまうと考えたのだ。
裕貴は涼香の罵詈雑言を黙って聞き、氷水で涼香を冷やしながら唇を噛む。
“……これでいい、これで裕ちゃんは自由になれる”
悔しそうな裕貴の顔を見て、一抹の心の痛みを覚えながら涼香は安堵する。
そうしてほどなく来た救急車に乗り、病院に行って治療を受けたあと、ついてきた裕貴の母親が、帰りの車の中で衝撃の事実を口にした。
“裕貴の為にあんな事言ったんでしょうけど無駄よ。だって涼香ちゃん、あなたは裕貴の――”
「うっ……!! ぐふっ、……うぐっ!!」
吐きそうになるほど精神を揺さぶられて、雨糸は再び我に帰る。
「ウイ!! しっかりするアル、大丈夫、ウイはここに居るアルよ!」
なんてこと……。涼香の記憶が起きててすらフラッシュバックを起こすなんて。確かにこれは生半可な覚悟じゃ自分の精神にダメージを負いそうね。
これが食後でなく、朝一だったのが幸いしたおかげで、戻してベッドをさらに汚すことはなかったが、雨糸はうつむいて肩で荒い息をついたまま、顔を上げられなかった。
「みんなには伝えておいてやるから、今日はまだ休んでいろアル」
落ち着いた頃を見計らって雛菊がそう言ってきた。
「……そうね、そうさせてもらうわ」
そうしてベッドに仰向けに寝転んで、一息吐いて全身の力を抜く。
アッチの世界じゃ雛菊に偉そうに言ったけど…、なんて体たらくかしら。
……それにしても、物静かな涼香がこんなにも複雑な感情を秘めていたなんて。
――その後、全くへこたれていない様子の裕貴は、涼香を連れて家出したかと思うと、近所の山の炭焼き小屋に連れて行って、しばらくそこでしばらく暮らそうと言い出した。
“嫌いって、関わらないでって言ったじゃない!!”
“涼香はそれでもいい。だけど俺は涼香が好きだ、だから好きにやる!!”
“もう、裕ちゃんのばかぁ……”
涼香は裕貴の母親から衝撃の事実を聞かされて以来、裕貴との事をあれこれ思い悩むのをやめ、裕貴の顔を見ながらこれからの事を考えようとした。
さらに涼香は子供心にも、こんな家出がいつまでも続くわけもない事が薄々分かっていたが、かといってこれからどう行動したらいいのかも分からずにいたので、大人しく裕貴に従った。
昼はそこらを散策して、父親に教わったという山菜を探して目星をつけ、持ち出した食料が尽きたら食べようと決め、水は沢を掘って新鮮な湧水が出る場所を探して汲み、夜は大きなビニール袋に二人で履くようにして潜り込んで顔を出し、害虫と地べたから冷えるのを防ぎながら座って、裕貴の膝の間に抱えられて満天の星を数えながら夜を明かした。
星空を見上げ、世界に自分と裕貴しかいない状況に、涼香は知らずに涙が出てきた。
“大丈夫、俺がずっと守ってやる”
そんな事じゃないの。と涼香は言いたかったが口には出さず、ついに涼香の反抗心は折れた。
“……もう無理、この気持ちから目を逸らせられない”
雨糸はこの時、涼香の心を満たした気持ちは、自分と同じものだと理解した。
そうして三日目、やけど跡を冷やすために沢に降りようとして、元々体格的に蓄えのなかった涼香は、めまいを起こして沢を滑落してしまう。
“涼香ーーーー!!”
目まぐるしく体が回転した後、起き上がろうとして起き上がれず、倒れたまま顔を巡らせて原因を知って呆然とする。
なんと両手は二の腕から小枝のように折れていて、涼香はあまりの激痛に失神した。
そこから涼香の記憶は途切れ、気が付くと病院のベッドで寝ていて、廊下の方から涼香の母親が大声で騒ぎ、裕貴の両親がとりなしている声が聞こえた。
それからは雨糸も知っていた通り、涼香が裕貴の家に住み込んで、腕が不自由になった涼香の世話を裕貴がする事になった。
そうして退院後、裕貴が涼香のトイレから、風呂での介助まで躊躇なくこなしている間、涼香の心は嬉しさや恥ずかしさではなく、罪悪感でほとんど占められていた。
雨糸はどうして涼香はここまで自分が悪いように考えるのか、それだけは理解できなかった。
そして、時折涼香の視点で自分の当時の姿を見る事があったが、自分の気持ちが涼香にはバレバレであった事を思い知らされた。
……そっか。涼香にはバレてたんだ。
ある時、裕貴に家まで送られた後、ふたたび出かけた裕貴が帰って来て、顔中腫れ上がらせながらも、どこか誇らしげにしているのを見て、涼香がついにある決意をした事が判った。
“私も一生お兄ちゃんの為に尽くすからね。……大好き”
そしてその時、顔中を絆創膏だらけにして寝ている裕貴に、涼香が唇を、最初のキスを捧げた事を知った。
それから涼香はその誓いの通りに行動する。
姫香との確執から涼香が髪を短くした理由や、フローラの恋心を知ってからの応援、012がAlphaに入れ替わる前、一葉の前人格時代に交わした言葉、さらには自分を仕向けて、
そしてついこの間、涼香が一葉に打ち明けた計画も――
“涼香のその想いが、実っても破れても、そのどちらでも涼香は傷つくのよ? それでもいいのね?“
「うっ……うっ…………馬鹿よ……涼香、…………でも私はもっと馬鹿。そんな風に考えていた涼香の想いも気付かずに、のうのうと裕貴に迫っていなんて…………私……なんて能天気だったの?」
「ウイ……」
泣き始めた雨糸を心配して雛菊が声をかける。
「……いいわ。私も涼香に協力する」
ひとしきり泣いた後、決然と顔を上げた雨糸が雛菊に向かって言う。
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