十月桜編〈スティルオードパルファム〉
雨糸、フローラが姫香の
テーブルには
「……ふう。これで完了、っと」
雨糸がダイニングテーブルの上に表示された
「お疲れ様」
フローラが雨糸を
「ありがとー! 雨糸さん。フローラ。雛菊。一葉。疲れさまー」
姫香も雨糸にお礼を言う。
「どういたしまして。フローラこそありがと。やっぱりパラメータの心理学用語は、フローラが居なきゃお手上げだったわ」
「それは何よりだ。特にラテン語は学名では必須だったから、勉強しておいてよかった」
「そうそれ! プログラミングじゃ学名なんて全然使わないから、チンプンカンプンよ!」
「ふわあ。二人ともすごいのねえ~~。さくら英語はあんまりだから尊敬しちゃう」
カウンターに座り、遅い昼食の余りのナスの素揚げの煮びたしをつまみに、迎え酒のビールをあおっている祥焔をチラリと見て、さくらが二人を褒める。
「ふ、洋楽のカバー曲を多く歌っていたさくらが、実は英語が苦手だったとは私も驚いたぞ」
祥焔がさくらの視線に答えるように言う。
「え!? さくらさん本当? ってか、洋楽のカバー曲はあんなに上手なのになんで?」
「うう~~、ヤブヘビになっちゃった。あんまり言いたくないなあ……」
「それは是非聞きたい」
フローラが笑いながら言う。
「えっと~~、
「新しい! てか
「未来ビジョンの歌詞を考えられないみたい」
「それ誰の事よ!」
「著作権の問題」
「生々しいわね! てか、
さくらのペテンに雨糸がツッコむ。
「てへ、……えっと。さくらがハーフで施設育ちってのはみんな知ってるのよね?」
「うん。裕兄に聞いた」
他のみんなも同様に頷く。
「小さい頃、護ちゃんからママの事を聞いたんだけど、ママは日本語が苦手そうだって話してくれて、それで英語を覚えておけば、いつかママに会えた時役に立つかな……って思って、施設にあった洋楽のCDを、暇さえあれば聞いたり歌ったりしてたのよ」
「え? でっでもさくらさんのママってロシア人じゃ……あ!」
雨糸が当然の疑問を口にしかけて途中で気付く。
「そっそうよ、もうっ! 小さかったから、外国人イコール英語って思い込んでて、ママの国がロシアだって気付かなかったのよ!」
さくらが真っ赤になって肯定する。
「ぷっ、くっ!…………くっ……はっ!」
フローラが吹き出し、声を押し殺しながら笑う。
「フローラったら失礼よ! そうよねえ、小さかったら判らないのも当然だし、そうやって英語を一生懸命覚えようとしてたのね、偉いわ。……でもさくらさんって可愛いのね」
姫香がフローラに小言を言い、さくらの行動に感心する。
「納得だわ。でもそのおかげで歌がうまくなって、芸能界に入れたんでしょ? 結果的にはオーライじゃない?」
雨糸は笑わず、目元に涙をにじませながらフォローする。
「そうね。色々あったけどこうしてみんなとも友達になれたしね。……ありがとう姫ちゃん。雨糸ちゃん」
「そうだな。小さい子供の努力を笑うのは失礼だった。すまないさくら」
フローラが真剣に謝る。
「いいのよフローラ。恥ずかしいだけで傷ついてるわけじゃないから」
「あるがとう」
「……さてと。締まった所で姫香ちゃん」
「なあに雨糸さん」
「一応“安全”なように基本パラメーターはセットしたけど、性格は自動生成で本当によかったの?」
雨糸がフローラの方をチラリと見ながら聞いてみる。
今回インストールしている
そうしてフローラと相談した結果、姫香の安全の確保を優先気味に設定し、かつ
これでインストールが完了すれば、ボディはないが、AIとしての性能は
「うん、デジーちゃんみたいなのもいいけど、どんなキャラクターになるのか、どんなふうに仲良くなればいいのか、色々考えながら付き合っていったら楽しそうじゃない?」
「……そうだけど、褒めてくれて恐縮だし、自分でセットしててこう言っちゃなんだけど、デジーはあまりいい性格とは言えないわよ?」
雨糸は、ダウンロード中で回線をフォローするのに集中している雛菊を見ながら言う。
「ちょっと雨糸、雛菊は聞こえているわよ」
一足先にダイブモードから戻った一葉が注意する。
「ひっ! そそそそ……」
「ハァ……二人いなきゃ回線も維持できないし処理も遅い。ホント、
動揺する雨糸をよそに、一葉が肩を落とす。
「そこまで性能差があるのか。
フローラが言う。
「そうよ。頭の良し悪しなんて関係ないわ。あなたたちの良さはそんなとこにないじゃない」
「ありがとう姫香」
「性能……そういえば青葉」
「なあに、フローラお姉ちゃん」
部屋の窓際のソファでさくらとともにくつろいでいた青葉が返事をする。
「AIの性能なら、
「それは、黒姉と私は基本的に絶対不可侵な存在で、お互いに干渉できないの」
「どういう事?」
雨糸が聞き返す。
「もし私か黒姉に何かあって悪用された時、片一方からの干渉を受け付けないようにっていう予防措置なのよ」
「……それで、さくらが歌った時も黒姫が参加しなかったのか」
フローラが大仰にうなずいて納得する。
「そう言う事。でもまあ、今回の事は黒姉自身の事でもあるから、一葉姉とデジ姉がやった方が良いし、それに元々“私とは基本設計が違う”から相性が良くないのよ」
「……なる、そうよね。あなた達二人が組んだら……て、うわお!」
雨糸が想像してしまい、自分の肩を抱いて震える。
「あれ? でも青葉。さっきはオシオキされてたって言ってなかった? そう言う事は大丈夫なの?」
さくらが聞く。
「そっそれは……、私が悪い事をしたから、お互いに持っている
青葉がバツが悪そうに答える。
「悪い事って、石をナントカってワザで切った事?」
「う……ん、それも……だけど、フローラお姉ちゃんのプライベート覗いたり、裕貴お兄ちゃんを副音声催眠で追い返したり……あとは……」
「わかったわ。もういいわ……」
さくらが頭を抱えて青葉を遮る。
「それは……怒られるだろう……」
フローラが呆れたように言う。
「はぁ、……でもね青葉。叱ってくれる存在がいるのはいい事なんだから、恥ずかしがらなくていいんだよ」
さくらは自分の肉親が身近にいなかった事を思い出したのか、少し遠い目をして、下を向いて小さくなっている青葉に言い聞かせる。
「……ママ」
「でもそうね。さくらも青葉のママなんだから、黒姫ちゃんに頼ってないで,
さくらも青葉の事叱るようにするね?」
「うん!」
ピコン。
青葉が嬉しそうに答えたその時、雛菊とピットを介して、ケーブルで繋がっている桜色のスマートチョーカーのLEDの色が代わり、雨糸の前のエアビジョンにインストール完了の文字と、再起動を促すYES/NOの文字が映し出された。
「終わったようね。じゃあ再起動掛けるわね」
雨糸がそう言って、YESの文字をフリックする。
そうして再起動が終り、ケーブルを外すと、雛菊が同時に目を開けた。
「あ、おっお疲れ、デ……
雨糸が恐る恐る伺うように言う。
「ウイ、聞こえてたアルよ」
「……ごっごめんなさい。
「許さないアル。だから罰を与えるアル」
雛菊が短くジャンプして、雨糸の右肩に飛び乗る。
「ひっ!」
雨糸がビビって短く悲鳴を上げる。
「こんな性格にしたんだから、デジーを一生そばに置くのが罰アルな」
雛菊が首をすくめる雨糸の頬に、優しくキスをする。
「……そっ…………うん」
雨糸がキョトンとして雛菊を見つめ返して、短く答えと雛菊が笑い返した。
二人がそんな風にいちゃついているのを横目で見ながら、フローラが姫香の首にスマートチョーカーをはめてやる。
「よし、それじゃ起動」
表面上は見えない、右側に隠れている柔らかいボタンを長押しして、最初のスタート画面を呼びだすと、姫香の眼前にエアビューワーが展開された。
「よし、それでまずは自分の名前を入力して、キャラクターのアイコンをフリックして起動させたら、キャラクターの名前を入力するんだ」
フローラが説明する。
「うん。……名前かあ……どうしようかな。つか裏フリックって慣れないわ」
正面のエアビューワーを裏から操作しながら姫香が呟く。
「慣れれば画面が手で隠れないからこっちの方が見やすいし、フリック系のアクションゲームとかは断然裏操作の方がやりやすいわよ」
雨糸が説明する。
「うん。頑張って慣れる……っとよし決めた!」
そうして姫香が入力を終え、いよいよキャラクターを呼び出す。
わずかなエアビジョンのノイズの後、姫香のパートナーキャラが映し出された。
「こっこんにちは」
姫香が眼前のキャラクターにぎこちなく挨拶をする。
「初めましてマスター。早速だがまずはボクに名前を付けてくれないか?」
大人しめの男言葉でそう答えたキャラクターは、顔立ちは凛々しい細面の麗人タイプで、髪こそは茶髪のロングだったが、頭の上で巻き付けるようにまるめ、大き目の光る髪留めで留められ、服はボタン付近が縦のフリルのついた白のブラウスに、黒のパンツスタイルで、赤いパンプスを履いており、そしてその腰には細身の剣が下げられていて、まさに中世騎士の部屋着というスタイルだった。
「ふわあ、……もろ好み」
姫香が見惚れながらポツンと呟く。
「ふふ。ありがとう姫香ちゃん」
「姫ちゃん、名前名前」
「あっ! そうだった」
雨糸に急かされ、姫香がハッとする。
「どんな名前?」
さくらが聞く。
「えっとねえ、裕兄が“黒姫”だったから、私は“
「巴か、
フローラが聞き返す。
「そう! 巴御前!」
「確か義仲と恋仲で、勇猛な女武者だって伝説があったな」
「うん。カッコイイ女の子が良いなって思ってたから」
「そうか。いい名をありがとう。姫香、これからよろしく」
巴はそう言うと、姫香の目の前で膝を折り、騎士のように
「うん! よろしくね!」
「それじゃあ――」
そう言うと巴が全員のエアビューワーを開くと、それぞれの眼前に姿を見せた。
突然起動して祥焔すらも少し驚いていると、巴が全員に話し始めた。
「
巴はそう言うと、今度は執事のように背を折って挨拶をした。
「よろしく巴」
雨糸が応じ、みんなもそれにならう。
挨拶が終わって巴が姿を消すと、今度は姫香の顔の左側にボンヤリとエアビューワーで現れ、直立して控えた。
「……しかし雨糸」
「なあにフローラ」
「今の機能は例の七枝刀のプラグインじゃないのか?」
「ああ、――多分ね。って他人のツインを瞬時に操作できるって……」
「お気に障ったら申し訳ない。何分実体がないので今の方法を取らせてもらったが、イヤなら控えよう」
巴が謝る。
「ううんいいの。ちょっとあなたの性能に驚いただけ」
「私も気にならない」
「さくらも~~」
「目の前にいる時だけなら問題ない」
フローラ、さくら、祥焔が答える。
「さてと、それじゃあ雨糸さんには裕兄の秘蔵画像をプレゼントしなくっちゃね!」
「やったーー!!」
「私にも頼む」
「さくらは……もらえなくていいけど、見せてだけもらいたいなあ~~」
雨糸が小躍りし、フローラが聞いてくる。そしてさくらが遠慮がちにお願いする。
「さくらさん、遠慮しなくってもいいわ。人にあげたら二人も三人も一緒だから」
姫香がそう言うと、さくらが手を叩いて喜ぶ。
「ありがと~~、それじゃあお夕飯の時間だし、腕を振るうからウチで食べてって~~」
「じゃ遠慮なく。そしたら私一度帰って画像データ持ってくるわね」
「待て姫香。そんな事ならボクが姫香のパソコンから探して来よう」
「あ、そか。でもリモート機能の設定なんてしてないよ?」
「いい。電源は入っているし、ホームサーバーにもつながっているから大丈夫。ついでに出先でも姫香が使えるように設定しとこう」
「じゃあ、涼香を起こして夕食にしたら、みんなでゆーきの写真見ながら女子会にしましょ♪」
「「「賛成!!」」
„~ ,~ „~„~ ,~
「ただいま……」
裕貴が家に着き、リビングに入ると、珍しくお父とママがお酒を飲んでいた。
だが、お父の方はすでに酔いつぶれ、ソファに横になっていびきをかいていて、
ママはワイングラスを片手にお父の頬をツンツンと突いていた。
「あらお帰り裕貴。晩御飯は?」
――8時か。そう言えば食べてなかったな。
「食べてないけど、そこにあるおつまみもらえればそれでいいや」
そう言って、皿に盛られたカマンベールチーズを、一切れつまんで口に放り込む。
「そう言えばお父になんか買ってもらうって言って出掛けたんだっけ。どうだったの?」
特に興味はなかったが、上機嫌なママを見て、その理由が知りたくて聞いてみた。
「ふふ、なんかね、結局何も買わずにウインドウショッピングになったんだけど、あとは食事と映画だけで満足しちゃった」
嬉しそうに話すママは少女のようだった。
「そっか。よかったね」
「ええ。ありがと」
「ところで姫香は? なんかスマートチョーカー貰ったって言って、さくらのとこ行ったみたいだけど」
「貰って設定もろもろ終わったから、涼香ちゃん、雨糸ちゃんと一緒に泊まるって連絡が来たわ」
「涼香! ……そっか」
涼香の名前を聞いた途端、さっきの話を思い出して体が強張る。
「そう言えば裕貴はどこ行ってたの?」
その態度を不審に思ったのか、ママが聞き返してきた。
「あ、……いや」
言い出せば涼香の事まで話がいきそうで返事に迷う。
「くん、……静香さんのお店に行ってたのね」
「どっどうして!!」
「“スティルオードパルファム”……彼女が好きな香水の匂いがするわ」
あてずっぽうでも、カマかけでもない事を示すように銘柄まで言うママ。
酒とたばこのにおいに混じり、アロマや香水などきつい匂いに囲まれていたせいか、自分についている匂いに全く気付かなかった。
送る時、お姫様抱っこした時についたのだろう。
「……あたり」
「静香さんを嫌っている裕貴が行くなんて相当なのね。さ、訳を話しなさい」
「………………………………………………」
嫌だとも言えず、黙る事で拒否する。
「…………………………………………………………」
ママも黙って真剣な目で俺の返事を待つが、しばらくして諦めたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……ねえ裕貴。ママとパパの馴れ初めって知ってる?」
「俺が聞いたのは大学時代の趣味で知り合ったって……」
「本当は違うのよ」
「……どうだったの?」
「ママね、さくらちゃんが飛び込んだ電車に乗ってたのよ」
「ええええっ!!」「え~~!」
驚く俺と黒姫をよそに、ママが話し始める。
「突然電車が止まったかと思ったら、しばらくして運転手さんと大島さんと一緒に、両手を血で染めたパパが電車に入って来て、客室の長椅子を外して降りて行ったの」
「両手を血で? って……応急処置か!」
「ええ、裕貴もパパに教わったんだったわね」
「うん」
――そう。俺はそのおかげでフローラを助けることができた。
お父は山育ちで応急処置の方法を知っていた。当時、現場に居合わせ、さくらを救うために迷わず行動したのだろう。そして助けることに成功した。
よくよく考えてみれば、都会とは言え、あれだけの傷を負って、救急車が到着するまで、はたしてさくらは
否、首を折って全身まひになり、その上人工筋肉まで入れたほどの大怪我なら、10分と持たなかったに違いない。
応急処置までした事は聞いていなかったが、大島さんもお父も、俺に話したらさくらに話が伝わると考えたのかもしれない。
そうしたら、さくらがどれだけ自責の念に駆られるか……。
それだけ思いを巡らせて、ストンと思考が落ち着いてくると、ママが待っていたように再び口を開いた。
「両手を血で真っ赤にした青年が、運転手さんと大島さんで長椅子を外して降りて行くなんて、衝撃的な場面に出くわして、私は思わず一緒に降りてついて行ったの」
「ママはお父のいっこ下……じゃあ高校三年の時だね?」
「そう。とんでもない場面に遭遇して、どうしても結末が知りたくてね」
「……なるほど」
「長椅子を担架代わりにして、3人ですぐ近くの病院に、さくらちゃんに声をかけながら運び込むところまでしか見れなかったの」
「それで?」
「その後、ニュースでその時のけが人が、歌手の霞さくらちゃんだって知ったんだけど、パパがさくらちゃんを追い詰めたとか、突き落としたとか報道されてて、一生懸命応急処置までして、病院まで運んだ人がとてもそんな人に見えなくて、当時の報道にすごく疑問を感じてたの」
「うん」
「それで、ずーーっと腑に落ちないまま大学生になって、合コンに誘われたら、なんとパパが居るじゃない? こりゃもう“真相を聞き出すんだ!!”って意気込んで、思いっきりパパに接近したのよ」
「そうなんだ」
「それをパパは誤解して、一応付き合うようになったんだけど、パパったら口が堅くてね。付き合うようになっても全然話してくれなかったのよう」
酔いが回ったのか、ママはケタケタと笑いながら話す。
「お? ちょっと待って。“誤解して”って言った?」
「ふふふ。そう! 実はその時は真実が知りたいだけで、オタク臭プンプンで全然好きじゃなかったのよう! ほーーほっほっほ!」
「……なんて事だ。じゃあ一体いつから好きになったのさ」
「ふふ、もちろん真実を知った時よ」
「え? でも“付き合うようになっても”って言ったでしょ? 話が矛盾してるじゃん」
「してないわ。真実はパパから聞いたんじゃないもの」
「じゃあ誰さ」
「思川静香さんよ」
「えええ!!」「え~~!」
黒姫と再び驚きの声をあげる。
肘をついて、少しとろんとした目で、思い出すようにママが口を開く。
「…………今は分かるけど、当時は何で静香さんが真実を知っていて、それを私に打ち明けてくれたのは分からなかったわ。けどそうして真実を知って、ママはパパが好きになって付き合うようになって、今に至る。……のよ」
――静香は当時護さんと婚約していたはず。それで事故の真相も知っていたし、護さんの心を掴めなかったくらいは想像がつく。ならば、秘密を守ろうとして躍起になっていたお父と護さんに、嫌がらせをするつもりで、お父を好きじゃなかったママに話し、それを
「さあ。ママはここまで話したわ。今度は裕貴の番よ」
静香の考えをトレースしていたら、ママに促された。
「実は……」
そこまで知っているなら大丈夫だと思い、意を決して話し始める。
「うん」
「さくらがコッチに来た理由を聞かれたんだ。それで今、ママが言っていた時代の事を、静香の側からの話を聞いた」
「当時の? じゃあ大島さんと偽装婚約してた事も?」
「えっ? いいや、偽装ってのは聞いていない。つか静香は護さんが好きだったんじゃ無いの?」
「そうなの。…………ふう、何か食い違っているみたいね。悪いけどママが知っている事はこれ以上話せないわ。だから裕貴も話せる事だけ教えてちょうだい」
「…………?、じゃあ」
一人納得する理由を聞きたかったが、先に断られてしまう。
そうして雨糸の父ちゃんと先輩後輩の間柄で、その影響でオタクになった事、静香が雨糸の父ちゃんと知り合いで、その関係でお父に会ったことを話した。
そして静香は大島さんが実は好きで、結婚までしていた間柄だという話もしたが、緋織さんが父親を殺していたという話は、さすがに控えた。
「――そう。静香さんは、相変わらずさくらちゃんが気に入らないのね」
……相変わらず?
「そうみたいだ。憎いって言ってた」
それだけ聞いてもママは特に驚くふうでもなく、近くに越して来た時、姓が大島だったことを知っていたから。――とも話してくれた。
「そっか。ありがとう裕貴。大変だけどさくらちゃんの事も、みんなの事も頑張ってね」
ママがそう言って話を締めると、立ち上がってテーブルを片付け始めた。
「うん」
「あ、悪いけど寝室から毛布持ってきて、パパに掛けてあげてくれない?」
「わかった」
短く返事をして振り返ると、ママはお皿を食器洗浄機に入れようとしていた。
寝室から毛布を持ってきて、お父に掛ける。
……これだけ堂々と話してるのにピクリとも起きない。ほんと酒に弱いな。つかもしかして俺もそうなのかな? 気をつけなきゃ。
「ありがとう裕貴」
「どういたしまして……そうだ。静香を家まで送って毛布を掛けた時、起きた静香にびっくりする事を聞かされた」
「なあに?」
「涼香の父親の名前」
ガチャーーン!
驚いたママが、持っていたお皿を流しの中に取り落とした。
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