十月桜編〈フランクフルト〉


「フム。まあほぼ同着だな」

「そうね。良しとしましょうか」

「お疲れ~~」

「裕兄も圭ちゃんも必死なのね」

「だっ……大……丈夫?」


 フローラ、雨糸、さくら、姫香、涼香にねぎわれながら競技用プールから上がる。

「ふいい……くたびれたあ」

「ぐへえ……まったくだ。この女共はサドダゼェ」

 圭一と二人で肩で息を切らせながらぼやく。


「なんだ、二人ともだらしない。もう少し追加しようか?」

「いいよフローラ。それより例の件。どうする?」

 雨糸がフローラにコソコソと近寄り、意味深に囁く」

「言った通りにする。その画像にして後で送っといてやろう。それより……な?」

「やったー!! 了解。それじゃあ約束通り、私の盗さ……いや、コレクションした画像送るね?」

「言い直すんじゃねえよ雨糸、バレバレだよ! つか、盗撮って一体何を写したんだ?」

「さあ? ひゅうひゅひゅー……」

 雨糸が絵文字のεみたいな口で、掠れまくったヘタクソな口笛を吹きつつソッポを向く。

「そんな事はどうでもいいが、フローラ、確かにあの動画にモザイクをかけてくれるんだろうな?」

「オイ親友! おr!! ……くっ、――の事はそんな事だと!? 聞き捨てならない事を言ったな?」

「ほほう? やはり校内をフルチンで走り回った謎の覆面男は、お前達の事だったのか?」

 フローラが、ぐうの音も出ないように、俺たちの不満を抑え込んでくる。

「「くっ、金色夜叉め……」」

 久しく言わなかったフローラの真名ニックネームを呟く。

「はーっはっはっは」

 フローラの哄笑が響く。

「あの動画かあ……若いっていいわよねえ」

「何となく想像つくなあ。でも、裕兄は分かるけど圭ちゃんまで。はぁ……具体的に何があったか涼姉、あとで教えてね?」

「うっ……うん。いっ いいよ」

「コラ涼香! つか、さくらが何で知ってる? それと姫香! 兄ちゃんをなんだと思っているんだ?」

「オイ」

 やべ!

 圭一の声で暗に認めてしまった事に気付いて後悔するが、いまさら口にした言葉は引っ込められないので、ぐっとこらえて女子サディストの反応を待つ。

「え? でっ、でも……」

「ええ~~? もちろんAIさくらがハッキングしてたからよ~う」

パパヘンタイの子供だから?」

 姫香の“ルビ”に違和感を感じ、ついでに余計なツッコミを回避して安堵するが、好転しない状況に歯噛みしながら、先ほどのやり取りを思い出す。


 くっそう。……何でこうなった?


 ――先ほど、目の前を小さい子供が全裸で駆け抜けて、後ろから母親が、ここはお風呂じゃないのよ。と叫びながら追いかけて行くのを目撃した。

 それを見て思い出したのか、フローラが呟いた。

「そう言えば春先、私がトイレで泣いて、涼香が慰めてくれた時、紙袋を被って大声で、しかもフルチンで校内を駆け回っていた馬鹿がいたなあ」

 くっ! 真相を知らないさくらや姫香をタテにして、反論を押さえてやがる!


 最近、さくらが居る場所ではやたらとSっ気を出してくるフローラが、意味深に言ってくる。

 「そんな事もあったわよね……“いったい誰だったのかしらあ?” ……うふふ♪」

 誰だったのか薄々知っている雨糸が、フローラに同調してニヤニヤしながら俺と圭一を交互に見比べる。

「さてな。でもほんの数秒だが、謝りながら私の前を駆けた時の動画が私の手元に残っているぞ」


 そうでした!!


「えええーーー!! どうして? あの時って祥焔かがり先生が、全校生徒のDOLLに、校内ネットワークに監督者権限で緊急ロックをかけたから、記録は一切残せなかったはずよ?」

 そう。確かにあの時はそうなる事を期待してあの行動を起こした……が。

「ふふふ。“幸い”私がその時、オフラインのソフトディスプレイを持っていてな。性能は良くないが、動画モードで“運良く”記録出来たんだ」

 という具合に計画には穴があった。

「ウッソー! 欲しい! 私の秘蔵画像と交換しない?」

 雨糸が俺をチラリと見てフローラに提案する。

 さっきの雛菊デイジーの漏らした言葉から、雨糸が持っている画像はロクなもんじゃないだろう。

「いいぞ」

 ……やっぱり。


 ――などというやり取りがフローラと雨糸の間で交わされ、『そんな破廉恥な無修正動画を拡散させるのは公序良俗に反する!!』 と圭一と二人で猛反発したのだ。

 するとフローラが、『じゃあ二人で休憩時間まで遠泳をやってみろ。そしたら画像にモザイクをかけてやろうじゃないか』 と、言い出したのだ。

 それならば……と、了承して圭一と二人で目で会話しつつ、平泳ぎで時間を稼ごうとまったりと泳いでいたら……。


「つまらん。見てて面白くないから、勝った方の体格に似た奴“だけ”にモザイクをかけてやろう」


「「悪魔!」」


 そうして、スピードはあるが、スタミナのない俺、スピードはないが、スタミナのある圭一と以外にもデッドヒートを演じつつ、同着と言う結果に落ち着いたのだった。


 何とか金色夜叉クイーンの試練をこなし、プールサイドに圭一と二人でへたり込む。

「……うああ、ダメだ。こりゃ明日は確実に筋肉痛コースだ」

 体中の猛烈な脱力感から、そんな悪い予感がよぎる。

「うがあ……オレもだゼェ」


「ふっ、でも二人とも真剣に泳いでる姿はカッコよかったぞ。だからちゃんと約束は守ってやるし、ついでに圭一はさっきの無礼の件は許してやろう」

「ははは……」

「そうか、明日のバイトに差支えた甲斐があったってもんだな」

 俺が力なく笑うと、圭一がイミフな事を言ってきた。

「え? 圭ちゃんがバイト?」

 実家が裕福な事を知っている姫香が聞く。そしてそれは俺も同感だった。

「よっ……と。ああ、中将姫DOLL、――G’Zelevenジーゼットイレブンを買うのに、家業を手伝う事を約束したんだ」

 仰向けになってヘタリ込んでいた圭一が起き上がりながら答える。

「あんな高いモデル、いくら圭ちゃんでもポンとは買えないでしょ?」

「ああ、金は出してもらったが、バイトで返すことにしたんだ。……親に買ってもらう事も出来たろうが、それじゃああんまり情けねーしな」

「へえ、自分で買うなんて圭一君て偉いのねえ」

「ホント。圭ちゃんらしい」

「それはちょっと違うな」

 圭一がさくらと姫香の称賛を否定する。

「んん、なにがだ?」

 横からフローラが聞き返す。

「フローラを見てて感じたんだが、将来家業を継ぐことになっても、継がなくっても、知らないで否定したり継いだりするのはなんかしっくりこねえ、と思ったんだ」

「……確かにな」

 話しながらDOLLを迎えに行く為、保管所の方へ全員で移動する。

 広大な桜園が実家のイギリスにあるフローラも、どうやら思う所があるらしい。

「だからバイトを兼ねて家業の事を知っとこうと思っただけで、偉いとかじゃなくて、単なる将来への備えなんだよ。オレにとってはな」

「そうか。ならもう一つ聞きたいんだが、圭一の家業は造園の方をやるのか?」

「ああ、つってもウチは土建業が本職だから、庭を掘り起こしてエグミと入れ替えたり、大型の庭石を置いたりするまでで、“庭木を植えられる状態”にしたら、後は庭師に引き継ぐんだ」

「エグミ?」

 さくらが聞き返す。

「エグミっつうのは、石が混じっていない良質な畑土や、庭土のことを言うんだ」

「ふうん」

「なるほど。桜は日本の風土に適応したとはいえ、どこにでもポンと植えられる訳ではないんだな。興味があるから今度色々教えてくれ」

「いいゼェ。あと、ガラ――大き目の石がゴロゴロしてるような土地でも、しっかり根を張れば風雪に強くなって、かえっていいという見方もあるようだがな」

 ……フローラはホントに学習意欲がすごいなあ。

 フローラと圭一、珍しい組み合わせの会話に素直に感心する。

「桜は特に、挿し木や挿し木台の接ぎ木苗は浅根性になるから、大きくなる品種はかえってそういう土地の方が良いのかもな」

「え? 桜って最初から浅根性じゃないの?」

 意外なトリビアを詳しく知りたくて聞き返す。

「それはソメイヨシノに代表される大島桜系の品種の事だろう。前にも言ったが日本の桜の園芸品種は、9割以上が大島桜の系統だ」

「うん。そうだったね」

「大島桜は産地が火山性土壌で痩せていて、しかも表土が薄く、下の方は石灰岩の岩盤だと聞く。だから、根を浅く、広く伸ばすように適応した種だ。それが今日の桜の育て方のセオリーになってしまった……と考えている」

「そうかもね」

「だが日本全国の実際の実生の桜は浅根性だけでなく、直根も混じる中間型がほとんどなんだ」

「そう言えば『矮性は根を見れば大体わかる』ってお父が言ってた」

「そうだろな。実は桜は上部の形質のように、地下部にも多様性があるんだ」

「へえ、具体的には?」

「桜の上部の枝ぶりは大まかに5種類ある。幹がまっすぐに伸びる、一般的な単幹性、枝が垂れ下がる枝垂れ性、根元から放射状に何本も伸びるほうき性、真っ直ぐに真上に向かって伸びる柱状性、地を這うように横に伸びる這性だ」

「這性? 他は聞いたことあるけどそれは初耳だわ」

 雨糸が言う。

「そうだね、園芸品種では全くないけど、ここらの山の低木性の桜は大体これだよ」

「そう。積雪に適応した形質で、枝折れに強いんだ」

 俺が説明すると、フローラがフォローしてくれた。

「そうそう。大きくならないし剪定に強いからって、お父が庭に珍しいのをいくつか植えてるよ」

「ほう、裕貴も知ってたか。それで根の話に戻れば、実生に限れば根の方も上部と同じくらい多様性があるって事なんだ」

「実生に限って?」

 圭一が聞き返す。

「ああ。直根は実生でしか伸びなくて、一度切られると二度と伸びないそうだ」

「そうなんだ……。あ、だから挿し木で増やした台木は浅根性になるって事?」

「そうだ。桜の台木にはコルト、青葉桜の挿し木台や、それぞれの品種系の実生台があり、最近は直根がある実生の方が多くなっているようだ。実生の台木の利点は丈夫な反面、桜の特性上均一な個体にならず、活着率が低く、生産性が悪いという欠点がある。挿し木台は生産性はいいが、浅根性となる為に実生台に比べて、どうしても丈夫に育たないんだ。そして古い桜は挿し木台が多く、それこそがソメイヨシノに代表されるように、園芸品種の木の寿命を短くしている要因なんだ」

「どうして挿し木台の方が寿命が短いの?」

「接ぎ木は本来臓器移植のようなもので、細胞レベルの接合部ではストレスになるし、細胞レベルで老化している挿し木台は、実生台に比べてDNA年齢が高い分ストレスが大きい、さらに直根がないという事は、大きくなった時に本体を支えきれなくなるし、強風で揺れたりすれば根が傷むからだろう」

「そういう事か」

 久しぶりに桜について、熱弁をふるうフローラに感心しながら、みんなもよく聞いているなあと思って見渡すと、雨糸と姫香は聞いておらず、食べ物屋を指差して何かを話し、涼香はフローラを尊敬のまなざしで見つめていた。そして以外に圭一が感心した様にふんふんとうなずきながら聞いていて、さくらだけはなぜか沈んだ顔をしていた。

「……そっか。ソメイヨシノの寿命が短いって言われるのは、“そのせい”なのね?」

 不思議に思っていたら、さくらがボソリと言う。


 ――しまった!


 俺がそう思った時、フローラも失言を悔いている顔をしていた。

 人間については生まれたままの体より、人工物を組み込んだ方が良くないと思うのは、素人的な考えかもしれないが、迂闊にも理路整然と桜で例えて否定的な事を言ってしまい、さくらにそれを気付かせて顔を曇らせた。

 実際医学知識がある訳ではないので、さくらの体がどうなのかは分からないが、それがかえって説得力のあるフォローをできなくしていた。

「……だがまあ、接ぎ木という技術はどうやら室町時代からあったようで、そのおかげで、自家不和合成と言う不安定な要素を克服し、桜を愛する人々によって、千数百年も前の桜が、当時のままの花で何世代も受け継ぐ事ができたんだ」

 フローラがさくらの後ろに回り、上からかぶる様にハグして、“それはお前の事でもあるんだよ”と言わんばかりに、さくらの頬を右手で優しくなぞった。


「うん。……そうだね」


 フローラのそのやさしさを噛みしめるように、胸元に回された左手に自分の手を重ねてさくらが呟いた。


「じゃあ、DOLLを迎えに言ったら、二手に分かれて、飲み物と食べ物を調達する係に別れよう!」

 姫香が場の雰囲気を変えるように明るく言った。

「なら俺と圭一は重くなりそうな食べ物にしよう。女子に一人ついてきてもらって、並んでいる間に“RING”のグループトークモードで、みんなのリクエストを聞いてくれ」

 と俺が言い、

「それなら涼香が裕貴達について行って。私達はデザートと飲み物の出店を回るから、欲しいものがあったら教えて」

「うっうん……わ、かった」


 そうしてDOLLを保管所に迎えに行くと、人だかりができていて、ちょうどその人だかりが散り始めた所だった。

「……なんだ?」

 するとすれ違う人々が呟く声が聞こえた。


「いやあ、あのDEVA面白かったなあ」

「拳回して演歌とは」

「最初の方は何かのモノマネやってたぜ」

「さすが超高級モデル。面白いわ」


「……って、今の青葉、いや逸姫の事だよな?」

 さくらに聞いてみる。

「たぶん……。どうしたのかしら?」

 バーゲンセールの大き目のワゴンのような、低い柵のついたテーブルに行くと、雛菊が日曜日のおっさんのように頭を支えて横になり、一葉があぐらをかいてふてくされ、中将姫が横座りで俯き、黒姫が体育座りでうなだれ、青葉が立ちつくして両手で顔を覆っていた。

 きちんと正座して待機していたのはOKAMEだけだった。

 ……いや。どノーマルのキャラクターなら当然か。

「迎えに来たぞ」

 そう声をかけると、黒姫が他のDOLLをかき分けて、子猫のようにジャンプして肩に乗ると、両手で耳の当たりにしがみついてきた。

「……どうした?」

 DOLL達の様子に、ただならぬものを感じて聞いてみる。

「……ううん。なんでもないよう」

「そうか? なんだか元気が無いように見えるぞ?」

 ……って、ロボットに言う事じゃないよな。充電が切れそう――、と聞けばいいのか?

 そんな風に考えながら、他のDOLL達をチラリと見てみると、OKAMEを除いて、みんな疲れたように、ノロノロとそれぞれのマスターの所へ戻っていった。

「ゆーきお兄ちゃんとはなれていたから、ちょっとさびしかっただけだよう」

「そうか。よしよし……」

 何んとなく腑に落ちないものを感じながら、そう言って優しく縦に掴んで頬を撫でてやる。

「……えっへへ~~。……うん、元気出たよう」

 声のトーンが上がったので、ひとまず安心して周りを見る。

 一葉と涼香、雛菊と雨糸は何かを話していて、さくらと青葉を見てみる。

「どうしたの青葉。オシオキされてたって聞いたけど……」

 そうか。今朝から居なかったんだったな。

「うっ、うええん!! まっ、ママ……わた、私……」

「うん? どうしたの?」

 さくらが持ち前の母性を発揮しつつ、優しく聞いてみる。

「私……、逸姫いっちゃんに汚されちゃったあ……」

「えええ?」


 なんだか不穏な発言をする青葉に、個室に行って他人の目がない所で話をしよう。と言い聞かせて、ひとまず昼食の為に予定通りに行動した。


 個室は広く、南向きでベランダがついていて、十脚ほどのサマーベッドと、長いベンチ4脚とロングテーブルが置かれていた。

 ロングテーブルにDOLL達を下ろし、それぞれに買い込んだものを並べた。

 焼きそば、クレープ、お好み焼き、焼き鳥、フランクフルト、から揚げ、ジュースにかき氷、アイスにパフェと、食事の前に食べなきゃいけない冷凍モノまで並べられた。

「さてと、お腹が減ったわ。食べながら話しましょ」

 雨糸が声をかけ、全員で手を合わせて頂きますと言って、各々食べたいものを手に取る。

 アイスにかき氷なんて誰が食べるんだ? と思っていたら、フローラがアイス、雨糸がかき氷を手に取った。

「うええ、冷たいものの後にメシ食うのか?」

 圭一が呆れたように言う。

「いけない?」「悪いか?」

「いや、悪かないけど……」

 圭一がモゴモゴ言っている隣りをふと見ると、涼香がチョコレートがたっぷり乗ったクレープにかぶりついていた。

「涼香……お前もか」

「う、……ダメ?」

「いやあ、微妙だぞ?」

「しょうがないじゃない! 涼香は徹夜してくたびれているから、体と脳が甘いものを欲しがっているのよ!」

「ああそうか。そうだったな……スマン」

 一葉にそう怒られては口をつぐむしかない。

 一方、さくらと姫香と言えば、さくらがフランクフルト。姫香がから揚げをほおばっていた。

「意外と肉食女子か?」

 と言ったら、姫香が、

「育ちざかりなの!」

 中学1年生、もっともだ。と素直に納得してさくらを見ると、


「すっ、好きなのよう……ふ、フランクフルト……」


 ぐふっっ!


 さくらが恥じらいながらおずおずと言ったそのセリフが、ほおばっていたシーンとシンクロして、ヘンな方向に脳内変換されて思わず鼻を押さえてしまう。

「裕兄ちゃんエッチな事考えている」

 姫香にすかさずツッコまれる。


「ほおう? ストイックなのはデフォルトだと思っていたが、そんなところにスイッチがあったか――どれ」

「へえ、なるほどねえ。じゃ私も」

「(すっ)…………」

 何を考えたか、フローラ、雨糸、涼香がフランクフルトに手を伸ばす。


 フローラはフランクフルトを斜めに持ち、ケチャップを下から舐め上げるようにして、先端をチロチロと舌先で弄んだあと、軽く歯を立てて食い込まない程度にかじって見せ、そのあと思いっきり奥まで吸い込むように口の中へ押し込んだ。


「おおおお……」


 もしモザイクを掛けられた映像だったら、間違いなく公序良俗に反するだろう。


「んはっ。……ふふ、どうしたの裕貴。そんなに赤くなちゃって、人が舐め……食べるのを見つめるのはマナー違反よ?」

 フローラは女性言葉になって、しかもどこで覚えたのか、薄く笑いながら妖艶に注意してくる。

「ごっゴメン……」

 何とかそれだけ言って目を逸らすと、今度は雨糸が俺を呼んだ。


「ふっフローラはイギリス人だからそう言うけど、わた……私は日本人だから見られてもかっ構わなない……わよ?」

 真っ赤になってそう言うと、雨糸はフランクフルトをほおばらず、潤んだ瞳でフランクフルトを見つめて囁き始めた。

「……やだ、こんなにテカテカしてる。……それに傘が開くみたいにめくれてて……、このツブツブみたいのはなあに? おいしいのかしら? ……表面で赤くうねっているのが脈打ってるみたい。……それにお……おっきいのね。……こんなの……はっ入るのかしら?」


「があはっ!!」


 お前はエロゲーマー声優か!

 頭を抱えながらツッコみたくなる。


 悶えながら下を向いていたら、右腕をつつかれて顔を上げると、涼香がフランクフルトを持って俺の方を見ていた。


「お前もか?」

 そう言ったらフルフルと顔を振るので、不思議に思って見つめてしまう。

 涼香はしかし、派手なリアクションをするのでなく、わずかに頬を染めながら、口元を手で隠して、ハムスターがヤングコーンを食べるように、無言のまま先端の方から少しずつ食べていった。


「ん……………ん………………ふっ………………」

 ごくごく普通に口元を隠しながらフランクフルトを食べる涼香。

「あむっ………………んっ…………んく…………」

 半分食べ終え、串が邪魔になった所で、横から食べ始める。

「ふっ……ん…………ん…………くふっ………………んぐっ」

 最後の一口分を串から抜き上げて一息に飲み込む。


「ん…………ふう、……美味しかったよ……お兄ちゃん♪」


 キターーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!


 明らかにエロを匂わせていたフローラや雨糸と違い、涼香はこれ以上はできないだろうと言うぐらいつつましやかに、キレイにフランクフルトを食べ終えた。


 そうしたら俺はこう言うしかない。

「そうか。変な事させちまったみたいで悪かったな」

「ううん、いいよう、お兄ちゃんが困っていたみたいだったから」


 くああ、ドラマCDキボンヌ。いやいやそうじゃなくて……。


「ありがとな涼香」

 頭を撫でながら、これこそが大和撫子の食べ方だ! と言わんばかりにふふんと笑ってフローラと雨糸を見る。


「……雨糸」

「……ええ、フローラ」


 なんだ?

 俺の嘲笑に怒りのオーラをにじませた二人は、おもむろにフランクフルトを持ち上げる。

「ふんっ!!」

 バキッッ!

 フローラはフランクフルトを串ごとへし折り、

「はあっ!!」

 雨糸はフランクフルトの真ん中からむしり取り、そこには歯の形がきれいに残っていた。


 ひょおおおおお!!


「モグモグモグ……プッ……」

 カラン。

 折れた串がフローラの口から飛び出し、テーブルの上に転がった。


「アグアグアグ……ゴクン…………ふっ、……もの足りないわね」



「スイマセンごめんなさい。どうぞご自由にお食べください」

 テーブルの陰で股間を押さえながら謝った。


「だっさ……」

 姫香の冷ややかな言葉が突き刺さる。

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