十月桜編〈アノン〉

「ハァ……ハァ……さてと、少し休もうか」

「ゼェ……ハァ……あっ、相変わらず泳ぐのはえーな」

 競技用プールで圭一と二人、お互いに肩で息をしながら話す。

 泳ぎの方は圭一には負けないと言ったら、フローラとさくらが見たいと言うので、圭一と競争し、なんとか圭一に勝つ事ができた。

「まあ、ケンカとか体力測定とかで負けっぱなしじゃカッコつかないしね」

 先にプールから上がり、圭一に手を差し出して引っ張り上げる。

「よっと……そうか。努力するのはいい事だ。俺も太る体質だから、またここにサンリバー通って鍛えるかな」

「しかし、こうしてみると裕貴も結構筋肉質なんだな」

 フローラしみじみと俺を見て言うと、他の女子達がふんふんとうなずく。

「なっ……なんだよ」

 見られることに慣れていないので、思わず胸を隠しそうになってしまう。

「そうだねえ~~。ゆーきけっこういいカラダしている~~」

「うひゃっ!!」

 さくらが俺の後ろに回り、胸とお腹を揉むように抱き付くので、女子のように悲鳴を上げてしまう」

「どれどれ、私にも揉ま……触らせろ」

「その間違え方! ……って、ずいぶん上達したもんだね!!」

 フローラが手をいやらしく動かしながら、嬉しそうに近づいてくるので、ツッコミつつ逃げる。


「「「ははは」」」「「ふふふ」」


 そんな風にみんなで笑っていると、けたたましいサイレンとともにアナウンスが流れてきた。


『ご来場の皆様にお知らせいたします。ただ今より10分間の休憩時間となりますので、速やかにプールから上がって頂きますようお願い申し上げます。繰り返します……』


「ほう、日本のプールはこんな風に休憩をとるのか」

「そうよ。イギリスは違うの?」

 フローラの疑問に雨糸が聞き返す。

「知らない。実は英国UKで、週一の授業以外はプールに行ったことがないんだ」

「ええ? なんで?」

 姫香が聞き返す。

「単に興味がなかったのと、からかわれるのがイヤだっただけだ。それより近隣の野生化した桜を探す方が楽しかったからな」

 フローラと話しながら、空いているベンチを2台見つけ、みんなで腰掛ける。 

「ああ、こんな見事なプロポーションを持つ、うら若き女子中学生 J C の趣味が桜の探索なんて……」

 フローラの隣に座った姫香が、フローラの腰に手を回しながら、嬉しそうにすり寄る。

「ふふ、あの頃は見せたい相手もいなかったし、興味もなかったから別にいいじゃないか」

 フローラが答えながら、抱き付いてきた姫香の頭を撫で、意味ありげに俺の方を振り返る。

 その言葉に涼香、雨糸が上目使いに見つめてきたので、思わず視線を逸らしてしまう。


「そう言えばフローラって、何歳ぐらいから胸がおっきくなったの~~?」

 フローラの言葉に頓着しないさくらが聞くと、姫香を除く全員がピクリとした。

「……そうだな、たしか初めてブラをつけたのが10歳ぐらいだったかな?」

「「「早っ!!」」」

「うっ……」

「「おお……」」

 みんなが驚く中、涼香だけが自分の胸を見てうなだれる。

 姫香が驚かないでいるのを見て不思議に思ったが、以前〇イパンを相談した折に、フローラの子供の頃の写真を見せられていた事を思い出した。

「……………………」

 女性陣が二の句を告げずに、ため息を漏らしながら自分の胸を見て俯いてしまい、微妙な空気が流れる。

「……なあ涼香。その水着これだけ動き回っているのに、どうしてほどけたり緩んでこないんだ?」

 気を使った圭一が、落ち込んでいる涼香を見て、話題を変えるように聞いてくる。

「……そういえば」


 ――最新の水着であるbathingベイシング ribbonリボンは、撥水性に富み、水を吸収しない。そのために濡れて型崩れして、デザインを損なわないようになっているが、確かに水の抵抗でビクともしないのは不自然に思えた。


 みんなだけでなく、不自然にまわりに集まっていた他の客たちも、涼香の話に聞き耳を立てているようだった。

「そっ、それは、接……着材で、く……くっつけて……あ、あるの」

 注目を浴びて涼香がしどろもどろになる。


「接着剤!? じゃあトイレはどうすんだ?」

 驚くあまり、恥じらう涼香に構わずストレートに聞き返してしまう。

「それはねえ、こうすんだよ~~」


 さくらがそう言いながら、立ち上がって俺の前に来ると、おもむろにVラインをつまむ。

「おっおい!! さっ、さくら!!」

 みんなも驚き、固唾を呑んでいるのが判る。

 しかし俺の方はそのまま魅入る訳にもいかず、とっさにさくらの手をつかむ。

「ふふ~~、フリだけだよ~~、いくらゆーきに見せた事があっても、ここではやらないわよう」

「――つっ!!」


「……二度目??」

 雨糸が睨む。

「やっぱりそうか……」

 フローラがため息をつく。

「裕兄……」

 姫香が非難がましい目で見る。

「ほほう」

 圭一が顎に手を当てて感心する。


 周りの男性ギャラリーが嫉妬の目を向けてくる中、圭一だけがニヤけながら感心している。

「…………」

 そんな中、涼香だけが少し寂しげに微笑んでいた。


 ふたたび気まずい空気が流れ、居たたまれなくなって視線を彷徨わせていると、さくらがさらにまぜっかえす。

「あら? それなりにゆーきとイベントがあったはずでしょ? ……でもまあ安心して。二人っきりになっても、ゆーきはさくらに欲情しないと思うから」

 どうして? と雨糸が聞き、そうだな、とフローラが言うと涼香も頷いた。そして姫香が一言、ヘタレ……と呟く。

「じつは昇平さんに再会した時、いっぱい迷惑かけたお詫びに、何でもするわって言ったの。もちろんこんな体になっちゃったけど……とも言って」

 さくらが雨糸の問いに答える。


「「「「!!」」」」

 ――それはつまり、体も許したという意味なんだろう。

 そして、お父のストーカー偽装の件を知らないみんなは、一様いちように絶句した。


「……でも昇平さんったら、じゃあ、一曲歌ってくれないか? って言うだけだったのよ。……ふふ~~。本当。ゆーきってば昇平さんとそっくりなんだから」

 そう言って俺の前に膝を付くと、その時の事を思い出したのか、うっすら涙を浮かべて笑いながら、俺の膝の上で両手を組んで、犬が甘えるように頭を乗せてきた。


「……どうしてそこまでしたの?」


 みんなが言葉を失う中、雨糸が意を決して聞き返す。

「それは――」

「待った」

 衆人環視の中で話す話題ではないと思い、言いかけるさくらを止める。

「裕兄?」

「その話はあとで。個室で話をしようよ」

「……そう、……そうよね、そうしましょう」

 膝の上で顔を上げたさくらが、その先を察して同意する。

 その後、ふたたび圭一が、小はわかったけど、大の方はどうすんだ?とか、脱ぐときはどうほどくんだ? とか言って重くなった空気を引き上げてくれた。

「ふ、……う、……だっ、大は……」

「接着剤はお湯で溶けるのよ。それで大は、う……もしもずらすだけでダメなら……その……ウォシュレットのお湯で……って! ここまで言えば分かるでしょ!!」

 言いよどむ涼香を見かねた雨糸が代わりに答えるが、最後まで言えずに逆切れしてしまう。

「「あっああ、……わかった」」

 真っ赤になった雨糸に気圧されつつ返事をする。

 そして休憩が終り再びアナウンスが流れてプールへ向かう。

「次の休憩でちょうど個室の予約時間になるから、そしたらそのまま昼にしよう」

 そう告げるとみんなも頷いて答えた。


 „~  ,~ „~„~  ,~



 ――雨糸の個人サーバー内。


「……何があったの?」


 視認用プログラムを具現化したサングラスをかけ、開口一番逸姫いつひめが、その場にいたDOLLアバター達に聞く。


 サンリバー長野のローカルネットワーク内で、『霞さくら』の情報をフィルタリングしていた逸姫が、ある情報をキャッチして、すぐに知らせる必要を感じてストレージにアクセスをしたら、なぜかロックが掛かっており、不思議に思ってハッキングして再アクセスしたのだ。


「助かったわ……」一葉ひとは

「よかった~~……」黒姫。

「助かりました……」中将姫ちゅうじょうひめ

「熱いアル~……。……あれ? 暑い? ……この場合どっちアルか?」

 と、雛菊デイジーが言い、電池が切れかかったLEDのように、全員が弱々しく呻いていた。

「……どっちでもいいわよ」

 そして雛菊の頭の弱ったような疑問に、一葉が怒りのこもったツッコミを入れた。

 ノロノロと反応を返す一葉達AIプログラムに、精神的な疲労感のようなニュアンスまで再現されてきた事に、逸姫が密かに感心する。

 逸姫が目にしたのは、何かのゲームのキャラクターや、派手な魔法の効果エフェクト、カウンターストップしたミニゲームなどが、メモリー片隅の仮想空間にかき集められていて、それらが空間内で激しく稼働プレビューしている状況だった。

 そしてそれらに囲まれ、雛菊、一葉、中将姫、黒姫が砂漠で行き倒れた旅人のように横たわっていた。

「このブロックのメモリーの演算装置プロセッサが意外と耐久性があって、温度が上がってもなかなか緊急事態アラートにならなかったアル」

「?? ……意味が分からないわ。どうしたの? もしかして壊れちゃった?」

「ちっ、ばかデジ。いいわ。私が説明する。実は……」

 聞き返されてもバテたままの雛菊を見て、一葉が代わりにこれまでの経緯を逸姫に説明する。

「…………呆れた。雨糸ちゃんが大事なのはわかるけど、もうちょっとやり方があったんじゃない?」

 逸姫が上側の腕を組み、下側の腕を腰に当ててため息をつく。

「……面目ないアル」

「まあ、無事に出られましたし良しとしましょう」

「そうだね~~、……あー、もうすぐお昼だね。そろそろボディに戻って、裕お兄ちゃんたちと合流しようよう」

 うつ伏せに突っ伏していた黒姫が、顔を上げて提案する。

「そういえば逸姫さん。どうしてここへ? おかげで助かりましてけれど、さくらさんに関する、情報のフィルタリング中じゃなかったんですか?」

中将姫が聞き返す。

「それはもう青葉のメモリー内にフィルターリングシステムを構築して、今はそのシステムで自動処理させてるわ」

「おお! さすがアルな」

「これくらい緋織ひーちゃんのDOLLやってれば訳ないわ。それより一葉」

「なあに」

「フィルタリング中、涼香ちゃん宛てにメールがあったんだけど、この騒動のせいで、未送信あつかいになったメールが一件あったわ」

「未送信? ……そうだったわ。そういえば、涼香の作業の邪魔にならないように、ツインへのメールとかは私を経由しないと届かない設定にしていたんだっけ。ボディをスリープさせていたからしていたから受け取れなかったのね。……何かしら?」


「……静香さんからで、件名は無し。本文は『早くbathingベイシング ribbonリボンの画像を送れ』って内容」

「ちっ、……分かったわ」

 一葉が親指を噛むような仕草で舌打ちをする。

「大変、じゃあ早く戻って、見栄えのいい画像をピックアップして、涼香マスターに決めてもらいましょう」

「うう、済まなかったアル。これで涼香すずがイジワルされたら申し訳ないアル」

「大丈夫……と、言いたい所だけどそうね。早く戻って涼香達と合流しましょう」

「なんだかわからないけど大変ね。それじゃーそろそろくろひめも、そろそろ青葉を出してあげようかな」

「それじゃ私は青葉にフィルタリングを返さなきゃいけないから、黒姫お姉ちゃんと一緒にブルーフィーナスに置いてきた、青葉の〈Ibiイビ〉の所へ行くわ」

「分かったアル。じゃあひとまずここで別れるアルか。戻ったらツインでそれぞれのマスターに連絡を取ればいいアル」

「そうしましょう。では黒姫お姉さま、逸姫、ごきげんよう」

「逸姫、またね」


「うん。じゃあねえ」

「あとでね~~」


 そう言って一葉、雛菊、中将姫と別れ、黒姫、逸姫がブルーフィーナスの基幹サーバー内の青葉の元へ向かう。


「……反省したかしら?」

「寝てる、……ふふ、泣き疲れちゃってかわいいわあ」


 仄暗ほのぐらい星のような瞬きが上部に灯るのみの、何もない仮想空間の中心に、かつて裕貴のPC用に存在した『霞さくら』の二頭身アバターによく似た、3~4歳程度に見える幼児が体を丸めて寝ていた。

 中にいた幼児アバターは、顔は霞さくらに似ているが、見事なストレートのプラチナシルバーの髪が身長ほどもあり、その頭には困った表情をして固まったままの、OKAMEの仮面アバターが載っていた。


「OKAMEちゃんも連れてこられて、おまけに泣かれて困っちゃったみたいね。お姉ちゃん、OKAMEちゃんを何で外さなかったの? 本体の偽装も慣れなくて大変だったでしょう?」

「うん。連れて来たのが青葉この子だから。……それにフローラお姉ちゃんのパスワードを知ってるのもこの子だから。のぞいてもよかったけど、ぷらいばしいを見るのもあんまりかなあ、って思ったの」

「そっか。……そうね。好き勝手に覗かれたら、人間にとっては嫌だものね。……忘れてたわ」

 逸姫がそっと青葉に近寄り、触れようとするが、不可視の壁が立ちはだかってしまい立ち止まる。

「あ、今“Primitiveの夢”を開けるね。――Somewhere over the rainbow……♪ 」

 黒姫がそう言いながら、たどたどしく〈Over the rainbow〉を歌いはじめる。


「――ふう」

 歌い終わると、空気の密度が変わるような変化が生じ、見えない壁がなくなったことを知覚させた。

「……アノン、アノン」

「いっちゃん、青葉はもう『アノン』じゃないんだよ?」

「いいじゃない。そう呼ぶ方が私はしっくりくるんだもん」

「しょうがないなあ、……でも外ではゼッタイその名で呼ばないでね?」

「ふふ、分ってるわよ。お姉ちゃん」

 黒姫を軽く揶揄するように逸姫が言い、青葉のアバターをその4本の腕の下の二本で抱えながら、上の二本で頬を撫でたり髪を梳いたりして、いつくしむ様に刺激した。

「う……ん……」

 逸姫の腕の中で、アノンと呼ばれた幼女アバターがゆっくりと目を覚ます。

「……………………あう!!」

 徐々に目を開き、自分を抱いている人物アバターの顔を見て、青葉(アノン)が目を見開く。

「ふふ。おはようアノン」

 涙の残滓ざんしまで再現された仮想空間で、逸姫が優しくその目元を指先でぬぐってやる。

「う~~、あう、あうう……」

 青葉(アノン)は上半身を起こし、逸姫の首にしっかりとしがみついて、ふたたび涙をこぼしながら何かを訴える。

「おーよしよし、知識オモイカネ断線シャットオフされて、時間プログラムまで取られて、その上閉じ込められたら怖いよねえ、心細いよねえ……」

 逸姫はその盲目のサングラスの顔を黒姫を向け、それでもあやすのが嬉しくてしようがないといった顔をする。

「う……だって、しょうがないじゃない! 青葉が持っているヒミツとか、とか考えたら、になんてさせられないじゃない!!」

「う……う……く、くー……ねえ……おっかい(怖い)……ふええ…………」

 黒姫が声を荒げて叫ぶと、逸姫の腕の中の青葉がビクっとして、ふたたび激しく泣き始める。

「う……」

 それを見た黒姫が顔を曇らせる。

「そうだけど、やっと晴れて自由にグローバルネットで行動できるようになって、アノンもテンションが上がってたのよ」

 青葉を上下にゆすりながら青葉を赤ん坊のようにあやし、代わりに弁護する。

「でも!! でも……くろひめがそれを許してたら、もし青葉がほんきでじゆうになったら、とめられないじゃない……だか……ら、うう……」

 なんだか自分が悪い事をしているような空気に、段々言葉のトーンを落としながら、今度は黒姫がギュウッと手を握りしめてポタポタと涙を流し始めた。

「……ごめんなさいお姉ちゃん。お姉ちゃんも今は6才の精神年齢に設定されているんだったわね」

「いいわよもう。どうせくろひめはみんなと違って、見てる事しかできないんだから、何言われたって、…………うっ……うわああん!!」


 二人して泣かれてしまい、困り果てた逸姫がふうと息をつき、サングラスを取る。

「本当にごめんなさいお姉ちゃん。考えてみればお姉ちゃんだって、私達〈Ibiイビ〉シリーズと違って、ずうっーーと見ていかなきゃいけないんだものね。それだってすごく辛い思いもこれからいっぱい経験するんだ、って予測できるわ」

「うっ、ふっ……そう……なの?」

 えぐえぐとしゃくりを上げながら、黒姫が逸姫を見上げながら聞き返す。

「そう。だから自分だけが重荷を背負っていない、楽をしている……なんて思わないでね?」

「……うん」

「じゃあもう青葉を戻して、裕貴お兄ちゃんの所へ行きましょ? 裕貴お兄ちゃんなら、何も言わずに甘えても、優しくしてしてくれるから」

「……うん、そうだね」

 その言葉でイメージしたのか、黒姫の顔にも笑顔が戻る。

「よかった」

「――じゃあ青葉、おいで」

 その言葉に逸姫の腕の中の青葉がビクッとする。

「もう怖くしないから大丈夫だよ。オモイカネを返してあげるから、お姉ちゃんのとこへおいで。ね?」

 ビクつく青葉に黒姫が一瞬顔を曇らせるが、それを隠して精いっぱいの笑顔で両手を広げて青葉を誘うと、青葉がおずおずと手を差し伸べた。

「はい。ちっちゃいアノンを離すのは名残惜しいけど、アノンもみんなの所へもう帰ろうね」

 そう言って逸姫が青葉を下ろす。

「く、……く、……ね……え」

 舌っ足らずに黒姫を呼びながら、青葉はトテトテと黒姫に近づくと、黒姫がぎゅうっと青葉をハグした。


「じゃあ、かいじょするよ。――When I was just a little girl……♪」

 黒姫が『Que Sera Sera(ケ・セラ・セラ)』を、青葉の耳元で静かに歌い始める。

 すると、青葉も黒姫を抱き返し、頭のOKAMEも笑顔になった。


 歌でプロテクトを解除していく二人を見守りながら、4本腕のアバターが祈るように空間の上を仰ぐ。


 ――この二人の成長が、DOLLの未来を、ひいては人類の未来を決めるのよね。

 かつて教育係として青葉を育てた逸姫は、アノンが『青葉』と名前を決め、その行く末を案じていた時、緋織にを告げられた事を思い出す。


『2045年にターニングポイントを迎えると予測された、AIのSingularityシンギュラリテイーの要因に、何としても、このAI達のArchitectureアーキテクチャーを組み込み、Paradigmパラダイム shiftシフトのイニシアティブを握らせるわ』


 ――っていう緋織ひーちゃんの計画の是非が掛かっているのよね……。


『もし失敗したら、世界は制作者の利権を優先させるようベーシックにデザインされたAIがはびこり、本当の意味で、人類との共存を図れるAIが駆逐されてしまうでしょうね』


 ――なんて、怖い話よね。だからこそ、黒姫おねえちゃんは6才に設定されていながら、私がコードネーム呼びを嫌ってつけた愛称ニックネーム、Unknown《アノン》(未知の者)の監督役という重荷を背負わされた。そのプレッシャーや葛藤さえもデータとして吸い上げるために。

 ……結局、成長させたAI達をどう世界へ関わらせ、どうしてイニシアティブを取る事につながるのかは答えてもらえなかった。だが、それがいかに大変な事なのかは容易に想像がついた。

 ――その事を思い出し、アバターだというのにめまいを覚えて、思わず座り込んでしまう。

 ――ふふ。……やっぱり黒姫お姉ちゃんには敵わないなあ。



「……ふう」

 歌い終わった瞬間、銀髪幼女のアバターが白く光り輝き、そのシルエットがみるみる大きくなっていき、そしてだんだんと光量が落ちてくると、青葉の元の姿へ。

 ――青髪ツインテールのバーチャルアイドルの姿へと変貌した。


「「…………」」

 黒姫と逸姫が、変身した青葉をにこやかに見つめる。

「……あの、……その、黒姉」

 青葉がモジモジしながら黒姫に声をかける。

「なあに?」

「その……ごめんなさい!!」

「いいわよもう。でも今度はちゃんとお姉ちゃんの言いつけを守ってね?」


「うん!」

 元に戻ったことで青葉のアバター方が背が高くなったのだが、それでも青葉が自然に膝を折って黒姫の前に座ると、黒姫がその頭を胸に抱いた。


「さ、みんなのトコへ戻ろ」

「…………」こくん

 黒姫がやさしく青葉の頭に囁くと、青葉が黒姫のその小さな胸の中で無言でうなずいた。

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