十月桜編〈4×4ガールズ〉

 ――7月31日。

 退院したフローラを迎えに俺、圭一、雨糸、涼香とともにさくらの車で迎えに行く。


「退院おめでとうフローラ」

 病室に入り、みんながそれぞれにお祝いを言う。


「――ありがとうみんな。特に裕貴には世話になった。本当にありがとう」

「まあ、それは言いっこなしで……」

 parasit eyeパラサイトアイでのぞき……いや、補習のフォローとか、介助とか介助とか介助とか逆セクハラとか、もろもろのイベントを走馬灯のように思い出してしまい、素直に返事ができない。

 ……まあ、おかげで深刻に悩まなくてすんだけど。


 お父とフローラの、こちらでのホスト親が退院手続きをしている間、荷物をまとめているとさくらが口を開く。

「――ねえフローラ。フローラさえ良ければさくらと家で一緒に暮らさない?」

「What?」

「はあ?」

「何っ?」

「えええ?」

「え?」

 フローラが驚き、俺、圭一、涼香、雨糸が同じように聞き返す。


「うん、実はさくらが目覚める事が出来たお礼をどう返そうか悩んでいたんだけど、青葉から今のフローラの事情を聞いて、これがいいかなあって思ったの」

「事情? ……まさか青葉!! OKAMEを通してモニタリングしたのか?」

 一瞬の間をおいて、フローラが何か気付いたように聞き返す。

「ううん。私は黒姫くろねえから聞いて、それをさくらママに言ってみたの」

 青葉が答える。

「黒姫が?」

 フローラが聞き返して黒姫を見る。

「……うん、ごめんね。悪いとは思ったんだけど、ELF-16くろひめにのこってたparasit eyeパラサイトアイのリレキとログを見た時に、OKAMEちゃんの方のログもいっしょに見ちゃったの」

「なるほど。……だが、それはこちらの問題だから気にするな。と、言いたいが……」

 歯切れ悪く口ごもるフローラ。


「どういう事?」

 フローラとさくらに聞いてみる。

「えっと…………」

 だが、さくらは答えずにフローラをチラリと見て黙ってしまう。

「ふう、……まあ、こんな調子じゃいずれバレるだろう」

 そう言うと、苦い顔をしてフローラが話し始める。


「実は今回のケガで、ホストファミリーの両親が責任を感じてしまってな。ケガの事をオレの両親に報告したんだが、その時に両親に帰国させるよう説得して欲しいと言われたようなんだ」

「ええっ?」

「それでまあ、オレは帰るつもりは全然ないからって断ったんだが、ホストファミリーがオレの両親の意向と板挟みになって悩んでしまって、今はかなりギクシャクしてるんだ」


「それは……」

 自分にも原因がある為、フローラの希望を全面的にフォローする事も出来ず、黙ってしまう。

「……だからね? さくらの家に来ればいいんじゃないかな~~? って、そう思ってフローラを誘ってみたのよ」

 息苦しい雰囲気を変えるようにさくらが明るく言う。

「ホストファミリーの負担を無くせるならその方がいいんじゃね?」

 圭一があっけらかんと言う。

「まあ、日本にまだ居たいし、その方がオレは助かるが……」


 フローラは俺を見てさらに口ごもる。

 状況はその方が良いと判ってはいても、恋愛感情が絡んで二つ返事できないのだろう。

「そうしてくれたらさくらも助かるのよ? だって祥焔かがり先生ったら……」

「たら?」

 雨糸が反復して聞き返す。

「実はさくらには体の一部に医療用人工筋肉エラストマーが移植されてるんだけど、祥焔先生ったらそのチェックとマッサージをしてる時、『本当に緋織に似ているな』って言って、必要のないところまで触ってくるのよう……」

「セクハラかっ!! つか、あの百合教師なにやってるんだ!!」

「ひえぇぇ……」

「おお、あの先公欲求不満か?」

「…………」

 俺が声を荒げると、雨糸がたじろぎ、圭一が呆れ、涼香が真っ赤になって俯いた。


「……で? オレが一緒に暮らすとして一体どうすればいいんだ? オレは医療エラストマーのメンテナンスなんてできないぞ?、それとも祥焔先生と混ざってい3ピーでもすればいいのか?」

 伏字になってねーし!!

 フローラが少し皮肉シニカルな言い方でさくらに聞く。

「なっななな! フっフローラ!!」

 雨糸が怒る。

「そっ、そんな事じゃないの! ……ただ、祥焔先生と二人っきりだとなんかアブなそうだし、見張り的にも居てくれたらいいなって思ったの」

「……ふっ、まあ同居の方が後付けのような気がするが、そう言う事なら安心して厄介になろうかな」

「よかった~~! 実はもうホストファミリーには話はしてあって、後はフローラの判断待ちだったのよ~~」

 心底安堵したようにさくらが言う。

「おお!」行動早ええ……。


「よかったね~~さくらママ。黒姫も安心したよ」

 同じく安心した黒姫がそう言う。

「……そうか、精神年齢は幼稚園児並みだからな。もしかしてプレッシャーには弱かったか?」

「うん。フローラお姉ちゃんすごーく困ってるみたいだったし、どーしたらいいかな? って、黒姫いっぱい悩んじゃった」

「じゃあ、今度はちゃんと俺に相談してくれ。その方が俺も嬉しいから――っと、みんな……」

 ねぎらう様に黒姫いそう言うと、みんながニヤニヤと俺を見ているのに気づいてちょっと照れる。


「うん。そうする。……ところでゆーきお兄ちゃん、3ピーってなーに?」

「そんな言葉は覚えなくてよろしい!」

「ええ~~!? ゆーき兄ちゃんのケチンボ!!」

「はえてるけど……って違う!」

「ふふ、裕ちゃんは中二くらいからだよ」

 涼香が笑ってツッコミを入れる。

「すっ涼香! おっおお前は~~!!」

「ひゃあ~~♪」

 黙らせようと涼香に歩み寄るが、ベッドを回る様に逃げ、フローラの後ろに隠れてしまう。


「じゃあ、今晩は女子で集まってその話を涼香に聞きましょ?」

「それなら以前のAlphaの時の記録ログも引っ張り出してこようかしら?」

「お! それいいアルな」

 さくらが笑いながら提案して、一葉がさらに乗っかり、雛菊が喜ぶ。

「「「賛成!!」」」

 女子がDOLLを含めて全員一致で答えた。


「やめて~~~~~~!!」


 病室に俺の絶叫がこだました。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――そうしてその日の晩。

 涼香、雨糸が夕飯の支度の為に一度家に帰ってからさくらの家に集まり、さくら、涼香、雨糸が中心になり、退院祝いのごちそうを作ってみんなで食べた。

「おおお、このメンツ女子力高ぇなー、オイ」

 圭一が並べられた料理を見て、感嘆を漏らす。

「……ああ、全くな」

「…………」

 俺も同意するが、主賓で一緒にテーブルで待たされていたフローラが妙に青ざめて黙っていた。


 準備が終り、祥焔先生に連絡してみると、遅くなるので夕食は先に済ませていいとの事だった。

 そして夕食後、くだんの女子トークをすると言いだし、そして黒姫も残ると言う。

 黒姫を残すのは反対したが、青葉が何やら妙なエコーの掛かった声で喋る。


大丈夫だよ、キピピピイピピュイー裕貴お兄ちゃんにチュイーーピピピー圭一お兄ちゃんキュキュキュピピーダミー情報かぶせてチチチュイーピーー会話がレコーダーにキーーピーキキーピー残らないようにしてもらうからピューヒューチチッピーー……全然大丈夫だよキーチュチュキュピー……」


「いや、そう言う問題じゃなくて……まあいいや、ハァ……」

 記録に残る残らないじゃなくて、欠席裁判状態じゃ不安が……と言いたくなったが、青葉のかすかな雑音混じりの説得に妙に背筋に悪寒が走るのを覚えて、口ごもったまま引き下がる。

 圭一を見ると、同じようにそわそわして黙っている。

 そうして俺と圭一はさっさと追い払われてしまう。

 すると中将が帰り際、

「必要ならあとでログを見せてくだされば結構です!」

 と言って、青葉を怒るように見つめ、圭一と一緒に帰って行った。


 „~  ,~ „~„~  ,~


「……とまあ、裕貴にはああ言ったけど、本当に18禁なログは見せられないから、面白いリアクションをピックアップして流すわね」

 人間ではフローラ、涼香、雨糸、さくら。DOLLでは黒姫、OKAME、雛菊、青葉が残り、白く統一されたデザイン家具が並ぶリビングの真ん中、一葉が10人は余裕で座れる丸いダイニングテーブルの真ん中に立ち、仕切りながら喋る。

「ああ、いいぞ。始めてくれ。……とその前に、青葉はさっき何を言っていたんだ?」

 フローラが青葉に向き直って聞く。

「バレた? “言ってた”なんてよく気付いたわね。普通の人間はノイズにしか聞こえないギリギリの可聴域だったんだけどね」

 青葉がしれっと何かやらかした事を白状する。

「まあな。先祖が鳥の研究もしていたせいか、鳥の鳴き声とかにも意識が向く癖があるんだ」

「何フローラ、 一体何の事?」

 雨糸が聞き返す。

「うん、さくらにも、青葉が声に重ねて何か言っていったように聞こえたわ」

「ふふ、さすがはママ。やっぱり歌姫なのね~~、凄~~い!」


「わっわたしは……なっ何にもわからなかった」

「気付かなくて当然よ。気付かれちゃあいけない技なんだから」

 落ち込む涼香を慰めるように、一葉が説明する。


「――で? 結局何なの?」

 雨糸がシビレを切らして聞いてくる。


「ギリギリ高音可聴域の副音声で、二人に催眠誘導をかけたのよ」


「「「「えええっ??」」」」


 さくら、フローラ、雨糸、涼香が同時に驚く。


「……ちなみに副音声では『早く帰れ、早く帰れ、じゃないとライトスタンかますわよ。早く帰れ……』って、32回言い続けてたのよ」

「もう! きんしされてない技だけど、青葉ったらホントに子供なんだから!」

 青葉の言葉に黒姫が怒って呆れる。

「それは……」「裕貴達は……」「裕ちゃんと圭ちゃんは……」

 さくら、雨糸、涼香が口ごもる。


「パブロフの犬だな」

 フローラが言い放つ。


「「「ぷっ………………………あーーはっはっはっ!!……」」」

 それを聞いた3人が吹き出し、一斉に大爆笑した。


 ――そうしてひとしきり全員が大笑いしてから、一葉の“012”時代視点と、黒姫の“Alpha”時代視点での裕貴の上映会が始まった。

 裕貴が居たら、発狂しそうなほどの動画を見て、全員がキャアキャアと騒ぐ。

 特にOKAMEが撮影した、覆面での校内全裸疾走事件はさくらとDOLLが大喜びした。

「……裕貴って、ほんとに寝相が悪いのね~~。さくら起きてる時のログしか見てなかったからちょっとビックリ」

 DOLL達の分のログの公開が終り、さくらが言ポツリと言う。

「ああ、そうだな、オレもparasit eyeパラサイトアイを使うまで、涼香達の噂でしか聞いたことがなかった」


「でっでも、そっそんな風に寝相を笑って、み見られるようになったのの……さっさ最近なんだよ?」

 それを聞いた涼香がポツリと呟く。

「涼香!」

 一葉が警告するように叫ぶ。

「いいのよ一葉、さっ、さくらさん……ちゃんがあんな風に、自分をみっ見せてくっくれたんだから、わたっしも、勇気だっ出さなきゃ……ね?」

「……分かったわ」

 涼香の真剣な眼差しを受け、一葉が頷く。


「どういう事だ? 涼香が母親から放任ネグレクトを受けていた話なら、姫香から聞いた事があるが、まだ何かあるのか?」

 真剣な顔になったさくら、雨糸をチラリと見てから、フローラが代弁するように聞き返す。

「うん」

「それはもしかしてお義父さんの事?」

 雨糸が確認をする。

「うん」

「……そう、じゃあ聞かせて。裕貴にトラウマを植え付けた真相を」

「いいわ」

 涼香が答え、そうして少し目をつむり、数回深呼吸してから目を開き、さくらを見つめる。

 さくらがにっこりと励ますように笑い返すのを見て、涼香が深呼吸をしてゆっくりと話し始める。


 „~  ,~ „~„~  ,~


「――わたしが小学生6年生の頃、ママがこの家の前の持ち主で、不動産業を経営していた人と同棲してたの」

「「「「…………………」」」」

 全員が黙って聞き入るのを見て、涼香は話を続けた。


「私は当時、そのお義父さんからも性的な虐待を受けていたわ」

「「!!」」

 DOLLと雨糸を除き、フローラとさくらが声にならない驚きを見せる。


「……と言っても、わたしはお父さんが大好きだったから、全然平気だったの。

 それは虐待っていっても、せいぜい裸の写真を撮られたりする程度の事で、裕ちゃんにも世話をして貰った事もあったから、わたしには虐待っていう認識がなかったし、逆にママから庇ってくれていて、何より可愛がってもらえるのがとても嬉しかったの。

 そうして、パパがママをなだめたり、生活が楽になったおかげで、ママも私にひどい事をしなくなって、段々裕ちゃんと疎遠になっていったわ。

 そしてある時、裕ちゃんがおじさんの買った新しいDOLLを、わたしに見せて驚かせようとして、わたしの部屋の押入れに隠れている時に、パパがわたしを写している所を裕ちゃんに見られてしまったの。

 その当時のDOLLは近親者以外の人に裸を見せている場合、通報するシステムが未成年者保護プログラムと連動していて、そのおかげでDOLLから即時通報されてパパが逮捕されちゃったの。

 そして、その取り調べ中にパパは逃げ出して、三日後に山の中で遺書とともに自殺しているのが見つかった…………。

 わたしはパパが大好きだったから、お葬式の時に棺にすがって泣いて、そして裕ちゃんを思いっきり責めたわ。

『裸を見られるくらいなんでもないのにっ!! パパを返して! 裕ちゃんなんか大っ嫌いよっ!』って言って…………」


「……わたしはその時の様子を遠くから見ていたわ。それで大体の事情を察したけど詳しくは聞いたことがなかったわ」

 涼香が黙り込むタイミングで雨糸が割り込み、責めるでもなく淡々と言うが、その目はわずかに細められ、当時の涼香の言動を無条件に許容していない事を物語っていた。


 涼香はそれを聞いて上を向いてしばらく目をつむり、泣くかと思われたが数度目をしばたかせただけで、雨糸に答えないまま再び口を開いた。


「…………その後、遺書にはわたしへの謝罪と遺産と保険金はすべてママとわたしへの慰謝料として払う事が書かれていて、ママは自分のお店を持つことができるようになって、わたしへのネグレクトは無くなったの。

 でも、裕ちゃんの方はその時のわたしの言葉に深く傷ついてしまって、そのあと中学3年生の頃まで時々夢に見てたようで、寝ながら『涼香ごめん』って泣きながら何度も、……何度も、何度も謝っていたわ。

 わたしは姫ちゃんからそれを聞かされて知って、また泊りに来るようにして、そのたびわたしは裕ちゃんを抱きしめて、『大丈夫、もう悲しくないよ。裕ちゃんのおかげでわたしは今幸せだよ』って囁いて“ウソをついていた”わ」



 ゆっくりとではあったが、そこまでなんとか普通に語り終えた時、さくらが立ち上がって涼香に近づき、涼香の頭を抱き寄せ、その腕の中に包み込んでくれた。


「涼香はゆーきが嫌いなのね?」

「……うん。大っ嫌い。パパの事を思い出すと、あの時の感情を思い出す時がある」


「でも大好きなのね?」

「……うん。小さい時、お腹を空かせて部屋の隅でうずくまっていた時に、連れ出してごはんを食べさせてくれたし、ママから庇ってもくれた」


「そんな幸せを教えてくれたゆーきが憎いのね?」

「……うん。またお腹を空かせて部屋でいる時や、ママに責められている時に余計に惨めになったから」


「それでもまた部屋から連れ出して、守ってくれたゆーきを愛しているのね?」

「……うん。わたしができる事を何でもしてあげたいって思うの」


「独り占めしたくてゆーきを思い出にしたくなったりする?」

「……うん。さくらちゃんやフローラの事で、泣いている裕ちゃんを楽にしてあげたくなった事もある」


「さくらはね? そんな優しい涼香がだいすきだよ?」

「……うん? わたしはおかしいんじゃないの? わたしはとっくに壊れているんだって、ずっと……、ずっとそう思ってるんだよ?」


「どうして? 嫌いでも気に掛けて寝ているゆーきを安心させてあげるし、雨糸ちゃんにさくらの事を頼んでくれたし、AlphaA・Iさくらが居なくなった時もゆーきを慰めてくれたでしょ?」



「でも…………」

 そう言いかけた涼香の顔を上げさせて両手で挟み、さくらは優しく唇を奪う。


 ――!!!!


 周囲の女子やDOLL達からくぐもった悲鳴があがる。


かたくななコね。……ふふふ、自分の気持ちを抑え込んで、本当に相手の為に行動できることを“優しい”って言わなかったらなんて言うの?」

 涼香の後頭部に手を当てて、頬を寄せて耳元に囁くようにさくらが問う。

「それは……」


「そうだな、それに強さもある」

「そうね。癪だけどわたしはそこまでできるか正直分からないわ」

 フローラが付け加え、雨糸が本音を漏らす。


「わたしは今の話を聞いて、涼香の元へ行きたいと思ったのよ」

 一葉が打ち明ける。


「みんな、涼香がやっとゆーきを好きな事を打ち明けてくれたけどどうする?」

「問題ない。オレはオレの思う通りに行動するだけだ」

「そうね。これでやっとモヤモヤしていた事が判ったわ。その事はお礼を言うけど、それによって私も気持ちが揺らぐことは無いわ。ていうか、諦められるものなら9年も片想いなんかしないわよ」

 フローラと雨糸がきっぱりと言う。


「……だそうよ涼香。さくらもあがいてみるからお互いに頑張りましょ?」

「さくらちゃん……」

 やんわりと宣戦布告するさくらに、涼香が困ったような嬉しいような微妙な顔を見せる。

「なんだ? 裕貴の事は出しゃばらないんじゃなかったのか?」

「あら? さくら“諦める”って言った覚えはないんだけど」

 フローラの問いに、さくらが笑って反論する。

「なんて事だ。日本語ってやつは……」

 日本語の曖昧な表現を逆手にとられた事に、今更気づいたフローラが嘆く。


「そうかあ……。くろひめはまだわからなないけれど、人間って反対のキモチをいっしょに持てるものなのねえ」

「そうよ黒姉。でもそもそも“愛情”を知って、同期した十二単衣トゥエルブレイヤー達にフィードバックしたのは、黒姉の前人格、“Alphaアルファ”なのよ?」

 青葉がテーブルに降り、黒姫に向かってにこやかに言う。

「へえ~~、そうなんだ~。くろひめは“あるふぁ”のログはブロックしてあって自分じゃ見られないのよ~」

「ええ? そっそうだったの?」

 雨糸が驚く。

「そうアルよ。Alphaアルファは、今の性格年齢にそぐわないから、自分の記憶ログをロックしてるアル。そして裕貴は実は“人類では最初にA・Iに愛情を理解させた人間”として、裏ロボット史に載る事になるアル」

「へえ、裕貴がねえ」

「そう言う事だから、黒姫姉さんもじきに今の涼香の気持ちも理解できるようになると思うわ。なんといっても能動型アクティブA・Iにバージョンアップしたんだから」

 一葉がさらに言う。


「もう。DOLLみんな難しい話してるのね。もっと自分の気持ちに素直に考えれば楽になるのよ? 涼香分かった?」

「うん……。ありがとう、さくらちゃん」


 さくらに抱きしめられ、涙を浮かべながら嬉しそうに返事をした。


「……それにしても涼香はゆーきと匂いがとても似ているのね」

 さくらが涼香の頭の匂いを嗅ぎながら呟く。

「……え?」

 顔を上げ、怪訝そうに涼香が聞き返す。

「知ってる? 人の体臭って、肌に“無害な常在菌”って言うのが存在して、その菌が皮脂や汗を分解して出してるのが個人の体臭で、スキンシップでその常在菌が近親者に伝わるんだけど、体質が同じだと同じ菌が繁殖して、違えば違う菌が繁殖するから違う匂いになるらしいのよ」

「そっそれって……」

 涼香がさくらの腕の中でわずかに動揺をみせた。


「あ、聞いた事あるわ。私の場合はどうもアトピーがその菌と密接な関わりがあるらしいわね、涼香の場合は裕貴と小さい頃から、犬猫の兄妹みたいに接していたからじゃない?」

「そうかもな、それにその話はオレも聞いた事がある。腸内細菌や酵素、口腔菌も同じ理屈で、近親者では同系統の菌が感染するようだな」

「そうそう。さくらは長い事人口冬眠していたせいで、その酵素や腸内菌がほとんどなくなっていて、筋力とは別に元に戻るのが大変だったのよ」

「それって具体的にどうなの?」

「そうね、食べ物の消化吸収が悪くなったり、肌の免疫力が低下してトラブルがあったわね」

「ふうん。そうなんだあ……」

 他人事でない雨糸が感心する。

「ふふ、でもね? 一つだけ良かったのが、トイレで匂いが消える事が分かったわ」

「え!? そうなの?」

「そうか! 腸内発酵が起きないから悪臭が発生しないんだな?」

 雨糸がさらに驚き、フローラが解説する。

「そう言う事」

「……そう言えば、姫ちゃん……赤ん坊も最初のうちはオムツが匂わなくて、炊きたてのお米の匂いだった」

 涼香がさらに付け加える。


 そうして、しばらくはその話で盛り上がり、夜八時をまわってお開きになる頃、帰宅した祥焔が改めてフローラの退院をねぎらい、事前に聞かされていたフローラとの同居の兼を承諾した。

「じゃあ部屋はたくさんあるから、好きな部屋を使え。恋愛に関してとやかくは言わないが、学生の本分をわきまえて行動すればそれでいい。以上だ」

「はい。よろしくお願いいたします」

 フローラがお礼を言い、その日の退院パーティーは終了した。

 黒姫は涼香が裕貴の元へ送り届けて雨糸も帰る。

「じゃあ、また学校でね」

「うん。おやすみなさい」


 そうして雨糸を見送り、さくらが自室で休んでいると、部屋の扉がノックされる。

「オレ……私だ。起きているか?」

「フローラ? 起きてるわ。入って」

 そう言ってさくらがフローラを促す。

「失礼。夜分にすまない」

「ううん。起きていたから別にいいわ。――それで? なにかしら?」


「…………さくらの体をもう一度見せて欲しい」

 遠慮がちにフローラが言う。

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