十月桜編〈草薙の剣〉
――さくらと邂逅した日、夕飯の後に自宅まで送った時、同居している担任の
「ああそうだ。言い忘れていたが、霞は単位が全然足らないから、明後日から休み中も学校に登校して、足りない単位を取得してもらうからそのつもりで準備してくれ」
「ええ~~、本当に~~?」
さくらが驚く。
「本当だ」
「うわあ、半年分の単位習得……大変だね」
「何を人事の様に言っている? 約束があるんだから水上も付き添え」
「マジですか!?」
「マジだ。それに彼女が体調不良で何かあったらどうする? DOLLじゃ緊急連絡はできても、人間を動かしたりする事は出来ないんだぞ?」
確かに、倒れたりした場所が屋外の炎天下だったり、ケガをした場合には人間が移動させたり必要な措置を取らなければいけない。
「う……そうですね、その通りです」
「ゴメンね~~ゆーき、“大丈夫”って言ってあげたいけど、さくらもまだ体力的に不安があるの……」
困った顔をしてさくらが謝る。
「ああいや、いいです……いいよさくら。おおそうだ、もし車で行くならできれば涼香も拾ってやってくれるかな、副部長になったからたぶん涼香も部活で登校するんじゃないかな? 俺の方も部室の資料見たりしてDOLLの事もっと勉強してみるよ」
ただ付き合わせるのはストレスになるだろうと思い、必要な理由を考えて告げる。
「うん、いいよ。……ありがとうゆーき」
そして当日。
さくらが補習を受ける為に学校へ行くので、それに付き合うために涼香とともに祥焔先生の家を訪ねた。
そうしてまずはさくらに昨日
さくらと青葉は“黒姫”の仕様について聞かされた時、青葉は表情を変えなかったが、さくらは知らなかったようで、なんだか困った顔をした。
「……う~~、それじゃあさくらの“あんな事やこんな事をする癖”までインプットされているのかなあ?」
どうやら幼少時の性格に不安があるようで、困った様に言う。
「ほほう。それは楽しみだ」
と笑った。
「う~~ん。なんの事か分からないけど、そー言えば護ちゃんが“こーじょりょーじょくにはんするじこうは、ふーいんしておいた”って言ってたよ?」
ぷっ、“凌辱”っておまえ……。
どこが封印されてんだ? と突っ込みたくなるが、面白いリアクションなのでそのままにすることにした。
「ほんとう黒姫!? これから仲良くね!!」
幼少設定の
「…………(チッ)」
なんとなく弱みを握られたままのような気がして、心の中で舌打ちをする。
「でっでも裕ちゃんって
すこし驚いたようで、ドン引きした涼香が噛まずに聞いてきた。
「ないよ! ってお前こそその幼児体型でそんな事を聞いて悲しくならないのかよ?」
涼香の
「うっ……」
涼香が悔し気に眉根を寄せて黙る。
「おっとー! ネクタイがほどけちゃった~♪」
おどけた青葉の声が聞こえたその時。
シュッ!――パシッ!
「「「え??」」」
鋭い切り裂き音がしてさくら、涼香、俺が声を上げて青葉を振り返ると、青葉が胸の青いネクタイをほどいていて、伸ばした先を黒姫が両手で挟んでいた。
「コラッッ!!」
さらに黒姫の怒声にそちらも見る
「なっ、なんだ?」
「もうっ!! 青葉ったら、“
黒姫が挟んだネクタイを離しつつ、青葉を指差してたしなめていた。
「エメラルドブレード?」
俺が聞き返すと、黒姫がハッとした様に目を逸らす。
「へえ、Alphaねえ……じゃない、黒姫姉さん、市販DOLLの
「当然、単純な演算なら青葉より上なんだから、常に数秒後を予測しながら行動できるのよ」
「そっかー。じゃあ今のは私のリアクションを予測した結果なんだね」
「も~~う!! そうじゃないでしょ青葉! メッ!!」
俺の質問には答えず、青葉と一葉が話し、黒姫が青葉を叱る。
「……ハイハイ、ゴメンナサイ黒姉。でもそんな出力上げてないし、当たっても叩かれたくらいにしか感じないわよ」
「知ってるけど~~、そもそも“ソレ”は普段は使っちゃいけない技でしょ?」
「仕方ないじゃない。裕貴お兄ちゃんが胸の事を悪く言うからちょっとカチンときたのよ」
と、青葉が自分の胸を見て、ふてくされたように言う。
「しょうがないなあ。……ゆーきお兄ちゃんも人のカラダの事はわるく言っちゃイケナイんだよ?」
矛先が向けられて、精神年齢5~6歳に設定された少しおませな黒姫に怒られる。
「あっ、ああ。そうだな。……悪かった涼香、青葉」
「はーい、これでおしまい。みんな仲直りね♪」
黒姫が笑いながら両手を挙げてから手を叩く動作をする。
「……それはいいとして、質問に答えてくれないか?」
「「「……」」」
そう聞くと、一葉、青葉、黒姫が顔を見合わせて黙り込む。
「どうした?」
さらに聞き返す。横を見ると涼香も聞き入っている。
さくらも同じように目を光らせて見つめ返してきた。
「……ハァ。私のミスね。――裕貴兄ちゃん。ちょっとそこらの石を持って私の前にかざして見せて」
みんなの好奇心の視線に耐えかねて青葉が口を開く。
「ああ、――ほい」
言われて、足元にあったクルミ大の石をつまんで、上を向けて青葉の前にかざす。
その直後。
ピィーーーーーーー!! ――シュッ!!
歯の根元が痒くなるような鋭い金属音とともに、伸ばしたネクタイの
すると――。
…………コロン。
「「「ええええええええーーーーーー!?」
なんと石が真横に割れ、ぽとりと落ちた。
「……割れた? じゃないな。この断面ツルツルだ。――切ったのか?」
同じく不思議がるさくらと涼香に、石の半分を渡して青葉に聞いてみる。
「そうよ。原理は単純。このネクタイはカーボンナノチューブで編まれている電導体で、高周波で電気負荷を与えて布の縁を数万度に上げて、さらに15から30キロヘルツの変動超音波で振動させたのよ。……まあ超音波カッターの進化版ね」
「なにいっ!!」
さすが音の特化モデル! と思ったが、いくら超高級レアモデルと言えど、さすがに標準仕様のはずがないという考えが頭をよぎる。
「えっ? えっ? 何? 何の事なのゆーき」
疑問を口にしようか悩んでいたら、さくらが聞き返してくる。
「…………うん、つまりは超丈夫な糸を使って、細かく前後にゆすりながら肉とかを切る事かな?」
「ああ! 料理で茹で卵やチーズをワイヤーで切る感じね?」
「そうそう。それに近い」
その例えに同意する。
「そっ、そうなんだ」
涼香もそれで納得したようだ。
「つか、青葉、なんて技を持ってんだよ……って、もしかして!!」
軍事機密か? と悟って口をつぐむと同時に、そんな殺人技をハリセン代わりに使ってくる青葉に、
……青葉はキレやすい子なのか?
「てへ♪ みんな、今の事は内緒ね?♡」
驚いたみんなを見回しながら、青葉が悪びれずにウィンクをする。
「はぁ……、いいわ。ママ達に言って、みんなの分のアップロード用の
そんな青葉に、一葉がため息のリアクションとともに肩をすくめた。
「ありがとう、一葉姉」
……っとに、胸にコンプレックスがあるなら、
運転席に乗り込むさくらの肩に乗る、青葉を見ながらそんな事を考えてみる。
――そして、さくらが大人しかったのはその時までで、いざ車に乗ってみると、車中では登校する事に不満タラタラだった。
「ぷ~~……」
学校に着き、さくらが車を降りるなり、学校の校舎を見上げて不満を漏らす。
「ハァ……仕方ないでしょう? 単位が全然足りないんだから」
幾度目かのため息とともに、これまた幾度目かの言葉を口にしてさくらをあやす。
「さっ、さくらさん。あっありがとう。……でっでも、わたわたしし、なっなら一人でも登校でできる……まっますから」
不平を漏らすさくらを見て、涼香が困りきって弁解する。
「ほら~~、ママがあんまりぶつぶつ言うから涼香お姉さんが困ってるじゃない~~!」
「ああ、ごめんなさい涼香。そうじゃないの。学校がなきゃこの休みにみんなと遊んだり、リハビリに励んだりして体力を取り戻せたのに! ……って言いたかったのよ?」
さくらはそう言って涼香をギュッと抱きしめた。
「そっそそ……んな事…………ハイ。そうですね。残念です」
涼香は最初に否定しようとしたが、ハグされてる間に顔をトロンとさせて同意した。
「もう! 敬語は止めてね? じゃないとさくら泣いちゃうよ~~?」
「はっハイ!……うん、わかり……った、さくらちゃん」
さくらに頬ずりされながら、スキンシップに弱い涼香が嬉しそうに答えた。
そうして一応職員室までついて行き、ドアをノックして中に入り、祥焔先生の元へ向かう。
「おお……本当に来た」
「ウソ、全然年を取ってない。それにあの髪……」
と、室内に居た先生の間から驚嘆と軽いどよめきが起こった。
「……来たか。じゃあ、早速だが校長が話があるそうだから、まずは校長室へ行ってくれ」
「はい……」
さくらが怪訝そうに返事をして、とりあえず校長室へ一緒に向かう。
職員室の間に応接室を挟んだ隣の校長室をさくらがノックして、返事がありドアを開ける。
そして一瞬俺を不安そうに見るが、さすがに俺まで呼ばれていなかったので、軽くうなずいて一人で入るようにさくらを促す。
「…………」(コクン)
さくらもそれで納得したようで一人で中に入る。
「失礼します」
「おお!! ようこそおいでくださいました」
そう言うやり取りの後、ドアが閉じられる。
……ん? “おいでくださいました?”
校長のその嬉しそうな敬語に疑問を覚えつつ、腕を組んで廊下で待つこと10分ほどたった頃、ドアが開いてさくらが出てきた。
「……それじゃあ、よろしくお願いします」
「ええ。それじゃあ、病み上がりで補習は大変でしょうが、そのように配慮いたしますので、お辛いようなら何なりと申し付けください」
「はい。ありがとうございます」
壁から離れて、ドアを開けて佇むさくらの潤んだ笑顔を、じっと横から見つめた。
ドアが閉められ、校長室を後にして職員室へ歩いている間に、さくらがハンカチで目頭を拭う。
「……どうしたか聞いていい?」
「うん、いいわ。……あのね? 校長先生、さくらのファンだったらしいの」
「ああ、それで敬語……納得」
「ふふ。それで、そういう先生が結構いるから、今からだと履修できない授業も、さくらの為にこの休み中に受けさせてくれるって言うのよ」
「おおお、県立レベルとはいえ公務員がすごく融通を利かせてくれたね。つか、そんな事情なら文句言ったらバチが当たるよね」
「……うん。本当にうれしい」
そう言うと、立ち止まって再び目頭を拭い始めるさくら。
「……ん、じゃあまずはとれる単位を取って、フローラの退院の日と、お盆あたりに休んでみんなでどこか温泉とか行こうよ」
「そうね。そうしましょ♪」
「よかったね? ママ」
青葉がさくらからハンカチを受け取って、嬉しそうに涙を拭ってやる。
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