第6話「裏庭の邪聖剣」

「これはまさか、伝説の剣…?」

 裏庭の土から顔を出した剣の柄を見て、フェルナが言った。

 ネクロマンサーの家とはいえ、裏庭から伝説の剣が出土するなんて話は聞いたことがない。

「これが抜けたら勇者…なんてね」

 カクさんが珍しく冗談を言った。

 その冗談を真に受けて、スケさんが剣の柄を握り力まかせに引っ張った。

「俺こそが、剣に選ばれた伝説の勇者だー!!」

 そんなバカな。こんな変態骨野郎が勇者だったら世も末だ。

 私はハナから抜けるとは思ってはいないが、スケさんが剣を抜くことが出来ませんようにと心のなかで祈った。


世のため人のためネクロマンサー

第6話「裏庭の邪聖剣」


 6月に入ろうかというある曇りの日。

 いつものように自室である屋根裏でのんびりとしていた私は、蒸し暑さでかいた汗を風に晒すため、窓際に歩み寄りガラス戸を開けて空を見上げた。

 空は一面をどんよりとした灰色の雲が覆っている。今にも雨がふるかもしれないその天気は、人々の外出する気分を削ぐかのようだ。

 少し顔の向きを下げ、裏手にある森を見る。あの森のなかにはフェルナが従えた数十人の元山賊達が、小さな集落を形成して暮らしている。

 彼らがどのような経緯でフェルナに付き従うようになったかは知らない。金稼ぎに躍起になっているとはいえ、生まれながらの王族であるフェルナには人を惹きつけ従える高いカリスマ性が備わっているのかもしれない。

 初めこそ、逆らえばネクロマンサーの手によって処刑されるという吹聴で言うことを聞かせていた。

 しかし、この間見た指パッチンの音ひとつで飛んできて紅茶を注ぐ姿は武力による支配ではなく、忠義による主従関係を感じる。

 本当のところがどうなのかはあえて聞かないでいる。

 もっと視線を降ろし、裏庭を上から眺める。

 そこではスケさんがせっせと土を耕していた。

 スケさんは私とフェルナに対する数々の狼藉――主に覗きや下着ドロなど――が重なり、カクさんにお仕置きとして今度始める家庭菜園の準備作業を命じられ、今必死に土を耕している。

 あれで意外とスケさんはカクさんを恐れているらしく、カクさんの命令には逆らえないそうだ。

 日頃いろいろとセクハラをされてる身としては、働かされているスケさんの姿を見てざまあみろという感情が沸き立っている。麦わら帽を被りクワを振るうスケさんの姿は傍から見るとかなり面白い。

 この家の裏庭は結構な広さなので、こりゃあ丸一日かかるだろう。その間に覗かれる心配をせずに着替えたりお風呂に入ったりできそうだ。

 今日はネクラが朝から城に行って不在なので、私は土を掘るザックザックという音を聞きつつ、魔道具の製法について書かれた本を読んでいる。

 ネクロマンサーの修行の傍ら、夢に向かっての努力も怠ってはいけないのだ。

 ザックザック。

「魔道具ねぇ…。思えば、こんなのセイナールでは見たことなかったわ」

 さっきまでベッドに横になってたフェルナが、いつの間にか私の読んでいる本を背後から興味深そうに覗き見ていた。

 以前、魔道具でお金儲けをしようと発案していた彼女だが、実のところ魔道具については何も知らなかったのか。

 ザックザック。

「王宮って、便利な魔道具がいっぱい置いてあるものだと思ってたけど」

「それ、多分アークノーだけよ。

 この家にある冷蔵庫も、魔法コンロも、お風呂を沸かす給湯器も、全部あたしの住んでいた王宮にはなかったわ」

 ザックザック。

 魔道具の原型を築いたのは、四百年前の勇者だと言われている。勇者の元いた世界では魔道具のような便利な道具が、なんと民間人レベルまで普及しているらしい。

 それらの道具のないこの世界で不便な生活を強いられた勇者は、当時はまだ安価だったミスリルを利用して魔道具の原型となるものを自作したと言われている。

 ザックザック。

「勇者様さまさまねぇ。魔王も倒した上、便利な道具まで作るなんて」

 フェルナは私の後ろから離れ、事業で稼いだお金で買ったという屋根裏の冷蔵庫から冷たいジュースの入ったビンを取り出し、ゴクゴクと音を立てて喉に注ぎ入れた。

 私の物欲しそうな目に気付いたのか、もう一本ビンを手に取り私に投げてよこしてくれた。喉を通る冷たい液体は、蒸し暑さでほてった身体を程よく癒やす。

「あたしはこの家での生活、割と好きよ」

 あの冷蔵庫、確か四十万アークくらいする魔道具のはず。六千万の借金を返す身には何十万単位のお金なんて小銭感覚なのだろうか。

「でもどうして、セイナールには魔道具がないのかな?」

「『魔法は神の与えし奇跡の力なり』。セイナール神教の聖典の一節よ。

 黒魔法といえど、魔法を道具に封じ込める行為は反神的行為って思われてるの。

 といっても、さすがに死霊術がそれに入るかは知らないけど。

 熱心な信仰のおかげで不便な生活にあえいでいるんだから、外から見れば面白いギャグだわ」

 冷たいジュースを飲みほして、クスクスと笑うフェルナ。

 最近フェルナは懐が暖かくなり吹っ切れ始めたのか、悪態をつきながらだがセイナールでの生活についてもよく話すようになってきた。

 フェルナにとっては故郷の話でも、私にとっては興味深い異国の話。聞いていて飽きないのでフェルナとこういう話をするのは好きだ。

 ザックザック。

「ねえフェルナ、聖女セイナールってどんな人なの?」

「どうしたのいきなり。ケイもセイナール神教に入信するの?」

「違うわよ。私が読んでた勇者の物語に聖女セイナールが登場してたから、ちょっと興味があって」

 実はフェルナがセイナール人だと知ってからずっと訊きたかったことだ。

 勇者が魔王を倒す旅の中で重要な働きをしたといわれる聖女セイナール。

 彼女がセイナール神教の中でどういった人物で見られているのか。

 ザックザック。

「そりゃあ、聖女様って呼ばれるくらいだから慈悲深くて優しくて、まさに女神様といっても過言ではないくらい立派な方よ。虐げられていた奴隷の人々を離島に逃がすために海を割って道を作ったり、町ひとつを飲み込む大嵐を鎮めたり。雨がふらずに枯れ果てつつある町に雨を降らせて多くの人々の生命を救った話とか、邪悪な魔竜と対話だけで和解したとか逸話がいっぱいあるのよ」

 奇跡の力が使えるという話は知っていたが、そんな伝説もあったのか。

 私が知っているのは勇者がセイナールに出会ってからの話だけなので、なかなか興味深い話を聞くことができた。

 ザック…ガキン!

 そう、ガキンって…ガキン?

 聞こえてきた妙な音。気になって裏庭を見下ろすと、スケさんが頭を抱えながら裏庭の土から顔を出した棒を眺めていた。


「これは、剣?」

 裏庭の土から、ひょっこりと飛び出た剣の柄。

 さっきのガキンという音は、スケさんの振ったクワがこれにぶつかった音だという。

 カクさんも何だ何だと裏庭に出てきた。

 スケさんが埋まっている剣を引っこ抜こうと、掴んで唸っているがビクともしそうにない。

「土に埋まった剣って…やっぱり、勇者の素質がないと抜けないのかな?」

フェルナが剣を見ながら言った。

「勇者の素質?」

「セイナール王国だと地面に突き刺さった伝説の剣を、選ばれし勇者が引きぬくっていうお話がいっぱいあるのよ」

 いっぱいあっていいのかそれは。私はそう思いながらも、未だに抜けずに唸り声を上げるスケさんを観察する。

「じゃあ! これが抜けたら! オレは! 勇者様だな!」

 必死の形相――と言っても骨だからわかりづらいが――をしながら途切れ途切れにスケさんが言う。そういうことは抜ける兆しが見えてから言えっての。

 結局スケさんが勇者か否かは、力みすぎた挙句手を滑らせてひっくり返り、地面に叩きつけられバラバラになった形ではっきりした。

 私達はスケさんの醜態を省み、無理やり引っこ抜くのは諦め、周りの土を地道に掘っていく方法にシフトすることにした。


 フェルナが指パッチンで部下の元山賊たちを呼び出す。

 「姉御の為に!」と三十人近い人数がゾロゾロと裏庭になだれ込んできたが、フェルナの「邪魔くさい、帰れ」の一言で半数はトボトボと哀愁を漂わせながら裏手の森に帰っていった。こいつらは森の精霊か何かか?

 残った十人程度の元山賊がえっさほいさと剣の周りの土を掘り起こしていく。日頃行っている土木と建設作業で手慣れているのか、みるみるうちに剣の周りの土が除去されていく。

 発掘作業が終わるのを待つ間に、私はかねてから抱いていた疑問を解消することにした。

「そういえば、フェルナって平気な顔で山賊を従えてるけど、山賊に恨みあったんじゃないの? ほら、村のあれとかで……」

 私がフェルナを見つけた場所は、山賊によって滅ぼされた村のはずだ。

 それなのに、フェルナは今や元山賊団を大量に従える土木組織の姉御。ずっと疑問に思っていたのだ。

「あんたねえ、過ぎたことを悔やんでいたらチャンスを逃すのよ。それに、あたしが従えている連中はその村とは関係のない連中だし」

 あっけらかんとした様子で言ってのけるフェルナを見て、私は呆れるというか感心するというか。

 彼女の神経の図太さに敬服することしか出来なかった。


 1時間ほどの工事の末、やっとこさ剣が土から離れた。

「ご苦労様、戻りなさい」

「ハッ!」

 フェルナの号令で一列になり森へ帰っていく元山賊たち。何が彼らを突き動かすのか私にはわからないし、わかりたいとも思わない。

 こびりついた土を手で軽く払い落とし、掘り出された剣を持ち上げてみる。全体的に古びてはいるものの、かなり凝った装飾が施された立派な剣だった。

「まるで物語に出てくる、伝説の剣みたいね」

 フェルナが私から剣を受け取り2,3回ほど素振りしながら言った。

 そういえば、今までフェルナが槍で戦っているところしか見たことがない。

「フェルナって剣術も嗜んでいるの?」

「ううん、カッコつけて振り回しているだけよ」

 なぁんだ。剣を振るうお姫様戦士ってのもカッコいいと思ったのに。


 それにしても、見れば見るほど立派な見た目の剣だ。

 いかにもな古めかしさ、土に埋まっていたという事実、それから細部まで凝られた装飾。

 これらの要因はこの剣がただの武器ではないとうったえかけてるような気さえしてくる。

「はて、もしかすると…」

 カクさんがしばらく剣を見てから、そう呟いて小走りで家の中へと入っていった。なにか思い当たることがあったんだろうか。

 一方フェルナは、バラバラ状態から復活したスケさんに向けて剣を構え、ゆっくりと間合いを詰めている。

「や、やめろよぉ…」

剣を向けられたじろぐスケさん。

「あんたにはいろいろと恨みがあるからねぇ。覗きとか、下着ドロとか…!」

フェルナが剣を振り上げながら言った。

「伝説の剣ってだいたい神聖属性が付いてるんだってねッ! いっぺん喰らいなさい!」

「ひ、ひえー! 骨殺しー! お助けー!」

「待ちなさい! この変態ガイコツー!」

 スケさんは逃げ回り、フェルナはブンブンと剣を振り回しながらそれを追いかけている。

 私はその光景を呆れ顔で眺めることしかできなかった。

「彼にはいい薬ですよ」

 いつの間にか戻っていたカクさんも、フェルナを止めようともせず静かに言った。

「そういえば、カクさんは何をしに家に戻ったの?」

「いえ、ふとあの剣に見覚えがありましてね」

 カクさんが、手に持った『帝国の伝説~武器・名所篇~』と表紙に書かれている本を開き、あるページを私に見せた。

 カクさんが開いたページには『死霊術の極み 邪聖剣』と書かれていた。

 剣の名称は読めない文字が使われていたのでわからない。どうやら現代語では発音できないタイプの古代語で名付けられた名前らしい。

 私は本を受け取り、書いてある解説文をじっくりと眺める。帝国建国以前に存在したという大きな力を持ったネクロマンサー。彼が多くの人間の命を引き換えに死霊術で創りだしたと言われる伝説の剣。…といったことが仰々しく遠回しな文体で書かれていた。

 邪聖剣って…禍々しいのか神々しいのかどっちなんだろうか。確かに本の挿絵に描かれている剣は、今フェルナが振り回している剣にそっくりだ。

 この剣が本当にその邪聖剣だとして、何でこの家の裏庭に埋まっていたのかはまた別の疑問だ。

 ネクラに訊けば何かわかるのかもしれないが、あいにく不在だ。

 ということで、この剣については私達で調べることになった。

 どうせ今日は特に予定もない退屈な日だったし、いい暇つぶしができたと考えよう。


 とりあえず、切れ味から確認してみる。

裏庭の脇に立っていた細い枯れ木を相手にフェルナが邪聖剣を斜めに振り下ろす。剣が通った所から枯れ木が切断され、メキメキと音を立てることもなく倒れた。

「なかなかの切れ味じゃない」

 スパッと切れて気持ちよかったのかフェルナが邪聖剣をカッコよく構えながら満足気に言った。元が高貴な顔立ちだからか、装飾の凝った武器はサマになっている。


「ふぅむ…ミスリルが使われているわけでもなさそうですね」

 次にカクさんが邪聖剣にあれこれと魔法をかけていろいろと試してみている。

 曰く、刃にミスリルが使われていると何かしらの対魔法用途や、魔法を使ったなにかしらのギミックがあるかもしれないとのこと。なので、武器にミスリルが使われているかは結構重要な要素だそうな。


 私は邪聖剣の調査に対しては何の能力も無いので、カクさんが持ってきた本をペラペラと眺めていた。

 と言ってもサボっているわけではなく、この本の内容が信用に値するものかどうか確認するためだ。

 私が通っていた魔術学校には伝説級の逸話や力を持つ武具がいくつか飾られていた。それらを見たこともあるし、授業でもどのような武器か習ったので、自分の記憶と合致した内容が載っているかどうか確認する。

 まずひとつ目、『吸魔杖アークロッド』。

 握る者の魔力を刃とし、その魔力の大きさに比例して破壊力を増す魔王時代の伝説の魔術士の杖。

 学校で見た説明文と本の記述はほとんど同じだ。

 次に『退魔弓ライトニング』。

 ミスリル製の矢尻を持つ特殊な矢を発射できる特別製の弓。ミスリルの矢は飛んで来る魔法を貫き、吸収するという特性を持つ。

 これも覚えている説明文と記述がほぼ一致だ。

 最後にアークノー皇家に代々伝わる『地砕斧グランヴォルフ』。

 ひとたび振るえば大地を揺るがし、その衝撃は人間をも軽々と吹き飛ばす。皇帝の血を引く者のみが扱えるという巨大な戦斧せんぷ

 学校で習ったものと同じ説明文。

 この本がデタラメなトンデモ本ということはなさそうだ。あの邪聖剣、本当に伝説の剣なのかもしれない。


「ふむ…甲乙つけがたいので、目利きの人に鑑定してもらってはいかがでしょうか?」

 カクさんが邪聖剣を手にとって呟いた。

「鑑定してどうするの?」

「この剣が本に載っている武器かどうかどうか一発で分かりますし、どれほどの値打ちものかもわかるでしょう」

 なるほど、剣は武器屋にということか。

「あたしはこの国の相場あまり知らないけれど、高値がつくとしたらいくらぐらいになるの?」

フェルナが邪聖剣を机の上に置いて言った。

「確か…以前聞いた話では、古代の賢者が使っていたという伝説級の杖が40億アークくらいの価値があると判定されましたね」

 なるほど、40億アークねぇ…。って40億アーク!!?

「武器一つ売るだけで一生遊んで暮らせるじゃないですか!?」

「あたしの借金も一発で返せるじゃないの!」

 私とフェルナはほぼ同時に値段に対しての感想を叫んだ。

「40億貰った!!」

 値段を聞いたと同時にスケさんが剣を持って家を飛び出した。あの骨野郎、40億を独り占めするつもりか!

 私とフェルナはスケさんを逃がすまいと、走って後を追った。


「コラ待て! このスケべガイコツー!!」

 全速力で追いかけながらフェルナがスケさんにむけて叫ぶ。

「待つもんかよ! これは俺が最初に見つけたんだーー!!」

 スケさんはスケさんで骨の身体とは思えない速度でカラコロ音を鳴らしながら軽快に走っていく。いや、骨の体だからこそ速いのかもしれない。馬車を高速化するために骨組みに近くなるまで軽量化する肉抜きという技術があるらしい。スケさんは肉抜きどころか骨だけだ。速い道理はなくはない。

「40億も手に入れて何するのよー!」

「40億あればキレイなネーチャンと遊び放題だーー!!」

「そのツラで女遊びかアンタはーー!!」

「金さえ払えば俺でも女を買えるさーー!!」

「あんっっった本当に最低のクソ野郎ね!!」

 叫び合いながら追いかけているがスケさんの足が異様に早い。金…というか女遊びへの執念がそうさせるのか。それとも生前は足が早かったのか。理由は定かじゃないが、私とフェルナは徐々に離されていく…!

ズバァン!

スケさんが見えなくなるか否かというその瞬間、スケさんが大きな音とともに白い爆発を起こし骨が宙に舞った。

 違う、何かしらの神聖魔法を受けたようだ。私たちは息を切らせながら、スケさんが爆散した辺りまでたどり着く。

「あ、あんたたちは…!」

 そこには見覚えのある連中がいた。

「ここ出会ったが三回目だな! 悪の魔術師の手先!」

 またまたユージャ一行だった。こいつらいっつもこの辺りにいるな。ここらへんに住んでるんじゃなかろうか。

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

 フェルナが邪聖剣を拾い上げながら啖呵を切った

さすがに40億もするかもしれない剣で戦おうとはしないらしい。

 とはいえ、ユージャ一行は四人。こちらは私とフェルナの二人。過去二回の戦いではネクラの魔法と機転で勝ったようなものだ。

 タイマンで山賊の親玉と殴り合えるフェルナはともかく、私の戦闘能力は圧倒的に低い。

 加えて、逃げようにもスケさんを追ってきたせいで息切れ状態だ。

 フェルナがこれだけ走っても割と平気そうなのが謎だが。


「覚悟しやがれ!!」

 ユージャが剣を抜き接近してくる。

 フェルナが『ビルド』の魔法で近くにあった岩を槍に変え応戦する。辺りを剣と槍が打ち合う音が響き渡る。

「我らが母たる神々よ、邪悪へとその裁きを落とせ…『シャイン』!」

 ゾーリョが私に向かって遠距離神聖魔法を放ってくる。スケさんはあの魔法にやられたのか。

 私は、飛んでくる『シャイン』をプロテクトを盾にしながらなんとかしのぐ。

 スケさんのせいで息切れ状態になってなければこんなに辛くはないだろうに…。

 そのスケさんは神聖魔法をもろに喰らったせいでしばらく再起不能だ。

 せめて数で上回っていれば少しは楽なのだが。

 ゾーリョに気を取られている間に脇からブドゥーカとシノヴィが私に近づく。なんでフェルナじゃなくて私を狙うんだ! 私は何度目かの絶体絶命のピンチに身を震わせる。


「北に住まう氷の女王よ、その凍てつく吐息を放て…『アイスバースト』!!」

「がああっ!?」

 その時、突然どこかから氷属性の魔法が飛んできてブドゥーカに直撃した。巨大な氷に閉じ込められたブドゥーカはそのまま勢いでどこかへと滑っていく。

「まったく、スケさんは面倒事ばかり招きますね」

 そう言いながらカクさんがゆったりとした様子で歩いてきた。見た目は不気味だが、頼りになる助っ人だ!

 突然のカクさんの登場に、シノヴィは一旦身を引き体勢を整える。


 ザシュウッ!

「くっ…!?」

「甘いわね!」

 ふと見ると、フェルナがユージャに槍の一撃を与えたようだ。ユージャの頬から血が滴り落ちる。

 今までの戦いから、こいつらは少しでもヤバイと判断すればすぐに退いてくれるので、このまま押し切れればなんとかいけそうだ。

「どこを見ているのですか!」

 そう叫びながらゾーリョが私に『シャイン』を放ってくる。私は慌てて前方に飛び込むようにしてその魔法を回避する。

 少しくらい待ってくれたっていいでしょうに!


「ただならぬ黒い気…き、貴様何者だ?」

 シノヴィがカクさんを前にして震え気味の声で尋ねる。

「私は、ただのネクラ様の執事ですよ」

 カクさんはそう言いつつ『アイスバースト』を放つ。シノヴィはバク転で回避するが、カクさんの力なら放っておいても大丈夫だろう。


バキィン!

 フェルナの持っていた岩の槍が音を立てて折れてしまった。

「くっ…!?」

 フェルナがとっさに邪聖剣を抜き、ユージャの剣を受け止める。

その瞬間、ボキッっと嫌な音がした。真ん中から邪聖剣が真っ二つに折れてしまったのだ。

 折れた反動で後ろに倒れるフェルナ。


「痛っ!?」

 私は疲れもあり、とうとうかわしきれずに右足にゾーリョの『シャイン』を受けてしまう。

 普段から魔法防御力のある服を着ているため軽傷だが、痛みで立てなくなってしまった。

「ここまでみたいですね」

 ゾーリョが少しずつ膝をついた私に近づきながら言った。ゾーリョが長い呪文の詠唱に入る。

 大技でトドメを刺すつもりだ…!

「ケイ!!」

 フェルナが倒れた状態のまま折れた邪聖剣をゾーリョに向けて投げつけた。

 邪聖剣はゾーリョの腕に当たり、彼女の腕に傷をつけ詠唱を中断させた。

「よくもゾーリョを!!」

 ゾーリョを傷つけられ激昂したユージャが飛び上がり、フェルナごと地面に剣を突き刺そうとする構えを取った。

 フェルナの危機に、まるで時間が遅くなったかのような感覚に陥った。ユージャの剣が徐々にフェルナの胸に接近する。


「唸れ、我が斧よ!!」

 突然、遠くから聞き覚えのある野太い声が聞こえたと思ったら

 目に見えるほどの衝撃波が空中のユージャに向けて飛んできた。衝撃波を受けたユージャはゾーリョのいる方へと吹っ飛んでいく。

「ぐ…な、何者だ!?」

 地面に叩きつけられたユージャがゾーリョの回復魔法を受けながら、よろめきつつ立ち上がる。

 その場に現れたのは、フェルナ配下の元山賊たちが軟弱に見えるほどの巨大な体格の大男だった。

 遠目からでも凹凸が確認できるほどの筋肉、質素なタンクトップと短パン、そして身の丈ほどもある巨大な斧。

 大男がユージャに向けて大声で答える。

「貴様ら野蛮人に名乗る名など無いわぁっ!」

「てめーの方が野蛮人じゃねーか!」

 ユージャが大男に駆け寄りジャンプ斬りを放つ。大男はその攻撃を回避する素振りを見せず、丸太のような太さの生身の腕を構え、ユージャの一閃を迎えうった。

 バキッ! 鈍い音とともに折れた――ユージャの剣が。

「嘘だろっ!?」

「ガハハハ! 小僧、身の程もわきまえずワシと勝負するか?」

 大男に、斧の面の部分で殴られ再び吹っ飛ばされるユージャはそのまま草の上を二、三度バウンドし、気を失ったのか動かなくなった。

「何者かは知りませんが、この一撃なら!」

 いつの間にか大男の背後に回っていたシノヴィが短刀で首筋を狙う。しかし、短刀は食い込むどころか傷をつけることすらかなわず、大男は斬られた部分を痒そうにポリポリと掻いた。

 ――バケモノだ。私は思った。


「おー…やっとるやっとる」

「師匠、いつの間に!?」

 暴れ回る大男に気を取られている間に、いつの間にかネクラが私の横に立っていた。

「俺もいるぜー」とネクラの陰からマロウが顔を出す。

「ケガ、痛くないか?」

「はい、大丈夫ですけど…あの男の人はいったい?」

 私はネクラの手を借りて立ち上がりながら、生身でシノヴィの投げる手裏剣を弾いている大男を指差して訊く。

「ヒント、でっかい斧と筋肉。それから一緒に俺とネクラ先生がいること」

 マロウは、まるで謎々を解かせる出題者のように、ニヤついた顔で人差し指をピンと立てた。

 私は、思い当たる人物を頭の中で捜索する。

 筋肉ムキムキなので思い当たるといえば、この間やりあった山賊だが彼らはすべてフェルナが従えている。

 斧使い…には思い当たるフシはない。

 残るはネクラとマロウの存在。この二人の交友関係から導かれる人物……?

 ――待てよ。嘘? ほんとに?

「もしかして……こ、う、て、い?」

「あったりー!」

「ええええ!?」


「どっせーーい!!」

「うぎゅっ!?」

 大男――皇帝がシノヴィを勢い良く片手で投げ飛ばし、地面に叩きつけた。

 シノヴィはゴロゴロと地面を転がり、しばらくしてフラフラと立ち上がった。すごく痛そうだ。

「お、覚えてなさい!!」

 残ったゾーリョは倒れるユージャと凍ったブドゥーカを、シノヴィとともに運びながら捨て台詞を吐いてそそくさと逃げていった。二度と出てこないことを祈るばかりである。


「まったく…ひどい目にあったわ」

 フェルナが起き上がりながらパンパンと服についた土を払い落とす。

「助けてくれたのはありがたいけど、この人は誰?」

「――この国の皇帝陛下ですよ」

「えっ?」

 カクさんに教えられ目を丸くするフェルナ。

 無理もない。今の皇帝陛下はタンクトップのシャツに短パンスタイルだ。筋肉と斧も相まって、身なりのいい山賊に見えなくもない。

 なんで皇帝がこんなところを歩いているのとネクラに訊くと。

「いや、なに今日アークと話しに行ったら最近公務がきつくてって愚痴っててさ」

「それで、休みがてらネクラの家を訪れようと思ってな。その道中で騒ぎを見つけて乗りこんだってわけだ!」

 皇帝陛下はガハハと笑いながら言っているが、仮にも国家元首がそれでいいのか。

「心配はいらないぜ。陛下の部下は、俺みたいに優秀なやつ揃いだ。

 一晩いないくらいは問題なしなし!」

 軽い口調でマロウが言う。皇帝陛下と親しい彼らが言っているのだから間違いはないのだろうが、なにかおかしい。

 というか、気分転換に友達の家に遊びに来るって子供じゃないんだから…。


「ほう、この娘が…」

 皇帝陛下が大きな顔を近づけフェルナの顔を覗き込んだ。

 陛下の迫力に威圧されてフェルナの顔は引きつっている。

「さっき話してた元王女さんだ。今は俺のところで預かってる」

 ネクラがフェルナの説明をした。言っちゃっていいのかな?

「ふむ、いい顔をしている。

 安心しろ、利敵行為を行わぬのならセイナールの者とはいえ敵扱いはするつもりはない」

「は、はぁ…」

「ガハハハ! まあ、万が一にも裏切ったりした場合はワシが直々に仕置してやるから覚悟しろ!」

 皇帝陛下はごつい顔に似合わない満面の笑顔で言い放った。

 何十人もの元山賊を従えたフェルナも、これにはタジタジの様だ。


「あーっ! 俺の40億が!!」

 いつの間にか立ち上がっていたスケさんが折れた邪聖剣を拾い上げて叫んだ。

「40億? 何の事だ?」

 ネクラがスケさんの発言に首を傾げたので、私は邪聖剣について今日起こった出来事を説明した。

「裏庭…邪聖剣…」

 説明が終わるとネクラは難しそうな顔をして考え始めた。やっぱりあの邪聖剣本物だったのかなあ。

「ネクラ、この剣って、幼き日のアレではなかろうか?」

 皇帝の突然の発言に私は口をぽかんと開ける。え? 子供の時のアレって?

「あー! そうか! あれかー!」

 ネクラが思い出したことを大げさなジェスチャーで表す。私は勝手に盛り上がっている二人に説明を要求した。


「あれは、俺とアーク…というか皇帝が子供の頃…」

 そう前置きしてネクラは懐かしそうに話し始めた。

 当時、宮廷魔術師の息子だった子供のネクラと皇帝の息子だったアークノー皇太子。

 ネクラはアークノーのことを皇太子と知らずに友人関係になり、時折ふたりで城を抜けだしてはイタズラをする遊びをしていたとか。

 ある日、城の倉庫に打ち捨てられた一本の剣を二人は発見した。その剣は、かつてある詐欺師の男が伝説の剣と偽り高値で売るために、本に載っていた絵に似せて作らせたという剣だった。

 偽物の剣を見つけたネクラと皇太子は、城からそこそこ外れたとある場所にそれを埋めたという。

 いつか、この剣を掘り起こした人間が伝説の邪聖剣だと大騒ぎするだろうと…。


「じゃあ、結局40億なんて無かったんじゃないのー!」

 家へ向かう帰り道の途中で、フェルナが話を聞き終わり残念そうに叫んだ。

「そもそも邪聖剣の価値が40億ではなく、かつて聞いた杖が40億だったわけで…」

 残念そうなフェルナにツッコミを入れるカクさん。確かに、あの剣が40億とは誰も言っていない。

「どこに埋めたかはすっかり忘れてたんだが、まさかこの家の近くだったとはなあ」

 皇帝とネクラが二人で楽しそうにハハハと笑った。

 結局、私たちは数十年前の二人のイタズラに振り回されてただけだったのね。

 あんまりなオチに脱力するフェルナと私。

「あー…オチを聞いたら無性に腹が立ってきた」

 フェルナがスケさんを鬼のような形相で睨む。そういえば、剣を値打ちものだと勘違いしたスケさんが持ち逃げしたのが、話がややこしくなったそもそもの発端だ。

 カクさんもさっきから黙ってはいるが、今日のスケさんの行動にはご立腹のようだ。

 私たちは顔を見あわせ、頷いてスケさんにジリジリと近寄る。

「な…何をするんだ…! やめろー!」

 スケさんの悲鳴が辺りに響き渡った。


「野良仕事というのもなかなかおもしろいのう」

 カクさんが整えた畑に種を撒き終えて皇帝陛下が言った。自分からやりたいと言い出したとはいえ、皇帝陛下に畑仕事手伝わせちゃってよかったのかなー。

「ご苦労さまです。ご飯のほうが出来上がりましたよ」

 カクさんが家から出てきて言った。風にのっていい匂いが漂ってくる。

「アークも食っていきなよ。動いた後のメシはうまいぞ~!」

「ガハハ、それじゃあ言葉に甘えるとするか!」

 皇帝と一緒に食卓を囲んで食事なんて、恐れ多いなあと思いつつ私はみんなと一緒に家に入った。

「おーい、置いてかないでくれよー! 悪かったからさあ、謝るからさー!」

 畑に立てた棒に縛り付けられ、カカシにされたスケさんの嘆く声が響く。

 スケさんはお仕置きとして、しばらく作物を守るカカシになってもらった。

 私とフェルナはスケさんの嘆く声をバックにざまあみろと思いつつ、スケさんが作ってくれた晩ごはんを口に運ぶ。

 皇帝陛下と一緒に食べるのはちょっと緊張するけど、みんなで食べるご飯は美味しいと再認識した。

 スケさんの悲痛な声がこだまする中、ネクロマンサーの家の夜はゆっくりとふけていった。


 卒業修行の終わりまで、あと4ヶ月。

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