第5話「フェルナのガッポリ大作戦」

「山賊退治……報酬も悪く無いわね!」

 フェルナがとびきりの笑顔で両手をあげた。

 私はフェルナに儲け話を持ちかけてきたマロウを睨みつける。

「……何だよ、俺は皇帝陛下に頼まれただけだからな」

 自分は悪くない、といいたげな態度でマロウがしらばっくれる。

 なんで私が、フェルナの金のために山賊と戦わなきゃいけないんだーー!!

 ふーざーけーるーなー!!


世のため人のためネクロマンサー

第5話「フェルナのガッポリ大作戦」


「かね、カネ、金……お金ーーーー!!」

 5月の少し暑さを感じさせる朝日の差し込む屋根裏部屋で、頭を抱えて金、金、金と連呼するフェルナ。

 彼女がこんな珍妙な叫びを繰り返す理由は簡単。先日ネクラから課せられた借金6000万アークを返済するためにどうすればいいか悩んでいるからだ。

 先日、私とネクラのピンチを救うため、フェルナはよりにもよってネクラのミスリルの延べ棒――一本2000万アークの値打ち――を三本も槍にして投げてしまった。

 精錬ミスリルというのはすごく貴重なものな上デリケートらしく、槍になった時点で延べ棒としての価値は消え失せてしまったらしい。

 ネクラは私にだけこっそり、フェルナの完済は期待していないことと、一生助手としてこの家で働いてくれるならそれでもいい、とも言っていた。

 しかし、フェルナは完済する気満々でこうやって今うなだれている。


「額が額だけに、小手先の金稼ぎじゃあ難しいわよね……。となると何かしら定期収入が得られるようにしなきゃ……。ねえ、ケイも一緒に考えてよ!」

「いや、無理無理!!」

 フェルナが不意に私に話を振ってきた。6000万もの大金を稼げる案がすぐに出てくるなら、今頃こんなところで嫌々修行はやっていない。

 学校を卒業して社会に出たくらいの人間が、ひと月働いて得られる額は高くてだいたい20万アークだ。

 生活費を考慮せず、全て返済に充てたとしても完済には300ヶ月……軽く25年はかかる計算となる。

 6000万アークの借金というのは、それほど飛び抜けた大金なのだ。

「あ~あ~……あたしの髪が純金でできてたら髪を売って返済できるのになあ」

「それって、めちゃくちゃ頭が重くなるんじゃ……」

「やあねえ、冗談よ」

 本気か嘘かわかりかねない冗談を良い、フェルナはケラケラと笑った。

 借金を背負わされてからというもの……フェルナは返済という生きる目的を見つけたからか、出会った当初に比べると別人なくらい雰囲気が明るくなった。

 理由が理由なだけに素直に喜べないし、ショックのあまり変な方向に性格が歪んでしまったようにも思えなくはない。

 フェルナ曰く、彼女は王女だった頃『聖女の生まれ変わり』とセイナールの国民たちに評されるほど温和で心優しい性格だったようだ。

 しかし、過酷な逃亡生活と目の飛び出るほどの借金は、彼女の心を変貌させるのには十分すぎるパワーを持っていたのかもしれない。

 私はフェルナを拾ってきた責任があるため突き放すこともできず、こうやって友達としてぼんやりと相談に乗っている。

「う~ん……戦時中だから、武器の需要があるわよねえ……。

 そうだ! 武器を運搬する事業なんてどうかしら!

 武器の不足した戦地に新品の武器をお届け!」

「どうやって武器をそんな遠くまで運ぶの?」

「そりゃあ、あの気味の悪い馬車を――」


「馬車は貸してやんねーぞ」

 私達のやり取りをどこで聞いてたのか、二階から屋根裏に、土から顔を出すモグラのような格好で顔を出したネクラが忠告した。

「ケチ! 借金を返そうとしてるんだから協力してよ!」

「バカ野郎、そんな絵空事みたいな事業に手を出して大損こいたらどうする!やるんなら自分の力だけでやってくれ!」

 そう吐き捨ててネクラは屋根裏から降りていった。

「それじゃあ……そうだ。ケイ、あんたが好きな魔道具ってやつあったわよね」

「え、ええ……」

「それって高く売れるんでしょう?

 それを作りましょう!」

「あれって、フェルナの借金の原因になった純ミスリルが必要なんだけど……」

 私がそう言うと、フェルナは「チッ」とわざとらしく大きな舌打ちをし、拗ねた子供のようにベッドに寝転んだ。

「あたしのいた村、山賊に焼かれちゃったけど……復興させたら感謝されてお金が転がり込んだりしないかしら」

「村の復興って大変なんじゃない……? それに私達だけで建物とか建てるなんて難しいと思うけど……」

「じゃあどうすればいいのよ~~~!!」

 ベッドの上で手足をジタバタしながら叫ぶフェルナ。とても元王女様とは思えない醜態だ。

 借金を背負わされてからの数日間、フェルナはずっとこんな調子である。金稼ぎの相談に付き合わされて私もヘトヘトになっている。


「そんなに金が欲しいのか」

 突然耳に入った聞き覚えのある男の声。

 声のする方を振り向くと、いつの間にか屋根裏の窓枠の上に、マロウがしゃがみこんでいた。

「マロウさん、いつの間に……?」

「プロだからな、これくらいは軽いもんだ」

 私の問いに、答えになってない答えを返すマロウ。

 彼は懐から手帳を取り出し、フェルナの顔を見ながらサラサラと何かを書きこんでいく。

「君がフェルナちゃんね、なるほどなるほど」

「……なに見てるのよ」

 チラチラと顔を見られて不満そうなフェルナ。マロウは手帳を閉じ、また懐にしまった。

「ネクラ先生が出かけた先で救助した素性不明の旅人。恩を感じてネクラ先生のもとで家事手伝いを申し出た……でいいかい?」

「はぁ?」

 マロウが突然話し出した、謎の経歴のような文章にフェルナは首を傾げる。

「今のは、誰の話?」

「君だよ、君。

『セイナールの王女様が戦争の相手国に亡命した挙句、ネクロマンサーのもとで借金返済のために居候』ってバカ正直に記録に書けっての? 少なくとも俺は嫌だぜ」

 マロウの発言を聞いて、初対面時に私の素性を的確に言い当てられたのを思いだす。

 マロウは皇帝直属の密偵であり、彼はこの国に住んでいる人間をすべて――本当に一人残さず全員かは定かではないが――把握しているという。

 つまりはこの国で人を調べる際、マロウの手帳が最初の手がかりになるのではなかろうか。

「ネクラ先生に頼まれたから、一時的に君をこの国の出身者ってことにしてやろうってのに恩知らずなやつだな」

「それって嘘を書くってこと?」

「世の中、何が嘘か本当かなんて、記録を残したやつだけが知りえるもんだ」

 ニヤニヤしながらそう話すマロウを見て、こうやって権力者は都合の良いことだけを後世に残すんだろうなぁ、と私は思った。

「スリーサイズや身長体重、普段つけてる下着の色とかも申告してくれりゃあ書き足すが?」

「結構よ!」

 フェルナはセクハラ発言に対し怒りをぶつけるが如く、マロウに枕を投げつけた。

 投げつけられた枕をマロウは片手で受け止め、ベッドの元あった場所に放り投げた。マロウのほうが一枚上手だったようだ。

「マロウさん、なにか話があって来たんじゃないんですか?」

「おお、そうだそうだ。忘れるところだった」

 手のひらに拳をポンと乗せ、思い出したポーズをしながらマロウは言った。

「最近、この帝国内にも山賊とかが増えてきてな。

 民の安全の為、これらを排除したいとういのが皇帝陛下のお考えだ」

 マロウは地図を取り出し、私達に見せた。アークノー帝国の領土が描かれた地図の上に、軽く十を超える数のバツ印が書き込まれていた。

「この印が、俺が調べた限りでわかった山賊団のアジトだ。

 要するに最低でもこれだけの数、山賊団が存在することになる」

 山賊団と聞いてフェルナの顔が険しくなる。フェルナは山賊に、世話になった村を潰されたから無理もない。

「軍を出して片付けたいのはやまやまだが、あいにくこの戦時中。山賊退治に回す部隊なんか残っちゃいない。そこで、皇帝陛下は山賊団を潰した者に報酬を与えるというお触れを今度出すことに決めた。報酬は山賊団ひとつにつき100万アーク。まだお触れは表には出されていないから、どの山賊団を潰すかは選び放題だ。悪い話じゃないだろう?」

 100万アーク……私みたいな庶民からしたらたいへんな額だ。しかしフェルナの借金返済に当てるとしてもたったの六十分の一。定期収入を得たいと考えていたフェルナはこの話をどうするのだろうか。

 マロウから一通りの話を聞いたフェルナは、しばし手を額に当てて考え込んだ。そして、フェルナは答えをまとめたのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら高らかにマロウに言った。

「その仕事、乗ったわ!」


「――どうして、そんないい話を持ってきてくれたんですか?」

 私はふと、タイミングバッチリで良い儲け話を持ってきてくれたマロウに疑問をいだき、思い切って訊いてみた。

 マロウはハァ、とわざとらしいため息をひとつ吐き、その質問に対する回答をし始めた。

「昨日ネクラ先生がさ、皇帝陛下にカネカネうるさい女に困ってるって愚痴ってたらしいんだ。

 それで陛下は仕事の一つでも回してやれって、俺に頼みこんだってわけだ」

 仮にも大帝国の皇帝にわざわざ愚痴を言いに行くネクラもネクラだが、それに対し手を差し伸べる皇帝陛下も皇帝陛下だなぁ。

 フェルナは、地図とマロウから渡された手帳を見比べながら、退治する山賊団を吟味しているようだ。

 手帳にはマロウが調べあげた各山賊団の規模と活動状況、脅威度が大雑把に書かれている。

 フェルナはそれを見ながら、手元の紙に脅威度の低い山賊団の名前をリストアップしているように見える。

「ふむふむ……ここらへんならいけるかもね」

 目星をつけたのか、フェルナはそう呟いてペンを置いた。

 リストが書かれた紙をマロウが手に取り、印の付けられた部分を注視する。

「ほう、オードラ山賊団か。構成人数は十人ほどで、被害は山村が2つと旅人が数人ってとこか。首領が突出して強いくらいで脅威度は低いが……どうやって一人で倒すつもりだ?」

「一人でって……退治には手を貸してくれないの?」

「は?」

「え?」

 しばし、フェルナとマロウがお互いに何言ってんだこいつと言いたげな顔で見つめ合った。

 フェルナは無意識にマロウが手伝ってくれるものと、逆にマロウはフェルナが単独で山賊退治をするものだと思っていたかのようだ。

「あのさー……俺は仕事の斡旋をしに来ただけで、仕事自体を手伝うとは一言も言ってないぜ?」

「器の小っさい男ねぇ、ケチンボ!」

「うるせー!」

 私は歯ぎしりし合いながら互いを睨みあう二人のやり取りを、苦笑いしながら見ていることしかできなかった。

「ケイは協力してくれるわよね?」

 急にフェルナが私に話を振ってきた。私は突然のことで一瞬思考が停止する。

「黙ってるってことは、オッケーってことね。あ~持つべきものは友達ね~! それから、そこでこっちを見ている骨のあんた、あんたも協力してくれるわよね?」

 骨のあんた、という言葉を聞いて私はハッと振り返ると、2階からスケさんがさっきのネクラと同じようにじっとこっちをのぞき見ていた。

「え、俺?」

 スケさんも急に話を振られ、ポカンと顎の骨を開けたまま固まっている。

「日頃からお風呂を覗いたり、スカートの中を覗こうとしてるんだからそれくらいするわよ……ね!?」

 フェルナが笑顔――目の奥が笑っていないが――でスケさんを威圧する。

「あ、ハイ……」

 フェルナの迫力に気圧されたのか、しょんぼりした様子で了承するスケさん。日頃の行いが行いとはいえ、何だかすごく哀れだ。


 いつの間にか協力することになっていた私とスケさん、それからフェルナで山賊退治の作戦会議を始める。

 作戦会議といっても、私もスケさんも作戦を思いつくほどの経験がない。

 そのため、フェルナが提案する作戦の穴を見つけては指摘し、代案を考えるのを繰り返す……作戦会議とは名ばかりのダメ出し作業と化していた。

「ここで、あたしが暴れまわって……」

「いや、それだと大勢を相手にすることになるから……」

「だったら、このタイミングであなた達が……」

「それで、一気に奥へ突っ込んで……」

 そんなこんなで、私たちはやっとこさ山賊退治の作戦を立て終えた。あとは必要なものを準備するだけだ。


「師匠、この余ってるアンデット兵士借りてもいいですか?」

 私はネクラに、アンデット兵士入りのミスリル鉱石の束が入った袋を見せて尋ねる。

 相手は比較的、脅威度の低い山賊団とはいえ真正面からぶつかっては勝ち目は薄い。

 そこで数の差をとりあえずアンデット兵士でごまかそうという算段である。

「ああ、どうせリサイクル効くしいいぞ。神聖魔法喰らって壊されたら作りなおせよなー」

「はーい」

 案外あっさりと借りることができた。これで最初の関門はクリアだ。

「ケイもだいぶネクロマンサーとしての自覚を持ってきたか。感心感心……」

 ネクラは何か勘違いをしているようだが、私はあえて何も言わなかった。


「じゃーん、どう?」

 ミスリル鉱石の袋を屋根裏に持って行くと、フェルナが余った布切れをつなぎあわせて作ったボロ服を披露していた。

 スケさんは骨の手をパキパキ言わせて拍手している、というかさせられている。

 ボロ布を来たフェルナの姿は、整った顔立ちと綺麗な髪を除けば賊に襲われ逃亡中の少女にも見える。

 この格好も作戦に必要なものである。後はフェルナが外で土を被り、髪と顔を汚すことでみすぼらしい風貌になれば準備万端だ。

 作戦は今夜実行。私たちは準備を終え、山賊のアジトの近くまで移動を始めた。


 私たちは帝都からそこそこ離れた山の中で、ターゲットとなるオードラ山賊団のアジト付近に到着した。アジト、といっても打ち捨てられた小さな砦であり、二人の大柄な男が入り口を見張っている。

 私たちは闇夜に紛れ、草むらの影で作戦に必要なものを取り出し、準備をすすめる。

「よし、じゃあ作戦開始よ」

「ええ……気をつけてね」

「あんたこそ、しくじるんじゃないわよ」

 小声で作戦開始を告げ、フェルナが丸腰の状態で見張りの前にフラフラと姿を現す。

「なんだ、お前は?」

 見張りの一人がフェルナに近づき言った。

「うう……み、水を……」

 フェルナはそう小さい声を出し倒れた。見張りはフェルナが何も持っていないことを確認してから、もう一人の見張りと相談を始めた。

「この女、何も持ってないぞ」

「だが、アジトを見られたから放っておくわけにも行かねえだろ」

「奴隷として売れそうだし……牢屋にでも入れておくか」

「それがいいな」

 見張りの一人がフェルナを抱えて、アジトの中に入っていった。

 まずは作戦の第一弾は完了だ。私はフェルナの演技力に感心した。さすが王族、芸達者だ。

 フェルナを抱えた見張りが完全に砦の奥に消えて行ったのを確認して、私は次の作戦の準備を始める。

 ネクラから借りたアンデット兵士を次々と解放し、山賊のアジトを囲むようにこっそりと配置する。そして囲む円を徐々に狭めるようにしてアジトにじわじわと接近させた。

 アンデット兵士の数が数なので私の負担が大きいが、ジリジリ近づけるだけなら何とか耐えられる。

 一応保険としてカクさんが作ったエーテルドリンクも持参している二段構えだ。

「な、なんだ……?」

 闇の中からジリジリと近づいてくるスケルトンの群れに、残った見張りが気付いたようだ。スケルトンの中にはスケさんも紛れ込ませており、スケさんは見張りに向かって少しずつ歩を進める。

「ま、まさか……亡霊!?」

 近寄ってくるのがスケルトンの軍団だとわかった見張りは身を震わせた。そこにスケさんがダメ押しをかける。

「キキ……貴様らに殺された恨み……は……はらすぅぅ!!

 ギョヘヘヘヒーーー!」

「うわああ!! 誰か来てくれー!!」

スケさんの不気味な叫び声に恐れをなした見張りは、大声でアジトの中にいる仲間を呼んだ。その叫び声を聞いて、ドヤドヤと砦から五人ほど、斧を持ったガタイの良い山賊の男たちが現れる。

「な、なんだこれは!?」

「殺された恨みを晴らすだって!?」

「まさか、この前襲った村の……?」

 山賊たちは口々に、スケルトンに囲まれているという特異な状況に対して驚きと恐れの声をあげた。いかに屈強な男といえども、オカルトチックなこの光景の前ではさすがに強気ではいられないようだ。

「うろたえるな! 戦うぞ!!」

 山賊の一人がそう言うと、彼らは持っている斧を強く握りしめ、震えながらスケさんとスケルトン軍団に対し攻撃を始めた。

 スケルトンの中でまともに戦えるのはスケさんだけだ。山賊たちがいつまでこのハッタリに騙されてくれるか。


 私が操る突っ立っているだけのスケルトンは次々と斧の一撃を受けて倒れるが、しばらくするとまた立ち上がり復活する。

 アンデット兵士の利点として、神聖魔法による攻撃を受けさえしなければ、物理攻撃でやられたとしても少し経てば自動で復活するというものがある。

 スケさんが高所から落ちてバラバラになっても平気なのは、この特性のおかげだ。

 倒しても倒しても復活するスケルトンの群れを長時間相手にしたことで、表に出てきた山賊たちは息が絶え絶えになってきた。

 そこで、アジトの中から人影が現れた。山賊たちは仲間が来たと色めき立つ。


 アジトの中から現れたのは、ボロ服を来て鉄製の槍を持ったフェルナだった。

 口元に笑みを浮かべながら悠々とアジトから出てくるフェルナの姿は、まるで人を死へといざなう死神のような威圧感さえ覚える。

「この女、さっきの……!?」

「ていっ!!」

「がはっ!?」

 最初から見張りをしていた山賊が言いかけるも、フェルナの放つ槍の足払いをくらい転倒、力づくで言葉を止められた。

 更に倒れたところを、追い打ちするかのように腹部に石突の一撃。

 槍でボコボコにされ、山賊は「うごっ」という声を出して力尽きた。

 残りの山賊も、既に体力が限界に達しようとしている状態だったためスケさんとフェルナの攻撃により呆気無くダウンしていった。


「よし、これでザコは片付いたわね」

 私たちは倒した山賊を縄で縛り付け、アジトの脇に固めた。山賊たちは気絶しているだけで死んではいない。

 彼らを生かしておくのはフェルナの目的のためだという。

 私はスケルトン軍団をミスリル鉱石に戻し、エーテルドリンクを飲み干して魔力を回復させる。いよいよアジトに突入だ。


「それにしてもフェルナちゃん、どうやって脱出したんだ?」

 アジトの中を慎重に進みながら、スケさんがフェルナに訊いた。

「話してなかったっけ?

 まずあたしが迷い込んだ村娘のふりをして奴らに捕まる。

 そうすると牢屋みたいなところに連れて行かれるわよね?

 そこで牢屋の格子を『ビルド』で槍にして、無警戒の見張りを不意打ちで倒す。

 それからアジトの中で休んでいた連中も、闇にまぎれてひとりずつ片付けたわ。

 そして最後に表に出てきたってわけ」

 それだけの過程を一人で実行して無傷で出てこれるフェルナが恐ろしい。

 あと、このアジトに残っているのは山賊の頭領であるオードラのみだ。彼を倒せば、山賊退治は終わりになる。

 私たちはアジトの最深部にある首領の部屋に突入した。

「なっ、何だ貴様は!」

 扉を蹴破り入ってきた私達を見て、虎皮を身にまとった風貌のオードラはうろたえた。

 オードラは仲間を呼び寄せようとするが、誰も来ない。

「あんたの部下たちはお外でおネンネしてるわ。さあ、観念しなさい!」

「何……? たかが女二人に、このオードラ山賊団がやられただと? ガハハハハ!」

 突然、大きな口を全開にして笑い始めたオードラに私は面食らう。

「何をどうしたか知らんが、面白い女だ! 一対一で勝負してもらおう!」

「一対一……望むところよ!」

 オードラが提案したタイマン勝負を、軽く了承するフェルナ。

「フェルナ、大丈夫なの?」

「あんた達にケガさせたらネクラに申し訳が立たないしね……!」

 フェルナはこの作戦を実行するにあたり、極力私が危険な目にあわないように配慮してくれた。

 といってもスケさんは容赦なく危険に晒す作戦だったが。

 あえてタイマン勝負を受けることで、私に危険が及ぶのを防いでくれているのだ。

 私は、鉄製の斧を持ち戦闘態勢に入るオードラと、槍を構えるフェルナをじっと見守っていることしかできなかった。


「はあっ!!」

 最初に攻撃を仕掛けたのはフェルナだった。槍による素早い突き。オードラの腕を的確に捕らえたその攻撃は、私の目には放たれ風を切る矢のようにも感じられた。

 ――しかしその刹那の一撃は、槍の動きを見きったオードラの斧の一振りで弾かれる。

 斧と槍の戦いにおいては、どちらも武器の重さが変わらず、それゆえに振り回す速度に差がない。

 そういった状況では、重心とパワーの関係で斧のほうが有利となる。山賊の手下との戦いでは不意打ちで片付いたので大丈夫だったが……。

 その後は二人共、しばらく間合いを維持しながらジリジリと細かく足を動かすばかりで、両者とも攻撃になかなか移らなかった。

 部屋を淡く照らす燭台の炎のゆらめきと、向かい合う二人からポトリと落ちる汗が、この部屋の中で一番動いているくらいだ。

「ふんっ!」

 しびれを切らしたのか、オードラが斧を振り上げる動作に移った。フェルナはその隙を見逃さず、風を切る鋭い突きを放つ。

 しかし、オードラは振り上げたまま身体を捻り、槍は空を突き刺す形となってしまった。

「甘いわあっ!!」

 オードラの斧が槍に向け振り下ろされ、フェルナの持っていた槍はバキッという音とともに真ん中から折れてしまった。

 槍を折られバランスを崩したフェルナは、オードラのタックルをまともに喰らい、壁際までふっとばされてしまう。

「フェルナ!!」

 私は思わず、フェルナの名を呼んだ。

 フェルナは壁に背中もたれるように座り込んでいる。

「うう……!」

 痛み故か、フェルナは苦しそうな声をあげる。

「へへ……へへ……。女子供にやられちゃあ、山賊のメンツがもたねぇんだ」

 オードラは勝利を確信したかのように、口を吊り上げた表情のまま、倒れたフェルナに近づいていく。

 私にできることは、ない。ただただ、その光景を見守ること以外は……。


 その時、フェルナが座り込んだ状態のまま、自身の左胸の辺りを握りしめた。そして、フェルナはそのまま自分の服を破き両胸をあらわにした。

「な……!?」

 少女が突然、自分から胸をさらけ出すという行為にオードラは驚いたのか、はたまた見とれたのか一瞬動きを止めた。

「隙ありっ!」

その一瞬の隙に、フェルナはオードラの懐に潜り込み、斧の刃の平たい面に手を当てた。

「古の精霊の遣いよ、その芸当を今ここに呼び覚ませ、『ビルド』!」

 オードラの持っていた斧が光に包まれ変形し、槍となってフェルナの手に握られる。

 そのまま石突きでオードラの頬を横に殴り、怯んだオードラの足を槍で払い転倒させた。

「恨むなら、あたしの美貌に見とれるあんたの本能を恨みなさぁい!」

「うう……ちくしょう……!」

 倒れたオードラの腹を片足で踏みつけ、オードラの喉元に槍の先端をつきつけるフェルナ。少しでも抵抗すればすぐにも喉を貫ける状況に、さしものオードラも降参をしたようだ。

「すげぇ槍術だ……俺見とれちゃったよ」

 私の横でそう呟くスケさんだったが、その目線はしっかりと剥き出しになったフェルナの胸を凝視している。見とれたのは槍術じゃなくて、半裸のフェルナをだろうが。


 ボロ服の切れ端を胸に巻きつけたフェルナが、後ろ手に縛りつけたオードラを他の山賊たちの前に連れてきた。そこに予め呼んでおいたマロウが姿を表す。

「おーおー、よくもまあここまでやるもんだな。

 ……って、お前なんて格好してるんだ!?」

 マロウがフェルナの姿を見て驚く。今のフェルナは上半身は胸を隠すように巻いたボロ服のみ。下半身は下着一丁。恥ずかしくないのかな。

「気にしない気にしない! さぁ、報酬とこいつらの身柄、貰うわよ」

「身柄ぁ!?」

「あら、『山賊団を潰せ』とは言われたけど『皆殺しにしろ』とは言われてないわよ」

「あ、ああ……まぁ、確かにそうだが……」

 フェルナに身柄を貰うと言われ、ざわつく山賊達。予めフェルナには『命は取らないように』と念を押されていた。

てっきり人殺しは避けたいという意図だと思っていたが、斜め上の目的があるようだ。

「おっ……俺達をどうするつもりだ!?」

「くっ……ひと思いに殺せー!」

「こんな女の所有物にされるくらいなら死んだほうがマシだー!」

 山賊団は足をジタバタさせながらフェルナの勝手な決定に抗議している。

 今まで力と誇りを武器に活動していた山賊が、女の子一人に全滅させられ醜態を晒されりゃあ死にたくなる気持ちもわからなくはない。

 ギャースカ喚く山賊達を前にフェルナは仁王立ちをして一喝した。

「お黙りっ! せっかくこのあたしがあんた達みたいな社会のゴミクズを更生させてやろうって言うんだから感謝しなさい!!」

 フェルナの迫力ある声に、山賊達は一斉に押し黙った。フェルナが何を企んでいるのかは知らないが、私は段々彼らに対しかわいそうという感情が生まれてきた。

「それに、殺せって言ってるけど……。

 この娘ネクロマンサーだから死んだとしても骨にして働かせるわよ!」

「いや、私はネクロマンサーじゃ……」

 否定しようとした私を、フェルナが鋭い目つきで睨みつける。今は逆らわない方が身の為かもしれない。

「ここにいる骨野郎みたいになりたくなけりゃ、あたしの指示に従いなさい! いいわね?」

 骨にされるよりはマシだというような表情で、山賊達は必死に首を縦に振った。

 私はただ、フェルナの傍若無人な振る舞いに、頭を抱えることしかできなかった。


「ネクラ、今月の返済分よ!」

 山賊退治から二週間ほど経って、フェルナは朝のコーヒーを飲んでいるネクラの前に札束を叩きつけた。ネクラは神妙そうな顔で、置かれた札束を数え始めた。

「100万アークが1、2、……500万アーク!? こんな大金、どっから持ってきた!?」

「あら、汚いお金じゃないわよ? あたしたちが稼いだキレイなお金よ」

「『あたし達』って?」

 ネクラが疑いの眼で私の方を見る。いやいや、私は山賊退治以降は何もフェルナに協力していない。首を傾げるネクラに対し、フェルナはティーカップを食卓に置いて指をパキンと鳴らした。

「へい、姉御! 紅茶でございます!」

 指の音とともに、あのときフェルナと死闘を繰り広げた山賊団の首領・オードラがティーポットを持って玄関から入って来た。

 面食らうネクラを気にしない様子で、オードラはコポコポとティーカップに紅茶を注いでいく。

「ご苦労様。うーん……60点くらいかしら? 砂糖が多いわよ」

「申し訳ありません!」

 すっかりフェルナに従順になっているオードラを見て、私とネクラは目を見開いて唖然とする。

「山賊っていっても人間だものね。礼儀作法を叩き込んだらすぐに覚えてくれたわ。

 見せたいものがあるから、付いてきて~」

 音をたてずに上品な仕草でティーカップを置き、フェルナがオードラを伴い玄関から外に出ていった。

 私とネクラもその後に続いて家を出る。


 フェルナに案内され、ネクラの家の裏手にある小さな森の中に入っていく。森のなかには木造の小屋がいくつも建っており、集落と言っても差支えのない景観になっていた。

「いつの間に……」

 ポツリと呟くネクラをよそに、集落に足を踏み入れるフェルナ。

 集落にいたガタイのいい男たちがフェルナの姿に気づいたように叫んだ。

「集合ー! 姉御が来られたぞー!」

 その号令をもとに小屋から似たような体格の男たちが次々と出てきて、フェルナの前に整列していく。

 ざっと人数を数えても30人以上はいる。最初の三倍に規模が膨れ上がってるじゃないか。

「な、なんだこれは? 裏手の森で蛮族びっくりショーでも開くのか!?」

「あら、ご挨拶ね。彼らはあたしの教育によって今や立派な大工さんよ。山賊退治でメンバーを増やしながら、彼らに戦争や賊の被害にあった村の復興をさせてるの」

 元山賊達が一斉にフェルナに頭を下げる。屈強な男の集団が若い女の子一人に従順になっている姿はとてつもなく奇妙だ。

「村復興の恩賞と山賊退治の報酬で予算は十分!

 だから今度、帝都に店を出そうと思ってるの。そうすれば完済までの道のりも短くなるわ~」

 配下の男たちを前にオホホホと高笑いするフェルナ。

「とんでもないやつに借金をさせちまったな」とネクラは大きなため息を付いた。

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