第4話「金色の来訪者」

「くっ……! あたしをどうするつもりよ!」

 壁を背にし、包帯とマントで局部を隠した金髪の少女が怯えたようにナイフを向ける。

 女の子にガチで怯えられ、スケさんが困ったように頭蓋骨をふるふると揺らしている。

「どう話したもんかなあ」

 私はポツリと呟いた。

 まさか、私が拾ってきた少女がセイナール王国の王女様だったなんて。


世のため人のためネクロマンサー

第4話「金色の来訪者」


 ザアザアと降りしきる雨の中。私とネクラは山賊によって焼かれた村を訪れていた。

 村の中を漂う焦げ臭い匂い、辺りに放置された村人の遺体。

「酷い有様だな」

 その惨状を見て、ネクラが呟いた。

 長く続く戦争は人々の心を少しずつ蝕んでいくという。

 そうやって心が荒み、生活に困った者達は山賊や野盗となり、平和な村や通行人を襲い略奪をすることで生活の糧を得るという。

 山賊によって焼かれた村は、間接的に戦争の犠牲になったものと言っていいかもしれない。

 私は悲惨な光景から目をそらさずに、生存者がいないかを探すため村の中を見て回る。この村には死体の回収に来たのではあるが、もしかしたらという希望を私は捨てられないのだ。

「誰かいませんかー!」

 私はそう叫びながら村の中を歩きまわる。けれども返事は帰ってこない。

「諦めろ、この惨状じゃ生き残りがいるとは思えん」

 ネクラはそう言いスケさんとカクさんに死体回収の指示をした。

 私は死体回収の傍ら、生存者がいないかを探して回る。

 私は損傷の少ない家屋を見つけ、その中を覗きみる。中には殺された老夫婦と金髪の少女――といっても私よりは年上かも知れないが――が倒れていた。

「誰かいませんか……?」

 私は自信を失いながらも、声をかけた。

「……ぅ……」

 その時、金髪の少女が小さくうめき声をあげた。まだ息があるのか!

 私はその少女に必死で声をかける。しかし、少女はぐったりした様子で弱々しく呼吸をしているだけだった。

 このままでは危ないと判断し、私はネクラのいるところまで彼女を運ぶことにした。


「おお、よさげな死体を見つけてきたか。感心感心」

 少女を背負って戻ってきた私に対し、ネクラは満足気にそう言った。

「キレイな死体は使いみちがあるんだよ……って、なんだ、 この死体まだ生きてるじゃないか」

「師匠、あなた平気で最低なこと言いますね!」

 私は少女を雨の当たらない馬車の中に運び込み、座席に寝かせた。

 透き通るようなキレイな肌。無理やり切られた様なボサボサ感があるが、首くらいまで伸びる輝くような金髪。

 少女の容姿は、一言で言えば『綺麗』だった。

「ネクラぁ、雨じゃ仕事が捗らねえよ」

「確かに。旦那様、今日は一旦出直しましょう」

 外からスケさんとカクさんの声が聞こえてくる。

 ここに来るまでの道中まで雨は降っていなかったのだが、村にたどり着く直前に突然の大雨に見まわれ、今に至る。

「……しゃあねえ、今日は一旦撤退だ」

 ネクラはそう言って馬車の中に入ってきた。

「……急いで戻らないとその子、危ないな。

 飛ばすから捕まってろ」

 ぐったりする少女を見たネクラは心配そうな表情でそう言い、馬車を引っ張るナイトメアに強くムチを入れた。

 さっきはあんなことを言ったが、ああ見えてネクラは意外と人情派なのだ。


 家に着くと同時に私は急いで少女を馬車から降ろし、二階のスケさんのベッドまで彼女を運んだ。血と泥と雨で汚れた少女を乗せたためベッドが汚れるが、スケさんのだし気にしない。

「とりあえず、傷を塞がないと……」

 私は自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、部屋の隅の救急箱を取りに行く。

 少女は大きな傷こそないものの、所々に細かい切り傷があり、身体には痛々しい打撲跡もみられた。私は治療するために、彼女が身につけていた軽鎧と服を脱がせていく。

 ふと気配を感じたので背後を見ると、スケさんが階段から覗いてたので『エクソ』の魔法をぶつけておいた。

 崩れ落ちたスケさんの骨が階段を転がり落ちる音を聞き流し、少女の治療に専念する。

 肌の綺麗さや整った顔立ちから、この少女はどこかの貴族か何かなのかなと思った。

 私は少女の身体の傷を消毒し、包帯を巻き出血を止める。

 一通り治療を終えたので、彼女が裸のまま寒くならないようにと私が羽織ってるマントをかけてあげた。


「終わったのか?」

 私が救急箱を持ったまま一階に降りるとネクラが心配そうな顔をして訊いてきた。

「はい、傷は消毒して包帯を巻きましたけど……」

「この家にゃ神聖魔法が使える奴はいないからなぁ……」

 神聖魔法、対象に直接魔力を送り込むことで傷を癒やしたり力を強くしたりといった効果を与えられる魔法の系統である。

 その修得には神の祝福が必要とされる。

 そのため、信仰と秩序を重んじるセイナール王国の国民はみんな当たり前のように神聖魔法が使えるというのが常識だ。

 アークノー帝国内でも定住したセイナール神教の宣教師やその子孫が教会で神聖魔法を使った医療サービスを行っている。

 ケガの治療を本格的にするのであれば教会に運ぶのが理想だが、この大雨の中だとすこし厳しい。

 私は、少女が身につけていた衣服を洗濯するようにとカクさんに手渡した。

「……血と泥で汚れてはいますが、妙に仕立ての良いですね」

 受け取った衣服を広げながら、カクさんが呟くように言った。

 確かに、少女が着ていた服は小さな村に住む娘が着るにしては気品がありすぎる。

「おや? この軽鎧に何かマークが掘ってありますね。

 旦那様、このマークに見覚えはありませんか?」

 そう言ってカクさんはネクラに軽鎧を渡した。軽鎧はキレイな藍色で、見たことのないマークが刻まれている。

 軽鎧を手にとったネクラはそのマークをしばらくじっと見つめ、そして少し驚いたような表情をして言った。

「ケイ……お前、もしかしたらとんでもない奴を拾ってきちまったかもしれねえぞ」

「えっ……?」

 驚く私に、ネクラは軽鎧に刻まれているマークを指でトントンと指さしながら静かに言った。

「このマーク、セイナール王家の紋章だ」


「な、何よこれ!?」

 突然、二階から叫び声とドタバタと物音が聞こえてきた。辺りを見回すと、バラバラになったはずのスケさんの姿が見えない。私が階段を駆け上がり二階に登ると、少女が私のマントで胸と局部を隠しながら、壁に背をつけナイフをスケさんに向け警戒していた。

「くっ……! 私をどうするつもりなの!?」

 女性がスケさんに向けて叫んだ。

 まあ無理も無い。村が襲われ気を失って、目が覚めたら目の前にスケルトンが立ってたら誰だって驚く。

 私はうろたえるスケさんを押しのけ、彼女に駆け寄って事情を話そうとする。

 しかし、彼女は突然ふらっとよろめき、そのまま倒れてしまった。

 とりあえず面倒になるのでカクさんにスケさんを引き取らせ、私は倒れた彼女をまたベッドに寝かせた。


 日が暮れ、外が暗くなる。私は少女の眠るベッドの横で、カクさんが用意ししてくれた夕食のパンを食べながら彼女が目をさますのを待った。

「う……く……」

 少女が小さくうめき声をあげ、静かに目を開いた。

「ここは……?」

 さっきとは違い、スケさんじゃなく私が横にいたので彼女は少し安心したようだ。

「ここは、えーと……アークノー帝国の首都郊外です」

 変に警戒されないようにネクロマンサーの家ということは伏せておく。

 少女は部屋の中をしきりに見渡し、警戒しているようだ。

「……さっきガイコツがいたように思えたけど」

「さ、さあ……?」

 先ほどカクさんたちには事情をわかってもらえるまで二階に上がってこないよう言ってたので大丈夫なはず。

 私は目覚めた彼女に温かいスープの入ったカップを手渡した。しかし、彼女は一切スープに口をつけず、カップをベッドの脇に置いた。

「……あなたが助けてくれたの?」

「ええ、山賊に襲われた村であなたが倒れてたのを見つけて……」

「ねえ、あたしがいた家に他に誰かいなかった?」

 少女にそう問いかけられ、私は言葉に詰まる。彼女がいた家には既に殺されていた老夫婦しかいなかったからだ。

「そう……か……そうよね……」

 俯いて黙る私を見て、彼女は察したようだった。

「――気がついたみたいだな」

 私達の話し声が聞こえてきたからか、ネクラが二階に登ってきた。

 ネクラの姿を見て睨みながら警戒する少女に向けて、ネクラはさっき私が渡した彼女の軽鎧を見せた。

「あんた、セイナールの王族関係者だろ? どうしてアークノーの片田舎の村なんかにいたんだ?」

「ちょっと、待ってくださいよ師匠!」

 少女に対し、まるで脅すかのような強い口調で問いかけるネクラを、私は思わず止めにかかる。

「彼女は、まだ目覚めたばかりなんですよ!」

「黙ってろ、ケイ。国際問題になるかもしれないんだ」

「えっ……?」

 ネクラの口からでた国際問題という単語に、私は唖然とする。そんな私を気にもかけず、ネクラは強い口調のまま少女に問いかける。

「戦争自体はグダついているとはいえ、敵国の王族が勝手に国境を越え密入国をしていた。

 理由いかんによってはお前を衛兵に突き出さなきゃいけない」

 強い口調で責め立てられ、少女は俯いて口を閉ざした。次に彼女が口を開くまでに、一体どれほどの時が流れたのか。

 数分だったかもしれなかったし、もしかすると何時間も黙っていたかもしれない。沈黙に包まれた重苦しい空気は、私の時間の感覚を狂わせるのには十分すぎる緊張感を与えていた。


「あたしは――」

 長い沈黙を経て、彼女はついに口を開いた。

「――あたしの名はフェインローズ・セイナール。セイナール王国の……元、王女よ」

「……元?」

「追放されたの。『神聖魔法が使えない』という理由で」 フェインローズと名乗った少女は、俯いたままネクラに事情を話し始めた。

「……セイナール王国の民は、生まれた時に神の祝福を受けることで赤ん坊でも神聖魔法が使えるわ」

「ああ、知ってる」

「あたしは、生まれながら何故か神聖魔法が使えなかった。他の人と同じように、神の祝福を受けたはずなのに。セイナール王国で神聖魔法が使えないというのは、神に警戒されている悪魔の子である証明と言われているわ」

 フェインローズは表情を強張らせ、説明を続ける。私とネクラは、黙って彼女の説明に聞き入っていた。

「あたしは教育係から、神聖魔法によく似た効果の黒魔法を教わっていた。

 それを使っていたから、あたしはこの歳になるまで神聖魔法が使えないという事実を知らなかったし、知られていなかった。

 けれどあの日……あたしが十八歳になり、為政者に加わる成人の儀の最中。

 セイナール教団の法王が突然、あたしが神聖魔法を使えないという事実を告発したの。

 初めはあたしの家族も、国の民も信用しなかったけど……あたしが神聖魔法を使えないのは真実。

 それが事実として発覚し、広まるのにそう時間はかからなかったわ

 そうしてあたしは、国民を騙していた悪魔の子として、国を追放された」

「追放された経緯はわかった。

 それが、どうして国境を超えて帝国に?」

 いつの間にかフェインローズの言うことをメモにとっていたネクラは、ペンを止めて質問した。

 しかし、フェインローズはその質問に答えず沈黙する。

 事情を言いたくないのか、それとも思い出したくないのか。


 10分ほど待って、これ以上問いかけてもムダだと判断したのか、ネクラは尋問を中断した。

「事情はわかった。んでフェインローズ、お前はこれからどうしたい?」

「……決めてないわ。出て行けと言われれば出て行くし、働けと言われれば働く。ただあたしは、生きていたいだけ……」

 素直な気持ちを吐き出すフェインローズを、私は救ってあげたいと思っていた。

 しかし、ネクラが何を言うかわからない今、私が口を挟める状況ではない。

 フェインローズに対して何を言うかハラハラしている私をよそに、ネクラが口を開いた。

「……俺はケガ人を叩き出すほど非情じゃあない。

 介抱した責任もあるし、明日お前を教会に連れて行って治療を受けさせる。その後のことはそれから決める」

 ネクラはそう言って背を向け、一階に降りていった。


「……あなた、大丈夫?」

 ネクラが降りていったのを確認した後、フェインローズが私に向けて心配そうな顔で言った。

「え……?」

「その……涙、でてるわよ」

 フェルナンローズに指摘され、私は自分が涙を流していることに気付いた。

 暗い顔で事情を話す彼女を見て、私は無意識に哀しい気持ちになり、涙を流していたのだ。

「えっ……あれ、本当だ。

 そんなつもりじゃなかったんだけどな……。

 あなたの話を聞いてたら、かわいそうだって思って……」

 服の袖で涙を拭う私を見て、彼女は優しそうな顔で微笑んだ。

「あたしなんかのために泣いてくれる人がいるなんて……。

 ありがとう……」

「どういたしまして……」

 少し表情が明るくなった彼女に合わせて私も意識して笑顔を作ってみる。

「……フェルナ」

 突然、彼女が呟いた。

「え?」

「あたしのこと、フェルナって呼んで?

 子供の頃、仲の良かった子がつけてくれたアダ名よ。

 あなたの名前は?」

「えっと、ケイです。よろしくね」

 互いに名前を教え合い、雰囲気が和やかになったところで突然フェルナが驚いた顔をして天井を指差し始めた。

「ケ、ケイ……あれは?」

 フェルナが指差す方を見ると、屋根裏の入り口からスケさんがぶら下がるように頭を出して覗いていた。

「スケさん!? いつの間に!」

 バレたのに気付いてスケさんが屋根裏に引っ込んだので私はハシゴを駆け上がり追いかけた。

 どうやらスケさんは家の外壁を登って屋根裏の窓から侵入してたようだ。

 あの変態ガイコツの執念には驚かされる。そのスケさんは逃げようとしてそのまま窓から落下したらしく窓の下でバラバラになっていたが。

 どうせすぐに戻るので放っておく。


「この家って……幽霊屋敷か何かなの!?」

 そう怯えるフェルナにどう説明したものかなあ、と私は悩む。

「怖がらなくても大丈夫ですよ」

 二階にカクさんが登ってきて、フェルナに言った。

「おや、スープを飲まれていませんね。お口に合いませんでしたか?」

「いや、その……」

 親切を無下にしたくないからか、フェルナは既に冷めたスープのカップを手に取り、いっきに飲み干した。

「あ……美味しい……」

「喜んでもらえて何よりです。彼……スケルトンのスケさんは見た目こそあれですが、悪い人ではありません。

 ヘタな人間よりも、ある意味人間らしい男です」

 カクさんはスープのカップを回収し、そう言って一階へと去っていった。

「……人間よりは、話の通じるお化けのほうが信用できるかもね」

 フェルナはそう言い、無理やり納得したようだ。


 夜が更け、みんなが寝る時間になってスケさんが騒ぎ出した。

「あの娘の寝場所はどうするんだよ、俺のベッドは渡さんぞ」

 スケさんが抗議する。

 そう言われてみればベッドが足りない。

 私が使っているのは元々イケニエ用だとかで余ってたものだし……。

 私のベッドをフェルナに使わせて、私は床で我慢して寝ようかな。

「不要な木材と布切れはあるかしら?」

「なくはないが……」

 やり取りを聞いていたフェルナは、ネクラに木材と布切れを要求した。

 ネクラは一階の床下の倉庫から壊れた木箱とボロ布を取り出し、フェルナに言われたとおりに屋根裏に運び込む。それら木材と布切れの前でフェルナが呪文を唱え始めた。

「古の精霊の遣いよ、その芸当を今ここに呼び覚ませ、『ビルド』!」

 フェルナから放たれた魔力が木材に当たると、木材が宙に浮きひとりでに形を変えながら組み上がっていく。

 その光景を眺めている間に、みるみる木材の山はベッドの形になり、布切れがシーツになった。

「……魔法、使えたんだ」

「神聖魔法は使えないけどね」

 私は子供みたいな、すごいなぁという感想しか出なかったが、ネクラは思うところがあるのか考え事をしている。

「その呪文、俺が聞いたことがあるものと出だしが違うな。

 俺が知っている出だしは『天の神々の遣いよ』だ」

 そう問いかけるネクラに、フェルナは作りたてのベッドに腰掛けながら答えた。

「それは神聖魔法の『ビルド』の呪文。

 私のは似た効果を黒魔法として使える擬似神聖魔法なのよ」

「擬似神聖魔法?」

 聞き慣れない言葉に私は首をかしげる。

「あたしみたいに神聖魔法を使えない人達がセイナール王国で過ごすために作られたものなんだって」

 そういう魔法が存在するって、セイナール王国も色々大変なんだなぁ。どうやら擬似神聖魔法には自分の傷を癒やすものは存在しないようで、結局フェルナの傷は明日首都の教会に行って治療することになった。


「うう……嫌ぁ……私は……怪物じゃ……ない……」

 深夜、フェルナの苦しむ声で私は目が覚めてしまった。国から追放された時の夢でも見ているのだろうか?

 気丈に振る舞ってはいたが、彼女の心の傷はかなり深いようだ。


 翌朝。フェルナが気になって少し寝不足だが、彼女に悪く思われるのも嫌なので私は元気を装った。

 今日は馬車でフェルナを首都内の教会へと運び、治療をしてもらう予定だ。治療を受けた後、フェルナはどうするのだろうか。

 私的にはフェルナには残っていて欲しい。しかし、彼女がどういう答えを出すか、ネクラがそれにどう答えるか、私には予想ができなかった。

 予めフェルナには馬車内の肉ポンプの話はしておいたが、実際に乗ってその目で見るのはショックが大きかったようで、私が初めてこの馬車に乗ったときと同じ反応をした。

「……ケイ、だっけ? あんたもよくこんな気味の悪い連中のところに住む気になったわね」

 馬車に揺られながら、フェルナが私に言った。

「……私が好きで来たと思ってる?」

「違うの? 馴染んでるからてっきり……」

 ネクロマンサー生活に毒されてきてるようだ。軽くショックを受ける。


 ドドン。突然大きな音がして馬車がぐらりと揺れて傾いた。

「何だ何だ!?」

 ネクラが外へと飛び出したので私も後を追う。馬車から降りてみると、馬車の車輪部分が大きな穴にハマっていた。街道のど真ん中にこんな大きさの穴が開いているのは普通じゃない。

「ハッハッハっ! 姿を表したな!

 邪悪なネクロマンサーめ!」

 聞き覚えのある高笑いが聞こえたので振り向くとそこには以前、死体拾いをしていた時に襲ってきた勇者……じゃない、ユージャ一味が立っていた。

「またあいつらか……懲りねえなあ」

 ネクラがそう呟きながら戦闘態勢を取る。こちらは動けない馬車の中にケガ人を抱えている。フェルナに危険が及ばないようにするためにも、ユージャ達を撃退しなければ。

 ここで考えたところで足元がなにやら淡い光で包まれていることに気づいた。

「マズったな……破邪の結界を敷かれたみたいだ」

 少し余裕のなさそうな顔でネクラが言った。

 破邪の結界……たしか、狭い範囲のアンデッドや悪魔を弱らせる神聖魔法で、修得の難易度の高さに比べて効果の汎用性の無さから使う人はあまりいないって学校で習った覚えがある。

 そんなネクロマンサーだけを狙い撃ちにするような魔法を私達との戦いで使ってきたということは……。

「――どうやら俺達を完全に潰す気らしいな……!」

 向こうは四人、こっちは二人。

 しかも私は戦闘素人で、前衛のスケさん達も破邪の結界で召喚魔法が使えないため呼べない状況。簡単に言えばピンチだ。

 前回ネクラが使った毒の魔法も死霊術の一種なので使えないらしい。

「……この結界は、あの女僧侶が張ってるみたいだな」

 ネクラが戦場を見渡して、私に囁くように言った。

「見ろ、結界の中心はあの女だ。そして、武道家がそいつを守っている。なんとかしてあの女に一撃加えれば結界を解除できるだろうが……参ったな」


 ユージャとシノヴィがこちらに詰め寄り、攻撃を放ってきた。

 ネクラは攻撃を回避し、電撃魔法でユージャを攻撃するが、効果は薄いようだ。

 私はプロテクトを張り、シノヴィの投げてくる手裏剣をガードする。なんとか大きなダメージを避けることはできているが決め手に欠けている。防戦一方だ。


 パキィン、と音を立てて私のプロテクトが割れた。シノヴィがいつの間にか懐に入り込み、手裏剣を受けて弱くなっていたプロテクトの部分を的確に大きめの刀で突いたようだ。

 私はプロテクトが割れた衝撃で尻もちをついてしまう。倒れる私にシノヴィの刀が私にめがけて振り下ろされる。

 こんなところで、私は死んじゃうの……!?


 ガキィン! 私が諦めかけたその時、目の前で大きな金属音が鳴り響いた。宙を舞うシノヴィの刀と青い槍。こんなものがどこから? と辺りを見回すと馬車の上でいかにも投げ終えたようなポーズのフェルナが立っていた。

 フェルナは足元にある袋からミスリルの延べ棒を取り出し、『ビルド』の魔法で投げ槍の形に変形させた。

「あーっ! 俺のミスリルが!」

 ネクラが叫ぶ。あのミスリルの延べ棒って、めちゃくちゃ高価なやつじゃなかったっけか。

 私はシノヴィが退いている内に立ち上がる。

「伏兵か! 卑怯者!!」

「なにが卑怯者よ! このっ!」

 フェルナはお返しとばかりにミスリル槍をユージャに投げつける。ユージャは槍をバックステップで避け体勢を整えた。何がすごいってフェルナのコントロールがすごい。

「おい、フェルナ! すぐに槍でこいつを受け取れ!」

 ネクラがそう叫びながらフェルナに向かって電撃魔法を放った。

「え? 危なっ!?」

 フェルナは間一髪、ミスリル鉱石を槍にしその魔法を受け止める。

 すると電撃魔法はミスリル槍に吸いこまれ、槍が白く輝き始めた。

「あそこの女僧侶に投げろーーっ!」

「よくわかんないけど、こんのぉーー!!」

 ネクラに言われフェルナが投げたミスリルの槍はゾーリョに向けて飛んで行った。槍そのものは避けられ地面に刺さったが、その瞬間槍の周囲に電撃がほとばしる。

「ぐああああ!!」

 ゾーリョを守っていたブドゥーカがその電撃を受けて倒れた。ミスリルの槍に吸収された電撃魔法が、地面に刺さったショックで放出されたのだろうか。

「今だ、ケイ! あの僧侶をぶん殴るかなんかして結界をやめさせろ!」

 ぶん殴るかなんかって……。そう思いつつも手をグーにしたまま走ってゾーリョに接近する。

 ゾーリョは接近してきた私にめがけ杖を振り下ろそうとしている!

 私はとっさに、ついうっかり手をグーのままプロテクトを唱えてしまった。やばい、ミスった!?

 と思いきや、円状の板になるはずのプロテクトはグーの形にあわせてかまるで一本の大きなトゲのような形で拳の先に現れた。

 しかもそのトゲは、元の板状であるプロテクト同様、回転している!

 トゲプロテクトに触れた杖はバキバキと音を立てて削れていった。

「……っ!?」

 ゾーリョは予想外の事態に驚きながら身体を硬質化する魔法を唱えたようで、私のプロテクトがガキンという音を立ててゾーリョの身体で受け止められた。

 しかし、止められたのも少しの時間だけのようで、すぐに耐えられなくなりゾーリョは魔法が破られた衝撃で後方に吹っ飛んでいった。

 危ない危ない。危うく殺人に手を染めてしまうところだった。

 ゾーリョが倒れたことで足元の結界も解けていった。

「よっしゃあ! スケさん、カクさん! やーっちまいな!」

 結界が解けたことでネクラが召喚魔法を発動し、地面に現れた魔法陣の光からスケさんとカクさんが現れた。

 こっちはフェルナも入れて五人、ユージャ一味は二人が倒れたので二人。形勢逆転だ。


「くそっ……! 覚えてろー!」

 数の上で不利になったユージャは敗北を感じたのか、倒れた二人を引きずりながら撤退していった。

「フン、数で不利になっただけで退くとは、勇者の風上にも置けませんね」

「結局オレ出番なしかよー!」

 カクさんとスケさんは逃げていくユージャを見て口々に言った。

「フェルナのおかげで助かった……」

 私は安堵の声を出した。

『ビルド』の魔法にあんな使いみちがあるとは。

 私達が馬車に駆け寄ると、フェルナはぐったりと倒れこんだ。

「い、いたたた……」

「無茶するから……ま、ありがとな」

 ネクラがそう言いながら彼女を抱え、馬車の中に寝かせた。痛みに加えドクンドクン地獄に放り込まれたことでフェルナの目から光が消えた。この音に慣れつつある自分が怖い。


「――はい、お疲れ様でした」

 帝都内の教会で回復魔法を受けたことで、フェルナの傷跡が消え去った。

 神聖魔法で傷を治したことに少し不満があるようだけど、背に腹は代えられないと言ったところだろうか。

 街を歩く元気なフェルナの姿は、さすが元王族と言った感じで歩き方から上品さが醸しだされていた。

 口がちょっと乱暴なのは逃亡生活でスレたのだろうか。

 とにかく、今は素直にフェルナの回復を喜ぼう。

「フェルナ、あなたこれからどうするの?」

 馬車までの道を歩きながら私はフェルナに問いかけた。

「うーん……」

 フェルナはそう言って少し悩んだ後、少し気恥ずかしそうに言った。

「もしも許されるなら、この国を旅してみたいな。こんな私でも、できることがあるかも――」

「却下だ!!」

 ネクラが突然、フェルナの提案を蹴っ飛ばすように叫んだ。

 今まで見たことのないようなものすごい怒り顔だ。

 ネクラの発言の意図がわからず困惑する私たちに対し、ネクラは懐から紙を取り出した。

「お前が槍にしてぶん投げたミスリルの延べ棒な、あれ一本2000万アークするんだわ。それを三本も槍にしやがって……!」

「で、でも最後はあんたが投げろって……!」

「黙らっしゃい!! 三本分のミスリルの延べ棒分の6000万アーク、払ってもらおうじゃねえか」

 威圧感のあるネクラの言葉に気圧される私とフェルナ。

「そ、そんなこと言われたって……あたしお金なんて持ってないわよ!」

「拾ってきた責任もあるから利子は考えないでやる。きっちり6000万アーク払うまで、逃がさねえからな~!!」

「そ、そんな~!?」

 こうして、フェルナは6000万の借金をネクラから課せられることになってしまったのであった。

 私としては、フェルナがネクラの家に住み着くことになったので嬉しいが、彼女は今後どうするのだろうか。


「そういえば、さっきのケイのバリア……なんかドリルみたいだったわね」

 帰りの馬車の中でドクンドクンの気を紛らわせるためか、借金の話から離れたいからか、定かではないがフェルナが私に話しかけてきた。

「ドリル?」

「400年前の勇者様が使った武器なんだって」

 私は『勇者の伝説』の話を思い出す。あの本の中でも、勇者は聖女セイナールや優れた技師の手を借りて強力な武器を作り出すくだりがあった。

 その中のひとつに、フェルナの言うドリルというものがあったのだろう。

「あの技の名前、プロテクト・ドリルなんてどう?」

「え……かわいくない」

「ケイ、あんたにはお似合いだと思うわよ」

 フェルナにそう言われてガッカリする私。

 それにしても、死霊術にドリルに……私の思い描く女性の魔法使いのイメージからドンドンかけ離れていっているのがショックだ。

(お父さん……お母さん……私がどうなっても怒らないでください……)


 私は馬車に揺られながらそう心のなかで思った。

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