第3話「皇帝謁見! 不死軍団を量産せよ!?」
死体回収からあっという間に半月の時が過ぎた。
その間、私はネクラの手伝いとして実験の材料を運んだり、必要な資料を探したり。雑用のような手伝いをするばかりでそれほど嫌な目にはあわなかった。
確かに多少、実験に使うからと道端で力尽き死んでいる猫とか馬車に跳ね飛ばされ絶命した兎とかを拾ってくることはあった。
だが、少なくともグロテスクな人間の死体に触れるようなことはあれ以来やっていない。
正直な話、この間の死体回収の時みたいな波乱が毎日のように続いたら、それこそ私が死んでしまって実験材料になってしまう。
ネクラの手伝いをしたり、スケさんからセクハラを受けながらの平穏な毎日。まあ、それも長くは続かなかったんだけどね。
世のため人のためネクロマンサー
第3話「皇帝謁見! 不死軍団を量産せよ!?」
「着替え覗き八回! 下着泥棒六回! お風呂覗き四回!
ほんっといい加減にしてください!」
私はここ数日間でスケさんから受けたセクハラの内容を書面にまとめた物を机の上に叩きつけた。平穏な日々での大きな問題は、スケさんが私にするセクハラの数々だった。
される度に私も反撃しているものの効果は薄いようで、すぐまた何かしらやってくるのでいいかげん辟易していた。そこでネクラに家族会議めいたものを開いてもらい、こうやって直談判しているわけだ。
ネクラは私が叩きつけた書面を眺めつつ、腕を組んでウームと考えている。
「……確かにスケさんの最近の行動は目に余りますねえ」
カクさんがいつもの紳士的な態度のままスケさんに言った。
カクさんは外見が不気味なのを除けば紳士的だし、こまめに家事をしているしで、この家の住人の中では好意的だ。
「スケさん、何か弁解はあるか?」
ネクラに詰め寄られ、スケさんは頭蓋骨を横に一回転させる。そしてカラコロと骨のきしむ音を出しながらペラペラと弁解を始めた。
「だってケイがカワイイから仕方ないんだって!
俺もやっちゃダメだ~とは思っているんだが、気がついたら体が勝手に動いてるんだ!
そう、悪いのは俺じゃなくて言うことを聞かない俺の体と、魅力的すぎるケイなんだよ!!」
魅力的、かぁ。こんな場ではなく、さらに言えばこんな変態ガイコツの口からじゃなかったら多少は嬉しかったんだけどね。
こちとら今まで恋愛のレの字もなかった生活を送ってた貧相な身だ。スケさんの言い分が苦しい言い訳に過ぎないのは明らかだ。
「ケイに不快な思いさせるのもいけないが、スケさんはそれ意外は優秀だからいなくなっても困るからなぁ……」
ネクラが額を手で抑えながら悩んでいる。答えはしばらく出てこなさそうだ。
ドンドン。その時、玄関の扉をノックする音が鳴り響いた。
お客さんだろうか。私はスケさんの処遇に悩むネクラに代わり玄関の扉を開いた。
「ネクラ先生ー……って、あれ?」
玄関前には、一見するとみすぼらしいような、薄汚れた青いフードを被った男が立っていた。ネクラではなく私が出たためか、男は少し驚いたような表情をしている。
「おお、マロウか。どうした?」
ネクラは、親しい知人に会うような態度で男――マロウに挨拶をした。
「先生、皇帝からまたお仕事の依頼ですぜ。
顔も見たいから城に来るようにとも言われてるッス」
「はぁー……面倒くさいけど仕方ねえなぁ」
私はネクラが皇帝陛下から依頼を受けていることにも驚いたが、マロウがその陛下の言葉を伝達しているのにも驚いた。
「えっと、マロウさんって何者ですか?」
私は思わず、マロウに尋ねた。マロウは私のことを失礼なやつだと言いたげな怪訝な顔をした。
「こいつは、こう見えても皇帝直属の密偵だよ」
「こう見えてもって、ひどいッスね……」
マロウはそう言うが、皇帝直属というすごい肩書きの割には言っちゃ何だが格好があまりにもみすぼらしい。
例えるならば盗賊のような風貌をしている。私の信じていないような目を感じたのか、マロウは説明をした。
「俺がやってる密偵っていうのは、情報収集や裏工作なんかをするいわゆる便利屋さん。この格好はその仕事をこなすためのカモフラージュだ。お前が俺の格好から身分わからなかったのが有用性の証拠ってわけだ。なあ、ケイちゃん?」
私は、まだ名乗ってもいないのにマロウに名前を呼ばれ驚いた。驚く私を見て、マロウは懐からそこそこの厚みのある手帳を取り出し、パラパラとページをめくって私に見せた。
「帝国魔術学校所属。十六歳。ネクロマンサーであるネクラ・デットのもとで卒業修行中。家族構成は両親と弟、といったところだな」
ページに書かれている私の個人情報を得意気に読み上げるマロウ。
「な、なんであなたが私の情報をそんなに知ってるんですか!?」
「なんでってそりゃあ、俺はプロだから。密偵たるもの自国に住む人間は把握してないと。な、白下着のケイちゃん」
「そんなことまで……!?」
普段つけてる下着の色を言われて、とっさに私はスカートを抑えた。
手帳を閉じて懐に戻すマロウを変質者を見るような目で見つめる私。見た目に惑わされていたが、この男――マロウがいろいろな意味で只者ではないということを思い知った。
「じゃあ、確かに伝えたッスからね。先生!」
マロウはそう言って駆け足で去っていった。マロウを見送った後、ネクラは食卓の上に残っていたビンの水を飲み干しながら身支度を始めた。
「ケイ、そういうわけでスケさんの処遇はまた今度だ。今から皇帝んとこ行くから準備しろ」
「そんな、お隣さんにご挨拶に行くようなノリで言わないでくださいよ!
私、皇帝陛下に謁見したことはおろかお顔を拝見したことすらありませんよ!!」
アークノー皇帝――この大帝国を統べる君主であり、先帝が始めたとされるセイナール王国との戦争が続く中で荒れ果てていくこの帝国を、その大胆とも言える数々の政策を実行し国力を回復させたという。
更にはセイナール王国率いる連合軍と互角の戦いをし続けられる名将でもあると言われている。真偽は不明だが自ら戦地に赴き、千の兵を一人でなぎ倒したという伝説もある。まあ要するにこの国で一番偉くて、すごくて、恐ろしい人である。
「大丈夫大丈夫。陛下は礼儀にあまりうるさくないから」
そうは言われても皇帝陛下に対する振る舞い方なんか知らないし、知らずに失礼なことをして気張った衛兵とかに首を斬られるのも嫌だ。
私はそう言って抵抗したが、ネクラに押し切られ結局一緒に謁見しに行くことになってしまった。
持ってる服の中で一番いい組み合わせ――と言ってもいつもの制服だが――を身につけた私は、ネクラに連れられて皇宮に向かった。帝都周辺の街路を、あの鋼鉄肉ポンプ馬車で北上する。やがて見えてきたとても立派な門を通り、馬車は皇帝の住まうお城に到着した。
この馬車に乗るのは復路も含めて三回目だけど、未だにポンプのドクンドクン音には慣れない。いや、慣れたら負けかなと思っている。
私達はお城の兵士さんに案内され、玉座へと到着した。
「良くぞ我が求めに応じてくれた、ネクロマンサー・ネクラ・デッド」
きらびやかに輝く豪華な玉座に座った皇帝がネクラに言った。顎ヒゲを生やしたいかつい顔と、立てば二メートルはあろうかという巨大な体躯。
筋肉が張った太い腕に、巨大な靴を履いたこれまた極太の足腰。今までの人生で私が見た人間の中で、覇王という言葉が一番似合う……皇帝に抱いた印象はそんな感じだった。
皇帝の放つオーラに気圧され、私は緊張でカチコチになっている。
「大臣、衛兵! この者とは内密な話をしたい、下がれ!」
「はっ!」
皇帝が声を張り上げそう言うと、大臣と衛兵は手慣れたスムーズな動きで玉座の間からそそくさと退散した。
これでこの部屋にいるのは私達と皇帝の三人だけ。人払いをするくらいのよほどの用事なのかと私は身構える。しかし、ネクラの口から出た言葉は私の予想を遥かに超えていた。
「アーク、お前いつも大変だなぁ」
他でもない皇帝陛下にタメ口で話しかけるネクラ。
「ネクラのような自由な生活に憧れるぞ……。そいつは新しい女か?」
皇帝もまるで親しい友人と話すかのように威厳を残しつつも軽い口調でネクラに返す。
「ちげーよ、こいつは魔術学校から預った生徒」
「ああ、あの有名な卒業修行の! ガハハ! お前のとこに来るもの好きがいるとはな!」
「うるせーバカ!」
和やかに世間話をする二人を見て私は口を開けたまま唖然とする。そんな私の様子を見てか、皇帝が立ち上がった。
「おい、その娘 事情が飲み込めてないみたいじゃないか。わしらの関係、説明してなかったのか?」
「聞かれなかったからな」
「昔からお前はそういうやつだったな」
ネクラに代わり、皇帝が私に説明を始めた。
「ネクラとわしは幼なじみでな。
当時こいつは宮廷魔術士の息子、わしは皇子だった。
こいつは俺が何者か知らずにガキの頃からこの皇宮の中で一緒に過ごしてたのだ」
ネクラが子供の頃、というのが全然イメージできない。というかネクラは何歳なんだろうか? 皇帝はすでに五十歳前後だったはず……。なんとなく答えがわかったのでこれ以上は考えないことにした。
「アーク、俺を呼び出したのはそんな無駄話をするためなのか?」
ネクラが昔話に花を咲かせる皇帝にツッコミをいれる。
「おお、スマンスマン。よし、じゃあここからは仕事の話だ」
皇帝から直々に依頼される仕事……。私はゴクリと喉を鳴らした。
「お前には、またアンデット兵士を用意してもらいたい」
「アンデッド兵士……何体くらいだ?」
「多ければ多い方がいいが、最低でも100は欲しい」
「報酬はどれくらい出す?」
「そうだな……」
報酬を訊かれた皇帝は、少し考えたあと指を三本立てた。
「三百万アークでどうだ」
「……よし、わかった」
それを見てネクラは納得したようだ。さすが皇帝、払う金額も威厳たっぷりだ。
「アンデット兵士って何ですか?」
玉座の間を出てから馬車に戻るまでの道のりで、私はネクラに質問した。
「アンデットっていうのはスケさんみたいなスケルトンとか、ゾンビみたいな死人がベースの存在。
アンデット兵士ってのはそれを他の人間が簡単に制御できるようにしたもの。教えてなかったっけ?」
「初めて聞きました」
私はムッとした顔で答えた。ネクラはそういうことは必要になってから初めて教えるクチがある。ネクラはそれについて謝る素振りも見せず説明を続けた。
「……んで、今セイナール王国と戦争中だろ? アンデット兵士はセイナール王国軍と戦うのには都合がいいもんだから定期的に納品してるんだ」
「どうしてアンデット兵士がセイナール王国軍に効くんですか?」
「俺が聞いた話によれば、セイナール王国の兵士は前衛で殴り合いをする戦士と、後衛で神聖魔法による支援を担当する僧侶にわかれてるらしい。
傷ついた戦士は後方に下がり、僧侶から神聖魔法の治療を受けてまた前線に戻るんだと。
そこで、神聖魔法が無いと倒しづらいアンデッドをけしかける。すると後方の僧侶が前に出ざるを得なくなる。相手の陣形を崩すためにアンデッド兵士が必要なんだってさ」
そう聞くと合理的だが、なんか戦法が悪役っぽくてやだなぁ……。でもそうしないと国がやばいんだから文句は言えない。
鋼鉄肉ポンプ馬車の前に着くと、私達の馬車の荷台に木箱を何個も運び入れている兵士がいた。ネクラに手伝うよう言われ、私も木箱を運ぶのを手伝う。
女の子に肉体労働させるんじゃない、と言いたかったが黙って木箱を持ち上げる。逆らってまた卒業を盾にとられるのも面倒だ。
木箱そのものはそこまで重くはなく、私一人でも無理なく持ち上げられる程度だった。
「これ中に何が入ってるんですか?」
「ん、死刑囚の骨」
ブフォッ! 私は思わず吹き出してしまった。なんてもんを運ばせるんだ。
「殺人、強盗、放火、国家転覆未遂、外患誘致とかやらかした連中だな。
俺が知る死霊術の偉人も『罪人は死後も労働させよ』と言っているし、こうやって『処刑されたあともロクな目にあわないぞー』っていう見せしめでもあるんだな、これが」
ネクラの口ぶりから、この骨で皇帝から言われていたアンデッド兵士を作るんだなと察した。察せられるようになった自分がなんか嫌だ。最後の木箱を荷台に運び終えながら思った。
家に到着した私たちは馬車を降りて、裏庭に荷台の木箱を下ろし、並べていく。やたらカラカラと乾いた音がする木箱だと思ったら、まさか人骨が満載とは。
スケさんカクさんを動員して、裏庭に木箱の中身を積んでいった。
その作業が終わる頃には裏庭は人骨の山ができていた。そうと知らない人が見れば何を言われるかわからない状況だ。
ネクラに休憩を言い渡された私は裏庭の一角に座りこみ、骨の山を眺めていた。その横でネクラが重そうな袋を抱えて家から出てきた。ネクラがその袋を裏庭でひっくり返すと、中から片手で握れるサイズの石がゴロゴロと出てきて積み重なった。
表面に綺麗な青色の粒が見えるこの石は、精錬前のミスリル鉱石だ。実際に見るのは初めてだが、教科書で見た覚えがある。
一息ついたあと、ネクラが私に言った。
「よし、これでアンデッド兵士の材料が揃った。ケイ、手伝え」
「嫌です」
私は即答した。
「なんで!?」
「アンデッドを作った事がありますだなんて知られて友達に噂とかされると恥ずかしいし……」
「おめーっ! ネクロマンサーの弟子がそれでどうする! 卒業とメンツとどっちが大事だー!!」
やっぱりこうなるよなー。
結局卒業を盾にされると断われないのが学生の辛いところ。
私は渋々、アンデッド兵士を作る魔法を習うことになった。
「まずは死霊術の基本、『アウェイク』の魔法だ。これを持て」
ネクラはそう言って、私に黒ずんだ金属の珠を渡した。
「これは?」
「死者の魂のエネルギーであるエナルグが入ったミスリルの珠だ。
お前はまだ死霊術の契約をしていないからな。さっき教えた魔法に必要なエナルグはこいつから引き出すんだ」
死霊術の契約……嫌な言葉が出たな。
それをすればきっと、ミスリルを持たなくても死霊術が使えるようになるんだろう。
しかし、それは一生を死霊術に捧げるようなことだろうし絶対にゴメンだ。
「教えたとおりの呪文をこの骨の山に向けて唱えてやってみろ」
「はーい……」
私は黒ずんだミスリルの珠を握りしめ、さっき口頭で教えられた呪文を呟く。
「魂亡き骸よ、魔の力を依代に立ち上がれ……『アウェイク』!」
私の手から放たれた魔力が骨の山に当たり、幾つかの骨がフワリと宙に浮き上がった。浮き上がった骨は一箇所に集まり、やがて人の姿を形作っていく。
しかし、形が見えた辺りで骨は崩れ、地面に落ちてバラバラになってしまった。
「……あれ?」
「まあ、初めてにしては上出来だな」
ネクラの言い方をみるに、私は失敗してしまったようだ。
私は、めげずに再度呪文を唱える。今度は骨が浮いたところで失敗してしまった。
「肩肘を張りすぎだ。
死霊術は魂のエネルギーを使うゆえに緊張していると不安定になる。
もっと肩の力を抜いてゆっくりとやってみろ」
「あ、はいっ!」
繰り返す失敗を見かねたネクラからアドバイスを受ける。
私はネクラの言葉を意識し心を落ち着かせ、気持ち力を込め過ぎないように注意しながら呪文を唱える。
「魂亡き骸よ、魔の力を依代に立ち上がれ……『アウェイク』!」
何度目か宙に浮く骨たち。そして、その骨は徐々に人の形に組み立てられ、やがてひとつのスケルトンとなった。
「おっ、やるじゃないか」
ネクラが私を褒めたが、私は成功して褒められ嬉しい半面、すでにネクロマンサーとして後戻りできなくなったことに心の中で泣いていた。
それにしても、呪文一つで人骨が組立ち、自立するというのは魔法とはいえ不思議だ。私は好奇心からネクラに仕組みを訊いてみた。
ネクラは私がネクロマンサー道に興味を持ったのかと思ったのか、嬉しそうに質問に答えてくれた。
「この魔法は物体を操るものじゃなくて、魔力による擬似筋肉を作るものだ」
「擬似筋肉?」
「文字通り筋肉の形と役割を担うものだ、目には見えないけどな。
こいつを腐乱死体にかければゾンビに、人骨にかければ……」
「スケルトンになる、と」
「正解だ」
原理を聞いてみるとなるほど納得できる。
補足として、『アウェイク』で立たせた状態は術者の指示を受けるだけの人形状態で、別途で魂を入れることによりスケさんのような意志を持ち喋れるスケルトンになるのだとか。
「ちゃんと指示を受けるかのチェックだ。こいつに何か命令してみろ」
ネクラが私が立たせたスケルトンを指差してそう言うが、すぐに命令と言われても思い浮かばない。
少し考えた私は、仕方ないので骨の山から手ごろな棒状の骨を一本取り出し、投げた。
「――とってこーい!」
私の命令を受けたスケルトンは、地面に落ちた骨に向かってトコトコと歩いていき、骨を拾って戻ってきた。
不覚にも面白いと思ってしまったが表情には出さない。女の子がガイコツを動かして面白がったら印象最悪だ。絶対にモテない。
「犬じゃねえんだから……」
私がやったチェック方法に呆れてながら、ネクラはミスリル鉱石を私に一つ渡し、次の呪文を教えられた。
「えっと……。
忠実なる我が下僕よ、
呪文を唱えると、スケルトンが半透明になりミスリル鉱石に吸い込まれ消えていった。
「消えちゃいましたけど」
「これがアンデッド兵士が完成だ」
ネクラがスケルトンの入っていったミスリル鉱石を手にとりながら言った。
「これを封印解除の黒魔法『ガーチ』で表に出せば、解除した人間を主と認識するようになる。さーて、ノルマは100体以上だ。次々とやってくぞー」
そうしてネクラと私でのアンデッド兵士量産作業が始まった。
『アウェイク』をかける、動作チェックをする、『バタム』でミスリル鉱石に入れる。
一連の作業を二人で延々とこなしていく。流石にネクラは本職のネクロマンサーだけあって手際がよく、私が1体作る間に3体も作ってしまう。
これらの魔法は意外と魔力を消費するため、私はだんだん疲れてきた。その疲れからか、私は呪文の詠唱をしくじってしまった。
「うひゃあっ!?」
立ったばかりのスケルトンが、突然私に襲いかかってきた。武器を持たないスケルトンとはいえ、硬い骨の手で殴られると痛そうだ。私はプロテクトを使いスケルトンのパンチを防御する。
「あーあー……何やってんだよ」
その様子を呆れた様子で見ていたネクラが呪文を唱え始めた。
「生命無き骸よ、汝の真の姿へ帰せよ、『エクソ』!」
ネクラから放たれた魔力がスケルトンに当たると、スケルトンの身体が崩れて『アウェイク』がかかる前のただの骨に戻った。
「今のは……?」
「アンデットの解呪魔法。つっても一番弱いやつだからこの作業のリカバリーくらいにしか使えないけど」
「……スケさんへの仕返しに使えるかと思ったのに」
「あーそういうことね……」
ネクラは私の残念そうな顔を見てポリポリと頭をかいた。
「……一応あいつにも効くぞ。短時間だが動かなくなる、10分くらいで復活するけど重ねがけすれば時間を伸ばすこともできる」
それを聞いて、私はとびきりの笑顔でネクラにお願いした。
「その魔法、教えて下さい!」
「ほんっと、お前スケさんのこと嫌いなのな」
ネクラは呆れた表情でそう言いつつも呪文を教えてくれた。
作業を始めてから一時間くらいが経過した。この一時間でスケルトンをいくつ作ったかわからない。
死霊術はミスリルの珠に入った魂のエネルギーだけじゃなく、私の魔力も使うようだ。魔力が尽きかけ、私は急に体から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
「うへぇ~」
思わず気の抜けたような声を出してしまう。私の様子を見たネクラは、作業の手を一旦止めた。
「しょーがねえなあ、休憩を入れるぞ」
ネクラに休憩を言い渡された私は、裏庭の芝生の上に寝転んで空を見上げる。晴れているはずなのにすこしどんよりして見えるのはこの家が禍々しいことをやっているからだろうか……。
そんなことを思っていると、家からカクさんがビンを乗せたお盆を持って裏庭にやってきた。
「旦那様、差し入れでございます」
「おお、サンキュッ!」
ネクラはカクさんから受け取ったビンの蓋を開け、中に入っている液体をいっきに飲み干した。
「ふぅー、カクさんのエーテルドリンクは最高だぜ」
「お褒めに預かり光栄です」
ネクラに褒められ、カクさんは不気味な顔をにっこりさせたままぺこりとお辞儀をした。
「ケイ、お前も魔力切れなら飲んどけ」
ネクラはそう言って、エーテルドリンクとかいう液体が入ったビンを、私に投げてよこした。
「ぐふっ!」
突然投げられたビンをとっさに受け止められず、私のお腹に直撃した。
「おお、悪い悪い」
ネクラはニヤニヤ顔で謝ってるが、絶対悪いと思ってなさそうだ。私は重いビンが直撃したお腹の痛みを我慢しながら起き上がり、ビンを手にとった。
ビンの中には真っ青な半透明の液体が入っている。軽く揺すったときの動きを見るに、この液体は粘性がそこそこあるようだ。これを飲むのか……嫌だなあ……。
私はここにきて何度目かわからない覚悟を決め、ビンの中の液体に口をつけた。味自体はなんとも言えない味だった。
しかし、喉を通すたびに魔力が回復するのかみるみる元気が湧いてきた。エーテルドリンクと言われるだけのことはあるようだ。
魔力が回復し、元気になった私を見たネクラは私に新しい黒ずんだミスリルの珠を持たせ作業再開を告げた。
私達は再びアンデッド兵士を作る作業に取り掛かった。
それから更に数時間後、裏庭に積み上げられていた骨の山はすっかりなくなり、代わりにスケルトン入りのミスリル鉱石の山ができていた。
「124体……まあ十分だろ」
ネクラがミスリル鉱石を数え終わって言った。空を見るともう日が暮れかかっており、辺りはオレンジ色に照らされていた。
「お疲れ、今日はもう休んでもいいぞ」
何度目かの魔力の枯渇で寝転がってる私を覗きこむようにしてネクラが言った。私は素直にその言葉を聞き入れ、疲れた身体を引きずるようにして家に戻った。
一階の食卓の上にエーテルドリンクが入ったビンがいくつか並べてあったので、私は小さなビンをひとつ手に取り中身を飲み干した。
これで階段を登って屋根裏に戻れるくらいの元気は出た。
ふとエーテルドリンクの材料が気になった私は、キッチンの方に目を向けた。エーテルドリンクが煮こまれたであろう鍋と、その横に……包丁が刺さった見たことのない生き物かよくわからない極彩色の何かが転がっていた。
もしかしてエーテルドリンクの材料って……。私はそれ以上考えないようにして自分の部屋に向け階段を駆け上がった。
屋根裏に戻ると案の定スケさんが私の下着を漁っていた。
「よ、ようケイちゃん」
「スーケーさーー-ん!! あんたってやつはぁぁぁ!!」
悪びれることすらしなくなったスケさんに対して、私は怒りを爆発させ、ネクラから教わった『エクソ』の魔法をぶっ放す。
魔法を受けたスケさんは崩れ落ちばらばらになったが、ネクラの言うことが本当なら数分後にまた元に戻るはずだ。
そこで私はスケさんの胴体部分の骨を全部屋根裏から二階に向けてバラバラのまま適当に落とし、頭蓋骨だけは仕返しのつもりで窓から裏庭に向かって放り投げた。せいぜい復活に苦労するといい。
スケさんを放り投げた私はベッドに横になり、今日ついにネクロマンサーめいたことをしてしまったことを思い返す。
今までは軽いお手伝いだったりしたが、スケルトンをたくさん作ってしまった今もうネクロマンサーと言われても否定はできない。
自分が立たせたスケルトンが命令通りに動くことに面白さを感じてしまったのも事実。
「お父さん、お母さん……私ネクロマンサーになっちゃったよぉ……」
私は嘆くように虚空に呟いた。
晩ごはんの時間になり屋根裏から降りている途中で、スケさんが壁にくっついてるのを見た。どうやら無理やり元の形に戻ろうとして外に放り投げた頭蓋骨が壁に引っかかってるらしい。私は見なかったことにして1階へ降りていった。
卒業修行の終わりまで、あと5ヶ月。
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