第2話「死体拾いと勇者達」
カァカァとカラスの鳴く声が聞こえ、私は目を覚ました。
そうだ、起きて学校に行かなきゃ……。
粗末なベッドから私はむくりと起き上がる。
狭い部屋、斜めの天井、中身が入ったままの大きなカバン。
明らかに一昨日まで私の住んでいた学生寮ではない。
「夢じゃないのか……」
ガックリとうなだれる私を照らすように、屋根裏にある申し訳程度の小窓から朝日が入っていた。
世のため人のためネクロマンサー
第2話「死体拾いと勇者達」
昨日から、私は魔術学校での些細なミスからネクロマンサーであるネクラのもとで半年間の修行を行わないといけなくなった。
一連のことが悪い夢で、目が覚めたらまだ修行の志望先の提出期限前だったらと願っていたが無駄だったようだ。
私は寝間着を脱ぎ、カバンから魔術学校の制服を取り出して着替え始める。最後に魔術士のマントを身につけたところで、屋根裏だからこそ気兼ねなく着替えられることに気づいた。
気配りなのかな、偶然なのかな。
まだネクラは信用に足りてないので偶然と思うことにして、私は屋根裏を降りた。
「おはよーさん。寝れたか、ケイ?」
「そこそこです……」
ガイコツのスケさんや、青白い肌のカクさんたちの私室である二階を通り一階に降りると、テーブルの上に朝食が並べられていた。
「おはよう……ございます」
私は挨拶をしつつ用意された自分の席につく。
「朝食でございます」
カクさんが昨日と同じ執事のような態度のまま、私の席にお皿を置いてくれた。皿の上には四角いパンと、その上に薄いベーコンが乗っている。
ベーコンの見た目は、私が今まで見てきたベーコンと変わらないように見える。
しかしここは、スケルトンと不気味な執事が住んでいるネクロマンサーの家。変なものを食わされるのではないかと疑問を抱く。
「このベーコン……のようなもの、まさか変な肉とかじゃないですよね……?」
「あのなぁ……いくら俺がネクロマンサーと言っても人間だぞ?
食うもんは同じだ同じ。
それとも、そのベーコンが牛とか豚のとかじゃなく、人間の死肉にでも見えるのか?」
私の疑問に、ネクラが呆れながら正論で返す。
そうは言われても骨だの腕みたいな物体だの、気味が悪いものがいたる所にぶら下がっているから警戒は怠れない。
朝食を食べながら、私は昨日のネクラの発言を思い出す。あれは冗談なのか、それとも本気なのか。私は図りかねていた。私は勇気を出して、直接聞いてみることにした。
「えっと……ネクラさん?」
私がそう呼ぶと、ネクラは不満そうな顔をして呼び方を訂正した。
「
お前を魔術学校から一応正式に預かってるんだから」
なんか嫌だなぁ、と思いつつも私はケジメをきちんとするつもりで従うことにした。私は改めて、ネクラに昨日の発言について確認をする。
「では師匠、今日は……本当に行くんですか?」
昨日ネクラが言っていた予定、それは戦場跡ガランドゥ平原での死体拾いだ。
曰く、人間の死体は死霊術の触媒……早い話が材料になるとのこと。私はもちろん行きたくないし死体に触りたくもない。
「もちろん、行くさ」
ネクラはそんな私の気持ちを汲むつもりもないように、さも当然のごとくといった態度でそう言った。
「死体ですよ、死体! 絶対に触りたくありません!」
「うるせー! ネクロマンサーが死体を嫌がってどうする!」
「だーかーらーー!
私はネクロマンサーになりたくてここに来たんじゃないんですってば!」
私は必死に拒否するが、ネクラは無情にもその要求を却下した。
「そもそも、どうして死体回収なんかしなきゃいけないんですか?」
「そりゃあ、死体と死者の魂エネルギーは死霊術に必須だからな。
それだけじゃない。この回収作業は死んだ奴のためでもあるんだ」
死んだ人のため? 私はネクラが言っている意味を理解できなかった。そんな私を見て、ネクラはまるで教え子に授業をするかのように――私が教え子なのは間違いはないのだが――説明を始めた。
「死体っつっても、元は生きていた人間だ。
つまり、親なり家族なり何かしら遺族がいる。
遺族には、遺体を返却するのが筋だが……戦場の死体となればそうもいかない。
なにせ物によっちゃあ見せられないような状態になってるからな。
グッチャグチャに変わり果てた姿を見せるわけにもいかないだろう」
真面目な顔で説明をするネクラの言葉を私は注意深く聞く。
もしどこかに論理のほつれがあればすぐにでも突いて、拒否する理由にするつもりだ。
そんな私の企みを知ってか知らずか、はたまたまじめに聞いていて感心しているのかわからないが、ネクラは淡々と説明を続ける。
「そこで、俺たちは死体を回収するとともに、遺体が身につけていた防具とかも遺品として一緒に回収する。それら回収した遺品は後で国に届けて、国が遺族に遺品を渡すっていう流れだ」
確かに、ネクラの言うことは筋が通っている。しかし、そんな大事なことなら私達がやらなきゃいけない理由はないんじゃなかろうか。私はその疑問をネクラにぶつけてみた。
「じゃあ、国が軍隊でも使って回収すればいいじゃないですか?」
ネクラはその問いに対し、人差し指を左右に振りながら違うな、といった態度をとった。
「兵隊を動かすのってのはけっこう時間がかかるし戦時中で兵隊は足りないくらいだ。
手続きやら派遣する部隊を決めている間に、死体は賊どもに荒らされちまうよ」
「賊って……野盗とか山賊とかですか?」
「ああ、そうだ。
死体といっても身につけてる武具は帝国の正規品だからな。
賊どもは死体を平気で傷つけて金品を持っていくふてぇ野郎だ。
だから先に俺たちが死体を回収なきゃならんってわけだ」
ネクラはそう説明しながら残っていたベーコンとパンを頬張った。私も 説明を聞いていて食べ忘れていた朝ごはんに勇気を出してかぶりつく。ベーコンの味は確かにベーコンだったが、この部屋の暗い雰囲気のせいで何とも言えない味に感じる。
「まあ、そういうわけだ。
行くの拒否したら卒業認めないって学校に言いつけるぞ」
「ぐっ……!
はぁい……」
卒業を盾にされたら断れない。私は渋々了承しなければならなかった。
朝食を済ませた私は自室……もとい屋根裏に戻り、言われたとおりに準備を始めた。といっても死体拾いの準備って何をすればいいのだろうか?
オシャレしても仕方がないし、かといって何を持っていけば良いかもわからない。……まあ必要な道具があればネクラが用意してくれるだろうと思い、腰につける小さなカバンだけを持って、予め言われていた裏庭へと向かった。
ここからガランドゥ平原へはかなりの距離があるし、馬車か何か使うんだろう。
待ち合わせの裏庭に来た私は……平原に行く手段が馬車だという予想が当たっていたことを知る。しかし、その馬車の外見は私の予想とはかけ離れているものだった。
日の光を浴びて輝く金属の装甲、後部から絶え間なく排出される身体に悪そうな紫の煙。車輪にいたっては五対、十輪ついている始末だ。
馬車というよりは、馬車くらいのサイズの小型要塞にも見えなくもない。
「……なんですか、この馬車……のようなもの?」
私は馬車のような何かを指さし、馬車の前面部から上半身を乗り出したネクラが答える。
「俺の馬車、だけど?」
「どー見ても馬車には見えないんですが。
というか馬が見えないんですが」
「へへへ、よくぞ聞いてくれた!
こいつは名付けてスカルチャリオット!
金属製の車両を二頭の魔馬・ナイトメアで動かす安全性を重視した重装甲馬車だ!」
唖然とする私を気にかけず、ネクラは得意顔で馬車の自慢を話し始めた。
曰く、ナイトメアは死霊術で使役できる馬なのだと。
ナイトメアは通常の馬の数倍のパワーを持っていると。
そのパワーを活かし、車体を金属装甲で覆い運用すると。
ナイトメアの安全性のため、外に露出させず装甲の中に内蔵していると。
ナイトメアは透視能力があり、外が見えない構造でも大丈夫だとか後部の煙はナイトメアの排出した呼気で、毒性があるとか……。
「さあ、乗った乗った!」
私はツッコミを入れるのを諦め、ネクラの案内に従い馬車の上の入り口から中に乗りこんだ。
「ヒイッ!?」
中に入った私は思わず軽い悲鳴をあげた。というのも、横の壁に肉の塊のような物体がドクンドクンと音を立て鼓動していたからだ。
「ああ、気にするな。ナイトメアの呼気を外に出すためのポンプみたいなもんだから」
「気にするなって無茶なこといいますね!」
ふと、私は出発の時間なのにスケさんとカクさんの姿が見えないことに気がついた。
「カクさんたちは?」
「あいつらは現地で俺が召喚する。
あまり多く乗せると重いってナイトメアがグズるんでな」
スケルトンのスケさんはともかく、不気味な風貌ではあるが一応は人間に見えるカクさんも死霊術で別のところに召喚できるのかな、と疑問に思う。
カクさんも、実は人間ではないのかもしれないという疑念を抱き始めたあたりで、ゆっくりと馬車が進み始めた。
馬車の乗りごこち自体はネクラが自慢するだけあり、揺れもあまり感じず快適だった。真横でドクンドクンいってる肉ポンプさえ無けりゃだが……。
私はポンプの音を気にしないように、死んだような目をしながら二時間ほど馬車に揺られていった。
「おー……死体がいっぱいだー」
「うえっ……」
ガランドゥ平原に到着した私は高台から見た光景に思わず手で口を抑えた。あたりに散らばったままの無数の帝国兵と王国兵の死体。充満する腐臭が風に乗って臭ってきて、気持ちが悪くなる。
今まで新聞や知人との会話の中で『言葉』としてしか感じていなかった戦争という事象の実態を痛感する。
戦地から離れて平和に暮らしていた私達とは離れたところで、確かにこの悲惨な出来事は起こっていたのだ。
「ちっ……しょうがねえなあ。えーっと……それっ」
口と鼻を抑えつつ、その光景を呆然と見つめる私を見てか、ネクラが短い呪文を唱えて私に魔法をかけた。すると、私はたちまち腐臭を感じなくなり、不快感が薄まった。
「……何をしたんですか?」
「軽い精神操作の魔法。不快感を軽減するやつだ」
魔法で精神を弄られるのは嫌な気もしたが、口を抑えて泣きながら無理やり動くよりかはマシかとも思った。
「へへへ……良質なエナルグが採れそうだ……!」
ネクラは怪しげな笑みを浮かべながら、懐から棒状の綺麗な青色の物体を取り出した。私はあの色に見覚えがある。
「師匠、それってミスリルですか?」
「ご名答。しかもただのミスリルじゃない。純度ほぼ100パーセントの延べ棒だぜー!」
自慢げに話すネクラの言葉に、私は驚愕する。純度ほぼ100パーセントのミスリルって確かめちゃくちゃ高価なもののはずだ。
ミスリルの鉱石はいたるところにある鉱山から取れるのだが、その精錬には大掛かりな施設と膨大なエネルギーが必要である。そのため、魔道具をはじめとするミスリルを使う道具は高価になりがちなのだ。
ネクラって意外とお金持ちなのかな。私がそう思っていると、ネクラは何やら呪文を唱え始めた。
「生命の檻を抜け開放されしエナルグよ、我が手中に集え……『スウィール』!」
すると、辺りの死体から黒い光のようなものが浮き上がり、渦のような流れを作り出すかのごとくネクラの持つミスリルに集まっていく。
黒い光が見えなくなる頃には、ミスリルの延べ棒は黒く変色していた。
まるで『勇者の伝説』で三魔将のエナルグを吸収する魔王だ。というかエナルグって何だ?
「エナルグってのは、いうなれば生命体の魂が持つエネルギーだ」
「魂の……ですか?」
「死霊術の基本は死体と魂の操作だ。魂のエネルギーである『エナルグ』は死霊術を使う時に必要になる」
言っていることの意味はよくわからなかったが、とりあえずエナルグが死霊術に必要な物ということはわかった。
説明を終えたネクラは、私に死体回収を始めるように言った。
私は死体が身に着けている防具を外し、ズリズリと引きずりながら馬車まで運ぶ作業を始めた。匂いと視覚での不快感を取り除かれても、悲惨な状態になった死体を触るときの感触は鳥肌が立ってしまう。
「うげぇ……」
私は「なんでこんなことをしなきゃいけないんだろうか」と小声で文句を言いながら淡々と死体を運んでいく。
ふと昨日ネクラの家を訪れた親子と、ここに来る前にネクラが言っていたことを思い出す。この死体一人ひとりにも家族がおり、人生があった。
そう考えると、死体運びも無碍にはできないなと思える。遺品が彼らの家族に渡るように、と願いながら私は作業を進めた。
「そこまでだッ! 悪のネクロマンサーめ!」
半分ほど死体を運び終えたあたりで突然叫び声が聞こえた。
声のする方を振り向くと、絵に描いたような勇者っぽい格好をした男と、傍らにふたり……僧侶のような格好をした女性と、武闘家のような格好をした男性が立っていた。
「死者を弄び愚弄する悪魔め!
この勇者ユージャ様が成敗してくれる!」
「……とか何とか言ってますけど?」
私はユージャと名乗る男を指差しながらネクラに訊いた。
「あー……あいつら『自称勇者』の盗賊団だな。
よくいるんだよああいうの」
「盗賊団なんですか?」
「火事場泥棒ともいう。人がいなくなった村や町で
廃墟から金品を拾い集めるんだと。
そして自称勇者って名乗る奴で厄介なのが――」
ネクラの説明をかき消すように、ユージャが叫んだ。
「ゾーリョ、ブドゥーカ! いくぞ、戦闘開始だ!」
ユージャの号令とともに、三人が私達のいる方向に走ってくる。
「――厄介なのが、そこそこ腕もたつってことなんだよなあ」
ため息を付きながらネクラが呟くように言った。
「ケイ、戦いに使える魔法はどれだけ持ってる?」
「えっと……大体の基礎の黒魔法と……、あと防御魔法が得意なくらいです」
ネクラが手から雷魔法を放ち牽制をかけながら私に訊いてきたので正直に答える。
基礎の黒魔法というのは、黒魔法を習うときに最初に習得する魔法である。指先から魔道具のライター程度の小さな火を出したり、静電気のようなバチバチを出すくらいの威力しかない。
「基礎魔法程度じゃ戦えねえなあ……。
よし、その得意っていう防御魔法でしばらく時間稼ぎしてくれ」
「何か詠唱に時間のかかる魔法でも使うんですか?」
「そういうとこだ……!」
格闘家っぽい格好のブドゥーカが私に向けて走ってくる。
「我に眠る魔法の力よ、大地に眠る大岩の如くなれ……『プロテクト』!」
私はプロテクトの魔法を唱え、手のひらから半透明の茶色く薄い防御壁を作り出した。
この魔法はかなりの強度を誇る回転する盾を創りだし、前方からの脅威に対し身を守る魔法である。学校で習った魔法の中で、唯一私がまともに使いこなせた黒魔法だ。
ガキン! ガキン!
ブドゥーカのパンチ攻撃を防御壁で受け流す。ネクラの方を見ると、呪文を詠唱しながらひたすらユージャの剣攻撃を回避し続けている。ネクラの流れるような動きは、まるで荒事に手馴れているようだ。
「くっ……しゃらくせえ」
しばらくしてパンチで防御を崩せないと悟ったブドゥーカが一歩引いて呟いた。私は少し肩で息をしながら呼吸を整える。
しかし、疲れで私はブドゥーカが何やら合図をしているのを見逃していた。再び接近するブドゥーカに向けてプロテクトを向けた時、背後に気配を感じた。
「シノヴィ、やれ!」
ブドゥーカが叫ぶ。伏兵がいたのか!?
私の背後に現れたシノヴィと呼ばれた少女が私に向けて短刀を振りかぶる……!
ガキィン!
その短刀の一閃は、いつの間にか私の隣に立っていたスケさんの金棒に防がれた。
「スケさん!?」
「呼ばれて飛び出て……! スケさん参上!」
ふと向こうを見ると、ゾーリョと呼ばれていた女性とカクさんが魔法合戦をしていた。
「その程度の神聖魔法、私には効きませんよ」
「くっ……バケモノめ!」
必死に神聖魔法を放つゾーリョに対し、涼しい顔をしながら氷魔法で応戦するカクさん。
これで戦況は4対4……なのかな?
シノヴィ対スケさん。ゾーリョ対カクさん。ブドゥーカ対私。そしてユージャ対ネクラ。
平原の戦いは4つに別れた形となった。防戦一方の私に比べ、他は押しつ押されつの状況のようだ。
しばらく進展のない戦いを続けていたところで、ネクラが私たちに集合の合図をした。その合図に合わせ、私たちはネクラが戦っている方向へと徐々に場所を移した。
「おまたせ、大丈夫か?」
ネクラが気遣いをかけたので、私たちは首を縦に振ることで無事を伝える。集団でひとりずつ倒す各個撃破を恐れたのか、ユージャ一行も一箇所に集まったようだ。
ネクラは一箇所に集まったユージャ達に向けて、先程まで長々と詠唱していた魔法を放った!
「そいじゃ、いくぞ! 『ヴォルヴェノム』!」
「しまった! 避け……!」
ユージャが言うよりも早くヴォルヴェノムが炸裂し、ユージャ達がいる辺りを毒々しい緑色の煙が包み込む。
「これは……毒かっ!?」
ブドゥーカが咳き込みながら叫んだのを聞いて、ネクラが咳払いをひとつして大声で話し始めた。
「あーあー、諸君! その魔法、喰らったら半日で死ぬ魔法だから帰ったほうがいいよー!」
うっわ、えげつない魔法だなぁ……。ネクラの声を聞いて解毒呪文を唱えるゾーリョ。
「試したらわかることだけど、半分呪い入ってる毒だから普通の解毒呪文効かねえからなそれ。
死にたくなかったらさっさと街に戻って教会で解呪してもらうこったな!」
「だったら、この命尽き果てる前にお前を倒す!」
それでもなお、ユージャたちは戦闘態勢に入った。半日で死ぬのならその前に決着をつけようというのだろうか。
「……どうします?」
「ほんっと、聞き分けのねえ連中だなあ……」
呆れた様子で、ネクラが少し呪文を唱え、地面に手をつき魔法を放った。
すると、辺りに放置されていた未回収の死体が次々と起き上がりユージャを取り囲むように集まっていく。
「戦いたいなら結構。毒を喰らった状態で、そのゾンビ軍団を片付ける自信があるなら止めはしねえよ。
ただし、お前らもここで死んだらこいつらと一緒に俺の実験材料になるがそれでも構わないか?」
それまで粋がっていたユージャ達だが、流石に実験材料にされるのは嫌なのか、戦いを諦めて逃げていった。
「悪のネクロマンサーめ! 次にあった時は必ず貴様を倒す!」
……そう捨て台詞を残して。
「へぇー……やっと帰ってくれたか」
ネクラが地面に座り込みながら言った。座り込むと同時に、先ほど立ち上がったゾンビたちが次々と糸の切れた人形のように倒れていく。
「どうして逃がしたんですか?」
私は、ネクラが強力な魔法を使えるのにもかかわらず、最後までユージャ達に逃げるように言い続けたのが気になった。私にそう質問されて、ネクラは大きなため息をふぅー、と吐いた。
「ヘタに命を取るとあとあと面倒くさいんだよ。
連中の親類友人その他が次々と復讐しに来てさ……」
かつてそういうことがあったのか、あるいはそう教えられているのか。悟ったような表情でネクラは語った。
「ネクロマンサーなのに命を大切にするんですね」
「命を大切に……じゃねえ。命は重いからこそ、扱いを慎重にしなきゃいかん。命を奪う責任ってのは大きいんだ」
ネクラはそう言いながら立ち上がり、スケさんとカクさんに死体回収の指示を飛ばした。命を奪う責任。そういった言葉がネクロマンサーであるネクラから聞けたのは意外だった。
4人がかりでやっとこさ死体回収を終え、私たちは再び馬車へと乗りこみガランドゥ平原を後にした。
もちろんスケさんとカクさんは家で再召喚するまで平原に置いてけぼりだが。
帰り道で、私はネクラに幾つか疑問を投げかけた。
「あのヴォルヴェノムって魔法、本当に死ぬんですか?」
「もちろん。半日経つと全身が腐って死ぬ猛毒魔法だからな。なんだ、教えてほしいのか?」
私は全力で横に首を振った。そんな嫌らしさと殺意に溢れた魔法が使えるようになったら最後、友だちがいなくなるに決まっている。
私は無理やり魔法を教えられるの避けるために次の質問に移った。
「さっき死体をゾンビにして動かしてましたけど、あれで死体回収楽にならなかったんですか?」
「あの魔法は辺りの死体全部を一斉に動かすから、最初の数だとさすがの俺でも魔力が足りねえよ」
ネクラのような魔術師でも魔力が足りないなんてことがあるんだなあ、と思った。
私なんかは言わずもがな、プロテクトを少しの時間使い続けただけで魔力が枯渇し肩で息をしていたくらいだ。
というか普通の魔術師は戦闘に遭うことなんかめったに無く、ここまで短時間に魔法を酷使することなんかめったに無いことなんだけどね。
かまどに火を入れるために炎属性の基礎魔法を一回だけ使うとか、それくらいが普通なのだ。
「最後に、最初にかけた精神制御の魔法ってどれくらいの長さ効き目があるんですか?」
「ああ、あれ?
そろそろ効き目が切れるはずだ」
そう言われてから、私はいつの間にか肉ポンプのドクンドクンという音が耳に入ってくることに気がついた。と同時に魔法で抑えられていた死体回収の時の不快感が一気に吹き出したのか、私の意識は遠のいていった。
チャポン。天井の水滴が、風呂場の床に小さな音を立てて落下した。
気を失っていた私は馬車が家についた辺りでネクラに叩き起こされ、そのままネクラの家の地下にあるお風呂に連れて行かれた。
死体回収の後は腐臭が身体に染み付いているから、お風呂で流してすっきりしろ、だそうで。
ネクロマンサーの家の地下にいい匂いのする石鹸が備え付けてあるお風呂があるのもびっくりしたが、そのお風呂の湯船が結構な大きさなのにも驚いた。
魔道具のひとつである給湯器を使っているのだろう。やっぱりネクラは金持ちなんだなあと再認識する。
ネクラはカクさん達を除けば一人で住んでいるのに。もしかしてカクさん達と一緒に背中を流し合ったりするのだろうか。
そんな微笑ましいような気味が悪いような光景を想像しながら、私はタオルで体を洗い、染み付いた匂いが取れるように丁寧に髪を洗った。
お風呂は心の洗濯だと、昔の人は言ったようだがごもっとも。
気持ち悪い馬車に乗せられたり、死体回収させられたり。挙句には戦わされたりと、今日は大変な一日だった。これから毎日がこんな調子だと思うとため息が出る。
「お父さん、お母さん……私は半年持たないかもしれません……」
洗い終わって鼻の下まで湯船に浸かり、お湯の中で泡をボコボコさせながら私は呟いた。
ガサゴソ。
そろそろお風呂から上がろうと思ったところで更衣室の方から物音が聞こえてきた。
私がこの状況で、更衣室に入りそうな奴は一人しか思い浮かばない。
私はタオルで局部を隠しながら洗面器を握り、勢い良く更衣室への扉を開けて、更衣室にいた人影に向け洗面器を投げつけた。
「この腐れ変態ガイコツがぁぁぁ!!」
私が投げた洗面器は、案の定私の着替えを漁っていたスケさんの頭蓋骨にクリーンヒットした。スコーンという気持ちのいい音とともに更衣室の外へと吹っ飛んでいくスケさんの頭蓋骨。
頭が洗面器に入れ替わった格好のスケさんの身体が、頭蓋骨を追いかけるように逃げていった。
ったく、油断も隙もあったもんじゃない。
今度ネクラにスケさんの素行について抗議しようと強く決意し、そのまま寝間着に着替えて屋根裏の自室へと戻った。
その途中、スケさんが洗面器頭のまま頭蓋骨を抱えカクさんに怒られている様子が見れたので少し溜飲が下がった。
そういえば、今日回収した大量の死体を何に使うのかという質問をするのを忘れていた。まあ、ネクラのことだしそこまで間違ったことには使わないだろうと思いながら私はベッドに横になった。
明日は今日より楽な一日だといいなあ……。私は小さく呟きながら目を閉じた。
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