第27話 黒いサンタクロース
ねぇ、***君。
黒いサンタクロースって、知ってる?
いい子のところには、赤いサンタがプレゼントを持ってやって来てくれるでしょ?
反対にわるい子のところには、黒いサンタがやって来て、大切なものを持って行っちゃうんだって。
ねぇ、***君。
だからね、いい子でいないとダメだよ?
――――――――――
―――――
――
目は覚めていた。ただ起き上がる気になれない。
夢の余韻を少しでも長く留めておきたかった。
もちろん、ここがゴミ捨て場だということくらいはわかっている。酒につぶれ、チンピラ相手に無駄な喧嘩をして、負けて、ここに捨てられたのが昨晩のこと。ちゃんと覚えている。
そう、ちゃんとわかっている。
彼女はもう、どこにもいないのだということくらい、ちゃんと。
――わるい子には黒いサンタ? だったら、盗れるもんなら、盗ってみろよ。
いつの間にか余韻は消えていた。
残ったのは、二日酔いで割れんばかりにガンガンとする頭とあちこちに怪我をした身体。
起き上がろうと力を入れると関節が軋み、思わず呻いた。
――俺の大切なものは、もう、どこにも、いない。
安アパートに帰ると、急激に虚しくなる。
万年床にあぐらをかき、コンビニで買ってきたビールをあおった。
うまくもない酒を飲み、心地よくもない酔いに逃げ込んで、今日という日をなんとかやり過ごす。
一体いつまでこんなことが続くのだろう?
そもそも、俺はなんで生きているんだ?
「ねぇ、***君」
声がした。
アルコールで朦朧とした意識の中で、俺は確かに彼女の声を聞く。
「黒いサンタクロースって、覚えてる?」
いつもの幻聴、にしてはやけにはっきりと聞こえてくる。
「いい子のところには、赤いサンタが来る」
声のする方へ顔を向ける。うまく焦点が合わない。カレンダーが見えた。
今日はクリスマスイブ。
「反対にわるい子のところには、黒いサンタがやって来る」
壁に貼ったカレンダーの隣に、彼女の姿。
ぼやけたり、くっきりと見えたり、またぼやけたり。
たぶん、俺は笑った。
「俺を、殺してくれるのか? 俺のこと、迎えに来てくれたのか?」
呂律の回らない舌で、俺は言ったはずだ。
彼女は笑っていた。
真っ黒い服を着て、つまらなそうに。
「言ったでしょ? いい子でいないとダメだよって。大切なもの、もらっていくからね?」
不明瞭な視界が、引っ張られるようにぐんぐんと暗くなっていく。黒い服の彼女が手を振った。
「***君、さよなら」
目が覚めると、そこは万年床の上だった。
何かを忘れている気がして、モヤモヤとした気分になる。
ふと、身体中に怪我をしていることに気が付き、驚いた。なにがあったのか、なにをしたのか、俺はちゃんと覚えている。
だが、わからない。なぜ俺はそんなに自暴自棄になっていたんだ?
カレンダーを見ると、今日はクリスマスだった。クリスマスにボッチとか、なにやってるんだよ、俺。
シャワーでモヤモヤとした気分とアルコール臭を洗い流し、髭を剃って、適当な服を着て外へ出る。スマホでボッチ仲間たちにメールを送りつつ、よく利用する居酒屋へ行くため、駅へ向かった。
街は幸せそうな恋人たちで溢れ返っている。視線を感じてそちらを向くと、黒い服の女と目が合った。どことなく悲しげに見えるが、見ず知らずの女に声をかけるのもためらわれ、すぐに視線を逸らして足を早めた。
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