第四章 進撃の魔王軍

十年に一度の戦争。最大のルールは攻め入る時間帯が限られている事である。魔族側には夜行性の生物が存在しその分夜の奇襲に有利だったり、人狼種や吸血鬼種などは昼間こそ人間以下の行動性能だが夜間は単体で武装した一個小隊程度なら狩ることが出来るほどの能力を持っている。この事が割れて以来、共和国の進言により夜間戦闘は無くなった。

 開戦は午前九時から午後六時まで。

 その話を聞いて零賢は「学校か会社かな」と冗談交じりに思ったが、過酷な戦場へ兵士として働きに出る魔王軍にとっては、仕事場も同じである。その事実を深くかみしめると笑う事は出来なかった。

「零賢様。こちらをどうぞ」

 下着姿にさせられた零賢には魔王服という物が与えられた。ズボンからシャツ。上着にマントに至るまでオーダーメイドで作られた。ズボンは機能性を重視しているのか綿に似た素材で編まれている。肌触りはいいが、外からの粒子を受け付けないらしい、対塵加工がされている。ベルトのバックルは魔王軍の証であるのか虫の頭部のような紋章が入っているごつごつした者が与えられた。第三十七魔王軍はジョージの影響もあってか蟲の種族が比較的多い。そのため三十七魔王軍の紋章が虫の頭部を象っていると侍女から説明があった。ズボンの上から関節を守る小さい膝当てを、太ももを守るための甲冑のようなものを装着させられた。ユリウスの表皮のように黒く、そして硬い。だが軽く、着けても重みをほとんど感じなかった。全身に装備するとなると重みで動けなくなる恐れがあるので零賢には一部の守るべき部位にのみこの防具を装着させるとの事だ。

上半身も綿製のシャツを着せられ、その上から白いワイシャツを着せられた。胸ポケットの所には魔王軍の紋章が入っている。軍服ではなく人型の魔族に支給される魔王軍の共通衣装である。布地はシルクのような肌触りだが動きやすく、伸び縮みする破れにくい素材でできている。おまけに発汗性もいいと来た。

 シャツの上からは本来ならば礼装としてジャケットを着るようだが砂漠に出ると言う事、相手が直接零賢に攻撃すると宣言している事を考慮して鎧が着せられた。体の横で前方部分と後方部分をくっつけるタイプで金具を四か所外すだけで零賢でも自由に着脱できるものだ。本来はもう少しがっつりとした物なのだが、非力な零賢が扱うという事で作成元のドワーフ族の団体が軽く、ある程度の頑丈性を持ち、着脱しやすいものを作った。

 マントは魔法防護の呪文がこれでもかと言うくらいかけられた、俗に言う『呪いのマント』と化していた。服としての性能は零賢の鎧の肩にある金具に装着して踝のあたりまである長犬のである。テーブルクロスにしても良し、カーテンにしても良し、布団にしても良しというだけあり重く丈夫な布でできている。黒を基調に帝国の紋章がど真ん中に大きく入っている。裏面には三十七魔王軍の紋章が上下に規則正しくたくさん並べられている。マントの重さは装着した零賢が後ろにのけぞり倒れそうになるほど。魔法的な機能は魔法攻撃を跳ね返す、鎧の強度を本来の数十倍まで高める、遠距離魔法攻撃を三回まで完全向こうにする防壁、術者の魔力を消費して行う完全ステルス、一回だけ使える逆召喚魔法などがある。

「零賢様が、あまり魔法が得意でないという話を聞いていたので……」

 このあたりの魔法は追加で侍女たちが徹夜でかけてくれたと聞いて零賢は深く彼女たちに感謝した。手には黒光りする手甲をはめて小説やゲームに出てくる魔王らしい恰好になった。

 最後に剣を渡された。召喚された魔王に与えられる宝剣。人を斬る事は出来ないが、権力の象徴らしい。ついでに魔王軍から持ち帰って売ってもいいとされる唯一の品である。長さは刀身も含めて三十センチほど。重さは一キロ弱ほどで持ち運ぶのに不便ではない程度。だが鎧とマントとの総重量を考えると零賢自身、少しでも重荷を外したかった。

「ダメですからね」

 剣を置いていこうとしたのを見つけて侍女が零賢の鎧の腰のあたりにあるホルダーに剣を固定する。

「はい、できました」

 完全にすべての防具と服を装備して零賢は姿見に写った自分を見た。物語やアニメ、ゲームに出てくる魔王討伐に出かける勇者のような恰好をした青年がそこにはいた。鎧の色や服の色こそ真っ黒だが、貫禄があり、戦場に出ても恥ずかしくない勇者の恰好だ。

「ありがとう」

 零賢は侍女に礼を告げると自室から廊下へと出た。

「ご武運を」

 部屋に残った侍女は頭を下げたまま零賢を見送った。廊下にはジョージとアルテンシアが待っていた。二人とも零賢と同じような格好をしている。

「行くぞレーケン。開戦だ。気張れよ!」

「レーケン様は私が命に代えても守りますからね」

 ジョージの力強い言葉が、アルテンシアの優しい言葉と微笑みが、不安だった零賢の顔から曇りを晴らす。

「はい」

 移動要塞ドーラ第三肢、と言えばよくわからないがドーラの前足、左側の前から二番目の周囲が兵士キャンプとして使われている。兵士たちの宿舎として使われていた塔を丸ごとドーラから降し、第三肢周辺に設置している。

 第三肢の第一関節は地上から五十メートル以上もある。そこに演説スペースともいうべき場所が設けられていた。零賢は内部から進みその場所に立ち上がる。地上五十メートル。手すりはあるものの吹き荒れる砂嵐で体が持って行かれそうになる。

「諸君!」

 拡声の魔法も使い、零賢の声はドーラ周辺に響き渡った。屋外にいる魔族、第三十七魔王軍の兵士達は零賢が出てきたことを察知して各隊ごとに整列した。

 零賢が選別した軍のほとんどは下級魔族と呼ばれる魔族としては戦闘力が比較的低い者だった。最大戦力である魔法使いは二人のみ。巨鬼兵は五百程度に抑え、小鬼族、ドワーフ族、スライム族をベースに動きが早く防御性能に秀でている蟲魔族、線路の無い場所での移動には最適な虫兵を多く取り入れていた。

「これより開戦だ。僕からの主な命令は一つ。勝て! お前たちは第三十七魔王、ジョージベルゼブブの下で培った経験がある。僕が授けた知恵がある。武器がある。兵器がある。魔法使いすら凌駕する技術がある。速度がある。火力がある。お前たちに、共和国に、共和国の強化人間程度に負ける理由が無い! 持っているモノの差だ。生物としても優れ、知能も有り、技術もあり、武器もあり、経験もある。そんなお前たちが負ける理由などどこにもない!」

 零賢は息を大きく吸い、魔王軍に再度命じた。

「命令する。この三日間、勝ち続けよ! そうすれば、帝国に繁栄が待っている!」

 下で整列している魔王軍から歓喜の声が、気合の入った唸り声が、鼓舞する兵の魂の叫び声が零賢の全身を震わせて来る。

 零賢自身もやる気に満ちた表情になり、昂る戦場の男の顔になった。

「いくぞおおおおお!」

 午前九時。開戦。それを告げるのは百人近い人数で構成された共和国、帝国両国で形成される審判員の鐘の音だ。

 戦場中央地点から鐘の音は響き、それを聞いた別の審判員が金を鳴らす。放射状に広がり最終的に両陣営まで届く寸法だ。

 鐘の音がかすかに聞こえた段階で零賢は指示を出した。

「スライム、第一番部隊から百五番部隊まで、『硬化』『整列』!」

 各部隊が開戦のために構える中、スライム族は文字通り一体となり、戦場の奥へ向けて二本一組の線路を五本、作り出した。

「土工事部隊、GO!」

 小型の魔導車両が三台、スライムが作り出した線路の上を滑るように駆け抜けていく。屋根の上にはダークエルフの魔法使いが立って待機していた。アルテンシアもその一人である。

 距離が取れたのを見計らって魔法使いの三人は大魔法を発動させた。

「行くぞ! オミカミオロシ・新地開闢!」

 アルテンシアの掛け声に呼応するように他二人の魔法使いも魔法を発動させる。走り続ける魔導車両の上でドーラの足の断面にも匹敵するほど巨大な魔方陣を展開させた。車両が走り抜けた場所はスライム達を避けるように整地が始まり、コンクリートで舗装したかのような大地になった。砂だらけの土地が岩盤のような強い土地へと改良されていく。

 ドーラが進むことが出来るのは強い地面の土地の上だけである。砂の上も強行突破が可能だが、長期間居座ると動けなくなりどうしようもなくなる。そのため、通る前には整地魔法という物を使ってドーラほどの巨体が通っても大丈夫な道に変えてから進むのだと言う。ユリウスは五百年以上前、帝国統一の段階で自らが通るであろう場所を整地していた。その技術は受け継がれ、ユリウスクラスの生物が居なくても魔法使いで出来る用になっていた。

 車両が通った後には二本の線がくっきりと残る、岩盤のように固く鏡のように滑らかなコンクリートのような整地された大地が残った。車両は戦場をどんどん進み、ドーラの足にいる零賢にも見えなくなった。

「グスタフに蒸気を入れろ!」

 零賢は魔導通信装置、『アンサラー』を片手に持ち、遠くに離れたドワーフ族の後方支援部隊に注文を出した。

 この戦、最大の盲点を突いた。

 帝国軍はドーラという巨大な要塞を持って居城として使って戦争を行う。ドーラを動かしているのは実質大魔皇帝ユリウス一人だが、整備となれば話が変わってくる。ドーラを整備するだけで何千という魔王軍兵士が携わっている。これは兵士にカウントされない。

 兵士にカウントされるのは一歩でも戦場に入った者のみ。ドワーフ族の大半はドーラ内部で機械の整備に回らせた。そのため、兵士として登録しているドワーフ族の五倍のドワーフ族を率いて零賢は戦争を行うことが出来た。

『アイアイ。キャプテン』

 ドワーフの族長は零賢から指示を受けるとドーラ一階部分の格納庫内に向けて叫んだ。

「蒸気を入れろ! 俺たちの息子の開戦だあああああ!」

 族長は一番中央に置かれたグスタフに登り、叫んだ。

「うおおおおおおおお」

 格納庫を揺るがすほどの咆哮が響きわたる。その声は遠く離れた零賢にも届いた。

「いいぞ。いいぞいいぞ」

 虫騎兵も巨鬼兵も小鬼兵も蟲も、全員すでにドーラの足元から去って臨戦態勢を取っていた。零賢もドーラの足から下に降り、状況把握に努めた。アンサラーは親指ほどの大きさの木製の箱だ。黒塗りにされていて、二つで一つ。トランシーバーに似て同じ紋章が描かれた端末同士でないと通信が行えないという弱点がある。そのため零賢は自室に各部隊の数だけの端末を置いてアルテンシアの魔法により一つの端末に集中できるように整備してもらっていた。

「こちら本部。土工事部隊はどうなった」

『こちら土工事部隊アルテンシア。もうすぐ共和国軍の領地へ入ります』

 相当奥まで行ったことになる。零賢のプランでは戦場の六割まで整地できれば上出来だったが、ここまでくると勝ちどころか即日終了まで見えてくる。

『な、なんだアレは!』

 だが突然、アルテンシアの素っ頓狂な声が飛んできて事態は一変した。

「どうした!」

『きょ、巨大な、なに、あれ』

 アルテンシアは驚きで言葉を失っている。

「何を見ているんですか! 答えてください、アルテンシアさん!」

『ドーラより大きい、生き物がいます! アレが共和国軍の移動要塞です!』

 零賢は度肝を抜かれた。ドーラより大きい生き物がいる事もそうだが、栗塚がそのような生物まで手懐けていた事にだ。

「天宮陸亀」

 栗塚が言っていたマーリンの遺産の一つである事はすぐに理解できた。

「アルテンシア。そいつは前に言ったマーリンの遺産だ。全員すぐに撤収するように伝えろ!」

『は、はい!』

 その後すぐにドーラの足へ逆召喚陣が三つ現れ、魔導車両が三台とアルテンシア、運転手が全員無事で帰ってきた。長距離を短時間で走ったためか、タイヤがボロボロになっている。スライムの上を走ったせいもあり、車体には削れたスライムの破片がこびりついていた。

「スライム! 散会!」

 零賢の号令に合わせて合計十列に並んだスライム族は戦場に散らばった。最初の役目は線路。次の役目は地雷だ。向こう側の兵士に踏ませ、動きを遅くする。

 舗装された大地には十本の線が綺麗に並んでいた。だが時折見ると左右につながっているところや曲がっている場所が何か所もある。特にドーラ側の一番手前の通路は縦横無尽になっているし、アルテンシア達魔法使い組が通らなかった一番外側の道は脇道だったり横に入ってくる通路が多かった。

「あれでいいのですか?」

「あれでいいのさ……そろそろ三十分かな」

 零賢は時計を見た。三十分。三十分だけ待つと栗塚は言っていた。そして三十分経ったら直接攻撃すると。零賢は一つの予想を立てていた。

 遠距離砲撃を使うとするとドーラ内部に逃げ込まれた場合、どうしようもない。ドーラを破壊する事は共和国でマーリンの力を持っている栗塚と言えど、無理であると零賢は判断した。なにせあのマーリンですら、大魔皇帝ユリウス・ルシフェルを殺すことはできなかった。現在彼の足として、鎧として動いている移動要塞ドーラを壊せるほどの力があるのならばすでにユリウスは死んでいないとおかしくない。

 だとしたら、考えられることはただ一つ。

 召喚魔法による直接攻撃だ。

 時計の秒針が三十分を告げたと同時に零賢の周囲には召喚陣が四つ現れた。中からは黒いローブを纏った人間がそれぞれの召喚陣から一人ずつ現れた。手には巨鬼族と渡り合えるほど大きい刀を持っていた。

 召喚魔法とは対象の地点の空間に穴を開け、そこを通す事で短時間で長距離を移動する、所謂ワームホール移動論と同じ物である。最大の欠点が、同一の召喚陣からは同時に行き来できないという事。仮に出てきたモノを逆に押し返して元居た地点に送り返そうとしてもできない。できないどころか出口を塞いだだけで召喚魔法の中に組み込まれた空間を捻じ曲げるほどの重力場に捕らわれて何人たりともバラバラになって死んでしまう。

 召喚魔法とはそれほどまでに扱いが難しいものだ。

 召喚魔方陣がゲートとなって中から出てきた刺客は次々に零賢に襲い掛かってきた。

「俺様! 参上!」

 だが直上から降ってきたジョージがその進撃を止めた。土煙と爆音。衝撃波があたりを襲う。砂煙が舞う中でも刺客たちは零賢を殺そうと切りかかった。

 だが、零賢のいた地点には誰もいない。代わりに立っていたのは制服姿のジョージだった。

「現役魔王相手に強化人間か。こいよ人類。俺を、魔王を、魔族を殺してみろ!」

 鋭い斬撃がジョージの背後から放たれて肩から背骨を通り腰骨までを一刀両断にしようとした。しかし刃は肩の段階で弾かれた。

「ぬるいな」

 背後から襲ってきた黒いローブの人間を蹴り飛ばす。威力が高すぎたのか、人間の体構造が脆かったのか、そのままジョージの右足は人間の腹を貫いた。そして一気に股まで蹴り落として下半身を縦に割いた。

 次は同時に背後から切りかかられた。しかしそれを受け流すように右手で払いのけ、そのまま左腕で相手の頭部を掴み、握りつぶした。左から切りかかってきた人間はジョージの左足の蹴り上げにより両腕を吹っ飛ばされて大量出血しながら悶えていた。

「おう。最後の一人だな」

 残された一人は刀を構えてジョージに向かい合ったが、戦意は完全に失われていた。膝はこれ以上ないほどの大爆笑を起こし、殺気どころか覇気も失っている。

「ま、まだまだ増援は来るぞ!」

「それは来ない。もうゲートはふさいだ」

 ジョージが右手の親指で背後を指さした。ゲートが開いていた地点。召喚陣の上には別の魔方陣が設置されていてゲートの向こう側から人が出れなくなっていた。

「な……」

 つまり、向こうから来ようとしていた増援はゲート内の空間でバラバラになっている。

「うちのアルちゃんが優秀だからねぇ。そういうの得意なのさ」

 ジョージはへらりと笑いながら一歩一歩震える戦士に近づいた。

「こ、こんなところでええええええええ」

 黒いローブの戦士は左手で隠し持っていた注射器を取り出し、胸めがけて適当に刺した。ジョージがそれを止めたときは時すでに遅し。針は体内に深く刺さり、透明な液体が男の身体に吸い込まれていった。

「こ、これで、おまえら、しね!」

 男の目は真っ赤に血走り、顔面の露出している部分は燃えるように赤い色になった。そして頭部が爆発した。中からは黒い触手が出てきた。それも何本も。

「おいおいマジかよ」

 人間の頭部を食らい、学習能力を得た海魔族。宿主だった人間の身体を食べて体構造を学び、それに沿った形状の身体を作り出す。転がっていた死体と腕を切られた人間兵も触手でからめとり、背中に開いた大きな口からバリボリと音を立てながら食べてそいつは動き出した。この間僅か一秒にも満たない。高速で動き出した海魔族を前にその捕食をジョージは止める事が出来なかった。

 丸い頭部。二つの眼球らしき物体と顎の無い口らしき器官を作った海魔族は、ジョージを発見して次の捕食対象とみなした。

「これだから海魔族はああああ!」

 襲い掛かる触手をまとめて蹴りだけで切り飛ばし、海魔族に対抗しているがキリがない。

「くそぅ。こんな格下相手に人間形態捨てなきゃいけねえのかよ」

 ジョージは本気をだして指先から徐々に変化を始めた時だった。海魔族が一瞬で三枚おろしにされた。

「触手ごときにこの程度とは。魔王が聞いてあきれるわ」

「遅ぇよ」

 日本刀を携えたアルテンシアが海魔族の後ろに立っていた。腕のパーツと胴のパーツの計三つに分断されたはずの人型海魔族はそれでも尚動き、互いをくっつけようとしていた。

「こりゃあ処分するのに骨が折れるぞ……」

「そもそもあなた外骨格じゃないですか」

「その話はやめろ」

 ジョージとアルテンシアが海魔族もとい奇襲兵を殺処分している間にドーラ内部ではグスタフの発進準備が出来ていた。

「ステルス解除……これは使えるぞ!」

 突如整備室のど真ん中に現れた零賢に整備担当のドワーフ族と小鬼の集団は驚いた。だが、驚いて作業を止める暇など彼らには与えられていない。

「グスタフはどうだ。出せるか?」

「もちろんでさあ!」

「ならば出撃! 戦場を駆け抜けろ!」

 ドワーフ族の、小鬼族の、巨鬼族の、虫騎兵の鼓舞がうねりとなってグスタフ整備場を震わす。ドーラの最下部ハッチが開き、先ほどアルテンシア達が整備した場所まで硬化したスライム族が道を作る。

 そして、この世界に初めてとも言える動力を持ったバケモノが走り出した。

「いけ、グスタフ!」

 蒸気機関車。

 蒸気のけたたましい警笛を鳴らして発車した三台のグスタフは戦場に入ると同時に加速しだした。スライムの道はグスタフとその貨車の重みで通過後はボロボロになって崩れ落ちた。

 黒い槍をイメージして頭の形を作られたグスタフ。直方体の滑らかなボディに先頭は刃物を彷彿させる鋭い三角系になっていた。

 先頭を走る三台のグスタフに続き、二台のグスタフもゆっくり進みながら戦場へでた。二台はドーラ前に敷かれたレールの上をゆっくり走り、ドーラに並行するように停車した。貨車は五台。その三両目の屋根が開き、長い砲身を露わにした。

 列車砲。移動可能な砲台として使われていた事もあったが、その実用性の無さから地球の歴史からは姿を消した遺物である。それを零賢が作らせ、運用しようとしたのには理由があった。

「戦車が無いからね。その代りだよ」

 行く行くは戦地のど真ん中にまで出て戦う砲台として利用するつもりだった。当初、搭載する予定だった超遠距離砲は重さと長さと運用の難しさからそのままドーラに移植された。代わりに旧式で軽く、射程も短く反動も小さい砲台がグスタフ二台に積まれることになった。

 先頭を走るグスタフ三台はすぐに戦場の真ん中までたどり着いた。貨車はこちらも五両編成。中には兵士と虫騎兵が走る。グスタフのスピードは時速百キロを優に超えていた。

「ハッハアアアア。こりゃあ最高だああああ」

 グスタフ一号機に乗るドワーフは動力車両の窓から身を乗り出して外を見ていた。徐々に戦場の共和国側に行くにしたがって、雲行きが怪しくなってきた。

 巨大な影が十個以上。のそのそと近づいてきている。

「な、なんだありゃあああああああ」

 巨象、ガーネシアン。

 世界の土台だったといわれている巨象でその大きさは動物園の象よりも大きいマンモスよりも大きかった。全高はグスタフの三倍。横幅はグスタフの二倍。全身を赤い皮膚と黒い体毛に覆われて長い黄金の牙を持っている。人間兵が上に乗り、砲台を両方向に三門ずつ、計六門を備えている。

『ば、バケモノが出たあああああ』

 グスタフ各車両から一斉に連絡が入ったが零賢は引きつった笑みで応えた。

「速度を増せ。限界までだ。そのまま突っ込め!」

「もっとだ! もっとスピード上げろおおおおお」

 運転手のドワーフが叫ぶと炉にドワーフ特性の過熱材が入れられた。マグマ玉と呼ばれるそれを投入する。野球ボールほどの大きさだが一度熱されたら長時間にわたって人を自然発火させるほどの高温を出し続けるバケモノである。

 マグマ玉が投入され、グスタフ一号機はさらに速度を増した。それを見て二号機、三号機も続いてマッグを投入した。

 道を整備すればそれを通って共和国が攻めてくる。そんなこと零賢にとっては予想の範疇もいいところだった。問題は巨大な神話生物を使ってくること程度。

「なんのためのグスタフだと思う。証明しろ。魔法使いより優秀だと!」

 零賢は戦場を見つめたままアンサラーを握りしめた。

「突っ込め!」

 質量差があるように見えるが後部車両も含めればどっこいどっこい。

 グスタフ一号機はトップスピードでガーネシアンに突っ込んだ。

ガーネシアンの鼻の薙ぎ払いを食らうも、グスタフが速すぎてガーネシアンの鼻は弾かれて引きちぎれる。そのままスピードを落とすことなく線路に鎮座するガーネシアンの右前脚をことごとく破壊し、グスタフ一号機はさらに戦場を駆け抜けた。

 破壊されたガーネシアンの悲鳴が響き、切断された右足から血の雨が降る。黒いグスタフは真っ赤に染まり、赤い弾丸となって戦場を駆け抜けた。

『こちらグスタフワン。ガーネシアンを突破したああああああ!』

「よっしゃあああああああああ」

 零賢はアンサラーを握りしめてこれ以上ないくらい喜んだ。

 だが、その次に入ってきた情報は手放しに喜べるものでは無かった。

『こちらグスタフツー。ガーネシアンの鼻で車体に穴が開いた。走行に問題は無いがこのまま戦うと非常に危ない』

『こちらグスタフスリー……すみません……ガーネシアンにやられました貨車は切り離して無事ですが先頭車両が脱線して横転しています』

 真っ先にマッグを投入したグスタフワンのみが突破し、残り二つは芳しくない結果となった。

『グスタフツー。少し行ったところに停留スペースがある。そこで兵を展開。整備員は緊急で修復作業を行え。グスタフワン。分岐点から三本左の線路に入れ。グスタフスリーの隣に着けて修復作業を行いつつ、兵を展開しろ。グスタフスリーはその場で兵を展開。そこを本拠地として今後戦を行う』

 本当ならば敵の本陣、天宮陸亀の足を破壊して戦争を終わらせたかった零賢だが世の中そううまく話しは進まない。

「ここからが本当の戦争だ」

 零賢は心してかかった。初日の戦いでけりをつける事は出来ない。しかし今日、相手の戦力を削り取らなければ明日以降負ける可能性は濃厚だ。ジョージという魔王が処分にてこずるほどの生命力を持つ改造人間と海魔族のハイブリッド。グスタフですらトップスピードを出さないと倒せない神話生物ガーネシアン。そして、それらを操るマーリンの遺産を手に入れ天才、栗塚重蔵。相手にとって不足なしどころかこちらの不足がありすぎて困るレベルの代物だ。

 だがそれでも、零賢は負けるわけにはいかない。

 死ぬわけにはいかない。

 生きて勝って、友里を助けるまでは。

 零賢の指示で残りのグスタフ二台も移動を開始。ガーネシアンを捕捉できる距離まで近づいて遠距離からガーネシアンを砲撃した。

 グスタフツーとグスタフワンは互いに平行になるように止まり、ドワーフ族が総出で車体を起こして修繕作業を行う中、巨鬼兵と虫騎兵、甲虫魔族が人間兵と真っ向から白兵戦を始めた。ただの人間兵はガーネシアンの操作と上から大砲を使い攻撃を行い、改造兵たちは仲間の砲撃に当たりながらも死ににくい丈夫な体を活かして突っ込んでくる。しかし空から降ってくるグスタフフォーとグスタフファイブの砲撃の雨にはガーネシアンも成す術無く頭部を破壊され死ぬ個体、足を折られて動けなくなる個体などが出始めていた。ガーネシアンの鼻による攻撃は単純だが強力だった。虫騎兵が当てられればはるか彼方へ吹っ飛ぶほど。上に乗っている悪魔族の戦士は瀕死の重傷を負わされていた。騎兵の蟲の方も外骨格を陥没させられて命を落とす個体が続出した。

 形成が逆転したのはグスタフツーの存在だった。

 駅と呼ばれる格納庫を地下に作ってもらい、そこでグスタフツーは修復作業を行い出撃の時を待っていた。岩に擬態した出入り口を発破し、グスタフツーは戦場へと弾丸のようなスピードで突入する。背後からの一撃。ガーネシアン三頭をなぎ倒し共和国軍の損失は二割を超えた。

 そこに砲台貨車を降ろしたグスタフフォーとファイブも参入し、更にガーネシアンの群れと海魔族の群れをなぎ倒しに入る。

 突撃列車グスタフ。

 その真価は魔法を用いずに召喚魔法のように大量にかつ素早く人員を遠くに移動させる事と、魔法を使わずに巨大生物を殺す事にあった。

 その価値が今、戦場で証明された。

 整地という行程こそ必要だったがはじめ、五十頭近くいたガーネシアンは二十まで数を落とし、強化人間の兵も半数近く数を減らしていた。地上でうごめく海魔族はグスタフがひき殺すことで動きを止めていた。

 午後六時。終焉の鐘が鳴り響く。初日は勝つことが出来た。

 帰ってきたグスタフを見て、その消耗度合に零賢は驚いた。

 車体は傷だらけで車輪はガタガタ。中の生物がよく生きていたというレベルだ。兵士たちは皆勝ち誇った表情をしていたが虫騎兵を多く失ったのは相当の痛手だった。

 翌日に備えて初日の戦果の確認、敵戦力の再認識などを部族長会議で行った。目下、問題にすべきは海魔族だった。

「連中は火に弱い」

 結局はアルテンシアの炎魔法で強化人類海魔族を焼き殺したジョージがそう言った。

「切ってもなかなか死なねえからな。燃やせ燃やせ」

 切っても殴っても叩いても死なない。アメーバ-などの原生生物に近い体構造を持つ海魔族は燃やしてしまえばいいのではないかという結論に至った。尚、現在北極海で海魔族討伐を行っている四天王軍は海魔族に『食われる前に食え』というとんでもない思考で戦っているのだがそれはまた別の話。

 すぐにグスタフに改造が施されて炎を纏うようになったのは言うまでもない。加えてガーネシアンも象なのだから食べれるのではないかという会議に至った。

「取って来たぞ」

 試運転がてらグスタフを走らせ、ガーネシアンの死体を引きずってきたドワーフ族はすぐに切り分けて解体し、焼いた。

「うまいな」

 零賢は一口食べて感想を口にした。歯ごたえがあるが柔らかい。ステーキとして売っても問題ないレベルだ。ただし少し臭みがあるのでハーブ漬けにするとおいしいかもしれない、と言った数時間後の晩飯にガーネシアンのバジルステーキが出てきた。

 ガーネシアンには真っ向から突っ込むのではなく、横から突っ込む方が効果的である事。そして斬撃に非常に弱い事が判明したためグスタフもそれに合わせて改造が施された。

 改造と言ってもドワーフ族の趣味と零賢の予測であらかじめ用意されていた予備パーツと元のパーツを取り換えるだけの作業である。

 一晩経って生まれ変わったグスタフは車輪が無かった。

 その代わりにキャタピラが装着されていた。

「これじゃあ速さが足りねえよ!」

 初日で速さと殲滅性は実証できた。しかし今必要なのは士気である。

「お前ら! うまい肉が食いたいか!」

 零賢の呼びかけに魔王軍は正直だった。

「食いたい!」

「だったらガーネシアンを殺して来い!」

「おー!」

 神話生物を食べる。いかにも魔王軍らしい振る舞いである。

 二日目の開幕の鐘が鳴る。蒸気を溜めたグスタフは猛スピードでドーラを離れていく。しかし昨日のスピードには及ばず。着実に大地を蹂躙するように動いていた。


 零賢達魔王軍が初日と二日目で軍や武器に改良し、隠し玉であるキャタピラを投入したように共和国軍もまた、隠し玉を投入した。

「うがあああああああああ」

 研究室の一角。コンクリートで固められた分厚い壁の奥で、彼女は獣のような声を上げていた。身には何も纏わず、手足は太い鎖で繋がれている。手首と足首には無理やり逃げ出そうともがいた時の傷なのか、赤い痣が出来ていた。

「出番だ。春風友里」

 栗塚は鎖で繋がれてよだれを垂らしながら吠える友里に近づいてそう告げると友里は途端におとなしくなった。

「君の好きな人を探してくるといい」

「れいけえええええええええん」

 栗塚が杖を地面にトンと突くと鎖が一瞬光り、友里の身体から外れていった。マーリンの鎖と栗塚が呼んでいるこの拘束具は術者が命じるまで、どんな生物でもつなぎとめておけるアイテムである。腕を引きちぎって脱走することも、鎖を引きちぎって逃げる事も、壁を破って突破することもできない。対象の力を封じ込める役割もある。

 力を開放された友里は壁をぶち破り、準備室へと向かった。

「はあ。アレじゃあユリウスを殺させるのは無理そうだな……」

 

 戦場を独走するグスタフ三台の先頭車両は突風のように、弾丸のように戦場を反対方向に駆け抜ける謎の物体を目撃していた。

 その直後、ドーラ前に駐機していたグスタフ二台とその貨車は吹っ飛ばされた。距離にして数キロは離れていたがグスタフワンからの通信が届く前にグスタフフォーとグスタフファイブは宙に舞った。

 その様子を見て、誰もが唖然とした。持ち上げる事など無理に近い。ドーラ内のクレーンを使うか巨鬼族とグスタフ内臓クレーンを使う事で別のグスタフを持ち上げる事が出来る程度だ。

 そんな巨体グスタフを、二台も、空中五メートルまで打ち上げるほどの力を持つ生物がドーラ前にまでやってきた。

 まばゆく光る銀の鎧に、ドーラも貫けそうなほど巨大な円錐状の槍を持った騎士。それはまさしくおとぎ話などに出てくる国の危機を救う騎士のような恰好をしていた。


「れえええええけええええええん! あいにきたよおおおおおおお」

 怒声とも奇声とも悲鳴ともわからない叫び声をあげてドーラの足元でグスタフ指揮官に指示を出そうとしていた零賢は茫然としていた。

 アレはなんだ。

 突然自分の名前を言った生物に、零賢は心当たりがあった。

「ゆ、ゆっこ?」

 姿形さえ違えど、その声は、その言葉は、零賢がよく知っていた。

「ど、どうしたの? だってユッコは風邪をひいて」

 ここまで思い出して零賢は理解した。

 友里は風邪などひいていない。

 栗塚によって、このように作り変えられていたのだ。

 槍を構えて突っ込んでくる友里に零賢は危機感を覚えた。グスタフを吹っ飛ばしたのはあの槍だと確信した。グスタフの停留していた場所には大地を抉って下から持ち上げて吹き飛ばしたような跡が残っていた。あれを直撃すれば死ぬとかそういう事抜きに挽肉になる。零賢の全身が逃げろと命令を出すがうまく動かない。

 そこに空から降ってきたジョージが割って入った。

「おいおいうちの総大将に手ぇだすんじゃねえよ」

 鈍い衝突音が、鋭い衝撃波が、大地に響いた。

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