第5話 封印


@1

「才乃ちゃん!」

天の叫ぶ声は暗闇の中に溶け、隣にいるはずの才乃にすら届かない。

そもそも、失明したと錯覚するほどの暗黒の中では、一歩先の状況さえ分からない。

微かな光も、音も鎖された空間。

その中でただ待つことしかなくうなだれる。

「才乃ちゃん!どこ!?聞こえないの?才乃ちゃん……」

「残念ながら隣にいたはずの君の友達は攫わせてもらったよ」

突然聞こえる声、その瞬間に周囲の闇がほんの少し薄くなる。

天の視界の先には闇に同化する真っ黒な衣装を纏うヨハン。

天は即座に臨戦態勢をとる、相手の能力が解らない状況ではうかつに動けず

相手の行動をじっと見守る。

「宮原天。君に与えられた選択肢は二つ。僕たちと一緒に来るか、ここで永遠の闇に鎖されるか」

その言葉に思考する刹那、ヨハンが動く。

「でも君はどうせおまけなんだ。死ぬ前に応えればいいよ」

ヨハンの背後が歪む、そこから出てくる四つの影。

薄暗い中で、微かに認識できる朱、黒、蒼、白の馬を駆る騎士の姿をしたモノ。

異質で不気味な雰囲気を纏う狂気の騎士。

ヨハンの能力『殺戮騎士』によって呼び出された最悪の存在たち。

天はその悍ましいほどの迫力に気おされながらも、気丈にふるまう。

「私の能力なら全部消せる」

その言葉に肉薄するヨハン。

「やれるものならやればいいけど、触れた瞬間に死なないようにね」

嘶きと共に駆けだす馬と四体の騎士。

白の弓矢が闇を切り裂き、朱の剣が血を断つ。

黒の天秤が計る絶望、蒼の戦斧が奪い去る希望。

四つの魔物は異能力により生み出された存在なのだろうか。

迫りくる狂気を眼前に捉え、天はそんな考えを脳裏に浮かべてしまった。

間違いなく異能力によって生み出された、そう思う反面ヨハンの言葉がやけに引っかかる。

悠長に志向している暇はない、すぐそばまで迫る蒼と朱の魔物に向かって咄嗟に手を突き出す。

振り下ろされた剣が天の手に触れた瞬間に消え失せる。

地面ごと抉る戦斧も同じく、天に触れた瞬間に消え失せる。

「やっぱり虚言」

確信した天はすぐさま一番近くにいた黒の魔物に手を触れる。

しかし、天が思いもしない出来事が起こってしまった。

確かに触れたはずなのだが、黒の魔物が消え去る気配がない。

『潰えよ』

悍ましい響きがしたと同時に、天は大きく吹き飛ばされる。

『我は荒廃と飢饉の黒エピデミック。その幻だけが己の剣ならば、我を打ち負かすことなど不可能』

狂気の権化、立ちはだかる脅威は想像以上に強大だった。

「なんで……」

「だから言ったじゃないか。触れた瞬間に死ななくてよかったね」

嘲笑うヨハン、どうしようもなく座り込む天。

一縷の希望を覆いつくす絶望。

大地を震わす蹄の音、黒の魔物は天の眼前にて立ち止る。

『世界に混沌を、荒れた世界の訪れを。絶望に包まれよ』

天の視界が再び闇に包まれた。



@2

「天!どこ?天!」

才乃は闇に向かって叫ぶ、もちろんその声は天には届かない。

「藤崎才乃。久しぶりだな」

暗闇からの声の方向目掛けて『ミスティルテイン』を放つ。

それが命中したかも確認せずに、続いて『レーヴァテイン』を発動する。

無数に降り注ぐ剣たちを目視することはできないが、才乃は確かに存在する剣を一つ地面から抜き握りしめる。

「……相変わらず乱雑だな」

「だれ?知らない」

暗闇から聞こえるその問いかけを気にすることもなく、今度は『ブリューナク』を発動し、声に向かって一切休むことなく放ち続けた。

いくつもの弾丸が暗黒に消える、冷気が周囲を包むころ、才乃は自分の周囲が微かに明るくなったことに気が付いた。

周囲を埋め尽くす無数の剣、所々に凍り付いた物も見受けられる。

しかし、ぐるりと周囲を見回しても、声の主は見当たらない。

「まず一つ」

聞こえたその声ははるか頭上から。

直ぐ眼前に降り注いだのは巨大な翼を持つ男オズワルド。

巨大な鈎爪のような形をしたその翼を認識した直後、才乃はその翼に大きく弾き飛ばされる。

「お前は覚えていなくても俺が知っている。お前への憎しみを、恨みを、怒りを!」

身に覚えのない感情を向ける一人の男を見つめながら、才乃は再び『ミスティルテイン』を放つ。

「そんなもの……」

翼を盾代わりに体の前で交差するが、翼に着弾した瞬間に爆発する。

闇を吹き飛ばしてしまうかというほどの爆風が吹き荒れるが、それでも涼しい顔をしてオズワルドはそこに立ち尽くしていた。

「お前に……その程度の能力に比較され、蔑まれた俺の感情をお前に思い知らせてやる!」

怒りを体現する怒号に怯む才乃、一瞬でその手は巨大な竜爪に変化する。

「侵されろ!苦しめ!そのまま死に晒せ!苦殺の毒竜ファフニール

「下らない」

微かに漏れた言葉、動き出した才乃。

オズワルドが目にしたのは何の特徴も見当たらない一振りの直剣。

お互いの殺意がぶつかる暗黒の中、同時に駆け出す両者は相手を殺すために得物を振るう。

ぶつかり合う狂気が互いに命を削る。

「私は……」

「俺は……」

一方的な憎悪というその理不尽に真っ向から立ち向かう才乃。

しかし、胸の奥にかかる靄が殺意へ干渉する。

悪意にさらされて生きてきた、忌み嫌う過去の記憶が邪魔をするのだ。

忘れて痛い記憶、思い出さなければいけない記憶。

「あなたは誰?」

ぽつりと零れたその言葉に、オズワルドはほんの一瞬だけ、才乃が気づかないほどに短く悲しげな表情を浮かべた。

それでもオズワルドは少しも手を休めることなく才乃を殺すべく力を振るう。

毒爪が才乃を引き裂かんと迫る、それを剣で弾くと空かさず蹴りを放つ。

問いへの答えは無意味だと知っている、だから終わらない闘争。

ただただ一方的な憎悪をぶつけるために来たのだから、行き場のない憤怒を殺意へと変えて、どうしようもない感情の中で決意したのは誰も望まなかったはずの答え。

「この力も、その力も……俺も、お前も……誰かの都合で作られた人形なんだよ。だから俺は、全部否定してしまうためにここに来たんだ。全部壊すためにお前と戦ってるんだ」

言葉が紡がれ、思いもしない事実が告げられる。

しかしそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、才乃はただひたすらに無表情を通した。

耳を傾けるな。

鵜呑みにするな。

でも……事実だったら?

私のほかにも……

ぐるぐると巡る思考を振り払った才乃の目の前には竜がいた。

悲哀に満ちた瞳の先に才乃を捉え、世界を震わす咆哮が響くと、竜は羽ばたき舞い上がる。

はるか上空より見下ろすそれは、口を大きく開けると灼熱の火炎を吐き出した。

暗黒でメラメラと光るその中で、才乃はただただ立ち尽くしていた。



@3

果てしなく広がっているはずの暗黒にぽつんと灯る明かり。

そこには険しい表情をしたカリオストロがいた。

「この能力……視覚だけじゃなく聴覚、嗅覚も阻害できるのか……全く、相変わらず台本通りが好きなのか?」

錬金術による鉄槍、それが形作られるや否や目標へと加速する。

それをいとも容易く受け止めて、カリオストロを睨むアンノウン。

「カリオストロ……単刀直入に言う。私と来い」

「断る」

予想通りの返答、それに対して一切表情を崩ずに言葉を続ける。

「力を得たんだ、行使しなくてどうする?お前はつく……」

言葉を遮るように放たれたのは人間一人を簡単に潰してしまえるほど巨大な鉄槌。

「正しい力の使い方も知らないガキが生意気に……失せろ!でなければ消す」

カリオストロの放つ尋常じゃない殺気に当てられてなお、表情を崩さないアンノウン。

「黙示録の喇叭がすべて吹き鳴らされた後、世界はどうなると思う?」

その問いに答える気がないカリオストロは鉄槌を振り下ろす。

地面が揺れ、大地が割れる。

狙いすまされた一撃がアンノウンを確実に捉えたかに見えたが……。

異変が起きたのは直ぐ後、空を切り裂く羽音が辺りを埋め尽くす。

「知ってるだろう?私の能力……そんな鉄屑ごときで潰せるわけがない」

アンノウンの周囲を囲むのは蝗の大群。

勿論ただの虫けらではない、能力により再現された災厄の使者。

森羅万象を喰らいつくすまで進軍を止めない、全てを無に帰す破滅の皇。

「お前らが何を考えてるかなど容易に想像がついていた。野放しにしていたのは何時でも潰せるから……ただ、今は後悔しているよ。さっさと潰しておけばよかったとな」

次々に錬成され、様々な形を成す鉄器。

迎え撃つのは蝗の群れ、錬成され続ける無数の鉄器を喰らい続ける。

錬成されては喰らいつくされ、圧倒的にアンノウンの能力が有利かと思われた。

しかし、一匹の蝗が破裂すると連鎖し、あっという間にすべての蝗が消え去った。

鉄に混ぜたESP阻害粒子。

それは、カリオストロが自らのESPから錬成する物質。

ESPを消し去る天の能力を模して造りだしたオリジナルの物質である。

その毒入りの撒き餌に食らいついたが最後、ESPによって生成された蝗は自己崩壊を起こしたのだ。

「虫けらの群れごときに消されると思っていたか?」

「なるほど……偉大なる錬金術師の本領発揮か……ならば」

『災厄』たった一言、二文字に凝縮された絶望の権化。

それこそが│正体不明アンノウンと呼ばれる、呼ばざるを得ない彼の能力。

なぜなら、彼が降り立った戦場には生存者が一人すらも残らない。

そして、彼の姿さえも一瞬のうちに消えてなくなる。

故に……。

「ならば……その災厄の力で儂を消し去るか?」

カリオストロは眼前の存在を敵だと認識したようだ、仰々しく広げた腕から徐々に形作られるのは巨大な槌。

より巨大に、一撃で全てを消し去るために。

「どちらが先に潰れるか……勝負だ御使!」

「その腹立たしい身体ごと消し飛ばしてやる」

二つの強大な能力のぶつかり合い、大地を揺らす衝撃と暗闇を消し去るほどの閃光。

一瞬の出来事の果てに、そこに残るものは……。


@4


数多の選択の果てに、予測しえなかった事象が待ち構えていたとしても、運命だとかいう理不尽に塗りつぶされて御終い。

そして今回の勝者は……。

「下らない意思に踊らされた結果、対立の道を選ぶならこうするしかない」

いつからか晴れた暗黒に一人立つのは、正体不明アンノウン

見下ろす先にはたった一つ、小さな匣。

それは、九十九一が残した遺産の一つ。

『能力者を封じる匣』

神話で語られる絶望を垂れ流した匣、希望だけを残して閉じられた匣。

『パンドラ』

今そこに封印されているのは、カリオストロ。

偉大なる錬金術師は、負けた。

その事実は箱庭学園の敗北を意味する。

「次は……藤崎才乃」

そう呟くとアンノウンの周囲が歪む、巨大な渦に体が丸ごと飲み込まれたと思えば、次の瞬間には火炎に巻かれる視界。

眼前には正しく次元の違う戦いを繰り広げる二人の天才。

巨竜の咆哮が空間を揺るがす、憎悪と悲哀に満ちたそれにアンノウンさえも怯む。

才乃は次から次へと神話に語られた武器を創造し、巨竜に向けて解き放つ。

凍てつく氷山を生成する『凍土の支配者ブリューナク

無数に降り注ぐ剣『終焉を告げる姫君レーヴァテイン

空間を引き裂く程の爆発を巻き起こす『神を振払う枝葉ミスティルテイン

そして……。

才乃が一番最初に再現させた最凶の神器。

二本一対の邪悪なる輝き『祈り屠る牙ダーインスレイヴ

何度も、何度も繰り返し行ってきた殺戮のシミュレーション。

確実に標的を狙い、切り裂く刃。

自由に動き回る二本の剣は縦横無尽に駆け回り、確実に巨竜を斬りつける。

それでも、全くダメージを受けた様子のない巨竜相手に、少々焦りを滲ませる才乃。

一切の躊躇ない破壊行動、それを正面から受け止め砕く巨竜相手に焦らずいれるわけがない。

「鬱陶しい!落ちろ化物!落ちろ!落ちろ!落ちろ!」

もはや作戦も何もない、がむしゃらな攻撃の連打。

ふと才乃は思い出す。

眼前の竜と、記憶の中の竜。

そしてもう一つ思い出す最後の物語。

「そう、もう考えるのはやめよう。そうだ……そうなんだずっと……」

そして噛み殺した言葉の果てに見つけた答え。

「私の能力はずっと、破壊することしか能がない」

悪しき奇跡ティルフィング

発現させたのは一振りの剣。

しかし、その剣が纏う力は異質。

その性質は……。

「たった三つの願いを叶え、使用者に死の呪いを与える剣」

ティルフィングを握り跳躍、一気に巨竜の元までたどり着く。

そして、素早く薙ぎ払われた剣が巨竜の左翼を切り落とす。

完全に油断していたのだろう、怠慢な動きをしていた巨竜は地に落ちる。

「一つ目」

才乃は着地と同時に駆ける、一直線に巨竜へと加速する。

剣の切っ先が巨竜を捉える寸前で、巨竜の身体は収縮する。

そして現れるのは一人の少年。

オズワルド。

寸でのところで攻撃を回避し、飛び退くと才乃を睨む。

「藤崎才乃……お前には、お前には負けない!」

「そこまでだオズワルド……こちらは終わった」

激情に駆られたオズワルドに声をかけるアンノウン。

そして、自らの手に乗せられた小さな匣を差し出す。

「アンノウン……それがパンドラ。カリオストロの封印に成功したんだな」

その不穏な言葉に今一度オズワルドとの距離を詰める才乃。

そして振るわれるティルフィング、対するは災厄の能力を有するアンノウン。

ぶつかる破壊と災厄の力……。

その勝敗は簡単に決する。

消え去る刀身、やはり災厄の能力は異常であった。

この瞬間に、才乃の敗北が決まってしまった。

匣が開くと才乃の視界は暗黒に包まれた。

「藤崎才乃……」

眩む視界に映った一瞬、悲し気な表情をするオズワルド。

どうしようもなく、どうにもできずに、才乃は闇に飲まれた。

「次だ……オズワルドいくぞ。宮原天とヨハンの元へ」

再び歪む空間、オズワルドは毎回この移動が慣れない。

歪み、黒に飲まれ、そして気づけば二人の戦場へと。

異様な雰囲気を纏う四体の騎士。

それに正面から相対する少女。

この景色は見ているのさえ気分が悪い、そんな感情を抑えオズワルドは、アンノウンから離れヨハンの元へ向かう。

戦況は圧倒的ヨハンが有利。

近づいてくるオズワルドとアンノウンに気づいたヨハン。

宮原天は両膝をついてしまっている、表情は読めないがおそらくもう……。

オズワルドがそんなことを考えていると、視界の端に黒色の物体を捉える。

地面から無数に生える漆黒の棘。

「なんだ?」

「避けろ!オズワルド」

ヨハンの絶叫とほぼ同時に視界を埋め尽くすのは先ほど捉えた漆黒の棘。

切裂の翼竜ニーズホッグ

瞬時に展開される巨大な竜の翼、それはオズワルドの身体を守るように包み込む。

しかし、容赦なく翼を貫くのは漆黒の棘の群れ。

強靭な竜の翼をも容易く貫くその棘に、オズワルドは完全に捉えられた。

「ぐぅっ!この……」

痛みに悶絶するオズワルド、依然消えることなく残る棘はオズワルドを貫いたまま。

「みんなを守るんだ。才乃ちゃんを、先生たちを!私が!」

天の声が響く空間。

そしてその声に呼応するかのように、数倍の量の棘が至る所から出現する。

絶望の棘ディスペア

叫びが号令となり、一斉に獲物目掛けて伸びる棘。

素早い動きでそれを躱す騎士たち、しかし完全に回避することは叶わず、無数に伸びる棘に追いつめられる。

「手に負えない」

ヨハンは助けを求めアンノウンを一瞥する。

仕方ないと言わんばかりに溜息をついて、近くの棘に触れるアンノウン。

「これは……なるほど」

そしてアンノウンは万物を食い散らかす災厄の化身を召喚する。

夥しい数の蝗。

それは片っ端から漆黒の棘を喰らい、一瞬のうちに周囲一帯を更地へと化す。

アンノウンとしては、蝗をこのまま天へと蝗を差し向け無力化させたいところだが、それが無意味だということを知っている。

天の能力は対能力者特化であり、如何なる能力であっても彼女の前では霧散する。

しかし、能力の概念を逸脱した力ならば話は別。

ゆっくりと天へ近づくアンノウン。

天は得体のしれない雰囲気に気圧され、その場から一切動くことができない。

災厄の権化は手に持った匣を開け、天へ差し出す。

「これで最後だ」

その言葉と共に、箱庭学園での戦闘がすべて終了した。

「これで、我々に反抗する重大敵性勢力は潰せた。黙示録の目的は達成された……」

喜びに思わず笑みが零れるアンノウン。

彼が望むもの……たった一つ望んだものは

「支配者の交代」

そうすべては、能力者が生きやすい世界を創るため。

カリオストロと同じ目的、しかし手段がまるで違う。

だから二人は相容れなかった。

そして彼は宣言する。

「今まで能力者を見下してきたすべての人間に思い知らせる時が来た。能力者として覚醒したものの苦しみを……能力が消えた後の弾圧を……今度は貴様らが思い知る番だ!」

締めの言葉は憎しみと共に。

「無能ども」


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才能の匣 ザキミヤ @zakimiya

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