第4話 喇叭を吹鳴らす者
@1
夏も終わりを告げ、次の季節がやってくる。
しかし、紅葉などは一切見ることはできないだろう。
ギュンター・ブラウンフェルス。自らを第1の使徒と名乗り、島の約半分を焼き尽くした能力者。
確保に成功したかに思われたが、連行途中に霧散し現在は行方不明となっている。
多分『黙示録』の仲間によって連れ去られたのだろう。
学園の生徒に恐怖を植え付け、大きな傷跡を残したテロリストの存在が、未だに消えずに残り続けていた今日。
才乃と天は校舎の屋上にいた。
「才乃ちゃん。もう秋だね。秋といえば食欲の秋だね」
「読書の秋って言う言葉もあるんだけど」
「なにそれおいしいの?」
「運動の秋って言う言葉も知っておいた方がいいんじゃない?」
「なにそれおいしいの?」
ゆっくりと流れていく雲を眺めながら会話する2人。
「ペース的にはそろそろだね」
「口は禍の元」
「ごめん、ごめん。でもね、構えないと出遅れるよ」
天は少しバツが悪そうに笑い、仰向けになったまま目を閉じた。
@2
カリオストロは第1の使徒と名乗る存在が現れたことに対して、策を講じようと箱庭学園の全教師を集合させた。
「カリオストロ様。今回の会議……やはり黙示録の」
1-Aの担任教師である西園寺が疑問を投げかける。
「第1の使徒が学園の生徒とは……ギュンター・ブラウンフェルス、確か南先生の生徒でしたよね?」
1-B担任の東山が2-A担任の南に問う。
「彼はうまく馴染んでいましたし、東山先生でも絶対に気づきはしなかったと思いますよ」
「よせ。別に今更そんな責任を押し付けるような無意味なことはしない」
カリオストロが不毛な会話を一蹴する。
「本学園全教員の総力を持って、テロ組織『黙示録』から学園を死守する」
そう言ってカリオストロは教員全員を見渡す。
「東山、御柱、キング、北川。お前らは敵が現れた時の情報収集役だ」
『異能解明』
東山のESPは目を合わせた対象のESPを詳細に知ることができるというもの。
プラスマイナスAランク以下に対象は限られるが、Sランク能力者などそうそういるものではないため、実質ほぼすべてのESPを知ることができる。
そして、そのESPをより強力なものにするため、御柱のESPが必要になる。
『異能強化』
プラスBランク以下のESPの効果や範囲などを強化することができる強力なESPであり、西園寺の自動翻訳もこのESPによって効果範囲が島全域にまで拡張されている。
「じゃあ俺の異能解明と御柱さんの異能強化で、しばらく島全域の能力者を監視しておきます。北川が全生徒と教員のESPを把握してるから、怪しいものは照合して不審な能力者がいればそいつが侵入者」
「私の知らないESPがあればすぐに報告します」
1-C担任の北川のESP。
『超記憶』
一度でも見聞した内容を永久的に記憶するというもので、瞬時に記憶を取り出すことも可能という便利なESP。
「僕はこの島全域の動物たちにも監視と警戒をお願いしておきます」
2-B担任キングのESP。
『獣王』
あらゆる動物と会話することができ、自分の支配下に置くというESP。
「南、ジョーカー、ジャック、クイーン。お前たちにはもしもの時のための迎撃部隊として動いてもらう。西園寺と竜造寺、姫野は生徒のそばに……」
西園寺は無言で頷く、自分にできることは何もない。
ただ生徒のそばで、命を懸けて守ることができるのなら。
そう言い聞かせて、隣のに座る竜造寺を一瞥する。
それに気づいた竜造寺が西園寺に柔らかな笑みを向けると、不思議と心が落ち着いた気がした。
「この学園の平和を脅かす存在がいるのならば、叩き潰すまでだ。誰一人、失って堪るか」
カリオストロは何時になく真剣な表情でそう宣言した。
@3
「あの島が箱庭?」
筏のようなボロボロの舟に乗った二人組、そのうちの一人が呟き満足げに笑う。
「あのなりそこないの炎使いも、一応自分の役割は果たしたようだねー」
波に揺らぐ舟は今にも転覆しそうなほどに痛々しい。
しかし、それを意にも介さずに楽し気に波に揺られる少女と少年。
「第一の喇叭は吹き鳴らされ、能力者の楽園は焼き払われた。次は私、能力者を囲う水の砦を無力化する」
少女が触れる海水が瞬く間に塩の結晶へと変化する。
「ロト、すぐに終わらせて帰ろう」
「シン、塩の柱を作ったらすぐに星を落として合図にしよう。終焉を告げる喇叭はもうすぐ盛大に劇を奏でる」
舟の周囲はすでに塩の結晶へと変化を遂げる、そして変化をやめない海水はもうすでに島の絶壁に辿り着く。
その上を駆けるはシンと呼ばれた少年、絶壁に辿り着くとロトの方を一瞥し手を振る。
それを舟の上から確認したロトは、塩原に突き立てた両腕に一層の力を込める。
その瞬間にシンの足元が隆起して塩の柱を作り出す、他にも何十本という数の塩の柱が無作為に聳える。
それを踏み台にして島への侵入を成功させたシン、しかし目の前には立ちはだかる2人の姿があった。
「流石は東山さんと御柱さんのコンビ探知能力。ジャックいくぞ」
「ジョーカー、久々にタッグバトルといこう」
合図もなしにジョーカーとジャックは同時にシンへの攻撃行動を開始する。
ジャックが右手の人差し指を敵へと向ける、かろうじて視認できるほどの超速度の水弾が容赦なく何発も発射される。
それを一歩も動くことなく全て弾くシン、空気を震わす騒々しい振動音の残響。
シンはジャックに向かい一歩踏み出したところで感じた違和感に止まる、そして背後より急速に迫る殺気を感じて、振動を纏った右腕を振り向くと同時に薙ぐ。
シンのESPは自身及び自身に触れているものに振動を付加させるというもの。
そのESPによる攻撃は素手に付加させただけでも、チェーンソー並みの威力を持つ。
そんな攻撃に対抗するジョーカーは右の掌で受け止めようと構えていた、それを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべるシン。
ジョーカーは表情を変えずに、ただただ嫌悪を表し、眉間に寄せた皺が一層深く刻まれていた。
シンの攻撃がジョーカーに命中した瞬間、騒々しい振動音がピタリと止む。
信じられないと言わんばかりの表情をして、シンは一瞬動きを止める。
その隙をついたジョーカーが渾身の左フックがシンの顔面に命中、大げさに吹き飛ぶシンに追い打ちの水弾を連射するジャック。
「ジャック、1秒遅い」
ジョーカーのその言葉とほぼ同時に再び響き渡る振動音。
憤慨を露わにしたシン、ジャックとジョーカー2人を睨みつけ、大地を震わすほどの振動を伝える。
「ジョーカー、触れたもののESPを7秒間の間封じるチカラ。ジャック、水を自在に操るチカラ。お前ら二人がこの学園の最強格」
「ESPがバレてるじゃないか」
シンは慎重に2人と距離を取り、チラリと後方に続々と聳える塩の柱に目を向ける。
「隙あり」
その声の方向に素早く向き直ると、すぐ近くにジョーカーが迫る。
シンは即座にしゃがみ、両手を地面に当てる。
「第2の喇叭は吹き鳴らされた。そしてここに第3の喇叭が響き渡る」
「バカかお前、お前が鳴らしてんのは雑音だろ」
ジョーカーの手がシンに触れる直前に、大地が揺れる。
「第2層『星堕』」
瞬時に広がる地震、ジョーカーの手はシンには届かない。
割れる地面、とめどなく揺れる世界、衝撃波が幾度となく学園を支える島を襲う。
シンは狂気に満ちた表情で笑う。
激しい揺れに立っていることも困難になり、膝をつくジョーカーとジャック。
「これで終わりだ。七つめの喇叭はすぐにでも吹き鳴らされる。ここまでくれば俺たちの勝利は確定なんだ」
その言葉を合図にするかのように、一瞬で島全体に闇が広がった。
@4
島の淵、漆黒の幕を見上げる一人の少女。第4の使徒と称する闇夜。
「これで私の仕事はお仕舞い」
塩の柱が幾本も聳える海上を振り返る。
刹那、背後に迫る強烈な殺気に飛びのく。
目前に捉えたのは牙を剥き出し雄たけびを上げる獅子。
「流石レオ。よくやったテロリストだ」
闇夜は初めて感じる感情を抑えて構える。
「みんなおいで。久しぶりの狩りを楽しんでいいよ」
キングの合図で漆黒の幕から続々と現れる動物たち。
「冗談じゃない」
闇夜は駆けだした。恐怖に駆られて逃げ出した。
しかし、人間の速度で百獣の王を振り切ることは叶わなかった。
牙が喉を貫く。爪が肉を引き裂く。蹂躙される闇夜の意識は一瞬のうちに真っ黒く塗りつぶされた。
「あーつまらなかったね。残念だったね」
キングは残念そうに闇夜の亡骸に歩み寄る。
一瞬で着いた勝負の結末、解き放たれたのはテロリストの脅威だけでなく、隠されていた能力者たちの狂気。
能力者を倒したにも関わらず残り続ける暗黒にキングたちは溶けていった。
@5
「闇夜が死んだ」
暗黒の中で三人の男が話す。
「すぐに能力者を解き放とう。すぐにこの闇は晴れる」
「俺は神話の体現者を殺しに行く。ヨハンはESPを消し去る禁忌の匣を頼む」
あからさまに面倒くさそうにするヨハン。
オズワルドはそれに気づいていたが、特段気にすることもなくもう一人の男を一瞥する。
「私はカリオストロを……個人的にも用事がありますしね」
不敵に微笑む第5の使徒アンノウン。
フッと消え去るアンノウン。最初からそこに存在しなかったかのように、一瞬のうちにいなくなった。
暗黒の中で一斉に鳴り響く喇叭。
「もう順番とかどうでもいいか。面倒くさいし」
ヨハンの背後に出現する四つの不穏な影。
「失敗は許されないんだぞ。解ってるか?」
オズワルドは巨大な翼を羽ばたかせる。
凶悪な感情の渦に飲み込まれる小さな島。
才乃、天、カリオストロに忍び寄る悪しき感情の権化。
加速する運命。
才乃とオズワルドの邂逅が世界を混沌へと突き落とす。
天とヨハンの邂逅はおぞましき世界の本質を暴く。
そして、一つの志の元に集った過去の同胞。二人の邂逅は一つの計画によって成された最悪の結末へと。
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