第3話 憧憬のテロル

@1

「才乃ちゃん、一緒にお昼しよ」

「……」

「才乃ちゃん!」

「もう、わかったから」

ニコリと笑う天、反面才乃は複雑な表情を浮かべる。

いつまでも楽しげに笑う天、その笑顔が才乃には少し眩しくて、どうしようもなく虚しくなる。

「そういえば、あのテロリスト……『黙示録』って言う組織の一員だったんだって」

「最近よく聞く能力者によって構成された組織ね」

「物騒な世界は相変わらずだね」

黙示録。

人類によって支配された世界が正しいはず無いと、人類を滅ぼすために行動するテロリストたち。

その組織の目的は、人類に敵対心を少なからず持つ能力者をかき集めて、人類と戦争をすること。

しかし他にも、能力者を集めて監視するようなこの学園のことも潰してしまおうとしているなどという噂もある

だがそんな噂もあながち間違いではないようだ。

今回の襲撃がそれを物語る、利己的な理由で、至極単純な嫌悪感で、たった1人の能力者が創った学園を滅ぼそうとしている。

「またそんな奴らが攻めて来たら、私たちでやっつけようね!」

天のその無邪気さが才乃には眩しかった。

「あまりそんなこと言うものじゃない」

「……心配してくれてありがとう、才乃ちゃん」

口は禍の元とはよく言ったものだ、知らぬ間に張り巡らされた謀略は、遂に実行の時を迎えようとしていることを、この時は誰も知らなかった。


@2

「ネクロは失敗した。しかしそれも想定内」

「カリオストロの作り出した理想を壊すための計画。もうじき、第1の使徒が箱庭学園に裁きの時を告げる」

「第1のラッパが吹き鳴らされる。理想郷は災厄に見舞われ焼き尽くされる」

破滅を告げる黙示録のラッパ。

その一つが響き渡るとき、能力者の楽園は災禍に包まれる。

「抗え『偉大なる錬金術師カリオストロ』」

「貴様の理想郷には希望など残さない、代わりに絶望をたくさん閉じ込めてあげるからね」

黙示録の使徒を名乗る存在、それにより平和だったはずの学園は混乱と恐怖に支配される。

その幕開けは1人の使徒に、その者は学園に在籍する1人の生徒。

ギュンター・ブラウンフェルス。

全てを燃やし尽くす火炎を支配する能力者。



@3

テロリストの襲撃から2か月。

夏を迎え、猛烈な日差しの最中、才乃たちは2度目のESP測定を行っていた。

「こんな暑い日にやる意味あるの?」

「今回はその意見に賛同するよ」

才乃と天は校舎の影でESPを披露する生徒たちを眺める。

そこにはもう一人、同じクラスの女子生徒である王雪蘭わんしゅえらんが座って、同じように生徒たちを眺めていた。

「雪ちゃんの近くって涼しくていいよね」

「ん、憩い」

「ちょっと失礼よね君たちさぁ」

王雪蘭のESPは水分を凍結させる能力を持つ。

空気中に存在する微量の水分でさえも、もちろん例外ではない。

「まぁ、私も暑いのは苦手だし、この季節には結構自分の能力もいいものだと思うけど……」

隣で涼む2人を一瞥、そして短くため息を吐く。

「なんだかなぁ」

「そこのサボり組!こっちきなさい!」

そんな3人を遠目に見つけて声をかける西園寺。

面倒くさそうに立ち上がる天、露骨に嫌そうな表情をして座ったままの才乃と雪蘭。

「天いってらっしゃい」

そんな言葉をかけて、一切動かない二人。

「もう、私だってこんな暑い日に少しも動きたくないんだから……ほらいくよ!才乃ちゃん、雪ちゃん!」

半ば強引に引っ張り上げられ、引き摺られるようにして連れ出される2人。

「溶ける」

「ほんとに勘弁して」

「道連れだもんね!」

天はいつもの笑顔でそう言った。

西園寺はその様子を見て、嬉しそうに微笑む。

藤崎才乃、クラスの誰とも打ち解けなかった彼女が、宮原天と出会って変わった。

その変化が教師である西園寺にはたまらなく嬉しかった。

「やっぱり校舎ごと吹き飛ばそう、この学園」

そんな物騒なことを呟くと、頭上に顕現させる巨大な槍。

神を振払う枝葉ミスティルテイン

過去のESP測定でも同じようなことがあった。

その時は居合わせたカリオストロの手によって暴挙は止められたが、今回はいない。

しかし、今回は誰も慌てない、天がジャンプして槍に僅かに触れると、跡形もなく巨大な槍は消え去る。

「こらこら才乃ちゃん、これで何度目の校舎破壊未遂かな?」

「天、止めないで。私はこの校舎を破壊する義務が……」

そこまで言うと才乃の脳天めがけ天のチョップが炸裂した。

この光景に堪らず笑い出す生徒たち、不服そうな才乃を置き去りに連鎖し皆が笑い出す。

「バカにして……」

「才乃ちゃん」

名前を呼ぶ天の笑顔が才乃にいつまでも絶えることなく向けられた。

……

「平和だな」

そんな様子を遠くから見つめるのは、ギュンター・ブラウンフェルス。

この箱庭学園に在籍する生徒であると同時に、黙示録に所属するテロリスト。

カリオストロの理想郷を潰す計画、その始まりを告げる第1の使徒という役割を担う存在。

彼は箱庭学園の周囲に広がる森林地帯に足を踏み入れ、手にしたライターに着火する、その小さな炎は一瞬で膨れ上がり大爆発を起こす。

木々を燃やす炎はさらに巨大に膨れ上がり、一瞬で辺り一帯を飲み込む業火となる。

その中で一人笑う第1の使徒。

終焉へと導く計画の始まりを告げる、第1のラッパが吹き鳴らされた。

箱庭学園を囲む木々はすべて炎に包まれ、生徒たちの逃げ場を断ち切るように燃え続けた。

島の約半分がものの数分で焼け野原へと変わっていく、次にギュンターは箱庭学園校舎へと歩き出す。

事前に聞いていたターゲットは3名。

マイナスSレート最凶の存在、藤崎才乃。

プラスSレート最強の対能力者、宮原空。

そして、『偉大なる錬金術師カリオストロ』と宣う独裁者。

ギュンターは手にしたライターに火をつけて、その炎を巨大化させながら炎に包まれた森を抜ける。

森を抜けた先はグラウンド、先ほどまで全生徒がESP測定を行っていたため、逃げ遅れた生徒がチラホラと残っている。

その中で遠くにターゲット2名を捉えると、炎をさらに巨大化させて2人に向け放つ。

その攻撃に気づいた天が即座に右腕を前に出し炎を打ち消す。

「熱っ」

指先だけに感じる熱、天のESPによって消し去ることができるのはESPによる事象のみ。

つまり、ライターによって作りだされた小さな炎は消し去ることができていなかった。

「天!」

「大丈夫!才乃ちゃん、行って」

「ん」

才乃は両手を前にかざす、狙う先にはテロリスト、ギュンター・ブラウンフェルス。

「こんな暑い日に、追加の熱気なんていらない!『凍土の支配者ブリューナク』」

両手に現れたのは2丁の拳銃、凍てつく冷気を纏った神話の武器。

狙いを定めて引き金を引く、発射された弾丸はその軌跡を凍結させながら進む。

咄嗟に回避したギュンターの背後には、灼熱さえも凍結させてしまう氷山が迫る。

全力で効果範囲から逃れるが、すぐに次の弾丸が迫っていることに気づき慌ててライターに火をつける。

小さな火種はすぐに膨れ上がり、全てを灰にすべく動き出し、ブリューナクの弾丸を迎え撃つが一瞬で氷に飲まれる炎。

そんな現象を目の当たりにして、戦う気力が徐々にそがれるギュンター。

しかし、戦い続けるしか選択肢はない。

彼を縛り付ける黙示録の掟、戦えない者に意味はない。

ギュンターは辺り一帯を燃え盛る炎を周囲に呼び寄せる。

木々を燃やしていた炎は、ギュンターの周りを渦巻き、巨大な炎龍を形作る。

それはまるで生きているかのようにうねり、才乃たちに襲い掛かった。

その炎を打ち消すべく前に出ようとした天を右手で制止する才乃。

「だめ、あの炎はESPによるものかわからない」

天のESPに頼り切るには危険な状況、才乃は自分が戦うと言って前に出る。

頭上に手をかざすと神を振払う枝葉ミスティルテインを顕現させ、炎龍に向けて放つ。

炎龍と正面衝突した槍は、爆発を起こし炎龍を空間ごと引き千切る。

今までのミスティルテインとは違う現象、空間を歪めるほどの威力に驚く天。

「すごい」

「これが多分本物の『神を振払う枝葉ミスティルテイン』聞いたばかりで不安定だったけど、今この瞬間に確立させる」

再び同じ槍を顕現させる才乃、ギュンターも同様に炎龍を生成する……。

しかし今度は炎龍が3匹、勝ち誇ったようにギュンターは笑う。

「死ね、藤崎才乃!宮原天!お前らの次はカリオストロ、この下らない理想郷の独裁者だ」

3匹の炎龍が才乃を襲う、別方向からそれぞれ牙をむく炎龍の対処方法を一瞬考えて、すぐに動きだす。

まず正面の炎龍に槍を放つ、先ほどと同じように空間ごと消し去る爆発によって1匹は消滅。

しかしまだ2匹、左右より強襲する。

「まだ『終焉を告げる姫君レーヴァテイン』」

どこからともなく降り注ぐ剣の雨が炎龍を捉える、1本1本は大したダメージを与えていないようだったが、無数に降り注ぐ剣が押し勝ち、炎龍は才乃に届くことなく消滅した。

未だ降りやまない剣は地面に次々と突き刺さる、そのうち1本を抜き取ると、ギュンターめがけて走り出す。

降り注ぐ剣と、冷酷な表情の才乃。

その姿に怯み、手に持っていたライターを落としてしまうギュンター。

木々を燃やしていた炎は、炎龍を生成するために全て使ってしまっため周囲に火の気はない。

慌てて地面に転がるライターを拾い上げようと伸ばした手、それを容赦なく降り注ぐ剣の1本が貫いた。

悲鳴が響く、降り注ぐ剣の雨がギュンターを貫く寸前、剣の雨を止める才乃。

ギュンターは気絶しその場に倒れこむ、完全に決着がついた。

冷ややかな表情で見下す才乃の後ろから、天が心配そうに駆け寄ってくる。

「才乃ちゃん……」

「私、実は甘いんだなって思った。殺せたのに」

悲しげな表情で淡々と呟かれた言葉、しかし天はいつものように笑って言うのだった。

「甘いとかじゃなくて、単純に優しいっていうんだよ」

その言葉に目を見開く、自分を救ってくれる存在がいることを未だ信じられない才乃。

孤独に生きた世界、そこに現れた能力者はたった1人の普通の女の子だった。

今も変わらずに向けられる笑顔に、不慣れな愛想笑いで返すと、今度は天が驚いたように目を見開く。

恥ずかしそうに俯く才乃に再び笑いかけると、この非常事態をものともしない2人の英雄譚がまた一つ出来上がったのだった。


@4

島の半分を焼き払ったギュンター・ブラウンフェルス。

黙示録のテロリストは、教師たちによって連行された。

しかしその途中で姿を消したと言う。

カリオストロはその報告を聞くと、何か思い当たることがあるようで、悲し気な表情をする。

「やはりお前は儂の考えを否定するのか、御使奏みつかいかなで。」

机に飾られた写真立には不器用に笑う3人の白衣を纏った研究者たちがいた。

遠い日の記憶を反芻し、目を閉じる。

カリオストロの思い描く世界は、遠い道のりの先に存在している。

本人もそのことを憂う。

いつか叶うならば、そう願った理想郷を潰す存在が過去の仲間であったとしても、カリオストロが止まることはできない。

鳴り響く予鈴、一日の終わりを告げるその鐘の音が室内にしばらく響いていた。

「才乃ちゃん、一緒に帰ろ」

「ん」

鞄を肩にかけて立ち上がる才乃、教室から出ようと扉に手をかけた時だった。

勢いよく開かれる扉、開けた本人もびっくりしたように短く声を漏らす。

「ごめん、ちょっと急いでて……宮原天さんに用事があるんだけど」

「あなたは……ダフネさんだよね、ダフネ・ベッロッディさん」

誰に対しても笑顔で接する天。

ダフネもその様子に笑顔を作り話し出す。

「天さん、私のESPを受けてくれないかな」

「ふざけないで、天はサンドバッグじゃない」

才乃が憤りの声を上げる。

天もその話には少し抵抗があるようで、困ったような表情をしていた。

「あの、理由を教えてくれる?」

ダフネは頷いて辺りを見回す。

「ここで話すのも……校舎裏に来て」

才乃と天は目を合わせ、とりあえずダフネについていくことにした。

「ここなら誰も来ないでしょ……天さん実は私のESP、何度か暴発しているの、それで制御できるように練習してたんだけど……」

そう言って右手のひらを植えてあった背の低い木に向ける。

刹那、一筋の光が木に直撃、真っ二つに折れてしまった。

「威力が高すぎて、いろいろと壊してしまうの」

「冗談じゃない、天危険すぎるよ」

才乃が警告するのだが、天は目を輝かせている。

その様子に頭を抱える才乃。

天は派手なESPに対する憧れが非常に強い、才乃と仲良くなりたいと言ってきたときの第1声も確かこんな感じであった。

「カッコイイESPじゃん!いいよいいよどんどんぶっ放していいよ!」

「じゃ、じゃあ遠慮なく」

そういいながら才乃の方を一瞥するダフネ、もう知らんと言う様にそっぽを向くと、ダフネは意を決したように雷を天に向けて放ったのだ。

雷は天の差し出された手に当たった瞬間に消え去る、天は楽しそうに騒いでいる。

その様子を呆れたように眺める才乃。

そして思う、いつからこんなにも誰かと一緒にいるのが辛くなくなったのだろうと。

孤独から救ってくれた存在は無邪気に笑う、小さな子供のように楽しげな様子に思わず笑みがこぼれる。

これから先、どんな存在が天を傷つけようとしても絶対に守り抜く、そんな誓いを密かにたてて、才乃は楽しげに笑う少女に向けて慣れない笑顔を作った。

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