第2話 転校生
@1
カリオストロの予告通り、翌日に西園寺から転校生の紹介がされた。
「今日からこのクラスで一緒に学ぶ仲間が増えました」
そして登場したのは女性、肩までかかる綺麗な黒髪、ぱっちりとした大きな瞳がクラス全体をゆっくりと見渡す。
「
明るく透き通った声色、本当に真逆の存在、才乃は目を伏せる。
「席は、一番端の開いてるところね」
西園寺が案内するのは教室の隅にぽつりと置かれた机、それは奇しくも才乃の隣の席であった。
天は席に着くと隣に伏せる才乃にニコリと笑いかける。
「よろしくね」
その言葉に返事を返さず、才乃はずっと机に伏したままだった。
「それではすぐに授業を……」
西園寺がそう切り出した直後、校内にカリオストロの声が響き渡った。
「箱庭学園の広範囲に多数のESP反応が出現。これは召喚型のESPと考えられるが現在うちにはそんな能力者がいない……つまり敵襲だ。各自備えろ」
声が途切れると、所々で不気味な唸り声が聞こえる。
能力者といえど人間、戦闘向きでない能力者がほとんど、そんな中では当然パニックも起きる。
「……面倒」
そんな中、才乃はゆっくりと立ち上がり窓の外を見る、そこには無数の犬のような獣が所狭しと蠢いているのが見えた。
早速それに向かって手をかざし、巨大な槍を顕現させる。
「ミスティルテイン。とりあえず吹き飛ばす」
加速する槍が地面に着弾すると同時に、炸裂。
魔獣を巻き込む大爆発を起こし、巨大なクレーターを作り出す。
それでもまだまだ相当の数が残り、その視線の先に才乃を捉え唸る、吠える。
牙を剥き出して威嚇、無数の魔獣たちが一斉に駆ける。
「世界の終わりを告げる魔剣。過去に読んだ物語の一説、そこに描かれていたのは災厄。『
才乃の周囲に降り注ぐ無数の剣、禍々しいオーラを纏う狂気の剣たち、全てが違う形状を持ち、全てに同じ暗黒を纏う、その1つ1つがESPによって生み出された神話の魔剣、世界に終焉を告げる刃。
その剣たちを引き連れて、才乃は魔獣の群れへと飛び降りた。
着地点に群がる魔獣を斬り伏せ、止めどなく降り注ぐ剣の雨が群がる魔獣を容赦なく屠る。
さすがの魔獣たちも才乃から距離を取り様子を窺うが、才乃の方は一切の迷いなく狙い定めた一撃を放つ。
降り注ぐ剣の一本を右手に、踏み込んだ先の魔獣を斬りつける。
その隙を狙って攻撃を仕掛ける魔獣を、降り注ぐ剣の雨が襲う。
そして、攻勢に出ることができない魔獣との距離を詰めて、斬り伏せる。
勿論その周囲の魔獣たちは例外なく剣の雨に貫かれ、消え去る。
たった1分間の出来事だった、降り注ぐ剣の雨が止む頃には、魔獣の呻きは消え去り、無数の剣がまるで墓標のように地面に突き立てられているのみ。
「レギオンがこんなにも早く全滅してしまうとは……」
才乃の前方より聞こえた声、全身黒づくめのいかにも怪しい男。
「不審者」
「藤崎才乃。マイナスSの能力者だね。私はネクロ、マイナスAの能力者だ……暫定レートに過ぎないがね」
深くかぶったハットの影からニヤリと笑う。
「魔獣召喚『
男の正面に渦巻く影、そしてそれが収縮し、すぐに膨張する。
影が徐々に歪み形作るのは先ほどまでの魔獣とは比べ物にならないくらいの巨大な魔獣。
大地を踏みしめる四肢には鋭利な爪が生え、凶悪な牙を剥き出した三つ首を持つ魔獣。
才乃の知っている神話に登場するケルベロスに似た、というよりもそのものとも言える姿。
「ESPの一層しか知らない能力者にはキツイ相手だろうが、せいぜい足掻いてくれ」
その言葉を合図に一気に才乃との距離を詰めるケルベロス、そして右前脚で才乃を薙ぎ払う。
間一髪のところで後ろに飛び退いて回避するが、すでにケルベロスの牙が眼前に迫っていた。
「『
咄嗟に顕現させたのは一対の剣、それは自らの意思で動くように才乃の手を離れ、ケルベロスの頭の一つを瞬時に斬り落とした。
ケルベロスが後ろへ大きく飛び退き、才乃との距離を開ける。
そして、残り二つの頭が吠える、空に向かって首を上げて長い長い遠吠えを上げる。
その様子に、才乃が決着をつけようと踏み込んだ時だった。
ケルベロスの斬り落としたはずの頭が一瞬のうちに再生、それを見た才乃が接近を躊躇した瞬間、ケルベロスが先に動く。
あまりの俊足に反応が遅れた才乃、間近に迫っていた牙に慌てて構える。
するとダーインスレイヴが再び才乃の手を離れて二つ首を刎ねる、しかし今度は潰すように振り上げられた両前足が直前に迫る。
回避も間に合わない距離、ダーインスレイヴが才乃の元に戻ろうと瞬時に加速、両前足をかろうじて切断するが才乃は態勢を崩す。
そして真上では大きく開かれた悪臭を放つ口が、既に閉じられようとしているところだった。
……
短い破裂音、飛び散る液体がすぐに地面に吸われる。
驚愕の表情を見せるネクロ、そしてダーインスレイヴを握ったまま呆然とする才乃。
二人の間に立っていたのはケルベロスではなく一人の少女。
短くため息を吐くとムッとした表情をネクロに向ける。
「才乃ちゃんになんてことするの!」
そして少女は才乃の方を向きニコリと笑いかけた。
その場にいたはずのケルベロスは跡形もなく消え去り、ネクロは困惑し、その所為で背後に迫る存在に気が付かなかった。
ネクロを拘束する流体金属の手、空に浮かぶ同じような流体金属の物体に乗って現れるカリオストロ。
「これにて一件落着だな」
才乃の緊張が切れた瞬間、握られていたダーインスレイヴが天に襲い掛かる、一瞬驚きに見開かれた眼、しかし迫る剣は天の手に触れた瞬間に消え去ったのだった。
@2
箱庭学園で起こった襲撃事件、能力者によるテロ。
カリオストロは全校生徒を集めて集会を開く、そして全校生徒を代表して2名の女子生徒がカリオストロの前に立つ。
「藤崎才乃、宮原天。お前らの活躍は見事だった。少し危なっかしかったようだが、まぁ結果良ければすべて良し。天、転校初日から大分ハードだったようだな……まぁなんだよく頑張ったな転校生」
そんな言葉にニコリと笑顔を返し素直にカリオストロの表彰を受ける天。
対して才乃は、不服そうに顔を歪めて嫌々表彰されている様子だった。
テロリストを退けた2人の少女、校内最凶のマイナスレート能力者と強力なプラスレートの能力者。
宮原天のESP。
それは両腕に触れたESPによる事象の一切を無効化するというもの。
肩から指先までのどこに触れてもESPは消え去る。
その能力により、圧倒的な戦闘能力と再生能力を有した魔獣ケルベロスを打ち消したのだった。
その直後、人間の血を浴びるまで能力解除されない呪いの剣『
対能力者用のESP、能力者の抑止力たるこのESPの出現により、箱庭学園の能力者の暴走はほとんど無くなるといってもいいだろう。
そう考えたうえでのカリオストロによる転入だったのだ。
そんな全く違う2人の出会いが凶兆となるか吉兆となるか、カリオストロの仕組んだ運命がこの時より動き出す。
集会が終わり教室に戻る才乃と天。
天は終始不機嫌な表情の才乃に近づき手を引く。
「才乃ちゃん、友達になろうよ」
「嫌」
「ショック!!即答しないでよ!」
「うるさい」
「ちょっとー、そんなんじゃ一生友達できないよ!」
ギロリと鋭い眼光を向ける才乃に対し、天は臆することなく笑顔で返す。
無理やり握られた手を振りほどいて教室に入っていく才乃、天はあきらめずに才乃に話しかける。
「才乃ちゃんって照屋さんなの?」
今度は完全に無視する。
「才乃ちゃんのESPって格好良いよね、派手で良いなー」
眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうにするも効果なし。
「才乃ちゃん、私ね……」
言葉が途切れた事を不思議に思い才乃が顔を上げる。
すると天は今にも泣きだしてしまいそうな表情で才乃を見つめていた。
意味が解らず困惑する才乃、紡がれない言葉に静寂が訪れる。
一向に続きの言葉が出てこない、そんな状況に少しの罪悪感が才乃の中に芽生える。
「なんで、私なの?」
精一杯吐き出した言葉、才乃が初めて自分から他人へと向けて放たれた言葉。
それを聞いた天は泣き顔から一転、嬉しそうに再び笑顔を作り応える。
「才乃ちゃんの心が聞こえた……ような気がしたから。助けてって聞こえた気がしたからだよ」
その言葉に今度は才乃が言葉をなくす、これも天のESPなのだろうか、そんな疑問が頭の中に浮かび、それ以上は返す言葉も出てくることなくその場は再び沈黙した。
「馬鹿々々しい」
「才乃ちゃん友達になろう」
差し出された手をじっと見つめ、返答を考える。
そしてそんな自分に困惑する。
いつもならば、いままでならばすぐに否定の言葉が出てきたはずなのに……。
天の無邪気な笑顔に、きれいな瞳に見透かされた心は嘘を吐くには脆弱だった。
結局素直に手を握り返すことができなかった。
代わりに、不器用な言葉で、素直になれない心を少し晒した。
「……わかった。勝手にして」
その言葉に一層嬉しそうな表情で、天は才乃に飛びつくようにして抱き着いた。
「ちょっと……離れて!」
「ありがとー才乃ちゃん!」
「わかったから……暑い、鬱陶しい!離れて!!離れろ!!!」
そんな二人を満足げに眺めるカリオストロ、錬金術により造りだした望遠鏡により覗いた姿は望んだとおりの結果。
手元に散乱する書類に目を落とすと、ニヤリといたずら気に笑う。
「この学園が希望を湛えるものになるか、絶望を放つものになるか……そんなもん儂はどちらも望んでいない」
書類に書かれた表紙の文字は、災厄を解き放ち、希望を宿す神話に語られた一つの匣。
『パンドラ・ボックス』
「儂は本当に、ただ純粋に能力者のために平等で平和な学校を作りたかっただけなのだがな……」
@3
ネクロは薄暗い檻の中で一人震えていた。
「テロリストさん、さっきの続きやろうね」
ネクロの目が恐怖に見開く。
「いやだ」
「駄目だよ、だって君何も話してくれないんだもの」
楽し気に話すのは一人の少年。
学園の特別講師である市ヶ谷。
彼が生徒に教える科目は『拷問の対抗手段』である。
しかし、彼が得意とするのは対抗手段ではなく、拷問そのもの。
そしてそんな彼のESP痛覚操作は御誂え向きのESPだった。
「話せないんだ、ESPを掛けられてる!隠匿のESPを!」
其の言葉がすぐに悲鳴へと変わる、地下深く、檻の中での悲鳴は地上には一切届かない。
暗闇の中で丸一日かけて行われた拷問により、ネクロは精神崩壊を起こした。
「あーあ壊れちゃった」
おもちゃが壊れた感覚で詰まらなさそうに呟く、市ヶ谷はネクロに背を向け檻を立ち去った。
それを見届けたネクロの虚ろな瞳。
それがみるみる怒りを宿していくのに時間はかからなかった。
「……レギオン!」
現れたのは101匹の魔獣、ネクロは怒りに震え魔獣を解き放つ。
しかし、突如ネクロの全身を激痛が襲う、あまりの痛みに気絶、101匹の魔獣は消失した。
「なんだ、まだ壊れてなかったんだね」
影に紛れた牢の番人は不気味に笑った。
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