才能の匣
ザキミヤ
第1章 能力者の世界
第1話 ESP
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西暦2177年。
世界にはESP、すなわち異能力が溢れていた。
初めて確認されたのは17年前、その能力はESPを覚醒させるものであると誰かが言った。
では、その能力は一体、だれがどのような経緯で手に入れたものなのだろうか。
発現する能力者には共通点があり、0~18歳までの未成年であり、また25~30歳にかけてESPが失われていくという現象も確認された。
急に発現したESPに困惑する者がほとんどの中、チカラを得た優越感により暴走する者も現れた。
世界が混沌へと堕ちていく中、ESPに対する抑止力となる者が現れた。
本名不明、年齢不詳、存在さえも不安定な者。
カリオストロと名乗った彼女は言った。
「能力者を御する枷がほしいなら、儂に一つだけ誓いを立てろ」
にやっといたずらに笑う少女の顔が影を帯びて、世界にたった一つ、能力者を閉じ込めるための檻が造りだされた瞬間だった。
「能力者のための施設、俗にいう学校とやらを造る。人類は一切の干渉をしないと誓え」
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西暦2180年4月1日。
日本に属する小さな島、ぽつりと浮かぶその島の上に一つだけ存在する建物。
『箱庭学園』
世界中から能力者をかき集めて名目上の教育を行う施設である。
理事長兼校長という肩書を持つ少女、自分がやりたいからという理由で無理やりに継ぎ接いだのは『
これまた珍妙な名前を持つ少女……の外見を持つ不安定な存在。
そして、全世界の異能力者を圧倒するほどのESPの持ち主。
正体不明の彼女が造った学校、これにより世界中の異能力犯罪は激減した。
能力者を強制収容し、能力を失うまで解放されることはない。
学校という名目上の強制収容所、ただの監獄。
それが人類側の推測、憶測、偏見である。
賛否両論を蹴散らし、能力者否定派が台頭する時代。
能力者にとって非常に生きづらい世界の中で、この監獄は楽園ともいえる場所であった。
「入学おめでとうなどとは言えないが、儂はお前らにただただ普通に生きていてほしい。外の世界は生きづらかっただろう、辛かっただろう、しかしこの学園ならばお前らを虐げる存在はない……思う存分その能力を発揮するといい」
ニヤリといたずらに笑う少女の姿、外見に合わない喋り口調が見聞する者を惑わす。
入学式も無事終わり、数百名の生徒たちはそれぞれ割り振られたクラスの教室へと案内される。
クラス分けの基準となるのは、事前に測定されたPSI数値とESPに設定してあるPSI-LVである。
ESPを扱うための潜在的な異能適性を数値化したもので、早い時期に覚醒したものほど、安定して高い数値が検出される。
PSI-LVとはESPが人類にとって有害であるか、有用であるかを判断してG~Sのランク付けされた物で、人類にとって有用であると判断されたプラスレート、人類にとって有害であると判断されたマイナスレートがある。
中には両方のレートがつけられているものもあり、使用者の性格なども判断基準になることもある。
「みなさん初めまして、この1-Aクラスの担任をすることになった西園寺です。いきなりこんな島の学校に投げ出されて不安もあるでしょうが、皆で仲良く勉強していきましょうね」
にこやかに挨拶をする教師、ショートカットの茶髪で眼鏡をかけ、おっとりとしたやわらかい雰囲気を持つ女性。
「ちなみに私のESPはいわゆる自動翻訳です。本来自分自身にしか適用されない能力でしたが、ほかの先生の能力で強化されていますので、効果範囲はこの島全域にまで及んでいます」
終始にこやかに自己紹介を終えた西園寺は、教室を見渡す。
「次はあなたたちの自己紹介をお願いしますね」
多種多様なESP、簡単に人を傷つける危険なものから、西園寺のESPのように便利なものまで様々であるが、20年間経った今でも発見されていない種類の能力もあった。
半分くらいが自己紹介を終え、次の生徒が立ち上がる。
あまりにも目立つ白髪、暗く沈んだ表情のせいで全体的に不気味ささえ感じさせる。
そんな彼女が小さく口を開き、か細く今にも消えそうな音量で言葉を発する。
「……
それだけ言うとストンと腰を下ろし、うつむく。
これにはさすがの西園寺も困った表情になり、しばらく悩んだように首を傾げていたが、才乃の不干渉オーラに負けてしまい、次の生徒に自己紹介を促す。
同時に藤崎才乃という名前を聞いて、カリオストロから事前に伝えられていたESPを思い出す。
西園寺が才乃の方を何気なく見てみると、この世に絶望してしまったような表情で、暗く沈んだ表情で、必死に内から込み上げる何かをこらえているかに見えた。
全員の自己紹介が終わると、西園寺は校内を案内するといって立ち上がる。
表情はにこやかに、先ほどの思案をねじ伏せた。
@2
午前中のオリエンテーションが終わり、昼休憩を告げる予鈴が鳴る。
「それでは各自休憩に入ってください。午後からは簡単なESP測定を行いますので時間厳守でこの教室に」
そう告げると西園寺は教室を後にして、職員室へと向かう。
拘束された時間から解き放たれた生徒たちは、早速それぞれ何名かのグループを作って昼食を摂っていた。
そんな中、一人ポツンと席に座っていた才乃は静かに立ち上がり、教室を出ていく。
向かった先は中庭、きちんと整備がされているため雑草は伸びていない、きれいに並んだ花壇の花たちは楽し気に風に揺れる。
中央に聳える大きな木、一体何の木なのかもわからないそれの周りを囲うようにしておかれたベンチの一つに腰を下ろす才乃。
大きなため息を吐くと、座ったままの状態から体を横に倒しベンチに横になる。
大木の葉の間から差し込む光に目を細めていると、いつしか睡魔に襲われ眠りにつく。
閉じた瞳、双眸の間からこぼれる涙が地面に落ちると、いつしか深い眠りに落ちた。
……才乃さん。
誰かが名前を呼ぶ。
才乃は夢現で遠くにそれを認識する。
藤崎才乃さん。
フルネームを呼ばれたとき、まだ覚醒しきれていない状態で体を起こし、ぼーっと辺りを見回す。
そして、すぐに目の前に立つ西園寺と目が合った。
「藤崎才乃さん、初日からそれは無いんじゃない」
先ほどまでのにこやかな表情ではあるものの、声には僅かながら怒りがこもっている。
「……すみません」
簡潔にそれだけの謝罪の言葉を述べると、ふらりと立ち上がり教室の方向とはまた別の、といっても目的地があるわけではないがとにかく別の方向へと歩き出す。
「才乃さん!どこに行くの?そっちじゃないわよ」
「……保健室」
「具合が悪いの?」
「……少し」
それ以上は何も言わず、何も答えずに才乃はふらりと西園寺の前から歩み去った。
才乃の背中を見送ることしかできなかった西園寺、少し教師としての自信を無くしてしまったが、切り替えが大事だといつもの表情をつくる。
心の中で頑張ろうと唱え、教室へと戻っていった。
午後はグラウンドにてESPの能力測定。
今後のESP有用性を判断するためにも必要な時間。
生徒のESPを把握して、この先暴走させないように管理するためにも、この時間は教師陣が神経をすり減らして生徒を観察する。
「じゃあまず初めにアデルさんお願い」
アデル・アストリー、きれいな金髪の少女。
アメリカ出身で、ESPは念喋。
一度会話したことがある相手の脳内に直接しゃべりかけることができるという能力。
「西園寺先生」
「なに?」
『この言葉は先生にしか聞こえてないよ。でもね、この能力は自分の声を相手に届ける能力でしかないんだ。会話ができればよかったのに……』
「なるほど」
そうして次にESPを披露する生徒を探す。
「次おれやりまーす」
そう言って手を挙げたのは小峠悠太、飄々とした態度の少年。
「じゃあ悠太君お願い」
「じゃぁまずは……」
悠太が目を閉じてしばらくのこと。
突如辺り一帯が雪に覆われた。
「これは……幻覚ね、全く寒さを感じない」
「そう、おれのESPは広範囲に幻覚を見せる。まぁ制約付ではあるけどね」
そういいながら悠太が目を開くと、先ほどまでの雪景色は消え去った。
「なかなかすごい能力ね」
そうして生徒全員が様々なESPを披露する。
西園寺はふと思う、このクラスにはマイナスレートの高ランクがいない。
プラスマイナス、および高低ランクのバランスをとるため、PSI数値事前調査によるクラス分けが行われた。
明らかにプラスレートが多いにも関わらず、マイナスの総合ランクが釣り合っていない……。
考えられるのはたった一人の存在。
藤崎才乃。
そして、その答えを知る二人が一緒にこちらに向かってきていることに、西園寺はたった今気づいた。
この学園の理事長兼校長のカリオストロに連れられて、不機嫌そうな表情の才乃が西園寺を睨む。
「西園寺先生、サボりの常習犯になりえる芽を摘んできたぞ」
「カリオストロ様……すみませんうちの生徒が迷惑を」
「構わん、いい機会だ才乃。お前のESPも披露しておけ、儂も久しぶりにお前のESPが見たい」
その言葉に不機嫌そうな顔を一層歪ませて嫌悪感を示す才乃。
「嫌」
「才乃さん、このクラスでしばらく過ごさなくてはいけないのよ。お願い」
「……どうせそんなこと言えなくなる」
吐き捨てるように言った才乃、その言葉の真意がわからぬまま西園寺は、いやその場にいた全員が黙り込み才乃のESPの発動を見守る。
「カリオストロ、この校舎吹っ飛ばすから」
真上にかざした手。
「前に貴方から聞いた神話の槍。確か『
その場に居合わせた全員が戦慄する、徐々に形作られるものは今までに見たことのないほど巨大な槍。
その槍が狙うのは箱庭学園校舎、そして才乃が真上にかざした手を振り下ろす。
同時に槍は校舎に向かって加速した。
カリオストロは冷静に、ゆったりとした動きで手に持っていた杖をかざす。
その瞬間に地面から染み出す灰色の液体。
「砂鉄より液体金属を錬成。あの槍を潰せ」
液体金属は槍をも覆いつくすほど巨大になり、そして手の形へと形状変化した。
加速した槍を握り潰すと、その瞬間に槍が爆発、液体金属の雨がグラウンドに降り注いだ。
「バカが、聞いたばかりの神話の武器なぞ不安定なものを……だが残念だったな。儂の錬金術の方が上手だったようだ」
ニヤリと笑うその顔に苛立つ才乃、再び手をかざしESPを発動すべく構えるが、カリオストロが先に動く。
流体金属を操り、才乃を拘束した。
「……ブリュー」
「そこまでだ……お前戦争でもする気か?」
カリオストロの持っていた杖で殴られておとなしくなる才乃、この二人のやり取りを見ていた者はしばらく黙ったまま動きが静止してしまっていた。
「西園寺先生、これで全員のESPを把握できただろ?」
カリオストロは才乃を解放すると、その場から満足げに笑いながら退場する。
才乃のESP。
神話にのみ語られる武器、それを想像し創造する規格外ともいえるチカラ。
『想造兵器』
最も危険であると判定された、マイナスレートSランクに分類された史上最凶のESP。
人類の脅威になる、下手をすれば国1つ簡単に滅ぼせてしまうのではないかとも思えるそのESPは、才乃にとっても嫌悪の対象だった。
@3
月日は流れ6月。
太陽が真上に顔を出す中、才乃は一人で大木を囲うベンチに座り読書をしていた。
クラスメイトは才乃のESPに恐怖し、話しかけてくるものはもちろんいない。
才乃も別段気に留めずにいつもどおり一人の時間を享受する。
担任である西園寺でさえも、才乃とは少し距離を置いているようだった。
化け物を見るような視線にさらされるとき、才乃はいつも心の中である言葉を唱える。
何度も何度も……。
仕方ない……と。
才乃の人生最初の記憶は狭い狭い純白の部屋の壁に一人きりだったこと。
何もない空間に一つ置かれていた絵本、毎日毎日、何度も何度も繰り返し読んだ本の内容は、今思えば子供が見るようなものではなかった。
だれが書いたのかもわからないその物語は、神がひたすらに人間を殺していくという何の捻りもない詰まらない話だった。
神はたった一つの剣を持ち、人間をただひたすら切り裂いていった。
そんなつまらない話を読んでいたある日、狭いその部屋に一人の人間が入ってきた。
白衣を身に纏い、気味の悪い薄ら笑いを浮かべた男。
「藤崎才乃。その絵本は気に入った?」
その問いに才乃は首を横に振る。
「その絵本の中の剣……そうだね、名前は『
今度は首を傾げる才乃。
「そうそう、私はね君を殺さなければいけない」
そして突然銃を構える男。
銃を知らない才乃は一瞬考える。
そして唯一理解できた言葉、ずっと繰り返し見てきた言葉が才乃に恐怖を与える。
「嫌」
恐怖におびえる才乃に向かって向けられる銃口と気味の悪い薄ら笑い。
「殺す」
その言葉を聞いた瞬間、才乃はどこから取り出したのかもわからない、自分の身長ほどもある剣を手にしていた。
そして、無数の疑問を無理やりねじ伏せて、才乃は手に持った剣で男を切り裂いた。
刹那、才乃の瞳に映ったのは、嬉しそうに笑う男の不気味な笑み。
才乃の脳裏に焼き付いた忌々しい記憶。
其の後、カリオストロと出会い施設から連れ出された。
後から聞いた話、そこは孤児院であったのだが、ESPに関する実験を行っていた施設でもあったそうだ。
「才乃、また一人か?」
「カリオストロ、また徘徊してたの?」
「儂の趣味だ、徘徊じゃなくて散歩だけどな」
いたずら気に笑うカリオストロ、その顔を見て不思議そうに目を細める才乃。
「外見だけ見れば小っちゃくて可愛いのに、その喋り方と性格が残念」
外見は幼い少女のようだが、一人称は儂、おっさんのように喋るその姿は確かに残念と言える。
カリオストロはそんな言葉を聞き流すように、才乃に尋ねる。
「才乃、明日お前のクラスに新しく能力者を編入させる。転校生というやつだ」
いきなりの話に首を傾げる、その様子を見たカリオストロは少し間をおいて話を続けた。
「そいつはな、プラスレートのSランク判定をされた能力者。つまり人類にとって有用だと判断された者」
いたずらに笑うその顔が、才乃を苛立たせることを知っている。
「お前とは真逆のESP。どんなものかは直接確かめろ」
それだけ言うとカリオストロは満足げに校舎の中へと消えていった。
「趣味の悪い幼女め」
そう毒づきながらも興味がないわけではなかった。
忌み嫌われる恐怖の対象となるESP。
それとは真逆、この学園に現在1人しか存在しないプラスS能力者、そのESPも才乃にとっては取るに足らないものだったが、果たして今度の能力者は……。
そんな期待をしている自分に気づき、嘲笑する。
「所詮人間、プラスもマイナスも私にとっては……」
午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴り響く、それを一切気に留めず、才乃は読書の続きを始めるのであった。
神話に登場する神々は、好き放題に生きている。
簡単に身内を殺す、簡単に人間を殺す、簡単に戦争を起こす。
そして、簡単に世界を滅ぼしていく様子を眺めて、才乃はいつも本を閉じる。
この世界も簡単に滅んでしまうのならどれだけ楽だろう、そんな妄想をしながら今度は別の本を取り出し、同じような内容を目で追っていくのだった。
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