第34話 エド

 サンプルが足りない、と日本人の男が言いました。例の二足歩行戦車の開発者である技術者です。

「色々と試してみましたが、やはり若いほうが適当だ。でも若すぎないほうが良い。というのは、ある程度成長が完結していないとやりにくいからです。身体は成長しきっていて、でも若く、老いていない。男よりは女のほうが良い。特に処女が良い」


 誰もおまえの好みは聞いてない、と士官は言ってやりたくなりました。しかしいまさら、この無敵計画を止めることはできないことも、彼は承知しておりました。計画を知るのは軍部の極僅かな士官に過ぎないのの、そのいずれもが新兵器の力には舌を巻き、この計画を支持しているのです。数人や数十人の犠牲など厭わず、開発者が処女に生き血が欲しいと言えば、すぐさま何所のニュース速報にも載らない形で女を捕らえてくるでしょう。

 この計画の直属の管理者である士官にも、もはや日本人の開発者を止めることはできませんでした。止められるとすれば、それが可能だったのはごくごく初期の段階で、今となってはもはや手遅れであったのです。


 日本人開発者の要請を受け入れて、軍部は早速、女を捕らえてきました。何人も、何人も。ひとりひとり、実験に使われ、カプセルに入っているのは、いまや最後のひとり。

 髪や瞳の色だの、身長体重だの、胸の大きさだのと色々と書き連ねてあるラベルを見ながら、おそらくこれはあの日本人の開発者の趣味なのだろうな、と士官は思いました。寝巻き姿で眠っている女、士官の年齢からすれば少女とも形容できる年齢の女は目を瞑っており、寝間着の下の胸は規則正しく上下しております。ほとんど眠っている様子で、まさしくその通りなのでございましょう。彼女は己の身に何が起きているのかさえ理解していないに違いなく、それこそ、日本人の開発者が求めている状態なのです。己が兵器であることを理解してはいけないのです。


 彼女はこのままの姿で無敵号に組み込まれるのです。そうして服や髪、手足をゆるゆると溶かされて、最後には脳髄だけになるのです。彼女の脳髄には、身体を持っていたときとほとんど変わらぬ情報が生体電流の形で与えられるのです。彼女は自身が人間のままであるということを錯覚しながら、戦場に出るのです。

 なんと残酷なことか。士官がそう思ったのは、目の前の少女があまりに美しかったからでした。


「どうにかして、助けてやりたい」


 一瞬のその想いは、しかし行動に移すことができませんでした。それは、最後のひとりである少女が美しすぎたからだったかもしれません。

 もし目の前の少女が、とても美しい、程度ではなく、ちょっと美しいだとか、平均だとか、それ以下だとか、そもそも男なら、きっと助け出そうという努力をしていたに違いないのです。

 ですが少女は士官の心を惹き付けるほどに美しすぎ、士官はその美しさに心奪われて行動することが、あまりに浅ましく、本能的で、愚かしく感じられたのでした。


 幾日も時間が経ちました。その間、士官は日本人技術者から上がってくる報告を読むだけで、研究室には足を運びませんでした。最後のひとり、例の美しい少女を使った開発が順調に進んでいるということだけを知りました。もはやどんなにか願っても――いまさら助けようもありませんでした。

「完成しました」

 さらに月日を置いて、技術者からそんな報告があがってきました。実戦テストを行うので、是非見に来て頂きたい、という連絡です。


 実戦テストの場で、その新兵器が暴れ始めたとき、士官はこう思いました。そりゃあそうだろう、と。


 日本人技術者は、「馬鹿な」などと言っておりましたが、士官としては、馬鹿はおまえだろう、と思いました。日本人の技術者は、あくまで人間として扱うためか、彼女に緊急時の安全装置のようなものは組み込んでいなかったのでしょう。あるいは彼女はその枷を振りきったのかもしれません。止まる様子を見せず、全てを破壊し尽くしました。

 彼女は歳若い少女で、目が覚めてみたら見知らぬ場所に居て、得体の知れない男たちに囲まれている。そんな状況で、恐怖に駆られて暴れ出さない道理が何所にありましょう。破損した計測装置に押し潰されながらも、士官の心は不思議と冷静でした。

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