第11話 エド

 彼が最初にそれを見たときは、いったい何の冗談だろうと思いました。

 聞くところによりますと、製作指揮を執っているのは日本人ということで、それでようやく納得することができました。日本人というのは、事態の重大さがなかなか呑み込めず、危機感のない人種だという認識だったからです。

 人種のことはさておくことにしまして、問題は目の前の巨躯にあります。

 成る程その腕を振るえば、戦車なり戦闘機なりは押し潰せるでしょう。丈夫そうな二本の足は、多少地形が悪くても物ともせずに走り回ることができるのでしょう。手にも脚にも指がついているのですから、相応の大きさで作ってやれば武器を持つこともできるでしょうし、靴紐だって結ぶことがでしょう。中指を立てて挑発することもできるでしょう。


「だが、それがどうした」


 腕を振り回して戦おうとすれば、己の腕も衝撃を受けることになるでしょう。でなくても、腕の長さまでしか手は届かないでしょうし、敵機を破壊したいのであれば、銃なり爆薬なりを使えば良いことです。凹凸の激しい地形を動き回りたいのならば、無限軌道のキャタピラで十分というものでございます。溝を飛び越える必要があっても、二足である必要はございません。もっと脚は多くて良いわけで、こんなものに予算を割く必要が、いったいどこにあるというのでしょう。

 対外来種の戦争を打開するという触れ込みの新兵器を目の当たりにした士官は、こんな奇矯なものを作るのに予算を割いていたという事実を知って、深い溜め息を吐きました。


「こうした形でなければいけない理由があるんです」

 と製作指揮を執る日本人技術者は興奮した口調で言いました。

「われわれ人類の兵器は、外来種のそれに対して圧倒的に劣っています。それはなぜか? 簡単なことで、外来種は全力を尽くしているのに、人類はそうでないからです。外来種の兵器を破壊することなく鹵獲した前例はありませんが、破壊した破片などの研究から、外来種の兵器というのは、われわれの戦車や戦闘機のような遠隔操作や自動操縦のものではなく、むしろ旧式の、人間が乗って操縦する兵器に近いと考えられています。わたしは実をいえば、この考え方には完全に納得してはいません」


 五月蝿い、黙れ、と言ってもこの日本人は黙りそうにないということが解っていたたので、士官は黙っていました。


「なぜかといいますと、外来種の兵器には余裕というものがまったくないからです。外来種の生物的構造は未だ明らかになっていないため、生体部分と外殻部分を区別するのは非常に困難です。しかしその構造に、兵器や乗り物としては必要な余裕というのが存在しないことは簡単に解ります。ですから、むしろわたしはこう考えます。外来種の兵器というのは、戦車というよりは、むしろ鎧のようなものだと。鎧と兵器だとか車両をその構造に従って分類するのは、実をいえばそう簡単なことではありません。身に纏うものが鎧であると言ってしまうことは簡単ですが、身に纏うという表現は肌とその道具との距離で区別できるものではありません。接触せずに乗れる兵器はないわけで、脚だとか、何所かしらは接触します。かといって、全身が接触していなければならないとなれば、暗黙の了解で鎧としていたものの中から外されてしまうものもあるでしょう。自力で動けるかどうか、個人用か複数用か、などの分類も、鎧と搭乗兵器を分類するための、暗黙の了解と合致した指標にはならないでしょう」


 日本人技術者は一度言葉を切り、士官を一瞥しました。話が理解されているのかどうか、気にしているのか、あるいは単に口が疲れたので休んでいるのかもしれません。


「しかし歴史的な話をするのであれば、簡単です」と日本人は話を再開しました。「鎧というのは、武士だとか、騎士だとかが戦場に出ていた時代の古い道具であり、兵器というのは近代以降の戦場で主に使われていたものだと分けられるでしょう。こんなふうに分類すれば、たとえばパワードスーツのような、動力補助がなければ動くことすらままならないながらも、ほとんど鎧に近いような形状のものは、近世以降に登場したものですから、鎧ではない、と分類できます。鎧から搭乗兵器へ、時代とともに推移していった。鎧の形状は失われ、そして鎧という言葉も失われた。ではなぜこのように推移をしていったかといえば、ひとつには攻撃のための道具の破壊力が、防御のための道具の防衛能力を勝るようになったからだというのが挙げられると思います。全身をすっぽり覆えなくては、爆発だとか、狙撃だとかの防衛はできません。

 しかしわたしにはもうひとつ、鎧から兵器に変化していった理由というのがあると思います。それは戦争に対する人々の考え方の変化です。かつて人々は、兵器に乗ったり外部から操縦することなく、己の身で槍や弓を手に取り、戦いました。鎧を身に纏い、刀を持った武士は、その戦い方如何によっては他の人間よりも、より大きな戦功が立てられたでしょう。ですが、いまとなっては、それは不可能です。兵は末端の存在であり、武勲を立てるのは誰でも使える兵器を駆る兵ではなく、それを指揮する将だからです。

 かつて――まさしく身一つで戦場に立っていた兵から将までのあらゆる人間は、ある種の心構えを持っていたでしょう。覚悟というべきものを持っていたはずです。それが生きるための覚悟なのか、死ぬための覚悟なのかは、現代に生きる人間であるところのわたしには、完全には理解はできませんが、しかしそうした心構えが、戦い方に作用していたことは間違いありません。わたしの兵器に篭めた技術は、それです。そして、おそらくは外来種も」

「つまり何か」と士官は日本人技術者の言葉を遮って言葉を発しました。「外来種の兵器が強いのは、心だとか、魂だとか、覚悟だとか、そういったものが作用しているからだというのか?」

「流石ですね。こんなに簡単にぼくの理論を理解してくれる方がいるとは思いませんでした! いやぁ、軍部のお偉いさんとなると違うなぁ。ええ、まさしくその通りなんですよ。外来種の強さは、魂を懸けたからこそ生み出せる強さなのです。搭乗する兵器ではなく、死地へ向かう鎧を守る決意の強さなのです。ならば、その外来種に対抗するにはどうすれば良いか? 簡単なことです」

 とその日本人研究者は、己の心臓を親指で示しました。


「こちらも魂を懸ければいい。それだけのことなのです」


 士官はもう一度溜め息を吐きました。この男は、本当に優秀な人材なのだろうか、いや、確かに報告書で上がっている限りでは、彼の開発した試作兵器は幾つかの性能試験を大変優秀な成績でパスしているが、いまとなっては、それはデータを捏造したのではないか。そんなふうに思ったのであります。

 士官は改めて、日本人が開発指揮を執っている巨人の姿を仰ぎました。

「どうです、美しい姿でしょう」と日本人は満足げです。

 なにが美しいだ、と士官は吐き捨てたくなりました。ただそんな彼にも一点だけ、気になった部分がありました。肩の模様です。白い塗料描かれた繊細な模様は、どうやら文字らしい、と彼は気付きました。

「あれは、漢字か?」と彼は訊いてみることにしました。「あの肩のところのだ」

「あ、ええ、そうです。読めますか?」

「あんな複雑な文字が読めるわけがないだろう。なんて読むんだ」

「向かって左が『敵』。右が『無』です」

「どういう意味だ?」

「無敵……、何も太刀打ちできないという意味です。この機体の名は、無敵号です」

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