2.中学生で『いじめ』にあい、学校が大嫌いになった。
中学生。
義務教育として行かなければならない中学校という未知の代物に、私は恐怖を抱いていた。そう、小学校に転入したあの日と同じような感覚を、だ。
強い不安と緊張、そして恐怖。
明確な原因は分からなかったが、それらを毎日、強く感じていた。
そしてそれは私の姿勢というか態度というか、そういうものにも現れていた。
少ないながらも友達はいた私だが、その友達以外とはろくに口をきけなかった。首を横に振るか縦に頷くかで意思表示をしていた。
今にして思うと、知らない人間、というのが、私は恐ろしかったのだと思う。その人間が、その評価が。
『いい子』であることを家庭で求められ続けた結果、『いい子であらねばならない』という意識の檻が私を捉えていた。私は無意識にいい子を装い、演じ、いい子でないと言われることを恐れ、故に、他人の評価、評価されるかもしれないということを恐れた。
いい子でなければ、親には叱られた。
いい子でなければ、受け入れてもらえない。
しかし、懸命に『いい子』にしていた私に、予期せぬ不幸が襲いかかってきた。
そう。『いじめ』である。
発端はとても些細なことだった。
クラスの男子に私と同じ苗字が一人だけいた。ありふれた苗字ではあったが、クラス、学年と見ても、その苗字は私とその男子の二人だけだった。
先生が苗字にさんをつけて呼ぶと、私とその男子、どちらが呼ばれているかパッと分からなかった。それが男子には鬱陶しかったようだ。
私が中学生だった頃、まだあいうえお順、男女別に席が設置されていた。当然、苗字が一緒となれば、あいうえお順で男女別の席は自然と近い場所になる。
舌打ちされたこともあるし、睨まれたこともあれば、暴言を吐かれたこともある。
さらに不幸だったのは、その男子が
その男子に逆らえるような男子はいなかった。止められるような男子もまたいなかった。身体が大きく乱暴で短気なガキ大将に従っていれば、自分は目はつけられない。そんな理由で、私はいじめられた。
必死に『いい子』にしていた私には酷い仕打ちだった。何も悪いことなどしていないのに『否定』されたのだ。
私は、朝ごはんを食べられなくなった。食べないままに学校にいった。いつもキリキリと胃が痛かった。
ストレスばかり感じる環境。
それでも学校へ行ったのは、『行かなければならなかったから』に他ならない。楽しいことなど一つもない。勉強だって好きじゃない。それでも私は行かなければならなかったのだ。
理不尽な理由でいじめにあい、私は貝のように口を噤むしかなかった。いじめに抵抗するような気力などなかった。これ以上皆の機嫌を損ねないよう、それでも『いい子』でいようと努力した。
毎日毎日胃が痛くて仕方がなかったあの頃、よく胃潰瘍にならなかったものだと思う。
あるいは、胃潰瘍にでもなっていれば、私の人生はまだストップがかけられたのかもしれないのに。
いじめにあったことのある方がいたら、お分かりいただけると思うのだが。これは自分から親や教師に言い出せるものではない。
いじめとは大概にして『理不尽に被るもの』であり、それはその子の自尊心を深く傷つける。納得していじめられる者などいない。なぜ自分が。口に出せずとも内心そう思っているのだから、認めていないその事実を打ち明けて『助けてほしい』などと言えるはずがないのだ。それは誇れることでも胸をはれることでもなく、ただただ哀しい、自らを傷つける現実。それを改めて口に出し、自分で認め、助けを求めるなど、情けない以外の何者でもない。少なくとも私にはそうだった。いじめられているという事実が悲しかったし、情けなかったし、恥ずかしかったし、怖かったけれど、それを言い出せる勇気は持てなかった。
しかし、大人しくいい子を演じていた私でも、限界が訪れた。
いじめの原因である男子とグループにならなければならない理科の実験を何度か拒否したのだ。なぜなら、一緒になれば必ず暴言を吐かれる。私は唇を噛んで俯いてその言葉に耐えるのだが、堪えきれずに泣いてしまうこともあった。逃げたくて、お腹が痛いなどと言って保健室に逃げたりした。あるときは頭が痛いとか、あるときは気分が悪いとか…。
自分なりにセーフといえるラインぎりぎりで逃げていた、ということは憶えている。
ここが曖昧なのだが…どこで親に私がいじめられているという事実が渡ったのか、私は憶えていない。
毎日が満身創痍であり、家に帰る頃には精神がボロボロで、そんなことを毎日繰り返していた。憶えているはずもない。加えて家庭でも『いい子』でいなくてはならない。片親となった母には仕事がある。手のかからない子供が望まれることは分かっていた。私はわがままを許されなかった。
親と教師の知れるところとなったいじめ。
取られた対策は、今後の中学生活、残る二年生と三年生、男子と私を同じクラスにしない、というものだ。
確かに、そうなればお互いその顔や存在を意識することは減るかもしれない。
何もされないよりはよかっただろうが、その男子によって私にはすでに『レッテル』が貼られ、学年の知れ渡ることとなっていた。元凶がいなくなったところで変わらない。どこへ行っても私の扱いは知れていた。
それでも、学校へは行かなくてはならなかった。
どうして母は、ここでもっと深く私の心のケアを考えなかったのだろう。
言葉のいじめなどと軽んじたのだろうか。
仕事が忙しいからとないがしろにしたのだろうか。
母には母の事情があったろう。自分のことで精一杯だった私にあの頃の母の様子を思い描くことはできない。
小学生。そして中学生でも、私の心には強い恐怖心が植え付けられることとなった。
学校なんて、大嫌いだった。
それでも私は学校へ通うしかなかった。不登校を許すような家ではなかったし、逃げる場所もなかった。そういったわがままを言える子供ではなくなっていた。『いい子』が板についてしまった私には、義務教育である学校へ行く以外、道はなかったのである。
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