9
アルナー達が寝静まったあと、セルゲレンはスクローレンを外に連れ出した。
月影る夜道を、二人分の足音をさせながら、家の明かりがほんのわずかに見える場所まで来ると、二人は足をようやく止めた。
「こんな離れた場所まで来ては殿下の護衛が出来んぞ」
スクローレンが家のある方角を振り返りながら言った。
「大丈夫だ。あそこは一度も襲われたことがないらしい。それにクラルスにも頼んである」
「本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫だ。それに、お前ならこのぐらいの距離弓一本で敵を追い払える」
「・・・・そうだな。それで、殿下について何かわかったのか?」
「ああ、わかった。予想を遥かに上回る事実だったがな」
「ここにきて、お前を驚かすほどのことか?」
スクローレンが有り得ないと首を振った。
「そうだ。その事実を受け入れるまでに時間を要した」
「・・・なら早く話せ。俺はもっと時間がいるかもしれん」
訝し気な表情を作るスクローレンに対して、セルゲレンは滅多に見せない困り顔を見せた。
「正直お前にも今話すべきか迷っている」
「どんな事実であろうと、俺は殿下の全てを受け入れ、絶対の忠誠を誓う」
「お前の忠誠心を疑っているわけではないが・・・・・わかった。話そう」
セルゲレンは小さく息を吐き出すと、スクローレンを見返した。
「殿下は・・・・・何千年も昔に存在した神族の王である『アルナー王』その者だそうだ」
「・・・・・――――!」
スクローレンがこれまで見たことない驚愕の表情をした。セルゲレンの言葉の意味を理解するまでに数秒を要したことが、スクローレンの表情の変化で読み取れた。
「殿下は神族であり、遥か昔に存在した神王と言うことだ。わかるか?」
「ちょ、ちょっと待て。そんな突拍子もない話に確証はあるのか?」
「見せてもらった伝記に記されていた神王が、殿下と酷似していた」
「なら、殿下は何千年という長い年月を生きてきたということか?」
セルゲレンがはっきりと首を横に振った。
「それは少し違う。かつて神族は自らが生み出した兵器である魔族と戦い、その果てに今もどこかに封印されているそうだ。そして、神王であった殿下も同様にどこかに封印されていた。だから何千年と言う年月を生きてきたというのは少しばかり違う。ここからは予想になるが、魔族が殿下を目覚めさせ、その力を我が物にしようとしているのかもしれん」
スクローレンはしゃがみ込み、頭を抱え込んだ。
「神族が生み出した兵器とはどういう意味だ?」
「魔族は人間を粛清するためだけに生み出された兵器だそうだ」
「・・・・なるほどな。ならば魔術師たちの言っていた言葉とも繋がる」
「ああ、そうだな。そして、神族よりも魔族の方が厄介と言うことがわかった。ソルージエ様も魔族には十分に気をつけろと」
セルゲレンが深いため息をつき、眉間を押さえた。
「このことを殿下には?」
「いや、まだ黙っておこう。神族と聞いただけであれだ。すべてを話せばどうなるかわからん」
「確かにそうだな。だがいずれ話さねばならんぞ」
セルゲレンが何やら難しい表情をした。
「俺から話す必要はないかもしれん」
「どうゆうことだ?」
「殿下は自ら思い出されるだろうと、ソルージエ様が言っていた」
「では、殿下のあの様子はその兆候ということか?」
「おそらくな」
二人が同時に黙り込み、スクローレンは眉間に皺を寄せたまま瞳を閉じた。
「見守るしかないのか・・・・。一つ気になったのだが、殿下が不老不死と言う可能性はないのか?」
「俺もそのことが気になって聞いてみたが、ソルージエ様にもわからんそうだ。封印されているから、神族に死が存在するのか判断のつけようもない」
「確かに。もし不老不死となると、殿下は永遠の時を生きるのか・・・」
スクローレンが空を見上げながら、愁いた表情をした。
「寂しいのか?」
「この先、殿下がお一人になってしまうのかと思うと、やるせない思いがある」
「それは・・・独占欲というやつか!」
セルゲレンが声を顰めながら、腹を抱えて笑い始めた。
「そ、そのようなものではない!」
「いいや。お前のそれは自分の主君を誰かに取られるのが嫌だという独占欲だ」
「俺は一人残されていく殿下の御心が心配なだけであってだな」
「わかった、わかった。そう大声をだすな。家まで聞こえてしまうだろう」
「お前が馬鹿なことを言うからだ」
セルゲレンは笑いを収めると、目じりに浮かんだ涙を拭った。
「とりあえず、今考えても仕方ない。殿下がすべてを思い出してからでも遅くないはずだ」
「本当にそれからで問題ないのだな?」
「今はそうするしかない」
「わかった」
家に戻った二人は一番にアルナーの姿を確認すると、自分たちも身体を休めた。
翌朝、アルナー達はソルージエに見送られながら出立した。
クラルスは最後までソルージエの顔を見ることなく、ソルージエが声を掛けても小さく返事をするだけだった。その態度に誰も何も口には出さなかった。
そして、始まった四人での旅は微妙な空気が漂っていた。セルゲレンは魔族の脅威について悩み、スクローレンはアルナーの未来を愁い、クラルスは初めての外の世界に不安を抱いている。
そして、アルナーは昨日視た光景を思い起こしていた。知らないはずの光景が懐かしくて、寂しくて、何が何でも帰らなければいけないと心が勝手に思い始めている。その感情が自分のものなのか。それとも別の誰かのものなのか。教えてくれる人は誰一人としていない。置き場のない感情が、アルナーの心を支配し、曇らせていく。悩みを全て吐き出したい思いで、アルナーは小さくため息をついた。
しばらくして、数刻馬を走らせていると、一行は川を見つけ、休憩をとることにした。
「クラルス、大丈夫か?」
「何がですか?」
「其方は山から出たことがないと聞いた。知らぬ者ばかりと一緒では気疲れするだろう?」
「私のことでしたら、お気になさらないでください」
クラルスは素っ気ない態度で返事をすると、すぐにアルナーから離れてしまった。
その反応にアルナーは困ったように苦笑を溢した。
「殿下、二山越えれば、小さな町があるはずです。そこで食料の補給もしましょう」
「わかった」
「・・・・・クラルスのことがお気になりますか?」
アルナーはセルゲレンの言葉に、眉を下げた表情でクラルスを見た。
「セルゲレンにはどう見える?私にはなんだか肩肘を張っているよう見えたから、はやく打ち解けられたらと思って」
「確かにそうですが、まだ会って間もないです。あの者もじきに打ち解けると思いますよ」
「そうなればいいが」
アルナーはそう言うと、自分の馬のもとへ行き、馬と戯れ始めてしまった。
「殿下はクラルスと友にでもなりたいのか?」
「どうしてだ?」
「見ててそう思ったからだ」
ここに来るまで、アルナーは何度かクラルスに話しかけていたが、クラルスの態度は変わらず素っ気ないままだった。むしろ、アルナーが声をかければかけるほど意固地になっていっているようにさえ見えた。
ソルージエの侍従をしていた時は、凛とした態度で大人なふるまいをしていたクラルスが、アルナーといるときは年相応かそれよりも子供っぽくなっている。その違いに、クラルスもまたアルナー同様友が欲しいと思っているのではないかと、セルゲレンは思い始めていた。
だが、その相手が王族かつ伝説の種族となると、クラルスの態度も致し方ないと、大人二人は口を出さずにいる。
スクローレンは寂し気なアルナーの背を見つめた。
「殿下は王宮に同年代の友がいなかったから、クラルスが仲間になって嬉しいのだろう」
「本来王族とはそうゆうものだ。今さら同年代の友がほしいのか?」
「殿下は常々外に出たがっていたからな。一度、少しだけ外を見る機会があって、街で見た子供たちがうらやましかったのだろう」
「なるほど。殿下の性格であれば納得だな」
「まだまだ時間がかかりそうだが、二人が仲よくなれば俺としても嬉しいのだが」
「そうでもなさそうだぞ。俺が見る限り、あと数日もすれば二人の距離は縮まるはずだ」
「何を根拠に?」
「俺の勘は外れん」
セルゲレンの自信満々な態度に、スクローレンがいんちき予言者でもみるような目で見た。
川辺で座り込む二人の距離はいまだ開いたままだった。
* * *
王宮を出立したバホット一行は謎の集団に行く手を阻まれていた。
黒の外套に、気味の悪い仮面。それは、王宮や城塞を襲った魔術師の集団だった。
だが、バホットはその惨劇を齎したのが目の前の集団だとは知らない。
「貴様ら何者だ?王の道を塞ぐ不敬な奴め」
一人の男が集団の中から出て、バホットに対して恭しく頭を下げた。バホットは男のその一連の動作を忌々しいとばかりの表情で睨み付けた。
「お初お目に掛かります、バホット卿。貴兄にお話があって参りました」
「それより貴様は何者だ?王の問いに答えよ」
「余輩が何者かは貴兄が知る必要のない事」
仮面から覗く瞳と目が合った瞬間、バホットが息をのみ、馬が勝手に後ずさった。
「・・・・・」
「お話を聞いていただけますな?」
「さっさと要件を述べよ」
「貴兄が此度の叛逆を企てたことを余輩には既知のこと」
「・・・・ッ!」
魔術師の言葉にバホットの顔が青ざめた。
バホットの叛逆はまだトスカルの人間には知られていないはず。にもかかわらず、得体の知れぬ男がなぜ知っているのか。バホットは心臓をわしづかみされた気分になった。
「別に公言したりはいたしません」
「・・・・・・何が目的だ?」
「王太子殿下を捕えましたら、余輩に譲っていただきたい」
バホットの表情が険しさをました。
バホットにとって今最も邪魔な存在はアルナーだ。武王でも、その他の王族でもなく、次期国王に最も近い存在であるアルナーなのだ。王は王族会議で選出されるが、現国王の息子は優先されやすく、またアルナーの容姿は国民の関心を引きやすく、玉座に飾っておくに相応しいと誰もが思っている。
それ故に、バホットは目の前にいる男の言葉に、簡単に頷くことはできなかった。
「理由は?」
「所以を申し上げることはできませぬ。ですが、貴兄のなさることに邪魔をいたすようなことはいたしません」
「・・・・・」
「なんなら、今ここにいる者の首を刎ねてもよろしい」
目の前の男のゾッとする言葉に、バホットは知れず手綱を強く握りしめた。
「わかった、いいだろう。王太子を捕えた暁には、貴様らに譲ってやる」
「感謝いたします。それと、約束を違えられたときは・・・・・」
・・・・―――・・・・。
「ゆめゆめお忘れなきように」
魔術師の最後の言葉がバホットの耳に届くと、突風が吹き荒れ、その風がやむと同時に目を開くが、そこにはもう魔術師たちの姿は無かった。
たった今眼前で起きたことが幻だったのではないかと、バホットはじっと魔術師のいた場所を睨んだ。
去り際の言葉が頭の中で反響している。
バホットは馬を走らせ、カーメルド城塞へと急いだ。これ以上、気味の悪い集団と関わりたくないからだ。
バホットという男は、叛逆と大それた計画を立てる割には小心な男だった。
バホットの父、サバーローグは温厚な性格で、けっして叛逆などを考えるような男ではなかった。
だがある時、サバーローグが昔話をした。―――本来であれば、自分たちが王座に座っているはずだと。
建国者であるバダルフカンには四人の息子がいた。長男のアエスターヌ、次男のヒエムス、三男のウェール、四男のアウトウムヌス。
長男であるアエスターヌはバホットの祖先であり、バダルフカンの亡き後、玉座についた。温厚な性格のアエスターヌは市民の信頼も厚く、良き王として国を築き始めた。
だが、アエスターヌが王となり数年、アエスターヌは三男のウェールに次男ともども殺され、玉座は簒奪者のウェールのものとなった。
ウェール、つまり前国王ゴルギアヌスの先祖だ。
その後、四獣王家というものができ、王は選定会議によって決められることになった。だが、広がる一方の王族の権力格差に、王はウェールから輩出されることが当たり前となってしまった。
その話を聞いたバホットは腸が煮えくり返るほどの怒りを覚え、復讐を誓った。
―――そして、ついに復讐の時がきた。
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