3
アルナーがロージス城塞にきて、最初の朝日がすでに顔を見せていた。
室内には、朝の光が差し込んでいる。窓の外からは鳥の鳴き声に、兵たちの声が聞こえる。まだ夢の中の人間には、心地よい音に違いないだろう。
しかし、数回扉が叩かれる音がし、アルナーは意識を浮上させた。
「アルナー殿下、スクローレンでございます」
部屋の外から聞こえた声に、アルナーはゆっくりと体を起こし、返事をした。
「いいよ」
返事をして数秒もしないうちに扉が開き、まだ覚めきらぬ頭でぼおっと見ていると、スクローレンが微笑した。
「おはようございます、殿下。よくお休みになれましたか?」
「スクローレン、おはよう。すまない、寝坊してしまったか?」
スクローレンは寝台に身を乗り出すと、アルナーの乱れる寝衣を直した。されるがままのアルナーに、スクローレンが微苦笑を溢した。
「いえ、そのようなことはございません。昨夜はすぐにお休みになられてしまわれたので、先に入浴をなされますか?」
「うん、そうさせてもらうよ」
「畏まりました。女官に伝えてまいりますので、お待ちください」
「ありがとう」
スクローレンが部屋を出ていくと、アルナーはゆっくりと寝台から足を下ろし、露台に出た。
眩しい朝空に目を細め、大きく深呼吸をした。王宮以外の城で迎える朝は、置かれている現状を思うと、決して清々しいとは言い切れない。だが、鳥籠のような王宮で見上げる退屈な朝空とは違うというだけで、アルナーの心に自然と心地よい風が吹いた。
新しい空気を吸い込もうと大きく伸びをしていると、頭上で翼のはためく音がした。
「おはよう、エレルヘグ」
手すりに
「久しぶりにゆっくりと休めた気がするよ」
アルナーの独り言とも取れる言葉に、鷹はただ少年の目を見ていた。
アルナーの言葉に、鷹が返事をくれるわけではない。ただただ聞き手に徹しており、その様は人を思わせる。もしかしたら、鷹の中に人が閉じ込められているのかもしれない。そんな馬鹿げた発想をした自分自身に対して、アルナーは笑いを溢した。
「エレルヘグが言葉を話せたら、もっと楽しいだろうな」
アルナーが頭を撫でてやっていると、鷹が翼を広げた。まるで行ってくるとでも言っているかのように一鳴きし、悠々と空へ飛んで行ってしまった。アルナーはそれを目で追い、眩しさに目を細めた。
「新しい朝だ」
スクローレンが去って、数分もしないうちに
湯を済ませ、アルナーは女官を連れて食事の間に向かうが、そこには誰の姿もなかった。誰かと一緒に食事をとれるのではないかと期待していたアルナーは、少しばかり肩を落として、一人きりの食事を始めた。
「スクローレンはどうしているかわかるか?」
「城司様のお部屋か、訓練の指導させれているかと思います」
アルナーは、質問に答えてくれた女官に礼を述べると、女官は丁寧に頭を下げて後ろに控えた。
豪勢な食事を済ませ部屋に戻ると、数分もしないうちに扉が叩かれた。王宮にいた時とは違う忙しなさに、アルナーは不思議な感覚を得ていた。
「殿下、スクローレンでございます」
ここにきてから一番聞いている声にアルナーは頬を緩ませ、すぐに扉に向かった。
扉が開き、スクローレンが中に入ろうとすると、眼前にアルナーの笑顔が飛び込み、驚きに足を止めた。
女官が扉を開けたとばかり思っていたスクローレンは、慌てて扉を押さえると、表情を変えた。
「殿下自ら扉を開けるようなことをなさいますな。このようなことは女官や我々がやります」
「私がやりたくてやったのだからいいだろう」
「そういう問題ではございません」
「それで、その後ろの者は?」
スクローレンが一人でないことに気が付いたアルナーは、もう一人の男に目をやった。
たくましい体に伸ばされた顎髭の男はバフィットだが、まだ名前すら知らないアルナーは上から下までせわしなく目を動かした。
「アルナー殿下、お初お目に掛かります。私は
「アルナーだ。迷惑をかけるが、よろしく頼む」
幼い声から紡がれる堅苦しい言葉は不釣り合いで、バフィットは頭を下げたまま笑みを浮かべた。
「さっそくですが、殿下。今後の事でお話があります」
「そうだったな。私はこれからどうすればよい?今まで城の外に出してもらえなかったから、どうすればよいのか正直わからない」
アルナーが不安げな表情をした。
幼いながらも聡明ではあるが、アルナーは自分の置かれている現状をまだ完全には受け止めきれてはいない。
アルナーの心中を察したスクローレンは顔には出さなかったが、王への不満を腹の中に溜めた。スクローレンのどす黒い感情に気が付いたのか、バフィットは大げさすぎる咳ばらいをした。
「殿下、陛下は他に何か仰ってはおりませんでしたか?どんな些細な事でもよろしいのです」
バフィットの問いに、アルナーははっきりと首を横に振った。
「本当に何も言われてはいない。ロージス城塞に行けと命を受けただけで、私はそれからどうすればいいのか何もわからない」
「・・・・そうですか。バフィット殿、どうする?」
バフィットは少し考える素振りを見せた。不安げな表情で自分を見上げてくるアルナーにバフィットはこそばゆい気持ちになったが、それを表に出すことはしない。
「殿下にはスクローレンを護衛に付けますので、剣の稽古などをしてはいかがでしょうか?」
バフィットの提案に、アルナーはスクローレンを見上げた。
「有り難い話だが、其方たちの仕事の邪魔ではないか?」
「いえいえ、兵の一人や二人抜けたところで大した支障はございません。こやつも殿下の傍におらねばまともに仕事ができますまい」
バフィットに肘で突かれ、スクローレンが咳払いした。アルナーには二人のやり取りの意味を読み取ることが出来ず、首を傾げることしかできなかった。
「初めての場所で殿下も心細いかと思いますが、私ごときでよければお傍にお置きください」
「其方が傍にいてくれるのは嬉しい。迷惑でなければ、私こそ頼む」
「有り難きお言葉」
ようやくアルナーの笑顔が戻り、スクローレンもバフィットも胸を撫で下ろした。
「そうと決まれば、私は職務に戻りますゆえ、こやつをお好きにお使い下さい」
「ありがとう、バフィット」
バフィットは一礼すると、部屋を後にした。
アルナーは扉が閉まりきるのを見送ると、スクローレンを見上げた。ようやくスクローレンをじっくりと見ることが出来たアルナーは、数年前との違いを探すまでもなく見つけた。
「六年ほどぶりでしょうか、アルナー殿下」
「そうだな。とても会いたかった」
「私もでございます。数年で殿下は随分とご成長なされました」
「スクローレンはますます逞しくなった。あの頃と変わらないようで変わった」
「ありがとうございます」
数少ない心を許せる相手との再会に、アルナーの心に久しいぬくもりが戻ってきていた。
手紙のやり取りもなく、お互いがお互いの現状を一切知らない状態だった。だから余計にこうしてお互いの壮健な姿を見て、心から嬉しく思える。
「スクローレン、城内を見て回りたいのだが、だめだろうか?」
「いえ、構いませんよ。ご案内させていただきます」
スクローレンの案内で城内の散策を始めたアルナーは、城にあるすべてに目を止めていた。
特に城内にいる兵士や女官の顔を覚えるためと凝視してしまい、その視線に気が付いた者たちが、驚きに走り去ってしまうという何度も起こった。
それを不思議そうに見ていたアルナーだったが、スクローレンは笑うだけで、何も口には出さなかった。
* * *
アルナーが目を覚ました頃、王宮に不穏の足音が近づいていた。
いつの間にか太陽は顔を隠し、城の上には分厚い曇天が広がり、王都全体が暗い闇に包まれている。
光の射さない城内は、煌びやかさが失われ、回廊に響く足音が気味の悪さを醸し出している。
敵が潜んでいるわけでもないのに、女官の足取りは自然と早足になっている。兵たちも一雨くるのではないかと、雨を凌ぐ準備を始めている。
慌ただしく女官や兵が動き回っている中、城門に異様な姿の集団が来客していた。全員が、闇を思わせる漆黒の外套で全身を包み、顔には気味の悪い仮面を付けている。
門兵は異様な訪問者に驚き、すぐさま剣を構えると・・・・・・、その者は一瞬であの世の者となっていた。
「門を開けよ」
濁声で告げられた言葉に、後ろに控えていた二人が門を押し開いた。
本来、この門は人の力で押し開くようなものではない。巨人族でもなければ、押し開くなど不可能だろう。だが、それを、ただの人が押し開いてしまった。
突然門が開いたことで、近くにいた兵たちが集まり始めた。そして、異様な格好の客人を目にすると、あの世の者となった兵士と同様に、兵たちはすぐに剣を抜いた。
「何者だ!」
一人の兵士が叫んだ。だが言い終えると同時に、その者の首は吹き飛んでいた。見開かれた目が、自分に何が起きたのか理解していないことを物語っている。目の前で起きた一瞬の惨事に、兵たちの足が止まった。
「国王に会わせてもらおう」
濁声の男が、ゆったりとした足取りで城内へと進んでいった。
それを阻止しようとする兵たちが、次々と謎の者たちに殴殺されていく。
広場はたちまち血の海となった。
濁声の男は、目の前の光景に目を止めることなく、城内へと足を進める。
布が床に擦れる音が王の間の前まで聞こえると、扉が独りでに開いた。
「あの時の
王の間に現れた謎の者に、国王ゴルギアヌス三世は落ち着き払った声で言った。
「お久しぶりでございますな、ゴルギアヌス王」
「魔術師ごときが何をしに来た?」
ゴルギアヌスの威圧に魔術師は一切怯むことなく、濁声の中に嬉しさをにじませて話した。
「あの子を返していただこう。どこにおいでか?」
「あやつはおらぬ」
ゴルギアヌス三世の言葉に、魔術師の仮面の下の目が光ったような気がした。
一瞬、ゴルギアヌスは魔術にでもかけられるのではないかと内心構えたが、何も異変は起こらなかった。
いや、もしかしたら気が付いていないだけなのかもしれない。それは、ただの人間にはわからぬことであった。
魔術師は、ゴルギアヌスの頭の中を見透かすように半眼で見た。ゴルギアヌスは恐れることなく、その仮面の奥で光目を睨み返した。
仮面の下で、魔術師がどのような表情をしているかはわからない。だが、なぜだか魔術師が嘲笑っているような気がし、ゴルギアヌスは奥歯を噛み締めた。
「消え失せよ」
言葉と同時に投げられた短剣は、魔術師に当たることなく、魔術師の背後で落ちた。
「いいでしょう。お暇致そう」
魔術師は、口元に薄笑いを浮かべ、踵を返した。
魔術師がゴルギアヌスの頭の中を見透かしたのか、それはゴルギアヌスにはわからない。だが、ゴルギアヌスには人の頭の中を勝手に探られたような気がしてならなかった。
ゆったりとした足取りで去っていく魔術師を、ゴルギアヌスは曲がった背をじっと睨み付け、王の間から消えるまで目を離さなかった。
結局、ゴルギアヌスの身には何も起こらなかった。が、城内で失われた命は多かった。
王宮から魔術師が去った後も、不穏な空気は消え去らない。なぜ魔術師が現れたのか。ただの殺戮を行いに来たのか。そのことに関して、王の口から何か語られることはなかった。
――――魔術師が去り数分も経ってない頃、アルナーは嫌な気配を感じ取り、身震いをした。その気配が一体何なのかわからないが、背筋が凍るような鋭い視線に、己の身を守るように抱いた。
「どうかしましか?殿下」
アルナーが突然落ち着きなく顔を動かし始めたのを、スクローレンが気づかぬわけがない。
声をかけたスクローレンを見ることなく、アルナーは視線を彷徨わせたまま答えた。
「いや、なんでもない。少し誰かに見られているような気がして」
スクローレンはすぐに周囲の気配を探ったが、特にこれと言って妙な気配は感じ取れなかった。
訓練する兵や忙しく動く女官たち以外に侵入者の影はない。それでも、感じる恐怖を隠すために唇を噛むアルナーを見て、何もないとは思えない。
「大丈夫です、殿下。私がお傍に付いている限り、殿下の身に危険が降りかかってくることは万が一にもありません」
「そうだな。其方がいれば、私は大丈夫だ。ありがとう」
安堵した表情を見せたアルナーだが、内心では不安をぬぐい切れていなかった。
何か危険が迫っているのか、それともただの勘違いなのか。外の世界に慣れていないアルナーでは、判断のつけようがなかった。
「殿下、質問をしてもよろしいでしょうか?」
不安を取り省けるかもしれないと、スクローレンは話題を変えることにした。
それに、スクローレンは、アルナーと出会ってからずっと気になっていたことがあった。なぜ今になって聞こうと思ったのか。それは、単純に王宮の者に聞かれたくない内容だったからだ。
「私にわかることであれば何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。殿下の母君である王妃についてですが。
「母君・・・・・いや、知らないな」
「ご存じではないのですか?」
アルナーの返事に、スクローレンが訝し気な表情を作った。
そもそも、その当時、アルナーの存在自体が公にはされていなかった。
アルナーの誕生が公にされたのは、アルナーが五歳の誕生日を迎えた年だ。王妃同様に虚弱体質のために外へ出ることも出来なかった理由で、アルナーの存在を隠していたと王は公言した。
だが、王宮で働く者の誰一人として、アルナーの姿どころか話すら聞いたことがなかった。それどころか、王妃がご懐妊した話すら持ち上がらなかった。
王が多くは語らずにアルナーの存在を公にしたことによって、王都内では様々な憶測が飛び交った。
勿論、それはスクローレンの耳にも届いていた。だが、どれも信ぴょう性に欠けるものばかりで、スクローレンは頭に留めておくことはしなかった。だが、アルナーの存在が公になって数日、スクローレンに王命が下った。それは、アルナーの護衛だ。
王命から翌日、スクローレンは王宮へと足を運んだ。まだ一介の兵でしかなかったスクローレンは、初めて王宮に足を踏み入れた。そして、そこで初めてアルナーと顔を合わせた。
スクローレンは、アルナーの事を知るためにあらゆる質問をした。だが、アルナーはスクローレンの質問にほとんど答えられず、それどころか、まともに言葉すら話せなかった。
そうして過ごしているうちに、アルナーと国王の仲が良くない事も知った。アルナーと国王の仲については、王宮内で禁句と暗黙の了解であり、王妃のことについても同様だった。
だから、今日まで聞く事の出来なかったことを、スクローレンはようやく聞く事ができた。
「殿下は王妃とお会いしたことがございますか?」
「ないと思う。それに、母君はなぜ亡くなられたのだ?」
次々と返ってくる予想外の言葉に、スクローレンは何か嫌な予感がした。その予感が何かははっきりとしないが、よくない事だけはわかった。
「王妃は殿下が四歳の頃に病で亡くなられています。覚えておられませんか?」
もしかしたら、王妃が亡くなった悲しみで、記憶を無くしているのではないかと思った。
だが、アルナーの表情を見ていると、返事を聞かなくてもその予想が外れていることがわかった。
思った通り、アルナーは首を横に振った。
記憶がないのであれば、何が理由で覚えていないのか。あいにく、スクローレンには医術の知識はない。これが一種の病なのかそうでないのか、判断のつけようがない。
どうするべきなのか悩んでいると、アルナーが先に口を開いた。
「私には・・・・、五歳からの記憶しかない」
「え・・・?」
告げられた言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
「目が覚めたら王宮にいたんだ。あの頃の私はまともに言葉を話すことも出来なくて、みなが何を言ってるのかもわからなかった。言葉も文字もすべて、ヴァイオンや其方たちが教えてくれた」
スクローレンは、驚愕に言葉を失った。
目が覚めたら王宮にいたとはどういう意味なのか。どうして言葉が話せなかったのか。増える謎を解決したくて聞きたいことは山ほどあったが、記憶が無かったと言われては、求める回答を得られないことぐらい考えなくてもわかる。
スクローレンは、王の所業を疑わずにはいられなかった。
「あ、エレルヘグ!」
二人の頭上で
鷹は少年の腕に止まると、顔を振り一鳴きした。
「この辺りはどうだ?楽しいか?」
アルナーは優しく羽を撫で、幼き頃からの友に微笑んだ。鷹は返事をするように鳴くと、頬に擦り寄った。
楽しそうな二人の様子にスクローレンは微笑したが、頭の中ではさっきの会話が離れなかった。
「殿下、そろそろ昼です。戻りましょう」
「うん、そうだな」
アルナーは、鷹を肩に乗せたまま城内に戻った。
スクローレンは食事の間までアルナーに付き添い、他の兵士と代わると、執務室に向かった。
部屋の前に着くと、ノックもそこそこに扉を開けた。返事をする前に扉があき、バフィットの驚いた表情が目に入ったが、スクローレンは気に留めることなく、バフィットに詰め寄った。
「突然なんだ?慌ただしいな」
「殿下のことで聞きたいことがある。バフィット殿は王妃をご存じか?」
「王妃?一度ご拝見したことはあるが、随分と昔だ」
バフィットの返答でスクローレンの表情に険しさが増した。
「それが殿下とどう関係ある?」
「殿下の御出生についてだ。王妃が亡くなられたのは殿下が四歳の時だ。だが殿下は王妃の顔も覚えていない上に、王妃がいつ亡くなったのかも知らないと仰った」
次々と語られる話に、バフィットの表情の険しさが増していく。
これが嘘だというのならば笑い飛ばせるが、スクローレンの表情から笑い話で済まされるないことなど明白だ。
「それは殿下ご本人から聞いたのか?」
「そうだ。殿下に王妃について覚えているか聞いたら知らないと」
「悲しみのあまり覚えていないだけではないのか?」
「その可能性も考えたが・・・」
その先の言葉を言おうとして、慌ただしい足音に二人は扉の方を見た。するとすぐに一人の兵士が扉を壊さん勢いで入ってきた。
「何事だ」
「広場に
兵の言葉を聞いた瞬間、二人はすぐに走り出した。バフィットは広場に、スクローレンは食事の間へと。
バフィットが広場に着くと、そこには兵たちの躯が転がっていた。
「貴様ら何者だ!」
バフィットは即座に抜剣し、魔術師を見やった。晴天の下で、奇妙な仮面が光を反射し、君の悪さを際立たせている。
腰の曲がった男がゆったりとした足取りで前に出てきた。
「我が
「ここに国王はおられぬ!さっさと消えてもらおうか」
「黙って引き渡せば、これ以上の骸を出しわせぬ」
差し出された手は、骨に皮が張り付いているだけで肉など無かった。病に侵された人間の死に際のような手に、バフィットは知らず知らずのうちに後ずさりをしていた。
「バフィット!」
二人が睨みあっていると、少年の声が響き渡った。バフィットも魔術師の男も、城内から駆けだしてくる少年に目をやった。
「殿下、来てはなりません!」
バフィットが叫ぶと同時に目の前の男が、脇をすり抜けようとした。
咄嗟にバフィットは剣を振るったが、魔術師は杖で簡単に受けきってしまった。
「おお、我が王よ。お待ちしておりました。さあ、
大げさなほど身振りと意味の解らない言葉に、バフィットは男から距離を取った。
「な、なにを言っているのだ?」
魔術師たちの狙いがアルナーと分かった瞬間、駆けつけたスクローレンと数人の兵たちがアルナーを守るように囲った。
男は嘲笑うように口を歪め、その気味悪さにアルナーが息を飲んだ。
「さあ、我が王よ。そのような
「其方は誰だ?なぜ私を知っている?」
「我が王にして、我が神よ。あなたはこの世界を創りなおすのです」
アルナーと魔術師との会話は成り立っておらず、アルナーは戸惑うばかりだった。
男の言っている意味は、魔術師たち以外には誰も理解できていない。過激な宗教団体のようにも取れる言動に、バフィットたちは教会の人間かもしれないと考えていた。
バフィットは剣を構え直すろ、小さく息を吐いた。
「スクローレン、殿下を連れて逃げろ!ここは儂がなんとかする」
「だめだ!」
スクローレンよりも先にアルナーが叫んだ。
「殿下、お逃げください!」
「でも、其方まで・・・」
「大丈夫です。こんな老いぼれに負けやしません」
「・・・・・」
「殿下、行きましょう」
スクローレンはアルナーの腕を掴むと、無理矢理走らせた。
「みなが死んでしまう!」
「大丈夫です。バフィット殿は強い」
アルナーはもう一度振り返り、バフィットの背を目に焼き付けた。
「魔術師どもの掃討だ!」
バフィットの言葉で兵たちが一斉に切りかかった。響き渡る剣の音、耳に残る悲痛な叫び声、肉の切れる音が、城内に響き渡っていた。
・・・・アルナーは、たった一日でロージス城塞を去ることとなった。
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