第380話 報われぬもの

「切り崩すって・・・具体的には?」

 なんとなくその方法は思いつかないこともないが、有斗の考えではそれは実行効果が薄い気がした。

 とはいえ有斗の思い付きがセルウィリアの考えとイコールというわけではない。別の良策があるのかと思い、有斗は詳しい内容を聞き出そうとする。

「バアルもリュサンドロス卿もわたくしに仕えていたことで。心ならずも天与の人である陛下に敵対し、その流れで反骨精神から陛下にお仕えすることも出来ず、日々の不遇をかこつこととなり、そこを教団につけこまれて助力する気になったと思われます。ここは陛下の広い御心を持ちまして、御寛恕を賜りたいと存じます」

 やはりそれか、と有斗は少々落胆する。別に好餌をもって人を調略することが嫌いだとかいったことから落胆したのではない。ただ一角ひとかどの将軍たる者を報酬で釣って寝返らせることが可能なのか少し疑問だったのだ。三国志の呂布みたいに利を食らわせれば直ぐに裏切ってくれるやつは現実には早々いないのである。ほいほいと簡単に寝返れば、その悪評は本人に一生ついて回るのだから。

 それに実力的に折り紙のついているバアルはともかくも、リュサンドロスとかいう将軍を引き抜いて教団にダメージが本当にあるのかは少し疑問だ。西京前の戦いで槍を交えたはずなのに、リュサンドロスという名は有斗の記憶に毛ほども残っていない。

 関西は戦がそれほど存在せず、年功序列で軍務畑を歩いてきた官吏が将軍になるのが通例であったようなので実力のほどは知れているのではないかとも思う。

 もちろん兵士よりも兵卒を指揮する伍長や百人隊長、さらに言えば軍全体を指揮することができるような将軍は得がたい存在であることは事実である。それらは一朝一夕に得られるものではない。であるから一人でもいなくなればそれは元が軍事組織ではない教団にとって大いなる損失であるかもしれない。

「僕の寛恕って具体的には何をすればいいの?」

「彼らに何らかの形で陛下に仕える道を用意して頂くことができますれば・・・それをもってわたくしから彼らを説得し、味方にしたいと存じます」

 ようは朝廷に迎え入れるということか。だがそれには問題がある。彼らが望むであろう官位や身分に対して、既存の朝臣との釣り合いだとか兼ね合いだとかが問題となってくるだろう。朝廷にだって余っているポストがそうそうあるわけではないのだ。

 かといっていきなり空位の左府だとか右府だとか羽林大将軍だとかに抜擢するわけにも行かないし。

 だが有斗が様々な疑問を口にするより早く、アエネアスが頬を膨らましてセルウィリアに詰め寄った。

「バルカを味方にだって!? 馬鹿言わないで! あいつが余計なことを起こさなければ兄様は死ななかったんだから!! 例え天地が逆さまに成ろうとも、あいつだけは許されるはずがない!」

 アエネアスが勢いよく机に拳を叩きつけて、セルウィリアにまくし立てた。

「当時のわたくしの短慮から、アエティウス殿が落命されしこと、心から申し訳なく思っております。確かに白鷹の乱を計画し実行に移したのはバアルですが、その決行の許可を与えたのはわたくしです。その責務は全てわたくしが負うべきもので、罰せられるべきはわたくしではありますまいか。例えば殺人事件があったときに、法で罰せられるのは犯人が使った剣ではなく、剣を使用した犯人であるはず。なにとぞ、広いお心を持ってアエネアスさんにはバアルのことを許していただきたいのです」

 本来ならば羽林将軍に過ぎないアエネアスにセルウィリアが許可を求める必要など道理から言って一欠けらもないのだが、アエネアスの感情が有斗の判断を大いに左右する材料になることを知っているセルウィリアは頭を下げて頼み込む。

 ・・・もっとも本音ではそれは愉快なことではなかった。

 頭を下げることが、ではない。自身の敬愛する偉大な天与の人が一人の人物、それも一人の女性の感情に決断を大いに左右されることが、である。

 一方、セルウィリアが頭を下げるその姿を見て有斗はちょっとした感慨に包まれた。

 かつて関西の女王であったセルウィリアは生まれてから頭を下げたことなどめったにないに違いない。下手をするとこれが初めてかもしれない。

 関西での政治のありようを見るに、さほど政務にも身が入っておらず、王が負うべき義務などには一切関心を抱かずに自分のことだけで過ごしてきたように思えたあのセルウィリアが、かつての旧臣の身の為に、何よりアメイジアを平和にするために、かつてならば言葉を与えることすらしなかったであろう地位である羽林将軍のアエネアスにこうして頭を下げることが出来るようになったなどと有斗などは感心するやら感動するやらだったが、その想いは頭を下げられたアエネアスにはあまり届いていない様子だった。

「ふぅん・・・いい度胸だね。進んでわたしの刀の錆になりたいと、そこまで言うのならば、その願い、是非にも聞き入れてやろう」

 アエネアスは真顔でそう言うと、さやからすらりと愛用の剣を抜き、切っ先をセルウィリアに突きつける。

「待った! アエネアス! アエティウスにむくいる最良の方法は、アメイジアに平和をもたらすことだと僕と一緒に誓ったじゃないか! そもそもセルウィリアを殺しても事態は何も解決しないよ!! セルウィリアは意図的にアエティウスの命を奪おうとしたんじゃないんだし!」

 こんなところで流血騒ぎを起こされてはたまらない。有斗は素早くアエネアスとセルウィリアの間に体を割り入れて、最悪の事故だけは防ごうとする。

 ここでセルウィリアを殺すということは、戦場で戦っている敵を切るのとはわけが違う。これは一方的な感情によって相手を傷つける行為、そう殺人だ。

 アエネアスを単なる殺人者にしたくない。何万人の兵士に敵を殺せと命じている王として身勝手な考えかもしれないけれども、そう思わずにはいられなかった。

 それにセルウィリアの存在が有斗の朝廷に一定の調和をもたらしていることも事実、アメイジア東西朝廷の融和の象徴としてセルウィリアには利用価値がある。生きていてもらわねばならないのである。

「冗談だよ。わたしだってアメイジアの平和のためならば、兄様の仇といえども受け入れねばならぬことくらいわきまえているよ。もちろん、それが本当にアメイジアの平和のためになるのならば、だけどさ」

 と未だ座った目のままで抜き身の剣を右手にしっかりと握ったまま、アエネアスは目線をセルウィリアから外してそう言った。

 本当に冗談なんだろうな・・・と有斗は疑わしい目つきでアエネアスの行動を油断なく監視する。

 アエネアスの冗談はどこまでが冗談だかさっぱり分からない。

「でも職を与えるって簡単に言うけど、陛下に敵対したものをいきなり高位に据えたりしたら、いままで朝廷にこつこつと仕えてきた者たちが不満を持つじゃない。かといって低い位では彼らを満足させられないだろうし」

「位の高下は問題ではありません! 彼らからしてみれば天与の人である陛下から直々にお声がかかったという事実こそ大事なのです! 天与の人が自身の存在を知っている、自分を必要としていると感激して直ぐにお味方に馳せ参じるに違いありません! そもそもいくら教団が厚遇を約束したところでそれは絵に描いた餅、朝廷に勝つという無理難題を成功させなければ、重職に就くことなど不可能なのですから。例え微職でも天与の人の下で安定した仕事に就くほうを選ぶに決まっています!」

 セルウィリアはそう強調してアエネアスの言葉に反論するが、

「それは女の考え方だよ。相手にとって自分という存在が必要とされていて、食べていける職があるだけで満足すべきだという考え方は。男は時に他人から見れば愚かと思えるような誇りとやらの為に命を懸けることができる生き物なのよ。誇りが満たされないならば、例えそれが旧主の言葉であっても聴くとは思えない」と取り付く島もない。

 それが関西の王としてあまり評判のよろしくなかったセルウィリアの言葉なら尚更だとは思ったものの、アエネアスはさすがにそこまでセルウィリアをけなすのはどうかと思い、言い出さなかった。

 そんなアエネアスの珍しい気遣いなど知らないセルウィリアはアエネアスの言葉に反発する。

「アエネアスさんも女ではありませんか」

 たまに本当に女か確かめたくなるときがあるけどな、と有斗はちょっと意地悪く思ったりもした。

「確かにわたしも女だけど、男の世界に身を置いてきた。少しは男のものの考えは分かる。それも真のおとこのものの考え方が。わたしが思うに彼らが陛下に逆らっているのは己の矜持きょうじや生き方の問題であって、容易く転向するとは思えないんだけど」

「そんなことありません! 戦国の世を終わらそうとしている偉大なる天与の人にその力が必要であるとまで言わさしめたのであれば、まさに男子の本懐! その意気に応えないなど、それこそ男ではないではありませんか!」

 鼻息も荒く力説するセルウィリアに対してアエネアスは冷めた意見を述べる。

「力説するあんたには悪いけど、それはどうかなぁ・・・天与の人といっても、陛下はこんな感じなんだもの」

 酷い言い草ではあるが、確かに実際の中身は本人である有斗が考えてみても、抜きん出て衆に優れているものがあるというわけではない。

 天与の人とかいう中二病じみた言葉から感じられるような人間離れしたなんらかの異能を所持しているのではないのだ。正体は凡百の日本の学生だからな・・・と有斗は溜息をつく。

 まぁしかし、いつも近くにいるアエネアスたちならともかくも、顔もろくに合わせたことにない人間相手なら天与の人というはったりも少しは通用するかもしれないと、少し気を取り直した。

「・・・はぁ・・・こうやって言い争っていてもらちが明かないわね。最終的に決めるのは陛下なんだから、ここは陛下に決断をしてもらおうじゃない」

 溜息と共にアエネアスがそう言うと、二人揃って有斗のほうに向き直る。

「少し考えてみたんだけど、成功すれば敵から戦力を奪うだけでなく、裏切り者が出たということで内部に疑心暗鬼の種をまくことも出来る。失敗しても特にこちらが失うものもないかんじだ。ラヴィーニアも賛同したのなら、僕としても反対する用件は見られない。やってみたらどうかな?」

「まぁ! さすが陛下ですわ!」

 セルウィリアはアエネアスではなく自分の主張する意見が採用されたことに、ぱっと顔を輝かせて喜びを表現する。反対にアエネアスは自分の意見が通らなくて不満そうな顔を見せる。

「あ、でも問題があるか。彼らに接触する手段がない」

 敵同士だ。堂々と使者を送るわけにもいかないだろう。第一、彼らが敵陣のどこにいるか誰も知るものはいない。

 まさかセルウィリアを敵陣へ行かせるわけにもいかないだろうし。人質にでもとられたら大変なことになる。

「それならば大丈夫です。中書令から人を借りてまいりました。なんでもどのように警戒された敵陣でも忍び込むことが出来る忍びの達人だとか・・・その者に書簡を持たせて届けさせようと思いますの」

「そうか・・・」

 ならばセルウィリアの身に危害が加わることはないだろう。

 さすがはラヴィーニアである。実行するに当たって問題となりそうなことは既に対策済みというわけだ。

 まぁやるだけやってみるか、と有斗はセルウィリアの熱意にほだされるような形で、この策の実行に前向きになった。どうやら失敗しても損はない計画のようだし。

 書簡を書くセルウィリアの為に部屋を用意するようにアエネアスに命令すると、一瞬嫌そうな顔をしたものの、アエネアスはしぶしぶと適当な部屋を見繕う為にセルウィリアと共に出て行った。

「しかし・・・こんな見通しが甘い策に対してラヴィーニアが実行許可を与えたってことがいまいち理解できないな・・・」

 成功確率はそれほど高いとも思えないのだけれども。

 それともセルウィリアというのはそれほど関西の臣民に影響力があるのかな、それほど熱心に政務を取っているようには思えなかったけれども、と有斗は自身の目だけで判断できない何かがあるのかもと、セルウィリアを大いに見直す気になった。


 同じ疑問を既に一週間ほど前にラヴィーニアにぶつけていた者がいる。

「確かに現状に不満があったかもしれません。教団の力に現状を変革できるだけの力を見たかも分かりません。ですが将としてそれなりの名を成した彼らは愚かというわけではありません。アメイジアを手に入れた王と正面きって喧嘩を売ろうとすることの意味を取り違えているとは思えません。腹を据えて挙兵したはずです。多くの傭兵のように人生の逆転を狙って、決して考えなしに反乱騒ぎに加わったというわけではないでしょう。確かにあの王女は旧主であるかもしれませんが、その言葉がどれほどの効果があるか疑問です」

「・・・やけに彼らに対して理解があるのだな。誰かに肩入れするなど、お前にしては珍しい」

 影が見せた時ならぬ感情にラヴィーニアは興を呼び覚まされたのか、目を見開いて影をまじまじと見た。

 影はいつもと変わらず、そこに立つだけ。だけれどもラヴィーニアの目には影が一瞬だけ身じろぎしたように思われた。

「・・・別に・・・ただ、受け入れることはないのではないかと・・・そう思っただけです」

「ふふん。いいさ、そういうことにしておいてやる。人には誰にだって心の奥底に他人に触れられたくないものがあるものさ。で、その件だが、それはお前の言うとおりさ。おそらく受け入れることはない」

「でしたら、なにゆえ?」

「教団の理想と彼らの希望とは元からして大きく食い違っている。王を倒すという共通の目的で集まった彼らだが、しばらく行動を共にしているうちに、その違いに気付く者が出てもおかしくない。だとしたらこちらの差し出した調略の手に掴まる可能性もなくはないってもんさ。もちろん、彼らがそれに気がつくほど賢く、そして教団と行動を共にする愚かさを悟るだけの賢明さが無いとそうはならないだろうけどさ。あたしとしたら彼らが己の先非を悔い、陛下に膝を屈してくれることを願うだけだね。だいいち、そのほうが楽でいいじゃないか」

「なるほど・・・」

 影はそれで納得しかけたようだったが、次の瞬間、この策には他に危険が潜んでいることに気付いてラヴィーニアに注意を促した。

「ですが、あの育ちのいい気位だけは高いお嬢さまが裏で教団と行動を共にしている連中とグルで、王宮を抜け出て合流する気ならばいかがいたします? 少々厄介なことになりはしませんか?」

 もしグラウケネあたりにそのことを訊ねたならば、一笑の下に付したことだろう。傍目はためにも分かるくらい陛下をお慕いしているセルウィリア様が、陛下を見捨てて出て行くことなどありえぬことであると。

 であるがラヴィーニアはそういった男女の感情の問題からではなく、別の視点からそれは厄介な事態ではないと考えていた。

「ふん! やれるものならばやってみるがいい! 関西の王女を神輿として担ぎ上げるということは、陛下から関西の王女に王朝を交代させるだけという意味を持つ。政体をも革命しようとしている教団の理念とは相容れない。教団の幹部が納得するものか。内部分裂するのが落ちさね」

「最終的にそうなるにしても・・・王女を担ぎ出された場合、一時的にこちらにもいろいろと厄介なことが起きるのではないでしょうか?」

 例えば関西諸侯や関西出身の王師の兵の中からも裏切りが出るかもしれないし、関西の住民の中から朝廷に対する抵抗運動が起きるかもしれない。

「・・・何のためにお前を一行に加えたと思っているのだ?」

 ラヴィーニアは口の端を嫌味たらしく曲げてそう言うと、彼女より頭一つ以上高い、その影の顔を見上げた。

 カトレウスやデウカリオの暗殺を命じても身じろぎもしなかった影が一瞬、歪んだ。怯みを見せたようだった。

「・・・よろしいので? サキノーフの血を引く、仮にも先の関西の女王だった人物を始末したら何かとうるさいことになるのではないですか?」

 だがラヴィーニアはそれもまた既に織り込んで計算し、この判断を下していたのだ。

「構わない。その場合は奪回しようとした敵の手にかかって死亡したことにすればいい。敵を非難する格好の材料になる」

「本当に・・・何にでも陰謀の種になさるのですね。怖い人だ」

「褒め言葉と受け取っておこう」

 ラヴィーニアはそう言ってふたたび影に不敵に笑って見せた。


 有斗が南京南海府を手中に収め、セルウィリアが王都から南京南海府に到着するという事件の間も、教団は大軍をまとめるのに苦労しつつも、なんとか無事に南域へと兵を退けつつあった。

 まとまりのない教徒と違い、傭兵たちは軍隊的な統一行動ができる。とはいえ前方が塞がっていては進むこともままならず、一日の大半は前が大きく開くのを待って過ごしているだけ。時間をもてあまし気味であった。

 そんな時間を無駄にするのももったいないと、バアルは頻繁に教団幹部に作戦提案を行うことで過ごしていた。

「どうでしたか?」

 前方、半舎は先にある教団幹部たちのいる場所まで往復してようやく帰ってきたバアルにパッカスが声をかけた。

 もっとも聞かなくても答えは分かる。バアルの顔が浮かないのだ。

「あまり手ごたえはよくない。また・・・駄目であろうな」

 会見の場での教団幹部の態度を思い出し、バアルは力なく肩を落とす。彼らはバアルの策を優劣で判断せずに、ただ戦の主導権を傭兵の手に渡さぬためだけに反対するのだ。反対のための反対、なんと無意味なことであろうか。

 だが採用されぬことを承知でバアルが策を立て続けるのは何故か。ひとつはそれは武将としてのさが、勝利を追及する武将としての本能がそれをせずにはいられないのだ。

 もうひとつは教団幹部の頭にそういった選択肢があるということを刻み込ませるためだ。

 今は教団という組織の名誉と権力だけを考え、傭兵たちの考えなど聞く気もない彼らだが、いざとなればその選択肢があることを思い出して、そう行動してくれるかもしれないと一縷いちるの望みに託してみたのだ。

「またですか! しかし教団の阿呆どもはいったい何を考えているのでしょうかねぇ!? 将軍の策を退けるだけの根拠を持ったものを用意しているのならばともかくも、ただ無策に後退を重ねるだけとは・・・! まったく、呆れてものが申せません! こんな戦は生まれて初めてです!」

 そうだろうな、とバアルは思う。バアルとてこのような意味の分からぬ戦い方は生まれて初めてだ。それどころか頭の中で史書を軽く紐解いてみたが、馬鹿げた戦術は数多くあれど、このような意味の見出せぬ戦い方をする将など思い当たらない。

「そもそも戦のことは専門家である我らに任せておけばいいものを! やつらは後方で勝手に祈りでも行っていればいいのだ!」

 その時々に合った策を献策し続けるにも拘らず、一向に報われる気配のないバアルを見て義憤に駆られたのか、パッカスが当人よりも怒りをあらわにする。

 いかにも直情径行なパッカスらしい、とバアルはその感情はありがたく思いながらも冷静にパッカスを落ち着かせようとする。

「よそう、パッカス。味方で争っていても何も解決しない」

 不満を口にすれば、口にした当人は気持ちが多少楽にはなるが、事態が解決するわけでもない。それにいつしか噂となって一人歩きして味方の中に蔓延まんえんし、流行病のように将兵の心をむしばんで、いつしか戦どころではなくなるかもしれないのだ。

「将軍・・・それでは将軍があまりにもご不憫で・・・!」

 パッカスは王との決戦に臨んでバアルほどの将器を用いない教団の不合理さ、狭量さを嘆いた。

 これほどの将を得て、それを有効に用いないなど正気とは思えなかった。一度負けたのに、まだ教団幹部は自分たちが戦においては無能であると目が覚めないのかと怒鳴りつけたい気持ちだった。

「・・・我らの目的は今一度、王と戦場で雌雄を決する戦いを行うこと。コルペディオンのような不完全燃焼な戦ではなく、どちらかが完膚なきまでに他方を葬る、そんな戦をだ。それ以上のことは望むまい。欲をかきすぎるというものだ」

 そう、アメイジアを王が統一した現在、それだけでも十分に分に過ぎた望みであるといえる。

 だから・・・

「・・・例え、勝利が望めなくとも・・・な」

 バアルは椅子に深く腰掛けると目を閉じて深い深呼吸と共に胸の奥から言葉を吐き出した。

「将軍・・・・・・!」

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