第94話 長征(Ⅶ)

「いいよ、会おう」

 有斗はそのあまりにも虫のいい提案をあっさりと了承した。

 驚いたのはステロベの言葉を聞くや憤慨ふんがいしていた諸将だった。

 もはや四方は囲まれて逃げ場などないのである。有斗が一言攻めよ、と言えば吹けば飛ぶような彼らなのである。ひざまずいて靴を舐めるように命乞いをするならともかく、降伏に条件を出すなどもってのほかだった。

 なんでそのようなふざけた条件を黙って持って帰って来たのだ、とアリアボネに険悪な視線を向けていた彼らは、有斗から発せられた思いもかけぬその言葉に耳を疑う。

「御気は確かですか!? ステロベ卿は武人として名高い。陛下では一対一では歯が立たない。陛下が目の前に一人で現れたら、必ず刺し殺します。もしくは陛下を人質にするかもしれません。陛下を盾にされたら我々には打つ手がありません! 彼らが逃げるのを指をくわえて見ているしかないのです。おやめください!」

 アエティウスの言葉に本営に集まった皆は揃って大きくうなずいた。

「みんなはその意見? アリアボネはどう思う?」

 有斗がそう聞いたのはアリアボネには違う意見があるのではないだろうかと思ったからだ。

 こんな有斗でもわかるくらい意味不明な提案を受けたのに、それを拒否もせず、わざわざ有斗に伝えたということは、アリアボネはそこに何らかの理を見たからに違いないのだ。

 それに元々ステロベにこだわっていたのはアリアボネなのである。後背を見せて逃げる敵軍の追尾を止めさせ、全ての兵でステロベ隊を囲い足止めさせたのも、降伏の使者を送るべしと進言したのも彼女なのである。きっとそこにはなんらかの意図が隠されているに違いない。

 アリアボネは王の言を受けると、深々とゆうの礼をする。

「私は是非ともこの提案を受けていただきたい、そう思います」

 アリアボネがそう言うや、その場には怒号が飛び交った。

「何たる無謀! 中書令は気でも狂ったか!?」

「王の身に何かあったらどうするつもりだ!」

「まさに言語道断だ!!」

 有斗は皆に向かって手を突き出すと、静粛を求めた。

「皆静かに、アリアボネからその理由を聞こうじゃないか」

 自分より何倍も大きな男たちに一斉に責め立てられ、少し顔色を青ざめさせたアリアボネは、一呼吸すると気を落ち着かせてそのわけを話し出した。

「ステロベ卿は関西の重鎮です。もしこれを味方にすることが出来たら、その効果ははかりしれない。利を見る諸侯たちは彼が裏切ったのだ、もう関西は長くないと味方をしてくれますし、理を見る諸侯たちも彼が主君と認めたなら、さぞかし素晴らしい王であろう、さすがは天与の人と味方するでしょう。塞がれている西京までの道が一気に開くことになります。しかし彼を味方にするにはどんなに領国を与えると約束しても、どんなに厚遇すると約束しても無理でしょう。だが、陛下ならばできる。彼を信じて一対一で話し合いに行くだけで、その前代未聞の行為に彼の心はよろめくはず。ここにいる全員と同じように、彼もまた陛下が危険を押して出てくるはずもないと思っているのですから。そこで赤心を持って言葉を尽くされれば、必ずや味方になるはずです」

「宰相は武人の心底を分かっておらぬ! あそこまで名前の知れた武人が味方になることなどあるはずはない!」

「そうだ、それに目の前に値千金の陛下の首があるのだぞ、陛下の命を狙うと考えるべきであろうが!?」

 再びアリアボネに非難をぶつける諸侯たちに大意を細かく砕いて説得を続ける。

「いいえステロベ卿はそういったことから一番無縁な人物です。彼の経歴を見れば分かります。権に迎合せず、利をむさぼらず、女王にすら直言する孤高の存在。彼の生き方は利や権からもっとも遠いところにあるのです。彼が重んじるのは虚栄心。自身を優れた人物であると他人に思われたい、とそれだけを考えているのです。ですから陛下を殺しません。彼から持ちかけた取引に応じた陛下を殺したり、人質に取ったりしたら、彼の武将としての名前は血でけがれます。今まで四十年をかけて築き上げた武将像を、その一回の過ちで全てを失くすことになるのです。それはステロベ卿にとって死ぬより辛いことでありましょう。ですから陛下は安全というわけです」

 有斗はアリアボネの説明に大きく頷いた。

「なるほど理にかなってる」

「・・・陛下!」

 その二語は同時にあちこちから発せられた。

「決めた。僕は彼に会ってくる」

 将軍も諸侯も一斉に有斗に翻意してもらおうと口々に何事かを話しながら詰め寄ってきたが、有斗はがんとして受け付けなかった。アリアボネの言うことはもっともだと思ったからだ。

「王命だ!」

 と声高々に議論を打ち切らせる。

 その有斗にアリアボネはゆっくりと頭を下げた。


 一通り諸侯から口々に怒声やら罵声やらを浴びるというあまり嬉しくもない仕事を終えると、アリアボネは気苦労のあまり大きく溜め息をついた。

 陣営にはアエティウスと彼女だけが残されていた。

「アエティウス殿は私に言いたいことはないのですか?」

「それをしてアリアボネが陛下に翻意するよう説得してくれるのなら、いくらでもするが、そうはならないんだろう?」

 見かけによらず、意外に頑強なところもあるからな、陛下もアリアボネも、とアエティウスは笑った。

「申し訳ありません」

 頭を下げるアリアボネを見て、アエティウスは頭をかいた。仕方が無いと言った様子だった。

「謝られてもなぁ・・・ところで本当にステロベ卿は陛下に手出しをしないのか?」

 念を押したアエティウスに帰ってきた答えは予想外のものだった。

「わかりません。五分五分です」

「おい・・・!」

「ステロベ卿が大いなる虚栄心を持つ人物であることは確実です。だけど目の前に陛下が現れたら魔が差すことはあるかもしれない。これは賭けです。此度の遠征で関西を落とせるか否かは、ステロベ卿の去就ひとつにかかっているといってもよい。ならばやるだけの価値はある」

「しかし陛下の命がかかっているんだぞ? 危ない橋を渡る必要があるのか?」

「この長征に負けたとき、失われる兵糧も武器も兵士も諸侯の信頼もおそらくは桁違いのものになるはず。この作戦の失敗は関東の滅亡に直結しております。とはいえ関西とカヒが連合した今、このままでいることなど許されない。関東は座して死を待っているのも同然なのですから。敵対する二者のうち片方を滅ぼすしか陛下が生き残る道は無い。ですから無謀とも思えるこの策をお勧めしているのです。ひとたび長征を選んだからには、例え陛下に危ない橋を渡っていただくことになっても、勝利を目指さなくてはならないのです。それに大事を成す英雄はその一生のうち一度や二度は、誰もが考えなかった不可能ごとを奇跡を起こして飛び越えてみせるものです。陛下にとってはこの長征がこそがきっとそれだと私は思うのです」

 確かに歴史に残る英雄は常人から見ると、絶体絶命の危機を信じられない手段で打破する局面が一度ならずあるものだ。信長の桶狭間、秀吉の中国大返し、家康の関が原のように。

 だが飛び越えることに失敗して、大事を成せずに死んでいった英雄未満の人物はその何倍もいただろうに、とアエティウスは溜め息をつく。

「納得は出来るが・・・同意はとても出来ないな」

「私は陛下の考えに添って策を立てるだけです。陛下がこの長征を行ったからには出来うる限りの手を用いて勝利を目指す。ステロベ卿の一件もその一つに過ぎない」

「しかしなぁ・・・ところでステロベ卿に関する情報は本当に正しいのか? 誰に聞いたんだ?」

「ラヴィから聞きました」

「・・・! よりによってあの女から聞いた情報を基にしたのか!?」

 アエティウスは驚いた。ラヴィーニアは先の叛乱劇の首謀者である。それはあまりに危険なことに思えた。

「大丈夫。私なりに調べてみて同じ結論に達しております。この件ではラヴィは嘘を言ってはおりませんよ」

「とは言ってもなぁ・・・」

 ラヴィーニアは一度反乱を起こした身。再び王に危害を加えないとは言い切れない。

 それに今は冷や飯喰らいだ。陛下に良い感情を抱いているとは考えられない。

「私はその情報をもたらしたラヴィーニアを信じます。そして天与の人としての陛下を信じます」

 アリアボネは外から分かるほど裾の中でぎゅっと手を握り締めていた。

「もし万が一、陛下が亡くなることがあったら、私の首を差し出します」

 そこまで言われては反論もし辛い。アエティウスは困ったように首を二度三度と横に振った。

「・・・王の首は誰の首ともつりあわないぞ」

「・・・・・・存じております」

 そう言ったアリアボネの顔は強張り、青ざめていた


 有斗が会見に向かおうと陣幕から歩み出してもなお、諸侯は反対の大合唱だった。

 誰の考えかは知らないが、替え玉を使おうなどと諸侯は口々に有斗に献言する。

 アエティウスなどは自らがその役になると名乗り出までしてくれたが、考えた末、有斗は却下した。

 それではステロベが一度は味方してくれることになっても、替え玉だと気付いたら気分を悪くして出て行くのは目に見えている。ステロベが味方にいるということが関西の諸侯や朝廷に影響を与えることになるのだから、出て行かれては返って逆効果だ。

 本心から味方にするには、偽物を使うといった姑息こそくな手段は使ってはならない。有斗自身が腹を割って話し合わねば。

 アリアボネにもう一度敵陣まで行って、細かい条件を詰めて来てもらった。

 両者とも供はなし、両陣から等距離のど真ん中、武器も馬も無しということになった。

 とはいえ相手は筋骨きんこつたくましい武人らしい。素手でも有斗を軽くひねり殺せそうではある。

 有斗は王服に着替えるとゆっくりと敵陣目指して歩き出した。


 両陣営が対峙するその中間、その場に先に到着していたステロベは既に混乱の極致に達していた。断られるのを前提としてステロベが出した言語道断の条件に関東が何故か同意したからである。

 何度考え直しても、その条件を呑んだ理由が分からない。

 向こうはもう勝利しているのである。後は包囲した北辺軍を片付ければいい。一時間もかからず我らは全滅するであろう。それで関西の北辺の防衛力は吹き飛ぶのだ。関西を攻略するならそれでいいではないか。ステロベにとってもそちらのほうがいい。関西の忠臣としての生を全うできるのだから。

 ステロベが頭の中で一人議論を組み立てていると、やがて敵陣に動きが見えた。

 敵陣から一人の男が出てきた。そのきらびやかな衣服、おそらくは王服だ。

 だということはあれが王か。だが近づいてくるその姿を見てステロベは疑惑を深める。

 ・・・本当に王か?

 平々凡々な少年に無理矢理王の服を着せただけに見える。だが替え玉として出て来たにしてはあまりにも変だった。

 ステロベが会見に出てきた王を殺したとしよう。もし王として出てきたものが替え玉だとすると、ステロベの条件を受けたものの、やはり怖くなって寸前に偽物を送り込んだ根性なし、とアメイジア中の笑いものになる。だから替え玉で出してくるなら、ステロベが襲い掛かって来たときに、対処し逃げ出すことの出来る屈強な兵を、王と偽装して送り出すはずだ。逃げ切れさえすれば、王を殺されるという不名誉も、偽物を送り込んだという不名誉も浴びることなくこの事態をやり過ごせる。それどころか会見に応じたのに殺そうとした関西勢の酷薄さを世間にアピールすることにもなる。こちらのほうが関西に与えるダメージは多いかもしれない。

 だがそれをしなかった。あえてしなかったのだ。

 あんな少年をわざわざ替え玉に偽装する必然はどこにもない。

 考えられる全ての事柄がバラバラで同じ方向を向いてはいないのだ。

 もしこれがステロベを騙す奇計の一つだとしたら、もうちょっと整合性が取れていないとおかしいのである。

 だから目の前の吹けば飛ぶような撫で肩の威厳の無い少年を見て、これは本物の王だとステロベはかえって直感で信じた。

「陛下に初めてお目にかかります。私は鎮北将軍を拝命しておりますステロベと申します」

 ステロベは深々と美しく揖の礼をする。その立ち居振る舞いと言い、大きくは無いがバランスの取れた肉体といい、有斗はなるほど関東にも伝わるほどの武人であると妙に感心する。佇まいからして違う。存在感があるのだ。

「僕は有斗。よろしく」

「失礼ながらお尋ねいたしてもよろしいでしょうか?」

「いいよ、なんでも言ってみてよ」

「陛下ご本人でいらっしゃられますか? 影武者では無く?」

 ・・・やっぱり王には見えないんだな、と有斗は長嘆息する。

「どうやら、そういうことになっているらしいよ」

「これは大変失礼をいたしました」

 深々とお辞儀をするステロベの顔が上がるのを待って、有斗は口を開く。

「君の戦いぶりを見せてもらった。関東の大軍に対して寄せ集めの軍で立ち向かい、一歩も退かぬその気概といい、互角に渡り合うその手腕といい、殺すには実に惜しい。それだけではなく君は関西の女王であっても、自らが正しいと思えば相手を恐れずに諫言かんげんする、正義を重んじる人であるとか。君ほどの人物を失うのはアメイジアにとって大いなる損失といえる。どうだろう? 降伏してはもらえないかな?」

 有斗は来る前にアリアボネに言い含められた言葉を一言一句いちごんいっくたがえずに口に出す。

 何よりも名誉と誇りを重んじるステロベなら、有斗直々に説得すれば味方になる可能性は高い、そうアリアボネは言っていた。

 ステロベはじっと考え込むようであった。事実ステロベは揺れていた。関東の王は四師の乱を治め、南部を纏め、河北を掌握した王である。実績だけなら古今稀ここんまれに見る武断の王といってよい。その王に手放しで褒められて、まったくぐらっと来ない武人などいるはずも無い。

 だがステロベは己の名誉を考え、辛うじて転向することを踏みとどまった。

「陛下直々のお誘い、この不肖、見に余る光栄と存ず。されど我が家は歴代関西の王に仕えて来た家、余人は知らず、このステロベは最後のひとりとなっても関西を裏切ることはありませぬ」

 よしよし、と有斗は心の中でガッツポーズをした。この反応も織り込み済みだ。

「君は何のために己の命を捨てると言うんだい?」

「王家への忠義です」

「忠義とは正しい王朝のみに存在する。関西の女王が正しいと思っているの?」

「関東の者が関東の王を正しいと思うように、関西のものは関西の女王が正しいと思うのです」

 そんなこともおわかりにならぬか、と言わんばかりだった。

「では正しい王とはなんだろう?」

 有斗は畳み掛けるように問いを続ける。

 ここからは我慢比べだ。有斗は相手が反論できないような正義を提示し降伏させることが出来れば勝ちだし、ステロベは有斗の言葉に反論し、有斗をキレさせステロベたちを攻めさせる形になれば勝ちである。

「高祖神帝サキノーフ様の血を引き、正当なる王朝を継ぐ方であられます」

 それはサキノーフの血を引かない有斗に対する明らかな当て付けだった。

「違うね」

 有斗はステロベの言葉にちょっとむっとしたが、不快を飲み込んだ。

「正しい王とは、民の為を思って国を運営し主催する者のことだよ。もちろん王がそう考えたからと言ってそうなるとは限らないけど」

 そう、有斗だって民によかれと思って作った新法で、逆に民を虐げることになってしまった。そんな例は歴史では枚挙に暇がないであろう。

「でも少なくともそう考えずに政治をするよりも、そうしたほうがいいに決まっている。関西は果たして民の為に政治をしているのかい?」

「当然です。外敵から民を守り、法を施行して、恩徳を施す。関西と関東に分かれてから百年、ずっと我らはそう過ごしてきました。関東のように内乱あり、分裂ありの朝廷ではありません」

「そこがおかしいと思うんだよね」

「どこがでしょうか?」

「関西は自身ではアメイジアの王と名乗っているよね。ならば困窮のきわにある関東の民も関西の民と同じアメイジアの民だよね? その民が戦乱で困惑してるのに知らぬふりだ。関西の朝廷はこの戦国乱世を治めようと努力してきたのかい?」

「当然ですよ。朝廷も女王も日夜それだけを考えております」

「ならば聞こう。関西は関東との戦いに敗れると鼓関を閉じて閉じこもったという。まぁそれは仕方が無いよ。当初の関西は関東に比べて貧しく弱体だったというし。だけれども河北で混乱が起きていようとも、南部で反乱が起きていようとも、河東が戦乱に包まれようとも、王の血が途絶え廷臣同士合い戦うようになっても、関東を放っておいたよね? 戦乱を治めようとしなかった。そして関東の民が苦渋に喘ぎ、流民となって死んでいくのを横目に、安全な関の向こうで何の手も打たなかったくせに、僕が乱世を終らせようと努力している、今この時になって関東に立ち塞がる。何故だ?」

「なるほど陛下がお怒りなのは、ご自身の邪魔をされたことに苛立っておいでと言うわけですか」

 ステロベは有斗をあおるように嫌みったらしく笑ってみせる。

「・・・いや、それはいいんだ、それがもし戦乱の終結を願って起きた行動なら僕だって何も言う権利はないよ。だけどやっていることはそうじゃないじゃないか? 河東のカヒと同盟を組み、関東を山分けする、それだけだろ? これのどこにいったい正義とやらがあるんだ? ただ単に利をむさぼろうとしているにすぎない! 己の利の為に関東の民が苦渋して死んでいってもいいと考える関西の王のどこに王の資格があるんだい?」

「確かに・・・おっしゃられることは理解できます。だが長年それを放っておいたのは歴代の王がそれを望んだからです。王と臣下は違うもの。王が望みもしないのに行動を起こすことなどできるわけはありません。もちろん諫言はいたしますが、女王に不快を示されては臣下の身としてはそれ以上はできぬものなのです」

 丁重に言ったその言葉に有斗は怒りを覚えた。それは要するに言い訳。天下の目に『できることはやりました、自分は悪くありません』というアピールに過ぎない。

 もし本当に彼が民や国家のことを考えているのなら・・・

「一度、諫言をしただけだよね? 例え嫌な顔をされようとも、正しいと思ったことなら王女が気付くまで何度でも言わなきゃいけないんじゃないかな?」

 そうすべきなのだ。彼女が王の務めを果たすように助言すること。

 そう、きっとそれこそが臣下の役目なのだから。

「諫言をしていることは素晴らしいことだと思うよ。だけど一回きりの諫言で女王の気を変えるには到らなかったのなら、それは王に諫言するステロベ卿の評判を上げることはあっても、国家の為になったわけではない。つまり見せかけの諫言だ。真の諫言とは例え不興を買い、最後に誅殺されることがあってもそれを恐れず、王女の気が変わるまでやり続けることだよ」

「しかし乱世を静めるだとか国家の行く末を考えるとかは王の仕事です。一武将の口出しなど社稷しゃしょくが乱れるもとです」

 またしても責任逃れとも取れる発言に有斗は爆発した。溜まっていた不満を吐き出すかのようだった

「違う! それは違う!!」

 有斗のその突然の剣幕にステロベは少したじろぐ。

「王がこの世界のことを思い、変えようとするだけで世界が明日から変わったりなどするもんか! 臣下や民が王を信じて共に変えようとしてくれなきゃ何も変わるわけが無い! 王は神様じゃないんだ! 王だって所詮はわずかな力しか持たない、一人の人間に過ぎないんだよ! 僕はこの世を平和にしたい。その為にならどんなに気の合わない相手であっても臣下として使わなくちゃならない。だけど王が諫言を聞かないんだから仕方がないと、自分がするべき仕事を放り出し、偽物の栄誉にくるまれて悦に入っている、そんな部下は僕には要らない!」

 言われたステロベは驚愕した。目の前の少年はどうやら本気でこんな夢のような机上の理想を信じているらしい。呆然と立ち尽くすステロベを置き去りにして、有斗は立ち去ろうとする。

 アリアボネは大いに失望の表情を見せる。あれほど激高しないでくださいねといい聞かせたのに・・・!

 だがもう過ぎたことは仕方が無い。これでステロベを味方につける策は捨てねばならない。

 ここまで馬鹿にされては自尊心の高いステロベ卿は死んでも味方にはならないであろう。いや、それどころか怒ったステロベに斬り殺されても文句は言えない。

 顔から血の気を引かせて息を止め、じっと様子を見守っていた。

「どうやら・・・君はそういった人物らしい。さよならだ」

 有斗は心底腹を立てていた。当初の目的も忘れ、そう言うとくるりと背を向けて会見を打ち切った。

「陛下・・・!」

 立ち去ろうとする有斗に、ステロベは慌てふためき、回り込んで立ち塞がるように前に出る。

 そして崩れ落ちるように地面に伏した。

 ステロベは有斗の前で大地に手を押し付け深々と、鼻先が地面に付いているんじゃないかと思うくらい深々と叩頭こうとうした。

「お許しください。私は大きな思い違いをしておりました。今日それを陛下の言でやっと悟ることが出来ました。私はなんという愚か者であったのでしょう・・・! 罪深いことです、許されぬことです・・・!」

「・・・・・・」

 有斗は平伏するステロベを黙って見ているだけだった。目は冷たいままだった。

「陛下のおっしゃるとおりです。王には課せられた使命があるように、我ら臣にも民にも課せられたものがある。その通りです」

 ステロベは頭を叩きつける様に叩頭した。

「私が間違っておりました、陛下。私は長年、名主めいしゅを得られないとただ嘆くだけでした。自分に課せられたことに気付きもせず、責務を女王一人に押し付けて、安穏とした関西で何もせず過ごした罪深い男です。それを諭してくださった陛下こそ、アメイジアの真の王、私が一生をかけて探していた真の君主、そしてこの乱世を終らせるために天が授けてくれた天与の人です」

 ステロベは昔からこう思っていた。名君に使え歴史に残る偉業をなす手助けをしたいものだ、と。そうなればどんなに素晴らしいことか。名は千載せんざいに残り、永遠に称えられるであろう。いや、たとえ彼の名前が残らなくたっていい。天下国家のために働けるのなら、どんなに素晴らしい人生であることか、そう想像したものである。

 だが名君など何十年、いや何百年に一度しか現れぬ。きっと一生出会うことなど無いのだ。ならば、せめて自身の名誉だけは高めて死んで逝きたいものだ、と。

 しかし名君はいたのである。今、彼の目の前に確かにいるのだ。ならば彼の名が後世に残らなくても、裏切り者と呼ばれようとも、やるべきことはひとつ。

「どうかこの私に今一度人生をやり直す機会を頂きたい! かならずや汚名をすすぎ、この命に代えても陛下の乱世終結の一助となります・・・いや、ならせていただきたい!」

 言葉が終ってもステロベはずっと頭を上げなかった。

 両陣の兵士たちは息を呑んで成り行きを見守っていた。そこにいる者全てが得も言われぬ不思議な時間を共有していた。

 一瞬の空白の後、

「・・・その言葉を待っていたよ」

 有斗は地面にわざわざひざを付け、両手でステロベの両手を持って、立ち上がるように促す。

「乱世を終らすには関東の力だけでは不十分だ。関西の力を得なければ河東に攻め込むことも出来ない。そして関西を僕が手に入れるには君の力が必要だ。手伝ってくれるよね?」

 その言葉を聞くとステロベは有斗の手を押しいただいた。

「必ず・・・! 必ずや陛下のお役に立ってみせます・・・!」

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