第84話 集結

 アエティウスが出立した二日後、エテオクロス率いる王師左軍や諸候の軍と共に有斗は王都を離れる。

 いまだ真の目的を関西への遠征だと知らされていない諸侯の軍は、いくら流賊が馬に乗り機動性に優れているとはいえ、この数で虱潰しらみつぶしに殲滅していけば田植えまでには戻ることができそうだなどと、暢気のんき物見遊山ものみゆさん気分で旅路を満喫していた。

 大軍勢が大河を渡るのは一苦労であったがなんとか無事渡り終わり、河北へと足を踏み入れる。


 よくも悪くも大河と険しい山脈に四方を囲まれ、周囲から孤立の態を示している河北は、他地域からの影響を受けにくい。

 つまり河北内部の問題さえ片付けさえすれば、他所の諸侯からあまり手出しをされぬ分、安定を取り戻すこともそれほど困難なことではないのである。

 だから流賊を討伐し、リュケネが公正な裁判と厳格な政治を行った結果、河北の地は昔を知っている人物からすると信じられないほどの安定を取り戻した。

 長年見捨てられ、一旦荒れ果てた農地は土地も貧弱そのもので、まだまだ収穫物も少なく、根付いた民も当然まだまだ貧しい。

 だけれども人々の顔は明るい、行きかう人の顔には笑みさえ浮かんでいる。田畑もきちんと区分けされており、水路も復旧されていた。

 有斗はそれを馬車の上から満足げに見ていた。

 有斗が民にしたことといえば、まず新法改革だ。それは失敗した。むしろ迷惑をかけたといってよい。その後はといえば、これまた戦に継ぐ戦。民にしてみればはた迷惑な王であろう。

 難民対策や開墾は有斗が指示したものの、普段の有斗が接するのは朝廷の高官や将校といった一部の官吏だけである。手元に来る書類の数字でしか成果を知らないのが実情だ。

 だが、こうして目に入る姿は民の実情を表しているといって良い。

 四師の乱の逃亡時に見たあの難民たちは皆死んだような濁った目をしていた。

 着ている衣服こそあの時の彼らと同じでぼろをまとっていたが、あの目とは違い、皆生き生きした目をしている。

 よかった。本当に良かった。有斗は初めて王として自分が役に立ったことを実感した。


 河北に最初に来たときに王師が基地を造り、その後、王師下軍が駐留したあの廃都市は、改めて慶都と名付けられ、今は河北を治める拠点となっていた。近郊に田畑を割り振られた農民や、王師だけではなく、王師相手の商売をする商人、その家族といった人々が集まり、瞬く間に人口を増やし、いまや河北における一大拠点となっていた。

 まだまだあばら家や仮設建築物が多く、雑然としているものの、大通り沿いは二階建ての建築物も見られるほどになっていた。

 そんな中を王師下軍府となっている建物へと向かう。

 下軍府ではリュケネを始め旅長や百人隊長が一斉に整列し、有斗を出迎える。彼らと会うのは本当に久しぶりだ。

「悪いね。河北の一切を任せてしまって」

「いえ、栄えある大任を受け賜り、恐悦至極に存じます」

 リュケネはこの前見たときとはすっかり変わっていた。外見はまだ若いままだが、髪に白いものが混じるようになっていた。

 ・・・安定せぬ河北の司法、行政、治安が全てその双肩にのっているんだものな。白髪にもなる。・・・苦労かけちゃったな。

 有斗がしんみりと感慨にふけっていると、

「謙遜することはないですぞ! リュケネ殿の文武両輪における大車輪の働き、まことに見事。いやはや、このエザウ、心底感服つかまつりました!」

 と、横から場に似つかわない陽気な大声が鳴り響いた。

 有斗が視線を向けると、大きく口を開け哄笑したエザウが突っ立っていた。

 その後ろにいたバルブラが有斗に対して深々と拱手したのとは実に対照的だった。

「やあエザウじゃないか、元気に──────」

 有斗はそこまで言って、次の言葉を発せられなかった。

 そこにはいたエザウは鎧を着ずに軍服で立っていたのだが、兜を脱いだエザウの頭は口髭と繋がった長く伸びた揉み上げとは対照的につるっつるの禿げ頭で、何故か頭頂部に僅かばかり残ったふんわり柔らかい金髪の毛をまとめて尖らせるという奇抜な髪形をしていた。ひらたくいえばアレ、キューピー人形の髪型である。

 ・・・どうやったらそういう髪型になる!?

 突然固まった有斗に怪訝な

「陛下、いかがなさいました?」

 噴き出したいのを辛うじて堪え、視線を反らすことで会話を続けようとした有斗だったが、横でアエネアスが顔を真っ赤にして体をぷるぷると震わせているのを見て再び笑い出しそうになる。

 さすがに笑い出しては失礼にあたるとアエネアスも分かっているのか、声には出さないが、ちらちらとエザウの頭頂部に視線をやっては頬を噛み締め、鼻を鳴らし、体を震わせる。

 ずるいわ~それはずるい。釣られて笑わずにはいられないではないか。

 だが有斗は王なのである。部下の身体的特徴をあげつらって笑うようなことがあってはいけないのだ。

 しばらくのち、有斗はエザウの頭頂部とアエネアスから視線を反らすことで、ようやく会話ができるようになった。

「・・・・・・エザウにバルブラじゃないか。元気でやっていたかい?」

「もちろん陛下もお聞き及びかと思いますが、この間なぞ、河北に攻め入ったカヒの悪童どもをこのエザウ、三面六臂さんめんろっぴの大活躍で追い払ってやりましたわ! うわっはっはっは!!」

「陛下のおかげをもちまして」

 と、これまた対照的な返答をする。しかしそれにしてもエザウの大言壮語は呆れたものだ。有斗が受け取ったリュケネの報告書と随分と違う。

 流賊相手に多少の活躍は見せたものの、カヒの兵にまったく歯が立たず、赤子の手をひねるようにコテンパンにのされたと聞いていたのだが・・・

 まぁどちらを信頼するかと言えば、、リュケネの言の方が真実なのだろうと有斗は思う。エザウはもともとがこんな奴なのだろうと、有斗は諦めの境地で話半分に聞き流すことにした。

「倒した流賊の数は幾千万、カヒの名だたる兜首を十有余も得、平らげた地は三十余里! このような未曽有の大功、このエザウ以外に立てられるものなどおりましょうか!」

「そうなんだ、すごいね(棒)」

「陛下、このエザウがいるかぎり、何者をも恐れることはありませんぞ!」

「まったく僕も心強いよ(棒)」

 気のない相槌にくじけることなく、虚言で自分を売り込む根性だけは大したものだと有斗は感心する。

 長々と立ち時間をさせるのも悪いと思ったのかリュケネが一歩前に進み出て手を前へ差し出す。有斗の言うことなど半言たりとも聞いていないのかもしれないが。

「とりあえず陛下、ここではなんですし、中へどうぞ」

 エザウの与太話を長々と聞かされる有斗を不憫に思ったのか、リュケネが二人の会話に割って入る。

「うん」

 有斗はうなづくと、リュケネの先導で将軍府に入り、奥の間に案内された。

 他にはエテオクロス、アエティウス、アリアボネも同行した。もちろん近衛隊長であるアエネアスも一緒だ。

 エザウの姿が見えなくなってから、有斗はアエネアスを小声でたしなめた。

「アエネアス、あれはエザウ殿に対して失礼だよ」

 もっともな有斗の注意にも、アエネアスは不満なのかむくれて見せた。

「陛下だって!」

「僕は笑ってないよ」

「私だって声を出してはいないよ!」

「僕はなんとか笑うのを我慢してたけど、アエネアスはずっとエザウの方を見ては体を震わしてたじゃないか。あれじゃ笑っているのも同然だよ」

「そうは言ってもあの髪型を見て笑わないなんて無理、絶対無理! あれはずるいよ!」

「エザウだって一手の大将なんだから、馬鹿にしちゃだめだよ。次会った時は普通にしてよ」

「頑張ってみるけど・・・たぶん無理!」

 あの髪型は相当なインパクトがあった。確かに一度見たくらいで笑いを我慢できるかは有斗にも自信がなかった。


「とりあえず廊下に兵を立たせて、一切怪しい連中を近づけないようにしてもらいたい」

 アエティウスからの要請に、リュケネは疑問を挟むことなく黙って頷くと、部下に指示をし扉を閉じる。

 扉が閉まるのをしっかりと目で確認してから、有斗はここでリュケネに初めて遠征の目的は河北ではなく、関西だと告げる。

「・・・」

「リュケネはこれをどう思う? 忌憚きたんなく言って欲しい」

 驚きのあまり放心状態だったリュケネは有斗の声で我を取り戻した。

「確かに・・・! いや・・・ しかし、これは荒唐無稽こうとうむけいな作戦に過ぎます。だが、だからこそ敵の思惑をかいくぐり、裏をかくことが出来るやも・・・!」

「じゃあ賛成なんだ?」

「はい。長々と消耗戦をするよりも、敵の心臓を一息で突くといういさぎよさが気に入りました」

「よし。三師の将軍から肯定的な言葉を得られたからには、今後この方針に従って行くことにする。だけどまだ諸侯には秘密にしておいて欲しい。どこからか情報が洩れて、関西に知られると全てが終わりだからね」

 五人は机の上に地図を広げると、問題点を洗い出し、一点一点細かいところまで詰めていく。

 今度の戦は一つ間違えると取り返しのつかないことになるのだから慎重にもなろうというものだった。


 下軍と河北諸侯を加えた軍は北国道を快調に進み、いまや河北の北端、北辺にさしかかろうとしていた。

 途中までの道すがら、二、三の流賊を退治した。といってもこちらはこの大軍だ。決着はあっというまだった。

 こんな時に出会うとは相手はよくよく運が悪い、と王師の兵たちは笑いあった。


 一方、北に向かうにつれ、諸侯の中で小さなざわめきが起きていた。

 王がものものしく軍隊を集めたわりに、流賊の数は少ないではないか。しかももうすぐ北辺に到達する。西に見える朱龍山脈も山々が低くなっていっている。段々諸侯は不安になってきた。王の真意が分からない。まさかとは思うが、王は気に入らぬ諸侯を始末するために兵を集めたのか?・・・という穿うがった見方をするものも出る。

「・・・という声があります。諸侯たちをこれ以上不安にさらすのはよくありません。そろそろ本当の目的を教えてもいいのではないでしょうか」

 アエティウスの提案に有斗は大きく頷いた。

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