第43話 河北征伐(Ⅲ)

 残されていた何百艘なんびゃくそうもの船のうち、軍船として使い物になりそうなものは百艘余りだった。

 さすがに武器や鎧を着ている兵員を輸送するのだ。流民が辛うじて乗れる程度の船に乗せるわけには行かない。

 使えなさそうな船は解体して降伏した流民に下げ渡す。兵は運べなくとも、風雨をしのぐ小屋を作るには十分だろう。

 結果、四往復し、三万の王師と当座の糧食を河北に運び込んだ。


 河北は近畿の北部に広がる高原地帯である。

 西部は高原が広がり、なだらかな丘陵もあって平地がちで、比較的温暖なため人口も多いが、北部から東部にかけては険しい山脈が連なり、冬は雪に閉ざされ、険道も多く交通もままならない土地として知られている。かつては馬産の地として栄えたものの、今は巨大化し万の人数を数える賊の集団がいくつも跋扈ばっこし、村々を襲い、あるいは相争う、法と秩序の存在しない無法地帯となっている。

 王命が州郡に届かなくなって久しく、統帥するものがいないため諸侯も賊に対処する術を持たなかった。

 普通の暮らしを営んでいる民も、民を本来守るべき諸侯も、山々に張り付くような堅固な土地にわずかな人数が残るだけとなっているとか。

 そう聞いてきたから、どんだけ世紀末なのか想像して来てみたのだが、残念ながらモヒカンがヒャッハーしてる姿は見当たらない。

 ・・・まぁ当然だが、ちょっとだけ残念だ。


 船を四往復して、全員をこちら岸に輸送している間に、偵騎を四方に走らせて、とりあえず周りの状況と地形だけは調べさせた。

 なにせ降伏した流賊から河北の様子を聞いたのだが、彼らもただ河北は彷徨さまよって略奪をするばかりで、今、河北全体がどうなっているのか、どのくらいの賊がいるのか、民や諸侯はどこにどの程度いるのかといった肝心な情報はそれほど得られなかったのだ。

 ただ彼らが一番河北で大きな集団だったようで、それ以上大きな集団があるとは思えないということと、昔は中小諸侯が乱立していた河北だったが、今は大きく分けて二つの勢力が睨み合っているいるらしいということを聞けたことが唯一の収穫らしい収穫だった。

 諸侯たちに対する態度は意見の一致を見た。王の下向を知らせ、参陣するか否かで敵味方の色合いを分けようというのだ。まずはその反応を見てから、ということらしい。

 それもそうで、諸侯にも意地がある。他人に挨拶もなしに家に土足で上がられたら、否が応でも立ち向かわねばならないだろう。本来、味方になる者も敵に回ってしまうこともありうる。

 となると残りは流賊に対する対処を考えるだけである。

「各個撃破していくだけでいい。幸いにも流賊はそれほど大きくないという話だから」

「それがいいことか悪いことかと問われると、答えに詰まりますな」

 会議でそう発言したのはエテオクロスだ。

「そうですね。もし大きな集団が一つ二つあれば、それを討つ事で武威を示せば、小集団はもろ手を挙げて降伏する可能性がありました。だけれども何十何百の中小集団だと一つ二つ潰したところで、彼らはなんら痛痒つうようを感じますまい」

 アエティウスも同意する。だけれども河北に長居すればするほど兵糧を消費する。できるだけ速やかに解決したい。

「僕らは畿内に侵攻してきた三十万の流賊を破り、彼らに住むところと食を与えた。これを聞いた流賊の中から自ら降伏する者も出るのじゃないのかな?」

 おそらく河北最大の賊の集団を破ったのだ。王師が来たと知れば、それだけで降伏するのではないだろうか、有斗はそういった甘い予想をしていた。

「彼らが諸侯や国家ならば、外で起こったことを調べ、自分たちの生活圏に入った兵がいたら注視することでしょう。だが彼らは流賊。情報収集などいたしますまい。我ら王師が河北に渡河したことすら誰一人知らぬでしょう」

「とはいえ、陛下の言にも一理ある。我らが畿内で河北の賊を討っただけでなく、彼らを許し、土地と食を保障し、王民に戻したことを喧伝けんでんすれば自ずから降る者も出ようというもの。移動する先々で告げて回ることにしましょう」

 アエティウスがそう言うとエテオクロスもヒュベルもうなづいて同意を示した。


 偵騎が次々に帰ってくる。

 どの者も告げることは同じ。あたりには人影も見えず、焼け果てた村や腐乱した死体、荒田が広がっているだけだという。

 王師が破った流賊は、河北を荒らしつくして、ここから畿内に渡ってきたのだ。

 つまり、この土地を収奪し尽くしたということなのだろう。だからこの有様は当然といえば当然だ。

 川沿いの布陣は兵家の忌むべきところ、戦わんと欲する者は、水にきて客を迎うることなかれ、という。

 畿内との連絡の為に、今日はここに一旅残しておくとして、有斗らは急ぎ拠点となりそうな場所を探さねばならないが・・・と悩んでいると、最後の偵騎が身体に矢が刺さったままのうのていで帰還した。

 彼は東北の丘の向こうを調べていたはずだが・・・何があったのだろうかと有斗は不思議に思った。

 取り合えず水を飲ませ、傷の手当をさせる。幸い大怪我ではないようだ。

「ここから東北へ丘二つを越えたところに荒れ果てた中規模な街があり、人を探しましたが残念ながら無人でした。さらに東北に進み調べていたところ、山に近い一帯で、突然表れた馬乗の集団に襲われ、命からがら逃げ出した次第です」

 それは一方はいい知らせだ。城壁が一部あるだけでもありがたいし、かつて街だったということは、水道なり井戸なり、水の確保が容易だったということを示している。

 もう一方も悪い知らせとばかりはいえない。こうなった以上、賊を見つけては、河北を虱潰しらみつぶしに平らげていくしかないのだから。

 アエティウスは偵騎から引き抜いた矢をしげしげと見ていた。

「矢・・・か」

「アエティウスどうしたの?」

 アエティウスは矢をしげしげと見ていた。特殊な矢とか、毒でも塗られていたのだろうか?

「いや、この矢はやじりといい綺麗な三枚矢羽といい、素人の作ったものではないですよ」

 そう言われてリュケネ、エテオクロスも興味を引かれたのか手にとって観察した。

「本当だ。素人の作った物ではないですね、精巧なつくりだ」

「弓は長い修練が必要です。元が農民の賊にやすやすと使えるものではありません」

 そういえばアエネアスに習う武器を選ぼうと、一回やってみたときに有斗では五メートルも飛ばなかったことを思い出した。

 とすると・・・兵として訓練を受けたものがいるということか。王師ではないだろうから・・・

「ということは、武術に長けた兵・・・つまり諸侯がいる・・・と?」

 諸侯がいるのなら王師に味方してくれるかもしれない。彼等だって今の河北の現状は望んでなったことではないだろうし。

「元諸候、現盗賊かもしれませんがね。あるいは傭兵とかかも」

 決め付けるのは早計と、アエティウスは言う。

「とにかく武装した集団がいるということがはっきりしたのです。敵であるにしろ味方であるにしろ接触する必要があるのではないでしょうか。東北の方向へ軍を向けてみては?」

「そうだね」

 大きな口を叩いて河北に来たものの、実はついてみてからの指針がなかった有斗は一も二もなく、その提案に飛びついた。


 偵騎が発見したという街は放棄されてからだいぶ経っているのが感じられた。一年、二年前といった時間じゃなく十年、二十年前といった荒れ果てかただ。

 それでも屋根のある建物もまだまだ多く、兵士たちを休ませることもできそうだ。

 井戸も少しさらえば使い物になりそうだった。ここをしばらく拠点にすることに反対の言をあげる将軍はいなかった。

 南部から王都へ攻め入ったときに駐留したティトヴォ。あれよりはだいぶマシなように有斗には思えた。

 城壁も上に登っても崩れないくらいには強度はある。周囲の監視もできるだろう。奇襲を防ぐことが出来る。

 まぁ王師三軍に正面から喧嘩売ってくる、向こう見ずな連中もそうそうはいないだろうけど。


 翌日、とりあえず王師中軍だけを連れて、昨日襲われて負傷した偵騎の先導で山の方へと歩を進める。

 他の軍はと言うと、左軍は反対側の西に偵察に行くことに。なんといっても王師が持っている河北の地図は五十年前のものだから、役に立つとは思えない。一から作り直すつもりで偵察してもらうことにした。

 下軍は家を補修したり、井戸をさらったり、見張りやぐらを作ったり、周囲の森から木を切り出したりしてもらう。しばらく河北には駐屯することになるのだから、ここを一夜だけでなく、武器や食料を備蓄できる恒久的な前線基地にすることにしたのだ。

 どんな敵か知らないが王師一軍いれば、食料目当てに襲ってきたとしてもよほどのことがない限り安全だろう。


 街から北東へ伸びる旧街道を先に進む。

 今でも人の往来はわずかでもあるのだろう。かつて北国道と呼ばれたその石畳が敷き詰められた街道は石と石の間から好き放題に草が伸び、街道脇の木の根が石畳を持ち上げ荒れ放題に見えるが、よく見ると人が通ったらしきあとが道となって続いていた。

「前方に砂塵さじん、丘の向こう側です!」

 先頭を任せていたベルビオから報告が入る。

「砂塵・・・?」

 有斗はその意味を図りかねて首を捻る。どういうことだ・・・?

「人が一人二人歩いたところで煙など上がるはずもない。砂塵があがるのは、多くの人が集まって動いている証拠といえましょう」

 アエティウスの説明はいつも要点をついていてわかりやすい。

「あ・・・なるほど。すると敵か」

「とは限りませんけどね。でも警戒して行くに越したことはないでしょう」

 前方の丘に登ると砂塵の原因が姿となって表れた。

 眼下の丘の下、奥の山との狭間に王師とは水平に二つの集団が対峙たいじしているのが見られた。右手のほうはざっと五千くらいか。装備も武器もばらばら、体の目立つ場所に黒い布を巻きつけているのは目印だろうか。対する左手のほうは千にも満たない集団。だが騎乗の者や弓を所持している者もいる。綺麗な鋒矢ほうしの陣形を敷いているところを見るに、諸侯だろうか?

 両者とも王師を指差し右往左往している。突然1万もの軍隊が現れたのだ。無理もない。

「どっちが敵かな?」

 有斗はアエティウスにたずねる。うっかり攻撃して、後から実は味方だったと言われたりしたら寝覚めが悪い。

「さぁ・・・どっちも敵と言うこともありえますよ。賊と賊の戦いかも」

「弱ったな・・・」

「矢でも打ち込んでみましょうか」

「そんな乱暴な!」

 もし今は敵じゃなくても、矢を打ち込まれれば怒って敵になるかもしれないじゃないか。

「本物を打ち込むのでは無く、鏑矢かぶらやですよ。音がでる矢のことです」

 ああ、ティトヴォで下軍が戦の前に打ち込んできたやつか。ん・・・まてよ、ということは、だ。

「でもあれって戦闘開始の合図じゃないの? 無闇に刺激することにならないかな?」

「鏑矢にも種類があります。開戦を合図するもの、停戦を呼びかけるものなどなど。とりあえず停戦を呼びかけてみては? 一戦するのはそれからでも遅くはありますまい」

 有斗の目標は河北の治安回復。賊を無くすことではあるが、皆殺しにすることではない。

 降伏するのなら手間が省ける。

「そうだね」

 有斗はその意見を採用した。


 眼下の軍勢もこちらを見てどうするべきか躊躇ちゅうちょしているのだろう。

 両軍も目だった動きは無い。三すくみで動けなくなっているのだろう。余裕があるのは高所に布陣して、両軍を遥かに上回る兵力を持つ王師だけだ。

 そこに一人の弓術が得意な兵士が進み出て、矢を構えた。一瞬、攻撃か、とでも思ったのだろう。両軍共に緊張が走り、あわただしい動きが見られた。ゆうゆうと矢を構え、ひょうと打ち放った。少し低い音が響き渡る。

 それを聞いて左手の集団は諸手を上げて喜ぶ様子が見られたが、対極的に右手の集団は困惑して顔を見合わせる様子が見られた。

「どうやら左側の連中は陣も組めるし、鏑矢についてもわかっている様子、それなりに知識も訓練も受けた者のようですが、左手の連中は違いますね。どうやら流賊かと。鏑矢が持つ意味すらわからないとは」

 どうやら有斗らを左手の集団の援軍だとでも判断したらしい。

 突如として太鼓を打ち鳴らし、雄たけびをあげたかと思うと、二手に分かれて突撃を始めた。

 それを見て有斗は溜め息をつく。何もこんな不利な体制で喧嘩を売らなくてもいいのに。

 さすがに素人だった有斗にも、高所に陣取った部隊を攻撃するのは不味いことくらいわかってきた。矢は高いところから射たほうが遠くに飛ぶし、騎馬で突撃するのも高所のほうが有利だ。兵だって坂を下って攻めるのと、坂を上って戦うのでは勢いが違うだろう。

 アエティウスはこちらに近づいてくる敵兵の数を確認していた。

「今回の戦は陛下が指揮をお取りになりますか?」

「ええ!?」

「この兵力差、この布陣。陛下の初陣を飾るには相応しいでしょう」

 アエティウスは多少失敗しても負けようがないってことを言外にほのめかす。とはいえ自分の指揮がへたくそで死んだりしたら兵が可哀想であると思えば、有斗はすぐには返答できなかった。

「そろそろ陛下にも戦と言う物を覚えていただかなくては。私では王師全軍や諸候軍に統一した命令を出すことは出来ませんし。それにもう既に陛下は何回か戦を経験なされた。多少のコツはわかっていただけたでしょう?」

 南部から王都に進軍する際に、暇な時間、アエティウスやアリアボネから大略は聞いたけど・・・大丈夫かな・・・?

 でも確かに軍の規模が大きくなればなるほど、王以外の命令は聞かなくなるだろうしな。

 アエティウスにそれをやれるだけの権限を与えてはどうか思って口に出したことがあるのだが、王以外の命令で軍隊が動くことを認めてしまえば後々、乱の元になります、とアリアボネにきつく反対された。

「・・・わかった」

 有斗は恐る恐る、指揮してみることに同意する。

「ではお願いします」

 アエティウスはにこやかに笑い、一歩引いた形を取る。

「ええと・・・弓隊前へ!」

「弓隊前へ!」

 敵兵が丘の上に登ってくるのを今か今かと待ち構える。矢頃に入るまでは撃っても矢の無駄だ。

「弓で射よ!」

 有斗はそろそろ弓の射程に入っただろう、と思い命令を出す。

 その命令をアエティウスが手信号で各旅長に伝えると、一斉に矢が放たれた。思ったよりも後ろの敵兵にも矢が当たる。目的は敵の前面に対する攻撃だったから、もう少し早くてもよかったかもしれない。

「これは少し遅かったですね」

 容赦なくアエティウス先生は有斗に駄目だしをする。

「弓隊、後退せよ、槍隊前に出て隊列を組み、槍衾を立てよ!」

 有斗は慌てて次の命を下した。

 槍隊も引き付けるだけ引きつけて一気に動き出させたほうがいい。動けば王師といえども隊伍は崩れる。敵を動かし、自らは動かずが一番いいとアリアボネも言っていた。

 やがて敵が近づいてくる。まだだ、まだ早い。有斗は必死でその恐怖に耐えた。

「槍隊突撃!」

 有斗の合図と共に穂先を一斉に揃えて敵兵に襲い掛かる。

 その勢いに敵兵は押された。後ろを向いて逃げ出す者、槍で刺し貫かれる者、勢いの余り後ろに押されて坂を無様に転がり落ちる者、あっという間に槍隊は坂の中ほどまで敵を押し返した。

 凄い凄い! 僕でもできたぞ!

「陛下、敵に立ち直る時間を与えてはなりません」

 おっといけない。興奮しすぎた。まだこれで終わりじゃない。

「騎馬隊、追撃せよ!」

 満を持して騎馬隊で後ろを向いて逃げ惑う敵に止めを刺すべく命令した。

「待ちくたびれましたぜ!」

 ベルビオはその声を聞くと戟を抱えて一気に飛び出した。ダルタロスの騎兵もそれに遅れまいと続いた。

 一斉に駆け出す騎兵隊。敵は蜘蛛の子を散らすように逃げるだけ。もはや勝利は目前であった。


 その頃、左手の集団に向かった黒衣の賊の片割れもまた苦戦におちいっていた。

 左手に陣取った集団は、有斗と違い、敵がやってくるのを待つことなく鋒矢ほうしの陣形のまま敵とぶつかった。寡兵かへいを勢いで補おうとしたのである。

 ぶつかった時こそ勢いは止まったが、それも一瞬、倍の兵力を相手に一歩も引くことなくじりじりと敵陣を二つに切り裂いていた。

「それにしても見事だな」

 アエティウスはその働きを褒める。

「あの先頭を切っている武将のこと?」

「そうです。士気をあげるためとはいえ、将が先頭に立つことは危険もまた大きい。四方から首も狙われますしね。ある程度護衛の兵を左右に配するくらいはするものなのです。だがあの男は左右の兵が自分についてきているかどうかも確認せず、単騎で駆けていることもままある。一寸も自分の命の心配をしていない働きぶりだ。全身が肝でできているようだ。それに槍の腕前もベルビオくらいはあるかもしれませんね」

 停戦の鏑矢を見て喜んだということは、賊じゃなくて河北の諸候なのかも。

「援護しますか?」

「そうか・・・そうだねそうしよう」

「連中を支援してやれ。間違えて攻撃はするなよ」

アエティウスが手を振るとベルビオらは追撃を中止し、左手の集団と呼応するように背後から攻撃した。

 挟まれる形になった黒衣の賊は壊乱し、戦場から退却を始める。

 有斗が始めて指揮を執った戦は勝利の形で終わった。


 兵を収容しつつ丘を下る。

 両者とも一定の距離を取って立ち止まる。相手を警戒しながらの接触だ。

 先ほど先頭で一騎駆けをしていた将が大声で問うた。

「先ほどは停戦の鏑矢を撃たれたと思ったが、それに間違いは無いか?」

「間違いは無い」

 有斗のその言葉に安堵したような空気が相手に広がった。

「そうか、ならば我等も交戦する意図はない。ここで両者兵を退こうではないか」

「まって、話がある」

 このまま行かれては困る。河北の現状を知るやっと見つけた賊以外の人だ。

「話とは何だ?」

「河北の現状を知りたい。今ここはどうなっている?」

「見ての通りさ。賊が跋扈し、民は流浪し、支配するものもされる者もいない無法の大地さ」

 おどけてはいたが、どこか悲しげだった。この不法の土地をどうすることもできない自分に絶望感を感じているのだろう。

「大体知ってどうする。どこから来た誰かは知らないが元いたところに戻ったほうがいいぞ。ここにはお前等が望むようなモノは何一つ無い。なにせカヒ家さえ手を出さぬ不毛の土地だからな」

「我々は王師だ」

 一瞬、ざわっとした驚きを見せたが、すぐにニヒルに笑い、その驚愕を心の中に隠した。

「は・・・朝廷が何をしてくれた。ここ五十年どんなに救援を求めても何一つしなかったくせにか?」

「それについては申し訳ない気持ちで一杯だ」

「さっきから話しているお前は誰だ? 随分年が若いように見えるが・・・科挙で合格した頭でっかちの書生ってところか・・・ここは青っちい正義感や論理は通用せぬぞ。帰るがいい」

 話しているのが有斗のせいか、いまいち信用されていないようだ。弱ったな・・・やはり自分では威厳が足らない。アエティウスにでも任せてみようか、そう、有斗が思った時だった。

「陛下であられる」

 アエティウスが有斗の前に出ると厳かに宣言する。

「・・・まさか、王自らが出兵を!?」

 今度は隠すことの出来ないほどの驚きが彼らの顔に浮かんだ。

「そう。僕はこの河北を静めるために王師を連れて来たんだ」

 彼らは一斉に下馬すると、慌てて額を地面に打ちつけ平伏した。

「この日をどれだけ待ち望んだことか。河北の民全てに成り代わり、陛下に御礼申し上げます!」

「申し上げます!」

 一斉にもう一度伏礼する。

 彼らの中には感激のあまり泣き出す者もいた。

 ・・・それだけ、河北は誰かの助けを必要としていたのだろうな、と有斗は悲しげに思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る