第二十回にごたん投稿作(お題:ファム・ファタール/変化をもって変化とす/メビウスの輪/山茶花)

ジュリエットとロミオ



「ああ、本当にこの赤い花の生垣が邪魔でしょうがない。これさえなければ、今すぐその身に飛びついて、ロミオ——あなたの息が止まるまで強く強く抱きしめてあげたいのに」


「恐ろしいことを言うね、ジュリエット。しかしそれだけ想いが深いということだ。”ファム・ファタール”、運命の女。まさしく言い得て妙だ。僕にとっての君はどうやらそれらしい」


「ええそうよ、その通りだわ。だけど哀しいことね。我がキャピュレット家とあなたのモンタギュー家は派閥の違いで血にまみれた争いを続けている。私の家族はあなたとの結婚を許さないでしょう。それはきっとあなたの家族も同じ。私たちは結ばれない運命なのよ。それならいっそ心中してしまいたいくらい。ちょうどこの生垣には毒虫がいるの。その針を全て抜いて、煎じて飲んでしまおうかしら」


「いいや、むしろ僕は希望を持ちたい。変化をもって変化とす——つまり、ひとつの事柄が変われば影響されて周囲も変わる。僕たちが結婚することによって、両家の関係に修復の可能性が見えるかもしれないよ」


「そうだと良いのだけど……。あなたにもらったこのネックレス、メビウスの輪と言うそうね。初め見たときはこの曲線の美しさに惚れ惚れしたわ。でも、今はこう思うの。まるで絶妙な均衡によって保っている私たちの関係みたいだって。これ以上関係を深めてしまうと、この均衡が崩れてしまうんじゃないかって」


「大丈夫、僕たちの関係は永遠だ。君に贈ったそのネックレスが象徴しているよ。そもそも二つの円というのは人間がその生を受けた時から渇望してやまないものだ。なぜだと思う? そこに安心を得られるからだよ。赤子であろうと、成人した男であろうとそれは変わらない。いかに厳格な人間であろうと、人である限りは無意識的にその安定を望むものだ。……そう、僕の視線がついつい君の胸元に行ってしまうように」


「ああ嫌だ、そんなこと今はどうだっていいのよ。私は二つの家と私たちの今後について真面目に話したいの」


「そうだな、僕が愚かだったよ。反省している。……ところで君は気づいていたかい。この小説は下から読むのが正しい順序だってこと」


「ええ、とうの昔から。あなたって本当に鈍いのね。自分が怒りに任せて殺した相手が、私のいとこだったってことも知らないくらいだものね」


「その件は黙っていて悪かった。色々とあって話すのが遅くなってしまったんだよ。でも君だって黙っていたろう? それに、君にはすでに親に命じられた許婚いいなずけがいるってことも」


「ああロミオ。あなたはどうしてロミオなの。私の頭の中はあなたのことだけで一杯よ、それは本心だわ。あなたが宿敵モンタギュー家の方だと知ってもその思いは変わらないのに」


「ジュリエット、僕はいっそ小鳥になりたいよ。君に衰弱するまででられて、その手の温もりの中で死んでゆく。そんな終わりを迎えられるのなら本望だ」





*end*


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